魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

31 / 64
魔法少女は理解した。自分が何をすべきかを。そして魔法使いは思い出した。自分の使命を。


第三十一話 戦いの終わり、そして物語の再開

 サラマンダーの力によって生み出された炎は魔女を焼き尽くそうとしていた。

 その炎は表面だけではなく、僅かな毛穴でもあれば入りこんで炎を灯し、体の器官という器官を焼き尽くそうとしていた。

 ワルプルギスの夜は狂った笑い声を上げながらも、サラマンダーの炎に苦しめられていて、飛び上ろうとしても鬼に押さえつけられて浮き上がることも出来ない。

 地面に突っ伏せ続けられた状態が続いたのか、ワルプルギスの夜の周りを覆っていた魔法陣が音を立てて消し去る。

 ガラスが割れるかのように魔法陣が消えてなくなると、ワルプルギスの夜は手をバタバタと動かして精一杯の抵抗を見せたが、炎の鬼に突っ伏されている状態のため、駄々っ子が暴れているようにしか見えなかった。

 

(もしかして浮遊能力を失った?)

 

 ほむらは現状を見て仮説を立てる。

 ワルプルギスの夜の最大の利点は一方的に攻撃を与えられるところにある。

 これはワルプルギスの夜は常に高いところから見下ろすことが出来るからだ。

 兵法に置いて上空を取った物は強い。これは戦いの常識である。

 何度も苦しめられた攻撃のチャンスが伺えないことから解放された。

 ほむらは行動を起こそうと、右手を突き出して炎の矢を召喚する。

 だがここでほむらは異変に気づく、追撃が来ないのだ。

 後ろを振り返ると、マミとさやかは全身が大火傷を負っているジェフリーに圧倒されてしまい、何も出来ない状態でいた。

 そんな二人を叱咤しようとほむらは声をかける。

 

「二人とも今がチャンスなのに……」

 

 言おうとした瞬間に声は風を切る音でかき消される。

 何事かと思いほむらが振り返った先に居たのは、憑依者の豪槍を片手に動かなくなったワルプルギスの夜に追撃を与えている杏子の姿だった。

 

「バカヤロウ! ジェフリー一人に戦わせる奴が居るか! アタシたちだってやれるってところを見せなきゃ、コイツは安心して元の世界に戻れないだろうが!」

 

 杏子は必死の形相で効いているのかも分からない斬撃を繰り返す。

 刃は少しずつではあるが確実にワルプルギスの夜の体を削り、ダメージを与えていた。

 杏子の叫びに共鳴したのか、マミはリボンでマスケット銃を形成し、さやかは氷の魔法で巨大な剣を作り上げた。

 

「ティロ・フィナーレ・グランデ!」

「真・魔導斬!」

 

 マスケット銃というよりも巨大な大砲から繰り出される砲撃は魔女の体を燃やし、巨大な氷の剣が振り下ろされると、まるで食パンが切れるかのように簡単に刃を通してワルプルギスの夜の体を抉った。

 ここで初めてワルプルギスの夜にダメージらしい、ダメージが通ると魔女は声を上げて、みっともなく呻き声を上げる。

 呆気に取られていたほむらだが、三人を見ると続けて攻撃を繰り返していて、ジェフリーもまた数少ない無事な皮膚を代償にサラマンダーを繰り返し放っていた。

 ほむらも続こうと炎の矢を放とうとした時だった。

 ワルプルギスの夜は現状を打破しようと、新たな攻撃を放つ。

 

「そんな! こんなに大勢ありえない……」

 

 ほむらが放とうした炎の矢は使い魔の大群によって制されてしまう。

 10や20ではない。地面全体が埋め尽くされる程の使い魔たちを見て、どう対処すれば分からない状態にまで陥ってしまうほどだ。

 ほむらは炎の小太刀を盾から取り出すと使い魔の応対に当たる。

 一体一体だけでも強力な実力を持っていると言うのに、一個中隊並みの数で襲ってくる使い魔たちにほむらは飲まれそうになってしまう。

 

「皆、暁美さんの援護よ!」

 

 マミに言われると、さやかと杏子もワルプルギスの夜から離れて、使い魔の迎撃に当たる。

 ジェフリー一人にワルプルギスの夜を任せることは不服だったが、ほむらを見捨てるわけにはいかない。

 三人が合流すると、マミはリボンを伸ばして使い魔に飲まれかかっているほむらを救い出し、四人は互いに背中を預けた状態で少しずつではあるが使い魔を撃退していく。

 

「倒した使い魔は私に回して! 私なら生贄魔法を使えるから!」

 

