魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

24 / 64
誰かのために行動する。それだけが人間だけがする行為


第二十四話 想い人たちへ

 近くの公園のベンチに腰を下ろし、杏子とジェフリーは隣同士に座って話をしていた。

 初めに自分がさやかにしてきた事と魔女になった経緯を話し、次に杏子はさやかに何をしたのかを聞き、ジェフリーはそれに答えた。

 生贄と救済のこと、魔法使いの最後のことを。

 さやかを助けたのが救済による物だと分かると、杏子はそこから更に詳しい情報を聞き出そうとする。

 

「それで、救済された人間はもうただの人間になるのか? そこからまた魔物になったりしないのか?」

 

 必死の形相でジェフリーの肩を掴みながら、興奮しきった様子で杏子は尋ねる。

 ジェフリーが異世界の人間である以上、ワルプルギスの夜を倒せば、彼は彼の世界に帰るのが道理。

 そうなった時残されたさやかはどうなるのか、杏子が気になっているのはそこだけだった。

 ジェフリーは掴まれた手を解くと、彼女を宥めながら話し出す。

 

「残念ながらそう簡単にはいかない。辛い現実に耐えられず、深く絶望してそこからまた魔物に落ちる確率は50%である」

 

 現実を知ると杏子は項垂れてしまう。

 必ずなるというわけではないが、50%は決して低い数字ではない。

 上条恭介に関しての事実はこれからも付き合わなければいけないこと。

 打たれ弱い方のさやかを考えると、杏子は胸が痛む感覚を覚えた。

 現状を打破しようと唯一の希望であるジェフリーに少女はすがる。

 

「何とか方法はないのか? アタシが救済行為を手に入れる方法とか……」

「それならある」

 

 杏子の懇願に対してジェフリーは変わらず淡々とした口調で答えた。

 その方法は勇気が必要であり、事実を知るとさすがの杏子でも青ざめた顔を浮かべるが、すぐに自分に気合いを入れ直すと力強い目付きでジェフリーを見て話す。

 

「分かった。やってくれ」

「その前にさやかと話がしたい」

 

 恋に破れ深く絶望して魔女になった少女と話し合うことをジェフリーは望み、ベンチから立ってまっすぐマミのマンションへと向かう。

 杏子は自分と同じことをして、ジェフリーも自分と同じように拒絶するのではと一瞬思ったが、その不安はすぐに消えてなくなった。

 理由はない。だが安心感は強くあった。彼なら何とかしてくれるであろうと言う都合のいい考えが杏子の中を占めていた。

 それは今まで彼の隣で戦って、彼を信頼している証だと言う事に杏子は気づいてなかったが、杏子は背中に向かって叫ぶ。

 

「必ず戻ってこいよ! 約束破ったら承知しないからな!」

 

 少女の叫びに対して、ジェフリーは右手を上げて答えた。

 今はジャケットで隠れているが、そこから軽く覗くケロイドのような右腕を見て杏子は心が落ち着くのを感じていた。

 見るに耐えない傷跡ではあるが、逆に言えばそれだけ場数を積んだとも言える。

 重い過去を背負っても、それでも人であることを捨てずに戦い続けるジェフリーを見て、杏子の中である想いが生まれた。

 

(いつかその胸の秘密、アタシにも分けてくれるよな……)

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 目が覚めると見知らぬ天井がそこにあった。

 美樹さやかは自分が人間として再び生を受けたことを理解できず、ボンヤリと天井を見上げるだけだったが、体が覚醒していくに連れ、自分の置かれた状況を理解しようと首だけで辺りを見回す。

 そこは何度か遊びに来ているマミのマンションの一室であることを理解すると、続いて時計を見る。

 時刻は午後の四時をさしていて、町は日が落ち始めている状況になっていた。

 そんな時間帯ならば家主であるマミは居るだろうとさやかは思い、次に耳を澄ませてみたが、その耳には何も届かず静寂だけが響いていた。

 

(どうなってるの?)

