魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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覚悟は人を強くする。長生きだけを願えば人は獣と変わらないのだから。


第二十三話 愛と正義の魔法少女

 巨大な狼を模した漆黒の騎士相手にも、杏子は怯むことなく槍を構えてまっすぐ突っ込む。

 突進してくる杏子を自分の敵だと認識した赤ずきんは、持っていた槍を地面に振り下ろす。

 轟音と共に地面がえぐれ、地面の破片によって杏子の体は四散していく。

 勝利を確信した赤ずきんは、詳しく杏子の体を調べようと地面を見降ろす。

 

「最短討伐記録達成だ!」

 

 赤ずきんの視界が地面にだけ向けられた瞬間、上空から勝ち誇った少女の声が響き渡る。

 その瞬間に四散してバラバラになった杏子の体はモヤとなって消える。

 自分が攻撃したのが幻惑だったと気づき、赤ずきんは上を見るが、その瞬間に異形の視界に飛び込んだのは巨大な槍の上に乗った杏子。

 一気に勝負を決めようと、杏子は赤ずきんが持っているよりも三倍近い大きな槍を形成して、その上に乗って突っ込もうとしていた。

 穂先が狼を模した兜を掠めようとした瞬間、杏子は勝利を確信したがそれは儚い希望だった。

 

「何だと……」

 

 赤ずきんの手は二つだけではない。

 背中に備わっている鎖もまた手の代役を果たすことが出来て、四つの鎖は自らの体を守るように槍を絡め取っていた。

 身動きが取れない以上、大きすぎる槍は邪魔なだけ。

 杏子は素早い判断でその場から脱し、再び赤ずきんと距離を取ると、新たな槍を召喚して次の戦法を考えていた。

 

(図体がデカいだけのでくの坊だと思っていたが、中々やりやがるぜ……)

 

 フルアーマープレートで身を包んだ外見から、見た目だけで圧倒して相手を萎縮させるタイプだと杏子は思っていたが、決して見かけ倒しではない実力に考えを改める。

 杏子が気になっているのは赤ずきんだけではない、先程から異形の肩の上に乗って何の行動も起こさないレッドフードもだ。

 杏子の視線も気にせず、当のレッドフードは彼女を冷静な目付きで見つめるだけ。

 今までの経験から目の前にいる存在に攻撃の意思があるかどうかぐらいは判断出来る杏子だが、レッドフードからは全く攻撃の意思が感じられなかった。

 真っ向勝負をしては体格差で押し切られて負けるのは必須。

 ならばと手数とスピードで圧倒するのが定石だろうと、杏子は決断して行動を起こす。

 槍を前面で振り回しながら、ゆっくりと赤ずきんとの距離を詰めようとする杏子。

 だが赤ずきんは彼女の戦い方に付き合おうとはせず、乱暴に足音を立てながら槍を持って杏子との距離を一気に詰めた。

 そのまま踏みつぶそうとした瞬間、再び杏子の姿は消えた。

 

「周りを見なさい!」

 

 不思議そうにしている赤ずきんに指示を出したのはレッドフード。

 その声に反応して赤ずきんは地面から自分の周囲に視界を変える。

 そこにあったのは空間一杯に取り囲まれた杏子たちだった。

 レッドフードは自分には出来ない攻撃の幻惑魔法に対して小さく「へぇ」とつぶやくと、戦力の算段をしようとする。

 

(何回も消したり出現させたりしているけど、一回で出せる分身の数は13ってところね)

 

 冷静に杏子の戦力を見極めようとしているレッドフードとは対象的に、赤ずきんは突然攻撃対象が増殖したことに驚き、奇声を上げながら槍を振り回してそれらを一気に撃退しようとしていた。

 だがそれは無駄なことだった。

 攻撃をしても無数の杏子たちはモヤとなって消えるばかりで、それらを潰したとしてもまた新たな杏子が場に現れるだけ。

 何が何だか分かっておらず、闇雲に赤ずきんは槍を振り回すだけ。

 この場の戦いの主導権を完全に握ったと踏んだ杏子はここで行動を起こそうとする。

 

「これがアタシが唯一命名している必殺技だ。その名も『ロッソ・ファンタズマ』だ!」

 

