魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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我々は神に叛逆する。世界は神の物ではない、世界は人の物だから。


第二十九話 ある魔法少女の物語

 その少女は生まれつき心臓の血管が細く、治療のためあちこちの学校と病院を転々としていた。

 その為少女は人同士のコミュニケーション能力が極端に欠如し、友達さえまともに作ることが出来ないでいた。

 それは中学二年生の時、見滝原に入学した時も同じこと。

 挨拶一つまともに出来ず、学校の授業も何一つついていくことが出来ず、少女は絶望に苛まれるばかり。

 そんな時、少女の前に一筋の希望が現れる。

 転校生の宿命なのだろう質問攻めにあって困っている時、少女は手を差し伸べてくれた。

 名は『鹿目まどか』彼女は少女のコンプレックスである『ほむら』と言う名前さえ、格好良いと称し、彼女にとっては眩しすぎる存在だった。

 だがそれだけで人は変わらない。絶望に苛まれている少女は魔女の結界へと引き込まれてしまう。

 その時に助けに現れた存在に、少女は驚愕の色を隠せなかった。

 そこに居たのはピンク色の法衣に身を包んだ鹿目まどかと、黄色い法衣に身を包んだ巴マミ。

 そこで魔法少女の存在を知り、まどかと更なる交友を重ねた少女は彼女に強い憧れの念を抱いた。

 だが穏やかな時間は長くは続かなかった。ワルプルギスの夜の来襲により、まどかは死んだマミの分まで戦い抜き、自分の命と引き換えに見滝原を守った。

 少女は激しく絶望し泣きじゃくった。何の価値もない自分が生き残り、まどかが死んだことに。まどかを助けられない自分に何の意味もないとひたすら自分を責め続けた。

 その時キュゥべえが現れ、少女に囁く。魔法少女の契約を持ちかけてきた。

 悪魔にすがってでも、まどかを救いたかった少女は願いを告げた。

『鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私ではなく、彼女を守れる私になりたい』

 

 

 

 

 

 自分の魔法少女としての始まりをほむらは皆に告げた。

 ほむらは恐る恐る皆の様子を見る。今までは自分が別次元から現れた存在だと訴えても、一蹴されたからだ。

 ジェフリー以外の面子は皆面食らった様子ではあるが、ほむらの話を信じようと必死に付いていこうとしていて、ジェフリーもまた話の続きを待っていた。

 

「こんな荒唐無稽な話を信じるっていうのあなた達?」

「バカヤロウ。アタシたちは魔法少女だぞ。その願いが叶えられれば、お前がロムルス神のような能力を得られるのも分かるよ。いいからサッサと話を続けろ」

 

 杏子に促され、ほむらは話を続ける。

 

 

 

 

 

 

 魔法少女となったほむら。まどか、マミと共に三人でワルプルギスの夜に挑み、マミは戦死してしまったが、どうにかまどかだけは守りきることが出来た。そこでほむらの願いは叶うはずだった。

 しかし現実は非情であった。

 真っ黒に汚れきったまどかのソウルジェムが砕かれ、中から現れたのは救済の魔女『Kriemhild Gretchen』その魔女はワルプルギスの夜を凌駕し、瞬く間に地球上すべての命を吸い尽くした。彼女の作り出した新しい天国へと全ての命を導くために。

 そこで魔法少女のシステムを知ったほむらは、再び時間逆行を行い、皆に知らせることを選ぶ。魔法少女全員がキュゥべえに騙されていることを。

 だが魔法少女のシステムをすべて理解している訳ではなく、コミュニケーション能力の低いほむらの言うことを信じる者は居なかった。

 ほむらに取っては馴染みのある人たちでも、その時間軸の彼女たちにとって少女は突然現れた転校生でしかない。そんな人間の話を信じる方が無理な話だ。

 だがそれでもまどかだけはほむらと共に戦い続けたが、それでもまどかは倒れてしまう。

 そしてまどかは時間逆行能力を持つほむらに願った。

「キュゥべえに騙される前、バカなわたしを……助けてあげて……くれないかな…?」

 この言葉は少女の胸に深く突き刺さり、決意を固めた。

 そして魔女になりたくないと願うまどかのため、悲痛な覚悟を持ってほむらは銃の引き金を引き彼女のソウルジェムを打ち砕いた。

 少女の目の涙が乾ききり、三つ編みを解き、眼鏡を外し、能面のような無表情な顔を浮かべると、ほむらは決心を固めた。

 誰も……未来を信じない……誰も、未来を受け止められない……だったら、私は、もう誰にも頼らないと。

 

