魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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青年は歩き出す。本当の意味で自分の物語を紡ぐために


第三十話 俺の使命

 ワルプルギスの夜、それはほむらに取って何度も経験があることであり、何度も辛酸を舐めさせられた相手。

 戦っても、戦っても、這いつくばらされるだけであり、今も巨大すぎるその姿にどこから手を付ければいいか分からない状態。

 だがそんな時先陣を切ったのはマミだった。

 マミはリボンで特大のマスケット銃をいくつも作り上げると、自分の体を中心にマスケット銃を回転させながら必殺技を放つ。

 

「ティロ・フィナーレ・グランデ!」

 

 マミの中で最強の必殺技をいきなり放つ。

 遠距離攻撃を得意としているマミのティロ・フィナーレ・グランデは、上空のワルプルギスの夜にもダメージを与えた。

 その体は黒煙と共に大きく崩れ落ち、その姿を見て一気に畳みかけるべきだと判断した杏子は行動に移す。

 

「コイツも食らっとけ!」

 

 杏子は手に入れたばかりの『憑依者の豪槍』を召喚すると、手に持っている分だけではなく、上空にいくつもいくつも召喚していく。

 まるで投擲弾魔法のように憑依者の豪槍を放とうとしている杏子。

 普通ならばコントロールが全く効かずに明後日の方向へと飛んでしまう物なのだが、相手は超ド級に大きい魔女ワルプルギスの夜。

 コントロールは無視して、乱雑に放たれた槍は予想通りどれも無茶苦茶な方向へと飛んでいく。

 だが当てる的が極端に大きかったので、全ての槍はワルプルギスの夜を貫く。

 甲高い笑い声を上げながらも、槍によって開けられた大穴を見て、ほむらは杏子に頼りがいを覚え、自分も続こうと手をかざして炎竜の卵を放とうとする。

 

「私だって!」

 

 だがその前にさやかが行動に移した。

 近距離攻撃しか出来ないさやかがどうやって攻撃するのか疑問に思っていたほむらだったが、それはすぐに解決する。

 さやかは小さな氷の矢をいくつも作り上げ、出来上がると同時に片っ端からワルプルギスの夜に向けて放つ。

 

「例え小さくても弱くても……それでも戦わなきゃいけない時があるのよ!」

 

 決意表明の様にさやかは叫び、何度も何度も氷の矢を放ち続ける。

 マミや杏子のような派手さはないが、着実に少しずつではあるがワルプルギスの夜にダメージを与えていく様を見て、ほむらも同じように魔力のペース配分を気にすることなく、矢と卵を放つ。

 四人がそれぞれ巨大すぎる敵に向かって攻撃しているのを見て、ジェフリーも行動に移そうとする。

 魔人形態のまま手の中にエネルギーを溜めて、炎竜の卵を作り上げる。

 まるで全ての魔力をそこに放り込むかのように、炎竜の卵は膨れ上がっていき、ジェフリーの手から離れる頃には小さな太陽が出来上がり、元の形態に戻ったジェフリーはそれをワルプルギスの夜に向かって投げつけようとする。

 

「ほむら!」

 

 突然ジェフリーに呼ばれてほむらは体を震わせるが、彼が持っている特大級の炎竜の卵を見て、何をしたいのか理解すると盾を触って時間を停止させる。

 慌てて散り散りになっている三人を回収して自分と一緒に安全な場所まで避難する。

 ジェフリーの攻撃の邪魔になる遮蔽物を全て取り除いた状態にすると、再び時間を動かす。

 

「食らえ!」

 

 気合いの入った叫びと共にジェフリーの手から太陽が放たれる。

 ワルプルギスの夜はそれをかわすこともせず、顔面で受け止めると辺りは黒煙と爆音で包まれ、その場に居た全員が耳を塞いで爆音に耐えた。

 だが爆音の中でも響く物がある。ワルプルギスの夜の狂った笑い声だ。

 まだ序曲も始まっていない状況なのは心眼で様子を確認した。マミ以外の面々は理解し、苦い顔を浮かべた。

 一人取り残されたマミは、この状況を打破しようと自分なりに考えた攻撃プランを発動させる。

 リボンを伸ばし空中に一本の道を作りあげると、それを勢いよく射出してワルプルギスの夜の肉体に刺す。

 ワルプルギスの夜からすれば、蚊にチクリと刺された程度の痛みであるが、この足場は魔法少女たちにとっての勝利の懸け橋。

 全員が橋の上に乗ると一気に駆け上がってワルプルギスの夜との距離を詰める。

 近づいていくる外敵に対しての、次のワルプルギスの夜の行動は単純でそして環境を利用した物。

 周囲のビルを切り裂き、ビルだった瓦礫の山を片っ端から少女たちに向けて放った。

 それにいち早く反応したのはマミとジェフリー。

 マミは巨大なマスケット銃を作り上げ、ジェフリーは手に再び炎竜の卵を持つ。

 