「お目覚めかな?」

 

 困惑してどうしていいか分からないさやかの耳に聞きなれた男の声が届く。

 声の方向に体を起こすと、そこにはドアに背を預けて黙ってさやかを見つめるジェフリーの姿があった。

 だが起き上がると同時に、さやかは自分の体をベタベタ触って何かを確認しようとしていた。

 魔女だったころの記憶はほとんどないが、辛くて悲しいことだけは覚えている。

 何度も何度も手のひらで自分の体を触るさやかを見て、ジェフリーは右手から手鏡を一つ取り出すとさやかに手渡す。

 

「ありがとう……」

 

 ジェフリーが渡したのは『白雪姫』を倒した時に手に入るビームが出る鏡の供物『鏡王女の瞳』なのだが、普通に鏡としても使用出来る。

 さやかは渡された鏡で自分の顔を見る。

 沈みきっていて酷い表情ではあるが、そこに居るのは間違いなく人間美樹さやかであった。

 だがすぐにその表情は沈んだ物に変わる。所詮自分は魂をソウルジェムに封印されて無理矢理体を動かしているだけのゾンビに過ぎない。そんな考えが頭を占め尽くす。

 

「そう言えばソウルジェム……え?」

 

 思いだしたかのようにさやかはソウルジェムを探すが、ここで自分の体に起こった変化に改めて気づく。

 体をまさぐってもソウルジェムがどこにも見当たらないのだ。ここで初めてさやかはベッドから体を起こして、立ち上がって部屋中を組まなく探すがどこにもソウルジェムは見当たらなかった。

 100メートル離れれば肉体とのリンクが絶たれるのはキュゥべえから聞かされている。

 だがどこを探してもそれが見つからないことに疑問を感じると、さやかは目でジェフリーに訴えかける。

 

「ソウルジェムならもう無い」

「え⁉」

 

 ジェフリーの言葉が信じられず、さやかは素っ頓狂な声を上げて驚く。

 駅のホームで杏子に自分の心情を吐露してからの記憶が全くないさやかに取って、唯一現状を知る手段はジェフリーしかないと思って、彼が自分に何をしたのかを目で訴えかけた。

 

「分かった。話してやるよ全てをな……」

 

 そこからジェフリーは自分たちの世界に関しての魔物について話し出す。

 聖杯による契約で元は人間だった物たちと戦ってきたこと、そして魔法使いはその魂を右腕に宿す生贄、魔物だった人間を許し、その気だけを貰う救済、この二つの選択肢がある事。

 そして生贄行為を繰り返した魔法使いの最後は、魂を受け止めきれずに自らも魔物になることを語った。

 

「それじゃあ……」

「そう言う事だ、今回お前に施したのは救済行為。その際魂は再び肉体に定着したよ。さやか、もうゾンビなんて言わせないぞ。お前自身もそう言う事を言うのは俺が許さない」

 

 あまりにも都合が良すぎる話にさやかは圧倒されるばかりだった。

 だが両手を上げて子供のように喜ぶことはさやかには出来なかった。

 魔女になるまでも自分は罪深い行為をしてしまっていた。

 自分の感情だけでホスト二名の顔をズタズタに切り裂いたことは許されないこと。

 その時の手に残った嫌な感覚を思い出し、さやかは再び沈んだ顔を浮かべてしまうが、ジェフリーはそれを許さなかった。

 

「今度はお前の番だ。杏子と喧嘩別れしてから何があった?」

 

 まるでさやかの心を見透かしたかのように、ピンポイントで痛い所を責めるジェフリーにさやかは思わずバツの悪い顔を浮かべてしまう。

 だが沈黙を許してもらえるような空気ではない。静寂にも負け、さやかはポツポツと語り出す。

 偶然乗り合わせた電車内で女性を卑下して馬鹿にするようなホストたちの発言がどうしても許せず、私情で魔法を使って二人を傷つけたことを。

 

「最低でしょ私って……」

「何だあれお前がやったのか?」

 

 沈みきっているさやかに対してジェフリーの声はあっけらかんとした物だった。

 突然のことにさやかも何が何だか分からず、ポカンと呆けた顔のままジェフリーを見て事の詳細を聞こうとする。

 

「白い電気馬車から魔のエネルギー感じ取ったからな。救済しておいたよ」

「何でそこまで……」

「勘違いするな。お前のためじゃない、俺のためだ」

 

 そう言うとジェフリーはまだ魔物について話していなかったことを思い出し、そのことをさやかに話す。

 魔物によって付けられた傷から毒のように欲望が入りこみ、その存在と全く同じ魔物になる『ドッペルゲンガー』についての現象について伝えると、ジェフリーは続けて話を進める。

 

