魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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悲しみを乗り越え、人は強くなっていく物


第二十六話 新しく進むべき道

 歩き続けると町は既に夕闇に包まれていた。

 そんな中さやかは見つけた。二人並んで一緒に歩く、恭介と仁美を。

 手は治ったのだが、足の方はまだ完治していない恭介はリハビリのため、この公園をよく利用していることは知っていて、そのリハビリに仁美も付き合っている事も知っていた。

 散歩するかのような歩みで恭介と寄り添って歩く仁美の前にさやかは立つ。

 

「さやか……」

「さやかさん……」

 

 これまで行方不明だったさやかがいきなり現れたことに、恭介も仁美も驚きを隠せず困惑するばかりだった。

 何よりも思いつめたような彼女の表情が場を凍りつかせるには十分であったが、先に行動を起こしたのはさやかの方であり、二人に向かって深々と頭を下げる。

 

「二人ともゴメンなさい! 心配ばっかりかけて! 迷惑ばっかりかけて!」

 

 突然行われた本気の謝罪に恭介は圧倒されるばかりであったが、仁美は彼女が今この場に現れた理由を何となくではあるが分かっている。

 猶予期間は一応与えたのだが、今この場で告白をされてもお互いのためにならないと思った仁美は声のトーンを少し下げてさやかと接する。

 

「さやかさん。私言いましたよね?」

「何の話?」

 

 仁美が怒る理由もさやかには分かる。

 猶予期間を用意してくれたにも関わらず、さやかはその場には現れず結果として恭介と仁美は恋仲になった。

 今この場でさやかがどうこう言っても場がこじれるだけ。それは分かっていたが、さやかはその辺りの謝罪も踏まえ、誠意を持った対応を行おうとする。

 

「仁美が怒る理由も分かる。今更何を言っても言い訳にしかならないってのも分かるよ。でも気持ちだけはどうしても伝えたくて……」

 

 その真摯な態度を見て、仁美は感じた。

 恭介のことに付いて常に本気だったさやかがある日を境に、彼と距離を取り始めたのには何か理由があると。

 さやかの覚悟を受け止めた仁美は静かに首を縦に振る。

 お礼の意味も込めて、さやかもまた仁美に頭を下げるが、肝心の恭介は何が何だか分からない状態であった。

 

「ありがとう仁美。じゃあ言うね、恭介……私は幼稚園の頃からずっと恭介のことが好きだったの。友達や幼馴染としてじゃなくて一人の男の子としてね」

「さやか……ゴメン気持ちは嬉しいけど、僕は志筑さんと付き合うって決めたから」

 

 こうなることは分かっていた。さやかのことを思ってこそ、仁美はさやかの告白を止めたのだ。

 だが当のさやかはスッキリした顔を浮かべて、その場から立ち去ろうとする。

 

「分かっている。でも気持ちだけは伝えたかったから、じゃあ私二人の邪魔するわけにいかないから帰るね」

「待てよ!」

 

 帰ろうとするさやかを引き止めたのは杏子の声であり、それまで物陰に潜んで様子を見ていた杏子は一行の前に姿を現す。

 

「な⁉ あなた何なんですの?」

「黙ってろ! オイさやか、このままでいいのかよ⁉ お前はあの坊やのために魂まで賭けたんだろそれなのにこんなあっさり終わらせていいのかよ⁉」

 

 身勝手だとは分かっているが、どうしても杏子は納得出来なかった。

 魔法少女の真実も知らないまま、恭介と仁美が幸せな日常を送ることが。

 仮にそれを選ぶとしても、せめてありのままの真実だけは知ってもらいたいというのが杏子の願いだった。

 

「でもそれで杏子の家族は……」

「確かにあの時はダメだった。でも今なら誰も傷つかないで真実だけを伝える方法はある」

 

