魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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新たな二人の魔法少女、その存在は魔法使いになったばかりの少女たちに取って敵となるか味方となるか。


第二話 生欲 アリス

 暦は二月に入り、受験シーズンの真っただ中であった。

 人によってはこの時点で進路が決まっている人も居るが、それはごく僅かな少数派。

 だがマミはその中の一人であり、進路に唸っている同級生たちの中で申し訳なさそうにしていた。

 昼休みのチャイムが鳴ると同時に居心地の悪さを覚えたマミは教室から逃げるように去り、冬場、皆が昼食を食べるための溜まり場にしている美術室へと向かう。

 美術室のドアを開くと、既に全員揃っていて弁当に手を付けていた。

 食べながら雑談に入る、話題はマミの進路についてだ。

 

「でも本当にいいの? 巴さんならもっと上のレベルの高校だって目指せられるのに」

 

 ほむらが苦言を呈したのは、4月から彼女が通う高校に付いて。

 マミはもっと上の高校を目指せられるにも関わらず、この見滝原中学の付属高校に進学する事を選んだのだから。

 魔女との戦闘を考えればその方が都合はいいかもしれないが、将来的な物を考えれば本当にそれが正しいのかどうかほむらはもう一度マミに問いかける。

 だがマミは黙って首を縦に振るだけであった。

 

「いいのよ、私は決めたの。今度こそ本当の愛と正義の魔法少女になるってね。その為にはこの街をまずはしっかりと守らないとね」

「マミが自分で決めたことなんだ。アタシたちに出来るのは邪魔をしないことぐらいだろ」

 

 この話を無意味だと判断したのか、杏子が強引に話を終わらせる。

 だがそれでもほむらの顔色は暗いままだった。

 ジェフリーから舞台変換の刻印を貰ったにも関わらず、ほむら達はそれを全く使いこなせていなかった。

 新しい魔法少女も、魔女も全く見つからない。それに加えてキュゥべえもあれから姿を全く見ない。

 思っていた以上に進展しない状況に、ほむらは悔やむばかりであったが、眉間にしわを寄せるほむらの頭をまどかは優しく撫でる。

 

「そんな顔しないでほむらちゃん。悪いことばかり考えても何もよくならないよ」

「でも……」

「まどかの言う通りだよほむら。私たちにソウルジェムはないけど、過度な絶望は魔女へ一直線のコースって定説は変わらないんだよ。いくらワルプルシードがあるとは言え、そこは注意しないと」

 

 さやかに言われて、ほむらは力なく頷く。

 ワルプルギスの夜から手に入れた超ド級のグリーフシードを、彼女たちは『ワルプルシード』と名付けた。

 もっともな正論に何も言う事が出来ず、ほむらはそのまま黙ってしまい、一行の間には不穏な空気が漂っていた。

 

「私お手洗いに行ってくるね」

 

 場を打開しようとしたのか、本当にただ行きたいだけかは分からないが、まどかはトイレへと向かう。

 その間もほむらはずっと重い表情を浮かべていて、それに付いて誰も何も言えないでいた。

 ほむらの中で広がっているのは自分を救ってくれた魔法使い。

 辛い時、悲しい時、彼女は彼の事を想う。ほむらは窓の外の景色を見ながら心の中で彼の名前をつぶやいた。口に出せば一気に想いに潰されるのは分かっていたから。

 

(ジェフリー、あなたならこの状況どう覆すの?)

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 トイレで事を終えると、まどかは個室から出て手洗いを済ませようとしていた。

 手を洗い終えてハンカチをポケットから出す。その際まどかは気付いてなかった。自分を見つめる一つの存在に。

 

(織莉子の予言通りだね)

 

 それは何も言わずにまどかの元へ近付くと、彼女の肩を叩いて自分に注意を向けた。

 

「やぁ二年の鹿目まどかさんだね?」

 

