魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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物語は再び交わろうとしていた記憶がバトンとなって。


第二章 新たに作りあげる絆の物語
第一話 異界の記憶


 そこはかつてジェフリーがマーリンと戦った地であった。

 悲しい思い出しかないが、それでもジェフリーに取っては大切な場所。

 そこに今一体の異形が存在している。

 巨大な龍は最近現れたばかりの存在であり『ディオーネ』と名付けられた龍は、ジェフリーを見つけると咆哮を放つ。

 ジェフリーは一つ呼吸を整えると改魔のフォークを召喚して、まっすぐディオーネに向かって突っ込む。

 

「でりゃあああああああああああ!」

 

 気合いの入った叫びと共に改魔のフォークが振り下ろされ、巨大な翼は一閃の元に切り裂かれた。

 血しぶきが舞い、ディオーネは口から火球を発しながら応戦をするが、ジェフリーは『隼の翼』を使って攻撃を超スピードでかわすと、続いて両足を叩き切り、ディオーネの動きを封じた。

 だがディオーネの心から戦いの火は消えてなかった。

 頭部に備わった角を光らせると、そこにエネルギーを充填させて一気にビーム砲を放つ。

 ディオーネの最大の攻撃なのだが、これもジェフリーはかわしてトドメと言わんがばかりに炎竜の卵を角に叩き付けると大爆発が起こり、辺りは黒煙に包まれた。

 黒煙が晴れる前にジェフリーは心眼で獲物の様子を確かめる。

 既にその体は真っ赤に染まっていて、勝負は決したと判断し、救済行為をしにジェフリーはゆっくりとその場に歩み寄る。

 だが黒煙が晴れた先にあったのは、ディオーネのコアではなかった。

 そこには何もなく、まるで存在その物が消えてなくなったかのように塵一つ残らずディオーネの痕跡はなかった。

 

「またか……」

 

 何度も体験するイレギュラーな事態にジェフリーはため息を一つつく。

 ここ最近魔物を討伐すると救済の前に、その存在その物が完全に消えてなくなることが多いのだ。

 共通点はどれも最近になって魔物と認定された存在ばかり。

 極東の鬼と呼ばれる異形の存在に似た魔物『ダイテンマ』『ゴウエンマ』

 まるで狼のような姿をした巨大な魔物『マルドゥーク』

 そして今回のディオーネ、イレギュラーな事態が続くことにジェフリーはため息を一つつくと、気持ちを切り替えるかのように次の魔物を救済しようと、フードを被ってその場を後にしようとする。

 

「そこの魔法使い止まれ!」

 

 その場を後にしようとした瞬間、ジェフリーの周りを白い装束を着た魔法使いが取り囲む。

 その姿からサンクチュアリの魔法使いだと判断したジェフリーは何も言わずに、両手を上げて自分に抵抗の意思がないことを示す。

 

「魔物の生贄行為は厳禁だ! もう聖杯はない! ドッペルゲンガーたちには何の罪もない!」

「分かっている。だが救済を行おうとしたんだが、姿その物が消えてなくなってな」

「話は本部でじっくりと聞く!」

 

 そう言うと集団の中のリーダー格と思われる人物が、ジェフリーのフードを取って顔をじっくりと見ようとする。

 だがフードを取ってジェフリーの顔を見た瞬間に、隊長は驚愕の表情を浮かべて固まった。

 

「そんな馬鹿な⁉ あなたが何故アヴァロンの……」

「何を言っている? 言っている意味がさっぱり分からない」

「と、とにかく馬車に乗って本部へ!」

 

 急に態度がよそよそしくなったことをおかしいと思いながらも、ジェフリーは囲まれた状態でサンクチュアリの魔法使いの面々と一緒にサンクチュアリの本部へと向かう。

 それは新たな物語の序曲の幕開けだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 石造りの塔はジェフリー・リブロムの記憶の中で何度も見た存在。