 そう言うと杏子は手のひらに魔法のエネルギーを溜め、さやかの頭に触れた。

 その瞬間さやかの脳裏に思い浮かんだのは、杏子との戦いの記録だった。

 どれもさやかのKO負けではあるが、明確に当時を伝えることが出来る記憶伝達能力にさやかは息を飲む。

 魔法のエネルギーが収まるのを見ると、改めて杏子はこの魔法の詳細を伝える。

 

「幻惑魔法の応用だ。これを使えばお前の体験をそのまま相手に伝えることが出来る」

「でも……」

「心配するな。拒絶された場合はその時の記憶だけを綺麗に消すことは可能だ。お前だって諦めるだけの生き方をしたくないだろ?」

 

 杏子に促され、さやかは今の選択が正しいのかどうかもう一度自問自答してみる。

 やはり諦めきれないという想いが強かった。

 やれる事は全てやりたい。そして杏子の意思も尊重したいという想いから、さやかは杏子に任せることを選んだ。

 

「な、何ですのあなた?」

 

 仁美は突然現れた杏子に不信感を一杯にさせていて、恭介も目の前にいる目付きの悪い少女に圧倒されて怯えていた。

 

「なぁアンタ……」

「何だよ……」

「別にアンタがそのお嬢さんを選ぶのは自由だ。だがこれまで見舞いに来てくれて、アンタを曲がりなりにも支えてきたさやかに対して、何の報告もなしにそちらのお嬢さんを選ぶのは人として筋が通ってないんじゃないのか?」

 

 杏子の威圧するような言い方に恭介は圧倒されてしまう。

 だが言っていることは間違いなく事実なので、反論も出来ない状態。

 今にも殴り掛かりそうな勢いの杏子を見て、先程からあまりよくない印象を持っている仁美が間に割って入る。

 

「だから私は一日猶予を与えました。事情があるんでしたら、それこそちゃんとお伝えするのが筋ではありませんか?」

「そうだな。アンタの言う事は正論だ」

 

 仁美の反論に対して、杏子は意外にも素直に応じた。

 その事にキョトンとした顔を浮かべた二人だが、その隙に杏子は両の手のひらに魔法のエネルギーを溜め、二人の頭部に触れた。

 

「だがな、世の中正論だけでどうにもならないことが多々あるんだよ! それをお前らに教えてやるよ!」

 

 杏子の手のひらが触れた瞬間、二人の脳内にさやかの魔法少女としての記憶が一気に流れ込む。

 恭介がバイオリンが弾けないことから自暴自棄になって腐っていくのを黙って見守ることしか出来なかったさやか。

 そんな時キュゥべえと出会い、その魂を捧げることでどんな願いでも一つだけ叶えてくれる魔法少女システムを知る。

 そこで二人は魔法少女システムの全てを理解する。願い事を一つだけ叶える変わりに、その少女は人間じゃない存在、魔法少女となって魔女と呼ばれる異形達と戦う宿命を持たされることを。

 だがそれでもさやかは願った。『恭介の腕を治して欲しい』と。

 

「あの時さやかの態度がよそよそしかったのはそれで……」

 

 恭介が真実に圧倒されながらも、まだ記憶伝達魔法は続いた。

 それからは魔女と呼ばれる異形との戦いの日々が続き、まだ新人のさやかは当然苦戦を強いられ続けた。

 それでもさやかは戦い続けたが、ある日現実の絶望に負けて自らも魔女となってしまう。

 

「そんな! 魔女はかつての魔法少女だなんて……」

 

 しかもその原因の一端が自分たちにもあることを知り、仁美は何も言えなくなる。

 だがそれでも人を傷つけたくないと願い続けたさやかだった魔女は、その聖なる祈りが届いたのか、一人の魔法使いによって救われ、魂は肉体に定着し人間に戻ったことまでを杏子は伝えた。

 手を離すと杏子は二人に明らかに敵意を持った視線を送りながら叫ぶ。

 

「上条、確かにこいつがしてきたことはアンタのためにならなかったかもしれないよ! でもな好きな人を自分の醜い感情に巻き込んでどうするんだよ! アンタが感情を爆発させたせいで、さやかはあともう少しのところで取り返しの付かないことになったかもしれないんだぞ! アンタらこいつの葬式なんて出たいのかよ⁉」