 突然名前を呼ばれて驚きながらも、まどかは声の方向へと振り返る。

 そこに居たのは黒髪のショートヘアーの女性。

 見滝原中学の制服を着ているところを見ると、まどかと同じ生徒だという事は分かるが、面識のない彼女の存在が怖く、まどかはやんわりと手をどけてコンタクトを取ろうとする。

 

「ど、どちらさまですか?」

「私は呉キリカ。三年生で君の先輩に当たる」

「は、初めまして……」

 

 キリカの自己紹介に戸惑いながらも、まどかは深々と頭を下げる。

 そんなまどかに対してキリカは手をつき出して止めると、まどかに向かって話しかける。

 

「そう固くならなくてもいい。実は今日君にコンタクトを取ったのは話があっての事だ?」

「話?」

「そう、今晩のお仲間のパトロールには気を付けた方がいい。久しぶりに超ド級の相手と戦う破目になるよ」

 

 その物言いからまどかが魔法少女と関わりのある存在だとキリカは理解している。

 魔法少女の存在を知っているのは、魔法少女だけ。

 それが分かっているまどかは早くキリカを魔法使いにして、人間に戻そうとコンタクトを取ろうとするが、彼女は自分の用件だけを伝えると足早に去っていく。

 

「だが心配はいらない。もしもの時は私と私の愛が君たちを助けよう。私たちには未来が見えているのだからな」

 

 そう言って、キリカは手を振りながら去っていく。

 あまりのことに呆気に取られたまどかはその場から動けないで呆けるばかりであった。

 

「大丈夫、まどか?」

 

 そこにほむらの声が届き、ドアから出ると帰りの遅いまどかを心配したほむらがそこに居た。

 まどかは呆気に取られながらも、ほむらに今起こったことを伝える。

 キリカの名前を聞いた途端に、ほむらの顔色は険しい物に変わった。

 

「そうか……この時間軸にも美国織莉子と呉キリカは存在する。だがモーションをかけてこない以上、こちらから仕掛けても失敗しか……」

 

 ほむらは今までの経験から不用意にその二人に関わるべきではないと判断し、険しい表情のままその場を後にしようとする。

 何が何だか分からないまどかはほむらの後を付いていき、キリカの事をどうするのか聞くが、彼女の答えは一貫していた。

 

「忠告は受けるわ。でも呉キリカに関しては向こうからコンタクトを取らない限り、関わらないようにした方がいいわ。彼女たちはあなたに取って危険な存在だから」

 

 そう言うほむらの顔はとても悲痛な物であり、まどかはそれ以上聞こうとしなかった。

 ほむらの中で思い返されるのは、時間軸の一つ。

 未来予知の能力を持つ魔法少女、美国織莉子がまどかを殺そうとして、それと戦った物語を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 その日の夜、カムランから使い魔や魔女が現れたと言う報告もないのに、ほむらに呼び出された三人は久しぶりに街のパトロールを行っていた。

 ソウルジェムがないので感覚だけを頼りに、魔女を探す捜索は思っていた以上に精神をすり減らす物であり、三人とも久しぶりのパトロールに軽く疲れが見えていた。

 

「ちょっと! 皆久しぶりだからってたるんでるわよ!」

 

 ほむらはそんな三人に檄を飛ばすと、一人先頭に立って魔女の捜索を行う。

 ここまで張り切るのは、やはり昼の一件が原因だろうと思い、杏子とさやかはひそひそと内緒話をするように二人で話し出す。

 

「やっぱり、呉キリカだっけか? それに言われたのが原因か?」

「何かよく分からないけど、未来予知を持った魔法少女で別の時間軸では敵だったんだってよ。でもだからと言って、ちょっとピリピリしすぎな気もするけどね……」

「そこ! 無駄話をしない!」

 

 杏子とさやかを睨みながら叫ぶほむらに二人は萎縮して、小さく「ごめんなさい」と言う。

 ほむらは街の隅々を探して魔女を探すが、どこにもそれらしい物はない。

 時計を見るともうすぐ日付が変わる頃、これ以上の捜索は無意味だと判断して、マミが代表してほむらに語りかける。

 

