魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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人は選択を迫られる。譲れない物のために。


第二十五話 前へと進むために

 あてもなくさやかは走っていた。

 だが不思議と迷いはなかった。自分の行動が間違っていないと言う直感だけが彼女を動かし、走り続けていた。

 大通りに出るとさやかの耳に聞きなれない音が届く。

 それは金属同士がぶつかり合う炸裂音のような物であり、音の方向を見極めようとさやかは目を閉じて意識を集中させようとするが、すぐにこんな事をして意味があるのかと思う。

 

(私って今どう言う状態なんだろう?)

 

 ソウルジェムがない今、さやかは魔法少女と言えるべき存在なのか、自分でも分からなくなって困惑してしまうが、それはすぐに払拭される。

 金属音が響く方向が分かると、自然と足はそちらへと向けられ、自然と歩を進めさせた。

 それが何を意味しているのかは分からない。自分に何が出来るのかも分からない。

 だがさやかは走ることをやめなかった。ここで止まったら再び深く後悔してしまうような気がしていたから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 穂先と刃がぶつかり合うたびに火花が飛び散る。

 これは双方の実力が高くなければ起きない現象。

 火花の中を少女と青年は駆け巡って、次の一手を瞬時に放つ。

 だがお互いにフェイントを何回も重ねて致命傷を与えるつもりでも、そのフェイントも読まれ、相打ちの状態が続いて火花と炸裂音が何度も響き渡った。

 

「でりゃああああああああ!」

 

 気合いの入った杏子の叫びと共に槍が縦一文字に振り下ろされる。

 その攻撃をジェフリーは最小限のバックステップでかわし、振り下ろされ穂先が地面に触れた瞬間を狙って柄で杏子の顔面に一撃を食らわせる。

 鈍い音が響き、杏子の体が後方にのけ反った瞬間にジェフリーは体を捻ってバックスピンキックを食らわすと、杏子を吹き飛ばして距離を取った。

 すぐに杏子は足を踏ん張って体勢を立て直すと、ジェフリーを睨んで再び槍を構えて戦闘態勢を取る。

 だがジェフリーはため息を一つつくと、改魔のフォークをしまって、法衣姿を解こうと腕輪を右手に装着する。

 

「何の真似だ⁉」

 

 戦いを勝手に終わらせるジェフリーに向かって、杏子は敵意を持った叫び声を上げるが、ジェフリーは気にすることなく淡々と語る。

 

「お前の方にやる気がない以上この戦いは無意味だ。お前、自分で気付いてないのか無意識の内に力をセーブしていることに?」

 

 ジェフリーは落胆したような呆れ顔を浮かべながら語る。

 痛い所を突かれ、杏子は思わずバツの悪い顔を浮かべてしまう。

 彼が望むのは本気の殺し合いであり、そうでなければ杏子自身が望む物も手に入らない。

 だが杏子自身も気づいていた。本気で殺し合いに至るまでモチベーションが上がらないことに。

 今までは目に映る全てが敵だと思っていたので、こんな事で悩むことはなかったが、訓練レベルでの本気しか出せないことに杏子自身も苛立っていた。

 

「やる気のない奴を相手にしても無駄だ。そんなにお前が望むんならな……」

 

 そう言うとジェフリーは光を失った眼を浮かべて右手を突き出す。

 

「お前もさやかもまとめて生贄にしてやるぞ! そうすればずっと二人は一緒だ」

 

 それは杏子に取っての地雷とも言える言葉。

 すぐに怒りの感情が彼女の中を占めるが、同時にすぐに冷静さも取り戻され、怒りは戦いのモチベーションへと変わる。

 杏子は槍を地面に下ろすとフラフラと覚束ない足取りでジェフリーの元へと向かう。

 一見すれば戦闘を放棄したかのように見える。だがジェフリーは気づいている。

 これは攻撃がどこから来るか分からなくするためのフェイント。

 先程までとは違い、ギラギラとした肌がひりつく感覚を覚える。

 これは杏子が本気になった証だと体で感じ、再び改魔のフォークを召喚すると目の前の敵に向ける。

 