 

 あまりにリアルな死のイメージに二人は息を飲み、想像してしまった。

 さやかの葬式のイメージを。遺影の中で棺桶に横たわるさやかを想像すると、二人の中で悪寒が止まらなくなってしまう。

 だがそれでも怒りが収まらない杏子は、その怒りを仁美にもぶつける。

 

「アンタもアンタだよ! さやかがまともな状態じゃないってのをどこかで気付くべきだったんじゃないのか? 本当にフェアでありたいって言うなら二人同時に告白することを提案すべきだろうがよ! 双方の準備が整うまでさ!」

「その通りですわ……」

 

 返ってきたのは先程とは違い弱弱しい声だった。

 杏子が声の方向を見ると、そこには堤防が崩壊し、涙でグシャグシャになった顔でさやかを見つめる仁美の姿があった。

 今度は逆に杏子が圧倒されていると、仁美が涙ながらに叫ぶ。

 

「ここまで私は出来ませんわ! 私なんかが彼を慕う権利なんてありません。さやかさん、あなたに全てを任せます……」

「さやか!」

 

 仁美の言葉と同時に恭介がさやかに向かって抱きつく。

 胸の中に埋まってワンワンと泣く恭介を前にさやかは何も出来ず、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。

 

「僕が悪かった! ここまで思ってくれる人なんて後にも先にも現れないよ! だから……ずっとそばに居てくれ!」

 

 拒絶されることを前提で、さやかに殴られることを前提で、杏子は行動していたので、この結果は意外だった。

 こんな非現実的な出来事を信じて受け入れてくれた二人に驚きを隠せないでいたが、杏子は情けない笑顔を浮かべながらもさやかに一言かける。

 

「よ、よかったじゃねぇか。さやか……」

「……けんじゃないわよ」

 

 彼女が望む結末が手に入ったにも関わらず、さやかの心は怒りに満ち溢れていた。

 何が何だか分からない杏子は呆けて見ることしか出来なかったが、次の瞬間さやかが取った行動に驚愕してしまう。

 

「ふざけたこと言ってんじゃないわよ!」

 

 怒りで体を震わせながら、さやかは恭介を突き飛ばすと、拳を握りしめて力任せに殴り飛ばす。

 吹き飛ばされる恭介を見て、仁美はどうしていいか分からないでその場に立ち往生していたが、続いて一気に距離を詰めたさやかによって同じように拳で殴り飛ばされ、二人は同じ位置に吹き飛ばされ、寝転んだ状態で彼女を見上げた。

 憤怒に満ちた表情で二人を見降ろしながら、さやかはまくしたてるように叫ぶ。

 

「ふざけんじゃないわよ! 恭介アンタ一度は仁美と付き合うことを承諾したんでしょ? それが何よちょっと私がお節介した程度であっさり鞍替えしてさ! 情けないと思わないわけ⁉」

 

 いつもさやかに守ってもらってばかりの恭介に取って、彼女に殴られ怒鳴られるのは生まれて初めての体験。

 何も言い返すことが出来ず、黙って彼女の話に耳を傾けた。

 

「仁美も仁美よ! 本当に好きなら、自分にはそう言う事は出来ないけど、これから先全力で恭介を支えるぐらいの事言えない訳⁉ そんな物なのアンタの恭介に対する愛情って⁉」

 

 力の限り叱咤されると何も言い返すことが出来ず、二人は黙ってさやかの話に耳を傾ける。

 感情が理性を押しのけ、さやかは自分の気持ちにトコトン正直になって叫び続ける。

 

「こうしてブチ切れてやっと分かったわよ。アタシは恭介と恋仲になりたかったわけじゃない。アンタの……多くの人を感動させられる素晴らしい演奏がもう一度聞きたいだけだったのよ! そんなアンタが見てくれる人を無視して、たった一人の女に泣きついて……そんな薄情な人間の演奏で心が動かされると思ってんの? 私、そんな恭介が弾くバイオリンなんて聞きたくもないわよ!」

