魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

34 / 64
出会いがあれば別れはある。それは必然。


第三十四話 離別する物語

 日の光が窓から差し込み、朝の知らせがマミのマンションの一室にも届く。

 ジェフリーは元々は父親が書斎に使用していた手狭な部屋を寝床にしていて、ベッド以外何もない簡素な空間で寝ていた。

 ベッドの中で蹲るジェフリーだが彼の部屋に別の人間が入ると、掛け布団にくるまっているジェフリーの体を揺する。

 

「ジェフリーさん起きてください。朝ですよ」

「ん? ああ……」

 

 元々寝るのが好きで、放っておいたらいつまでも寝続けるジェフリーを起こしたのは、マンションの家主であるマミだった。

 マミに起こされると、ジェフリーは眠気眼を擦りながらベッドから起き上がると、ほむらが用意してくれた私服に着替え、部屋を出た。

 リビングで元々は父親が使っていた椅子に座ると、マミが用意してくれた朝食を前に手を合わせて感謝の気持ちを送って食べ出す。

 ベーコンエッグにトーストの簡素な食事だが、ジェフリーの居る世界では十分すぎるぐらいのご馳走、この日も残さず完食するとマミに向かって手を合わせて再び感謝の念を送った。

 

「お粗末さまでした」

「杏子は?」

 

 ジェフリーが聞いたのはこの場に居ない杏子の存在。

 昨日あれだけの喧嘩をしたのだから、彼女の性格を考えればこの場に居ないのも納得出来るが一応理由だけは聞いておこうとマミに聞く。

 

「朝早くに出かけました。でも佐倉さんならきっと大丈夫ですよ。いつまでも意地張ってるだけの性格ではありません」

「そうか……」

「それよりも……」

 

 マミはモジモジと体をよじらせながら、照れ臭そうにジェフリーの手を取るとそのままドアへと向かう。

 

「今日であなたがこの世界に居るのは最後です。色々と話したいこともありますし、朝の散歩に付き合ってくれませんか?」

「ああ」

 

 マミの申し出に小さく頷くと、ジェフリーは彼女に手を取られて外へと出て行く。

 杏子のことは心配だが、過度な心配は彼女のプライドを傷つけるだけと判断したジェフリーはマミとの時間を優先する事を選んだ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 二人は並んで並木道を歩く。

 復興が大分進みブルーシートで覆われている部分もまだ多いが、それでも朝の穏やかな日差しを浴びながら歩く並木道は気分が良い物があった。

 穏やかな時間を二人は共有していたが、ジェフリーの方から先に口を開く。

 

「思ってもいなかったよ……」

 

 突然しゃべり出したジェフリーにマミは驚くが、彼の話に耳を傾ける。

 

「俺の人生でこんなに穏やかな時を過ごせられるなんて考えられなかった。魔法使いの記憶なんて血生臭い物ばかりだったからな」

「私もです。こうしてのんびり何の目的もなく散歩が出来るなんて思ってもいませんでした」

 

 双方一般人とは違う生き方をするしかなかった二人なので、この穏やかな時間は新鮮その物だった。

 途中で歩くコンビニにも商品は補充されていて、復興が順調に進んでいるのを感じていたが、それと同時にジェフリーは申し訳ない表情を浮かべてしまう。

 

「済まないな。女と一緒に歩いているのに、飲み物一つ用意できない気の利かない存在でよ」

 

 ジェフリーはこの世界の通貨など持ち合わせていない。

 加えて魔法使いと言う職業は仕事柄常に死と隣り合わせなので、金欲を持っている輩などほとんどいないのだ。

 ジェフリーも当然その一人であったが、マミは黙って首を横に振る。

 

「そんなのいりません。私はただあなたと一緒にいられれば、それだけで満足です」

「え?」

 

 思ってもいなかった発言にジェフリーは素っ頓狂な声を上げる。

 驚くジェフリーを無視して、マミは今までの自分の想いを話し出す。

 

