魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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気持ちだけで現実は掴めない物


第二十二話 幻惑使い同士の対談

 目が覚めると見慣れた天井がそこにあった。

 ジェフリーは重い体を起こそうとすると、右手が引っ張られる。

 右を向くとほむらが手を繋いだまま舟を漕いでいるのが見え、制服のままの格好でいるほむらを見て一晩中こうしていたのかと思い、彼の中で罪悪感が生まれるが、そんな事を気にしていたら逆に彼女に怒られる。

 彼女の望みはさやかの救済、そして自分自身のためにもそれは実行しなくてはいけないこと。

 ジェフリーは未だに目まいで苦しむ中、意識をハッキリさせようと両頬を平手で軽く叩いて気合いを入れると、ほむらの体を揺さぶって起こす。

 

「起きろ」

「え? ええ、ああ……」

 

 夢から覚めたほむらはまだ眠そうだが、時計を見ると午後の三時を迎えようとしていた。

 統計学的に杏子はまどかを引き連れて、人魚の魔女の救済に当たろうとしている可能性が高い。

 時間がないのを知るとほむらはジェフリーと手を繋いだままホームへと向かおうとするが、彼はその手を解くとほむらに指示を出す。

 

「その前にお前はマミの自宅へ向かってくれ、さやかの体を用意してもらいたい」

「でも……」

 

 その行為が正しいかどうかほむらは不安だった。

 先日聞かされた魔法使いの救済行為は変化した肉体を元に戻すという物であり、魂が離れた肉体に再び魂を定着させるなんてことが出来るのかどうか分からないからだ。

 そんな彼女の不安を悟ってか、ジェフリーは立ち上がって少女を見降ろしながら一言言う。

 

「出来る出来ないじゃない。やるかやらないかだ……」

 

 その言葉にほむらは何も言い返すことが出来なくなり、黙ってマミのマンションへと向かいさやかの死体を持っていくことを選んだ。

 ジェフリーの脳内では未だに双樹あやせ、ルカの笑い声の幻聴が響くばかりであり、この状況を打破するには一つしかないと思い、前へと出てドアを開けて目的地へと向かう。

 掟のためでも、他人のためでもない、全ては自分自身のために。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 まどかと杏子は結界内に置いて、必死の懇願を続けていた。

 それはかつて美樹さやかだった魔女『Oktavia Von Seckendorff』の救済のためだ。

 もしかしたら親友のまどかが語りかけ続ければ、元のさやかに戻るかもしれないという想いがあったが、それは虚しい妄想でしかなった。

 人魚の魔女はかつての親友さえも、コンサートを邪魔する異物としてしか見ていなく、二人を車輪とサーベルの乱打で追いこむ。

 槍で壁を作ってまどかを守る杏子であったが、それも限界が近かった。

 人魚の魔女の猛攻に対して防御が苦手な杏子は攻撃をほぼ全てもらってしまいボロボロの状態になっていて、幻惑魔法に関してもまどかを守る防壁の作成に意識を集中させているせいで発動させることが出来なかった。

 

(まどか……)

 

 一瞬ではあるが防壁に気を取られた杏子。その瞬間に車輪の連打が襲いかかる。

 この攻撃に杏子は飲みこまれ、槍で作られた防壁も破壊された。

 そして人魚の魔女はまどかに向かって手を伸ばし、その体を鷲掴みにした。

 杏子は反射的に持っていた槍を巨大化させてロケットランチャーの如く射出して、その腕を貫く。

 痛みに悶え苦しむ異形はまどかから手を離す。落下していくまどかを杏子は受け止める。

 

「あ、ありがとう……」

 

 弱弱しくもお礼を言うまどかだが、杏子の表情を見ると言葉は止まった。

 彼女の顔は悲壮感に満ちた物であり、同時に何かを決意したかのような悟った顔も浮かべていた。

 明らかに異常な彼女の姿を見て、まどかは声をかけようと抱きかかえられた姿のまま手を伸ばすが、その瞬間杏子のつぶやく声だけが少女の中で響く。

 

「ゴメンな」

 

 それだけ言うと杏子は巨大な槍を召喚して、その上にまどか乗せると遥か後方に向かって突き飛ばす。

 魔法でそこから離れられないようにはしたが、槍の上でまどかは何度も杏子に訴えかけるのが分かった。

 だがもうどうすることも出来ない。そう悟った杏子はポニーテールでまとめている髪を解くと人魚の魔女に向かって祈りを捧げる。

 