「ティロ・フィナーレ!」

「邪魔だ!」

 

 ビームと爆弾は瓦礫を塵一つ残さず粉砕していき、少女たちの道を開く。

 ここでワルプルギスの夜の動きが止まったのを見て、全員がチャンスだと判断して一気に距離を詰める。

 さやかの剣でも攻撃が届く位置にまで近づくと、ほむらがミーティングと実験の結果、この日初めて実行する作戦を決行しようとする。

 まずはジェフリーが結界の鎖でワルプルギスの夜を覆う。

 三角形の結界に覆われ、ワルプルギスの夜は何が何だか分からない状態になっていたが、そんな事に構っている暇は無い。

 ほむらは結界が完成したのを見ると、時間停止魔法を発動させる。

 辺りがモノクロームの世界に包まれる。ここまではいつも通りだが、結界の真価はここから発揮される。

 

「凄い本当に止まっている……」

「これがほむらの能力……」

 

 杏子とさやかは普段ほむらが使って居る時間停止魔法の世界に入りこんで驚きを隠せなかった。それはマミも同じこと。

 

(こんな便利な物があるなら、もう少し早く教えてもらいたかったわね……)

 

 結界の有効性を示してくれたジェフリーに感謝をしつつも、重要なことを中々話そうとしてくれないジェフリーに軽い怒りをほむらは覚えた。

 一度結界を発動させれば魔法の力は更に強まり、術者の魔法は更に強力な物になる。

 炎はより強まり、刃は更に切れ味を増し、ビーム砲などは更に攻撃力が高まる。

 ほむらの場合は時間停止させる対象を自分以外の全てではなく、自分が認めた人間のみが彼女と同じように停止された時間の中を動けると言う物。

 こんな便利な能力をなぜ最後の最後まで黙っていたのかほむらが問い詰めると、ジェフリーは答えを返す。

 

「俺は慎重派なんだよ。リブロムの涙はストックが多々あるとはいえ、お前らのグリーフシードのようにこちらの世界で取れる物じゃない。この世界のリブロムでも取れないことはないが時間がなさすぎる。だからリブロムの力を借りて『仮体験』した結果、お前らの魔法でも同じことが可能なことが分かったんだよ。ついこの間の話だがな」

 

 『仮体験』に付いて詳しく問いただすと、ジェフリーから説明が入った。

 物語の中で新しく手に入った供物がどのような効果を持ち、どう使えばいいかを試すため、リブロムの中には白紙のページという物が存在する。

 その真っ白な空間の中でジェフリーは自分が思い描いた敵と戦って供物の使い方を習う。

 これが仮体験と呼ばれる物。

 上手く言いくるめられた感もあるが、結果を重視するほむらは未だにあたふたして行動が定まっていないジェフリー以外の面々に対して、手を叩いて注意をこちらに向けるとワルプルギスの夜を指さす。

 

「呆けている暇は無いわよ。一斉攻撃準備!」

 

 ほむらの号令で皆は一斉に散る。

 中央にジェフリー、右に杏子、左にさやか、バックにはマミとほむらが居る盤石の体制を取ると一斉に攻撃が開始される。

 マミとほむらは可能な限り砲撃を放つ。それがワルプルギスの夜に当たる直前で止まると、マミは驚きの表情を隠せなかったが、ほむらは慣れた物であり、ありったけの攻撃を食らわせると前衛を見る。

 さやかと杏子は可能な限り剣と槍を放ち続けてワルプルギスの夜を包囲し、ジェフリーは矢と卵を限界まで放ち、ワルプルギスの夜は皆の攻撃で完全に埋め尽くされていた。

 

「もうこれで全ての時間停止は使いきったわ! 皆、離れて!」

 

 ほむらの言葉と共に時間は再び動き出し、結界も崩壊していく。

 瞬間、大爆発が辺りを覆い尽くし、ワルプルギスの夜は爆炎と黒煙に包まれた。

 その姿を見てほむらは思い出す。

 かつての時間軸で一人でワルプルギスの夜の討伐を行った際、自衛隊や暴力団から盗み出した近代兵器の数々で一斉攻撃を食らわせたことがあった。

 今回の爆撃はそれと同レベルの攻撃を相手に食らわせたと経験上言える。

 だがこれで終わりではない、一同はこの日のためにストックしておいたグリーフシードを使ってソウルジェムの穢れを取り、ジェフリーから渡されたリブロムの涙でも穢れを取って心身とも万全の状態にする。

