魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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愛されたい。それだけが少女の願いだった。


第二十七話 憤怒 犬の魔女 Uhrmann

 異物を見つけると犬の魔女は咆哮を上げながら、四本の足で大地を駆け巡り一気に獲物との距離を詰め寄る。

 一番最初に狙われたのは、この中で一番実力の低いさやか。

 さやかは目の前で突っ込んでくる犬の魔女に対してどう対処していいか分からず、剣を片手に突っ込もうとするが、その時手の中に冷たい感覚が襲う。

 

(これって……)

 

 手の中の冷たい感覚に意識を集中させると、さやかの手の中には氷柱で出来上がった剣が一本握られていた。

 それはジェフリーに渡された供物『剣士の氷刃』貰いはしたのだが使うタイミングが見つからなかったということと、それどころではない精神状態から、さやかは渡されてから供物を使うことがなかった。

 だが経験の少ないさやかが生き残るには、今まで通りのやり方では勝てない。

 冷静になった今だからこそさやかは理解出来る。影の魔女戦での自分の愚かさを。

 考えている間にも犬の魔女とさやかの距離は目と鼻の先まで近づいていて、犬の魔女は口を大きく開いてさやかを食らおうとしていた。

 マミのようなピンチを迎えてしまうと判断したさやかは、咄嗟に剣士の氷刃を前へと突き出す。

 すると持ち主の本能に近い命令を受けて剣士の氷刃は変化していく。

 氷柱は剣から巨大な壁と変わり、さやかの体をよろけさせるほどに大きな壁となる。

 両足に力を込めて大地を踏みしめるイメージを作って、さやかが踏ん張ると壁は犬の魔女の突進を止めて、異形を逆に弾き飛ばした。

 

「あれは氷細工の蓋⁉」

 

 杏子は咄嗟にさやかが作りあげた供物に驚く。

 ジェフリーとの共闘時に彼が相手の突進攻撃を止めるため、この武器を好んで使っていたことは知っていて、その高い防御力は杏子自身も体で理解している。

 自分の槍の連撃を耐え凌げるだけの高い防御力を誇る最強の盾と呼べる代物。それを魔法使いでもないさやかが使えることが信じられず、驚愕の声と表情を杏子は浮かべた。

 だが喜びの感情はすぐに払拭される。

 ここで経験の少なさが露呈されてしまう。突進を止めたまではいいのだが、衝撃を吸収しきれずさやかは震えながら片膝を付いてしまう。

 何とかしようとさやかは頭の中で痛覚排除魔法を発動するイメージを作りあげる。

 彼女が何をしようとしているのか理解すると、杏子は慌ててさやかに向かって叫ぶ。

 

「止めろ! 魔法使いになったら、痛覚排除魔法は使えないんだ。アタシだってそうなんだからよ!」

「え?」

 

 知らされていない事実にさやかの思考は止まり、その場で固まってしまう。

 それが命取りだった。犬の魔女はその場で飛びかかって一気にさやかとの距離を詰めよると、前足の爪を振り上げてさやかに向かって爪を振り下ろそうとする。

 その瞬間さやかの中で一気に情報が襲いかかって、さやかはその場でとどまってしまう。

 痛みに対する恐怖、その結果自分はどうなってしまうのか、恐怖で頭の中が一杯になってしまうと、体が動かないでいたがそれを救ったのは別の存在だった。

 さやかの体は杏子によって抱え上げられ、その場を脱する。

 犬の魔女の攻撃は空振りに終わると、異形は獲物を探すが新しい獲物を見つけるのに時間はかからなかった。

 

「俺が相手だ」

 

 そう言ってジェフリーは改魔のフォークを片手に突っ込んでいき、犬の魔女も爪を振り上げて撃退に当たる。

 その様子を少し離れたところで見ていた二人の少女。

 だが杏子に抱え上げられていたさやかは照れくささと申し訳なさから、その場から降りると、杏子に向かって頭を下げる。

 

