魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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たとえそこに誰も居なかったとしても想いは残る。


第三十三話 名無しの魔法使い

 ワルプルギスの夜の襲来から一週間の時が流れた。

 ほむらはあの嵐の中で生き残った木造アパートの誰も居ない自室で、一人紅茶を飲んでいた。

 あれから両親は再び仕事場へと戻り、学校はしばらくの間休校ということになり、生徒たちには緊急で作られた自習用のプログラムがあったが、ループで何回も経験している勉強内容のため、今のほむらには必要なかった。

 仏頂面を浮かべながら紅茶を飲み続けていたが、ティーカップの中身が空になると、ほむらは歯ぎしりをして、カップを乱暴にちゃぶ台に叩きつけ苛立ちを解消しようとしていた。

 

「何で居ないのよ⁉」

 

 この一週間、ジェフリーはほむらのアパートに帰っていない。それが少女の苛立ちの原因だった。

 杏子の教会以外は奇跡的にも三人の家は無事だったので、まどかの家、マミとさやかのマンションにもジェフリーが来てないかどうか、ほむらは確かめたのだが、結果は全員が彼の姿を見ていないことが分かった。

 色々と話し合いたいことがほむらにはある。

 ワルプルギスの夜からの戦利品である。超ド級のグリーフシードについても話し合いたいし、ジェフリーのこれからの身の振り方に関しても双方納得するまで話し合いたいと思っていた。

 だがほむらの意思など無視して、彼はそこには居ない。

 ジッとしていても苛立ちばかりが募っていき、我慢の限界に達したほむらは外出禁止令が出ているにも関わらず、鍵を持って家を飛び出す。

 例えワルプルギスの夜を倒しても、魔法少女の戦いが終わった訳ではない。

 これからがほむらたちにはあるから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 昼時になると復興作業を行っていた市民たちは、サイレンに呼ばれ再び寝床となっている体育館へと集まる。

 全員が疲労困憊の状態であり、ため息交じりに配給の弁当を貰っていく。

 先の見えない作業に苛立ちばかりが募っている。それは場の空気が重いことからすぐに理解出来ること。

 だが一歩ずつでも前に進むしかない。皆が希望を捨てずに絶望へと立ち向かおうとしていた。

 配給の弁当を待っている列の中に一人目立つ存在が居た。

 灰色のジャケットに同色のズボンを履いているのだが、その服は全く汚れていなかった。

 そんな無精髭を生やした奇妙な外国人の青年を、避難者たちは奇妙な目で見つめていたが、それ以上は関わらないようにしていた。

 それは彼の発する異様なオーラが原因。

 目の下に隈を作り、覚束ない足取りでフラフラしている様子を見て、この中で一番疲労困憊の状態なのは目に見えて分かった。

 だがそんな状態にも関わらず、誰も彼が作業しているところを見たことがないのだ。

 常識で理解出来ない存在なのに加え、非常時で皆が不安な状態。

 その為彼に対する対処は関わらないことを避難民たちは選んだ。

 そんな注目を集めている彼が弁当を受け取る。

 それと同時にか細い手が男の腕を掴むと、少女は力任せに男を引っ張る。

 

「ほむら?」

「来なさい!」

 

 ほむらは息も絶え絶えにようやく見つけたジェフリーを引っ張り回すと、その場を去っていく。

 あまりにもシュールな光景に避難民たちは何も言えなくなってしまうが、状況が状況なのでイレギュラーな事態などいくらでも起こる。

 何事もなかったかのように避難民たちは弁当を受け取り続けた。

 まだ自分たちの仕事は山のようにあるから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 乱暴にドカドカと歩きながら、ほむらはジェフリーを無事な河川敷にまで連れていく。

 人目がないのを確認すると、ほむらはジェフリーを乱暴に地面へと投げ飛ばす。

 なすすべなく地面へと転がるジェフリーは相変わらずの仏頂面で、少女を見上げるだけだったが、ほむらはそんな彼の態度が許せないのか、睨みながらジェフリーの胸倉を掴むと、まくしたてるように叫ぶ。

 

「何なんだ一体?」

「『何なんだ?』じゃないでしょ! あれからもう少し世話になるって言ったのはあなたなのに、丸々一週間家に帰らないってどう言うつもりなの⁉ そんなに私と一緒に暮らすのが嫌なの? 答えなさい全部!」

 

 まだこちらの世界にいることを約束したにも関わらず。行方不明になったジェフリーが許せず、ほむらは感情に身を任せた。

 今にも殴り掛かりそうなほむらに構わず、ジェフリーは彼女の手を優しく解き、服の埃を払うと、ほむらの目をまっすぐ見てゆっくりと語り出す。

 