「俺も魔物になるのはゴメンだからな。バランスを取るために救済したが、聖なる気はほとんどなかったよ、女の激情に触れるのも当然だ。お前が気にすることじゃない」

「でも……アタシなんて本当に最低で……」

 

 そこからまたさやかは自分がしてきた行為に嫌になって涙を流す。

 魔法少女としても魔女を討伐することが出来ず、自分の欲しい物は何一つ手に入らなかった。

 ただ呪いを振りまくだけの存在である自分に嫌気がさして、さめざめと泣き続けるが、そんな時ジェフリーの手がさやかの肩に触れた。

 

「どうしようもない理不尽に触れて心が崩壊しそうな時、俺達の世界では心を守るための行為がある。それはな……」

 

 さやかの返事も聞かずにジェフリーは一方的に話す。

 一旦さやかと距離を置いて再びドアに背を預けると、再び話し出す。

 

「他の見下すべき対象に怒りや憎しみ全てぶつけることだ。事実俺の世界では元魔物の人間が集まる街『醜人街』と言う街がありだな。人々はそれらに怒りと憎しみをぶつけ続けたよ。農作物は不作なのは近くに元魔物がいるせいだと、事あるごとに怒りと憎しみをぶつけて憂さ晴らしすることで、自分はまだまともだと思っていたんだろうな」

「物凄い卑怯でワガママだって分かっています。でも私そんな真似したくないです……」

 

 そんなことをしたって何も変わらない。

 それは影の魔女戦でも、電車の中での行動でも分かったこと。

 さやかは相変わらず沈んだままの顔で俯いているだけだったが、ジェフリーはそれでも話を続けた。

 

「何を言う。お前は幼馴染のバイオリニストの少年に醜い感情を向けるのが嫌で自分が傷くのを選んだ神聖な魂の持ち主だろ。お前の優しさは俺の右腕がよく知っている。じゃなきゃ俺は今頃邪悪な魂に食われて俺じゃ無くなっていたよ」

「そんなこと言われたって! 誰を憎めばいいんですか⁉」

 

 あくまで紳士的に落ち着かせようとして話すジェフリーに対して、さやかは感情が爆発し、顔を上げると涙目でジェフリーを睨みながらまくし立てる様に叫ぶ。

 

「まどかもマミさんも、杏子も……それにジェフリーさんや暁美だって、私のために行動を起こしてくれたんでしょう? そんな人をどうやって憎めって言うんですか⁉ 皆私よりも優れた人間じゃないですか!」

「一人だけ居るぜ」

 

 興奮しきっているさやかに対して、ジェフリーは冷淡に言ってのけると、親指で自分自身を指さす。

 

「ここに居る人間は、目の前にいる気高い心を持った少女とは違い、自分のことしか考えていない身勝手で最低な男さ。女の激情に駆られて殺されても一切文句が言えないぐらい最低な人間なんだよ俺は」

「何でそんな!」

「かつて俺にも心が通じ合った女が居た。好き合っていたと言ってもいい」

 

 さやかに構わずジェフリーは話を進めた。

 好き合っていたと言うワードが引っかかり、さやかはジェフリーの話を聞こうとする。

 少しでも心に平穏を取り戻させるため、さやかは情報を引き出そうとする。

 

「それでその人は今?」

「死んだよ」

「病気か、事故ですか?」

「俺が殺した」

 

 冷淡に言ってのけるジェフリーの表情はいつもと変わらない仏頂面ではあったが、妙な迫力がありさやかは思わず息を飲む。

 自分の中で一番深い傷を告白すると、ジェフリーはその場に座り込んで、さやかをまっすぐ見つめる。

 

「これで分かっただろ。最後まで愛した男の幸福を祈ったお前と違い、俺は自分の都合だけで自分を好いてくれる女を殺す極悪人だ。好きなだけ殴って罵倒しろ。そうすれば少しは心も晴れるだろうよ」

「ちょっと待ってくださいよ!」

 

 話を強引にまとめようとするジェフリーをさやかは止めた。

 さやかは知りたかった。目の前にいる強く優しい心を持った魔法使いの青年が、どうして恋人を殺すような凶行に走ったのかを。

 それを知らない内に行動に移しても、また自分が後悔するだけそれを分かっているさやかは強引にジェフリーの顔を持ちあげると自分の目を見させながら話を進める。

 