 まだこちらの攻撃は終わらないと言う事が分かり、一同は落ちながらも攻撃の準備を進めるが、まだ黒煙が収まっていないワルプルギスの夜から発せられた次の攻撃は使い魔たちによる物だった。

 一斉に襲いかかってきた使い魔に一同はモーションの大きい必殺技を封印して、小さいく細かい打撃で一つ一つ潰していくことを選ぶ。

 地面に着地して改めて使い魔たちの撃退に当たるが、それでも一同は苦戦を強いられていた。

 数が多すぎるのに加え、上空でゆらゆらと蠢くワルプルギスの夜を早く撃退しなければいけないという焦りから、中々はかどらない様子であった。

 この状況を打破しようとしたのはジェフリー。

 ジェフリーはさやかの元に合流すると、一匹の使い魔を倒し、倒れこんで動かなくなった使い魔を指さす。

 

「この使い魔はかなりの強力な魔力を宿している。これなら可能なはずだ『生贄魔法』が」

 

 生贄魔法と言われ、さやかの表情は曇る。

 ジェフリーが事前に教えられていた。魔法使いの生贄には二種類あるということを。

 一つは魂を右腕に宿して自分の力に変える生贄。もう一つは生贄者の全身の骨、臓器、皮膚などの肉体全てを武器に変換させて相手に大ダメージを与える生贄魔法。

 当然さやかはそんな物を使うのを拒否したが、ジェフリーは過去のドラゴンとの戦いをさやかに語る。

 マーリンの中に封じこめられていた魂が攻撃手段として放出されることもある。

 その魂を救済することは不可能だ。元の肉体も存在しないし、あまりに長い時間死という物を経験した結果、もはや人としての考えなど何一つ持ち合わせていなかったからだ。

 ジェフリーは心を鬼にしてマーリンを止めるため、その魂を生贄にして生贄魔法を発動させた。

 結果としてドラゴンに大ダメージを与え、マーリンを止めることが出来た。

 救いのない魂だって世の中には存在する。その物語に終止符を打って、悲しい物語として終わらせるのも力を持った者の役目だとジェフリーは語った。

 言葉から彼の覚悟と言うのが伝わり、その時のさやかは何も言うことが出来なかった。

 

「ワルプルギスの夜は複数の魔法少女の魂が一つになった結果なんだろう? もしかしたらこの使い魔も元は魔法少女だったかもしれない」

「そうだよね……使い魔に関してはよく仕組みが分かってないけど」

「俺は止まるつもりはない。全ての業を生きている限り背負い続けてやる!」

 

 そう言うとジェフリーは使い魔に向かって右腕を突き出し、生贄魔法を発動させる。

 魔力を受けると使い魔の体は浮かび上がり、全身から真っ赤な鮮血を発しながら閃光を放ち、その骨、臓器、皮膚と言った肉体の全ては禍々しい骨の槍となった。

 骨の槍はその場に居た全ての敵へと降り注がれ、使い魔はもちろん、はるか上空に居るワルプルギスの夜にもダメージを与えた。

 槍の雨が降り終えると、一つの魂が浮かび上がる。

 それはまだ幼い少女のように一瞬さやかの目には見え、魂はさやかに対して軽く微笑みかけた。

 

――ありがとう。私を止めてくれて……

 

 そう言うと魂はあるべきところへと帰って行った。

 天へと消えてなくなった魂を見て、さやかの目からは一筋の涙が流れた。

 だがさやかはすぐに流れ出た涙を拭うと、新たに召喚された使い魔を剣でなぎ倒すとその躯に対して右腕を突き出す。

 

(もう戻せないなら、せめてあなたの存在を一生忘れないでいてあげる……甘えたことばかり言ってられない!)

 

 さやかは覚悟を決めて生贄魔法を発動させた。

 先程ジェフリーがやったのと同じように、肉体の全ては骨の槍と変わって天へと降り注がれる。

 だがさやかには使い魔を撃退し、ワルプルギスの夜にダメージを与えた喜びもなかった。

 手の中には未だにビリビリと痛む感覚が広がり、いつまで経っても取れる気配が感じられなかった。

 

(これが命を奪う感覚……)

 

 今まで意識していなかったが、命を奪う感覚が直に伝わったことにさやかは青ざめていた。

 だがそれは生きている以上仕方がないこと。

 生きると言う事は他の命を食らうと言う事。

 だからこそ魔法少女は他の人間よりも、より命に対して真摯に取り組まなければあっという間に飲みこまれてしまう。

 改めて覚悟を思い知らされると、さやかは再び目に浮かんだ涙を拭い、再び剣を持つと皆と合流する。

 それはワルプルギスの夜の高度が落ちているからだ。

 一切の攻撃をしようとせず、ただ落下していくだけのワルプルギスの夜を見て、ここが勝負どころだと判断したからだ。

 それは皆も同じことであり、全員が集まると各々が思う最も強力な攻撃をワルプルギスの夜に放つ。

 