「俺がお前の家に帰らない理由はな。お前は話してないことがあっただろ。その事実を知った今、俺がお前の家に厄介になる訳にはいかない」

「何よ一体?」

「お前の両親はまだ健在じゃないか。俺はお前が一人だと思ったから、あの場に留まったんだよ。両親が居る家庭に赤の他人の俺が割りこむわけにはいかない」

 

 まだ両親はそこに居ると言われ、ほむらは何も言い返すことが出来なかった。

 忙しすぎる両親は三か月に一回家に帰れればいい方であり、この生活はほむらが中学に上がったころからずっと続いていた。

 加えてループを行ってからという物、無限に続く一か月の中で両親は一度も帰っていない。

 そこからほむらは感覚が麻痺してしまい、両親が居ない物と思いこんでいたが、災害の中で駆けつけた二人を見て、それがどれだけ愚かな感情だったのかを思い知らされた。

 家に帰らない理由は納得出来た。だがそれだけで一週間行方不明になった怒りは消えず、ほむらは次の疑問をジェフリーにぶつける。

 

「じゃあこの一週間どこで何をしていたって言うのよ?」

「心臓刻印が俺にどのような影響を与えるかに決まっているじゃないか」

 

 そう言うとジェフリーは法衣姿に変身して、ある方向を指さす。

 ほむらが指さした方向を見ると、一週間前まで瓦礫の山だったワルプルギスの夜の決戦の跡地があった。

 だが一週間前は見るも無残な地獄絵図であったそこだったが、今は違っていた。

 

「何もない……」

 

 そこは綺麗な更地になっていて、がらんどうに広がる平原だけが広がっていた。

 地面を見るとコンクリートで整備されたようになっていたが、その正体をほむらは知っている。

 

「『古代の地層』を使って、あの穴だらけの地面を全て塞いだのね」

 

 ほむらの仮説に対して、ジェフリーは小さく頷いた。

 あれだけの大惨事を引き起こせば、例え魔法の力を用いたとしても復興は容易ではない。

 だがジェフリーはそれをやってのけた。改めて彼の凄さを思い知らされるほむらだが、勝手な行動が許せず、まだ少女の中の怒りは治まらなかった。

 

「ワルプルギスの夜を倒し、魔女の出現率が極端に低い、この見滝原で魔法の精度を試すには復興の手伝いが一番でしょうけどね……勝手なことをしないで! こんなことをして不審がられたらどうするつもりなの⁉」

「俺の正体は誰にも分からない。夜に活動しているし『夜遊の衣服片(改)』を身に付けているからな」

「そう言う事を言ってるんじゃないわよ! この世界ではただ穴を塞げばいいって話じゃないのよ! あなたの世界には下水道なんて存在しないんでしょう⁉」

 

 ほむらの怒りはただ表面上の穴を塞いでも、中の下水道が無茶苦茶の状態になっていては復興したとは言えないからだ。

 下水道のシステムなどジェフリーは理解出来ないだろうとほむらは思っていたが、ジェフリーは再び決戦の地の方を指さす。

 ほむらが魔力で視力を強化して、指さされた方向を見ると水道局員がマンホールから出てくるのが見えた。

 マンホールの部分をジェフリーが残していたことにも驚いたが、ほむらは詳細が気になり水道局員たちの話に耳を傾けようと聴力を強化して話を聞く。

 予想以上に早く復興が成功したことを不思議がっていたが、今は一日でも早く見滝原の市民たちに元の生活に戻そうと躍起になっていて、再び地下へと潜っていく様子が見えた。

 この世界の常識が全くないジェフリーが、難しい復興に関して知っているのを理解していることに驚きを隠せないほむらだったが、ジェフリーは彼女に背を向けると再び復興の手伝いをしようと徘徊しようとする。

 

「待って」

 

 ほむらの言葉に一瞬ジェフリーの足は止まるが、彼は振り返らないまま少女の応対に当たる。

 

「この事を止めるのなら余計なお世話だ。これしか方法がないんだよ。心臓刻印がどのような物かを知るためにはな」

「その事を咎める気はないわ。ただ、あなた本当に心臓刻印の影響を確かめるだけの理由でこの世界にとどまっているの?」

 

 ジェフリーと長い付き合いのほむらは確信こそなかったが、聞かずにはいられなかった。

 ただ復興の手伝いだけをするためだけに彼がこの場に居るとは思えなかったからだ。

 少女の問いかけに対してジェフリーは短く答える。

 