 

 この叫びは二人だけでなく、杏子の心にも響き、彼女は何も言えないでいた。

 今のさやかのようにぶつかっても争っても、ちゃんと家族と向き合う勇気があれば、あんな悲劇は防げたのかもしれない。そんな後悔の念で胸が一杯になった。

 肩で息をしている状態ながら涙目で二人を睨み続けるさやか。

 やがて情けない姿を見るのも嫌になったのか、さやかは二人に背を向けて歩き出そうとする。

 

「最後に一言だけ言っておいてあげるわ仁美。そいつはヘタレの癖して癇癪持ちで、基本的にバイオリンを優先する奴よ。だからもし支えるって言うんなら覚悟しなさい。思っている以上に苦労するから」

 

 それだけを言うとさやかはその場から去ろうとして、杏子もそれに続く。

 殴られた二人はそのままの姿勢で一歩も動かず、ショックを受け続けていた。

 未だに怒りが収まらないのか、さやかは乱暴な歩調で歩き続けたが、隣に杏子が寄り添うと彼女に向かって小さくつぶやく。

 

「ゴメンね。迷惑ばかりかけて、でももう大丈夫だから……これで魔女になるなんて言わないよね?」

 

 そう言って泣きながらも杏子を安心させようと笑顔を浮かべるさやかの顔は、どこか晴れやかな物だった。

 そんな彼女につられて杏子もまた笑みを浮かべて、さやかの応対に当たる。

 

「ああ、今度は両親にちゃんと謝るんだぞ。お前には帰るべきところがちゃんとあるんだからな」

「うん。アタシ色んな人に迷惑かけちゃったからね……」

 

 これから先両親には物凄い怒られるだろう。

 何せ三日も家を開けてほっつきまわっていたのだから、でも真摯に受け止めて怒られようとさやかは決めて、二人は歩いた。

 さやかは家へと帰るため、杏子はそれを見届けるため。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 さやかのマンションに到着し、さやかは自室の前のインターホンを鳴らす。

 彼女の母親が出迎えると、さやかは開口一番母親に向かって「ゴメンなさい」とだけ言う。

 それからさやかはすぐに自宅へと入れられ、両親の歓喜の声がドアの向こうからでも響き渡った。

 泣き叫ぶ声の中にはさやかの泣き声もあった。自分はこんなにも母親や父親に愛されているのだと実感させられるのだから。

 さやかがもう完全に大丈夫だと確信を持つと、杏子はそこから出ていきマミのマンションへと向かおうとする。

 エントランスを出たところで杏子は見知った顔と出会う。

 

「これからどうする?」

 

 ジェフリーの問いかけに対して、杏子は苦笑いを浮かべた。

 そしてそのままの調子で一気にジェフリーとの距離を詰めよると、拳を放つが直前で勢いを止め、軽く小突くとスッキリとした笑みを浮かべる。

 

「止めておくわ。痛いの嫌いだし」

 

 この言葉からもうさやかが魔女になるほどの絶望に苦しむことはないと判断して、二人は並んで歩く。

 歩いている最中、杏子は色々なことをジェフリーに伝えた。

 これから自分が成すべきこと、さやかの格好いい姿の事、一語一句丁寧に伝え、自分の気持ちを精一杯アピールする。

 そのためにもまずマミのマンションに再び居候させてもらうため、二人はそこへと向かっていたが、その際杏子は気になることがあった。

 

「マミはもう大丈夫なのか?」

 

 問いかけに対して、ジェフリーはまどかから預かったスマートフォンを杏子に見せる。

 通信機器からカメラで撮影した映像が届く。

 そこにはいつも通りの穏やかな笑みを浮かべたマミが居て、自分の非を反省し、改めて見滝原を守る魔法少女として頑張る決意を示した。

 

「ところで何なんだ、この気持ち悪い板は? まどかは魔法を使えないはずだぞ?」

「後で説明するから……」

 