 さやかの悲痛な叫びが木霊する。

 本当は彼女が生贄魔法を発動させたくないのは、そこに居る全員が知っている。

 だがそれでも今は目的を優先して、戦力になろうとしているさやかに対して、全員が静かに頷くことで彼女の覚悟に応えようとしていた。

 杏子が槍を振り回して一体の使い魔を倒すと穂先に使い魔を刺し、さやかの足元へ投げてよこす。

 

「さっきの骨の槍が生贄魔法なんだろ? だったら今度は使い魔たちに向かって、あの攻撃を頼む!」

「その必要はない……」

 

 声の方向に全員が振り向くと、そこには全身大火傷の状態でヨタヨタとした足取りでこちらに向かうジェフリーの姿があった。

 そんな彼を気遣う言葉も少女たちは思いつかずに圧倒されていたが、使い魔たちは新たなる標的を見つけると、全員がより倒しやすそうなジェフリーの元へと向かう。

 四方を覆われて逃げ場を失ったジェフリーだが、彼に焦りの表情はなかった。

 襲い掛かってくる使い魔たちを意に介さず、両手を自分の頭に置くと再び禁術を発動させる。

 

「脳を代償に発動する。禁術『ベルセルク』!」

 

 叫びは代償に同意した物と認められ、ジェフリーは再び自分の体の一部を代償にした禁術を発動させる。

 それは周囲の敵を全て自分の元へと寄せ集めて雷でなぎ倒す物。

 脳を代償にして発動させた禁術ベルセルクは、その場に居た使い魔たちを全員ジェフリーの頭部だけに集めて、宙に浮いた無防備な状態になっていた。

 

「いまなら、みんないけにえにできる。やってくれ、さやか……」

 

 脳を代償にした為、まるで言葉を覚えたての幼子のようなたどたどしい喋り方になっているジェフリー。

 だがそんな彼を気遣う余裕は一同にはなかった。

 さやかは使命を受けるとジェフリーの前に立ち、右腕を突き出してその場に居る全ての使い魔たちを代償に生贄魔法を発動させる。

 

「ゴメンね。皆のことは一生忘れない! 私の罪の記憶としてね!」

 

 少女の目から涙が零れ落ちると同時に、合計で300は居ると思われる全ての使い魔は骨の槍へと姿を変える。

 降り注がれる骨の槍は全てがワルプルギスの夜に刺さり、轟音が辺りに響き渡り、血しぶきが舞う。

 降りやまないかと思われた槍の豪雨は、一分もしない内に終わったが、少女たちはそれが永遠の物と錯覚するぐらいに衝撃的な光景だった。

 だがそれでもまだワルプルギスの夜は生きていた。

 息も絶え絶えの状態になりながらも、再び自分の体を魔法陣で覆うと飛び上がろうとする。

 

「この!」

 

 杏子が憑依者の豪槍を投げ飛ばして阻止しようとする。

 放たれた槍は魔女を貫いたが、それでもワルプルギスの夜の飛翔を止めることは出来ず、再びワルプルギスの夜は空へと舞い戻った。

 

「例え攻撃しにくても!」

 

 ほむらは天空に向かって炎の矢を放ち、マミも先程のようにリボンで道が作れないかと思い、ワルプルギスの夜に向かってリボンを放つ。

 だが高度を限界にまで上げたワルプルギスの夜に攻撃は届かず、空を切るだけだった。

 

「二人とも諦めないで続けて!」

 

 さやかに檄を飛ばされると、二人は視力を魔力で強化してワルプルギスの夜を見据える。

 限界にまで魔女は高度を上げていて、そこから紅の矢を放とうとしていた。

 それをまともに食らえば勝ち目は無いと判断した一行は、全員が遠距離攻撃を放とうとする。

 

「おれがやる……」

 

 たどたどしい声と共に肉が切り裂かれ、血しぶきが舞う音が響く。

 何事かと思い一行が振り返ると、ジェフリーは自分の手刀で自分の両足を切り裂いていた。

 まるでダルマのような姿になったジェフリーに全員が言葉を失い、杏子は怒りに身を任せてその場から離れる。

 

「お前は何をやっているんだ!」

 

 杏子がジェフリーの胸倉を掴むと同時に、彼は更なる行動に出た。

 自分の右手を左手に持たれた改魔のフォークで切り落としたのだ。

 右腕があった肩からは勢いよく鮮血が吹き出し、血のシャワーは止まることを知らないぐらいに吹き出て、杏子の体を真っ赤に染めあげた。

 あまりのことに杏子は胸倉を掴んでいた手を離し、呆然自失の状態になっていたが、そんな事は意に介さずジェフリーは自分の目的を果たそうとする。

 

「りょうあしをだいしょうにはつどうする。きんじゅつ『ルシファー』! そしてみぎうでをだいしょうにはつどうする。きんじゅつ『グレイプニル』!」

 