「時期が来れば全て話す。俺も探り探りの状態なんだ」

「絶対よ」

 

 今はジェフリーの言葉を信じて、ほむらは黙って彼を見送った。

 だが復興の手伝いを行っていると知ると、ほむらの中で胸がチクチクと痛む感覚が襲う。

 許容量がこれまでのグリーフシードの比ではない、ワルプルギスの夜のグリーフシードがマミの家のリビングにはある。

 ほむらは嘗て戦い以外で魔法で行ったことと言えば武器の窃盗、杏子は金品及び食料の強奪、さやかはホスト二人に対する障害行為。

 こんな事にしか自分たちは魔法を使えないのかと思うと情けなくなっていき、ほむらの中で一つの選択肢が生まれる。

 彼と同じ景色を見るための選択肢が。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 かつてそこはオフィス街のビル群だった。

 だが今ではビルはワルプルギスの夜によって崩壊され、そこは瓦礫だけが埋め尽くす地獄絵図となっていた。

 必死になって人々は瓦礫を撤去してはいるが、一向に作業ははかどっていない。

 作業員たちに食料や飲料水を配るボランティア活動を行っている眼鏡の女性は、飲料水を配り終えると簡易テントの下へと戻ってパイプ椅子に力なく腰かけるとため息をつき、テーブルの上に突っ伏す。

 

「一向に作業が進みませんね。ここの瓦礫を撤去しないと生活の拠点が出来上がらないのに……」

「どうしてそうなる?」

 

 突然後ろから声が聞こえるが、今の彼女にまともな応対は出来なかった。

 疲れ切っていると言うのもあり、彼女は突っ伏したまま声の応対に当たる。

 

「仮住居の拠点を広いこの場に設置するためですよ。この辺りは下水道の方は無事だから、人々のオアシスになるんですよ」

「なるほど、大体どれぐらいで瓦礫は撤去出来ると見てる?」

「一か月は最低でも……そこから仮設住宅を持っていくのにも、瓦礫だらけの道路の整備もありますから、用意するだけでも三か月は必要かと思われますよ」

「そうか……」

 

 必要な情報を得ると、声は消えてなくなった。

 声がしなくなったのを見ると、女性は失礼な態度を取ったと思ってハッとした顔を浮かべて顔を上げるが、そこには誰も居なかった。

 情けないところを見せてしまったと思い、女性は夕食の弁当が配布されたと聞いて、在庫の確認へと向かう。

 

「頑張らないと。教師の私がへこたれてどうすんのよ……」

 

 見滝原中学校で教師をやっている女性は、在庫の確認のため、その場を離れた。

 今は自分が出来ることを精一杯やろうと心に決めながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 人々が疲れ切って寝静まった夜。

 ジェフリーは『夜遊の衣服片(改)』を身にまとって、昼間眼鏡の女性から言われた場へと向かう。

 瓦礫塗れの地面に向かって『巨神の腕(改)』で巨大化した右腕を思い切り振り下ろす。

 コンクリートと鉄筋で構成された瓦礫は、巨腕の鉄槌を食らうと簡単に崩壊していき、砂と化した。

 基本的に魔力の強化は心臓刻印で出来ているようだが、だがそれはあくまで副産物にしか過ぎない。それをジェフリーはここ最近の活動で理解していた。

 だが他の理由が見つからない以上、威力で言うとこれまでの二倍の力で魔法が発動しているぐらいしか分からず、右腕の中の魂を全て失ったとしてもお釣りが来る程の力をジェフリーは手に入れていた。

 しかしそれでも心臓刻印の本当の力の意味が分からず、苛立ちをぶつけるようにジェフリーは瓦礫に鉄槌を下し、瞬く間に瓦礫は灰塵と化していく。

 

「そんなに飛ばしていたら、不審がられるわよ」

 

 聞きなれた少女の声が後ろから聞こえると、ジェフリーは声の方向に振り向く。

 そこには魔法少女姿に変身して髪をかき上げるほむらと、見慣れた顔が三人居た。

 

「本来ならグリーフシードの確保以外で魔法は使いたくないけどな。復興が進まないと菓子も手に入らないしな。今回は特別だ。それにワルプルギスの夜のグリーフシードの許容量も知りたいからな」

 

 自分の言いたいことを全て言い終えると、杏子は近くにワルプルギスの夜のグリーフシードを置き、槍を構えて瓦礫に向かって突き刺す。

 一塊になった瓦礫を突き刺したまま宙に浮かすと、杏子は力を込めてそれを灰塵と化した。

 