 だが実際にサンクチュアリの本部に来るのは初めてのジェフリーは、どこか懐かしく思いながらも歩を進めていく。

 牢屋暮らしは別に苦痛ではない。マーリンの生贄にされそうになった時、散々経験しているからだ。

 嫌になったら適当に脱獄でもすればいいとジェフリーは思っていたが、彼が連れていかれるのは地下深くにある牢獄ではなかった。

 何故か階段を上らされ、最上階にある代表が居る部屋へと連れてこられる。

 数回のノックの後、隊長はジェフリーを引き連れて中へと入る。

 

「ゴルロイス様! 謁見させたい人物が居ます!」

 

 それだけ言うと隊長はジェフリーを前面に出す。

 何が何だか分からないジェフリーの目に飛び込んだのは、豪華な机の上で書類仕事に終われている一人の可憐で小柄な少女が目に飛び込んだ。

 少女の身長はまどかと大差なく、一見すれば子供のようにも思えたが、彼女から発せられる威厳がそのような事を口には出させず、彼女はサンクチュアリの代表として堂々とした態度を見せていた。

 呼ばれて少女は顔を上げてジェフリーの姿を見る。

 すると少女は阿呆の様に口を大きく開けて、持っていた羽ペンを落とすと、書類仕事を無視してジェフリーの元へと向かう。

 

「そんな! あの時死んだとばかり思っていたのに……」

 

 全てを言い終える前に少女は涙目になって、ジェフリーの胸に飛び込んだ。

 何が何だか分からないジェフリーは引きはがそうとするが、次の瞬間彼自身も困惑する言葉を彼女は発する。

 

「兄さん! もう放さない!」

「兄さん⁉」

 

 ジェフリーは間抜けな声を上げてしまう。

 アーサー・カムランとしての記憶を全て捧げることで、ジェフリー・リブロムの力と記憶を得た彼に取って、アーサー・カムランとしての人生の痕跡がまだあったことに困惑していたからだ。

 だが胸の中で泣きじゃくっている小柄な金髪の少女を見ると、自分は相当大切に思われていた存在だと言う事が分かる。

 ジェフリーは少女を宥めながらも、一旦引きはがして自分のこれまでの経緯を語ろうとする。

 

「落ち着いて聞いてほしい。そして愚かな俺を許して欲しい……」

 

 勝手な言い分だとはジェフリー自身も分かっている。

 だがそれでもジェフリーには目の前で妹と名乗る少女の記憶が全くない。

 なのでジェフリーは言葉を選んで話し出す。

 これまでの体験を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 全ての話を聞くと少女の顔から強いショックの色が出ていた。

 どこか呆けた顔で一人用のソファーに座って、心を落ち着かせようとする少女。

 そんな彼女に対してジェフリーは何も出来ない歯がゆさに苦しむだけで、言葉をかけることも行動で慰めることも出来ず、ただ黙って立っているだけであった。

 嫌な沈黙がその場を支配するが、それは静かな泣き声で打ち消される。

 涙を流しながら少女はジェフリーの元気そうな姿を見て、一言振り絞るように言う。

 

「私のこと全部忘れててもいい。兄さんが生きてさえくれればそれでいい……」

 

 この言葉を聞いて、本当に少女に取ってアーサー・カムランは大切な存在なのだと実感させられ、ジェフリーは申し訳ない気持ちで一杯になる。

 ジェフリーに出来ることは少女を改めて理解することだけ。

 それがせめてもの罪滅ぼしだと思い、ジェフリーは少女に質問をする。

 

「本当に済まないと思っている。これから先、友好関係を築く為にも一つ教えてくれないか?」

「何を?」

「お前の名前だ」

 

 聞かれると少女はハッとした顔を浮かべる。

 辛いのはジェフリーだって同じこと、そう思うと少女は涙を拭いてジェフリーとまっすぐ向き合って自己紹介を始める。

 

「失礼しました。私は四代目ゴルロイス、本名をアルトリア・カムランと申します。以後お見知りおきを」

 