 マミに半ば強制的に命名された必殺技の名前を叫ぶと、本体を除いた12体の杏子は赤い閃光となって赤ずきんを襲う。

 魔力を大々的に消費するが、決まれば確実に対象を撃退出来る必殺技であり、小気味いい斬撃音が響き渡るたびに杏子の中で思い出が蘇っていく。

 マミとコンビを組んで戦っていた頃、この技が決まって魔女を殲滅した時の記憶が。

 今回もそれに当たると踏んで、杏子は地面に降りて閃光が収まってボロボロになった赤ずきんを見る。

 最後の最後まで抵抗をしようとしたのか、槍を振り回した姿勢のまま絶命していて、仁王立ちになったまま赤ずきんは動かなくなっていた。

 その肩には一つの巨大な岩があり、レッドフードはジェフリーも使っていた『岩虫の甲殻』を使って防御をしていたことが分かった。

 岩が崩れて中からレッドフードが出てくると、杏子は彼女に向かって話しかける。

 

「後はお前だけだ。戦うか、降参してアタシを現実世界に戻すか選ばせてやる」

「ちょっと気が早いんじゃないの?」

「何だと?」

 

 レッドフードの言っている意味が分からず、杏子は困惑するが、その言葉はすぐに体で理解できた。

 兜の内側にある目からは光が完全に失われているが、腹部にある赤いフードを被った髑髏は別。

 目を光らせながら奇声を発すると、ボロボロの体に命令を下して杏子を目がけて突っ込んでいく。

 ロッソ・ファンタズマでダメージを負っているので、手足は本来曲がってはいけない方向に曲がっているのもあったが、そんなことを赤ずきんは気にせず両手を前に出して突っ込む。

 だがそんな素人みたいな動きに杏子は掴まらない、地面に居る杏子を捕まえようとした瞬間、杏子は飛び上って赤ずきんの後ろを取ると、鎧と鎧の間にある隙間に向かって槍を放とうとする。

 

「同じ槍術使いとして忠告してやるよ。槍術使いが槍を手放した時点で、そいつは既に敗北しているんだよ!」

 

 杏子は持っていた槍に力を込めると、狙いを付けて投げ飛ばす。

 攻撃座標は兜と鎧の間にあるむき出しになっている首の部分。

 西洋製のフルアーマープレートでもそこだけは隙間が出来る物であり、勢いよく放たれた槍は人間の急所の一つである頸椎へと向かう。

 穂先は頸椎を貫き、深々と刺さった槍は見ているだけで痛々しさが伝わる。

 痛みは赤ずきんも感じていて、呻き声を発しながら手を後ろの方に持っていき、引き抜こうとするが手が届かず苦痛に苛まれるばかり。

 だが痛みに苦しむ状態のまま、赤ずきんは振り返って杏子の方を見ると咆哮を放つ。

 その姿を見て、杏子は一つの疑問を覚えた。

 

(おかしい明らかに体と心の動きがあっていない……)

 

 肉体は崩壊しているはずなのに、今でも戦おうとしている赤ずきんに杏子は疑問を覚えて、何が原因でそうなったのかを考える。

 初めに考えられるのはレッドフードが操っていると言う説。

 だが赤ずきんの肩の上に乗っているレッドフードは、ただ腕を組んでじっと杏子を見つめているだけで、何かを行っているようには見えなかった。

 だがそこで体が止まってしまったのは失敗だった。

 槍を失っているからもう攻撃の手段は体ごと突進するしかないと思っていた杏子は、その場から動かずに考えていたが、その瞬間彼女の頭上から雷が降り注ぐ。

 

「何だって?」

 

 咄嗟に攻撃をかわすが杏子の脳内はパニック状態になっていた。

 これまで体一つでの武闘派の攻撃しかしてこなかった魔物が魔法を使うことに。

 幻惑を出して逃げながらも杏子の次の一手を考えようと過去の戦いを振り返る。

 マミとの共闘で戦っていた頃も魔法を使う魔女は居た。

 二人ともまだ魔法少女として探り探りの状態であり、まさか魔法を使う魔女がいるとは信じられず、予想以上の苦戦を強いられたが、それでも二人は力を合わせて魔女を撃退した。

昔は謎でしかなかったが、今なら理解出来る。

 強い魔法少女だったから、魔女になってもその名残が残っている物だと。

 目の前にいる赤ずきんも同じように強い魔法少女が魔女になった姿なのかと思ったが、赤ずきんはレッドフードの世界で戦っている存在。自分たちの世界の常識で語ってはいけない。

 それを理解した杏子は幻惑を相手に雷を振っている赤ずきんを見ると、飛び上って異形の肩の上に乗っているレッドフードの元へと飛ぶ。

 彼女の隣に着地をすると杏子はレッドフードの目をまっすぐ見ながら質問をする。

 