「もう多少は瓦礫を残さないと、皆不審がるわよ」

 

 マミはリボンを全ての指に装着させると、一気に伸ばして10本のリボンは各々瓦礫の山を持ちあげていた。

 マミが魔力をリボンに伝達させると、巨大な瓦礫は多少残した状態で、再び元あった場所へと戻される。

 それでも人の手で十分撤去できる大きさになったのを見て、復興が楽になったのは目に見えて明らかとなっていた。

 

「私だってジェフリーさんと同じ心臓刻印持っているんですからね。ちゃんとこれがどう言う影響を与えるのか理解しないと」

 

 そう言うとさやかは氷で小さな剣を幾多も作り上げて、瓦礫の山に向かって突き刺す。

 刺さった剣に魔力を込めると瓦礫が一斉に凍り付き、巨大な氷山が出来上がった。

 氷山に向かって氷ので作った矢を放つと、柔らかくなった瓦礫は簡単に崩れていく。

 ボロボロになっていく様が面白く、さやかは調子に乗ってドンドン剣を突き刺しては氷山を作り、矢を放ち続けた。

 

「綺麗にしないとね~」

 

 鼻歌交じりで魔法を放ち続けているさやかだったが、背中に衝撃と痛みを感じると振り返る。

 見た先には杏子が眉間にしわを寄せた状態でさやかを睨んでいて、槍の柄でさやかの頭を殴ると注意を自分に向けさせた。

 

「何すんのよ⁉」

「調子に乗ってるから静粛しただけだろ! お前はまだ新人で加減が分からない状態だぞ! 心臓刻印の影響もある時に魔法をバカバカ使い続けてみろ! 不幸な結果になる可能性だってあるだろうがよ! 嫌だぞアタシそんな間抜けすぎる理由でまたあの魔女と向き合うなんてよ!」

 

 杏子の意見はもっともだ。まだワルプルギスの夜のグリーフシードの許容量はハッキリと分かっていない。

 加えて今はリブロムの涙もない状態。杏子が神経質すぎるぐらいになるのも納得出来るが、さやかは逆に睨み返すとグリーフシードを指さす。

 

「全然平気よ! 今だって僅かな穢れも察知して吸い取る始末だしさ! それに私はソウルジェムがない分、感覚で自分の限界を理解出来るようになったのよ。ある意味では杏子よりも魔女になる度合いが分かりやすいのよ私は!」

 

 さやかが指さした先にあったのは、その場の穢れを全て吸い寄せる勢いで活動しているグリーフシードだった。

 穢れを吸い取ったにもかかわらず、グリーフシードは全く穢れておらず新品同様の状態であった。

 ここから規格外の許容量をこのグリーフシードが持っていると思ったが、それでも杏子の怒りは治まらず、さやかを睨み返すと口論が始まる。

 

「分かったようなこと言ってんじゃねぇよ! アタシはな魔法を一般人相手に使っての悲劇的な末路ってのを知っているんだぞ! 少しは手加減して瓦礫を残さないと不審がられるだろうがよ!」

「さっきまで瓦礫を灰塵にしていた杏子に言われたくないわよ!」

「少しは言う事聞け! 大体お前はだな……」

 

 そこから互いの不満点を言いあうことになって、二人の間で激しい口論が行われる。

 怒鳴り声たちに対してマミはどうしていいか分からず、瓦礫を除去することでこの口論に巻き込まれないようにすることを選んだ。

 ジェフリーは取りあえず一同のことがバレないように『結界の鎖』を発動させると、結界を作り上げて一般人に杏子たちが認識出来ないようにした。

 全ての準備が終わったのを見ると、ほむらはジェフリーの肩を叩いて注意を自分の方に向けさせた。

 

「こっちはさやかたちに任せて、私たちは道路の整備に向かうわよ。あなたそれに関してはどうしていいか分からない状態でしょう?」

「あ、ああ……」

「教えてあげるから付いてきて」

 

 それだけ言うとほむらは歩き出し、ジェフリーもそれに続いた。

 だがその際ジェフリーは感じていた。心臓の刻印が熱く痛むような感覚を。

 そして本能的に理解したような気がした。ワルプルギスの夜が本当に残したかった物が何なのかを。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ボランティアの女性は驚愕していた。

 昨日はどこから手を付けていいか分からない程、瓦礫の山で埋もれていたのだが、今では瓦礫は人の手で運べるレベルになっていて、まるで砂でも運ぶかの調子で人々は瓦礫を運び続けていた。

