魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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これは魔法使い同士の戦いに巻き込まれながらも、必死に自分の人生を生きようとしている男の物語である。


第二十八話 ある魔法使いの物語

 ワルプルギスの夜の出現まで三日を切った。

 この日学校が終わり、河川敷で魔法少女に変身したさやかは、同じように変身した杏子とマミを相手に剣を向けて立っていた。

 

「構えだけはまともに出来るようになったみたいだな」

「でも実戦では何が起こるかわからないわ。私も心を鬼にして立ち向かうわ」

「行くぜマミ!」

 

 杏子の叫びと共にマミは後方に飛んで、距離を取るとさやかに向けてマスケット銃を構えて魔力で構成された弾丸を放つ。

 同時に杏子も槍を構えて真っ直ぐ突っ込んでいき、さやかはまず初めに杏子の応対に当たった。

 右手をかざし三本の氷の矢を放つ。

 氷の矢が一直線に杏子に向かって襲いかかるが、彼女は槍を振り払うことで襲ってくる三本の矢を全て振り払うと、飛び上ってさやかに向かって槍を振り下ろす。

 だがさやかが取った行動は回避ではなかった。

 さやかは逆に一気に距離を詰めることを選び、杏子に向かって氷のエネルギーを身にまとい一直線に突進する。

 がら空きになっているみぞおちに向かって、体ごとの突進が決まると杏子は口から若干の吐瀉物を放出し、悶絶するが槍を捨てるとすぐに反撃へと転じる。

 

「この突進攻撃は強力だ。だがな、それだけに頼っていると、反撃だって容易になるんだよ!」

 

 みぞおちに埋まっているさやかの首に両腕を回すと、杏子はそのまま後方にさやかの体ごと投げ飛ばす。

 上空で無防備になっているさやかに向かって、杏子は新たに槍を召喚すると投げ飛ばす。

 攻撃に対してさやかは再び突進魔法を放ち、槍を破壊すると同時に再び杏子との距離を詰めよった。

 だがその背中に衝撃が走り、青い弾丸はその場で崩れ落ちた。

 彼女の上空には既にマミが居て、小型の銃をリボンで形成していて、何発も何発も攻撃を食らわせていた。

 

「私もいることを忘れないで美樹さん」

 

 マミの言葉と同時にさやかは地面に勢いよく激突する。

 轟音が響き渡ると同時に、マミも地面に着地し、杏子と並んでさやかを見下ろす。

 

「どうしたの? そんなことじゃワルプルギスの夜の討伐なんて夢のまた夢よ」

「お前は一人でも多くの魔女を救済して、魔法少女なんてクソみたいな呪縛から解放させてやりたいんだろ? 気持ちだけで何が出来るって言うんだ⁉ 立ち上がれさやか!」

「何をやっている⁉」

 

 マミと杏子が檄をかけている時に、その場に居ない男の怒鳴り声が響く。

 一同が声の方向を見ると法衣姿に身を包んだジェフリーが居た。ジェフリーはすぐに倒れているさやかの元に駆け寄ると『癒しの花』を発動させて、彼女の怪我を治す。

 元々大したダメージではなかったので、怪我はすぐに治ったがジェフリーは原因を作った杏子とマミを睨む。

 

「ちょっと待てよ! アタシたちは別にさやかをイジメてた訳じゃないぞ!」

「美樹さんはまだ魔法少女として経験が浅すぎます。本人の希望もあってこうして特訓をですね……」

 

 まるで父親の拳骨を回避するかのように、ジェフリーの怒りに触れるの嫌な二人は必死になって言い訳をする。

 事情が分かると、ジェフリーは何も言わずにさやかを起き上がらせると二人を手で追い払う仕草をする。

 

「事情は分かった。だがワルプルギスの夜のような超ド級の魔女を相手に、こんな特訓は逆に魔力をイタズラに消費するだけだ。後は俺がやるから帰って休め」

 

 今から無茶苦茶に特訓を積んだところで成果が現れるとは思えない。

 それは経験を積んだ杏子とマミにはよく分かることであり、何も言い返すことが出来ず、二人はその場を立ち去った。

 

「ちょっと私はまだやれる!」

 

 さやかは特訓を望んだが、それはジェフリーの付き出された拳によって制される。

 顔面に当たる直前に拳があることにさやかは息を飲むが、ジェフリーが拳を開くとそこには二つの供物があった。

 一つは花の種のような供物、もう一つは爪が付いた手袋のような供物だった。

 