 アルトリアはサンクチュアリの代表らしく、凛とした態度でジェフリーに向かって頭を下げて自己紹介をする。

 その姿からサンクチュアリは安泰だと判断したジェフリーは口元に軽やかな笑みを浮かべた。

 ようやく優しく笑ってくれたジェフリーを見て、アルトリアもまたつられて笑う。

 だがすぐに本来の目的を思い出すと、彼女の表情は凛とした物に変わる。

 

「それで兄さん。何でここに連行されてきたんですか?」

 

 サンクチュアリの本部に連行される理由は一つぐらいしかない。

 魔法使いが禁忌を犯したぐらいの時だけ。

 大体の魔法使いはサンクチュアリに所属しているのだが、中には生贄行為の快楽に負けて魔物を殺すことだけに執着する魔法使いだって居る。

 そう言った魔法使いはサンクチュアリの元で再教育を受けるのだが、彼がそうするとは信じられずアルトリアはジェフリーに答えを求めた。

 

「それなんだがな……」

「話す必要はないぜ。アンタ釈放だ、無実が証明されたよ」

 

 話そうとした時、部屋の中に別人が入ってきて、ジェフリーが帰っても言い事を伝えた。

 入ってきた存在は、褐色の肌を持った成熟した女性であり、金色の法衣を身に付けた彼女を見て、ジェフリーは記憶の中の一人の女性を思い浮かべて口に出す。

 

「リオネス……」

 

 突然声をかけられて、女性はキョトンとした顔を浮かべるが、すぐにジェフリーの応対に当たる。

 

「リオネス? それはアタシに占いを教えてくれた大婆様の名前だよ。因みに去年大往生した。アタシはリオーネ、サンクチュアリ専属の占い師だよ」

 

 ジェフリーの中の物語は全て過去の物。

 なので当時の人物が既に死んでいることは珍しくない。

 事実モルドレッドはこの世を去っていることはリブロムを通じて知り、エレインが死んだことも風の噂で聞いた。

 孫娘に看取られ、穏やかな最期を迎えたと聞く。

 なのでリオネスが死んでもおかしくないのは分かっていたが、ジェフリーは一人取り残されたような気分になって、歯がゆさを覚えた。

 だが複雑そうな顔を浮かべているジェフリーに構わず、リオーネは自分の話をしだす。

 

「アンタの言い分は間違ってないよ。その場に残った残留思念を読み取った結果、アンタが言うように生贄、救済の選択を行う前に対象魔物のディオーネは消えてなくなったよ。アンタは晴れて自由の身だ。まぁ出来ればサンクチュアリに所属して、一緒に復興活動を手伝ってもらいたいのが正直な感想だけどな」

 

 自分の言いたいことだけを伝えると、リオーネはジェフリーの答えを待った。

 ジェフリーは少し悩む素振りを見せると、アルトリアの方を見ながら話し出す。

 

「もし俺の力が復興の役に立つなら、手伝いたいとは思う。だがお前はいいのか? お前のことを覚えてもない薄情者とまた行動を共にするなんて……」

「何度も同じ事を言わせないで下さい! 私は兄さんと一緒ならそれだけでいいです!」

「よろしく頼むぜ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 そこから一人で魔物救済を行っていた頃とは比べ物にならないぐらい、ジェフリーの復興活動は身のある物に変わった。

 サンクチュアリ本部を中心に人は集まって行き、人々は復興のため魔法が使えなくても自分が出来ることを精一杯にやっていた。

 その結果本部の周りだけではあるが緑が生い茂り、川が復活して飲み水の確保に成功し、誰もが争い合うことなく互いに助け合える理想の人間関係が築きあげられていた。

 今はまだ人は少ない状態だが、これから先の明るい未来を皆が信じていた。

 見回りをしながらその様子を嬉しく思うジェフリーだったが、突然街の住民に呼び止められる。

 