「ゴメン……」

「謝罪は後だ。アタシたちもジェフリーの援護に……」

 

 二人がジェフリーの援護に回ろうとした瞬間、視界は影に覆われた。

 二人が見回すと、そこは使い魔たちに囲まれていて、使い魔たちは杏子とさやかに向かって襲いかかる。

 見た目は男女一組の使い魔であり、その姿を見て、さやかは初陣の時のハコの魔女戦を思い出す。

 あの時は何とも思わなかったが、魔女の元が人間だという事実が分かると、これにも何か意味があるのではとさやかは思ってしまう。

 だが深く考えたところで二人の足を引っ張てしまう。

 気持ちを切り替えてさやかは剣士の氷刃を振りあげて、右手が松明のようになっている女性型の使い魔に向かって振り下ろす。

 炎の攻撃を使う相手に対して、氷の攻撃は効果が抜群であり、刃は使い魔を両断して、その体をモヤと化して消し去る。

 

「umaaaaa――!」

 

 意味の分からない断末魔と共に使い魔は消え去った。

 これで波に乗ったさやかは自分が出来ることから片づけていこうと思い、女性型の使い魔に向かって剣を振り下ろす。

 

「そっちは任せたぞ。アタシは男の方の使い魔をやる!」

 

 経験を重ねさせる意味も兼ねて、女性型の使い魔をさやかに任せた杏子は男性型の使い魔に狙いを定めて槍を突き出す。

 二つの拳が頭並みの大きさになっている使い魔は、予想通りその巨大な拳を振り上げて杏子に襲いかかるが、スピードのない直進的な攻撃は杏子には無意味な物。

 拳が届く前に槍で胸を貫き、使い魔を撃退した。

 

「umaaaaa――!」

 

 再び意味の分からない叫びが木霊する。

 使い魔もまた魔女の精神状態に関係する。それは杏子によく分かることだった。

 人魚の魔女の結界内は常にコンサートが行われている状態であり、この叫びもそれに近い物だと杏子は判断した。

 使い魔が自分の相手にならないと杏子は判断すると、今の状況を冷静に分断する。

 サンクチュアリの魔法使いの試験の条件、それは犬の魔女の救済。

 だが犬の魔女はかなり強ランクの魔女と言え、さやかが真っ向勝負で勝つには厳しすぎる相手。

 救済すれば合格なのだから、何もさやかが犬の魔女を撃退しなくてもいいと考えた杏子は自分とジェフリーで犬の魔女を撃退しようと考え、三体まとめて使い魔達を貫くと、その上に乗って飛び上がり、新たな槍を召喚して犬の魔女の元へと向かう。

 

「アタシも加勢するぞジェフリー!」

 

 杏子は槍を振り上げ、燃えるような犬の魔女の頭髪に向かって槍を振り下ろす。

 新たな敵が襲ってくると分かった犬の魔女は噛みつく、爪を振り下ろす以外の攻撃をここで初めて行う。

 髪を振ると、そこから毛が放たれる。

 毛は頭から離れると同時に炎の矢へと変わり杏子を襲う。

 無防備な上空で炎の矢に囲まれた杏子は防御のための幻惑が間に合わず、その場で固まってしまった。

 元々杏子は防御が得意な方ではない。

 それを幻惑魔法で補っていたが、それにも限界はある。

 攻撃と防御を同時に行うことが出来ない。攻撃に転じる時は攻撃の幻惑、防御に回る時は防御の幻惑しか使えない杏子はこの状況を打破する方法が思いつかず、体を丸めて申し訳程度の防御を行うことで体を守ろうとした。

 

「杏子!」

 

 女性型の使い魔を撃退していたさやかは、杏子のピンチに対して反応してしまう。

 杏子を助けたい、だがここからでは接近戦しか出来ないさやかには分が悪すぎる。

 だが杏子を助けたいという想いは強く、彼女の体が炎の矢で囲まれる寸前でさやかの中を一つの想いが埋め尽くす。

 

――遠くまで攻撃出来る力を!