「質問がある答えろ」

「何かしら?」

「お前らの世界の魔法使いはどんな存在と戦っていたんだ?」

 

 この質問を聞くと、レッドフードの表情は引きしまって真剣な顔で杏子を見た。

 落ち着いて話をするためなのか、レッドフードは手を軽く上げて赤ずきんの動きを一切止めた。

 まるでその場で絶命したかのように動かなくなった赤ずきんを見て、杏子は驚きの表情を浮かべたが、そうなった理由はすぐに納得出来た。

 ここはレッドフードが作り出した幻惑世界、目の前にいる赤ずきんだって彼女が作り出した産物。創造主の言う事を聞くのは必然。

 落ち着いて話が出来る状態になったのを見ると、レッドフードはその場で腰を下ろし、杏子も同じように座って長い話に備える準備をした。

 

「いいわ、教えてあげる。私たちの世界で戦っている魔物って存在。それは聖杯と呼ばれる万能の存在に願いを叶えてもらった代償として、人の姿を失った元人間たちよ」

「何だって⁉ 知ってること全部話せ!」

 

 まだ聖杯がどう言う物なのかを知らない杏子だが、まさか異世界の魔法使いも自分たちと同じように元人間と戦っているとは思わず、興奮して彼女の肩を揺さぶって情報を引き出そうとする。

 レッドフードはそんな杏子を宥めながら、聖杯と魔物について語り出す。

 自分たちの世界の宇宙の誕生のきっかけ、セルト神とロムルス神の存在、天空になったロムルス神と地上になったセルト神、地上となったそれはロムルス神に嫉妬しながら、心の中に灼熱の欲望を渦巻き、その欲はコブのように地上へ出現し、それは人間となった。

 そして強欲なセルト神はこの世界を欲望で埋め尽くし、自分の物にしようとしていた。

 それこそが聖杯。犠牲を支払うことで対象者のどんな願いでも叶えてくれる夢のような存在。

 

「でもその末路は皆悲劇的な物よ。例えば……」

 

 例としてレッドフードが上げたのは『ベヒモス』と呼ばれる魔物。

 リンゴが好きな少年が居た。その家は決して裕福ではなかったが、少年はリンゴを求め続け、ついには収入のほとんどをリンゴに持っていかれるほどに。

 結果として少年は捨てられ、骨と皮の状態になって街を徘徊することになった。

 子供が収入を得る手段などなく、少年は瞬く間に餓死へ向かおうとしていたが、その瞬間に聖杯が目の前に現れ、交渉を持ちかけた。犠牲を支払えばどんな願いでも叶えると。

 少年は即座に答えた。「もう一度リンゴが食べたい」と、その瞬間、少年の背中に激痛が走り、そこからリンゴの木が生えた。

 少年自身がリンゴの木になることで願いはかなったが、その結果少年は常に本来の体が根の役割を果たさなければいけないので、常に地面から水分を吸収し続けなければいけない体となった。

 そして人としての理性も消えてなくなり、結果として自分のリンゴを食べた相手を襲う魔物『ベヒモス』となった。

 

「そしてそのベヒモスとはあなたも関わっているのよ」

 

 レッドフードの言葉に杏子は思わず青ざめる。

 心当たりがあるが、それを信じたくない想いから恐る恐るレッドフードに尋ねる。

 

「まさか……」

「そうジェフリーが渡したあのリンゴはベヒモスの木になっていた物よ。通称『飢民の実』人間が食べても問題ないから安心して」

 

 杏子の信念として食べ物を粗末にしてはいけないと言う絶対揺るぎない物があったが、飢民の実に関してどうリアクションを取っていいか分からず、杏子はただただ複雑な顔を浮かべるだけで、その怒りをジェフリーにぶつけることで抑えようと勝手に結論づけた。

 

「アイツ、ここから出たらシメる……」

「気持ちの整理は付いたかしら? なら話を続けるわ」

 

 ここで話は終わりだと思っていた杏子は困惑した顔を浮かべた。聖杯と契約した輩が魔物になって人を襲い、それを撃退するのが魔法使いだと思っていたからだ。

 杏子の表情を見て、レッドフードは今度はそれについて話すべきだと考え、魔法使いの成り立ちについて話し出す。

 セルト神の欲望から生まれた人間は二種類に分かれた。欲から生まれたことを恥じる人間、それが魔法の使えないロムルス人。それを宿命と受け入れる人間、後に魔法使いと呼ばれるセルト人。