「その呉キリカの言う事が真実とは限らないでしょ? 私たちに揺さぶりをかけるための発言かも知れないしね。今日はここまでにしましょう」

 

 優しくマミに話しかけられ、ほむらの中でも落ち着きが取り戻される。

 確かに少し呉キリカに対して神経質になりすぎていた部分もあるのではと思い、ほむらはマミの案に乗っかろうとする。

 

「そうね。今日はもう帰り……」

 

 帰宅を決めた瞬間、ほむらは違和感に気づく。

 それは他の三人も同じことであり、気付いたら魔女の結界内に居た事に全員が驚きを隠せなかった。

 そこは紫色を基調とした空間であり、所々にティーカップが置かれたお茶会を連想させる結界であった。

 一行はすぐに結界の主を探すと、目的の魔女はすぐに見つかった。

 

「あれだ!」

 

 杏子が指さした先には、まるで食パンを連想させる真四角の魔女が居た。

 体は四角く、頭にはシルクハットが被され、手には鞭が持たれた魔女は、ほむら達に気づくと一直線に突っ込む。

 

「散開!」

 

 ほむらの号令で全員が散らばり、連携を取る。

 杏子とさやかは前線に立ち、マミとほむらは後方から支援をする。

 極端に魔女の出現率が少なくなった見滝原では実戦での経験は初めてだが、それでも少女たちは信じていた。自分たちの訓練の成果を。

 

「行くぞ、さやか!」

 

 杏子の叫びと共にさやかが剣を召喚して真っ向から四角い魔女へと向かう。

 その後ろで槍を持った杏子が追い、後方支援を万全の状態にする。

 二人の両脇はマミの銃弾とほむらの矢によって守られ、隙のない状態を作りあげていた。

 さやかが意識を集中すると、魔女の名が脳内に浮かび上がる。

 

『アリス』

 

 アリスの名が分かると、さやかの中で強い使命感が生まれる。

 一人でも多くの魔女を救済しなくてはいけないと言う使命感が。

 

「待っていてすぐに救済するから!」

 

 叫びと共にさやかは飛び上って剣を振り下ろす。

 当然アリスの注意は彼女に向けられるが、それはフェイント。

 

「こっちが本命だよ!」

 

 杏子の叫びと共に憑依者の豪槍が投げ飛ばされ、アリスの顔面に突き刺さろうとする。

 だがアリスの行動は早かった。槍が刺さる前に地面へと潜って攻撃を回避して逃げる。

 当然さやかの攻撃も空を切って、剣は地面に突き刺さるだけ。

 攻撃目標を失った一同は心眼でアリスがどこにいるのかを確かめるが、誰も見つけられずに居た。

 全員がアリスがどこにいるのかを探していると、マミがいち早く気づく。

 

「見て!」

 

 マミは一同を呼び寄せようとアリスが居る方向を指さす。

 そこにはティーカップの上に乗ったアリスが居て、こちらに向かって突っ込もうとしているのが見えた。

 皆が集まろうとした瞬間に、マミは違和感に気づく。

 それは命を失う前触れ、圧倒的な戦力差を感じ取ったマミは反射的に叫ぶ。

 

「皆逃げ……」

 

 言葉は途中で遮られた。

 ティーカップは台座を中心に回転していき、範囲内に居た四人の魔法少女たちは瞬く間に轢き殺され、その体はあっという間にズタズタに引き裂かれた。

 

――そんな! こんな超スピードありえない!

 

 ほむらは驚愕していた。今まで自分が戦ってきた中でも一番の速度を持った魔女に。

 時間停止を使えるほむらが、それを使う隙も無かった程の超スピードを前に上空へと巻き上げられた四人は地面に激突して、あっという間に瀕死の重傷を負う。

 

「回復を……」

 

 チームの要である回復役のさやかは何とか這いつくばって回復をしようとするが、その間もアリスの攻撃は止まらない。

 口からトランプを吐き出すと四人に向かって投げ飛ばす。

 襲ってくるトランプの刃にさやかは死を覚悟した。

 

「オラクルレイ!」

 