「ありがとうな。アタシのために悪役を買ってくれて、おかげで目的を果たせられそうだ……」

 

 ジェフリーと同じく光を失った目でゆっくり杏子は彼との距離を詰める。

 これは対戦相手に一切の慈悲を持たずに相手を本気で殺そうとしている物の目。

 その眼を何度も見ているジェフリーは背筋がぞわぞわと冷たくなる感覚を思い出し、記憶が蘇っていく。

 危険人物とマークされてアヴァロンの刺客から何度も命を奪われた記憶を。

 その度に返り討ちにして生贄にしてきた。

 モチベーションは死の恐怖。

 その恐怖を目の前の少女からも感じられ、ジェフリーはやられる前にやろうと一気に杏子との距離を詰めよる。

 

「潰すぞ! オラ!」

 

 その前に目の前の杏子は飛びかかって同時に12体の分身が現れ、目まぐるしく交差していく。

 瞬く間に本体がどれか分からなくなり、ジェフリーは戸惑うが杏子はお構いなしに攻撃を繰り返す。

 先程までのフェイントを織り交ぜ続けなければ攻撃が当たらなかった時と違い、杏子の斬撃は面白いぐらいにジェフリーの肉をえぐり、血しぶきを舞わせて、彼に致命傷レベルのダメージを与え続けていた。

 こう言う攻撃を行う相手を撃墜する場合、本体を叩くのが一番手っ取り早いのだが、杏子の動きは素早すぎてどれが本体か分からない状態。

 思考をまとめる時間もなく、杏子のロッソ・ファンタズマの刃は着実にジェフリーの体を切り刻み、肉を削ぎ骨にまで刃は達そうとしていた。

 血だまりが出来るぐらいに刻まれているのを見ると、杏子は一気に勝負をつけようと全ての幻影を集めて攻撃に転じようとする。

 中央の本体が指示を出すと、そこから幻影たちが集まって円陣を組む。

 そこから一気に全ての幻影が本体と共に荒い息遣いでその場に立ち往生しているジェフリーに向かって突っ込む。

 

「お前にはガッカリだよ! ジェフリー!」

 

 失望の叫びと共に杏子はジェフリーを撃墜しようと12体の幻影を従えて突っ込む。

 ジェフリーから攻撃の意思は感じられず、杏子は勝利を確信して13ある穂先を全て青年へと向ける。

 その間も杏子に油断はない。

 攻撃に転じている間も幻惑と入れ替わって撃墜されないようにしていたからだ。

 これで余程のことがなければ本体が落とされる心配はないと踏んで突っ込む。

 全ての穂先がジェフリーを貫こうとした瞬間、ジェフリーの右手が怪しく光る。

 

「何だこりゃ?」

 

 一瞬ではあるが杏子はその輝きに戸惑い、思考がそこへと向けられる。

 白い光と黒い光が混じりあった混沌とした光。

 そこから発せられたのは白銀のエネルギー弾だった。

 最後の抵抗を見せたジェフリーだが、杏子は意に介さず突っ込む。

 彼が自動追尾弾の矢を放つのは知っているが、それにも限界はある。

 攻撃する本人が攻撃対象をキチンと見極めてなければ、自動追尾弾も効果を発揮しない。

 杏子は改めて目の前のジェフリーを見る。

 目は虚ろで立っているのもやっとの状態から、とてもではないが幻影と本体の区別が付いているとは思えない。

 杏子は勝負を決するのは自分だと思い、幻影との交替を繰り返しながら突っ込むが、次の瞬間勝ち誇った考えは一変させられる。

 

「バカな⁉」

 

 白銀のエネルギー弾は入れ替わりを繰り返し、杏子自身にしか分からないと思っていた本体に直撃する。

 強力な一撃を至近距離で貰ってしまい、杏子の体は空中で崩れるが、それでも気持ちだけで幻影たちに攻撃命令を下そうとする。

 