「頼むよ神様、こんな人生だったんだぜ、最後ぐらいはいい夢見させてくれよ」

 

 それは全てに決着を付けると自分の中で固めた決意、もう戻せないのならこれから先も失うだけの人生を過ごすのなら、せめて彼女がこれ以上苦しみながら不本意に人を傷つけ続ける前に、自分の人生と引き換えにそれを終わらせようという決断。

 胸にあるソウルジェムを取り出すと口づけをかわす。

 グリーフシードもリブロムの涙も全て使いきった。

 こうなればさやかに対して杏子が出来ることは一つ。

 共に死ぬこと。

 それが杏子が考え付いたけじめのつけ方。

 覚悟を決めて巨大な槍を召喚し、その上に乗って一気に突っ込もうとする。

 

「一人ぼっちは寂しいもんな」

――いい加減にしなさい!

 

 その瞬間にその場にいない第三者の声が響く。

 槍ごと突っ込もうとした瞬間に辺りは霧で覆われ、霧は全てを包みこんだ。

 そして杏子自身の意識も遠いところへ持っていかれ、槍から落ちて地面へと落下する。

 濃い霧の中で杏子の目に飛び込んだのは二つの人影。

 二人は何かを話し合っていた。

 

「これは一体?」

「俺にも分からん。それよりも今は目の前の敵だ」

「そ、そうね……」

「バックアップを頼む。だが基本は……の護衛だ……」

 

 話の途中で杏子の意識は途切れた。

 最後に彼女が見たのは人魚の魔女に立ち向かう二つの存在だけだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 目が覚めると霧は晴れていた。

 人魚の魔女の結界もなくなり、先程見た人影もない。

 杏子は慌てて起き上がると、さやかの姿を探す。結界が消えたということは人魚の魔女が消滅したからだ。

 

「さやか! さやか!」

「私はここだよ」

 

 声に振り返るとそこに居たのは制服姿の美樹さやかが居た。

 本当に助けられたのかどうか不安に思っていた杏子だったが、突然さやかに抱きしめられると思考は停止した。

 

「さやか⁉」

「ゴメンね。迷惑ばっかりかけて、私のせいでこんなに一杯傷ついて」

 

 少女の震える声を聞いて、杏子は分かったさやかが泣いているということを。

 その瞬間彼女の中でホームで見たさやかの事が思い出され、杏子は慌てて彼女の頭を乱暴に撫でながら語る。

 

「バカ! そんなのどうでもいいんだよ、アタシが勝手にやったことなんだからよ!」

「それじゃ私の気が済まないよ。杏子が私のために体を張ってくれた。だから今度は私の番」

「何の話だ?」

「杏子の寂しさを私にも分けて、もう杏子が苦しまないで済むように私精一杯のバックアップするから」

 

 それは杏子がずっと求めていた事だった。

 抱きしめられている体温の暖かさを感じながら、杏子はこれから起こる事をジェットコースターのように一気に感じ取っていた。

 初めにさやかの両親に自分が紹介され、いつの間にか自分が養子縁組として受け入れられ、彼女のマンションに居候が決まったこと。

 それからは満たされた毎日だった。一緒のベッドで眠り、朝は共に目覚め、共に学校へ行き、共に帰宅して、時々寄り道をして買い食いをし、共に帰り、共に家族と一緒に夕食を食べ、共にテレビを見ながら談笑し、共に風呂へと入り、共に同じベッドで眠りに落ちる。

 それは杏子がずっと求めていた自分を受けいてくれる暖かな家族、さやかの寝顔を見ながら杏子は思うこの笑顔を守れてよかったと。

 穏やかな気持ちに包まれながら、杏子も眠りに落ちようとした時だった。

 ふと自分の中で不穏な感情が芽生える。

 

(おかしい……)

 

 具体的に何がどうおかしいのかまでは分からないが、杏子の中で不信感が広がる。

 一度広がった不信感はドンドン脳内を侵食していき、気になりだしたら止まらなくなり、杏子は体を起こして何がどう違和感になっているのかを考える。

 確かに自分はさやかの救出のために全力を尽くした。

 そして結果として杏子が理想に描いた奇跡が起こり、彼女が理想とする都合の良いハッピーエンドを迎えることが出来た。

 だがどうしても杏子には腑に落ちないことがあった。

 それが何なのかわからず唸っていると、隣で寝ていたさやかが起き、そんな彼女を心配そうに見ていた。

 

「どうしたの杏子?」

 