 

 その瞬間さやかの脳内でイメージが広がる。

 さやかは自分の中に浮かんだイメージを信じ、右手を炎の矢に向かって翳す。

 その瞬間、さやかの前には三本の氷の矢が現れ、イメージだけを信じてさやかは手を突き出す。

 すると氷の矢は炎の矢を貫き相殺する。逃げる場が出来上がると杏子は慌ててその場を脱して、地面へと落ちていく。

 杏子の無事が確認出来ると、さやかは立て続けに氷の矢を今度は犬の魔女に向かって放つ。

 対象が決まると、連続で放たれた氷の矢は犬の魔女を襲い、その体に着実にダメージを与えた。

 その間も使い魔たちは彼女に向かって襲いかかるが、さやかは左手で氷の剣を作りあげると、回転しながら振り抜き、襲いかかる使い魔たちを両断していく。

 手慣れたさやかの討伐を見て、杏子は驚きの顔を隠せないでいた。

 

(マジかよ、前見た時とは別人みたいじゃないか……)

 

 ハッキリ言って杏子から見たさやかの動きと言うのはイラつかせる物であり、明らかに経験の少なさというのが露呈していた。

 だが今のさやかはまだ荒が目立つ部分もあるが、自分なりに効率の良い戦い方が出来ていて、ある程度のところなら彼女一人に任せてもいいと杏子が判断出来る程であった。

 この短期間でここまでのレベルアップが出来ることに唖然となっていた杏子だが、自分の目的を思い出すと、すぐにジェフリーの加勢へと向かう。

 

 

 

 

お父さん、お母さん、ゆまが何をしたって言うの⁉

 

 

 

 

 その時幻聴が響き渡る。

 初めは何なのか全く分からなかったが、今ではそれが理解出来る。

 これは魔法少女から魔女になる前の少女の心の叫びなのだという事が。

 ダメージの算段をするのに便利だが、心が痛むのを杏子は感じていたが、彼女を元に戻すためにも彼女を撃退しなければいけない。

 心を鬼にして杏子は槍を片手に突っ込んでいく。

 だがその瞬間に改魔のフォークを振り回していたジェフリーが叫ぶ。

 

「よせ近づくな! 遠距離攻撃に徹しろ!」

 

 悲痛な叫びに杏子の体が止まる。

 だがその時には遅かった。

 一直線に突っ込む杏子を相手に犬の魔女は地団駄を踏むように、前足で地面を叩く。

 その瞬間、彼女を取り囲んだのは紫色の髑髏の思念。

 体ごと思念に取り込まれると、ダメージが響き渡る。

 それは体に深い切り傷を作るだけでなく、心にもシクシクと痛むような響きが襲う。

 そして杏子の脳内で再生される。犬の魔女が魔女になった経緯が。

 

 

 

 

 

 

 

 少女は生まれた時からいらない物として扱われていた。

 元々は仲の良い親子の元、生まれた存在だった少女だったが、幸せな時間は長くは続かなかった。

 貧困と家庭への拘束に父親は耐えられなくなり、家を開けては浮気を繰り返す毎日。

 当然のように少女の世話は母親一人に押し付けられ、彼女が壊れるのに時間はかからなかった。

 事あるごとに躾と称して虐待の限りを尽くし、少女は何度も助けを求めたが、誰も彼女を助けようとはしなかった。それどころか父親も面白半分で殴り飛ばし、タバコの火を押し付けるなどの、この世の地獄を少女は生きながらにして味わっていた。