「行け! ロッソ・ファンタズ……」

「神の思念達よ! 今だけは許す。思う存分暴れろ!」

 

 右腕に引っ張られるようにジェフリーは体ごと右腕を突き出す。

 と言うよりは見えない何かに右腕を引っ張られると言った方が正しい表現かもしれない。

 情けない格好にも関わらず、右腕から発せられる攻撃は強力な物だった。

 白銀のエネルギー弾と漆黒のエネルギー弾はピンポイントに杏子だけを狙い、その体を貫いた。

 杏子は連続で襲いかかるエネルギー弾に対してのせめてもの防御として、胸元にあるソウルジェムを両手でかばい完全に防御姿勢を取った。

 幻影が消え、杏子自身も槍を手放して攻撃を放棄したのを見ると、ジェフリーは強引に拳を握って暴れ回る右腕を再び自分の意思で押さえつける。

 右腕が完全に自分の物になったか確かめる前に『巨神の腕(改)』を発動させて、上空で無防備になっている杏子の顔面に向かって拳を叩きこむ。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 

 死への恐怖からの逃亡か、先程まで右腕を別の何かに奪われていた時の恐怖を忘れるための行動かは分からない。

 だがジェフリーは目の前の少女を仲間だとは思わず、力の限り拳を叩きこみ続けた。

 その体は地面にめり込み、瞬く間に杏子の体はどこから出血しているか分からないぐらいに血まみれになって、地面に出来た穴に血が溜まって血の池が出来上がっていくが、それでも杏子はソウルジェムを守ることを忘れず、そこから手をどけようとしなかった。

 

(やばい。マジで死ぬかも……)

 

 あまりの攻撃の激しさに杏子も意識が遠のくのを感じる。

 痛覚排除魔法を使えなくなったことから、前よりも痛みに対して弱くなったと痛感して、杏子は襲ってくる拳の連打から逃げるように意識を遠いところに預けようとした。

 

「何やってるのよ⁉」

 

 その瞬間、第三者の怒鳴り声が響く。

 何事かと思って、ジェフリーは杏子に振るう拳を止め、声の方向を見る。

 するとそこにはマミのマンションにいるはずのさやかが居た。

 さやかは二人が殺し合いレベルの戦闘を行っているのを見ると、慌ててその場に駆け寄る。

 さやかの中でイメージされていたのは二人を止めることだけ。

 力が欲しいと強くイメージされた瞬間、少女の体は光に包まれ、その体を法衣が包みこんでいた。

 魔法少女のコスチュームに変身出来たことに驚きながらも、さやかは剣を幾多も召喚してジェフリーと杏子の間に向かって投げ飛ばす。

 するとさやかのイメージ通りに剣は地面へと突き刺さり、ジェフリーと杏子の間に剣のバリケードが出来上がっていた。

 

「何やっているのよ⁉」

 

 二人の殺し合いが止められたのを見ると、さやかはジェフリーの元に駆け寄り怒りをぶつけた。

 彼の話では魔女を救済と聞いたはずなのにやっていることは杏子に対する暴行。

 何に対して怒っているのかは自分でも分からないが、さやかは涙目でジェフリーを睨み付けながら説明を求めた。

 だがジェフリーは横にいるさやかを邪魔そうに跳ね除けると、巨大化した右腕で剣のバリケードを崩壊しようとする。

 刃が拳に食いこみその腕からは血が流れるが構わない。

 ジェフリーは乱暴に刃から剣を崩壊させると、目の前で息が絶え絶えになっている杏子に向かって拳を振り下ろそうとする。

 

「止めて!」

 

 それに対してさやかはジェフリーに向かって胴タックルを決めて彼をなぎ倒す。

 二人の間に空間が出来上がると、さやかは剣を構えて杏子の前に立つ。

 

「それ以上やるって言うなら、私が相手だ!」

「や・め・ろ……」

 