 叫びと共にジェフリーの両足は天に消えていく。

 代わりに背中から現れたのは漆黒の翼。

 翼をはためかせるとジェフリーは一気に飛び上って、ワルプルギスの夜との距離を詰めていく。

 一方の魔女は自分の元に現れた一人の魔法使いの存在を見ると、彼の迎撃に当たろうと地面に放とうとしていた紅の矢を彼に向けて放とうとする。

 だが攻撃は右腕から放たれた禍々しい漆黒の鎖によって制される。

 右腕があった場所から代わりに生えていたのは漆黒の鎖。

 ジェフリーはそれを振り回すと、ワルプルギスの夜に向けて鎖を放ち、魔女をがんじがらめの状態にする。

 紅の矢は攻撃目標を見失って暴走し、魔女の体を貫く形となってしまい、ワルプルギスの夜は自分の攻撃で自滅してしまう。

 だが攻撃はそれだけでは終わらない。ジェフリーが自分の右腕に力を込めると、漆黒の鎖から棘が生え、鎖は魔女の体内を駆け巡って内部まで絡め取ろうとする。

 動くたびに棘の鎖は体中に食いこんでワルプルギスの夜にダメージを与えていく。

 それは魔法陣の崩壊で形となって、ジェフリーと共にワルプルギスの夜は再び地面へと真っ逆さまに墜落していく。

 

「おまえとしんじゅうなんてごめんだ……」

 

 だがジェフリーは寸前で肩から鎖を切り落とすと、翼を広げて落下していく魔女よりも早く羽ばたいて地面へと向かう。

 

「皆しっかり捕まっていて!」

 

 視力を限界まで強化してワルプルギスの夜とジェフリーの戦いを見ていた一行は、ジェフリーが何をやろうとしているのかも理解していた。

 ここにワルプルギスの夜が落ちれば、自分たちも無事では済まない。

 だが時間停止魔法を使いきったい以上、この危機的状況を打破する方法はジェフリーの救出を待つだけ。

 ならばとマミは一行と自分の体をリボンで縛って、ジェフリーが運びやすい状態にすることを選び、彼の到着を待っていた。

 すると落下よりも早くジェフリーは残っている右腕でリボンでまとめられた四人の少女を持って、その場を立ち去る。

 一行が立ち去った少し後にワルプルギスの夜が墜落して地面に激突する。

 衝撃波が辺りに響き渡り、近くのビルは全て砂となって崩壊していく。

 そこに居れば間違いなく自分たちも死んでいたと思い、一行は少し離れた場所からその様子を見ていたが、魔法少女たちの無事が確認出来ると、ジェフリーの背中にあった漆黒の翼は消えてなくなり、ジェフリーは右腕と両足を失ったダルマのような状態でその場にへたり込んでいた。

 

「ここで待っていて」

 

 ジェフリーの身を案じつつ、ほむらは未だにグレイプニルの鎖が体に纏わりついて動けなくなっているワルプルギスの夜の元へと突っ込み、他の三人もそれに続いた。

 

「まだおれのやくめある……」

 

 慣れない左手で供物を発動させると、ジェフリーは魔法少女たちの後を追う。

 突撃魔法の『炎鳥の羽』を発動させて。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 矢、槍、砲撃、刃。

 可能な限りの攻撃をワルプルギスの夜が襲うが、それでも魔女の狂った笑い声は消えることはなく、少女たちの耳に残り続けた。

 進展のない戦いに苛立ちを覚え始めたほむらは心眼でワルプルギスの夜の様子を見る。

 その体は確かに真っ赤に染まっているのだが、魔女が倒れる気配は一向に見当たらない。

 ここからワルプルギスの夜が桁違いの体力を持っていることが改めて思い知らされるが、もたもたしていたらまた体力が回復してしまう可能性だってある。

 ほむらは今までの経験を思い返すが、ワルプルギスの夜を倒せた時間軸と言うのは全てまどかが救済の魔女『Kriemhild Gretchen』になってしまう時間軸。

 一気に超強力な攻撃を与えなければ、こっちがソウルジェムの限界を超えて魔女化してしまうのが落ち。

 ほむらは自分のソウルジェムを見る。

 ジェフリーに回復してもらったが、それでも既に穢れが溜まり、再び限界が近い状態になっていた。

 グレイプニルの影響は未だにあり、ワルプルギスの夜は漆黒の鎖でがんじがらめの状態になっていて一切の攻撃が出来なかったが、それでも魔法少女たちの劣勢は変わらないまま。

 とにかく攻撃を行うしかないと判断した一行は攻撃を放とうとするが、ここでワルプルギスの夜が最後の抵抗を見せた。

 まだ鎖で絡まれていない部分から小さな魔法陣を作りあげると、そこから紅の矢を放つ。

 