「私ジェフリーさんに出会って本当によかったって思っています。あなたが懸け橋になってくれたおかげで、私は大切なかけがえのない友達が三人も出来たし、佐倉さんとも仲直りすることが出来た。それにあなたは私に戦う意味と言うのも教えてくれたわ」

「俺は何もしていない」

 

 マミの発言を否定するジェフリーだが、マミは首を横に振ってそれを否定する。

 

「あなたの戦う姿を見てるだけで、私は思い知らされましたよ。想いの強さ、気持ちの大切さ、本当の意味で生きることを諦めない金色の精神をね。だから私も少しでもあなたに近づきたい。それを本気で思うようになったのはあなたが私を止めてくれた時だったわ」

 

 その言葉でジェフリーの脳内で過去の出来事がフラッシュバックしていく。

 それは魔女と魔法少女の真実が分かって、マミが錯乱して皆を殺そうとした時の記憶。

 あの頃ジェフリーは双樹あやせ、ルカの魂のせいで不調と言う事もあり、苦戦を強いられていた。

 その時の事を思い出すと、ジェフリーは苦い顔を浮かべた。

 

「済まないな。止めるためとは言え、手荒い真似をして」

「謝らないで下さい! 私は感謝しているんですよ、ちゃんとあの時私を叱ってくれたあなたのことを!」

 

 マミの目は真剣その物であり、ジェフリーに対する怒りも憎しみも感じられなかった。

 ジェフリーの足が止まったのを見ると、マミは思いの丈をぶつける。

 

「私はパパとママに死なれて、佐倉さんにも見捨てられて、本当に孤独でした。だからキュゥべえから、鹿目さんと美樹さんに魔法少女の素養があるって聞いた時は本当に嬉しかったんです。もう一人で孤独に耐え忍びながら戦わなくて済むって……」

「だがだからと言って、当時はまだ一般人だった二人を魔女の結界に連れ回すのは感心しないな。俺の場合は借金の支払いのために、魔法が使えないロムルス人をパートナーにして、手柄を全てそいつの物にすることで借金を帳消しさせてもらうという事態があったが、それとは全くの別物だろ?」

 

 ジェフリーの意見に対して、マミは小さく頷く。

 ほむらに言われた時は反発しか出来なかったが、今だったら彼女の正論にも耳を傾けられる。

 だがそれはジェフリーが居たからだ。マミは当時の苦い記憶を思い出しながらも、その表情は穏やかな物であり、ジェフリーに自分のこれからを話し出す。

 

「お菓子の魔女の戦いの時、あなたに怒鳴られて、私最初は凄い怖かったんですよ。男の人に怒られたのなんて、パパに叱られた時以来だったんですから」

「お前は要領がいいからな」

「でもあなたはちゃんと私を見てくれて止めてくれたわ。あの状況じゃ私は殺されても文句を言えないのに、あなたは私を止めて考える時間を与えてくれた」

「受け入れてくれた皆に感謝だな」

 

 淡々とした調子で返すジェフリーの前に突然マミは立つ。

 目は涙で覆われた状態だが、それでも必死になって笑顔を作ろうとする。

 だが防壁は崩壊し、マミはジェフリーの胸に飛び込むとさめざめと泣き出す。

 突然のことで驚きながらも、ジェフリーは泣くマミの背中を擦る。

 

「本当は行ってほしくない。私だってあなたとずっと一緒に行たいって思って居ます。でもあなたにはやるべきことがある。そんなあなただからこそ、私はあなたを慕うようになったんです。お父さんのようなあなたを」

「え?」

 

 マミの『お父さん』と言う発言にジェフリーは驚くが、一しきり泣いた後、マミは目を袖で擦りながらジェフリーと向き合って話し出す。

 

「グス。私もう泣かない。泣いたって大切な物は守れないから。パパとママはもう居ないけど、私今度こそ守りたい、四人の大切な友達を」

「よく言ったマミ」

 

 マミの成長を見届けると、ジェフリーは彼女の頭を軽く撫でる。

 子供のような穏やかな笑顔を見せるマミをジェフリーは優しい顔で見つめるが、一つ気になったところがあり追及する。

 