「ここで全てを終わらせる!」

 

 ほむらは炎魔人の心臓を投擲弾魔法の要領でワルプルギスの夜に向かって放つ。

 上空で六体のゴーレムに分身した弾丸は勢いをつけて獲物に向かっていき、それを援護したのはほむらが放った炎の矢と卵たちだった。

 

「私は今度こそなる! 皆が思ってくれる。私がなりたかった私自身に!」

 

 マミは巨大なマスケット銃を形成して、自身の最強の必殺技であるティロ・フィナーレ・グランデを放つ。

 ほむらが放った弾丸の周りをビームが囲い、盤石の体制を取った。

 

「アタシはもう諦めない。捨てたりしない! 親父とは違うやり方で、この世界から暗闇を取り除く! それが愛と正義の魔法少女の役目だ!」

 

 杏子は巨大な槍を幾つも練成して、マミが放ったビーム砲の中に放り込む。

 ビームの力を借りて槍は更に強力な物になり、勢いを増して穂先はワルプルギスの夜を狙った。

 

「あなたのことは一生忘れない。だからもう終わりにしよう。この悲しい物語にさ!」

 

 さやかは剣を幾つも召喚して、杏子の槍の周りを覆うように放つ。

 一本一本の威力は弱いが、それでも数が物凄い多いため、全てが合わされば杏子の槍にも匹敵するぐらいの威力を持っていた。

 

「これで終わりにしてやる!」

 

 最後にジェフリーが放ったのは自身の最強の魔法と言ってもよい技。

 右腕を改魔のフォークで切り裂くと、自分の生命力の源とも言える血液を全て攻撃のためのエネルギーと変換していく。

 血液は巨大な四本の剣へと変わり、魔法少女たちが放った攻撃たちの四方を囲んで放たれる。

 自身の最後で最強の供物とも言える『右腕の血』は多くの魂を受け継いだ呪われし物。

 故に威力も抜群な物であるが、自分の生命力と引き換えにしているため、使う側も場を見極めなければいけない魔法。

 リブロムの涙を使っても失った血まで戻すことは出来ない。

 最後の最後に放った強力な魔法達はワルプルギスの夜を襲い、そして全ての魔法が着弾する。

 

「アハハ……アハ……ハ……」

 

 辺りが轟音と爆風、そして黒煙で包まれるとワルプルギスの夜は落下していく。

 地面に超ド級の魔女が落下していくと辺りに轟音が響き渡る。

 動かなくなったワルプルギスの夜を見て、ほむらは心眼で魔女の様子を見る。

 その眼に魔女の姿はなく、既に生命体として事切れていると予想が出来た。

 

「やったの?」

 

 何度ループを繰り返しても倒せなかった魔女が倒せたことが信じられず、ほむらは一歩ずつ前へと踏み出して今のこの状況が真実なのかを確かめようとする。

 他の面々も前へと一歩ずつ進む。心眼が使えるマミ以外の面々は注意深くワルプルギスの夜を観察し続ける。だが心眼には何も映らず勝利したと思えられた。

 

「やった! ついにやったわ!」

 

 歓喜の声を上げて両手を上げて喜ぶほむら。

 満面の笑みを浮かべてはしゃぐその姿は年相応の子供のように見えた。

 全員が戦いが終わったことに安堵の表情を浮かべていて、曇天の空の下で頼りない笑顔を浮かべていた。

 疲れを解消しようと魔法少女たちはグリーフシードで穢れを取る。

 ほむらのソウルジェムも大分穢れているので、解消した方がいいのではと判断して、ジェフリーがすり寄る。

 

「ほむら、お前のソウルジェムも……危ない!」

 

 ジェフリーがほむらに近づこうとした瞬間、ワルプルギスの夜から真紅の光が発せられる。

 ジェフリーはほむらの元まで隼の翼を使って一気に距離を詰めよると、彼女を突き飛ばしてその真紅の光を体で受け止める。

 直前になって攻撃をかわそうとするが。それでも咄嗟のことですべての攻撃をかわしきることは出来ず、右の下腹部からは勢いよく鮮血が流れ、臓物がはみ出ている状態。

 慌ててジェフリーは癒しの花を発動させようとしたが魔法が間に合わない。

 

「ジェフリーさん!」

 