 地面が見えたことに喜びを見せる一同のモチベーションは上がり、作業のペースは上がる一方であった。

 他にも不可思議な出来事は起こっている。

 瓦礫だらけの道路がいつの間にか整備されていて、これまで未定でしかなかった。仮設住宅の設置も目処が立ってきている状態となっていた。

 見滝原市議員の手際の良さから、完全な復興は早い方とされていたのだが、それでもこの速度は奇跡が起こったとしか言いようがない。

 だが人々の希望に満ちた顔を見ていると、異議を唱える気にもならない。

 女性は人々の話に耳を傾ける。

 人々は皆、この状況を魔法が起こったかのように称賛していて、誰かは分からないが復興の手伝いをしてくれた存在に感謝の念を送っていた。

 

「あなたは誰なのかしらね。名無しの魔法使いさん……」

 

 感謝をしたくてもそれが誰かも分からない。夜に見回りを行っている自警団も、別におかしな様子はなかったと語っていた。

 それなのに朝が来れば瓦礫の量は減っていて、作業は順調に進んでいる。

 これは魔法使いが起こした奇跡としか言いようがなかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ワルプルギスの夜の襲来から三週間の時が流れた。

 この日の夜ジェフリーは復興の手伝いもそこそこにして、誰も居ない公園へと居た。

 周りを見ると新たな遊具が続々と設置されていて、ここもまた復興へと近づいているのが分かった。

 ジェフリーは真新しいベンチに腰かけて、呼び出した相手を待っていた。

 

「どう言う風の吹き回しかな? 君たちにとってボクは邪魔者のはずじゃないのか?」

 

 遥か真下から呼び出した相手の声は聞こえた。

 その相手とはジェフリーに取っても忌むべき天敵であるキュゥべえ。

 キュゥべえは自分が憎まれている存在と知っていても、その態度を変えることなく飄々とした調子でジェフリーの前に立つとコンタクトを取ろうとする。

 

「ボクも暇じゃないからね。まどかの魔法少女の契約は絶望的だ。なら他の契約でコツコツとエネルギーを回収しないといけないからね。用件は手短に済ませてほしい」

「お前は聞かれたことには答えるんだろ?」

 

 ジェフリーの質問に対して、キュゥべえは小さく頷く。

 

「ボクの分かる範囲なら質問には答えるよ」

「なら話せ。ワルプルギスの夜のグリーフシードの穢れを吸いこめる許容量は? 仮に世界中の魔法少女があのグリーフシードに穢れを吸収させた場合だ」

 

 質問に対してキュゥべえは少し考える素振りを見せた後に口を開く。

 

「それでも満タンになるのには大体4000年はかかるね。でも範囲は半径10キロメートル。せいぜいあの四人がグリーフシードの確保に躍起にならないで済む程度さ」

「分かった。消えな」

 

 それだけ聞くとキュゥべえはそこから去っていく。

 ジェフリーの頭を占めているのは範囲ではなく許容量のことだった。

 キュゥべえはジェフリーの言う事を絵空事の範囲と思っていたが、ジェフリーは右手を突き出すとホログラム上の本を開き、その中から一つの光の球を取り出す。

 それはジェフリー・リブロムの記憶に取っては嫌な思い出しかない魔法。

 だがアーサー・カムランはこの魔法を希望に変えようとしていた。出来る術を彼は知っているのだから。

 

「後は……」

「ジェフリー!」

 

 胸元から何かを取り出そうとした瞬間に少女の怒鳴り声が響く。

 声の方向を見ると杏子とマミがこちらに向かって走ってきていて、杏子は光を発しているジェフリーの右腕を掴むと思い切り手を握って、光を抑え込もうとしていた。

 

「馬鹿かお前は! こんな街中で堂々と魔法を使う奴がいるか!」

 

 その事に付いて一生物のトラウマを持った杏子からすれば、ジェフリーの軽率な行為は怒りを買うには十分な物。

 光が収まると杏子は改めてジェフリーを睨む。

 

「何なんだよお前は! 変な意地張ってホームレス同然の生活続けるわ。魔法を勝手に使うわで! あんまりアタシたちに心配かけるな!」

「そうですよジェフリーさん。親御が一緒に住んでいる暁美さんの家にお世話になる訳にはいかないなら。私たちのマンションに来てください。ジェフリーさんなら大歓迎ですよ」

 

 マミはいきり立つ杏子を宥めながら、ジェフリーに自分たちのマンションに住むように促す。

 申し出に対してジェフリーは少し考えた素振りを見せると、二人に対して頭を下げる。

 

「少しの間だが世話になる」

「そんなかしこまる奴が居るか。お前は黙って転がりこめばいいんだよ」

「私のマンションなんだけどね一応……」

 