「だが一つ気になったんだが、お前俺をいくつだと思ってるんだ? まだ俺はマミぐらいの娘が居るような年じゃないぞ」

「え? 四十代前半とかじゃないんですか?」

 

 マミの意見に対して、ジェフリーは苦い顔を浮かべた。

 自分はそんなにも老けて見られていたのかと思うと、情けなくなり弱弱しいながらも語り出す。

 

「王族のように自分の誕生日を盛大に祝う訳ではないがな。自分の年齢ぐらい分かるよ。俺は24だ!」

「え――!」

「嘘でしょ⁉ 老けすぎですよ、ジェフリーさん!」

 

 マミが驚きの声を上げると同時に、その場に第三者の声が響く。

 声の方向をジェフリーが見ると、マミの隣にはさやかが立っていた。

 

「美樹さん……」

 

 さやかの登場にマミは困惑するが、さやかはそんな彼女を軽く睨んで自分が怒っていることをアピールしながら話を進める。

 

「ダメですよマミさん! 明日でジェフリーさん帰っちゃうんですから、ジェフリーさん一人占めしちゃ!」

「別に私は一人占めなんて……」

「言い訳しちゃダメ! もうマミさんは自分の気持ちジェフリーさんに伝えたでしょ?」

 

 さやかの質問に対して、マミは小さく首を縦に振る。

 気持ちは伝えた。後は決めた信念に向かって自分は頑張るだけだとマミは心に決めていた。

 マミの気持ちがちゃんとジェフリーに伝わったのを見ると、さやかはジェフリーと腕を組んでそのまま彼を連れ回す。

 

「それじゃあ次はさやかちゃんの番だよ。しゅっぱ~つ!」

 

 さやかに腕を引かれると、ジェフリーは彼女に連れ回されるように後を追う形となった。

 その背中を見て、マミは最後に一言さやかにエールを送る。

 

「私は出来たわ。頑張ってね美樹さん」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 さやかに引っ張り回されて連れてこられたのは、いつも待ち合わせ場所に使う公園だった。

 魔女の討伐が終わって一息つく時、これから魔女の討伐を行おうと言う時、決まってこの公園に集まって戦いの前のミーティングを行ったり、より効率よく戦いを行うための反省会を行っていた。

 さやかから腕を解放されたジェフリーはベンチに腰かけると、彼女の姿はそこになく、近くの自動販売機で二人分の飲み物を買っていた。

 元気一杯のさやかに振り回されつつも、彼女が元気になってくれたことを嬉しく思うジェフリー。

 だが同時に罪悪感も沸く、前にジェフリーが話した過去の話は全て他人の話なのだから。

 半分さやかを詐欺にかけたようだと思っていると、頬を冷たい感触が襲う。

 

「な~にシリアスな顔してんですか? あんまり眉間にしわばかり寄せていると、ますます老けちゃいますよ」

「余計なお世話だ。俺から言わせれば極東の人間は皆お前らぐらいの年齢で成長が止まって見えるぞ」

 

 老けている老けていると言われ続け、いい加減腹が立ったのかジェフリーはここで反論をする。

 遠目からまどか、さやか、ほむらの両親を見たが、彼女たちと兄弟と言ってもジェフリーは信じていた。

 カルチャーギャップに呆れながらも、さやかはジェフリーに手渡した缶コーヒーを飲むように勧める。

 プルタブを開け缶コーヒーを口に含むと、ジェフリーはさやかに対して感謝の念を送りながら、彼女に向かって頭を下げた。

 

「やめてくださいよ。たかがコーヒー一杯で、私はジェフリーさんに返しきれない程の恩を受けたんですから」

 

 話がさやかの救済になって、ジェフリーは曇った顔を浮かべる。

 境目がほとんどなくなったとは言え、ジェフリーが語っていたのはジェフリー・リブロムの記憶であって、自分の記憶ではない。

 他人の話を聞かされて、本当の意味でさやかを救えたのかと、ジェフリーは罪悪感に苛まれてしまう。

 沈んだ顔のジェフリーを見て、さやかはその顔を持ちあげると、軽く額に向かってキスをする。

 