 携帯電話を理解出来てないジェフリーに呆れながらも、杏子はマミのマンションへと向かう。

 もう全てが大丈夫だと思うと、杏子の機嫌はよくなり鼻歌交じりで歩き、彼女の機嫌がいいのを知ると今度はジェフリーの方が話を切り出す。

 

「お前さ……」

「どうしたんだい?」

「さやかと共闘したいと思うか?」

 

 突然の突拍子もない質問に杏子は言葉を失う。

 さやかとは友人関係を築きたいと常々思っていた杏子だが、魔法少女としての共闘となれば話は別。

 まだまだ新人のさやかが足を引っ張るとも限らない。一人で長年やってきてプロ意識の強い杏子はそれが原因で喧嘩になるのではという恐れが一つ。

 悩みはまだあった。さやかが戦いの意思を表明するかどうかだ。

 魔法を使わなければ魔法使いは穢れが溜まることはない。ならば無理に戦ってグリーフシードを必死にかき集めなくても済む。

 もし杏子がさやかの立場なら、魔法少女の力など封印して日常の中で生きる事を選ぶ。

 だがもしのことなど考えても何の意味もない。杏子は自分の気持ちに正直になって答える。

 

「ちょっと前なら断ってたと思う。でも今は……お前が元の世界に帰れば、救済の能力を持っているのはさやかだけだからな。もしさやかが望むなら、アタシはアイツのために力になってやりたい。アタシだって魔女を救済したいって気持ちはあるさ。それに救済してもグリーフシードは手に入るんだろ?」

 

 杏子の問いかけに対して、ジェフリーは小さく首を縦に振る。

 彼女の答えを聞いて、これならば自分が帰った後でもさやかの戦闘面でのサポートも万全だろうと判断して、ジェフリーは自分の考えを伝える。

 

「そこでだ。お前はメイジーの試験を突破してグリムの魔法使いになった。ならさやかにはサンクチュアリの試験を受けて、サンクチュアリの魔法使いになってもらおうと思う」

「そこの入団への条件は?」

「全ての魔物を許す慈悲の心だ」

「それならさやかにピッタリだよ。試験の必要はない」

 

 さやかは既にサンクチュアリの魔法使いだとでも言わんばかりに、杏子はジェフリーの試験を一蹴しようとするが、ジェフリーは小さく首を横に振ってそれを否定する。

 

「それを行うにも力が必要だ。気持ちだけじゃ何も守れないよ」

「お前は目の前で、あの格好いいさやかを見てないから、そんな事が言えるんだよ。あの時は本当に痺れたぜ……」

 

 そこから再びさやかの恭介と仁美に対する行動を、杏子はまるで自分の武勇伝のように語り出す。

 この様子を見てジェフリーは思った。これからのお茶会は楽しい物になるだろうと。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 一夜明けて、翌日の放課後、学校が終わったさやかは家に帰ろうかどうか迷っていた。

 それを悩ませるのは一通のメールだった。

 差出人はほむらなのだが、その内容はジェフリーからの代筆。

 

『もしお前にその気があるなら、全ての魔女を救済したいという気持ちがあるなら、お前にはサンクチュアリの魔法使いの試験を受けてもらう。ルールは簡単だ。俺が指定する魔女を一体救済してもらいたい』

 

 自分には魔女を救済して元の姿に戻すことが出来る力がある。

 その力を持って魔女を救済したいという気持ちはある。

 だがこれ以上親に心配をかけたくないという気持ちがブレーキとなって、今日出さなくてもいいのではという想いから返信が出来なかった。

 だがいつまでもまごまご言ってられないのも事実。

 もうすぐワルプルギスの夜が近づく。

 それは何度もほむらから聞かされている事実であり、自分の力が役立つのならば役に立ちたいと言う想いはある。

 

(でも残り4、5日でどうしろって言うの……)

 

 さやかを悩ませるのは少なすぎるタイムリミット。

 真摯に経験を積むにしても、今からでは時間がなさすぎる。

 ようやくスタートラインに立ったと思っていたのだが、思わぬ形で早速つまづきそうなことに悔やんでいると、さやかの背中に衝撃が走る。

 