 マミが苦笑いを浮かべたところで話はまとまったと思い、三人は並んでマミのマンションへと帰って行く。

 ジェフリーとしてもマミのところにお世話になるのは好都合だった。

 彼には目的があったから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ワルプルギスの夜の襲来から一か月の時が流れた。

 この日、見滝原中学校は久しぶりに生徒で埋め尽くされていた。

 久しぶりの制服に身を包んで談笑に花を咲かせる、まどか、ほむら、さやか。

 話の内容は今日別のクラスに転入する杏子のことになっていた。

 

「杏子はこっちのクラスには来ないみたいだね」

「私が来たばかりよ。さすがに一つのクラスに二か月連続で転校生が来るのはしんどい物があるでしょう」

「杏子ちゃん、これまで学校に通ってなかったんだよね? お勉強とか付いてこれるのかな?」

 

 まどかが心配したのは杏子が学校の勉強に付いてこれるかどうかと言う事。

 ほむらの話を聞いて、彼女も最初のころは勉強にも運動にも付いていけずに絶望に苛まれていたからだ。

 まどかの心配をさやかとほむらは笑って受け流した。

 

「大丈夫だって、杏子はそんなタマじゃないでしょ」

「杏子は私が知っている中で、誰よりも強く、誰よりも優しい魔法少女よ。これぐらいのハンディなんて物ともしないわ彼女は」

 

 話している途中でチャイムが鳴り、生徒たちは各々自分の席に座る。

 そこに担任である女教師の早乙女和子が入ってくる。

 早乙女は教壇に立ち見慣れた生徒たちの顔を見ると、ゆっくり語りかける。

 

「皆さん。あの災害を乗り越えて全員が無事にこのクラスに集まったことを私は嬉しく思います。それにこんなに早く授業を再開出来るとは思っていませんでしたから」

 

 早乙女が言うように、最低でも学校が再開するには三か月の時を必要としていた。

 だが人々の頑張りと謎の奇跡があって、一か月で仮設住宅の設置は行われ、避難民たちは体育館にすし詰めの状態から仮初ではあるが安息を手に入れた。

 思っていた以上に早く完全復興の目処が立った奇跡を見滝原の住民たちはこう呼んでいた。

 

「気がつけば瓦礫が昨日より少なくなっていたり、道路が整備されていたりと、まるで魔法でもかかったかのようにそこが綺麗になっていて、復興は思っていた以上に早く進みました。でもそれが誰の仕業なのかは全く分かっていません。だから私たちはその存在をこう呼ぶことにしました。『名無しの魔法使い』と」

 

 誰もその存在を知らないが、やってくれたのが誰かは知らない、個なのか集団なのかも分からない。

 だが人々は皆、感謝していたこの街の復興を手伝ってくれて、皆に希望を与えてくれた名無しの魔法使いに。

 その存在を知っている三人は心の中でジェフリーに感謝をして、祈りを捧げようとしている早乙女に続いて祈りを捧げる。

 

「授業を始める前に名無しの魔法使いに感謝の意味を込めて、一分間のお祈りを捧げたいと思います」

 

 全員が復興を手伝ってくれた名無しの魔法使いに感謝の念を込めて、その場で祈りを捧げていた。

 だがほむらだけは感謝の念だけでは治まらず、その眼からは一筋の涙が流れていた。

 

(本当にありがとうジェフリー……)

 

 この穏やかな日常は彼が与えてくれた奇跡。

 名無しの魔法使いと呼ばれながらも、その場に居た全員がジェフリーに感謝の念を送っていた。

 その事実はまどか以外の全てを否定しようとしていたほむらに取って、ずっと望んでいた穏やかで優しい世界。

 まだ戦いは終わっていないが、今だけはこの穏やかな日常を満喫しようと決めた。

 それが自分の一番の望みだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 学校が再開してから五日の時が流れた。

 この日も学校が終わり、マミは自宅のマンションへと帰って行った。

 だが閉じられっぱなしの部屋を見ると、その表情は曇る。

 

「ジェフリーさん。今日も一歩も部屋から外に出ていないの……」

 