 この瞬間だった違和感が訪れたのは。

 さやかに名前を呼ばれるたびに、杏子は妙な感覚を覚え、違和感に苦しめられるばかり。

 何度も自分を心配して、励ましの言葉をかけてくれるさやか。耳に届く自分の名前が心地良い。

 だがそこで断片的ではあるがわかったことがある。

 その真実を言葉にするのは怖かったが、このままでいるのはもっと怖い。

 杏子は勇気を振り絞ってさやかと向き合って話し出す。

 

「なぁ……」

「何?」

「お前誰だ?」

 

 突拍子もない質問に対して、さやかはポカンと呆けた顔を浮かべる。

 だがすぐに彼女らしい明るい笑みを浮かべると、杏子の肩を軽く叩きながら語り出す。

 

「やだな~私は私だよ。美樹さやかちゃん、ピチピチの14歳、そして杏子は私の一番の親友の佐倉杏子でしょ」

「だったらこの質問に答えろ」

 

 杏子の顔は見る見る内に険しい物に変わっていく。

 その表情を見てさやかもまた表情を引き締め、二人の間には不穏な空気が流れた。

 

「何よ……」

「お前いつからアタシのこと名前で呼ぶようになったんだ?」

 

 これが杏子が感じていた一番の違和感だった。

 ハッキリ言ってこれまでの杏子とさやかの関係と言うのは決して良い物ではない。

 会うたびに喧嘩をして、殺し合いにまで発展しそうになった時もある。

 ジェフリーのサポートもあり、杏子は自分と同じ境遇のさやかが自分と同じ末路を辿らないよう精一杯のサポートをしたつもりだ。

 だがそれは全て空しい努力で終わった。

 言葉をかけても、お菓子を用意しても、さやかは自分のことを見てなどくれず、辛辣な言葉と態度を浴びせるだけ。

 元々攻撃的な性格もあり、杏子もそれに反発して喧嘩ばかり。

 最後彼女が全てに絶望して魔女になるまで、杏子とさやかの関係と言うのは友達と呼ぶには程遠い物であった。

 だからこそ今この状況は異常だ。

 まるで唯一無二の親友のように扱われるのは、先程まで険悪な関係の相手に行うには理由が足りなすぎる。

 過程が全て吹き飛ばされ、自分にとって都合の良い結果だけが残ったことに、杏子は違和感を覚えそれをさやかに問い詰めた。

 

「だって……杏子は杏子じゃないのよ」

 

 さやかは杏子の質問に対して答えるが、それは杏子の納得が行く答えではない。

 杏子の中でモヤモヤした感情が芽生えだすと、さやかの両肩を手で掴んで問い詰めだす。

 

「とぼけるな! お前アタシのこと名前で呼んでくれたことなんて今までなかったじゃないか! アタシたち会えば喧嘩ばかりだし、まともに会話らしい会話なんて出来たことないだろ!」

「それはアタシがどうしようもないバカで、杏子の優しさにも気づいてあげられずにいたから……」

「嘘だ!」

 

 自分を卑下して見下すような発言。

 さやかのこの言葉が許せなく、杏子は声を荒げる。

 突然の怒鳴り声にさやかは萎縮して目を逸らすが、杏子はまくしたてるように叫ぶ。

 

「何が優しさだ! 受け取る側が喜んでもいないのによ! アタシがお前にしてきたことなんて全部自己満足の類で済まされるだけのガキのワガママみたいなもんじゃないかよ!」

「何でそんな悲しいこと言うの? アタシは杏子の優しさに助けられて今ここに居るっていうのに……」

「ふざけるな! 一度魔女になった奴が元に戻ってたまるか!」

 

 叫びと共に杏子はさやかを突き飛ばして、ベッドのふちに追いやる。

 自分でも酷いことをしているのは分かっているが、止められなかった。

 それは人魚の魔女と対峙した時、感じた揺るぎない事実。

 目の前にいるさやかよりも、杏子は自分の直感を信じて行動した。

 

「ヒドイ、何てこと言うのよ……」

 

 目の前で怖い顔をしてさやかを睨む杏子に対して、さやかは耐えきれず顔を両手で覆ってさめざめと泣き出す。

 この姿を見て杏子は確信した。

 今目の前で泣いているのはさやかじゃない。

 もし本物のさやかだったら、ここでまた喧嘩になるだけだ。

 そう確信したからこそ、杏子はこれから行う自分の行動に疑問を持てずに移せた。

 槍だけを召喚して手に持つと眼下で泣くさやかに対して穂先を突きつける。

 