「泣かないの。メイジーさんはよくこうやってジェフリーさんを慰めてくれたよね」

「だがお前は嫌じゃないのか? 他人の記憶を自分のように語る俺を軽蔑しないのか?」

 

 目的や信念こそ思い出したが、アーサー・カムランとしての記憶は全て失ったジェフリーに取って、それはもっとも聞きたいことであった。

 そんなジェフリーに対して、さやかはスッキリとした顔を浮かべながら首を横に振る。

 

「それは違うよ。確かにジェフリーさんの悲しい物語はリブロムから受け継いだ物だけど、その物語を悲しい記憶と受け止めているのは、ジェフリーさんが優しい人だからだよ。じゃなきゃ他人の記憶だって一蹴するでしょう?」

 

 まるで子供をあやすかのようにジェフリーに話かけるさやか。

 その穏やかで大人びた表情を見てジェフリーは思った。もう彼女はいつか流した涙を思い出に変えられているという事を。

 ならばジェフリーがやるべきことは一つ。意を決したように語り出す。

 

「そうだな。俺もさやかを見習って、いつまでも昔の女に縛られているだけは止めにしないとな。俺も前を向いて歩かなければ、旅立ったアイツらに顔向けが出来ない」

「そう言う事ですよ。私もジェフリーさんを見習って、強い魔法少女にならないと、そして行く行くは魔法使いにってね」

 

 そう言ってさやかは元気よくニッコリと笑う。

 目的が出来た若い魔法使いはいつだって希望を与えてくれる。

 それはパーシヴァルを見れば分かることだった。

 自分の言いたいことを全て伝えると、バトンタッチをしようとさやかは携帯をいじるが、ふと思い出したように叫ぶ。

 

「あ――! そう言えばまだ聞かせてもらってません!」

「何をだ?」

「前に話した、ジェフリーさんが心安らいだって言う歌手の魔法使いの話聞かせてくれるって約束じゃないですか!」

 

 詰めよるさやかに圧倒されながらも、ジェフリーは語り出した。

 次に約束をした杏子が来るまで、ジェフリーは話した。

 世界の不条理に苦しみながらも、歌を歌い続けた魔法使い『ルンペル』の事を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 マミの携帯を通じてさやかは杏子と連絡を取り、今ジェフリーと杏子は並んで山道を歩いていた。

 その間杏子は終始無言であり、ジェフリーも自分から喋るタイプではないので二人の間には沈黙が流れていた。

 だが高台に到着し、見滝原を一望出来る絶景ポイントが見えると、杏子は胸ポケットにしまっていたチョコレートの棒状のお菓子を一本ジェフリーに投げ渡すと、自分の分をかぶりついてゆっくりと語り出す。

 

「美味いな……お前も食え美味いぞ」

 

 杏子に促され、ジェフリーもお菓子を食べ出す。

 口の中に広がる甘みと、ビスケットのサクサクした食感が面白く、ジェフリーはあっという間に平らげる。

 

「美味い」

「そうだろう。景観もいいしな」

 

 杏子が指さした先にあったのは、見滝原を一望できる絶景の景色。

 今でもワルプルギスの夜が残した爪跡は各地に存在しているが、人々はその絶望から必死になって立ち上がろうとしていて、復興に一生懸命だった。

 杏子はゆっくりと味わうようにお菓子を食べながら語り出す。

 

「お前と出会うちょっと前までは、もっとバクバク食べていたんだよ。常に食べていなければ不安でしょうがなかったからな。その為に万引きや金品の強奪なんかもしたしな」

「今は違うだろ?」

 

 ジェフリーの問いかけに対して杏子は小さく頷く。

 元々食べるのが好きで大食いな方である杏子だが、マミのマンションに再びお世話になってからは暴飲暴食の日々はなりを潜めた。

 今杏子が食べているお菓子も、マミの家の手伝いをしてその働きに応じた小遣いをマミから貰って、少ない小遣いをやりくりして買った物。

 最後の一つを大切そうに食べると、再び景色を見ながら語り出す。

 