 マミのマンションにジェフリーが厄介になってからという物、ある程度復興が進んだところで彼は一歩も与えられた部屋から外に出ていなかった。

 扉には結界が施され、術者以外は中に入れないようになっていた。

 彼が意味もなく引きこもっているとは思えない。

 自分の世界に帰るための準備をしているのだろうと思っていたが、さすがにマミも心配になっていき、携帯を取り出すと電話をかけようとする。

 だが選択肢は限られていた。

 ほむらは彼との別れが辛いのか極力会おうとしていなかったし、メンタルの弱いさやかに相談事を持ちかけるのは危険。

 ならばとまだ帰っていない杏子は除外して、マミはまどかに電話をかける。

 すぐに来て欲しいという無茶な要求にも関わらず、まどかは承諾してマミのマンションへと向かった。

 紅茶を飲みながら時計を見て、マミがまどかの到着を待っていると勢いよくドアが開く。

 

「ジェフリーさん⁉」

 

 久しぶりに見ると思われるジェフリーに驚きの声をマミは上げるが、ジェフリーはそんな事を気にすることもなく、ワルプルギスの夜のグリーフシードに向かって、手を伸ばすとグリーフシードを光で包みこんだ。

 

「何を⁉」

 

 マミは驚き叫ぶが、ジェフリーは気にせずに光を発し続ける。

 グリーフシードが完全に光で包まれた瞬間、辺りは閃光で包まれた。

 思わず目を塞いで蹲るマミ。閃光は部屋から世界中に放たれたのではと思うぐらいに広がって行った。

 何が起こったかと思い、マミはグリーフシードを見る。

 だが目立った様子は見当たらない。何が起こったかと思い困惑ばかりをしているマミだったが、その時インターホンが鳴る音が響く。

 

「ハーイ鹿目さん。今開けるわ」

 

 ドアを開いて居たのはまどかではなかった。

 その姿を見てマミは嫌悪感を露わにした表情を浮かべてしまう。

 

「キュゥべえ……」

 

 キュゥべえはマミの感情を無視して、家主の了承も得ずにズカズカと中へと駆け上がる。

 グリーフシードの前に立つと、表情こそ相変わらずの無表情であるが、ジェフリーを責め立てる口調で話し出す。

 

「君は一体グリーフシードに何をしたんだい? 範囲がこの惑星全体に広がっているじゃないか⁉」

「何ですって⁉」

 

 キュゥべえの様子を見て、嘘を言っているとは思えない。

 グリーフシードが世界中の魔法少女が使えると知って、マミは驚愕の表情を浮かべるが、キュゥべえは彼女に構わず、ビーズのような目でジェフリーを見つめるだけだった。

 キュゥべえにからくりを教える義務はないが、ここまで心配をかけたマミには話しておかなければいけないと思い、ジェフリーは語り出す。

 

「世界中に対象となる物体の効果を拡散させる魔法を発動させた。ただそれだけだ」

「それってあなたの世界で、ターリアが世界中の人間を幻惑世界に閉じ込めるために赤闇のリンゴに発動した魔法……」

 

 マミの問いかけに対してジェフリーは小さく頷く。

 魔法大全の一部しか継承していないジェフリーだが、根気強く記憶を探った結果、執念でこの魔法を見つけ発動することが出来た。

 許容量に関してはキュゥべえから聞いている。

 4000年の猶予期間の間にどうするかは魔法少女次第。インキュベーターに対する叛逆の狼煙が上がった瞬間だった。

 納得が行かないと言った様子で、キュゥべえはジェフリーを見ていたが、そんな獣に対してジェフリーは改魔のフォークを突き出して、無言のアピールを送った。

 

「消えな。いつまでもこっちが狩られるだけの存在だと思わないことだな」

 

 ジェフリーの圧にキュゥべえは何も言い返すことが出来ず、黙ってその場を立ち去って行く。

 以前に許容量の話に関してはジェフリーを通じて聞いていたので、これで全ての魔法少女が救われるとまではいかないが、自分の絶望に向かいあう程度の時間は与えられた。

 まさしくまどかの願いが彼女が契約せずにかなったのではと思うと、マミは続けてほむらとさやかにも連絡を入れた。

 希望の物語が始まった瞬間を伝えるために。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 杏子以外の全員がマミのマンションへと集まる。

 やった事を見ると、この世界でジェフリーが出来ることは全てやってのけたと思われる。

 そうなると考えられるのが、ジェフリーが元の世界に帰ること。

 分かっていたことだが、その事実が辛く全員が声を上げようとしなかったが、意を決してほむらが話し出す。

 

「いつ帰るの?」

 

 短い質問だったが、その言葉を出すのにほむらがどれだけの勇気を必要としたかは分からない。

 その覚悟に応えるためジェフリーもまた返事をする。

 

「明後日には帰る。もう全ての準備は整った。心臓刻印の意味も分かったしな」

「そんな! 急すぎますよ、もうちょっとゆっくりしてくれても!」

 