 誰も助けてくれないことに嘆いている時、少女の前に一匹の獣が現れる。

「ボクと契約して魔法少女になれば、どんな願いでも一つだけ叶えてあげるよ」

 その言葉に少女は応じ、少女は願った。

 自分の苦しみをお父さんとお母さんに分かってもらいたい

 それは道徳の時間で教師から学んだこと、自分が何をして欲しいかを相手に伝えるには、自分の気持ちをしっかりと伝えることが大事だと。

 そしてこの日もいつもの様に虐待されていた時、少女は魔法の力を発動させた。

 瞬間、母親の中に負の感情が一気に広がって行き、虐待は止まるどころかエスカレートの一途を辿る一方だった。

 だがそれでも少女はやり返すような真似をしなかった。

 その気になれば魔法少女の彼女は母親を圧倒出来るのだが、あえて少女はそれをやらなかった。分かってくれると信じていたから。

 だがそれは儚い願いだった。

 負の感情が母親の中に流れれば流れるほど、母親は強く少女を虐待し、それだけでは治まらず、偶然家に帰った父親に暴力が向けられるほどだった。

 母親がダメな以上、父親に頼るしかない。少女は父親にも同じように魔法を施した。

 だがその瞬間、二人の感情は一斉に爆発した。

 お互いのストレスが頂点に達した結果、二人は罵りあい、否定し合い、最終的に殺し合い、安いアパートの一室は血みどろの地獄絵図となっていた。

 少女は深く深く絶望した。何故自分は愛されないのかと。

 そして少女はその身を絶望に任せ、魔女と化した誰かに愛されるよう愛くるしい犬を自分なりにイメージして。

 少女は今でもさまよっている。自分を愛してくれる存在を探すために。

 

 

 

 

 

 

 

 犬の魔女が魔女になった経緯を知ると、杏子はその場に倒れこんでしまう。

 絶望のエネルギーを体中に取り込んでしまい、肉体と精神の連結がうまく出来ていないと言うのは、杏子の胸元にあるソウルジェムが真っ黒に濁っていることから理解できた。

 大味すぎる攻撃だが、魔法少女には効果すぎる攻撃。これを理解していたからこそ、ジェフリーは動き回って、かく乱作戦を取ってさやかに対してちゃんと指導が出来る状態を作ろうとしていたのが分かった。

 全てを理解した時、杏子の意識は遠のいて、その場に倒れこむ。

 動かなくなった杏子を見ると、犬の魔女はジェフリーを押しのけ、杏子の元へと向かう。

 大きく口を開けて杏子を食らおうとする魔女に対して、ジェフリーは必死に追いかけようとするが、間に合わなかった。

 

「杏子!」

「ここは私に任せて!」

 

 ジェフリーの悲痛な叫びが木霊する中、そこに第三者の声が響く。

 ジェフリーが顔を上げて見た先に居たのは、氷のエネルギーを身にまとって犬の魔女に向かって突進するさやかだった。

 突進魔法を発動させて、さやかは犬の魔女の眉間に向かって突っ込む。

 急所への攻撃に犬の魔女はのけ反って後方に倒れこむ。

 さやかは犬の魔女の動きが一旦止まったのを見ると、杏子の方に駆け寄りジェフリーから貰ったリブロムの涙でソウルジェムを浄化する。

 その瞬間杏子の体の傷は消え、魂と肉体のリンクも上手く行ったことに気付く。

 体が思うように動くのがその証拠だ。

 杏子が体を起こすと、さやかはその前に立ち、剣を持って犬の魔女の前に立つ。

 

「一人で戦おうとするな!」

「私にも聞こえたよ。犬の魔女の叫びが」

 

 興奮している杏子に対して、さやかの方は冷めた声だった。

 だがそれは感情に身を任せてしまえば、一気にそこへ流されてしまうから制御している表れだというのは分かる。

 その声にさやかの悲痛さが伝わると、杏子は何も言わずに彼女のこと場に耳を傾ける。

 

「私……魔法少女になってから辛いことや嫌なこと沢山あったし、魔女になんて物にもなって最悪な日々だった。でも救われた。色んな人の助けによってね。だから今度は私が救いたい! 力を貸して杏子! 『千歳ゆま』ちゃんを救うために!」

 