「ああ、少なくとも一人で暴走するなんてことはなくなったよ。アタシの周りはあの時に比べて騒がしくなったからな。それに忘れていた物を本当の意味で思い出した。こんな気持ち思い出したら、もう簡単に無理心中なんて出来ないよ」

 

 自嘲気味に杏子は語る。

 彼女の脳裏に過るのは人魚の魔女を自分の力では元のさやかに戻せないと知った時の自分。

 その時自分は自分の感情だけをさやかに押し付けて、自己満足に浸ったまま彼女を巻き添えに死のうとしていた。

 メイジーが止めてくれなければ、自分は暴走したまま死んで行ったと思うと、杏子は背筋が寒くなる感覚を覚えた。

 どこか寂しげな笑みを浮かべながら、杏子はジェフリーの方を向くとゆっくりと語り出す。

 

「結局アタシはさやかを言い訳にしてただけなんだよな。メンタルの弱いアイツを救うことで自分が救われると勘違いして、アイツはアタシじゃないのにアタシの分身みたいにさやかを扱ってさ、そりゃ拒否だってされるよ。こんな身勝手なバカ女一人ぼっちがお似合いだってな」

「もう一人じゃないだろ?」

「お前やメイジーがアタシの話を聞いてくれて、アタシに考える時間を与えてくれたからさ。一人だったら絶対にろくでもない結果に終わったよ。向こうの世界でもさやかはアタシを相手にしてくれず、アタシは暴走したまま好き勝手に自分の都合だけを押し付けていたと思う」

 

 もしの話を続けていた杏子だが、最悪を想定出来たからこそ、現在の最善に感謝している自分が居る。

 感謝の気持ちを込めて、杏子はジェフリーに跪いて祈りを捧げた。

 

「オ、オイ……」

「本当にありがとうな。お前が遠いところに行ったとしても、ジェフリーのことは絶対に忘れないよ。どんなに遠く離れていてもアタシたちは友達だ。アタシこれから愛と正義の魔法少女になれるよう頑張るから、ジェフリーも現実の前に屈服しないでくれ、アタシたちの世界の比じゃないんだろ、お前の世界の崩壊ぶりってのは?」

 

 杏子の問いかけにジェフリーは小さく頷く。

 だがこれからそう言う世界に帰ることにジェフリーに一切の迷いや恐怖はなかった。

 それを確かめると、杏子は彼の手を取って強引に握手をする。

 

「お前が居るからアタシも頑張れる。例え遠く離れたとしてもアタシとジェフリーは友達だ」

「ああ、俺も杏子の事を、この世界の皆の事は一生忘れないよ。お前が思い出しように、俺もアーサー・カムランとしての役目を思い出したからな」

 

 ジェフリーの返事を聞くと、残りの時間はまだ待っている少女二人に譲ろうと、その場を走って後にした。

 連絡が来るまで、ジェフリーは最後に目に焼き付けようと見滝原の風景を見続けていた。

 自分と五人の少女が守り抜いた街を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ほむらにテレパシーで呼び出された場は河川敷だった。

 いつもは魔法の練習に使う場所なのだが、時刻は夕焼けが街を覆う時間になっていて、水面に映る夕焼けがとても美しくジェフリーは呆けた顔でそれを見ていた。

 

「お待たせ」

 

 聞き慣れた声にジェフリーは振り返る。

 そこには並んで立っていたほむらとまどかが居た。

 ほむらは挨拶だけをすると、ジェフリーの隣に立って水面を眺め、まどかも二人と同じ景色を見つめていた。

 

「何か話さなくていいのか?」

 

 ここまで自分なりのけじめを付けてきた三人の少女を見て、ほむらとまどかも話すことはないのかとジェフリーは聞く。

 問いかけに対してほむらは小さく首を横に振った。

 

「言葉はいらないわ。何を言ってもあなたは元の世界に帰って行くのは分かっていることだもの。今までごめんなさい。私のワガママであなたを振り回してしまって」

 