「どうした? そんなもんじゃないだろお前は?」

「杏子……」

 

 校門前で悩んで突っ立っていると杏子に背中を叩かれ、意識が現実へと戻される。

 そのすぐ前にはジェフリーもいて、半ば強制的にサンクチュアリの魔法使いへの入団試験は行われる物だと思い、さやかは諦めて二人と一緒に歩き出す。

 

「それでどうなんだ? あれから家ではどうなった?」

 

 杏子が心配に思っていたのは、あれからさやかが家族に受け入れられたかどうかと言う事。

 さやかは少し照れくさそうにしながら昨日の事を話し出す。

 殴られる覚悟を持っていたが、帰ってすぐに行われたのは「おかえり」と言う優しい言葉と両親の暖かな抱擁。

 ずっと自分を待っていてくれたらしく食卓にはさやかの大好きな料理ばかりが並び、その美味しさに涙しながら自分を受け入れてくれる場所のありがたさに改めて気づいた。

 そこからは当たり前の行動の数々全てに感動していた。暖かな風呂に入り、清潔な衣服を身に着け、柔らかなシーツに包まれて眠りに落ちる。

 そしてまた新しい朝を迎えられることがこんなにも嬉しいとは思わず、また涙したことをさやかは照れくさそうに伝えた。

 

「こんなにも愛されてる人が近くにいたのにそんな簡単なことにも気づけないなんて、アタシってほんとバカ」

「そうだよお前はどうしようもないバカヤロウだよ」

 

 そう言ってさやかと杏子は二人して穏やかに笑う。

 今まさしく友人としてスタートラインに立った二人を見て、ジェフリーと人魂として彼に憑りついているメイジーは小さく笑って二人を祝福した。

 

「だからこれ以上ママとパパに心配かけさせるわけにはいかないから、さすがに今日はまっすぐ家に帰ろうかと……」

「ああそれだったら大丈夫。さっきお前のおふくろさんに幻惑魔法かけておいたから、あの人にはお前が家にいるって状態になっている」

 

 用意の良すぎる杏子にさやかは思わずずっこけそうになるが、今の杏子にそれを突っ込む余裕は無かった。

 幻惑世界の中では自分の母親にもなってくれる人だと思うと、杏子は気恥ずかしい気持ちで一杯になり幻惑魔法をかけるのにも手間取ってしまったからだ。

 あの幻惑世界とは違ったやり方でさやかと友人関係を築こうと改めて杏子は思い、文句を言うさやかを適当に宥めながらジェフリーと一緒に目的地を目指す。

 

「ここだ」

 

 そう言ってジェフリーが立ち止まったのは安そうな木造アパートの前。

 ジェフリーは右手をかざして楕円形の入り口を作りあげると中へ入る。

 

「どうする?」

 

 杏子は既に魔法少女姿に変身していて、ジェフリーに続いていた。

 さやかも意を決して変身して中へと入る。

 いつまでも言い訳ばかりで何も進展しない。それは分かっていたから。

 誰のためでもない、今度こそ自分のためにと決意してさやかが結界内に入ると入り口は閉じた。

 それは孤独な戦いが始まる序曲だった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 学校の図書室でほむらは一人苦悩していた。

 それはサンクチュアリの魔法使いの試験のためにジェフリーが見つけて、さやかと戦わせようとしている魔女が原因だった。

 苦い顔を浮かべて脳裏に思い浮かぶのは、その魔女との思い出。

 絶望した時の反動が強ければ強い程、強力な魔女は生まれる。

 今回戦おうとしている魔女はその典型例であり、その魔女によって全滅させられたパターンも少なくはない。

 故にほむらは彼女を無理に仲間にしようとする選択肢は選ばなかった。

 メンタルがさやか以上に不安定な上に、人魚の魔女よりも強力な魔女になる可能性だってあるのだから。

 思い返されるのは時間軸の一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 その少女は佐倉杏子に保護され、彼女を助けるために魔法少女になった。