「これは?」

「一つはお前も芸術家の魔女戦で見ただろう?『寄生花の種』だ」

 

 供物の名前を言われると、さやかの記憶が一気に蘇る。

 回復魔法を栄養として相手の体力を一気に奪う『寄生花の種』はさやかにはピッタリの供物。

 何も言わずに種を受け取ると、さやかはもう一つの手袋が気になり、ジェフリーに詳細を聞こうとする。

 

「これは『モグラの爪』だ。回避行動に慣れていない初心者の魔法使いが相手の攻撃を避けるのに使う」

 

 そう言うとジェフリーはさやかにモグラの爪を握らせる。

 渋々さやかはモグラの爪を両手に装着すると、モグラの爪は光となって消えてさやかの両手と一体化した。

 供物が体に馴染んだのを見届けると、ジェフリーはさやかに向かって拳を振り上げ、顔面を殴り飛ばそうとする。

 反射的にさやかは恐怖と共に攻撃をかわすイメージを脳内で作りあげる。

 痛みの恐怖がかわすと言う願望を強い物に変え、ジェフリーの拳が当たる直前にさやかの体は完全に地面へと埋まって消えた。

 

「何これ⁉ 今アタシどうなってんの⁉」

 

 自分が地面に埋まっていることも理解出来ていないさやかはパニック状態になり、声を出してジェフリーに助けを求める。

 

「体が地面に埋まっているんだよ。地中が一番安全だからな」

「どうやって地上に出るんですか⁉」

「水面に浮き上がるアメンボのように、大地から息吹く新芽のように、浮かび上がるイメージを作りあげるんだ。そうすれば自然と体は浮かび上がる」

 

 ジェフリーに言われるがまま、さやかはイメージを脳内で作りあげる。

 結果さやかの体は大地へと戻り、さやかは何度も深呼吸を繰り返して空気のありがたさを体で感じ取っていた。

 

「まぁ連続で潜っていられるのは20秒が限界だがな」

「あの……」

 

 ジェフリーに対してさやかは恐る恐るではあるが自分の意見を述べようとする。

 ほむらからジェフリーに供物を譲渡された話は聞かされている。

 さやかもまた剣士の氷刃を渡されている。

 その人の実力に合った武器を彼が渡してくれるのは知っているので、さやかは求めた自分が更にレベルアップするための供物を。

 彼女の言いたいことを直感的に理解すると、ジェフリーは手を突き出して彼女の要求を突っぱねる。

 

「今のお前に必要なのは攻撃の供物ではない。いかに相手の攻撃を避け、逃げるのが上手になるかだ。それが課題だ」

「でも逃げるだけじゃ勝てませんよ……」

 

 自分が新人で弱いことを認めても、さやかはジェフリーの言い分に納得が出来なかった。

 強くなろうとしているのだから、その想いに応えてもらいたいと言うのがさやかの本音。

 そんなさやかに対してジェフリーは諭すように言う。

 

「逃げることは大事だ。攻撃に転じるのなんてチャンスがあればそれでいいぐらいで十分なんだよ。お前は回復の要だ。それが潰れたら俺達どうすることもできないだろ?」

「それはそうですけど……」

「それにさやかは一から修行をすると決意したんだろ。だからそうしているだけだ」

 

 ジェフリーの言っていることが分からず、さやかは困惑した顔を浮かべる。

 彼女の疑問を解消するため、ジェフリーは説明に入る。

 

「俺たちが相手にしているのは魔物なんて常識が一切通じない相手だ。普通の戦い方をしたところで勝てない。いかに相手の戦い方を理解して、虚を突くかが鍵だ。それを理解するためにも逃げて、相手の観察をすることは凄く大事なことだ」

「でも皆戦っているのに私一人逃げるだけで本当にいいの?」

「誰も逃げるだけとは言っていない。さやかにはさやかにしか出来ない役目ってのがあるだろ? それはその都度その都度、こっちで指示を出すからお前は俺達の回復を頼む」

 

 そう言って肩に手を置かれると、不思議とさやかの気持ちは楽な物になり、先程までの不安は消えてなくなった。

 晴れやかになった少女の顔を見て、もう大丈夫だと判断したジェフリーは改めて特訓に入ろうとする。

 