「何でそんなことになったんですか? それを聞かないと何も出来ませんし、したくもありませんよ……」

 

 泣き出しそうなさやかの声を聞くと、ジェフリーは再び立ち上がる。

 そして一つ呼吸を整えると当時を思い出して語り出す。

 自分の中で最も古いと言ってもよい記憶を。

 

「分かった話すよ。まず俺の世界では魔法使いは組織に所属して生計を立てるってところまでは話したな?」

 

 問いかけに対してさやかは小さく首を縦に振る。

 ある程度の知識は再確認するとジェフリーは改めて話し出した。アヴァロンの入団試験の話を。

 アヴァロンの入団条件は一つ。『全ての魔物を生贄にする容赦ない心』その試験内容は二人一組でコンビを組み、三か月間指定の魔物を狩り続ける旅をするという物。

 ジェフリーがコンビを組んだ女性は『ニミュエ』彼女は破壊衝動の塊のような存在であり、入団試験に望む全ての魔法使いを皆殺しにするとまで言ってのけたほどであった。

 破壊衝動は実力になって形として現れ、当時まだ魔法の使い方もよく分かっていないジェフリーを押しのけ、下級魔物たちを血みどろにして笑みを浮かべる彼女をジェフリーは見ていた。

 

「当時俺はまだ魔法の使い方をよく分かっておらずにな。その度にニミュエからは口汚く罵られたもんだよ。関係で言うならお前と杏子の関係のような物だ」

 

 分かりやすく説明するとジェフリーはさやかの方を見る。

 相変わらず辛そうな顔を浮かべるだけで、ジェフリーに対する怒りも憎しみもなく後悔の念で一杯であった。

 だが話を聞く準備は出来ているようなので、ジェフリーは引き続き話を進める。

 そんな彼女に対して嫌悪感しかなかったジェフリーだが、ある夜彼女が蹲って泣いているのを見かける。

 その弱弱しい表情からは昼間見た残虐性は一切感じられず、年相応の儚げな女性がそこにいるだけだった。

 反射的にジェフリーは苦しそうにしている彼女の背中を擦る。小さく弱弱しい声でニミュエは「ありがとう」とだけ言った。

 

「そこからだよ。彼女が変わったのは、ある日俺がヘマをして魔物に襲われて倒されそうになった時、ニミュエは身を挺して俺を守ってくれた。足を引っ張るようならお前から殺すぞ何て言うような奴がだぞ。何でそんなことをしたんだって聞くと、こう返ったよ。背中を擦られて気が変わったとな」

 

 それだけの事で命をかける存在になれるのかと思ったが、逆に言えばそれだけ彼女は人の優しさに飢えていると考えられる。

 だからこそ気になった。こんなに強い信頼関係で結ばれている二人が、なぜそんな悲劇的な結末を迎えたのかを。

 

「アヴァロンの入団は厳しい。参加者の半数は必ず脱落するからな。だが半数を下回ることは絶対にない」

 

 突然アヴァロンの話に戻って、さやかは困惑するがそれが何かに繋がるだろうと思ったさやかは黙って彼の話に耳を傾ける。

 

「俺達二人は旅をしていく中で二体の魔物を狩った。人殺しの感覚になれろと言う意味合いもあるんだろうな。人を殺して生贄に捧げた時は体中をヘドロが覆う感覚が襲ってきたよ。それでも俺達二人は互いに生き残ったことを心から喜び合った」

「それじゃあ……」

「そこで最終試験だ。魔物に一切の慈悲を持たない強靭な心を作るための仕上げ、それはな……」

 

 一呼吸してからジェフリーは辛い過去を告白する。

 

「それまで一緒に戦ってきた相棒を殺して生贄に宿すことだ。そうして生き残った方だけがアヴァロンの入団を認められる」

 

 あまりに過酷すぎる入団条件にさやかは言葉を失った。

 だが話を聞いている中で一つだけ違和感を覚え、その疑問をジェフリーにぶつける。

 

「でも、だからと言って……」

 

 破壊衝動の虜になっていた頃の彼女ならともかく、心が通じ合った二人がそう簡単に殺し合いに走る物なのかと思い、さやかは質問をするが、ジェフリーは当時のことを思い出し苦い顔を浮かべながら話し出す。

 