 慌ててさやかがジェフリーの元に駆け寄ろうとした時だった。

 うつ伏せになったワルプルギスの夜は頭だけを起こして立ち上がると同時に、地上に向かって真紅の光を放つ。

 一同は散って攻撃をかわし、意識を失っているジェフリーはほむらに抱え上げられた状態で飛ぶ。

 障害物がなくなったのを見ると、ワルプルギスの夜は起き上がる。

 ただし頭を上に、歯車を下にした正位置になって浮上し、ワルプルギスの夜は100%の力を発揮して魔法少女たちに襲いかかろうとする。

 ワルプルギスの夜は大きな魔法陣に包まれると、再び周囲の景色は赤く染まり、再び激しい風雨が巻き起こった。

 

「ゴメンなさい! 一旦離れるわ!」

 

 ほむらは呼吸をしていないジェフリーを抱え上げて、その場から去る。

 時間停止を先程の結界内で全て使いきったほむらは戦力にならないと判断してのことだろう。

 ほむらはジェフリーを市街地から少し離れた場まで連れていくと、彼を仰向けにして寝かせる。

 

「ジェフリー……」

 

 動かなくなって息も絶え絶えになっている魔法使いを見て、ほむらは悲しげな声を上げる。

 初めは藁にも縋る思いで呼び出した駒程度にしか思っていない存在だった。

 だが彼はほむらの予想以上の働きを示してくれた。

 マミを助け、杏子に信念を取り戻させ、何度も魔女になっていくさやかをも魔女から救い、彼女を立派な戦力にまで進化させてくれた。

 

「そして私もあなたによって救われたわ……」

 

 ほむらもまた彼のおかげで心を救われた。

 まどかしか見ていなかった自分だが、摩耗しきっていた心をジェフリーは優しく包み込んでくれた。

 結果として、マミ、杏子、さやかとも友人関係を築くことが出来た。

 

「あなたとなら本当の意味で奇跡は起こる。そう思っていたんだけどね……」

 

 あまりに呆気なさすぎる結末を残念に思っていたが、終わる時はいつだってこんな物。

 それは少女の過去のループの経験から分かること。

 これが最後の物語と決めた。マミたちの様子を見ると襲ってくる攻撃に対応するだけで精一杯であり、じり貧の状態になっていた。

 

「行ってくるわ……」

 

 ほむらはフラフラと幽鬼のような状態になりながらも、ワルプルギスの夜へと立ち向かおうとする。

 これが最後の物語と決めた。ほむらの選択肢の中には今までなかった物があった。

 自爆の特攻と言う物が。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 見滝原の避難所、窓際でまどかはジッと街の様子を見続けていた。

 ワルプルギスの夜の姿はまどかに目視することは出来ない。

 だが未だに治まらない嵐を見る限り、今でもジェフリーたちは戦い続けていることが分かった。

 今のまどかには祈ることしか出来ず、その場で指を絡めて嵐に向かって祈りを捧げたが、そんな時に一つの声が響く。

 

「そんなことをして何になるって言うんだい?」

「キュゥべえ……」

 

 現れたのはキュゥべえ、ワルプルギスの夜とジェフリーたちの戦いを間近で見てきたキュゥべえは現状を正確に彼女へと伝える。

 

「君達がジェフリーと呼んでいる個体が倒れた。ワルプルギスの夜の討伐はほぼ不可能と言ってもいい」

「ジェフリーさんが⁉」

 

 一番最初にジェフリーが倒れたことに驚きを隠せないまどか。

 その隙を見逃さず、キュゥべえは一気に畳みこもうとする。

 

「それなのに君はまだそれでも何にもせずに、そうして無責任に祈りを捧げることで現実逃避をすると言うのかい? このまま行けば、皆はワルプルギスの夜に勝てないことから絶望して魔女になるか、総倒れになるかのどちらかだよ」

 

 キュゥべえは今まで通り言葉巧みにまどかを追いつめるが、まどかは相手にすることなく再び祈りを捧げようとする。

 ここしかチャンスが無いと踏んだキュゥべえは立て続けに話を進める。

 

「君は変えたくなのかい? この悲しみと憎しみを繰り返すだけの愚かな世界を? 皆にもっと自分らしく自由に生きてもらいたいと思わないのかい?」

「……るさい」

「暁美ほむらから全ては聞かされたのだろう? 因果の特異点たる今の君ならどんな途方もない願いも叶えられるだろう。だからボクと契約して魔法少女になって君の望む世界を作り上げるんだ」

「うるさ――い!」

 

 突然の怒鳴り声に、キュゥべえの体は後方に転倒してしまう。

 まどかは突然立ち上がって涙目でキュゥべえを睨みながら怒鳴りつける。

 