「それじゃあ特訓に入るか」

「何をするんですか?」

「基本的な回避行動、前方受け身の取得をしてもらう」

 

 ジェフリーがさやかに課した特訓は回避行動の完全取得だった。

 日が落ちるまでジェフリーはさやかに回避行動の特訓に付き合い、日が完全に落ちた頃にはさやかは魔法使いの基本行動の一つ回避行動を完全に会得することが出来た。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ワルプルギスの夜の襲来まで二日と迫った。

 この日5人の魔法少女は、さやかが回避行動を会得したお祝いにとマミのマンションに集まって手作りケーキパーティーを行っていた。

 5人全員がキッチンに集まりケーキを作っていて、その様子をジェフリーは一歩離れたところから見ていた。

 最初にマミにくぎを刺されていたからだ。「女子会に男子は絶対厳禁!」と。

 輪の中に入れないのは別に彼は何とも思わない。料理などしたこともないし、お菓子の制作なんてもってのほかだ。

 だがその視線は少女たちから離れることはなかった。

 対象はほむら。彼女を食い入るように見つめていると、ある発見をする。

 楽しそうにしてはいるのだが、やはりどこかで皆との距離を測りかねている部分があり、どこかで歯がゆそうにしているのが見えた。

 

(まだ話してないのか……)

 

 来るべき決戦の時のため、話すべきことはちゃんと話しておけばいいと思っていたジェフリーは、いつまでも戸惑ってばかりのほむらに向かってテレパシーで会話をする。

 

(これが終わったら、お前の今までの戦いを話せ)

(でも……)

(いいから話せ)

 

 言い訳を許さずに半ば強制的に承諾させる。ジェフリーの圧に負けたほむらは首を小さく縦に振った。

 

「ここで全てを決めるつもりね?」

 

 人魂のメイジーが話しかける。

 ほむらの告白はただ彼女の真意を分かってもらうための物ではない、自分の中にある不安を払拭するためのきっかけなのだから。

 視線はほむらからまどかへと向けられる。

 力を持った心優しき存在。

 一見すれば素晴らしいと思われるのだが、言い方を変えれば欲望を否定する存在とも取れる。

 ジェフリーの脳裏に思い浮かぶのは永劫回帰の経験。セルト神とロムルス神との戦い。

 あの経験を二度と繰り返すわけにはいかない。そう心に決めジェフリーは見続けていた。

 第二のセルト神とロムルス神になりうるかもしれない存在を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 手作りのケーキによるお茶会が終わると、すぐさま後片付けをとジェフリーが申し出て、彼は食器を持って洗い場へと向かうが、ほむらのアパートよりも更に近代的な装備が実装されているシステムキッチンを見て、何が何だか分からず固まってしまっているジェフリーを見て、ほむらが助け船を出した。

 そのやり取りを見て他の四人は笑っていて、話の内容はジェフリーのことになる。

 

「しかし、あの間抜けな様子を見ると、本当に信じられないよね。いつも勇ましいジェフリーさんと、蛇口からお湯が出ることに驚いているジェフリーさんが同一人物なんて」

 

 さやかが指さした先に居たのは、肌寒さを覚えたほむらが温水器のスイッチを入れて、蛇口から出るのが真水からお湯に変わって、まるで少女のような情けない悲鳴を上げているジェフリーだった。

 その様子を見てほむらは、今までシャワーを浴びる時も真水で洗っていたのかと異議を唱え、ジェフリーは蛇口が全自動の井戸のような物だと思っていたので「何で井戸からお湯が出なければいけないんだ?」と真面目に返していた。

 間抜けなやり取りを見て笑っていると、今度は杏子がさやかに返す。

 

「それは仕方ないだろ。話を聞く限りアイツの世界は16世紀ぐらいの中世ヨーロッパ程度の発展しかしてないんだ。現代の技術に驚くのは当たり前のことだろ」

「どう言う事なの?」

 

 これに異議を唱えたのはマミ。

 まどかもジェフリーの詳細については詳しく教えてもらってないので、彼のことを全く知らないことに驚き、そして同時に怒りも感じていた。

 自分一人のけ者にされた。その事に対して二人は憤りを感じていて、事実を知っているさやかと杏子を睨む。

 

「え⁉ 二人はジェフリーさんから聞かされてないの何も⁉」

 

 さやかの問いかけに対して二人は黙って頷く。

 この事実に対して杏子は不機嫌そうに歯ぎしりをして、ちょうど洗い物が終わってこちらに向かうジェフリーを強引に上座へと座らせる。

 