「分かっていたことだ。だからパートナーを道具として割り切れる方が魔法使いとしては優秀なんだろう。ニミュエも同じ思いだったよ、やるなら一思いにってな」

 

 そこからお互いの覚悟と苦痛が嫌なぐらいに伝わり、さやかの表情は完全に固まってしまった。

 さやかの心情にも構わず、ジェフリーは当時の思い出を語り出す。

 お互いに戦いあうのが心から苦しい状態だったが、それでも情けをかければ相手を苦しめるだけという想いから二人は全力で戦った。

 三か月の間でジェフリーの実力は既にニミュエを上回っていた。

 超スピードでかき回すニミュエの動きをジェフリーは完全に見切っていて、最低限の動きで彼女を今使っている改魔のフォークの元である『小悪魔のフォーク』で切り裂き、彼女を撃退した。

 

「もちろん俺は何度も救済を試みたよ。だがその度にニミュエは俺に襲いかかってきた。何度救済したか分からなくなった時、俺は覚悟を決めて何度目か分からない撃退をした時、覚悟を決めたよ。動かなくなって瀕死状態の彼女に向かって右手を差し出して、その魂を生贄に……」

「もういい! もういいから!」

 

 話を聞くのが辛くなったさやかは当時の記憶を思い出して、体を震わせているジェフリーに向かって叫んで強引に話を終わらせる。

 少女の叫び声を聞いて、ジェフリーは思い出の世界から現実へと引き戻される。

 額に浮かんだ汗を右手で拭う。その中に今でもニミュエは眠っていると思い、さやかに向けて右腕を見せる。

 

「これで分かっただろ。俺は自分の命可愛さに愛する人を殺すような。愚劣極まりない人間だ。罵倒するにはちょうどいいだろ?」

「まだですよ……」

 

 強引に話を終わらせようとするジェフリーに向かって、さやかは小さく一言言う。

 彼女の希望通り、ニミュエに関してのことは伝えたのだが、それでもまださやかは納得言ってない様子だった。

 

「これ以上何を話せって言うんだ?」

「何でジェフリーさんを思う優しい心を持っている素敵な女性が、破壊衝動の塊なんかにならなきゃいけないんですか? それを知るまで罵倒なんて出来ません……」

 

 涙目でジェフリーを見つめるさやか。

 そんな彼女を見てジェフリーはまだ話を続けなければいけないと思い、自分の中にある過去を語り出す。

 

「ニミュエを生贄にしてから、俺は彼女の記憶も引き継いだんだよ。そこで彼女の出生の秘密を知った」

「一体何がどうなってそうなったって言うんですか? 杏子みたいに家族に裏切られたとか?」

 

 杏子の話を聞く限り、元は彼女も正しく優しい心を持った魔法少女だと言う事は理解出来た。

 さやかの予想ではそれぐらいショックなことがなければ、ジェフリーを思いやる心を持っているニミュエがそんな風に歪むとは思えなかったからだ。

 だがジェフリーの回答はさやかの予想を超える物だった。

 

「ニミュエは母親と父親から生まれた存在じゃない。ある魔法使いが自らの孤独感を埋めるために聖杯によって作られた分身なんだ。だから彼女はまともじゃない自分の出生を恨み、まともな世界全てを憎んだ。それがニミュエの破壊衝動の原因だ」

 

 愛した人は人間じゃない。その事実はあまりに大きくさやかは開いた口が塞がらない状態だった。

 だがある魔法使いと言う部分が引っかかり、今度はその部分を詳しく聞き出そうと問いかける。

 

「分かった。それから数年後、俺はニミュエが引き継いだ破壊衝動のせいでまともな生活が送れないでいた。そんな状態を解消するため、俺はありとあらゆる方法を試みた。だがどれも全てダメだった。だから俺は頼った万能の存在を……」

「聖杯のことですか?」

 

 さやかの問いかけに対して、ジェフリーは小さく首を縦に振る。

 そして聖杯を求めるための手段を語り出す。

 聖杯と深く関わっている存在、それは聖杯と契約した魔物だけ。

 魔法使いの生贄行為は生贄にした魂の記憶も引き継ぐことが出来る。

 なので片っ端から魔物を生贄にして、そこから聖杯と契約する方法を得ようとしていた。

 

「そんな辛いだけの日々を一人で過ごしてきたって言うんですか?」

 