「そんな無責任でワガママなこと出来るわけないじゃない! お前の目的は知っているわよインキュベーター! 仮に私が世界を改変出来るような願いを願ったとしても、それは所詮お前の手のひらでの力。お前の言いように転がされるのは目に見えてるのよ!」

 

 まどかは目から涙を流しながらキュゥべえに怒りの丈をぶつける。

 本当は今すぐにでも契約して皆を助けたい。

 だがジェフリーと、皆とまどかは約束をした。

 信じて待っていてほしいと、ここで契約をすれば今までのほむらの、そしてジェフリーの努力が全て無駄になってしまう。

 自分が原因でメイジーやマーリンのような悲しすぎる物語の主人公を出すわけにいかない。

 その想いだけがまどかを踏みとどませる理由となっていた。

 

「そうよ。インキュベーター、いつまでもお前の思い通りに行くと思ったら大間違いよ」

 

 その場にまどかの物ではない女性の声が響く。

 声の方向をキュゥべえが見ると、人魂のメイジーが実体化してキュゥべえの前に姿を現していた。

 

「驚いたな。魂だけの存在が実体化するなんて……」

「ジェフリーに言われたのよ。まどかが寂しがるといけないから付いてあげろってね」

「メイジーさんは何度も何度も私に励ましの言葉をかけてくれた。お前と違って本当に心のこもった言葉をね」

 

 未だに怒りが収まらないまどかは口調が乱暴な物になっていた。

 そんなまどかを宥めるようにメイジーは前へと出て、キュゥべえを見下ろしながら話を進める。

 

「世界がアンタの物なんかじゃないわ。世界は人間の物よ、覚悟しなさいインキュベーター。この戦いが終わったら、私たちは必ずお前らに叛逆する存在となる」

「何の確証もないのに、よくそんな適当なことが言えたもんだね」

「適当なんて言うな! 魔法使いの皆は本当に皆頑張って、世界を人間の物にしたんだ!」

 

 『頑張る』などと言う陳腐な言葉でしか表現できないことをまどかは悔しく思い、怒りに身を震わせながら目からは涙が零れ落ちる。

 メイジーはそんなまどかを優しく後ろから抱きしめながら、キュゥべえを手で追いやる。

 これ以上の話し合いは無駄だと判断したキュゥべえはその場から立ち去ろうとする。

 

「契約をしたければ、いつでも呼んでほしい。待っているよ」

 

 そこには潔さも何もなく、未練ばかりが感じられる物言いをしてキュゥべえは去っていく。

 まどかはさめざめと泣き続けていたが、メイジーの抱擁に助けられて再び祈りを捧げようとするが、彼女は突然消えてなくなる。

 

「メイジーさん?」

 

 消えたメイジーに不安を覚えるまどかだったが、代わりに別の二本の腕が彼女を包みこんだ。

 

「悪いな。覗き見をするつもりはなかったんだが立派だったぞまどか。流石は私の娘だ」

「ママ⁉」

 

 後ろからまどかを抱きしめていたのは、彼女の母親である鹿目絢子だった。

 思えば母親にも心配ばかりをかけていたことから、まどかの中で一気に罪悪感が襲ってくる。

 だがそんなまどかに対しても絢子は何も言わずに、優しく彼女を抱きしめるだけだった。

 

「私にはお前が抱えている問題は分からない。何か常識では理解出来ないような凄まじいことに巻き込まれたんだろお前は?」

 

 絢子の問いかけに対してまどかは何も言い返すことが出来ず、ただ黙って頷くだけ。

 不安そうに怯えている娘を母は強く強く抱きしめ、彼女の中の不安を全て取り除こうとする。

 

「だがこれだけは覚えてくれ。何があっても家族は絶対にまどかを見捨てたりしない。だからまどかも私たちを見捨てるような真似はするな。いつだってまどかを待ってくれている人は居るんだからな」

 

 無意識の内に言った絢子の言葉がまどかの胸に突き刺さる。

 そしてまどかはそのままさめざめと泣き出す。自分はこんなにも愛されている家族を捨てて、身勝手な行動に走り、家族たちを悲劇の物語のキャラクターに当てはめようとしたことを反省し、ひたすら涙を流し続けていた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 謝り続けるまどかを絢子はひたすら優しく、そして力強く抱きしめ続けていた。

 未だに外は嵐が止まない状況だったが、まどかは信じていた。

 止まない嵐などない、人間はこんなことで屈しないと。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 何もない真っ暗な空間でジェフリーは一人大の字になって倒れこんでいた。