 そう言ってほむらはジェフリーに向かって頭を下げる。

 だがジェフリーは手を出して、それを制する。

 

「いいんだ。お前がこの世界に俺を呼び出しからこそ、俺も俺の本来の目的を思い出せたんだ。俺がほむらを救えたのなら嬉しい。だから自分のした事をただのワガママなんて言わないでくれ。俺はこの世界に来たからこそ、皆に出会えたからこそ救われたんだからな」

「あなたは優しすぎるわ……」

 

 優しい言葉をかけてもらい、ほむらの目には涙が溜まる。

 それをまどかはハンカチで拭うと、ほむらの代わりに彼女が言いたかったことを話し出す。

 

「そう言ってもらえたのなら、私もほむらちゃんも嬉しいです。ジェフリーさんに貰った物、教えてもらったこと私絶対に忘れません。だからジェフリーさんも頑張ってください。もう会えなくても、私たちずっとジェフリーさんの事想っていますから!」

 

 そう力強く宣言すると、まどかはほむらの手を取って帰って行く。

 しっかりと繋がれた手を見て、ジェフリーは思った。

 あの二人の友人としての関係は今始まった物だと。

 そして自分もまたやるべきことをやるために帰らなくてはいけない。

 それが自分の中に眠る二つの魂に報いる方法だから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 誰も居ない廃工場内に一同はジェフリーを見送るために集まっていた。

 別れの挨拶は済ませたのだが、それでもいざジェフリーが居なくなると思うと寂しくて、皆が声を出さないでいたが、ジェフリーは淡々と帰りの支度を進めていた。

 リブロムに供物をささげると、リブロムの目から光が放ち、向こうの世界とこちらの世界が繋がる扉が現れる。

 巨大なリブロムを模したドアに一同は恐れおののくが、それは異形の一括で制される。

 

「だからお前ら失礼だぞ!」

「女の子にお前の顔はきつすぎるんだよ」

「たく、どいつもこいつも……」

 

 軽口を叩き合うジェフリーとリブロムを見て、思わず一同もつられて笑ってしまう。

 この様子を見て、五人の間に強い絆が芽生えつつあると判断したジェフリーは最後のコンタクトを取ろうとする。

 一同の前に立つと、まずはさやかに供物を手渡す。

 

「これは?」

 

 さやかの手に持たれているのは『雷の綿毛』電気を発する綿毛を不思議そうにさやかは見つめていた。

 

「さやかは冷気属性の魔法を得意としているからな。追撃効果を放つにはそれが一番打ちやすいんだ。マミは逆に雷属性だからこれだ」

 

 そう言ってマミに手渡したのは『石の綿毛』最後まで自分を気遣ってくれるジェフリーが嬉しく、マミは小さな声で「ありがとう」と言った。

 

「杏子は炎の魔法を得意としているからな」

「『氷の綿毛』か?」

「ああ、それとこれもだ」

 

 ジェフリーが杏子に手渡したのは氷の綿毛だけではなく、目の生えたリンゴだった。

 それが何なのか知っている杏子は、慌ててジェフリーに返そうとする。

 

「これは『赤闇のリンゴ』じゃねーかよ! 受け取れねーよこんなもん!」

「それを使えばお前の幻惑魔法は更に強化されるぞ、燃費は恐ろしく悪いがな」

「そうじゃないよ! メイジーの大切な形見をアタシが受け取れるわけないだろ!」

「杏子に取ってもメイジーは大切な人だろう?」

 

 ジェフリーに言われ、杏子は何も言い返せなくなるが、それでも赤闇のリンゴを受け取ることに抵抗を示していた。

 彼女を納得させるため、ジェフリーは説得に赴く。

 

「多分この場にメイジーが居ても、アイツは同じことをやったと思うよ。もう俺達は二度と会えないんだ。覚えてもらうためにも俺はお前にそいつを受け取ってもらいたいんだよ」

「分かった……」

 

 これ以上駄々をこねても、何の意味も無いと判断した杏子は赤闇のリンゴをポケットにしまうが、最後に自分の意思を伝える。

 