 犬の魔女だった少女の名前を聞くと、杏子はハッとした顔を浮かべた。

 自分では分からなかった少女の名前も理解出来ることから、さやかは杏子よりも深いところを理解出来るのだと。

 そしてあの頃とは違い、しっかりとした信念も持っているそれを理解すると、杏子は立ち上がって彼女の背を軽く叩いてエールを送った。

 

「分かった。やるだけやってみろ、新人のフォローもベテランの仕事だ。結果なんて気にせずドーンとぶつかってみろ!」

「ありがとう杏子!」

 

 杏子のエールを受けて、さやかは再び突進魔法を発動させる。

 だが犬の魔女は既に突進魔法のスピードを見切っているらしく、自分の前方に向かって突っ込むさやかを前足を振り上げて爪で切り裂こうとする。

 だが爪は空を切った。さやかは突進魔法を使ってただ攻撃をかわしただけなのだから。

 すぐに犬の魔女はよけた方向に向かって爪を振り下ろすが、さやかは再び逆方向に回ってかわす

 円を描く動きでさやかは何度も何度も突進魔法のスピードを利用して、犬の魔女の攻撃をかわし続けていた。

 完全に犬の魔女の注意はさやかだけに向けられていて、むきになった魔女は意地でもさやかを捕食しようと爪を振り上げるが、さやかは突進魔法を使って攻撃をかわした。

 一切攻撃に転じず、防御だけに重点を置いているさやかを見て、完全に犬の魔女の注意から逸れた二人は彼女の戦い方を観察する。

 素早い動きの犬の魔女を圧倒している辺り、新人とは思えない自分の戦い方がちゃんと出来ていることが分かる。

 その様子を見て、杏子はジェフリーに疑問をぶつけた。

 

「さやかが強くなったのは嬉しいって思うよ……でもさ、何であんなに強くなっているんだ?」

 

 杏子の疑問に対してジェフリーは答える。

 

「元魔物だった人間は魔法が使えるほかに、身体能力も飛躍的に向上して人間だった頃よりも強くなっているのが多いんだ。元々魔法少女で強いさやかは、魔女を経ることで自分の戦い方も理解したんだろうよ。魔女だったころの力も使いこなせているみたいだからな」

 

 ジェフリーに言われて、杏子はハッとした顔を浮かべてさやかを見る。

 今さやかが使っている突進魔法は杏子が何度も苦しめられた人魚の魔女の車輪攻撃と似ていたからだ。

 よく見れば彼女の周りのオーラは車輪の形状をしていて、スピードに長けているのも分かる。

 だがそれでも杏子の不安は拭えなかった。

 確かにスピードでは犬の魔女を圧倒し、異形を翻弄出来てはいるのだが、かわしてばかりでは決着はつかない。

 それどころか魔法の使いすぎでこちらが逆に魔女化する可能性だってある。

 さやかの心配をする杏子だが、その瞬間この場に似つかわしくない冷気が辺りを包みこんだ。

 

「何だ?」

 

 杏子がその場を見た瞬間、さやかの狙いが分かった。

 少しずつさやかは犬の魔女を自分の圏内に収め、円の中に収めこんだ。

 その中で冷気を含んだ突進魔法を繰り返していたので、そこから勢いよく吹雪の竜巻が発生し、冷気は犬の魔女を包み込み、その体を完全に凍結させていた。

 

「見事だ! それこそが凍結地獄だ!」

 

 ジェフリーがさやかの攻撃を褒め称える。

 巨大な氷の中に包まれた犬の魔女を見て、魔法少女には出来ない戦い方を見て、杏子は息を飲んだが、そこで彼女は自分にも出来ることはないかと思い、心眼で犬の魔女の様子を見る。

 その体は黄色く染まっていて、かなりのダメージはあるが、まだ致命傷には程遠い状態。

 ここで同じ氷の攻撃を食らわせても、あまり意味が無いだろうし、さやか一人に負担をかけるわけにはいかない。

 杏子は手に入れたばかりの『憑依者の豪槍』を召喚して、氷像に向かって投げ飛ばそうとするが、それをジェフリーに制される。

 