 敵意を持ってジェフリーを睨むさやかを止めたのは、ボロボロになった杏子の声。

 自然治癒能力で回復はしているのだが、それでも体中血まみれの杏子は起き上がるのも苦しい状態であり、体を震わせながら槍をつっかえ棒代わりにしてゆっくりと起き上がると、さやかの手に自分の手を置いて、持っていた剣を下ろさせようとする。

 

「これはアタシが望んだことだ……こうしなければアタシの望みは叶わない」

「何が望みよ!」

 

 剣をしまうとさやかは杏子のソウルジェムを奪い取って彼女に見せつける。

 必殺技レベルの魔法を多々使用したため、真っ黒に近い状態で濁り切っていており、もう一歩強力な魔法を使えばそこから魔女になってしまうのは目に見えて分かっている状態であった。

 

「こんな状態になって! 魔女になったらどうするつもりなのよ⁉」

「それがアタシの望みだ……」

 

 魔女になることが望み。言っている意味が分からず、さやかは呆けた顔を浮かべる。

 彼女の動きが止まったのを見ると、杏子はさやかからソウルジェムを取り返す。

 物を再び胸につけ直すと、杏子はさやかと向き合って話し出す。

 

「まずさやかにはちゃんと謝らないといけない。魔女だった時にアタシが何をしようとしたかってのは覚えているか?」

「ゴメン全く」

 

 魔女だったころの記憶はさやかにはほとんどない。

 漠然とした感想ではあるが、ただ辛くて苦しいだけだったとしか言うことが出来ない。

 杏子は複雑そうな顔を浮かべながらも、さやかに向かって頭を下げる。

 

「何よいきなり⁉」

「アタシはな。さやかの気持ちも考えず、お前と一緒に無理心中をしようとしたんだ。本当にゴメンな。その前にも謝ることは一杯ある。お前はアタシじゃないのに、アタシの都合ばかり押し付けてさ……本当にゴメンな」

 

 そう言って謝る杏子の姿はさやかが見てきた彼女の姿からは想像も出来ない程小さい物だった。

 その堂々とした態度と実力は見合った物であり、それこそが彼女の色だと思っている部分もあったので、ここまで小さくなっている杏子を見て、さやかは何も言えないでいた。

 

「でも直前で精神だけがこことは違う世界に放り込まれてな。間一髪のところでさやかはアタシの下らない無理心中に巻き込まれることなく、ジェフリーに救済されたって訳だ。そこで滅茶苦茶怒られたよ。好きな人を自分の醜い感情に巻き込んでどうするんだってな」

「そうなの?」

 

 さやかはキョトンとした顔を浮かべながら、ジェフリーに事の詳細を尋ねる。

 そんなことが出来るのはジェフリーぐらいだろうと思っていたが、彼から返ってきた答えは意外な物だった。

 

「倒れているのは見た。だが幻惑世界に放り込まれたとはどう言う事だ? 俺はその事については何も知らないぞ」

 

 杏子を幻惑世界に放り込んだのがジェフリーの仕業ではないと知り、さやかは何が何だか分からなくなり、再び杏子の方を向く。

 

「実はな。そいつが現れてから、アタシは幽霊に憑りつかれていたんだよ。そいつの友達の幻惑使いの魔法使い、三代目レッドフードにな」

「何だって⁉」

 

 レッドフードの名を聞くと、今度はジェフリーの方が反応をする。

 ジェフリーは瞳孔が開いた目を浮かべながら、杏子の肩を揺さぶって事の詳細を聞こうとする。

 

「どう言う事だ⁉ メイジーがこの世界にいるのか⁉ 答えろ!」

「メイジー? それがレッドフードの本名なのか?」

「質問をしているのはこっちだ! 答えろ!」

 

 杏子の体を激しく揺さぶり、ジェフリーはレッドフードに関しての情報を聞き出そうとする。

 激しく体を揺さぶられて脳がシェイクされる感覚を杏子が覚えると、彼女の中からモヤが現れ、それは人影となって実体化した。

 そして体の形が完全に出来上がると人影はジェフリーに向かって拳骨を食らわせる。

 