 さやかはジェフリーを引き止めようとするが、ジェフリーは首を横に振ってそれを拒否した。

 

「俺の世界のゴッドドラゴンの破壊と蹂躙はこの街の比ではない。俺の役目は人々に希望をもたらすことだ。偉大なる先達がそうしてきたようにな……」

 

 ジェフリーの過去に関しては彼自身から話してもらった。

 自分は元々サンクチュアリの創始者エレインの血を引いた。サンクチュアリの神聖な魔法使いだという事を。

 その事を出されると何も言う事が出来ず、一同は俯いて黙りこくったままになってしまうが、まどかは泣きながら立ち上がると座ったままのジェフリーの胸に飛び込んだ。

 

「行っちゃヤダ!」

 

 ジェフリーの胸の中で泣きじゃくるまどか。それは常に人のことを考えてるだけの少女ではなく、完全に自分の都合しか頭にない少女のそれだった。

 まどかの見たこともない姿に圧倒される一同だったが、まどかは泣きじゃくりながらジェフリーに自分の思いの丈をぶつける。

 

「ジェフリーさん行っちゃヤダ! ずっと私たちの世界に居て! 私たちのことちゃんと見守って助けてよ!」

「それは出来ない。まだ俺がマーリンごと封じた神の思念はほんの一部に過ぎないんだ。また聖杯が猛威をふるわないように、永劫回帰を阻止するためにも、そして今度こそ人の手で人の世界を形成するために、俺は戻らないといけないんだ」

「それでも! それでも私はジェフリーさんと一緒に居たい!」

 

 泣きじゃくるまどかを見てほむらは何も言えなくなってしまった。

 本当は自分も彼女のように泣きじゃくってでもジェフリーを引き止めたい。

 だがこれ以上自分のワガママに彼を巻き込むわけにはいかない。

 醜い感情が原因で壊れたことがある彼の話を聞いて、ほむらは自分が第二のニミュエになる訳にはいかないと決めて、心を鬼にして静観を決め込んでいたが、その静寂を打ち破ったのは一人の少女の怒鳴り声だった。

 

「コラ――!」

 

 いつの間にか戻っていた杏子は泣きじゃくるまどかを無理矢理引きはがすと、彼女に向かって思い切り握り拳を振り下ろして、ゲンコツを食らわした。

 

「お前らもちょっとは止めろよ!」

 

 怒りはそれで治まらず、ほむら、さやか、マミの順にゲンコツを杏子は食らわせると、自分の思いの丈を叫ぶ。

 

「ガキみたいなワガママ言ってんじゃねーぞ! こいつは元々異世界の人間なんだぞ。鳥は空、魚は海、魂は天国と、生き物ってのはなあるべき場所にいなければいけないもんなんだよ!」

 

 杏子の理屈は分かっていたが、何も言い返すことが出来ず、一同は黙って痛む頭を擦るだけだった。

 杏子の怒りは怒鳴っただけでは治まらず、ジェフリーを睨みながら叫び続ける。

 

「そうかアタシたちに何の話もなく、明後日には帰るか……本当お前と言い、メイジーと言い、身勝手なばかりの連中だなオイ! 人の気も知らないでよ……お前に言えることなんか一つだけだ……」

 

 それだけ言うと杏子の防壁は崩壊した。目から涙をボロボロとこぼした状態で睨みながら胸倉を掴むと力の限り叫ぶ。

 

「お前なんてサッサと元の世界に帰っちまえバカヤロウが!」

 

 感情に任せてジェフリーを地面に叩きつけると、杏子は走って自分の部屋に飛び込んでいき、ベッドの中で号泣をしていた。

 杏子の泣き声が部屋を覆う中、ほむらが代表して口を開く。

 

「勝手なお願いだというのは分かっているわ。でも帰るための全ての準備は整ったって言ってたわよね?」

 

 ほむらの問いかけに対してジェフリーは小さく首を縦に振る。

 それだけが確認出来ると、ほむらは最後のお願いをジェフリーに伝える。

 

「だったら明日ここに留まる最後の一日は私たちにちょうだい。私たちもあなたと別れる前に心の整理を付けたいの」

「分かった」

 

 ジェフリーが短く言うと、それ以上は誰も何も言わず、杏子の泣き声だけが響く重い空間となっていた。

 ワルプルギスの夜は倒された。まどかも魔法少女になっていない。皆も無事に生き残っている。

 だがそれでもほむらの心は晴れやかな物ではなかった。

 もう一つ大切な存在が増え、その存在はどうあがいても自分の手の届かないところに行ってしまうのだから。




そして物語は最終局面へと向かう。

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