 

 

 

 

「後はひたすら失敗の繰り返しだったわ。何度もワルプルギスの夜に挑んだけど、ことごとく敗北し、その度にまどかは私を救うために魔法少女になって、膨大な魔力を制御しきれず『Kriemhild Gretchen』に姿を変えたわ」

「他の時間軸で私たちはどうなったの?」

 

 マミの質問に対してほむらは淡々と答える。

 大体の時間軸で魔女に殺されたり、魔女になったり、心中をしたりと、ほとんどがワルプルギスの夜の前に脱落してしまう。

 かいつまんで話を伝えるほむらを見て、自分たちが彼女のトラウマを何度も繰り返したことに一同は強い罪悪感を覚えた。

 

「ゴメンなさい……」

 

 反射的にマミは謝るが、謝罪に対してほむらは手を差し出して止める。

 

「この時間軸の巴さんと、いつか経験した時間軸の巴マミは全くの別人よ。だからそんなことはしないで、私だって心苦しいから」

「ほむら……」

 

 その発言はほむらに取っても成長の現れだった。

 彼女のことを盲目的にまどかのことしか頭にない存在だと思っていたさやかは、彼女の行動に驚きの声を隠せなかった。

 ほむらが辿ってきた地獄のような日々を理解すると、まどかの堤防は再び決壊してその場で泣き崩れてしまう。

 

「だからほむらちゃん私を魔法少女にしようとしなかったんだね……それなのに私……」

 

 一時期はほむらの事を嫌いにもなりかけたまどかは、自分のしてきたことの浅はかさと彼女を理解出来ない愚かな自分に後悔してさめざめと泣き続けた。

 そんな彼女に対してほむらは寄り添って肩を抱こうとしたが、まどかは突然立ち上がってジェフリーの胸に飛び込むと泣きながら彼に意見を求めた。

 

「ジェフリーさん……私どうしたらいいんですか?」

「言っている意味が分からないな」

 

 何かにすがりたいと言う想いで一杯のまどかに対して、ジェフリーの返す言葉は冷淡ささえ感じられるほど淡々とした物だった。

 だがまどかは変わらず泣きじゃくりながら、ジェフリーに意見を求める。

 

「私が魔法少女になったら、皆が不幸になっちゃうんでしょ? 私は私の魔力をコントロール出来なくて……」

「そうらしいな」

「でも……私、私に出来ることがあるなら変えたい! 魔女になった皆を救いたい!」

 

 まどかの訴えに対して、ほむらはいち早く行動を起こす。

 何度も何度も繰り返した経験なので、反射的な物になっていてほむらは彼女の元に寄り添い、まどかが何をしようとするのか話しかける。

 

「魔女になった皆って……巴さんも、杏子も、さやかも皆生きているでしょう?」

「でも過去の魔法少女たちは絶望しか心にない状態で死んでいった。キュゥべえが居る限り、これから先魔法少女は生まれ続ける」

 

 それはほむらに取って一番厄介な事態と言えた。

 鹿目まどかの長所であり短所である部分。それは人の痛みが分かりすぎると言う事だ。

 それが原因で何度も彼女が魔女になっていく様を見てきたほむらは、彼女が何をしようとしているのか聞き出そうとする。

 

「それで何をしようって言うの? 『この世からキュゥべえが居なくなりますように』とでも願うの?」

「それじゃ、過去の魔法少女たちは浮かばれないよ。だからもし願うとするなら……」

「そこまでだ」

 

 まどかが自分の願いを口に出そうとした瞬間、ジェフリーはまどかを突き飛ばす。

 ジェフリーの胸から離れたまどかはそのまま地面へと落下しようとしてしまうが、それをほむらが受け止めると、彼女はジェフリーを睨んだ。

 

「怒りを俺にぶつけるのはお門違いって話だ。今の話をキュゥべえが聞いて、これで契約成立ってなったらどうなるんだよ?」

「いやそこまで理不尽じゃないと思うけどな……」

 

 行き過ぎた心配に対してさやかが突っ込みを入れるが、ジェフリーは変わらず冷たい目でまどかを見下ろすだけだった。

 ほむらに体を起こされると、まどかは自分の仮の願いを言おうとする。

 