 体を動かそうとしても連結がうまくいかず空回りするばかり。

 こうなった直前の記憶もある。

 ほむらを庇ってワルプルギスの夜の閃光に体を貫かれて自分は今でくの坊になっていることを。

 

(まさかメイジーと同じ結末を俺が辿るとはな……)

 

 彼女はセルト神が放った雷によって体を両断され、自分はワルプルギスの夜が放つ閃光によって死んでいこうとしている。

 意識が混濁しているのを感じる。あとはこのまま流されて死と言う現実を受け入れるのみ。

 そしてジェフリーは現実を受け入れようとする

 

(大丈夫だ。俺が死んでも必ず、他の誰かが物語の続きを紡いでくれる……)

「ふざけるな!」

 

 そこにどこかで聞いたような怒鳴り声が響く。

 瞬間辺りが虹色の光で包まれ、何事かと思いジェフリーは目を開ける。

 そこに居たのは半透明の人影。誰かは分からないがみょうに懐かしく感じられる存在と、もっと近くで語り合いたい。そう思ったジェフリーは体を起こそうとすると、これまで全く上手く行かなかった肉体と精神の連結が成功し、ジェフリーは上半身だけを起こし、座った状態で人影と接する。

 

「そんな無責任な事でよく俺の名を語って生きるなんて言えたもんだな? 俺は諦めなかったぞ。あの馬鹿野郎を止めてくれる奴が現れるまで、何年も何年も待ち続けたぞ」

「まさかリブロムなのか?」

 

 ジェフリーの問いかけに人影は小さく首を縦に振る。

 生贄に捧げたリブロムと再び話が出来るとは思わず、ジェフリーは体を起こそうとするが下半身と精神の連結はまだうまく行かずによろめくばかりだった。

 

「そうだよ。テメェは牢屋の中に行た時から、どうしようもないグータラだったな。俺を読んでいる時以外はずっと寝ていてよ。さっさと起きろ、お前を待っている人は居るんだろ?」

「だがどうやって……」

「選択肢は人に教えてもらう物ではない。自分で作る物だぞ」

 

 ジェフリーの隣からまたも懐かしい声が響く。

 ジェフリーが右を向くと、そこに居たのは顔の右半分が老人と化した異質な青年。そして自分にとって最も大切なパートナーと言えるマーリンだった。

 

「マーリン……」

「ここはお前の精神の世界だ。私と会えても不思議ではないだろう? だが今お前がすべきことはここで私と語り合うことか?」

 

 マーリンは厳しくも優しく言い放つとリブロムと並んで、ジェフリーを見下ろしながら話を続ける。

 

「お前は私のようにはならない。その決心があったからこそ、私の最高の相棒の名を語って生きる事を選んだのだろう。私の相棒はこんなことで屈したりはしないぞ」

「そうだ。これ以上駄々をこねるようなら私がお前を殺すぞ」

 

 物騒な事を言う女性の声が響き、ジェフリーは奥の方を見る。

 ゆっくりとこちらに向かって合流していくのは黒い法衣に身を包んだ美女だった。

 彼女はもはや自分にとっても大切な相棒、本の中でしか会えなかった存在に対してジェフリーは涙ながらに手を伸ばして彼女に触れようとする。

 

「ニミュエ……」

 

 手を伸ばそうとするジェフリーに対して、ニミュエは手を突き出してそれを制する。

 動きが止まったのを見るとニミュエは語り出す。

 

「自分を見失う真似をするな。そんなことでは私のようになってしまうぞ。お前はお前の物語を紡げアーサー・カムラン。記憶はジェフリー・リブロムの物でも未来は分からないだろ?」

「そうよ。あなたの未来はあなただけの物よ!」

 

 そこに空中から声が聞こえる。

 メイジーは慌ててこちらに来たのだろうか、幽霊であるにも関わらず息を切らせながらジェフリーの隣に座るとその手をジェフリーの手と重ね合わせる。

 

「お前何で、俺の右腕の中に……」

「やってみたら出来た!」

 

 堂々と言うメイジーに対して何も言い返すことが出来ず、ジェフリーは彼女の言葉を黙って聞く。

 

「あなたのことを待っている少女が五人も居るんでしょ? 女の子待たせちゃダメだよ。私のような悲劇のストーリーの主人公にしないためにも、もう一度だけ立ち上がって!」

 

 メイジーの叫びを聞き、ジェフリーの中で何かが蘇る感覚が思い出される。

 青白い聖なる気を発しながら立ち上がると、その場に居た霊体の面々はモヤとなって消えた。

 一歩一歩歩んだ先にあったのはリブロムを模した扉。

 巨大なリブロムに圧倒されながらも、ジェフリーは扉を開き進んでいく。

 自分が帰るべき場所へ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 目を覚ました先にあったのは豪雨の中で戦い続ける魔法少女たちの姿。