「邪魔をするなよ! 確かにこれはサンクチュアリの入団試験かも知れないが、アタシが加勢しちゃいけないなんてルールはないだろ⁉」

「そうじゃない、攻撃は効率よく行わないといけない。氷は雷を通す」

 

 それだけ言うとジェフリーは『雷の綿毛』を憑依者の豪槍に付着させる。

 雷のエネルギーで槍が覆われたのを見ると、杏子は痺れを堪えながら氷像に向かって槍を放つ。

 雷のエネルギーは氷全体に広がっていき、犬の魔女を感電させ更なるダメージを相手に与えた。

 杏子は心眼で様子を見ると、犬の魔女の体は真っ赤に染まっていて、あと一歩押せば倒れる状態になっていた。

 昔はただグリーフシードが手に入る喜びしかなかった杏子だが今は違う。

 その想いを共有しようと、犬の魔女の前で魔力を練成しているさやかに向かって叫ぶ。

 

「お膳立ては整えておいた。あとはお前だけだ! ゆまの奴を救ってやれ!」

 

 杏子のエールを受けて、さやかは溜めていた魔力を一気に開放する。

 頭の中で広がったイメージに従い、さやかは自分の身長の二倍近くある巨大な氷の剣を練成すると、息も絶え絶えになっている犬の魔女に向かって振り下ろす。

 

「真・魔導斬!」

 

 振り抜かれた一撃は犬の魔女の体を切り裂く。

 両断されて、横に二つの躯が倒れると同時に、犬の魔女の体はドロドロに溶けてなくなり、コアの部分だけが残った。

 

「救済よ! ジェフリーさんも手伝って!」

 

 自分がサンクチュアリの魔法使いの試験に合格したにも関わらず、それよりも魔女の救済を優先するさやか。

 その姿を見てジェフリーは思った。彼女の神聖な魂はサンクチュアリの魔法使いに相応しい物だと。

 そして一言つぶやくように言う。

 

「合格だ」

「いいから救済よ!」

 

 完全に救済のことしか頭にないさやかと一緒に、ジェフリーは青白いエネルギーを右腕から放つ。

 さやかも見様見真似で同じようにエネルギーを放つと、コアから青白い球体が放出し、それは魔女だった肉体に定着して、魔女は少女へと戻った。

 

「その娘の魂は神聖なる物だ。まぁ大丈夫だろう」

 

 ジェフリーの言うことにも耳を貸さず、さやかは魔女から人間に戻って行く様子を食い入るように見ていた。

 少女は何も身に付けていない生まれたままの状態になっていたが、そこに居たのは犬の魔女ではなく、千歳ゆまと言う一人の愛くるしい少女だった。

 救えたことに喜び、さやかはその場に膝を突いて涙を流しながら喜ぶ。

 その隣に杏子が立つと、屈んでさやかに視線を合わせながら、その肩を抱く。

 

「よかったなさやか。これからお前はもっと強くならないといけない。魔女を救済しないといけないからな」

「うん」

「心配するな。アタシもマミも全力でバックアップに回ってやるよ。それが先輩の務めだからな」

「うん。私も頑張る」

「その意気だ。まだまだこれからだぞ、お前は」

 

 さやかを宥める杏子。

 泣きじゃくる彼女を宥めている自分を見て、杏子は感じていた。まだ自分もやり直せることが出来るんだと。

 そしてジェフリーは熱を失った炎の布を持って、二人の前に立つ。

 

「これでも着せてやれ」

 

 ジェフリーに言われて、さやかは炎の布を持ってゆまの元へと向かう。

 

「そうね……って、オイ!」

 

 突然の叫び声に杏子もジェフリーも驚いてさやかを見るが、彼女はジェフリーの前に立つと勢いよく手を振りあげる。

 

「女の子のすっぽんジッと見つめちゃダメ!」

 