「それは全てを理解した上での願いなの?」

「うん」

「分かったわ、IFの話ということにしておいて言ってちょうだい。何を願うつもりなの?」

 

 ほむらに促されて、まどかは考えた末の自分の願いを伝える。

 

「私が実行しようとしている願い。それは全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。これにしようと思ってるの」

 

 あまりに壮絶すぎる願いにほむらは絶句した。

 全ての時間軸に干渉する願いなので、当然まどかの肉体はここには存在しなくなるだろう。

 だがまどかの顔を見れば、流されてこの結論に行き着いたと言う訳ではなく、考えに考えた末での答えだという事は分かる。

 何の変化も起こらないことから、キュゥべえがいないのは分かるが、その場を不気味な静寂が包みこんでいた。

 

「……ざけんじゃねぇぞ」

 

 静まり返った場に穏やかじゃない声が響く。

 全員が声の方向を見ると、そこには俯いて体を怒りによって震わせている杏子の姿があった。

 

「ふざけんじゃねええええええええええええ!」

 

 突然杏子はガラスのテーブルを両手で勢いよく叩くと、立ち上がってまどかの元へと向かい、彼女の肩を思い切り掴んで自分の方を向けさせた。

 

「お前な! ジェフリーの話聞いてなかったのか、ロムルス神とセルト神のワガママのせいでこいつの世界の人間は永劫回帰なんてクソみたいなもんに巻き込まれて、ジェフリーは大切な相棒を何回も何回も殺す破目になったんだぞ! お前は今ロムルス神と同じことをやろうとしているんだぞ!」

 

 瞳孔が開いた状態でまくしたてるように叫ぶ杏子を見て、まどかは涙目になりながら圧倒されていた。

 助け船を出そうとほむらが話に入る。

 

「それは私よ。私が無能だったばかりに多くのあなた達を殺してしまって……」

「だあってろ! ほむら!」

 

 ほむらの意見もろくに聞かずに杏子は彼女を突き飛ばして話を遮る。

 地面に突っ伏した状態でほむらは、杏子の叫びを聞くことになる。

 

「それにな。勝手に魔法少女を可哀想な存在に組み込む考えも気に入らねぇ! 確かに魔女にはなる運命かもしれないけどな。だからと言って全員が全員可哀想だって言えるのか⁉ お前アタシを見て可哀想だって言えるのか⁉」

 

 何度も何度も必死になって叫ぶ杏子に対して、まどかは何も言えず怒り狂いながらも目に涙を浮かべている彼女をジッと見つめることしか出来なかった。

 完全に固まったまどかを見ると杏子は彼女を地面に突き飛ばす。

 地面に激突しそうになったところをほむらが受け止めると、二人は並んで杏子の語りを聞くことになる。

 

「確かにアタシは自分のワガママで家族をメチャクチャにして、その結果多くの人たちに迷惑かけることになっちまったよ。さやかが魔女になった時はアタシは不幸だって本気で思ってた。一緒に死のうと思ったぐらいにな」

 

 杏子の件に関してはマミから聞かされているが、当事者からすればその傷は語りたくもない物だろうとまどかは思っていたが、彼女の心情に構わず杏子は話を進める。

 

「でもこんなどうしようもないアタシに手を差し伸べてくれる奴はいたよ。メイジーはアタシを叱ってくれたし、ジェフリーはさやかを元に戻してくれるだけじゃなくて、アイツの心も救ってくれた。でもな……」

 

 一呼吸置いてから、改めて杏子は眼下のまどかを睨みつける。

 

「だがそれはこいつらに力があったからじゃない。二人ともアタシやさやかを可哀想な存在としてでない、佐倉杏子、美樹さやかと言う個として見てくれていたから、アタシはこの二人を慕うようになったんだよ……だがお前がやろうとしていることはこいつらとは違う!」

 

 眼下のまどかを指さすと、杏子は思いの丈をぶつける。

 

「お前がやろうとしてるのはただ可哀想だから、それだけの理由で手を差し伸べる優越感に浸っているだけの無責任な行動だよ! 人ってのはやったことに対して責任を負わなきゃいけないんだよ!」

 

 それは多くの罪を重ねてきた杏子が言うと思い台詞。

 無責任と言われ、まどかの表情は暗く曇った物に変わるが、杏子は容赦せずに話を続ける。

 