「え?」

 

 全ての矢はさやかにのみ放たれた。

 さやかはそこから動くことが出来ずに固まっていた。そして確信した自分はここで死ぬのだと。

 

「さやか!」

 

 杏子の悲痛な叫びが木霊するが、さやかを守ったのは彼女ではなかった。

 襲いかかる紅の矢を撃退したのは、同じように真紅の光を放つレーザー。

 レーザーの正体が分からず、一同は呆けていたが、ほむらは人の気配に気づくと振り返る。

 

「ジェフリー⁉」

「どうしてここに⁉」

 

 ほむらとマミは両足が無いジェフリーがこの場に居ることに驚くが、それ以上に驚くことがあり二人は絶句していた。

 右目があった場所にポッカリと穴が空いていて、そこに本来あった右目がなかったのだ。

 まさかと思い一同がさやかの方を見ると、10個の眼球のような球体が彼女の前面に浮遊していて、さやかを守っていた。

 さやかはすぐに理解した。これはジェフリーが右目を代償にして発動した禁術なのだと。

 

「みぎめをだいしょうにはつどうする。きんじゅつ『ゴルゴン』!」

 

 ジェフリーの命を受けると、右目だった兵器は回転しながらレーザー砲を放って、ワルプルギスの夜を苦しめた。

 

「もう私は大丈夫だから!」

 

 さやか自分の無事を知らせると、ゴルゴンは次の行動へと移す。

 彼女の元を離れて一斉にレーザー攻撃を繰り返すと、ワルプルギスの夜に変化が訪れる。

 その体は岩石で覆われて、完全に魔女は鉱物と生物の中間の状態になっていた。

 

「何だこれ……」

「せきかじごく」

 

 呆気に取られている杏子に変わって、ジェフリーが説明をする。

 岩石で覆われてもなお、ワルプルギスの夜は生命反応があり、心眼で見ると魔女の体は赤く染まっていて、まだ生きていることをアピールしていた。

 ワルプルギスの夜がまだ生きていると知っていると、マミは最後の攻撃を放とうとリボンで新たな武器を形成する。

 

「皆集まって!」

 

 マミに呼ばれるとジェフリー以外の面々が集まる。

 彼女がリボンで形成した最後の武器は対戦車用ライフルを連想さえる武器であった。

 残り少ない魔力を効率的に放つため、一点突破に賭けようとする。

 マミの真意を理解した面々はライフルに残り少ない魔力を溜め、動かなくなっているワルプルギスの夜に狙いを定める。

 

「後のことを考えて変身を解除する程度の魔力は残しておいて」

「分かっているよ」

「これが終われば、超ド級のグリーフシードが手に入る。それで一気に回復だ!」

「ええ。あとはジェフリーさんの治療は美樹さんに任せるわ」

 

 ほむら、さやか、杏子、マミは各々の想いを胸に魔力を溜めていく。

 そして銃身が燃えるように熱くなり、限界まで魔力が溜まったのを見ると、代表してこの手の武器を使いなれているほむらがスコープを覗いて引き金を引こうとする。

 心眼に変えて狙うのは、ワルプルギスの夜の凶呪部。

 体の中央に位置している紫色の弱点とも呼べる位置のみをピンポイントで狙う。

 魔女の体が小刻みに震えだしているのを見て、ジェフリーが与えてくれた猶予期間も長くないことを理解し、ほむらは震える手を止めて狙いを定めて引き金を引く。

 

「そこよ!」

 

 放たれた弾丸はまっすぐ魔女の凶呪部を狙い、勢いが付いた魔力の弾丸はワルプルギスの夜の凶呪部を貫く。

 そこから勢いよく鮮血が流れ出ると、魔女の悲痛な叫びが木霊し、石化が解けてワルプルギスの夜はグレイプニルの鎖が解けているにも関わらず、地面に力なく突っ伏している状態になっていた。

 

「そんな⁉ これでも倒せないなんて!」

 

 もう可能な限りの攻撃は全て放った。

 だがそれでも倒せないワルプルギスの夜を見て、ほむらは心が折れそうになってしまう。

 こうなったらと玉砕覚悟で突っ込むしかないと再び魔力を暴走させようとするが、彼女の前に現れたのは突撃魔法を発動させて、皆の前に現れたジェフリーだった。

 

「このズタボロが引っ込んでろ! 今更お前に何が出来る⁉」

 

 杏子は体の部位をほとんど失っているジェフリーをどかそうとするが、彼は意に介さず最後の禁術を発動しようとする。

 口を大きく開けて顎を外すと、左手を突っ込む。

 口から鮮血が零れ落ちるが、それでも構わずジェフリーは更に奥まで手を突っ込むと、手は喉を通り胸にまで到達しようとする。

 