 だが次の瞬間トランプはレーザー砲によってかき消される。

 穴の開いたトランプは地面に落ちると同時に消滅し、勢いの付いたレーザーはアリスの顔面をも焼き、その体を後方に倒させる。

 何事かと思いながらも、さやかは自分と一緒に三人の体を回復させるとレーザー砲が放たれた方向を見る。

 

「アリスの攻撃に置いて、ティーカップによる回転攻撃は最も危険です。それをやられるとどうすることも出来ません」

 

 目の前に居たのは白を基調とした法衣に身を包んだ銀髪のお嬢様風の少女。

 新しい魔法少女の存在にさやかは圧倒されるばかりだったが、目覚めたほむらはその顔を見ると驚愕の表情を浮かべた。

 

「美国織莉子……」

「そう彼女は美国織莉子。私の愛であり、最高の魔法少女だ」

 

 織莉子の後ろから別人の声が響く。

 現れたのは織莉子とは対照的に黒を基調とした法衣に身を包み、右目に眼帯を覆い、袖の長い服から三本の巨大な爪を伸ばした魔法少女が目に飛び込む。

 

「そして私は呉キリカ。織莉子の愛だ。後は私たちに任せろ」

「何を……」

 

 呆気に取られるさやかに構わず、キリカが先に突っ込み織莉子はそれに続く。

 6本の爪を振り上げて、アリスに上空から襲いかかるキリカ。

 攻撃に対してアリスは先程と同じように地面へと潜ろうとする。

 

「遅いね……」

 

 キリカのつぶやきは決して慢心から来る物ではなかった。

 アリスが地面に潜るよりも早くキリカの6本の爪は、魔女の顔面を賽の目状に切り裂く。

 悲痛な叫びを上げるアリスだが、キリカは容赦せず爪で魔女を引き上げると織莉子の方に投げ飛ばす。

 織莉子の方は既に準備が出来ていて、彼女の周りは無数の水晶玉が浮遊しており、水晶玉には攻撃のためのエネルギーが充填されていて、真っ赤に燃え上がっていた。

 

「オラクルレイ!」

 

 再び織莉子の必殺技が放たれる。

 オラクルレイと名付けられたレーザー砲の連打は、上空で無防備になっているアリスの体を貫き、まるで漫画に出てくるチーズのようになっていく。

 力なく横たわるアリスに向かって、キリカはトドメとばかりに突っ込み、回転しながら何度も何度も賽の目状にアリスを切り裂き、爪が地面に触れる頃にようやく攻撃が止まった。

 回転を止めてキリカは織莉子の元へと戻る。そして自分の腕に巻かれた腕時計を見て、ここまでにかかった時間を計測する。

 

「うん。織莉子の予知通りだ」

「それよりも早く救済を!」

 

 さやかは二人に構わず、アリスを救済しようと魔女の元へと向かうが、その瞬間不可解な出来事が起こった。

 動かなくなったアリスの肉体はまるでモヤのように消えてなくなり、初めからそこに存在していなかったかのように消えてなくなった。

 それと同時にアリスの結界も綺麗に消えて、一同は元のビル群へと戻される。

 何が何だか分からない一同であったが、織莉子とキリカは変身を解くと一同にコンタクトを取ろうとする。

 

「皆さん。ご無事で何よりです」

「全ては織莉子の予言通りさ。当然の結果だよ」

「それよりあなた達は誰なの?」

 

 織莉子とキリカが何者なのかを理解するため、マミが代表して話を進めようとするが、キリカは意地の悪い笑みを浮かべながらマミの応対に当たる。

 

「先程自己紹介したはずだがな。私が呉キリカ、彼女は美国織莉子だとな」

「そう言う事じゃないわよ!」

 

 さやかが突っ込みを入れると彼女は聞きたかった情報を二人から得ようとする。

 