「すいません。サンクチュアリの方ですよね⁉」

「法衣姿なんだから見れば分かるだろ?」

「息子が急病なんです! どうか世界樹の実のご加護を!」

 

 男性の必死な懇願を見て、彼に取って息子がどれほど大切な存在なのかはよく分かる。

 だが『世界樹の実』と言う聞き慣れない言葉がジェフリー困惑させて、動けなくしていた。

 

「何を言っているのか意味が……」

「ぬおおおおおおおお! どけ――!」

 

 ジェフリーが立ち止まっていると、突然後方から勇ましい叫び声が響く。

 声を聞くとジェフリーは何事かと思い、声の方向を見て、男性はその声に信頼を置いているらしく喜びの表情を浮かべながら、ジェフリーと同じ方向を見た。

 そこに居たのは砂埃を上げながら、こちらに向かって走って突っ込んでくるジェフリーよりも背が高く筋骨隆々の30代ぐらいの青年。

 目測で190はあるかと思われる青年は男性の叫びを聞くと、すぐに彼の元へと駆けつけ、詳細を聞き出す。

 男性から息子の病状を聞くと、すぐに青年は走ってとある場所へと向かう。

 

「ワシに任さんかい!」

「待てよ!」

 

 ジェフリーもすぐに隼の羽を使って、青年と並んで走る。

 彼の顔を見たことはないが、その魂の色はどこかで会ったような覚えがある。

 彼には泣かされた記憶しかない。傲慢で強欲で身勝手な男ではあったが、心の奥の奥には金色の精神を持った青年の名をジェフリーは口に出す。

 

「ボーマン……」

「ああ⁉ 確かにワシはボーマンじゃが、ボーマンと言っても、ワシはただの三代目じゃぞ。お前さんは確か、最近サンクチュアリに加入したジェフリーとか言う魔法使いじゃろ? ワシお前さんに自己紹介したか?」

 

 口ぶりから言って、目の前の彼はボーマンの技術を受け継いだ魔法使いだという事は分かった。

 もうペンドラゴンのような悲劇を起こさないためにも、一切の生贄行為は禁じられていることはジェフリーも知っている。

 不思議そうにジェフリーを見つめるボーマンだったが、ジェフリーは自分の目的を話し出す。

 

「俺は最近ここに来たばかりでな。色々と事情を勉強したいと思っている。世界樹の実と言うのがどう言うのか分からないからな。付いていってもいいか?」

「オウ、好きにせい! なんじゃ⁉」

 

 走っている途中でボーマンの足は止まり、ジェフリーも足を止めた。

 彼らの目の前に居たのは二体の魔物。

 一体はとぼけた顔を浮かべた蛇のような魔物であり、もう一体は鉄仮面を身に付けた下半身が魚の尾を持った人魚を連想させる魔物であった。

 

「こんな時に! それにしても何じゃこの魔物は⁉ 見たことないぞ!」

 

 ボーマンは見たこともない魔物に困惑していたが、ジェフリーは彼とは違う意味で困惑して固まっていた。

 

(そんな! シャルロッテにオクタヴィアだと……)

 

 その二体はかつて見滝原で出会った二体の魔女。

 異世界の魔女がそこに居るとは信じられず、ジェフリーは困惑するが、すぐに冷静さは取り戻される。

 向こうでも自分が戦った魔物と似た魔女は存在した。

 意識を集中させると、ジェフリーはこの二体が魔物になった経緯を調べようとする。

 

(何も見えない……)

 

 だがいくら意識を集中させてもジェフリーの脳裏には何も思い浮かばなかった。

 しかしジェフリーには信じられなかった。目の前の魔女がドッペルゲンガーとは思えなかったからだ。

 

「ボサっとするな!」

 