「何なのよ一体⁉」

「もう止めて!」

 

 その常軌を逸した姿にさやかは困惑するばかりであり、マミは涙ながらにジェフリーがこれ以上傷つくのを拒んだ。

 だがジェフリーは止まらない胸にまで達した手を引き抜くと、そこから出たのは脊髄とそれに付着していた真っ赤な臓器。

 それが心臓だと理解するのに時間はいらず、一番彼の近くに居たほむらはジェフリーを抱きしめて行動を制しようとする。

 

「もう貴方は十分に戦ったわ! これ以上傷つかないで!」

 

 少女の悲痛な叫びに対して、ジェフリーは体で弾き飛ばすことで突っぱねると、最後の禁術を発動させる。

 

「しんぞうをだいしょうにはつどうする。きんじゅつ『エクスカリバー』!」

 

 叫びと共に脊髄と心臓だった物は巨大な骨の剣へと姿を変える。

 ヨタヨタと覚束ない状態でジェフリーは残っている左目でワルプルギスの夜を見据える。

 その姿が確認出来るとジェフリーは剣を地面に突き刺す。

 すると刀身は地中を這って進んでいき、攻撃目標の真下に到着すると両側から挟みこむように刃が放出して、まるでワニが獲物を食らうかの如く両側から挟みこんで刃を体中に食いこませた。

 

「アハハハハハハハハハハ!」

 

 それがワルプルギスの夜の最後の叫びだった。

 体中を血と骨の刃が食いこんでいる中、ワルプルギスの夜の肉体はドロドロに崩壊していき消えてなくなる。

 それと同時に今まで起こっていた嵐も消えてなくなり、曇天の空から陽光が差し込み少女たちを照らし上げた。

 だが少女たちに安堵の色は無かった。

 目の前のジェフリーは口から吐血を放ちながら、力なく横たわり目を閉じていた。

 心眼で確認すれば体は真っ赤に染まっていて、瀕死の状態ながらもまだ生きていることが分かるが、これも時間の問題。

 ドンドン弱くなっている呼吸を聞いて、ほむらは駆け寄ってその体を優しく抱いた。

 

「ジェフリー……リブロムの涙は?」

 

 ほむらは以前双頭の邪翼との戦いでジェフリーがサラマンダーを発動した時の事を覚えている。

 禁術はリブロムの涙でしか治すことが出来ない事を。

 問いかけに対してジェフリーは小さく首を横に振る。

 

「もうつかいきった」

 

 短く言い放つと、ほむらは歯ぎしりをしてきつくジェフリーを抱きしめ、思いの丈を叫ぶ。

 

「あなた本当にこれでよかったの⁉ こんなのがあなたの物語の結末だって言うの⁉」

 

 言っている内にほむらの堤防は決壊し、涙がジェフリーの顔を濡らした。

 一気にほむらの心は罪悪感で覆われていく。

 自分の勝手な都合でジェフリーを呼び出し、何から何まで彼に頼るばかりで自分は彼に対して何も返せていない。

 そして最後は見知らぬ土地で一人で死んでいくジェフリーに何もすることが出来ず、ただただ涙を流しながら抱きしめることしか出来なかった。

 

「だいじょうぶだ。こんじきのせいしんをもつものなら、もうひとりいる……」

 

 それだけ言うとジェフリーは再び昏睡状態に陥る。

 ほむらは慌てて心眼で様子を確認する。

 まだ体は赤く染まっている状態であり、死んではいないが時間の問題。

 どうすることも出来ない歯がゆさに苦しめられるばかりで、ほむらはジェフリーの体を抱きしめたまま俯くことしか出来なかった。

 

「さやか治せるか?」

 

 未だにワルプルギスの夜のグリーフシードは見つからないが、杏子はさやかにジェフリーの回復が出来るかどうか提案を出す。

 さやかは残り少ない魔力で回復出来るかどうかを試みようとするが、ほむらに手を突き出して制される。

 

「ダメよ。禁術によって失われた部位は、リブロムの涙じゃないと回復出来ないの……」

「そんな。じゃあ……」

 

 残酷すぎる真実にマミはその場で膝から崩れ落ち、杏子とさやかは事実を信じたくないのか、ワルプルギスの夜が残したグリーフシードを探す。

 ほむらは何も言わずにジェフリーを抱きしめ続け、彼にせめてもの贖罪をしようとしていた。

 ワルプルギスの夜は過ぎ去って嵐は去った。

 だが四人の少女たちの心は未だに曇天の空模様であった。

 一緒に戦い続けた大切な仲間を失ったのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 嵐が過ぎ去ると人々は歓喜していた。