「マミの元を離れてから、アタシは悪いことメチャクチャやったよ。強盗、万引き、窃盗とやりたい放題やってきた。でもアタシを法で裁くことは出来ない。アタシが出来る唯一の贖罪は自分で反省してこれから先、恥ずかしくない生き方をするだけだ。それすらお前は奪い取ろうって言うのか、お前のヒーローごっこにアタシは付き合わなきゃいけないのか⁉」

 

 自分で言っていて感情が高まったのか、杏子の目には涙が浮かび、その涙は零れ落ちた。

 涙を流しながらも怒りは治まらず、立て続けに杏子は思いの丈を叫ぶ。

 

「魔法少女は可哀想な存在なんかじゃない! 悲劇で終わったとしても、それがそいつの物語なんだよ! アタシたちに出来ることはその悲劇を繰り返さないだけだ。物語を勝手にリセットして改ざんする。そんなのアタシが許さない! そいつの物語はそいつだけの物語なんだよ!」

 

 言いたいことを全て言い終えても、杏子の怒りは治まらなかった。

 荒い息遣いで涙目になりながらも、まどかを睨んでいた。

 その怒りに怯え、まどかは杏子と目を合わせることも出来なかったが、続けて別の声がその場に響く。

 

「佐倉さんの言う通りよ鹿目さん。私もそんなのは許さないわ」

 

 マミはその場から動かないでいたが、厳しい目でまどかを見つめながら、ゆっくりと語り出す。

 

「私はかつて身勝手で子供じみて、その癖お姉さん振るのだけは上手な甘えた娘だったわ。そんな事だから二度死ぬ可能性があったわ」

 

 その言葉でまどかの中で苦い記憶がフラッシュバックしていく。

 一回目はお菓子の魔女との戦い、二回目は錯乱して杏子たちに銃を向けた時。

 どちらもマミが死んでもおかしくない状況だったが、彼女は今こうして生きている。

 生の実感をありがたく思いながら、マミはゆっくりと語り出す。

 

「でもそんな私を彼は二度も助けてくれたわ。ジェフリーさんは私を叱り、私を導き、私に考えることを与えてくれたわ。ただ死にたくないなんて身勝手な理由で契約した子供のような私をね」

 

 そう言って寂しそうに笑うマミ。

 だがそれは前へと進むために自分を嘲笑するような物だとまどかは感じ、今までの儚さだけが伝わるそれとは違う物を感じていた。

 

「だからね鹿目さん、私にもう一回だけチャンスを与えてほしいの。今度こそあなたの尊敬の対象になるような愛と正義の魔法少女に私はなってみせるわ。定説を覆す存在になるよう頑張るから、馬鹿な気は起こさないで、あなたが見ててくれないと私頑張れないもの、誰に紅茶を入れればいいの?」

 

 マミは口調こそ穏やかなものの、まどかの決断に対して否定の異を唱えているのは明らかだった。

 彼女の心情を考えると、まどかの目には再び涙が溜まり出すが、彼女に泣くことを許さなかったのは、また別の声だった。

 

「そっか……私まだまどかに心配ばかりかけてるバカなアタシだったんだね」

 

 声の主はさやか。

 まどかがさやかの方を見ると、彼女は悲しげな目を浮かべながら俯いていた。

 

「アタシ成長したつもりだったんだけどね。やっぱりアタシまだ、まどかにそんな風に心配ばっかりかけちゃうダメなアタシだったんだね……」

「そんな! さやかちゃん、私は!」

 

 反論しようとするまどかをほむらは止めて、さやかに話す機会を与えると静かに頷く。

 ほむらの意に対して、さやかは小さく「ありがとう」とだけ言うと、続きを話し出す。

 

「だったら! だったら自分が全てを救うなんて言わないでよ! まどかのしようとしていることって歴史の改ざんだよ! 起こっちゃったことは起こっちゃったことで受け止めないとダメなんだよ。それが辛くても! 苦しくても!」

 

 それは長年思い続けてきた想い人を諦めることになったさやかが言うと重みのある言葉だった。

 恭介のことをさやかがどれだけ大切に思っているか、それが分かっているまどかに取っても響く言葉であり、何も言い返すことが出来なかった。

 そして歴史の改ざんと言う言葉が大きく響く。

 人の歴史は多くが悲しみに満ちた物。

 その多くの悲しみを乗り越え、今の穏やかな生活がある。

 中学生のまどかに取っては難しい話ではあるが、今ならどこかで聞いたことがあるようなその言葉の意味が分かる気がした。

 最後にさやかは涙ながらに語る。

 