 思い悩むジェフリーの意識を現実に引き戻したのはボーマンの怒鳴り声。

 ハッとした顔を浮かべてジェフリーが上を見ると、オクタヴィアの剣が彼を両断しようと振り下ろされた。

 反射的にジェフリーは岩虫の甲殻の魔法を発動させて、体を岩石で包みこむと剣を跳ね返し、そのまま回転してオクタヴィアの顔面に向かって突っ込む。

 すると鉄仮面は割れて、オクタヴィアの体は後方に倒れその上を一個の岩石は縦横無尽に行き来して人魚の魔女にダメージを蓄積させる。

 

「中々やりおるの。じゃが岩虫の甲殻に関して言えば、ボーマン一族の方が扱いは上じゃ!」

 

 ジェフリーを見て闘争心に火が点いたのか、ボーマンも同じように岩虫の甲殻を発動させてシャルロッテに向かって突っ込む。

 突っ込んでくる岩に対してシャルロッテは丸ごと飲み込もうと、口を大きく開けて這って進んでいく。

 

「感謝するぞ。自分から弱点をさらけ出してくれた事にの!」

 

 だがボーマンの突進は止まらず、そのままシャルロッテの口内へと突っ込む。

 飲み込んで勝ち誇った顔を浮かべるシャルロッテだが、次の瞬間にその表情は苦悶のそれに変わる。

 弱点である体内を無茶苦茶に責めてられ、シャルロッテは声にならない声を上げるが、そんな物はお構いなしにボーマンは魔女の体内を突き進んでいき、勢いに任せて突っ込み続けると、巨大な岩石はシャルロッテの体内を貫通して外へと飛び出す。

 魔女の肉体は消えてなくなるが、それでもボーマンの勢いは止まらない。

 未だにオクタヴィアの上で踏みつけ攻撃を行っているジェフリーと合流しようとする。

 

「一気に決めるぞ!」

 

 言っている意味は分からなかったが、ボーマンはジェフリーに身を預けることを選んだ。

 ジェフリーは突っ込んでくるボーマンに対して同じように突っ込み、二つの岩石は空へと舞い上がり、空中で岩石は崩壊する。

 

「放て!」

「そう言う事か!」

 

 ボーマンはジェフリーの真意を理解すると、二人は矢を放つ要領で空中で静止した岩石たちをオクタヴィアに放つ命令を送る。

 勢いが付いた岩石の飛礫たちは魔女の肉体全体を貫いて、一気にダメージを与えて、その体は消えてなくなった。

 決着は付いたと思われた。だが地面に付いた二人は納得が行かない事が起こり、歯がゆそうな顔を浮かべる。

 

「ジェフリー、お前さんも気付いたか……」

「ああ何でコアが残らないんだ⁉」

 

 ここ最近は魔物を討伐してもコアが残らず、初めからそこに存在しなかったかのように消えてなくなることがほとんど。

 救済しようにもこれではどうすることも出来ず、原因が分からないことに二人は困惑するばかりであったが、ボーマンはすぐに目的を思い出すと走り出す。

 

「確かに気にはなるが、今は世界樹の実を取るのが先じゃ! 急ぐぞジェフリー!」

 

 ボーマンの言う正論に従い、ジェフリーも彼に続く。

 今は一つでも多くの命を救うことが救済だと信じていたから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ボーマンに連れてこられた場所は、荒廃した荒野ばかりのこの世界では珍しく緑が深々と生い茂る森であった。

 その中を二人は木々をかき分けながら歩いていき、目的地にたどり着くとボーマンは天を指さす。

 

「これが世界樹の実の生産元じゃ。そして今現在分かっている中で唯一人を全く襲わず、人間に力を貸し続ける魔物じゃよ」

 

 そこにあったのは巨大な木であった。

 見ているだけで圧倒される木であり、ジェフリーもそれは例外ではなく呆けた顔を浮かべていたが、彼に構わずボーマンは木の説明に入る。

 木の名は『ユグドラシル』かつては高名な魔法使いであったが、それでも魔法使いの掟には勝つことが出来ず、最後は魂が溢れ出して、人の姿は消えてなくなり、この大樹の姿となった。

