何もない荒野で、ジェフリーは一人スライムを相手に奮闘していた。
食欲に支配されたスライムは自身の体を代償にして生まれた多くの食材を投げて攻撃するが、ジェフリーはそれを全てかわすと、懐に入って改魔のフォークを振り下ろす。
真っ二つに切り裂かれて横に倒れるスライム。ドロドロに肉体が溶解すると、最後にコアとなった人間が姿を現せる。
「もう終わらせてくれ……」
全てに絶望しきった痩せ細った青年は、ジェフリーに生贄行為を求めた。
だがジェフリーは右腕を突き出すと、青いエネルギーを放出し、その気だけを貰い青年を許した。
「何で殺さなかった⁉ こんな世界に生きていたところで絶望しかないのに!」
まだ生きる事を強要された青年はジェフリーに食ってかかるが、ジェフリーは熱を失った炎の布を青年に被せると一言つぶやく。
「ここからはお前の物語だ」
その言葉を聞くと、不思議と青年の中にあった憤りは消えて、黙ってジェフリーの背中を見送った。
青年は戸惑っていた自分の中に芽生えだした前向きな感情に。
***
夜、ジェフリーは近くの崩壊した寺院で寝転んでいた。
休養を取っていると、胸からリブロムが顔を出す。
寝る前の話し相手にちょうどいいとジェフリーはリブロム相手に話しかけようとするが、先にリブロムの方から話かけてきた。
「あの娘たちと別れてから、大体ひと月と言ったところか?」
「そんなところだろうな……」
「あれからも魔物は尽きないが、お前は誰一人として生贄にしていない」
「俺は思い出したからな。人の強さを優しさを美しさを、俺の身勝手でその物語を潰すわけにはいかないよ」
寺院には屋根がなく、吹きさらしの中でジェフリーは満天の星空を見ながらつぶやく。
「皆どうしているかな?」
「アイツらなら大丈夫だろう。だからこそお前もこっちの世界に戻ったんだろう?」
リブロムの問いかけに対して、ジェフリーは小さく頷く。
もう会えなくても、ジェフリーは信じていた。
動き始めた金色の意思は、これから更に強く大きな物になってくれることを。
***
まどかの手記
ジェフリーさん。元気ですか? 私は魔法少女としてではなく、人間『鹿目まどか』として、皆と一緒にインキュベーターと戦うことを決意しました。
魔法少女にならなくても出来ることはあるって思って、パパからお料理を教えてもらって、疲れた皆のためにコーヒーや夜食を作って、皆を支えています。
あとはマミさんから美味しい紅茶の淹れ方を教えてもらったり、さやかちゃんと杏子ちゃんの喧嘩を止めたりと、こんな私でも出来ることがあるんだって、ううん。出来ることを必死になって見つけようとしています。
でも時々、弱い心に負けちゃいそうになる時があります。そんな時私は……
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ほむらの手記
ジェフリー、あなたがいなくなってから、私たちはインキュベーターに叛逆の狼煙を上げようとしたけど、中々上手くいかないわ。
ワルプルギスの夜を倒してから、見滝原の魔女の出現率は恐ろしく減ったし、新しい魔法少女も中々見つからないわ。
しばらくは取り逃した使い魔を魔女になる前に討伐するのがほとんどになりそうよ。
人間に戻れて、まどか達と穏やかな日常を過ごせるのは嬉しいと思うわ。
でもその一方でインキュベーターたちに反撃出来ないことに歯がゆさを覚えている自分もいるわ。そんな時私は……
***
さやかの手記
ヤッホー! ジェフリーさん、さやかちゃんだよ――!
ジェフリーさんのおかげで私は毎日元気に頑張っています。
皆と勉強会をしたり、お茶会をしたりと楽しく過ごしています。
あ、恭介と仁美の事ならもう心配しないで、今では二人とも大切な親友になっているから。私自身いつかの涙を思い出に変えています。
でも恭介ったら女の子の気持ちなんて考えずに、ヴァイオリンにばかり没頭していて、納得の行く出来じゃないからって、仁美とのデートをキャンセルばっかりしています。
その事で仁美は激怒して、恭介とは喧嘩ばかりです。止めるのにも一苦労ですよ。
でも大丈夫、疲れた時には私は……
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杏子の手記
ようジェフリー。景気悪いくたばりかたしてないだろうな?