「二人とも魔法少女なんでしょ? なら知っているの。魔法少女の真実を、インキュベーターの真の目的を⁉」

「ああ、しろまるの真の目的も知っているし、魔法少女が行く行くは魔女になるって事も知っている」

「だったら!」

「そしてそれを阻止するため、ワルプルギスの夜を撃破し、異世界の協力者の魔法使いの力で、戦利品である超ド級のグリーフシードの範囲を全世界にまで拡散させた事もな」

 

 さやかを黙らせるかのように、キリカは自分が知っている情報を全て話す。

 キリカの狙い通り、さやかは二人が全てを知っている事が分かると、何も言えなくなるが、代わりに今度は杏子がキリカを睨みながら話し出す。

 

「ちょっと待てオイ。お前ジェフリーがこの世界に来た事を知っていたのか?」

「ああ織莉子は未来を見通せる。君達がジェフリーと共にワルプルギスの夜を撃破する未来は見えていた」

 

 キリカの紹介で織莉子は穏やかな笑みを浮かべ、キリカもつられて笑うが、杏子は歯ぎしりをしながらキリカの胸倉を掴んで自分の方を向けさせる。

 

「穏やかじゃないな」

「大人ぶって余裕来いてんじゃねぇぞ! それだけの実力を持っていて、ワルプルギスの夜の襲来、そしてジェフリーが来ている事を知っているなら、ほむらの事情だって分かるだろ⁉ 何で手を貸さなかった⁉ おかげでこっちは大切な相棒が死の淵をさまよう破目になったんだぞ!」

 

 杏子の言葉で思い出されるのは、ワルプルギスの夜を撃破するために体のほとんどを生贄に捧げ、ワルプルギスの夜を撃破したジェフリーの悲痛な姿。

 その姿を思い出して全員が苦痛そうに顔を歪めるが、ほむらだけは杏子の手を振り解いて二人の間に割って入る。

 

「それは私が原因よ。あなたなら私の事情も知っているのでしょう?」

 

 ほむらの問いかけに対して、キリカは小さく頷く。

 まどかを救うために時間逆行を繰り返し続けた結果、因果律はまどかに集まって行き、彼女を中心に次々と悲劇が起こる事を。

 そして時間逆行を繰り返すたびに、まどかの中の因果律も高まり、魔法少女になれば世界だって亡ぼせる存在になれるという事を。

 

「だから、あなたたちはそうなる前にまどかを殺そうとした。だから私はあなた達には不用意に関わろうとしなかったのよ」

「だがそれは違う時間軸での私たちの話だ。私たちは別に鹿目まどか氏を殺そうなどと言う考えは持っていない」

 

 その言葉に嘘偽りがないのはそこに居た全員が感じていた。

 呆気に取られる一同であったが、その中でも一番呆けていたのがほむら。

 呉キリカと言う魔法少女は美国織莉子以外の全てを見ない身勝手で子供じみた少女であり、彼女のためなら殺人だって辞さない狂った少女なのだから。

 呆けている一同を見て、キリカは再び話し出そうとする。

 

「彼女が魔法少女の道を選ばないことは未来予知で分かっていることだ。平凡に生きる少女を惨殺するような狂った趣味はないよ」

「さっきから未来予知、未来予知って。それがお前の能力なのか?」

 

 杏子が気になっていたのは、キリカの魔法少女としての特色。

 それが先程から彼女が言う未来予知なのかと思い、杏子は尋ねるがキリカは首を小さく横に振る。

 

「それは織莉子の能力さ。私の場合は相手の動きを遅くさせる『速度低下』だ。ちゃちな能力だよ」

「あなたがアリスに勝てたのは、相性の問題だったのね」

 

 超スピードを最大の武器としているアリスに、キリカの速度低下は天敵と言える存在。

 キリカが圧倒的に強い魔法少女と言う訳ではなく、作戦勝ちだった事が分かると一同は納得の表情を浮かべた。

 

「話を戻すぞ、私たちが何故ワルプルギスの夜の討伐に参戦しなかったかだな。えっと……」

「佐倉杏子」

 