 想像するだけでも苦しい日々がさやかの中で想像でき、彼女の顔は苦痛に歪み目には涙が浮かぶ。

 ジェフリーは右手の人差し指で涙を拭うと話を進める。

 

「魔女になったお前からすれば辛さってのはよく分かるだろうな。だが俺は一人ではなかった。まともじゃない俺にはまともじゃない相棒が出来ていた。そいつはマーリンと言う名を名乗っていた」

 

 そこからジェフリーは当時の相棒であるマーリンに付いて語り出す。

 マーリンとジェフリーには共通点があった。異質な体と言う共通点が。

 ジェフリーには破壊衝動、マーリンは顔の右半分が老人と化している奇妙な青年だった。

 だがそれはある魔法による代償の結果だった。魔物の魂を貪らなければ、三日と寿命が持たない。

 老化と若返りを繰り返す不老不死の肉体を持つ魔法使い、それがジェフリーの相棒マーリンだった。

 

「そうして二人で旅を続けていたが、そんな時ある魔法使いが俺達の眼前に現れた。名前は『モルガン・ル・フェ』ニミュエの元となった魔法使いであり、マーリンの元相棒だ。もっともマーリンは彼女のことなど知らないと言っていたがな」

 

 複雑に絡み合う人間模様にさやかは付いていくのに必死であり、頭の中の整理で精一杯だった。

 だが話から察するにモルガン・ル・フェが破壊衝動を止めるキーパーソンだと思い、さやかは話の続きを待つ。

 そんな彼女の心情を察したのか、ジェフリーは語り出す。

 

「お察しの通り、モルガン・ル・フェを生贄にした瞬間、ニミュエの破壊衝動は治まったよ。憎しみの元となった存在が宿ったことで満足したんだろうな。だがそこから知りたくない情報も得て、俺達は更に絶望することになった」

 

 モルガン・ル・フェの記憶を語り出す。彼女の相棒は間違いなくマーリンだった。だがそれは彼の本名ではない。

 マーリンと言う名の不老不死と予知能力を持った魔法使いがかつて居た。

 不老不死を保つため多くの人間を生贄に捧げ続けた。そのマーリンを倒したのは無名の魔法使い。

 マーリンを倒した無名の魔法使いは犠牲になった人々を蘇らせるため、聖杯を用いた。

 生贄に捧げたのはマーリンの肉体。

 世界は元に戻り、世界を救った無名の魔法使いの男はマーリンの呪いで錯乱してしまった。

 その右腕にマーリンの魂が宿り、いつしか記憶が混ざりあい無名の魔法使いは、本当の名前も忘れ自らを『マーリン』と思いこむようになり、不老不死と予知能力を持った魔法使いとなった。

 

「そうなって記憶が混濁したマーリンが、自分を失うのに時間はかからなかったよ。俺の相棒だった頃の記憶さえなくして、俺に襲いかかってきて、最後は生贄に捧げ続けた魂が体の中からあふれ出し、その身はドラゴンとなった」

「そんな! どうなったんですか一体?」

 

 魔法使いの末路に関しては話してもらったが、それでもショックを隠せず、さやかは事の顛末を聞こうとする。

 

「一時期は戦えない状態にまで陥った。だがある魔法使いの協力を得て、ドラゴンとなったマーリンを倒し、その魂をこの右腕に宿した。そいつも俺に取っては最高の相棒だよ」

「その相棒さんは?」

 

 聞くのが怖かったが、聞かずにはいられなかった。

 そしてジェフリーの口から聞かされたのはさやかに取って予想通りの最悪の答えだった。

 

「そいつも生贄にしたよ。マーリンを止めるためにな……」

 

 『倒す』ではなく『止める』と言う辺りで伝わった。ジェフリーがどれだけマーリンを大切に思っているかを。

 そして彼を止めるため、その身を犠牲にした名も無き相棒のことを。

 さやかは自分の眼下で右腕を抱えて震えるジェフリーを見つめる。

 いつも堂々としている彼とは思えないほど、その姿は小さく見えた。そして震える声でジェフリーは言う。

 

「これで分かっただろ。俺は恋人だけじゃなく、大切な相棒を二人も自分の感情だけで殺した。最低な人間だってな。お前の心を守るためだ。遠慮なく罵って、否定して、殴り飛ばせばいい。そうすれば少しは気も紛れるだろうよ!」