 全員必死に応戦してはいるのだが、ワルプルギスの夜の力の前に圧倒されるばかりであり、事態はじり貧の状態になっていた。

 ジェフリーは起き上がり、フラフラとした足取りで彼女たちの元へ向かう。

 使っている供物も限界が近いため、リブロムの涙で回復させようとした時だった。

 彼女たちが一か所に集まって何かをやろうとしているのよジェフリーは見逃さなかった。

 

「悪いわね。皆付き合わせちゃって……」

 

 ほむらは開口一番に謝罪をするが、杏子は彼女の額を軽く小突いで黙らせる。

 

「いいんだよ。元々は捨てた命だ、これでまどかがこの世界の皆が救われれば安いもんだよ。アタシは愛と正義の魔法少女だからな」

 

 杏子に促され、さやかとマミも語ろうとする。

 各々のソウルジェムは既に真っ黒に濁り切っていて、もう少しで魔女になる手前。

 ソウルジェムのないさやかでも感覚で理解している。自分の人としての限界が近いことを。

 既にグリーフシードもリブロムの涙も使いきった。彼女たちに残された選択肢は一つしかなかった。

 

「私も杏子と同じ気持ち、もう一回魔女になるぐらいなら自爆特攻でワルプルギスを倒せるなら安いもんだよ。それでこの大好きな街を守れるならね」

「人として死ねるなら、天国のパパとママも私を出迎えてくれるよね? それだったらいいわ」

 

 想いは皆一つだった。

 全員が覚悟を決めて、自分の中の魔力を一気に暴発させて、生きた爆弾になって突っ込もうとしていた。

 代表してほむらが先に突っ込もうと飛び立つ。

 

「まどか、あなたを守れるなら。この命捧げるわ、だからどうか幸せに……」

「ふざけるな!」

 

 男の怒鳴り声が響くと同時に、天から雨のようにリブロムの涙が降り注がれる。

 突然のことにほむらもその場で尻もちをついてしまい自爆特攻は失敗に終わり、一同の穢れはリブロムの涙によって浄化された。

 全員が唖然となっていたが、未だに攻撃を食らわせようとしているワルプルギスの夜の前に現れたのはジェフリーだった。

 ジェフリーは少女たちに背を向けたまま怒鳴り散らす。

 

「お前ら、もうまどかとの約束を忘れたのか⁉ 自分たちを信じろってな。俺達が人の強さを示さないと、アイツは第二のロムルス神になるかもしれないんだぞ!」

「でも本気を出したワルプルギスの夜の実力は未知数……」

「だからどうした⁉」

 

 ほむらがループを繰り返したせいで因果律の関係から、ワルプルギスの夜はループを繰り返すたびに強くなる。

 だがそれでも魔法少女が数人居れば勝てる相手なのだが、それは逆位置の本来の実力を出してない状態で倒した場合。

 正位置での本来の実力を発揮したワルプルギスの夜との戦闘は、ほむらに取っても未知の領域だったが、ジェフリーは変わらずワルプルギスの夜を睨みながら怒鳴りつける。

 

「相棒だって永劫回帰の中で力を蓄え続けた結果、神の叛逆に成功した! 今度は俺が叛逆する番だ。それが俺ジェフリー、いや……」

 

 ジェフリーの全身が炎で包まれる。

 それはほむらが以前に見た皮膚を代償にしての禁術サラマンダー。

 ほむら以外の面々はジェフリーが何をしようとしているのか分からず困った顔を浮かべるが、ジェフリーは気にせず全身の皮膚を生贄に捧げると、空へ炎の鬼が現れる。

 炎の鬼は上空のワルプルギスを地面に突っ伏させると、魔女の全身を炎で包みこんだ。

 全身が大火傷で覆われているため、ジェフリーのダメージは相当な物のはずだが、ジェフリーに苦痛の表情はなかった。

 彼の脳裏に思い浮かばれる光景は一つだけだった。

 ゴッドドラゴンによって世界が牛耳られていく中、絶望した人々は次々と聖杯に願って、その姿を魔物へと変換させていく。

 結果、全ての魔物を救済するを信念としたサンクチュアリには自然と生き残った人々が集まり、サンクチュアリは人々の最後の希望になった記憶。

 どうしてこんな記憶が自分の中にあるのかは分からないが、ジェフリーは自分を信じて叫んだ。

 

「全ての因果に決着を付ける。それが俺、アーサー・カムランの役目だ!」




人が人である限り因果は生まれる。だが因果に決着を付けるのも人の役目。

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