「ねぇまどか。アタシもっと頑張るから、この悲しみを繰り返さないように一人でも多くの魔女を救済するから! だから、馬鹿な真似しないで! アタシ、まどかがそこに居ないなんて耐えられないよ! まどかが居なくなったら、誰がアタシを出迎えてくれるって言うのよ⁉」

 

 そう叫ぶとさやかの堤防は決壊した。

 喧嘩をしてさやかを泣かせたことは何度かあるが、今目の前で泣いているさやかを見て、まどかは今までの中で一番の罪悪感を覚えた。

 自分のワガママでこれだけの人を自分は傷つけたのかと。

 青ざめたまどかを見て、ほむらはその体を優しく抱きしめると諭すように語り出す。

 

「まどか……私は多くの時間軸であなたの死を見てきたわ。あなただけじゃない、巴さんも、杏子も、さやかも死んで行ったのを見てきたわ。正直に言うとね、今回ダメだったら全てを諦めようと思っていたのよ。でもそんな時だったわ偶然彼と出会うことが出来た」

 

 そうほむらが言うと同時に、ほむらの視線はジェフリーへと向けられ、まどかも同じように彼の顔を見た。

 相変わらずの仏頂面で遠くを見ているだけのジェフリーだが、その顔には頼りがいがあり、そのケロイドを負ったような右腕には何度も救われてきて、ほむらはジェフリーに対して軽く頷くと続けて話をする。

 

「彼は凄かったわ。三人を助けてくれただけじゃなく、こんな私も救ってくれたのよ。ループを繰り返す内にあなた以外の皆を見ないようにしていた私に思い出させてくれたのよ。人を信じることを、本当の勇気と言う物を……」

 

 それからほむらは語り出す。最後の物語にしようとしていたこの時間軸の物語を。

 今までは攻撃手段に関して、自衛隊や暴力団から武器を窃盗する日々が続き、それに関わった人たちは皆破滅的な末路を迎えた。

 だが今回はジェフリーの協力もあり、最初の一回だけで窃盗は終わり、結果として自衛隊の駐屯地の自衛官たちは今までは総辞職を余儀なくされていたが、今回は盗まれた武器の数も少ないこともあり、紛失と言う扱いになり、半年間の減給処分で済んだ。

 ここからほむらの中で罪悪感が蘇り出し、そこから多くの戦いを経てきた。

 ジェフリーとの戦いの中で自分がドンドン魔法使いに変化していくのを事細かに伝え、ワルプルギスの夜を前にまどかが契約せず、三人の魔法少女が揃っていることは奇跡だということを伝えた。

 全てが上手く行っている今だからこそほむらは賭けたかった。これが最後の戦いと決めたから。

 

「もう私は逃げない……約束するわまどか。ここで全てを決める。だから、だから……最後に私にあなたを守らせて」

「『私に』じゃないだろ」

 

 ジェフリーがそう言って指さした先に居たのは、マミ、杏子、さやかの三人。

 三人は並んでまどかとほむらに向かって微笑みかける。自分たちの気持ちは皆ほむらと同じだとアピールするかのように。

 

「かつての時間軸でお前の居場所はないかもしれない。だがこの時間軸では別だ、俺も力を貸す。それが俺がこの世界に呼ばれた理由だからな。まどか、お前の戦いはキュゥべえとの契約じゃない、俺たちを信じることだ。お前一人にしか出来ない孤独な戦いだが、お前なら出来るさ、自分から歴史の改ざんを食い止めることを選んだ強い少女、鹿目まどかならな」

「う……うわわ、わあああああああああああああああ!」

 

 優しく微笑みかけるジェフリーを見て、まどかの堤防は完全に決壊した。

 泣きじゃくるまどかをほむらは優しく抱きしめ続け、その様子を四人は彼女が落ち着くまで黙って見つめていた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 まどかは何度も何度も謝り続けていた。

 自分は神様にでもなろうとしている。それは歴史への冒涜だということ。

 その場に居る人間だけではなく、まどかは頭の中で何度も何度も謝り続けていた。

 自分の戦いから逃げる自分自身にも謝っていた。

 

(俺にもジェフリー・リブロムの記憶だけではなく、アーサー・カムラン個としての戦いと言うのがあったのか?)