 理性を強く置くロムルス人は魔法使いに最低限の生活の保証を与えることで、魔物狩りの使命を与えて生かしておいた。世界のほとんどはロムルス人が占めているので、絶対数の少ないセルト人は常に軽蔑の対象となっていることを語った。

 

「何だそりゃ? 危険な部分を全部人に預けておいて、自分たちは安全なところでヘラヘラ笑っているだけか⁉ ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 魔法使いの境遇を聞くと、杏子は激怒してその場で立ち上がった。

 だが怒り狂ったところでそれをぶつける相手は一人もいない。

 その怒りをレッドフードにぶつけたところで、それは子供のワガママだ。

 それを自分で理解すると、何も言わずにジッと自分を見つめるレッドフードに対して、杏子は一言「悪い……」とだけ言うと話の続きを聞こうとする。

 

「魔法使いの成り立ちについては話したわよ。次に魔物の繁殖についてよ。私たちの世界では魔物に付けられた傷から欲望が入りこみ毒のように感染して、付けられた魔物と全く同じ魔物になる。これを私たちは『ドッペルゲンガー』と呼んでいるわ」

「マジかよ……」

 

 自分たちの世界では絶望しきった魔法少女が魔女になる。または使い魔が成長したのが魔女になる。なので完全な一般人が魔女になることはありえなかった。

 だが魔法使いは自分たちよりも厳しい世界で戦っていると判断して、杏子は青ざめた顔を浮かべた。

 大体のことが分かり、これ以上聞き出せる情報は無いと判断すると最後に杏子は一番気になっていたことを聞く。

 

「じゃあ最後に教えろ。これが終われば、またしばき合いだ」

「何かしら」

「あの赤ずきんってのはどんな代償を支払って、あんな姿になった?」

 

 一番気になっていたことを杏子は聞く。

 赤ずきんに興味を示してのことだ。それが気になって戦闘にも集中できなかった。

 杏子の質問を聞くと、レッドフードはゆっくりと語り出した。

 

「最初に言っておくわ。この魔物赤ずきんは今現在分かっている中で唯一、聖杯との契約で魔物になった存在ではないわ。自分から魔物になることを選んだ存在なのよ」

「話せ。どう言う事だ?」

 

 杏子から話す了承を貰うと、レッドフードは重い口を開いて、赤ずきんの誕生のきっかけを話し出す。

 その騎士は狼を模した漆黒の甲冑に身を包んで狼の如く睨みを利かせることだけで、数多くの戦地を歩いてきた。

 威嚇することだけが唯一の武器の騎士だったが、ある戦地で深手を負い、山の中に逃げ込んだ。

 そこで一つの山小屋を見つけ、そこに老婆が居たのを見ると、いつものように威嚇して食料を求めた。

 老婆は少しキョトンとした後、食事を用意した。

 その姿を見て狼騎士はしばらく居座れると判断して、小屋に居座った。

 その後も老婆は毎日のように豪勢な料理を持ってきた。

 だがある日老婆の姿は見えなくなり、狼騎士はテーブルの上に置かれた食事を平らげた。その後一通の手紙が置かれていることに気づく。

 食料が底をついたので自分の肉体を捧げてそれを食料にしたと。

 

「ちょっと待て! 何でその婆さんはそこまで……」

 

 途中で話を遮ってしまったことに気づくと、杏子は黙って引き続きレッドフードの話を聞こうとする。

 老婆には生き別れの息子がいる。だから面影を重ねてしまったのだと。

 その手紙の最後には老婆の息子の名前が書かれていたそれは狼騎士の名前だった。

 狼騎士は泣き叫んだ。だとしたら自分はせっかく出会えた母親を食べてしまったのだから。

 気が動転した狼騎士は自分の手で自分の腹を切り裂き、内臓をえぐり出す。自分の母親を直接取り出すために。すると腸から出てきたのは一つの頭蓋骨、そして一言言う。「騙されたな」と。

 

「その瞬間、家具や家屋は灰になって崩れて、老婆は新たな肉体を得たわ。正確には寄生先かしら、老婆はそうやって悠久の時を生きてきたわ」

「何て奴だ……」

 

 その魔法使いに杏子は吐き気さえ感じるほどの怒りを覚えた。

 人の心をおもちゃのように扱い、自分のことしか考えていない老婆のことを。

 杏子が怒りで体をワナワナと震わせているのを見て、レッドフードは最後に赤ずきんの正体を語り出す。

 

「老婆の名は初代レッドフード、最強の幻惑使いであり、私のお婆ちゃんよ」

 