 まどかはすぐにでも皆の元に駆けつけたい想いで一杯だったが、これ以上家族に心配させるわけにはいかないと判断して動けないでいた。

 だが気になって仕方がなかった。

 皆の中で一人でも欠けている人がいないかと、気が気でなかった。

 相変わらず絢子はまどかを抱きしめていたが、その手を解くと人の気配がする方向へと歩む。

 

「絢子さん。まどかもこんな所に居たのか」

「ママ、ねーちゃ!」

 

 まどかも一緒になって振り向いた先に居たのは、まどかの父親である鹿目知久と三歳児の弟、鹿目タツヤであった。

 知久はまどかを抱きしめ、絢子はすり寄ってくるタツヤを抱きしめた。

 母親に甘えるタツヤを見て、自分がここから動くわけにはいかないと思ったまどかは落ち着くまでここにとどまろうと決めたが、その時家族ではない声が響く。

 

「オイ急げ! 間に合わなくなるぞ!」

 

 野太い男とも、繊細な女とも思われる声が響き、声の方向をまどかは見る。

 柱の影に隠れていたのはリブロムであり、体を必死になって動かして這いずってまどかの元へと向かおうとていた。

 

「あのバカが結構ヤバい状態だ。俺をあのバカの元へ連れていけ! それが出来るのはお前だけだまどか!」

「ジェフリーさんが⁉ 他の皆は無事なの⁉」

 

 まどかはジェフリーが危機的状況なことに慌て、もしかしたら他の四人もどうにかなっているのではないかと言う嫌な考えが頭を過る。

 リブロムはまどかの質問に対して体を横に振るだけだった。

 

「俺が分かるのは魂で繋がっているジェフリーのことだけだ。他の連中のことまでは分からない。それを確かめるためにも向かうんだ!」

「うん……パパ、ママ!」

 

 突然呼ばれて、知久と絢子は慌てて娘の顔を見る。

 その顔は決意が固まっていて、何を言っても揺るがないだろうと言うのを感じていた。

 

「友達が危険な状態なの。行かせて!」

「そんな物は消防隊員に任せるんだ。嵐が去ったとは言え、まだ危険な状態なのに変わりないんだ!」

 

 普段は苦言を呈することは絢子に任せている知久だが、まどかの事が心配な知久は強く言ってまどかを制そうとする。

 だがまどかは止まらなかった。

 

「今じゃなきゃダメなの! お願い行かせて!」

「分かった。でも必ず帰ってくるんだぞ」

 

 涙目で懇願するまどかに対して、絢子は行くことを承諾する。

 ここで驚愕の表情を浮かべたのは知久の方であり、珍しく絢子に反論の異を唱える。

 

「絢子さん。何で⁉」

「私はお前が来る前にコイツが必死になって見えない何かと戦っているのを見たんだ。だが今回のそれは言いくるめられたもんじゃなく、本当の意味でまどかにしか出来ない戦いを行おうとしているんだ。だったら送り出すのが親の役目だろうよ」

 

 堂々とした絢子の物言いに知久は何も言うことが出来ず、娘のために出入り口までの道を開く。

 まどかは道が出来たのを見ると、柱の影に隠れていたリブロムを抱え上げて、彼の先導の元ジェフリーの元へと向かった。

 

「ねーちゃ。かえってきてね」

 

 タツヤのエールを受けて、まどかは走った。ジェフリーの元へと。

 いつの間にか大きくなっている背中を見つめた両親は、いつまでもジッと彼女を見守っていた。

 

「絢子さん。僕らの娘は立派に育ったね」

「当たり前だろ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 嵐が去り、太陽が瓦礫だらけの街を照らし上げる。

 だが四人の心はバラバラで未だに曇天に包まれていた。

 マミは現実を受け入れられず膝を抱えて蹲るだけであり、杏子とさやかはワルプルギスの夜が残したグリーフシードを血眼になって探していて、ほむらはドンドン呼吸が弱くなっているジェフリーを抱きしめるだけであった。

 全員が全員ジェフリーがそこに居ないことを認めたくない状態であり、必死になって絶望から逃れようとしていた。

 

「リブロムの涙……」

 

 ほむらはこの状況を唯一打破出来る鍵が手に入らないことに絶望に飲まれそうになる。

 大量にあると言うジェフリーの言葉を受けて使っていたが、それがいかに愚かだったかをほむらは思い知らされた。

 まどかを守りきることは出来た。もう彼女は魔法少女になることはないだろう。

 他の三人も皆生きている。彼女たちとも友人関係を築くことが出来た。

 だがそれでも凍り付いた心が溶けた今では、ジェフリーの死はあまりに大きかった。

 どうしようもない感情が襲ってきて止まらなくなるほむら。

 まだワルプルギスの夜のグリーフシードも見つからない。

 絶望が止まらない、ほむらは変身を解除して自分のソウルジェムを手に持つと勢いよく振り上げて地面へと叩き潰そうとする。

 