「何で?」

 

 涙で目を濡らしたまま懇願するさやかに対して、一瞬決意が揺らぎそうになるが、杏子は感情に任せて一気に槍を振り下ろす。

 

「お前はさやかじゃねぇ! こんな物がリアルであってたまるか!」

 

 穂先はさやかを貫くが、そこに肉を貫いた感覚はなかった。

 まるで空気を突いたかのように手応えはなく、穂先がベッドを貫通すると同時にさやかの体はモヤのように消えてなくなった。

 それと同時に周りの景色も飴細工のように溶けていく。

 全てがドロドロに溶けて消えてなくなり、杏子の周りに残った物は濃霧だけ。

 全てが霧に包まれた世界で唯一確認出来るのは、目の前にある人影のみ。

 その人影が何なんのか心当たりのある杏子は、完全に魔法少女に変身すると威嚇するかのようにコンタクトを取る。

 

「テメェの正体は分かっているぞ。幻聴!」

「言葉が過ぎるわね。私の名前は『幻聴』なんかじゃないわ」

 

 杏子の仮説は正解だった。

 どういう理屈かは分からないが、杏子を今まで居た現実世界からこの異空間に引きずり込んだのは今まで自分の後方で何度も説教じみたことを言う幻聴だと言う事を。

 それは直前で聞いた幻聴の怒鳴り声から予想した。

 槍を人影に向かって突き出しながら、杏子は少しずつ人影と距離を詰める。

 

「何度も言わないぞ、今すぐアタシを現実世界に戻せ!」

 

 言葉に対しても答えは返ってこなかった。

 これは杏子の沸点を一気に上げるには十分な物だった。

 威嚇を止めて、杏子は一気に踏み込むと人影に向かって穂先を突き出す。

 だが穂先が人影を貫いた時に感じたのは、先程と同じ物であった。

 モヤのように人影は消えてなくなる。代わりに残ったのは赤い茨の塊がそこにあるだけ、茨は捕獲者を見つけると、勢いよく広がって行き、杏子の体中に纏わりつく。

 茨が絡みつき体の自由が完全に奪われた杏子。必死に抗うがその度に茨が更に体へ食いこんで痛みが伝わるだけだった。

 杏子の身動きが取れないのを完全に見届けると、彼女の前方から人影が見え、それはこちらに近づいていき、足音はドンドン大きくなる。

 今度の人影は幻惑じゃないと確信すると、杏子はその姿をしっかりと見届けようと目を大きく見開く。

 そして杏子は初めて幻聴の姿をその眼で確認出来た。

 全身を真っ赤な装束で身を包み、ミニスカートから覗く美脚が美しい、20代前半と思われる美女は手の中でリンゴを弄びながら杏子に近づく。

 右目は眼帯で覆われていて、一度見たら忘れられない特徴的な美女は杏子の前に立つと、屈んで指で円を作ると彼女の額に向かって指を放つ。

 

「デコピン」

 

 ただのデコピンではあるが不意打ちだったために、杏子は痛みに悶絶する。

 そんな彼女を見てケタケタと笑いながら、引き続き彼女は円を作ると今度は鼻に向かって指を放つ。

 

「ついでに鼻ピン」

 

 鼻に走る痛みに杏子は鼻血が出たのではないかという錯覚に陥るが、すぐに怒りが襲うと杏子は彼女を睨みながら話し出す。

 

「ふざけたことやってんじゃねぇぞ! 今すぐにアタシを現実世界に戻せ!」

「へぇ……ここが幻惑世界だってのを知っているのね。痩せても枯れても一応は幻惑使いってところね……」

 

 彼女はどこか見下したような笑みを浮かべながら、杏子が今ここに居るこの場が幻惑世界なのを評価するが、すぐにただ冷めた顔を浮かべて語り出す。

 

「嫌よ、私怒っているの。今のあなたをさやかと対峙させるわけにはいかないわ」

「テメェふざけんな!」

「さっきから失礼ね。私の名前は『幻聴』でもなければ、『テメェ』でもないわよ」

「じゃあ何だってんだよ⁉」

 

 怒りに満ちた杏子の叫びに対して、彼女はゆっくりと語り出す。

 

「三代目レッドフード。それが私の通称よ」

 

 レッドフードはあえて本名ではなく通称を語った。

 彼女の真意は分からないが、レッドフードの名称が分かると杏子は改めて訴える。

 