 その瞬間さやかの平手打ちが飛び、辺りに乾いた音が響いたところで犬の魔女の結界は崩壊していく。

 それは戦いの終わりの前触れだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 マミのマンション内でさやかとほむらはガラスのテーブルを挟んで睨み合っていた。

 その様子をまどかとマミは心配そうに見つめていて、杏子は気の抜けた顔でどうでもいいと言う感じで見ていて、ジェフリーはただ遠い目を浮かべるだけだった。

 

「さやか……あなたって人はどこまで愚かなの⁉」

「私は何も間違ったことなんてしていない!」

 

 お互いに一歩も引かないほむらとさやかだが、ほむらは悲痛そうな顔を浮かべながらジェフリーを指さす。

 ジェフリーはさやかの平手打ちをまともに食らい、頬を真っ赤に染めている状態だった。それを見て杏子は腹を抱えながらゲラゲラと笑っていた。

 

「自分を救ってくれた命の恩人に対してビンタをかますなんて、どうかしているわよ!」

「ジェフリーさんがいけないんでしょ! 不用意にすっぽんぽんの女の子の前に現れるんだからさ!」

「彼女は小学三四年生ぐらいの年齢よ! そんな娘を見て彼が性的欲求を求めるようにさやかは見えるって言うの? 冒涜もいいところだわ!」

「そういう問題じゃない! 根本的なところでジェフリーさんはデリカシーに欠けているのよ! ほむらは何もわかってない!」

 

 二人は一歩も引かずに言い争いを続けていて、マミはそろそろ頃合いだろうと思い、キッチンへと向かいお茶の準備をする。

 まどかは相変わらず心配そうに見ていたが、杏子に肩を叩かれて彼女の方に注意が行く。

 

「ほっとけじゃれ合っているだけだ」

「でも……」

「本気で否定し合うって言うなら、今頃変身して殺し合っているよ。それだけの力があってもそれをしないって言うのは、分かりあおうって心を持っていることだろ?」

 

 杏子に促され、まどかは改めて二人を見る。

 言い争ってはいるが、それ以上のことは絶対にしないように見えた。

 これもまた分かりあうための手段なんだろうと思い、まどかは敢えて静観を選び二人が行き過ぎた行動に行かないように見守った。

 その様子をジッと見ていたジェフリーは一つの結論に至る。

 

(これだけの信頼関係を全員と気付けているなら時間逆行の件は問題ないだろう。後は……)

 

 ジェフリーはチラリとまどかの方を見る。

 彼女と接してみて分かったこと、それは彼女が自己犠牲の精神を強く持ちすぎている少女だということが分かった。

 その事自体は素晴らしいのだが、まどかには強大な力がありすぎる。

 理性的なのも度が過ぎれば、悲劇しか生まない。それは永劫回帰を経験しているからよく分かることだ。

 そしてほむらはそんな彼女を救おうと躍起になり、いくつもの世界を渡り歩いてきた。

 強い力を持った二人を見て、ジェフリーが感じたこと。それはセルト神とロムルス神の戦いに巻き込まれた人類の悲劇。

 あの悲劇を繰り返すわけにはいかない。そう判断したジェフリーが覚悟を決めていると、人魂となったメイジーが話しかける。

 

「もし思っていることを実行するなら力を貸すわよ。まどかもほむらも救ってあげないとね」

「済まない」

 

 敵はワルプルギスの夜だけではない、まだ自分には戦わなくてはいけない相手が居る。

 その為の覚悟をジェフリーは決めるが、少女たちに呼ばれガラスのテーブルの方を見る。

 テーブルの上には色とりどりのお菓子が並べられていて、彼もその輪の中に呼ばれていた。

 色々と思うところはあるが、今だけはこの穏やかな時間に身を任せようと思い、ジェフリーは輪の中に入る。

 この平和を守るために自分は最善を尽くすと心に決めながら。




守るための力。それはいつしかプライドに変わり、少女を強くさせる。

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