 赤ずきんに関して全ての真実を知ると、杏子は完全に固まってしまった。

 いくら目の前にいるのがレッドフードの記憶の中だけの存在とは言え、自分は彼女の祖母を殺そうとしている。

 それは躊躇するには十分な理由だった。

 言いようのない怒りが襲い、反射的に杏子はレッドフードを睨みつけるが、彼女は変わらない冷静な顔のまま杏子を突き落した。

 

「話は終わりよ。また入団試験は終わってないわ。この幻惑世界から出たいのなら、私と赤ずきんを倒しなさい。それだけがあなたが前へ進む手段よ」

 

 地面へと落下していく杏子は激突する直前に一回転して、自分へのダメージを最小限に抑えた。

 だがそれでも足に伝わる衝撃は重く、両足から広がっていく痺れに悶絶するが、それを回復するまで赤ずきんは待っていてくれなかった。

 レッドフードの命を受けて、赤ずきんは再び杏子に襲いかかる。

 それは魔法使いらしく魔法の連打だった。

 毒の球を髑髏の口から発射したり、体を捻って小型の竜巻を引き起こして射出したり、杏子に目がけて雷を振り下ろしたりと、魔法の数々を杏子に浴びせる。

 だが杏子は苦痛そうな顔を浮かべながらも、その全てを回避していた。

 攻撃はどれも大味な物ばかりで、少し冷静になって対処をすれば十分にかわせるレベル。

 幻惑魔法を完全に取り戻し、防御の面でも穴がなくなった杏子ならこれぐらいは余裕だったが、苦痛に苛まれているのはそれが理由ではなかった。

 

(アタシに殺せって言うのか? アイツの婆ちゃんを……)

 

 レッドフードとの付き合いはジェフリーと同じぐらい長い物。

 幻聴として声を傾けられた時は、その言葉を否定してばかりだったが、今は違っていた。

 彼女が止め役に入っていたからこそ、自分と向き合って話してくれたからこそ、悲劇的な結末を回避することが出来た。

 ましてや家族に対しては複雑な想いがある杏子は行動を移せず、攻撃をかわし続けていたが、長年しみついた癖から攻撃に転じられるチャンスがあれば反撃をしてしまう。

 そして杏子の耳に届くのは、謎の幻聴。

 少し前までは何の意味があるのか分からなかったが、魔女の真実を知った今ならそれが何なのか理解出来た。

 人間が魔に落ちて、現在の姿になるまでの心の叫びが耳に届いた物なのだと。

 杏子は耳を澄まし、初代レッドフードの叫びを聞く。

 

 

 

 

ふふふ。騙されたわね……

だぁまぁされぇたわねぇぇぇぇぇぇ!!!

 

 

 

 

 

 

私に騙せないものはいない……

出会った時から、もう幻を見ている

 

 

 

 

 

 

皆は私をこう呼ぶ

永遠のレッドフードと……

 

 

 

 

 聞いているだけでも杏子は吐き気を催した。

 あまりに身勝手な初代レッドフードの生き方は見ていて気持ちがいい物ではなかったからだ。

 続いて現在の初代レッドフードの姿を見る。

 その体は髑髏だけになり、狼騎士の体を自分のように動かしてはいるが、既に死体となって動きが鈍っている肉体を動かすのは無理があり、あちこちから骨が砕け、筋肉が断裂する音が響き渡る。

 狼を模した甲冑の中はめちゃくちゃな状態になっているだろうと容易に想像が出来る。

 既にこと切れている肉体を乱暴に動かし続け、魔法を放つ初代レッドフード、既に人としての意識はないのか、呻き声にも似た笑い声を発し続けていた。

 そして再び杏子の耳に幻聴が届く。

 

 

 

 

私は、永遠の時を生きる……

他人の身体に乗り移りながら……

 

 

 

 

 

 

どこかに良い身体はないか……

良いぃぃぃぃかあらだぁぁぁぁぁぁぁぁ

 

 

 

 

 

「何て醜い姿なんだ……」

 

 永遠の生を求めた者の代償、それは人の心を失うことだった。

 最早目の前にいるのは初代レッドフードとは呼べない。他人の体に寄生して生きる魔物『赤ずきん』だった。

 これ以上彼女を生かしておくのは彼女のためにもならない。杏子は手に力を込めて新たな槍を召喚すると一気に勝負を決そうとする。

 だがその瞬間に様々な情報が脳内を交錯する。

 レッドフードの家族、寄生された狼騎士はどうなるか、身勝手な正義感で人の命を奪う罪悪感、人殺しの汚名を着せられる不安。

 前までは何とも思わなかった感情が一気に蘇ると、杏子の体は震えそれ以上の行動が移せないでいた。

 