「コラ! 女の子相手に何て態度だ!」

 

 頭に感じる痛みよりも先に聞き覚えのある声にジェフリーは顔を上げる。

 そこに居たのは赤いフードを被り、全身を真っ赤で派手な法衣に身を包み、右目が眼帯で覆われた美女だった。

 さやかは突然現れた幽霊と思われる存在に絶句し、杏子は消えてなくなったと思っていたレッドフードがその場に居る事に言葉を失った。

 だがジェフリーはそんな二人よりも驚きの度合いが大きく、その手に向かって自分も手を伸ばすが、体に触れることは出来ず、改めてレッドフードが魂だけの存在であることが理解できる。

 

「メイジー……お前何で?」

 

 ジェフリーの目の前で体を両断されて死んでいった彼女がその場に居るのか分からず、ジェフリーは何故彼女がそこに居るのかを聞く。

 メイジーは少し悩む素振りを見せた後、自分のそれからをゆっくりと語り出す。

 

「何でだろうね? まぁ未練がましい女だったってことなんでしょうね。あなたの最後の戦いの決着を見届けるまでは人魂でもその場にとどまり続けるって思い続けたら、本当にそうなっちゃったってところなんだろうね」

 

 淡々とメイジーは語るが、そんな彼女とは対照的にジェフリーは辛そうな顔を浮かべていた。

 当時のことを思い出して、目の前の存在を守れなかったことにジェフリーは罪悪感で心が一杯になるが、メイジーはそんなジェフリーの顔を持ちあげると額に向かってキスをする。

 

「そんな顔しないで、これは私が望んだことなんだから。あなたから受け継いだ物を説いた結果、一人の女の子を救うことが出来たわ。今はそれを喜びましょう」

「何が『それを喜びましょう』だ!」

 

 二人の間に穏やかな空気が流れている中、少女の怒声が響き渡る。

 メイジーが振り返るとそこには明らかに怒りの視線を持って彼女を睨む杏子の姿があった。

 

「お前あの時死んだんじゃないのかよ⁉」

「失礼ね。幻惑世界を解放して、目に見える状態を解除しただけよ。それにもう私は死んでいるのよ。二度も死ぬわけないじゃない」

「人の気も知らないで!」

 

 感情に身を任せて怒り狂う杏子を窘めるメイジー。

 二人の言い争いを見て、ジェフリーは二人から強い信頼関係を感じた。

 人魂となって彼女に憑りついている間も、彼女の心のサポートを行い続けていだであろうと思い、ジェフリーは心の中でメイジーに感謝の言葉を送った。

 だが二人の言い争いを快く思わない人物がそこには一人居た。

 

「ちょっと杏子! 話の途中でしょ⁉」

 

 さやかに叫ばれると、杏子は本来の目的を思い出してメイジーを手で追いやる。

 メイジーは離れているジェフリーの元に佇むと、改めて杏子はさやかと向き合って話を進めようとする。

 

「やっと名前で呼んでくれたな」

 

 何気なく言った言葉だが、さやかはそれが胸に響いた。

 やり方はとにかく杏子が自分を心配してくれて行動をしたのは事実。

 そんな彼女に対して、さやかはまともに向き合おうとせず罵声を非難の限りを浴びせてきたのだから。

 罪悪感から思わず目を逸らしながら、さやかはつぶやくように言う。

 

「それはゴメン……」

「いいんだよ。それよりも話の続きだ」

 

 そこから杏子は幻惑世界での体験を語り出す。

 メイジーに見せられた自分の理想の幸せな日々の数々。

 さやかの家族に受け入れられ、さやかと理想とする友人としての穏やかな日々を過ごしたことを。

 でもそれは決して現実ではありえないこと、それに気づけたからこそ杏子はメイジーを打ち倒して、ここへ戻ってきたことを告げた。

 

「気持ち悪いだろ? 友達になりたいって望んでた癖して、偉そうにさやかに取ってかけがえのない存在になろうって語ってた癖して、やってることは自己満足の類ばかりだからな」