「何だ?」

「『何だ』じゃねーだろ! お前大事なことをマミとまどかに話してないままじゃねーかよ! それじゃキュゥべえと何にも変わらないだろうが!」

 

 激昂する杏子をほむらが宥める。

 何のことか全く分かっていないジェフリーに対して、さやかが説明に入る。

 彼女の説明を受けてジェフリーはようやく理解し、まどかとマミの方を見ると話し出す。

 

「そう言えばお前たちには話していなかったな」

「ハイ。だから教えてください、あなたのことを……」

 

 マミに促されるとジェフリーは語り出す。

 自分は異世界からほむらの呼び出しに応じて、この世界にやってきた魔法使いだと言う事。

 自分が戦っている魔物は聖杯と呼ばれる代償と共に願いを叶え、人の姿を失った人間たち。

 その人間を狩るのが魔法使いの役割であり、その魂を右腕に封じこめ自らの力に変える生贄行為、そして魔物になった人間を許し元の人間に戻す救済行為があることを伝えた。

 

「救済行為? じゃあさやかちゃんに施したのって……」

「そうだ。その気だけを貰い救済した」

「そんなことが出来るなら、何で全ての魔物を……この世界の魔女たちを救済しなかったんですか⁉」

 

 大人しいまどかにしては珍しく声を荒げて抗議をする。

 これはジェフリーに取って予想出来たこと。マミがまどかを宥めるのを見ると、ジェフリーは救済に付いての詳細を語り出す。

 

「魔物を救済しても深く絶望して再び魔物に戻る可能性は50%であるんだ。それにこの世界の魔女、及び魔法少女は俺が普段相手にしている魔法使い、魔物とは全く別な存在だ。同じように扱うことは出来ない」

 

 ジェフリーの言っていることは頭では理解できる。

 だがどこか納得出来ない部分があり、まどかはジェフリーを涙目で睨むが、それをほむらが宥めると、この場をまとめようとさやかが話しだす。

 

「やめなさいよ、まどか。ジェフリーさんだって辛いのよ……」

 

 言葉こそ少ないが、その言葉に重みがあり、まどかは何も言い返すことが出来なかった。

 ほむらに宥められながらまどかは再び座ると、さやかが話を促す。

 

「それであの話は……」

 

 恐らく話していないだろうと思ったさやかは、ジェフリーの中で一番暗い過去の話を話すことを提案した。

 ジェフリーに取って辛い過去なのは分かる。

 だからこそさやかは皆に話してもらいたいと思った。ここに居る皆は傷を共有することが出来ることが知っているから。

 

「お前、そんな話をしたところで、場の空気が悪くなるだけだろ」

「ダメだよジェフリー」

 

 ニミュエのことを話すことをためらったジェフリーだが、それを制したのは人魂のメイジー。

 言い訳をして逃げようとしているジェフリーを彼女は窘める。

 

「あなたはほむらにも事実から逃げずに立ち向かってもらいたいんでしょ? だったらあなたもちゃんと行動で示さないと」

 

 メイジーに言われ、ジェフリーは意を決して話そうとする。

 例え少女たちに非難されようとも、事実から目を背けない強さというのをほむらにも知ってもらいたい。

 ジェフリーは話し出す。ある魔法使いの物語を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ニミュエのこととマーリンのことをジェフリーは伝える。

 全てを伝え終えると、マミとまどかは俯きながら小さく泣いていて、先に話を聞いたさやかは二人を慰めていた。

 ほむらと杏子は複雑そうな顔を浮かべていた。

 二人の間には言いようのない緊張感があったが、先に口を開いたのはほむらだった。

 

「あの時記憶が混濁していたから、私のことをニミュエさんと勘違いしたのね……」

 

 ほむらが思い出すのはなぎさの顔を見に、児童養護施設に向かった時のこと。

 その時に自分を見てくれないことに怒りを覚えたほむらだが、事実を知ると改めてジェフリーを見て話し出す。

 

「もう怒っても仕方ないことだけど、これだけは言わせて。今のあなたのパートナーは私よ。だから私を他の誰かの代わりにしないでちゃんと私だけを見なさい……」

「済まない」

 