「どうしたの? 私と赤ずきんを倒せなければ、あなたは一生この幻惑世界に囚われたままよ」

 

 そんな杏子に発破をかけるようにレッドフードは言った。

 行動に移せない間も赤ずきんは攻撃を行い、虫を叩き潰すかのように手のひらで杏子を潰そうとしたが、杏子は済んでのところで逃げて空中でこれからを考える。

 確かに行動に移さなければ自分の目的は果たせない。覚悟を決めるしかないと思ったが、自分の胸元にあるソウルジェムを見ると、再び青ざめた顔を浮かべた。

 

「ヤバい、調子に乗って使いすぎたかもだ」

 

 見ると杏子のソウルジェムは穢れが大分溜まっていて、もう2、3回も使えば真っ黒に染まり切って、そのまま魔女になってしまう状態になっていた。

 幻惑世界だからと言って魔法少女の定説が覆るとは限らない。

 どんな結果になっても後一回で勝負を決さなければ、自分はこのままここに囚われたまま。

 崖っぷちの状態が杏子の心に火を点けた。

 一気に勝負を決めるには、強力な攻撃で弱点である初代レッドフードだった髑髏を貫くしかない。

 だが人魚の魔女の時のような自爆魔法を使えるだけの魔力はない。後の事を考えて一回使えればいい方。

 攻撃のパターンは見極めたので、あとは強力な魔法を練成して相手にぶつければいい。

 それは分かっているのだが、どうすればいいか分からずにひたすら逃げて時間を稼いでいたが、バックステップで飛んでいる時、足元に何かが当たり杏子は転んでしまう。

 

「痛てて……これは!」

 

 足元に転がっている棒状の物を手に取ると、杏子は驚愕の表情を浮かべた。

 それは先程まで赤ずきんが振り回していた槍。それが持っていた時は何とも思わなかったが、間近で見てあることに気づいたからだ。

 

「これはジェフリーの使っていた『憑依者の豪槍』じゃないか!」

 

 何度か杏子と共闘をした際、ジェフリーは彼女に合わせるため、好んでこの武器を使っていた。

 これを見て杏子の中で名案が思いつく。これしか手段がないと踏んで、全てに賭けることを選び、杏子は自分の何倍の大きさもある巨大な槍に向かって魔法を放つ。

 杏子の魔法は槍全体を包みこみ、空いている右手には新たな槍が作りあげられようとしていた。

 

「これで最後よ。あなたは永遠にこの幻惑世界で幸せな夢を見続けるのよ」

 

 レッドフードは赤ずきんに命令を下し、その場でジッと動かないでいる杏子に対して雷を落とした。

 降ってくる雷に対して杏子は動こうとしなかった。

 観念して諦めたのかと思い、レッドフードはため息をついたが、落胆は轟音によってかき消された。

 

「いや、アタシは現実世界でさやかの業も自分の業も背負って生きていく。アタシは愛と正義の魔法少女……」

 

 言葉と同時に新たな槍を杏子は突き出す。

 杏子の手で作り上げられた『憑依者の豪槍』は杏子の魔力を受けると、穂先が蛇のように空中を這いずりまわって動き、勢いが付いた穂先は術者の狙い通り、腹部の髑髏だけを貫いた。

 だがそれだけでは終わらない。杏子が魔力を込めると穂先は赤く燃え上がり、そのまま膨らんで髑髏ごと爆ぜた。

 それと同時に限界だった狼騎士の肉体も四散し、亡骸が杏子の上空を飛び交っているのを見て勝負は決したと少女は確信した。

 

「佐倉杏子だ!」

 

 叫ぶ事で自分が勝った事を無理矢理にでも杏子は納得させようとしていた。

 だがまだ戦いは終わっていない、杏子が戦うべき相手は赤ずきんだけではないからだ。

 落下していくレッドフードに標的を定めようとするが、瞬間『憑依者の豪槍』は消えてなくなった。

 ならばと体一つで勝負しようとするが、その瞬間に杏子は気づいた。周りに起きた変化を。

 

「合格よ。あなたなら、これから先の辛い現実にも立ち向かえるわ。人を救い続けなさい」

 