「私もあなたと一緒に逝くわ。これが私の戦いにあなたを巻き込んでしまったせめてもの償いよ……」

「ダメ!」

 

 突然、その場に居ない人の声が響く。

 一同が声の方向を向くとリブロムを抱えながらこっちに向かって突っ込むまどかの姿があった。

 まどかはほむらからジェフリーを引きはがすと、彼の体を地面に横たわらせるとリブロムの目を優しく擦りあげる。

 

「まどか何を?」

「黙ってろ! この日のために、溜めに溜めたリブロムの涙だ! サッサと起きやがれ!」

 

 リブロムが叫ぶと同時に、まるで洪水のようにリブロムの目からは大量の涙が降り注ぎ、シャワーのようにジェフリーの全身を濡らした。

 それと同時にジェフリーの体に変化が起こる。

 心臓と脊髄が再生されると、次々と失われた体の部位が再生されていくのをほむらは心眼で見届けた。

 

「脳、両足、右腕、皮膚……」

 

 次々と再生されていく体の部位に興奮して、ほむらは実況しながらジェフリーを見守る。

 この際なぜリブロムの涙が今になって大量に手に入ることが出来たかは分からないが、今はジェフリーが助かることを素直に喜ぼうとしていて、ほむらの中に先程まであった絶望は全て消えてなくなっていた。

 

「あのねほむらちゃん。ここに来るまでの間リブロムから聞かされたの。リブロムの涙は魔力を帯びた戦いに応じて発生される物であって、ジェフリーさんは必要になる時が来るからって、リブロムからあえてリブロムの涙を摂取しないで溜めこんでいたの」

「そして今が解放の時という訳ね」

「そう言う事だ! 最後に右目だ!」

 

 最後にリブロムが右目に涙を降り注ぐと、溜まりに溜まったリブロムの涙は全て使いきる形となった。

 右目が再生されると、ジェフリーはゆっくりと目を開く。

 そこには彼の無事を喜ぶ涙目のまどかとほむらが居た。

 まどかはジェフリーが無事に死から脱した事をグリーフシードを探しているさやかと杏子に告げへと向かい、マミはジェフリーが復活したのを見て、慌てて彼の元へと駆け寄る。

 ジェフリーは脳が元の知能に戻ったのを確認しながら、辺りを振り返り上半身だけを起こす。

 

「済まないな。少し昔の馴染みと長話をしてきた」

「ジェフリー!」

 

 こんな時でもどこか皮肉めいた言葉を言うジェフリー。

 だがそんな事は今のほむらに取ってはどうでもいいことだった。

 ジェフリーの胸に飛び込んで彼の温もりと心音を感じながら、一人さめざめと泣いていた。本当の意味で誰一人欠けることなく、ワルプルギスの夜を乗り越えらえたことを、長い長い時間の牢獄からやっと抜け出せられたことを喜び涙していた。

 そんなほむらの頭をジェフリーは優しく撫でるが、背中に感じる柔らかい感触と、首に回された腕を見て何事かと思い、振り返るとマミも同じように涙ながらにジェフリーを抱きしめていた。

 

「生きている。生きているのね? もう私を一人ぼっちにしないよね?」

 

 子供のように泣きじゃくるマミに対してジェフリーは一言「ああ」とだけ言う。

 そしてジェフリーは感じていた。新たなる希望と言う物を。

 

「見つかったぞ! ワルプルギスの夜のグリーフシードだ!」

「これ重すぎるよ! 皆も手伝って、あと穢れも取って!」

 

 杏子とさやかが二人がかりで持ってきたのは、ワルプルギスの夜のグリーフシード。

 その大きさは人間の幼子並みの大きさであり、下手したら1メートルはあるのではないかと言う特大のグリーフシードに一同は唖然となっていたが、超ド級の魔女から生まれるのは超ド級のグリーフシード。

 二人が持ってくる前に既に穢れを察知して、魔法少女たちの穢れを吸いよせ浄化していた。

 二人がグリーフシードを地面に置くと、全てが終わったと判断して一同は改めて空を見る。

 青く澄みきった空は少女たちの心も照らし、今度こそ戦いは終わったのだと判断した。

 

「帰るぞ」

 

 ジェフリーが短く言い放つと、まどか、ほむら、さやかがそれに続く。

 杏子とマミはグリーフシードを見守るため残ると提案したが、ジェフリーはそれを許さず一同の輪の中に入れて学校の体育館へと向かった。

 そこに見せたい物が二人にあったから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 体育館に到着すると、まどかとさやかは各々の家族の元へと真っ先に向かい、その胸に飛び込んだ。