 ほむらが浮かべる寂しそうな表情を見てジェフリーは感じた。

 クールを気取ってはいるが、本当のところは相手に依存しすぎる節があるぐらい、人を求める少女。それが暁美ほむらの本質だということを。

 だからこそ不安に思う部分もあったが、そんなジェフリーの仮説は一人の少女の声によってかき消される。

 

「待てよ。まだ話すことはあるだろ」

 

 杏子の声によって一同の注意は彼女へと向けられる。

 すると杏子は手をジェフリーの方にかざし魔力を送る。

 魔力を受けて、ジェフリーの後ろに居た人魂のメイジーは実体化して、皆の前に姿を現す。

 

「何? 無闇に魔力を消費するのは感心しないわ」

「これはお前に取っても大事な話だろ!」

 

 メイジーとは他の皆よりも深い繋がりがある杏子はどうしても気になっていた。

 彼女もまたジェフリーと深いかかわりを持っている存在。

 だが今の話に彼女は全く出なかった。

 その事実が納得出来ずに、杏子は食ってかかった。

 少女に睨まれつつも、ジェフリーはメイジーの方を見て確認を取る。

 彼女は黙って頷くと、ジェフリーは語ろうと決意を固めた。

 

「分かった話す。実はさやかに話したのは一週目の俺の記憶なんだ」

「一週目?」

 

 意味の分からない言葉でお茶を濁そうとしたジェフリーに食ってかかろうとする杏子。

 そんな彼女をマミが宥めると、ジェフリーは引き続き話を続ける。

 

「さっきも話したが俺の世界はセルト神とロムルス神によって構成されている。セルト神は世界を自分の物にするため、この世界に最も多くいる存在人間を動かすため聖杯をもたらした。ここまでは平気か?」

 

 確認を取ると全員が小さく頷く。

 自分でも信じられないような事態だが、これは紛れもない事実。なのでジェフリーは引き続き話し出す。

 

「理性を強く重んじるロムルス神は聖杯を亡き物にしようと送りこむんだよ。『無欲の人』をな」

「それって……」

 

 今までの話の流れからその無欲の人が誰なのかは分かる。

 ほむらの声に促されジェフリーは語る。

 

「そう俺の相棒のマーリンのことだ。だが無欲の人も所詮は人間、人々を救う方法があるなら聖杯を頼るのは当然だ。無欲の人も聖杯の代名詞とも言えるマーリンを生贄に捧げ、荒廃しきった世界を元に戻した。そして無欲の人は新たな『マーリン』となった」

 

 これまでの話からそれは分かっていたことだが、そこまでスケールの大きい話になるとは思っておらず、全員が驚愕していたが、その沈黙を破ったのはほむらだった。

 

「それでセルト神とロムルス神の次の行動は?」

「世界の主導権は主にロムルス神が握っている。世界から欲望を一掃するまで、奴は何度でも世界をやり直し、繰り返させる。それが永劫回帰だ」

 

 何度も何度もループの中に全世界が取りこまれている。

 この事実を事実として受け止めるにはあまりに大きすぎたが、ジェフリーが嘘を言っているとは思えない。

 信じるための証拠など何一つないが、彼を信じようと全員が決め、沈黙が包もうとしたが、それを杏子が打ち破る。

 

「それで二週目にメイジーとお前は出会ったって言うのか?」

 

 永劫回帰の概念を納得した上で改めて杏子は聞こうとする。

 どうやって永劫回帰を打ち破り、どうしてメイジーが死んだのかを。

 

「ああそうだ。メイジーが幻惑使いだってことは知っているな?」

 

 まだメイジーのことに関して何も聞かされていない杏子以外の面子は首を横に振る。

 目の前に幽霊が居るにも関わらず驚いていないのは、その事にすら疲れたからであろう。

 代わりにメイジーがジェフリーとの馴れ初めを語ると、改めてジェフリーは話しだす。

 

「二週目と言っても、それは俺が永劫回帰を意識してのことだ。実際のところは気が遠くなるほど、やりなおされたかもしれない。やり直しのたびにマーリンは強くなったそうだよ。不老不死の能力を持ち、その為に多くの魂を右腕に宿したから当然だろうけどな。だから魔法使いたちはマーリンの討伐を不可能と判断して、ある計画を立てた」

 