「だが預かるだけだ! いつかお前が戻った時に返すからなちゃんと!」

「それでも構わないよ。ほむらにはこれだ」

 

 そう言うとジェフリーは、ほむらに手を差し出すようにジェスチャーで要求する。

 言われるがまま手を差し出すと、ほむらの手のひらに乗せられたのは黄金の砂が入った小さな小瓶だった。

 物の正体は知らされていないが、ほむらにはそれが何なのか直感的に理解出来た。

 

「これは⁉ あなた時間を停止させることも出来るの⁉」

「ご名答。それは『時の砂金(改)』だ。俺には向かないから使わなかったが、ほむらなら使いこなせるだろう」

 

 時間停止魔法を使いきり、戦力として心もとない状態になっているほむらには嬉しい供物。

 早速ほむらは盾だけを召喚すると、中の砂時計に砂金を入れて馴染ませる。

 物が馴染んだのを見届けると、ほむらは最終確認をジェフリーに取ろうとする。

 

「これは何回ぐらい使える物なの?」

「一日で使える回数は6回、一回で止められる秒数は10秒が限界だ。本来の能力に比べれば劣化しているよ」

「それで十分よ。皆の連携を崩すわけにはいかないわ」

 

 そう言うとほむらは盾をしまう。

 ここで『皆の連携』と言う辺り、彼女の成長が伺えられ、ジェフリーは口元に軽やかな笑みを浮かべると同時に続けて語り出す。

 

「実はまだあるんだよ」

「これ以上は十分よ。何から何までしてもらうわけにはいかないわ」

「お前たちがインキュベーターに叛逆するために必要な物なんだよ。ほむらソウルジェムを貸してくれ」

 

 自分の魂であるソウルジェムを貸すことに、少しだけほむらは抵抗を覚えたが、彼を信じてほむらはジェフリーにソウルジェムを手渡す。

 ソウルジェムを握りしめると、ジェフリーは右腕から真っ赤なエネルギーを放出する。

 それが生贄行為だと皆は知っているため、慌てて止めようとするが、ほむらは手を突き出して一同を止めた。

 

「信じているわジェフリー」

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 気合いの入った叫びと共に、手の中のソウルジェムが砕ける音が響く。

 だがそれと同時に青い球体が手の中から飛び出していき、球体はほむらの胸の中央に宿ると、そのまま消えてなくなった。

 

「お前何をした⁉」

 

 何が何だか分からない杏子はジェフリーに食ってかかるが、ほむらが手を出して止めると、ほむらはシャツのボタンを解こうとする。

 

「ジェフリーさん!」

 

 さやかに怒鳴られて、ジェフリーは慌てて後ろを向く。

 改めてほむらはシャツのボタンを解いて、胸を直に一同に見せるとそこにはジェフリーやさやかと同じ心臓刻印が刻まれていた。

 

「これがワルプルギスの夜が残した、もう一つの供物だ。この心臓刻印はソウルジェムを代償に、魔法少女を魔法使いへと変える刻印だ。そして一度儀式を受けた魔法少女は同じように心臓刻印を持ち、ソウルジェムの中に封印された魂を肉体に戻して、魔法少女を魔法使いに変えることが出来る。題して『舞台変換の刻印』と俺は名付けた」

「それじゃあつまり、私たちはゾンビなんかじゃなく、血の通った人間に戻れるってことなんですね⁉」

 

 涙ながらに訴えかけるマミに対して、ジェフリーは小さく首を縦に振る。

 マミは早速自分のソウルジェムを持ってジェフリーの元に駆け寄り、杏子はさやかにソウルジェムを預けた。

 二人の儀式も無事に終わり、杏子とマミも魂が体の外にある魔法少女から、魔法使いへと変わり、さやかやジェフリーと同じように生贄と救済の選択肢を得ることが出来た。

 杏子とマミは心臓刻印を見せあう。

 お互いに光が失われるまで見せ合うと、マミは涙ながらにジェフリーの背中に向かって抱き付く。

 