 と言ってもさやかの方は杏子が幻惑魔法をかけていたので、先程までさやかが居ると両親は錯覚していたので、突然のことで困惑していたが、両親は泣きじゃくるさやかを優しく抱きしめていた。

 

「守れたんだなアタシたち」

 

 杏子は目の前で喜ぶ人たちを見て、思い知らされることになる。

 魔法少女の呪われた力でも人々を守り、喜びに導くことは出来るのだと。

 マミは涙目になりながらも、杏子の問いかけに対して小さく頷く。

 

「私達には確かにもう家族は居ないわ。でもだからこそ人に優しくしなくちゃいけないって私は思うの。失った物は戻らない、だからこれ以上失わないようにしないと私たちはいけないのよ」

「全く厳しいこと言ってくれるぜ。まぁマミのところにお世話になる以上、世帯主の命は受けるよ。それにアタシは愛と正義の魔法少女だからな。必死になって今までしてきた悪いことに対して贖罪しないと、家族と同じ所にはいけないからな。これからもよろしく頼むぜマミ」

 

 そう言って二人は固い握手を交わす。

 この光景を見てきたほむらは呆然となりながら見続けていた。

 ずっと夢見ていた光景なのだが、本当にこれが事実なのか疑ってしまう。

 また病院のベッドの上で天井を見ることになるのではないかと不安しか、ほむらにはなかった。

 

「すいません! 誰か私たちの娘を知りませんか?」

「暁美ほむらちゃんを知りませんか?」

 

 その時、最後に声を聞いたのがどれだけ前か思い出せない程、昔に聞いた穏やかな声が聞こえる。

 ほむらがもしかしてと思って声の方向に駆け寄ると一組の男女が居た。

 双方共に眼鏡をかけていて、黒髪の温和そうな男女。

 それはほむらに取って見間違いのない大切な存在だった。

 

「パパ、ママ、どうして……仕事じゃないの?」

「バカ! 娘が見滝原で災害に巻き込まれているのに仕事なんか出来るか!」

 

 父親に怒鳴られてほむらは体を震わせて萎縮してしまう。

 久しぶりの体験にすっかり小さくなっていると、母親がフォローに入る。

 

「ママもパパもね仕事先で言われたわ。危ないから、仕事先から出ない方がいいってね」

「でも初めてパパはそれに反発したよ。娘の心配をしない父親がどこにいるんだってね。本当に無事でよかったよほむら」

 

 そう言って母親と父親は両手を広げて、娘を迎え入れようとしていた。

 その瞬間ほむらの堤防は決壊し、涙ながらに両親の胸へと飛び込む。

 ずっと求めていた温もりがそこにはあったから。

 

「パパ! ママ!」

 

 年相応の少女のようにほむらは両親の胸に飛び込んで涙ながらにたっぷりと甘えた。

 それはすっかり忘れていた感覚。

 暖かさはまどか以外にも与えてくれる物なのだと、ほむらは改めて認識する。

 そんなほむらを両親は優しく抱きしめ続けていた。

 全てが無事に済んだのを見て、ジェフリーはワルプルギスの夜との戦いの跡地へと一人向かう。

 全ての禁術を使い意識が混濁していた時、無意識化の中で彼は知ってしまった。

 アーサー・カムランと言う人物がどう言う人間なのかを。

 そこで出会ったのはかつてリブロムの中で追体験をした二人の魔法使い。

 サンクチュアリのエレインとモルドレッドだった。

 そこでジェフリーは知った。ゴッドドラゴンに世界が牛耳られ、人々が絶望して聖杯に手を出し続けたことを。

 その負の連鎖を食い止めたのは、モルドレッドの体を張った禁術の連続の数々と、気高いエレインの思想。

 最後に残った男性信者『ウーゼル・カムラン』とエレインが恋仲に落ち、その息子の『ユーサー・カムラン』が三代目ゴルロイスを名乗り、人々の最後の希望サンクチュアリを守っていると知った。

 

「俺はあなたの気高い心を継いだ魔法使いらしいな……」

 

 教えられてもアーサー・カムランとしての全ての記憶を失っているジェフリーに取っては、他人事ぐらいにしか思えない事例だが、それでも心の中に暖かな物をジェフリーは感じていた。

 自分がこれから成すべきことを見つけ、リブロムの記憶に囚われずどう生きるのかが見えたのだから。

 

「ありがとうエレイン、いやお婆ちゃん……」

 

 偉大なる先祖の名を呟くと、ジェフリーは向かう。

 一つの因果に決着を付けるために。




そして魔法使いは歩く、悲しき因果に決着をつけるために。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。