 

 個を捨てようとしたまどかを救えたことに安堵をジェフリーは覚えていた。

 もし、まどかが個を捨てて歴史を改ざんすることを選ぼうとしていたのなら、メイジーと協力してそうなる前に彼女を幻惑世界に封じこめる選択肢もあったからだ。

 だが一つ問題が解決すると、新たな問題が現れる。

 今度はジェフリー自身が悩み出した。

 自分の記憶はジェフリー・リブロムの物語によって大部分が構築されている。アーサー・カムランとしての記憶は牢屋の中でマーリンの生贄にされるのを待っていた時のみ。

 だがそれ以前にもアーサー・カムランの物語はあったはずだ。

 その時の自分は何を想い、何のために戦っていたのか。

 セルト人である以上、魔法使いになるしかない。

 魔法使いアーサー・カムランは何を想い、どんな信念を持って戦いに挑んでいたのかと、ジェフリーは気になって止まらなくなっていた。

 そんなジェフリーを見て、人魂に戻ったメイジーは心の中でそっとつぶやく。

 

「例え記憶は仮初の物でも、あなたの心だけは想いだけは、あなただけの物よ……」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 テレビでは見滝原には大型の台風が接近し、付近住民には避難勧告が出されていた。

 大雨が降っている中をジェフリーはゆっくりと歩を進めていた。

 ほむらと一緒に出るように勧められたが、ジェフリーはあえてそれを断った。

 モチベーションを高めたかったと言うのが一番の理由だ。

 自分の記憶がジェフリー・リブロムの物語に書き替えられ、困惑しながらも大切な相棒を止めるため、マーリンに戦いを挑む前もこんな感じだった。

 その時の複雑な感情を思い出しながら、ジェフリーはゆっくりとほむら達が待つ決戦の場へと歩を進める。

 

「遅いわよ」

 

 そこにはジェフリーと共に歩むことを拒否して、多少不機嫌になっているほむらの他に、来るべき決戦に向けて既に魔法少女姿に変身しているマミ、杏子、さやかの姿があった。

 四人の輪の中に加わると、ジェフリーは台風の中心を見る。

 

「いよいよだな……」

「ええ、泣いても笑ってもこれが最後の物語。私はまどかを……皆を守り、私の夢を叶える! 皆と共に穏やかな日常を送ると言う夢を!」

 

 そこに居たのはただ鹿目まどかのことを盲目的に見ているだけの少女ではない。

 自分の決意を持って戦いに挑もうとしている金色の精神を持った魔法使いだった。

 周りの顔を見ると、ジェフリーが同じように好いた顔が並ぶ。

 頼もしい同行者たちの後押しを受けると、ジェフリーは空を睨む。

 その時、皆の視界がモノクロームに覆われる。映画のカウントダウンのような映像が流れ終えると、上空に超ド級の魔女が現れる。

 

「あれが……」

 

 その姿を見て杏子は絶句する。

 上下逆さまになったフランス人形のような魔女は、狂った笑い声を発しながらその巨大な体を青いドレスから出た一本の軸の様な足で固定され、巨大な一枚の歯車にくっついていた。

 ワルプルギスの夜は敵意を持った存在に気付くと、体を回転させて魔法少女たちを視界に収める。

 魔女は一際甲高い声をあげるとその体は円形の魔法陣に包まれ、周囲に無数の光点が出現し、それぞれから眩く輝く熱線が打ち出され、少女たちに攻撃を仕掛けた。

 それを受け止めたのは魔人に変身したジェフリー。同時に発動した巨大な氷細工の蓋で全ての炎の矢を受け止めると、魔法少女たちに檄を飛ばす。

 

「ここからはお前らの物語だ!」

 

 その言葉にいち早く反応したのはほむら。

 もう繰り返しを避けるためにも、ここで決めるそう覚悟を決めて攻撃が止んだのを見ると同時にいち早く飛び出す。

 

「皆もジェフリーに続くわよ!」

 

 ほむらの号令に全員がワルプルギスの夜に向かって飛びかかる。全員が飛びかかったのを見るとジェフリーも続いた。

 彼は知りたかった。この戦いの先に何があるのか。

 自分はただの偶然でリブロムに選ばれたわけではない、リブロム自身もアーサー・カムランに何か因果のような物を感じていた。

 だから知りたかった。自分がここに呼ばれた本当の理由と言う物を。




誰にでも戦う理由はある。それが必然か運命かは別にして。

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