 その忌々しい計画についてジェフリーは語り出す。

 メイジーの能力、対象者の魂を違う世界に持っていく『赤闇のリンゴ』の幻惑能力。

 その能力を全世界に拡散させて、マーリン一人を現実世界へと残し、全ての人類を幻惑世界の中に閉じ込めて、永久に優しい世界へと避難させる。

 それがメイジーが所属しているグリム教団当主『ターリア』の考えだった。

 当然、サンクチュアリ、アヴァロンの当主は反対したが、全ての魔法を使いこなせる13代目ペンドラゴンは異議を唱えたと同時にターリアに殺され、生贄に捧げられた。

 全ての記憶を受け継いだターリアは赤闇のリンゴの能力を発動させて、全世界の人間を幻惑世界に閉じ込めた。

 

「だが術者であるメイジーだけは別だ。僅かに残った意思で彼女は俺に伝えた。自分たちが居るここが幻惑世界だということを」

 

 そして再び話を進める。

 そこが幻惑世界だと知ったジェフリーは全ての元凶のターリアと対峙し、そこで彼女の真の目的を知る。

 右腕に宿った死者の魂に会える。それが幻惑世界では可能。

 故にターリアは求めた右腕の中に眠る最愛の人に会いたいと、決して好きになってはいけない人を。

 

「それって誰なんですか?」

「ターリアの弟だ。弟は本気で姉を愛していた。その想いは右腕を通じて姉にも伝わったんだろう」

 

 さやかの質問に対して、ジェフリーは淡々と答える。

 あまりにも重すぎる愛を知り、さやかは何も言う事が出来なくなるが、ジェフリーは話を続けた。

 ターリアを倒し、現実世界に戻ったジェフリーはメイジーと共に、マーリンを止めに向かった。

 マーリンは自分一人で永劫回帰に向かおうとしている。大切な相棒一人に世界の不条理を背負わせる訳にはいかないという想いが足を走らせた。

 そして永劫回帰を終わらせるため、千載一遇のチャンスが二人の前に現れる。

 

「それは私が話すね」

 

 ここで話し手がジェフリーからメイジーにバトンタッチされる。

 

「私の前にも現れたのよ聖杯がね。だから私は反射的に魔法を向けて破壊しようとした。そしたら現れたのよ」

「何が?」

 

 聞くのが怖かったが、杏子は意を決して聞くとメイジーはあっけらかんと答える。

 

「セルト神の意思。それが放った稲妻によって私の体は両断されてこうなったのよ。後はよろしく」

 

 あっけらかんと答えてはいるが、重すぎる事実に何も言う事が出来ない。

 皆が事実に圧倒されているが、バトンを受け取ったジェフリーは事の顛末を話し出す。

 セルト神の意思と同じように、現れたのはロムルス神の意思、二体の神を相手に戦いを挑むのは正気を失っているマーリンであった。

 記憶が混濁し、頭の中の多くはマーリンで埋め尽くされた彼だが、無名の魔法使いの本来の目的が彼を突き動かす。

 

「世界を人の手に、永劫回帰の阻止。それが相棒の望みだ。そして相棒は俺に託したよ。『神の思念ごと俺を殺してくれ』ってな……」

「そんな……」

 

 悲しすぎる物語の結末にまどかの堤防は決壊した。

 泣きじゃくるまどかをほむらは宥めるが、その表情は複雑な物だった。

 自分の意思だけで多くの平衡世界を渡り歩いてきたほむら。

 だがそれは自分の望みだけで世界を好き勝手に蹂躙するロムルス神とどう違うと言うのか。

 罪悪感で体が押しつぶされるような感覚を覚える。息をするのも忘れるぐらいに息苦しさを感じていたが、話はまだ終わらなかった。

 

「俺もそれをこいつから聞かされるまで何の意識もしなかったからな」

 

 そう言ってジェフリーは胸元からリブロムを取り出す。

 

「きゃあああああああああああああああ!」

 

 リブロムと初対面のまどかとさやかはそれを見ると、悲鳴を大きく上げた。

 杏子は目の前の気持ち悪い本に対して悲鳴こそ上げなかったが、嫌悪感を露わにした表情を浮かべ、出来る限り視界に入れないようにしていた。

 

「失礼だな。お前ら!」

「これは一体?」

「お前らに取ってのキュゥべえのような存在だ。俺はこいつを生贄に捧げて今の力を得た。代償は支払ったがな」

 

 驚くまどかに対してジェフリーはリブロムの説明に入る。

 ある魔法使いの記憶が記述されている本であり、最後まで読み、最後はリブロム自身を生贄に捧げることで本の中と同じ力を得ることが出来ると言う物。

 話を聞けば確かにキュゥべえと同じような物だというのは分かるが、一概には信じられず初対面の三人はマジマジとリブロムを見つめる。

 