 ぶっきらぼうに杏子が自己紹介をすると、キリカは彼女が知りたがっていた情報を聞かせようと織莉子にバトンタッチをする。

 キリカからバトンを受け取ると、彼女と入れ替わりで前に出て織莉子は穏やかな笑みを浮かべながら話し出す。

 

「分かっていた未来でも余計な茶々が入る事で台無しになってしまうこともあります。私たちはそれを危惧して、その件に関しては傍観者である事を選んだのです」

「人が苦労して、相棒が死にかかってるのに、のん気にお茶を楽しんでたと言うのか? 今を変える力もあるのによ……あまり気分がいい物じゃないな」

 

 織莉子の言葉を聞いて、杏子はブスっとした顔を浮かべながら彼女との距離を詰めようとするが、それはキリカによって制される。

 

「話を最後まで聞け! この瞬間湯沸かし器が!」

「ですので私たちはまだあやふやな未来をより良い物に変えようとしたのです。主にあすなろ市とホオズキ市での魔法少女の惨劇を回避しようとしました」

 

 あすなろ市とホオズキ市の事に関しては皆知っている。

 この近辺にある都市であり、そこにも魔法少女が居る事はおかしなことではない。

 だが詳しい事を全く知らない一同はほむらに助けを求めようと、目線を送る。

 

「わ、私は見滝原のことしか分からないわ。他の都市での問題にまで首を突っ込める余裕なんてないわよ」

「あすなろ市の事なら少しは知っているけど、そこで問題が起こっていたことまでは知らないわ」

 

 ほむらもマミもその両方の市で何が起こっているのか分からず、困惑の表情を浮かべるばかり。

 これ以上話すことはないと判断した二人はその場から去ろうとする。

 

「今はここまでが限界です。あなた達が全ての真実を知った時、改めてお話をしましょう」

「どう言う事だよ⁉」

 

 勝手に帰ろうとする織莉子に杏子は噛みつくが、キリカは後ろで織莉子を守りながら杏子に向かって叫び返す。

 

「詳しい事はしろまるにでも聞くんだな。最も呼びかけに応じればの話だがな」

 

 それだけ言うと二人は去って行った。

 嵐のように去っていった二人に一同は完全に呆けていたが、さやかはハッとした顔を浮かべるとすぐに二人を追いかけようとする。

 

「どうした?」

 

 今から追いかけても無意味だと分かっている杏子は、さやかの手を止める。

 

「あの二人、ちゃんと人間に戻さないと!」

 

 さやかに言われて全員がバツの悪そうな顔を浮かべた。

 あまりにイレギュラーな出来事が多すぎて、本来の目的を忘れてしまったことを反省するが、もう時間も遅い。

 まどかにも無事に終わったことを報告しなければいけない。ほむらはこれ以上の問答は場を悪化させるだけだと判断して、事をまとめようとする。

 

「とにかく一度落ち着きましょう。明日ちゃんと話し合いましょう。今日は疲れたわ……」

 

 疲れ切ったほむらの顔を見て、一同は力なく頷く。

 消えた魔女アリスの件も気になる。思わせぶりな織莉子の言葉も気になる。

 だが今は休息を体が必要としていて、一同は各々の家へと帰る。

 明日を信じていたから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 サンクチュアリ本部の大広間にて、大々的な占いが行われていた。

 先日の会議で異界の存在を認めた一同は、リオーネに魔力を提供し続ける。

 法衣姿に着替え、魔法陣の中央で魔力を練成し続けるリオーネは空に向かって手をかざしていた。

 本人にしか意味の分からない呪文を何度も何度も唱え続けると、手のひらからは激しい雷が生まれる。

 そしてリオーネは雷を天に向かって放つと、空に黒いモヤが出来上がり、モヤの中から映像が映し出される。

 

「何じゃこれは⁉」

 

 映像に一番最初に驚愕の声を上げたのはボーマン。

 そこには近代的な設備の中で銃とナイフを片手に茨のような武器で相手を拘束しながら、人同士が殺し合う地獄のような風景が映し出されていた。

 人同士の殺し合いの中には巨大な機械も参上していて、人々は茨を片手に機械との距離を一気に詰めて、持っていたナイフで機械をバラバラに切り裂くと勝ち誇った顔を浮かべ、歓喜の雄たけびを上げていた。