 だがユグドラシルは他の魔物とは明らかに違う存在であった。

 それは人を全く襲わないと言う事。

 それだけではなく、ユグドラシルから生る実は人間の抵抗力を高め、大抵の病気なら治してくれる特効薬として重宝されていた。

 

「故にユグドラシルの保管もサンクチュアリの課題の一つじゃ。悪用する者が現れないとも言えんからの。どうした?」

 

 ユグドラシルの説明をするボーマンだったが、ジェフリーはその魂の色に懐かしい物を感じ、思わずかつての仲間の名前を口に出す。

 

「パーシヴァル……」

 

 もう彼もそこに居ない事は分かっている。それでもジェフリーは口に出さずにはいられなかった。

 ジェフリーが何を言っているのか分からず、ボーマンは困惑するばかりであったが、彼は本来の目的を思い出すと実を一つ取って街へと戻ろうとする。

 

「お前さんも適当な所で戻ってこいよ!」

 

 ボーマンの言葉はジェフリーには届いてなかった。

 彼自身も気付いてなかったが、ジェフリーの目からは涙が溢れていた。

 理由は分からないが、ジェフリーは涙を拭うことなくユグドラシルの幹に抱き付く。

 

『ジェフリーなの?』

 

 その時頭の中に声が響く。

 その拙い子供のような喋り方と幼い声に聞き覚えのあるジェフリーは、すぐに頭の中に直接語りかけた声に返す。

 

「そうだよ。俺はジェフリー・リブロムの記憶を受け継いだ魔法使いなんだよ」

 

 そこからジェフリーはこれまでの経緯をユグドラシルに告げる。

 全てをジェフリーが話し終えると、再び脳内に声が響き渡る。

 

『よくわからないけど、ジェフリーもちがうそんざいになったってこと?』

「ああ、だがお前のことは覚えているよ。パーシヴァル。お前は本当に偉い奴だよ、お母さんの約束を守っただけじゃなく、魔物と人間は相容れない存在であると言う定説まで覆したんだからよ」

 

 そう言うとジェフリーは溢れる感情を抑えることが出来ず、幹にしがみ付いたまま泣きじゃくり続けた。

 元パーシヴァルのユグドラシルはどうすればいいか分からず、ジェフリーの脳内に直接言葉を送り続ける。

 

『どうしてないてるの? いたいの?』

 

 ユグドラシルの問いかけにジェフリーは答えようとしなかった。喜びの感情で一杯だったからだ。

 もう会えないと思っていた仲間に再び出会えた。

 ジェフリーはいつまでも泣き続けていた。歓喜の感情を抑えられなかったから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 月だけが街を照らす夜。

 サンクチュアリの本部の会議室では、蝋燭の灯りだけが照らす中、緊急会議が行われて言た。

 そこにはサンクチュアリの主要の魔法使い。アルトリア、リオーネ、三代目ボーマンを始めとした魔法使いが揃っていて、その中にはジェフリーも居た。

 議題は最近よく見る救済出来ない魔物たちのこと。

 まるでモヤのように消えてなくなるその存在は、初めからそこに居なかったかのような存在。

 これに付いて多くの仮説が立てられるが、どれもピンと来る物ではなく、会議は完全に煮詰まった状態となっていた。

 

「もしかしたら実体化する残留思念かも知れないぞ」

 

 そんな中リオーネが言った仮説に皆が食いつく。

 だがあまりに突拍子もない仮説に異議を唱える者も居た。

 

「馬鹿な⁉ 残留思念は所詮残留思念じゃぞ! それが実体化などありえんわ!」

 

 ボーマンの意見はもっともであり、他の魔法使いもそれに賛同するように頷く。

 だがリオーネも引くつもりはなく反論をする。

 自分の意見に絶対の自信を持っていたから。

 

「この世界の残留思念ならな。だが異界ならどうだ?」

「またその話か!」

 