「少なくとも今の好感度じゃ、そこまでは無理だよ……」

 

 杏子の弱弱しさが伝染してしまったのか、さやかは弱弱しいながらも語る。

 分かりきっていたことだが、それでも直に言われると辛い物があり、杏子は思わず怯みそうになるが、引き続き話を進める。

 

「分かっているよ。考えてみれば、あそこで魔女になるのは当然だよな。あそこでアタシが来た程度で、バイオリニストの坊やのことなんてどうでもいいなんてなってみろ。アタシお前の事嫌いになってたと思うぞ。お前の願いってのはそんなに軽い物だったのかってな」

 

 当時のことを思い出して、さやかは辛そうな顔を浮かべる。

 その儚げな表情を見て、杏子もまた胸が痛む感覚を覚えた。

 そんな彼女に対して自分は何もしてやれない。ジェフリーに対する嫉妬心が起こりそうになる。

 だがそれを払拭するためにも杏子はジェフリーに求めた。

 彼女を救う力を得ることを。

 

「前にも話したと思うが、アタシはさやかには幸せになってもらいたいって本気で思っている。だからこそこれは必要な行為なんだ」

「だからどうして私を助けることと、魔女になることが関係あるのよ?」

「お前不思議に思わないのか? ソウルジェムもないのに魔法少女に変身出来たことを?」

 

 杏子に言われて、改めてさやかは自分の姿を見る。

 そこには確かに魔法少女の法衣に身を包んだ自分が居て、さやかが望むと法衣は解除されて元の制服姿に戻った。

 確かにソウルジェムもない、魔法少女でもないさやかがなぜ、魔法の力を使えるのか分からず困惑し、さやかは答えをジェフリーに求めようとする。

 

「元魔物だった人間は、例え魔法が使えないロムルス人であっても、魔法を使える事が多い、魔物だった頃の力が体に残っているからだろうな」

「これはアタシの推測でしかないが……」

 

 先にジェフリーから話を聞いている杏子は自分なりに立てた仮説について語り出す。

 魔法少女を救済した結果、魔法少女はどちらかと言うと魔法使いに近い存在になるのではと思った。

 魔法使いも魔物になる方法は存在する。だが魔法少女に比べれば、デメリットは少ない方だと思われる。

 自分なりに仮説を立てて伝えると、ジェフリーは首を縦に振る。

 

「少なくとも魔法使いは年を取らないなんてことはないよ。魔法使いは生きているからこそ、代償に苦しめられる物なんだからな」

 

 その言葉に重みがあり、さやかにはよく理解出来た。

 仮説が合っていることが分かると、杏子は再び話し始める。

 

「もう失いたくないんだよアタシは何も……救済されてもその後深く絶望して50%の可能性で魔女になる可能性はあるってことはジェフリーから聞かされたろ?」

 

 杏子の問いかけにさやかは小さく頷く。

 情報が伝わっているのを見ると、杏子は話を続ける。

 

「全部失って好き勝手に生きてきたアタシは魔女なんて物にならずに済んだ。だがお前は違う。そんなことが出来ない優しい性格だって知っているし、これからもあの二人と関わり合いにならなきゃいけない。だから……」

 

 そう言うと杏子はさやかに向かって右腕を突き出す。

 その意味が分からず、さやかは困惑した顔を浮かべるが杏子は構わずに話す。

 

「アタシが魔女になって救済されれば、アタシにも魔法使いの力は身につく。そうすれば何度さやかが絶望しても、いくらでも救済し続けてやるよ。何十回でも何百回でも何千万回でも、アンタが嫌だって言っても救済し続ける!」

 

 前にも似たような事を言われたが、その時は結局喧嘩になってしまった。

 だがその時とは違う理由でさやかの中に怒りの感情が芽生えるのを感じた。

 広がっていく怒りを抑えることが出来ず、それは体からあふれ出る。

 歯ぎしりをして、体が震え、感情を体の中に抑えることが出来なくなったさやかは平手を振り上げて思い切り杏子の頬を叩いた。

 炸裂音が響き渡り、杏子は力なく膝を突いて驚いた顔でさやかの顔を見る。

 