「そんなこと……そんなこと出来るわけないじゃないですか!」

 

 ジェフリーの過去を知り、さやかの防壁は崩壊した。

 目から涙をボロボロと流しながら、さやかは眼下のジェフリーを抱きしめる。

 蹲っていたので、その体は少女の腕の中にすっぽりと収まる。

 さやかはジェフリーを強く抱きしめると感情を爆発させる。

 

「あなたは今でも、今でも後悔してるじゃないですか! ニミュエさんを生贄にしたことを! 二人の大切な相棒を生贄にしたことを悔やんで生きているじゃないですか! そんな人間をどうやって軽蔑しろって言うんですか⁉」

「お前と違って俺は恋人を殺した男だぞ。恋人の幸せだけを願ったお前とは天と地の差がある」

「逃げただけですよ! 魔法少女であることを言い訳にして恭介からも! 仁美からも! 辛さから杏子の優しさからも!」

 

 そう叫ぶと、更にきつくさやかはジェフリーを抱きしめた。

 まるで自分自身の心を抱きしめるかのように強く強く抱きしめた。

 

「正直に言ってください。救済されたからって魔女に戻らないって訳じゃないですよね? それだったらジェフリーさんが所属するアヴァロンは必要ないはずです」

 

 まだ話す時期ではないと思い、あえてジェフリーはその辺りのことを黙っていたが、察しが良いさやかはアヴァロンからそれに気づく。

 隠していても何のためにもならないと思いジェフリーは語る。

 

「現状に耐えられず深く絶望して、そこからまた魔に落ちる可能性は50%だ。この事実をアヴァロンはあえて伏せている。希望を持てば迷いが生じるからな」

「私は……私は!」

 

 事実に対してさやかは勢いよく立ち上がると、自分で自分の頬を思い切り叩く。

 炸裂音が辺りに響き渡り、さやかは両の頬が赤く染まった状態のまま、涙目で思い切りジェフリーに向かって叫ぶ。

 

「私はあなたから貰った希望を絶対に無駄にしない! あなたの辛い記憶の一部になんてなりたくないし。もう魔女になるなんて辛い思いしたくない! アタシは半人前以下の魔法少女だけど……それだけは諦めたくないです。私の心は人間だ……」

 

 弱弱しいながらもこれからについて前向きに語ろうとするさやか。

 そんなさやかの涙を右手で拭うと、ジェフリーは彼女に向かって背を向けて出ていこうとする。

 

「その気高い態度を忘れるな。経験上、俺が好いた魔法使いたちは皆金色の精神を持っていた」

 

 ジェフリーの脳裏に思い浮かぶのは気高い魔法使いたち、ボーマン、パーシヴァル、モルドレッドと言った魔法使いを思い出すと、ジェフリーはドアを開けて外へ出ようとする。

 

「もうお前は大丈夫だ。ちゃんとまどかやマミが戻ってきたら謝るんだぞ。お前のために家を開けてくれたんだからな」

「どこへ?」

 

 出ていこうとするジェフリーに対してさやかが問いかけると、彼は短く答えた。

 

「杏子に頼まれてな。ある魔女を救済してもらいたいとな」

 

 それだけ言うとジェフリーはドアを開けて出ていく。

 一人残されたさやかはどうしていいか分からずに、再びベッドに腰かけて考えようとしたが、思考がまとまらない。

 自分は多くの人々に迷惑をかけたし、それに対してやらなきゃいけないことも多々ある。

 そう思うと行動せずにはいられず、体の疼きを止めることは出来ず、さやかは勢いよく立ち上がるとドアに向かって走る。

 入れ違いでマミが中へと入って行くが、彼女が中に入るのを見るとさやかは勢いよく出ていく。

 

「マミさんゴメンなさい! 後でちゃんと謝りますから今は行かせてください!」

 

 嵐のように駆け抜けるその猪突猛進な姿は、元気一杯のさやかにピッタリな姿だった。

 そんな彼女を見てマミは小さく笑いながら、買ってきたケーキの材料をリビングに置くとまどかに向かってメールを送る。

 

『美樹さんはもう大丈夫よ。迷惑かけたお詫びにケーキを一杯ご馳走するから、皆も呼んでちょうだい。楽しいお茶会になると思うから』




壊れてもやり直すことが出来る。人は過ちを冒す生き物だから。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。