「どうした?」

「私ずっと怖かったんです。いつも一人ぼっちで戦い続けて、いつか絶対に報われる日が来るって信じて、あなたはそれをやってくれた! 例えもう二度と会えなくても、ずっとあなたのことを私は思い続けてます!」

 

 そのままマミはジェフリーの背中でさめざめと泣き続けるが、それを他の四人は引きはがす。

 そしてマミが落ち着くまで彼女の肩を抱いて、慰めると今度は涙ながらにほむらが語り出す。

 

「本当にあなたには何から何まで……」

「まだ渡す物は残っている。まどか」

 

 呼ばれるとまどかはジェフリーの前に立つ。

 渡されたのはおどろおどろしい表紙の本だった。

 大きな目を開いて睨みつけるその本を見て、まどかは一瞬たじろぐが、渡そうとしている物を見ると、慌ててジェフリーの方を見る。

 

「り、リブロムを受け取る訳には……」

「俺はここだぞ」

 

 ジェフリーの右手の中にリブロムはしっかりとあった。

 正体が分からないまどかは改めて本の事を見る。

 リブロムは右閉じだが、この本は左閉じ。

 よく喋るリブロムに対して、ジェフリーから渡された本は何かを喋ろうという意思はあるのだが、口をパクパク動かすばかりで言葉を発することが出来なかった。

 明らかにリブロムとは違う。よく似た本の存在にまどかは詳細をジェフリーに求めた。

 

「俺が体の大部分を供物に捧げて、ワルプルギスの夜に向かったのは知っているな?」

「あ、うん……」

「それは代償として切り離した体のパーツを寄せ集めて作り、俺の記憶で構成された魔導書だ。さしずめ『カムラン』とでも名付けておこう」

 

 ジェフリーの記憶が詰まったカムランをまどかは恐る恐る開く。

 そこに書かれていた物語は、ほむらに呼び出されてからのジェフリーの戦いの記憶だった。

 だがこの本をなぜ最後に手渡したのか理解出来ず、ほむらが代表して問いかける。

 

「でも何でこれを……」

「お前らは救済行為とは別に生贄行為の選択肢も手に入れたからな。生贄行為の繰り返しでどうなるかなんて分かっているだろう?」

「アタシたちは生贄なんて絶対にしない!」

 

 杏子はいきり立つように叫ぶが、マミとさやかがそれを制する。

 

「だがそれでもやらなくてはいけない時が来る可能性だってある。だから……」

 

 そう言うとジェフリーはカムランを指さして語り出す。

 

「そうしなくてはいけない時、その魂はお前たちの右腕ではなくカムランが吸収してくれる。そしていつか魂が帰る時が来るまで、カムランは救われない魂の一時的な家になるんだ。もちろん期間はあるがな。あまり長いことそこに居れば強制的に魂はあるべきところに帰る。100年後には帰ってもらう。あと俺の千里眼の刻印も受け継いでいるからな。魔女や使い魔を見つければ、こいつが詳しい場所を教えてくれるよ」

「至れり尽くせりね、本当に……」

 

 ほむらは涙を流しながら、ジェフリーに感謝の気持ちを述べるが、ジェフリーは出来ることは全て行ったと判断すると、今度こそドアを開いて元の世界に帰ろうとする。

 その背中を一同は見送ったが、最後に一言振り返らないままジェフリーは語り出す。

 

「最後にこの言葉をお前らに送る。俺が何度も勇気づけられた最高の言葉だ」

 

 息を飲んで一同は言葉を待つ。ジェフリーはいつもと変わらない淡々とした調子で答えた。

 

「ここからはお前たちの物語だ」

 

 そう言うとジェフリーはドアを開いて、そしてドアが閉じられると、それは消えてなくなった。

 本当にジェフリーが居なくなったのを見届け、ほむらはその場で膝を突いて泣き崩れるが、そんな彼女を四人は優しく慰めた。

 そして全員が先程の言葉を復唱する。

 

「ここからは私たちの物語だ」




そして物語は新たな序曲を奏でだす。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。