「ふざけんじゃないわよ! アンタ魔女になるってのがどんなに辛いことか分かって言ってんの⁉ 理性も論理も吹っ飛んで、本当に欲しい物を求めることしかしない畜生以下の存在になるのよ! アタシを言い訳にしてそんな存在になるなんて、そんなのアタシが許さない!」

 

 杏子は驚愕していた。かつて自分が言った台詞をそのまま返されるとは思っていなかったから。

 だがそれでも杏子も譲るつもりはない。

 今は平気でも、これから先、恭介と仁美を見て絶望しない保証なんてどこにもない。

 だからこそ杏子は立ち上がって、さやかと向き合って話すことを選んだ。

 

「しょうがないだろ……さやかはアタシとは違うんだ。これから先もあの二人と向かい合わなきゃいけないし、アタシみたいに好き勝手生きるようなこと出来ないんだろ? だから……」

「一つだけあるよ。杏子が魔女にならないでも済む方法」

 

 静かなさやかの声に杏子は息を飲む。

 その表情は何かを覚悟したかのような悲壮感漂う物であり、杏子は圧倒されていたが、彼女に構わずさやかは自分の決意を伝える。

 

「私が乗り越えればいいのよ。恭介と仁美の事に関して、いつまでもグジグジしたまんまなんてアタシだってやだ」

「だけどよ……」

「杏子はもう決着を付けることも出来ないから、そうなっちゃったんでしょ? だけど私は違う。ちゃんと決着を付けることだって出来る。今から改めて告白してくるから……」

 

 そう言ってズカズカと歩むさやか。

 その隣を変身を解除して杏子も付いていく。

 

「アタシも付いていく。絶対に邪魔はしないし、相手に危害を加えるような真似もしないから、見届けさせてくれ」

「勝手にすれば」

 

 素っ気なく言うさやかの辛辣な態度に傷つきながらも、杏子は感じていたこれが現実なのだと。

 二人は無言で歩いていて、傍目から見ても居心地の悪さが伝わるが、ジェフリーは杏子の背中から感じ取っていた。今はこの状態でもいつか見た幻惑を現実に変えてやろうという気概を。

 

「あの二人は変わろうと前に進んでいるよ……」

 

 一人取り残されたジェフリーに話しかけたのはメイジー。

 その言葉の意味をジェフリーは知っている。恐らくはこれまでの全ての顛末を見届け続けた彼女は知っているはずだ。自分の全てを。

 

「思い出ばかりを大切にしないで……もうあなたは十分に苦しんだし、悲しんだでしょ?」

 

 その言葉には重みがあった。

 ジェフリーだって分かっている。このままでは何も変わらないということぐらいは。

 だが現実の重さの前に、心の余裕を持つだけの暇は無かった。

 マーリンが滅ぼしてしまった街を復興させるため、聖杯の残党である多くの魔物たちの討伐も残っている。

 そんな状態で心に余裕を持つことが出来るわけない。だがそれを言い訳に過去にばかりこだわるのも愚かしいと言う事も分かる。

 メイジーの言葉に対して、ジェフリーが選んだのは無言。

 遠い目を浮かべて沈黙するジェフリーを見て、メイジーは彼を抱きしめることを選んだ。

 

「困ったわね……」

 

 人魂のため体温は感じられなかった。だが心は妙に暖かな気持ちになった。

 いつまでもこのままではいけない。それは分かっているのだが、これから先どうしていいかがジェフリーにはどうしても見えなかった。

 それがジェフリーの代償だから。




譲れない物同士があるから人はぶつかる。そして人同士は繋がる。





裏設定の時間です。

ジェフリーが杏子に放った魔法ですが、セルト神とロムルス神から採取できる『邪神の産毛』と『聖神の産毛』です。
神の思念をマーリンごと宿した彼ですが、完全には制御出来ていないという設定にしています。

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