 両親から愛されていない少女の願いは一つ『杏子を死なせないで欲しい』

 その願いを受けて、杏子は普通の魔法少女よりも頑強な魔法少女になった。しかしデメリットも当然あった。

 ソウルジェムが破壊されない限り生き続ける魔法少女にも限界はある。肉体が再生不能の状態になれば、24時間以内に新しい依代を見つけなければ死ぬ。

 いくら杏子でもそれは例外ではなく、肉体がバラバラに崩壊して人として死のうという状態が訪れた。

 だが少女は杏子に死の安息を許さなかった。ソウルジェムが魔法少女の本体だと知らない少女は、魔法で杏子の肉体を作り上げそこに無理矢理杏子をあてはめて生き返らせようとした。

 出来の悪い肉人形がまともに動くわけもなく、杏子だった存在は自らの醜さと痛みに絶望して泣きわめく。

 その姿に少女は更に絶望して、何とか杏子を元に戻そうと奮闘するが、出来の悪い肉人形に肉を足しても更に酷い物になるだけ。

 最早人間とは呼べないそれに魂を付着させられそうになった杏子は涙ながらに語った。「もう死なせてくれ」と。

 その瞬間、少女は深く深く絶望した。また自分は必要とされないのかと、そして少女は魔女になった。

 魔女になって最初に食らったのは佐倉杏子だった肉人形。自分の中に取り入れることでせめて愛されようと思ったのだろう。

 炎の様に燃え上がる頭髪をなびかせながら、魔女は蹂躙してその場の魔法少女全てを食らった。

 自分の中に取り入れることで、偽りの愛情を得ようとしていたから。

 その魔法少女の名は『千歳ゆま』

 誰からも愛されなかった孤独な魔法少女は、誰よりも愛されたくてしょうがなく犬の姿になった。

 犬の魔女『Uhrmann』は今日も求めた。自分を無条件で愛してくれる存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 その時はまどかも一緒に食われ、勝てないと判断して別の時間軸へと飛ぶことをほむらは選んだ。

 それからはゆまが魔女化する時間軸には遭遇していないが、あの時の恐怖は今でも忘れられない物であった。

 故に自分も同行すると言ったのだが、ジェフリーはそれではさやかの為にならないと一蹴した。

 これからを考えれば確かに近距離型である杏子との連携を高めた方がいいのだが、不安は拭えないでいた。

 この時間軸で杏子との関連はないにしても、魔女になれば強力すぎる存在だから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 途中なぜか使い魔に襲われることもなく、ジェフリーたちは最深部に到着する。

 そして最深部に居る魔女を見ると、少女たちは唖然となる。

 アフロヘアーのように燃える頭髪を持ち、幾多ものリボンを付けた犬のような姿の魔女は侵入者を見つけると咆哮を上げ一行に向かって突進していく。

 三人はそれぞれ散り散りにかわすが、ファーストコンタクトで杏子は犬の魔女の高いポテンシャルに気づく。

 

(コイツ……強い!)

 

 それはさやかも肌で感じているらしく青ざめた顔を浮かべながら、震える手を必死になって止めようとしていた。

 杏子は高すぎる試験内容に改めて決意を固めた。

 この中の誰も欠けることなく全員で生還することを。

 それが愛と正義の魔法少女の役目だから。




悲しみを乗り越えた少女は、同じように悲しみに暮れる少女に手を差し伸べられるか?





今回登場した犬の魔女『Uhrmann』ですが、これは公式ガイドブックの設定資料だけで登場した。誰からも誰よりも愛されたくてしょうがない犬の姿をした魔女です。

その設定から、おりこマギカで登場している。千歳ゆまが魔女化した姿ではないかとよく言われていますので、私なりにアレンジして今回作ってみました。違う時間軸での魔女化のストーリーも上手く書けていたら嬉しいです。

次回は犬の魔女との戦闘編になります。次も頑張りますのでよろしくお願いします。

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