アタシの方は今までの血生臭い毎日から一変して、普通の女子中学生の日常って奴を謳歌しているよ。
今までサボっていた分、勉強に付いていくのは大変だけど、マミが教えてくれるし、何とかやっていけている。
でもアタシはまだまだどうしようもないガキだって痛感させられるよ。
マミはそこに居るのに、時々家族連れとかを見ると、自分の胸がシクシクと痛む感覚を覚える。
昔だったら、そんな時は決まってやけ食いだったけど、今は違う。そんな時私は……
***
マミの手記
ジェフリーさん。あなたから貰ったこの人間の体、私は毎日あなたに感謝しながら生きています。
止まっていた成長が動き出したみたいで、また胸が大きくなって、制服がキツい日々が続いています。
その事を美樹さんと、佐倉さんはからかうし、鹿目さんと暁美さんは恨めしそうな目で私を見ています。
でもいいことばかりじゃありません。私はつくづくすぐに落ち込む自分の弱さに嫌になっています。
皆と違って私は中学三年生、進路や受験にと頭を悩ませるイベントが多く、その中で魔法使いとしてどう活動していいかとも悩んでしまいます。
でも昔のように一人ぼっちで悩んだりしません。そんな時私は……
***
マミのマンションへと集まった5人は、全員がジェフリーに向けての手記を書くと、それをガラスのテーブルの中央に集める。
ほむらが手をかざすと勢いよく五つの手記は燃え上がって、塵一つ残さず天へと消えていく。
「キャ! キャ! キャ!」
その様子を見て、五人の物ではない笑い声が響く。
カムランは手記が燃え上がる様子を、この間テレビで見た花火と勘違いしているのか体を震わせながら喜んでいた。
そんなカムランをまどかは優しく抱え上げながら、諭すように話し出す。
「コラ、めんめよカムラン。これは花火じゃないよ。私たちは訓練されているから大丈夫だけど、本当は不用意に物を燃やしちゃダメなんだよ。分かった?」
「あう」
子供の扱いはタツヤで慣れているまどかがカムランを預かることになり、まどかはカムランに色んな言葉を教えていた。
カムランにもまどかの愛情が伝わっているらしく、まどかに体を撫でられると嬉しそうに顔を歪ませて、体を揺さぶらせた。
その様子を杏子とほむらは穏やかな顔を浮かべながら見ていた。
「どんな奴でも子供ってのは可愛いいもんだな」
「ええ。リブロムは皮肉屋だから、つい先入観で初めはカムランの事も不気味な存在って思っていたけど、私はまだまだ矮小だって思い知らされるわ」
談笑に花が咲いていると、マミが紅茶を持って一同の前に現れ、人数分の紅茶をテーブルに置く。
マミの紅茶を飲むと、相変わらず安心感が広がるような優しい味が広がり、この味をまだまだ作り出せないまどかはため息をつく。
「私も勉強しているんですけどね……」
「まだ私は全てを鹿目さんに教えたわけじゃないしね。それに私自身も成長しているわ。まだまだ紅茶に関しては、鹿目さんに譲る訳にはいかないわ」
胸を張るマミに対して、まどかは情けない表情を浮かべて項垂れる。
そんな中でさやかは自分の携帯をいじりながら、新しく出来た大型ショッピングモールの情報を見ると、目を輝かせて一同に携帯を見せる。
「これ見て皆! ここからもそう遠くないし、今度のお休み皆でここに買い物行こうよ!
私新しいスカート欲しいし!」
「フードコートはどれぐらい充実している?」
「それよりもティーセットがどこまで揃っているかを……」
さやかの提案に対して、杏子とマミは乗っかり、目を輝かせながら計画を立てる。
そんな三人をほむらは呆れながら見つめ、まどかは穏やかな表情で見ていた。
「全く使い魔だってまだ殲滅したわけじゃないのに……」
「いいじゃないほむらちゃん。いざとなったらカムランが教えてくれるよ」
まどかに撫でられて嬉しそうにカムランは笑う。
この穏やかな日々を過ごせることに本当にほむらは感謝していて、胸元から一枚の写真を取り出し、テーブルの上に置く。
それを見て皆も同じように写真を取り出して、全員中央に写真を置いた。
それは携帯の待ち受け画面にも設定されているが、五人は大切そうに写真を常に持ち歩いていた。
それは全員が制服姿で集まり、中央に椅子に座ったジェフリーを置いて、全員が満面の笑みを浮かべた。彼との繋がりを示す写真。
辛い時、くじけそうな時、少女たちはこの写真を見ながら、ジェフリーがくれた言葉を復唱する。
彼に貰った物語を悲劇の物語で終わらせないため、少女たちは口を揃えて自分たちとジェフリーを繋ぐ最高の台詞を発した。
「ここからは私たちの物語だ」
以上で『魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語』は物語の終焉を迎えました。
ここまで付き合って下さった皆様、本当にありがとうございます。
一応第一部完と言う感じで、第二部の構想もありますが、少し休養期間を取ってからそれは書き始めたいと思います。もし構想が固まって、世に出る機会があったらその時はよろしくお願いします。
最後に一言、皆様に取ってこの物語は楽しんでいただける物語になったでしょうか?
私自身レベルアップをしたいと常々思っているので、評価、および感想の方をお待ちしています。次のやる気に繋がりますので。
では最後に皆様の幸福を祈って、ジェフリー・リブロムの言葉を借りて僭越ながらエールを送りたいと思います。
「ここからはお前の物語だ」