「百聞は一見に如かずだ。俺を読んでみろ、全てのからくりはそこで判明する」

 

 リブロムに促され、杏子がページを開いてリブロムを読む。

 

「何だよこれ……」

 

 書かれている内容に杏子は言葉を失う。

 そこに書いてあることは、ニミュエのこと、マーリンのこと、メイジーのこと、永劫回帰のこと、全てがジェフリーが話した内容と寸分たがわぬ物だったからだ。

 だがジェフリーが嘘をついているとはとても思えない。最後まで読み続けていると、物語の中の魔法使いはマーリンによって手も足も吹き飛ばされ、まるで本のような状態になったと書かれていた。

 

「最後にあとがきを見てみな」

 

 リブロムに促されると、杏子はページを開く。

 

 

 

 

 

 

 

最後に記しておきたいことがある。

記憶から消えつつある自分の名前だ。

自身の存在を忘れること。

それは死ぬことよりも恐ろしい。

私の名前はジェフリー・リブロム

自分がこの世に存在したという確かな証を、ここに刻みたい。

 

 

 

 

 

 

 

「お前が支払った代償って……」

「そうだ。俺がリブロムを生贄にした時に支払った代償。それは『俺』の元の記憶だ。リブロムを生贄に捧げてから、俺の記憶は全て『ジェフリー・リブロム』の物語に書き替えられた。ある意味では俺もマーリンと同じ存在なんだろうな」

 

 全ての事実を知ると杏子を初めて、一同は何も言えなくなってしまう。

 自分を忘れるということは死ぬのと同じことだと言う事はリブロムのあとがきでも言っていること。

 全員が項垂れている中、ほむらだけが口を開いた。

 

「それで初対面の時、あなたは名前を捨てたと言ったのね。記憶の中にあるのはジェフリー・リブロムの記憶だけだから」

「加えて言うとマーリンのようにならないという決意表明を兼ねて、俺はジェフリーの名を名乗っている。マーリンが認めた最高の相棒だからな」

「本当に何も覚えていないの?」

 

 念を押すようにほむらは尋ねる。

 そこで彼は小さく口を開いた唯一残った自分の記憶を。

 

「一つだけ確かに俺の記憶がある。俺の本当の名前だ」

「教えてジェフリー。確かにあなたの力と記憶はジェフリー・リブロムによって構成されているわ。でもここで私と紡いだ物語はあなただけの記憶よ、だから私はせめてあなたの本当の名前が知りたい……」

 

 涙目で見つめるほむらに促され、ジェフリーは自分の本当の名前を言う。

 

「『アーサー・カムラン』それが俺の本当の名前だ」

(何だと……)

 

 ジェフリーの本名を知ると、杏子は完全に言葉を失う。

 教会の娘である杏子はキリスト教の逸話にも精通していて、先程からそれに関するワードばかりが出ることに驚きを隠せなかった。

 だが異世界の住人に自分の世界の常識を持ちだしても意味が無い。

 なのであえて静観を決め込む。圧倒されていたと言うのもあるから。

 全員が重すぎる真実に、壮絶すぎる彼の戦いに言葉を失っていたが、ジェフリーはほむらの肩に手を置いて、注意を自分の方に向けさせる。

 

「今度はお前の番だ」

 

 それだけ言うとジェフリーは上座をほむらに譲る。

 今までまた拒絶されるのが黙っていたほむらだが、ジェフリーの覚悟を受け止めると、自分もまた覚悟を決めなければいけないと思い、涙目になっている目を拭うと皆の前に立つ。

 

「続けてで悪いけど、皆に聞いてもらいたいことがあるの」

 

 ほむらの言葉に対して一同は反応し、彼女の方を向く。

 その悲痛さが伝わりながらも、勇気を出して何かを伝えようとする姿勢に覚悟を感じ取った一同は、少女の話に耳を傾けようとする。

 

「ジェフリーは辛い過去を私たちに打ち明けてくれたわ。だから私も勇気を出して伝えるわ。私の物語をね……」

 

 ほむらは語り出した。

 これまでの自分に決別するかのように。

 そして自分がもう一度人を信じられる第一歩になれるように。




そして物語は少女の物語へと引き継がれる。

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