 言葉と共にレッドフードの体はモヤとなって消えていく。それと同時に周りの世界もモヤとなって消え、幻惑世界の崩壊を杏子は体で感じていた。

 そして消えていくのに穏やかな表情を浮かべるレッドフードを見て、杏子はハッとした顔を浮かべながら彼女に尋ねた。

 

「まさか、お前初めからこのつもりでアタシを幻惑世界に閉じ込めたって言うのか、自分が腹が立ったからとかじゃなく、アタシが立ち直ってくれると信じて……」

「後は自分で想像しなさい」

 

 杏子の問いかけに対してレッドフードは微笑むだけであり、そのまま彼女は消えてなくなった。

 レッドフードの最後を見て、杏子の目から一筋の涙が流れた。

 

「バカヤロウが、最後の最後までお前は……」

 

 憑りつかれてからという物喧嘩ばかりの日々だった。

 だがようやく友人関係が築けるのではないかという矢先に、レッドフードは自分の言いたいことだけ言い、やりたいことだけやって消えてなくなった。

 身勝手さに怒りと悲しみを覚えたが、すぐに杏子の中で冷静さが取り戻され、袖で涙を拭うと目を閉じて意識を集中させる。

 

「だがそれもアタシがこれまでやってきたことだからな。待っていろさやか、お前の業はアタシが生きている限り受け止め続ける。だから安心してお休み、もう誰もお前を否定したりしないからよ……」

 

 その瞬間杏子の体は光に包まれ、そこから消えてなくなった。

 意識が遠いところに持っていかれる中で、杏子は自分に刻むこむように何度もつぶやき続けていた。

 愛と正義の魔法少女になることを。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 目が覚めるとそこは人魚の魔女の結界だった。

 自分の体がうつ伏せになって倒れているのを知ると、まず杏子は体を起き上がらせようと顔だけ上げて現状の把握をしようとした。

 次の瞬間目に飛び込んだのは呻き声と共に絶命して、ドロドロに溶けてなくなる人魚の魔女と、その前方で荒い呼吸で佇んでいるほむらとジェフリーだった。

 コアのような物が残り、そこに向かってジェフリーは右腕をかざす。

 その行為は杏子も何度も見てきた。

 何の意味があるのかは分からないが、あれをやった後は魔女の結界が完全に崩壊することから、トドメを刺す行為なのは予測できる。

 

「や……めろ!」

 

 幻惑世界に精神を連れていかれた影響か、体が思うように動かない。

 だがそれでも気力だけで杏子は無理矢理体を動かして、手に槍を持つとつっかえ棒代わりにして立ち上がって、右手をかざして青いエネルギーを発しているジェフリーに向かって突き刺そうとする。

 

「ダメ!」

 

 突然前から胴タックルを決めて飛びかかったのはほむら。

 彼女らしからぬ焦った声を上げながらほむらは杏子にしがみ付いて放そうとしなかった。

 

「放せ! 言ったはずだぞ、さやかを討伐しようって言うなら、いくらお前らでも……」

「討伐じゃないわ! 救済よ!」

「え⁉」

 

 ほむらが何を言っているのか分からず、杏子は思わず素っ頓狂な声を上げてしまうが、ほむらは何も言わずにある方向を指さす。

 杏子が見るとそこにあったのはさやかの体。だがそこからは青白いオーラが浮かび上がっていて、それはジェフリーの右腕と連結しようとしていた。

 

「魂を再び肉体に定着させるなんてやったことないが……あとはお前次第だ。生きろ! お前にはまだやるべきことがあるはずだろ? さやか!」

 

 ジェフリーの叫びと共に右腕から青白い球体が飛び出し、それはさやかの体に宿った。

 杏子は慌てて心眼でさやかの体を見る。

 心眼に映っていたのは緑色に輝き健康体のさやかがそこにあった。

 だがそれだけでは信用出来ず、杏子は這ってさやかの元へと向かい、胸の部分に耳を当てる。

 心音が聞こえると、ここでようやく安堵の表情を浮かべて、杏子はその場でへたり込んで涙を流して喜ぶ。

 

「よかった。もう諦めるしかないと思っていたから……」

 

 さめざめと泣きながらさやかの生還を喜ぶ杏子。

 ほむらは彼女の肩を抱きながら、杏子を宥めていたが、さやかが無事なのを自分も心眼で確認すると、ジェフリーの元へと向かった。

 

「それでジェフリー……」

「心配かけたな。もう大丈夫だ」

 

 ジェフリーの言葉には覇気があり、先程までの生気のない状態ではなかった。

 心眼で確認すると体は緑色に染まっていて、完全に本調子を取り戻したことが分かった。

 