 『異界』と言う言葉にボーマンは心底ウンザリした顔を浮かべた。

 ここ最近現れた奇妙な魔物たちに付いて立てられた仮説。それはこことは違う異なる世界から来た残留思念ではないかと言う物。

 聖杯が別の世界を侵略しようと向かい、そこで生まれた魔物がこちらの世界にも流れ込んだのではと言う説。

 だがボーマンはその説を全て否定していた。信じたくなかったからだ、異世界の存在を。

 

「永劫回帰はとにかく。この世界以外に世界があるなど馬鹿げている! 話にもならんわ!」

「否定ばかりで前へと進めるかよ。アタシの占いで真実を確かめるから、皆魔力を提供して……」

「時間の無駄じゃ!」

「何だと!」

 

 熱がこもったボーマンとリオーネは互いに睨み合って、今にも殴り掛かりそうな勢いであったが、アルトリアの厳しい眼光の手前それだけは出来ない状態だった。

 アルトリアは二人を厳しく睨みつけながらも、ジェフリーの方を見る。

 

「兄さん。あなたの意見を聞きたい」

「俺はリオーネの意見に賛成だ」

 

 ここで初めて賛成案が出て、リオーネの顔は喜びで綻ぶが、ボーマンは苦い顔を浮かべながらジェフリーに向かって詰め寄る。

 

「どうかしとるぞ! そんな夢物語みたいな絵空事を信じるなんて……」

「俺は自分の目で見て、自分の耳で聞いた物しか信用しない」

「だったら……」

 

 引かないボーマンに対して、ジェフリーが取った行動は彼の頭を鷲掴みにして、自分の記憶を流し込むこと。

 幻惑魔法の応用を食らうと、ボーマンの脳内に異様な光景が映し出される。

 それはジェフリーが見滝原で過ごした日々の事。

 魔女と呼ばれる異形の存在との戦い。その中で絆を育んだ五人の少女たち。こことは違う世界が確かにある事を知ると、ボーマンは何も言い返すことが出来ずに黙り込んだ。

 納得したのを見届けると、ジェフリーは手を離し、皆にも同じように見滝原での出来事を語り出す。

 初めは皆半信半疑であったが、真剣に話すジェフリーを見て、最後は全員が異界の存在を認めた。

 だがここではない世界に対してどう対処すればいいか分からず全員黙りこくっていたが、話が出来る状態になったのを見てリオーネは再び自分の案を提出する。

 

「敵を知るにはまず情報が必要だ。だからアタシに魔力を提供してくれ。膨大な魔力さえあれば、アタシの目は異界さえ見届けられる。それが大婆様のリオネス式占いだ」

「ではこの意見に賛成の方は挙手を。反対の方はここから出て行きなさい」

 

 これ以上の問答は時間の無駄だと判断したアルトリアは場をまとめようとする。

 彼女の圧に負けてしまい、一人また一人と手を上げていき、その中には反対派の代表であったボーマンも手を上げていた。

 最後にジェフリーが手を上げて全員がリオーネに協力することを選んだのを見届けると、会議は終了する。

 

「では明日、早速行います。今日は解散です」

 

 そう言って蝋燭の灯りは消され、アルトリアが去っていくと全員がその場を後にしていく。

 暗闇が場を支配する中、ジェフリーは一人ここには居ない仲間たちの心配をしていた。

 

(異界の残留思念か……まどか達は無事なのか?)

 

 こちらの世界の残留思念が見滝原に流れ込む可能性だってある。

 その事を心配してジェフリーは椅子に座ったままだった。

 彼女たちもまた大切な仲間だから。




と言う訳ではじめましての人ははじめまして。以前から読んでくださっている方はまたよろしくお願いします。魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語、第二章の幕開けです。

最初に言っておきましたが、今回は完全にオリジナルの話になりますので、皆様の意見を私も真摯に聞いて、楽しめる作品を書きたいと思っています。

またよろしくお願いします。楽しめられる作品を書くよう頑張りますので。

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