 

「何だあの奇怪な鉄の巨人は⁉」

「それにあの茨は『咎人の荊』か?」

「それに今相手をしていた巨人はまさしくディオーネじゃないか⁉」

 

 その光景を見て、異界の存在に半信半疑だった一同もその存在を認めざるを得なかった。

 

「まだまだこんな物じゃないぞ!」

 

 リオーネが叫びと共に手に力を込めると、映像が変わる。

 次に映し出されたのは先程の映像の世界よりも荒廃はしているのだが、近代的な設備はあり、右手に巨大な腕輪を付けた戦士たちが魔物と戦っている姿が映し出された。

 

「あれはマルドゥークじゃないか!」

「魔法使いでもないのに、魔物と戦えるなんて信じられない!」

「供物は手に持たれた武器だけみたいだが、そんな装備で戦い抜くなんて……」

 

 完全に異界での戦士たちに心を魔法使いは奪われている。

 気を良くしたリオーネは映像を変える。

 そこには純和風の世界で鬼と呼ばれる異形と戦う『モノノフ』と呼ばれる戦士たちが戦っている様が映し出された。

 

「あれは『ダイテンマ』に『ゴウエンマ』だぞ!」

「どう言う事だ⁉ 何故異界にケルベロスが居るんだ⁉」

「このモノノフと呼ばれる戦士たちも供物は手に持たれた武器一つか。何て勇猛果敢な……」

 

 これまで異界の映像を見てきたリオーネだが、今一つピンとくる物がなかった。

 確かに異界の残留思念はこちらの世界にも流れ込んでいる。

 だが仮説には当てはまらなかった。

 それはこの世界の支配を不可能だと判断したセルト神は、異界を聖杯によって征服することで異界とこの世界を一つにまとめて世界を自分の物にしようとする算段。

 だがこれまでに見てきた異界は聖杯の力に頼ることのない、金色の精神を持った戦士達が強く生きている事を知り、そこに聖杯はほとんど関与していないことが分かる。

 だからこそ残留思念に関してもあの程度で収まったのだろうとリオーネは判断した。

 

「最後にこれだ!」

 

 最後に強く聖杯の思念を感じ取った異界の映像を見せる。

 そこに映し出されたのは、まるでウサギのような生き物だが、その眼はビーズのように乾ききった物であり、不気味さが感じられた。

 

「インキュベーター!」

 

 映像を見るとジェフリーは立ち上がって叫ぶ。

 突然のことに全員が困惑して、リオーネの精神の安定のためにもジェフリーを座らせるが彼は興奮しきった様子で映像を食い入るように見つめる。

 インキュベーターは相変わらずの無表情であったが、ジェフリーと出会った時とは決定的な違いがあった。

 それは体の右半分が真っ黒に染まっていて、白と黒のツートンカラーにキュゥべえが変わっている事だ。

 そして佇むキュゥべえの真後ろには、見慣れた忌々しい存在があった。

 

「聖杯だ!」

 

 聖杯は魔法使いに取っても忌むべき物。

 中には全く聖杯を見たことがない魔法使いだって居て、初めて見る魔を生み出す存在に恐れおののく物まで居た。

 それが何故キュゥべえの後ろに現れているかは分からない。ジェフリーが思考をまとめようとしても、騒ぎ声が大きく集中できない。

 

「静まりなさい! 全ては真実を知ってからです!」

 

 手をかざしてアルトリアが一同を一喝すると、騒ぎ出した魔法使いは押し黙って映像を見る。

 キュゥべえの後ろには八つの人影が目に飛び込んだが、そんな物に構っている暇は無い。

 キュゥべえの目的を知ろうと、ジェフリーは食い入るように映像を見つめるが、キュゥべえと目が合うと意外な光景が広がる。

 

「ジェフリー。君見ているね?」

「こっちにコンタクトを取ったじゃと⁉」

 