「さやかに感謝だな。アイツの気は神聖な物だったよ」

「ありがとうさやか……」

 

 ほむらは涙ながらにさやかに対してお礼を言う。

 それは今までのループの中で最善の結果が残せているからだ。

 魔法少女になれば一番生存が難しいさやかがこうして生き残り、マミの暴走も止め、杏子の仲間入りはほぼ確実。

 万全の状態でワルプルギスの夜に挑めることに、ほむらは今までで一番の喜びを覚えていた。

 涙を拭いて、ほむらはさやかを抱え上げると崩壊していく結界から出ていこうとし、ジェフリーもそれに続く。

 

「待てよ」

 

 それを止めたのは杏子の声。

 二人が振り返ると立ち上がった杏子はジェフリーをジッと見つめ、何か言いたそうな様子だった。

 

「どうした?」

「お前ら一体さやかに何をしたんだ? 助けてもらったことは感謝するが、何をしたか分からないままってのは気に入らないし、真実を知らないで躍らされるだけなのはもうゴメンだ」

 

 その堂々とした態度を見て、ほむらは違和感を覚えた。

 いつもの杏子だったらここで飛びかかって喧嘩になるとばかり思っていたからだ。

 感情的になりやすい杏子が、感情で話さず、感情を伝えていることにほむらは驚いているが、ジェフリーはいつも通り淡々とした口調で答える。

 

「ここから出たら全て話してやるよ。お前が知りたいこと全てな」

「ああ、ぜってーだぞ……」

 

 そう言うと杏子は二人の後ろについて歩き出す。

 歩いている途中、ジェフリーはほむらに向かって小声で話しかけた。

 

「話してみたらどうだ? お前がこれまでにした経験って奴を」

 

 ジェフリーに促され、ほむらは心が揺らぐのを感じていた。

 彼のおかげで何度も奇跡は起き、ここまでまどかを魔法少女にすることなく全員生存することが出来た。

 何度話しても信じてもらえない真実だったので、分かってもらおうとするのは諦めていたが、今の状況を考えればもしかしたらと言う想いは確かにある。

 心が揺らいでいる。決意が鈍っている。普通ならばマイナスにしか感じないのだが、今の状況を考えればほむらの中でもしかしたらと言う想いが生まれる。

 

(ここまで皆生き残った。ジェフリーも居る……)

 

 ほむらが葛藤しているのを見て、ジェフリーは小さく笑った。

 今自分の隣にいるのはまどかのことだけを盲目的にしか見ていない矮小な存在ではない。

 成長しようとしている少女なのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 結界から抜けた先に居たのは心配そうにその場でウロウロしているまどか。

 一行が結界から出ていくのを見ると、真っ先に駆け寄る。

 

「ほむらちゃん! ジェフリーさんも! さやかちゃんは⁉」

「大丈夫よ。まどか、さやかは無事よ」

 

 そう言ってほむらはまどかの耳元にさやかの口を近づける。

 寝息を立てているさやかの呼吸音を聞いて、まどかは安心したのかその場で泣き崩れてしまう。

 

「ほむら。さやかと一緒にまどかをマミが住む塔に送ってやれ」

「ええ、もう巴さんも落ち着いたでしょう」

 

 ほむらは自分でも信じられないことを言っていたが、言葉に不安はなかった。

 マンションからさやかの体を取りに行く時、直接会うことはなかったが、もし今でも邪魔をするなら強引に鎖を引きちぎって、自分に襲いかかっただろう。

 だが彼女はそれをせず杏子が帰ってくるまで磔のままでいることを選んだ。

 自分を信じてもらうため、まずは相手を信じようとすることをほむらは選び、泣きじゃくるまどかをあやしながら、さやかを抱きかかえてほむらはマミのマンションへと向かった。

 一行を見送ると、ジェフリーは隣にいる杏子に話しかける。

 

「約束だ。全て話してやるよ、俺の体験を全てな」

 

 覚悟がこもった声に対して、杏子も小さく頷いて覚悟を決めた。

 レッドフードとの対話で魔法使いが、魔法少女に負けず劣らずの厳しい世界で生きていることは分かった。

 彼を知るためにも、彼に関しての情報を得たい。そう思った杏子は変身を解いて、ジェフリーと並んで歩く。

 自分が前へと進んでいくために。




想いを得ることは苦しいこと、だがそれでも少女は想いと共に戦うことを選んだ。それが少女の選んだ新しい道だから。

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