 あまりにイレギュラーな出来事にボーマンは驚愕の声を上げるが、他の魔法使いは驚くのにも疲れたのか阿呆のように口を大きく開くだけ。

 ジェフリーは立ち上がってキュゥべえを睨みながら話し出す。

 

「貴様インキュベーター! 今度は何をしようとしている⁉」

「異界の君にボクの目的を答える義務は無いね。まぁ聖杯の力でボクは今までのボクとは違う存在になったとだけ言っておくよ」

「何だと⁉」

 

 残留思念の主な要因はやはり見滝原の世界だと知ると、ジェフリーはキュゥべえを睨みつけるが、キュゥべえは変わらぬ淡々とした調子でジェフリーに言葉を返す。

 

「状況が違う。君にはもう何も出来ない。そこで指をくわえて見ているんだね。全ては宇宙のため、そしてセルト神のため、この世界を供物に今度は君達の世界を物にするよ。全てはセルト神のために!」

 

 完全に聖杯に心を売ったキュゥべえを見て、ジェフリーは炎の矢を画面に向かって放つ。

 その瞬間モヤは消えてなくなり、強制的に異界の存在を確認する儀式は終了させられた。

 異界の存在を改めて認めると、アルトリアが話をまとめようと話し出す。

 

「これで仮説が真実だと言う事が分かりましたね?」

 

 アルトリアの問いかけに一同は力なく頷く。

 それはこの世界で聖杯は見なくなったのに、何故魔物が新たにドッペルゲンガーでもないのに現れるかという事。

 それはセルト神が自らの意思を分断させ、聖杯として次元を超えさせて、この世界とよく似た異形と戦う世界に狙いを定めてその世界を征服して、最後はこの世界と征服した異界を一つの世界にまとめあげて、改めて征服すると言う物。

 信じたくない仮説が真実だったことに一同は絶句するが、ジェフリーは一人体を震わせながら決意を固めていた。

 

「侵略を阻止する方法は一つ。俺が再び異界見滝原に赴き、あの世界の聖杯を! セルト神の意思をインキュベーターごと生贄にする!」

「少しは落ち着け!」

 

 叫んでいる途中で胸元からリブロムが顔を出す。

 そしてリブロムはジェフリーを落ち着かせようと説得に入る。

 

「あの時は俺がお前を召喚したから、何とか異界に入る事が出来たんだぞ。だが俺は今ここに居る。そんな状態でどうやって見滝原に行こうってんだ⁉」

「策ならある」

 

 ジェフリーが思い浮かべるのは、見滝原に残した嘗ての自身の半身。

 ある意味では異界の魔導書も自分と魂で繋がっている存在。ならばもう一回見滝原に行くことも出来るはずだとジェフリーは思っていた。

 彼の狙いが分かると、リブロムは諭すようにゆっくりと話す。

 

「カムランを介して見滝原に向かおうとする気か? 危険すぎる!」

「皆聞いてくれるか?」

 

 リブロムの説得の言葉も聞かず、ジェフリーはサンクチュアリの皆に策を伝えようとする。

 そこに居る全員が分かっていた。もう彼に頼るしか方法が無い事を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 ほむらから無事の連絡を受けたまどかは安心してベッドの中で眠りに付いていた。

 本棚の中でカムランも眠りについていたが、彼はまだ知らなかった。

 これから先自分が世界を救う鍵の一つになる事を。




と言う訳で第二話を投稿しました。今回はおりこ☆マギカより、美国織莉子と呉キリカに登場してもらいました。これから先深く絡ませるつもりです。

そして異界の詳細を伝えました。異界の正体は一つ目が『フリーダムウォーズ』の世界、二つ目が『GOD EATER2』の世界、三つめが『討鬼伝』の世界です。これは原作の『ソウルサクリファイス』でも、この三つは魔物がコラボしていた状態なので、こう言った形で登場させました。この三つの世界のキャラクターが出る予定はありません。彼らの物語と交錯することはありません。

次回も頑張りますのでよろしくお願いします。

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