「分かったよレッドフード。改めて言うぞ、アタシをこの幻惑世界から出せ!」

「だから、い・や・よ。それにこれはあなたの望みでもあるのでしょう?」

「ふざけんな! 誰がこんな事望んだ⁉」

 

 まくしたてるように叫び続けている杏子の口をに鷲掴みにして黙らせると、覚めた目で彼女を見ながら語る。

 

「『こんな人生だから最後ぐらいはいい夢を見せて』ってね。だから私はあなたに幸せな夢を見せることを選んだのよ。永遠に覚めることのない幻惑世界でね」

 

 この世界に杏子を閉じ込めた理由をレッドフードは語るが、それでも納得が行ってない様子の杏子は何度もモゴモゴと口ごもった様子ながらも訴え続ける。

 よだれで手袋が汚れるのを嫌ったレッドフードは嫌々手を離し、彼女の訴えを聞き届けようとする。

 

「だったらさやかも一緒だ! アイツの魂は今でも孤独に苛まれている状態なんだぞ」

「それだけはダメよ。あなたとさやかを一緒にするわけにはいかないわ。私今怒っているのよ。あなたの身勝手さにね」

「なんだ⁉ テメェもさやかみてぇに盗みや見殺しを悪だって言う口か? 仕方ねぇだろ生きるためなんだからよ!」

 

 叫んでいる最中に杏子の右頬に刺さるような痛みが襲う。

 自分が平手打ちを食らったのに気付くのに時間はかからず、レッドフードを睨むが彼女は相変わらず冷淡な目付きのまま杏子を見降ろしていた。

 

「そんなことに怒っているんじゃないわよ。私だって生きていた頃は世間一般的に言うところの悪逆非道の限りを尽くしていたわ。あなたと似たようなことをしてきたわ」

「と言う事はお前は幽霊なのか?」

 

 杏子の問いかけに対してレッドフードは小さく頷くと、自分がしてきた行動を語り出す。

 裏切りや見殺しと言った行動は日常茶飯事であり、幻惑使いということもあり、自分は危険人物として孤立していたことを語った。

 

「それじゃあ何で……」

 

 ならばなぜ怒っているのか杏子は理解できずにレッドフードを見上げるが、彼女は杏子の鼻を摘まんで呼吸が出来ないようにすると勢いよく叫ぶ。

 

「好きな人を自分の醜い感情に巻き込んでどうするのよ⁉」

「醜い感情だと!」

 

 杏子はここで怒りの感情が再び燃え上がり、茨に捕えられたまま暴れ回る。

 レッドフードはここで杏子から手を離すと彼女を見降ろしながら同じように叫ぶ。

 

「醜い感情以外の何だって言うのよ⁉ あなたはさやかを自分に被せて行動してきたけど、中身はさやかの幼馴染や友達、まどかに対する嫉妬心で一杯だったじゃないの! まどかに対しても自分がさやかに対する鍵になれないことに嫉妬していたんじゃないの⁉」

 

 自分の心情を見透かされたようで杏子は黙りこくった。

 確かにさやかを助けたいという気持ちはあった。

 だがそれと同時にレッドフードが言う醜い感情があったのも事実。

 完全に恭介と仁美が恋人関係になったのを見て、ここで自分が彼女を受け止めれば自分と同じ境遇を持つ友達が出来る。

 そう思って彼女に接したが、それでもさやかから返ってきたのは辛辣な言葉だけ。

 それが原因で再び喧嘩となってしまった。

 だが事実でも受け止めるのが嫌な杏子は再びレッドフードと向き合って話し出す。

 

「それがアタシのさやかに対する感情の全てじゃない! アタシはアイツを救ってやりたいと思って行動してきた!」

「何が『救ってやりたいよ』無理心中に巻き込んで魂だけになった彼女があなたに感謝してくれると思うの?」

「それ以外に何があるっていうんだよ⁉ 仕方ないだろ!」

「それは違うわ」

 

 レッドフードの声は先程までの興奮しきっていた物とは違い、諭すような冷静な口調だった。

 突然温度が変わったことに杏子は困惑するが、そんな彼女に構わずレッドフードは話を続ける。

 

「彼女が最後に言った言葉は覚えている?」

「当たり前だろ! 自分の幸せ願った分、他の誰かを憎まずにはいられないってな!」

「それが魔法少女だってね。でも……何であなたはその時それを否定することが出来なかったの?」

 

 レッドフードの問いかけに杏子は何も言い返すことが出来なかった。

 自分もまた願いと共に多くの人間を不幸にしてきたからだ。

 それは家族だけにとどまらず、数えきれないほどの顔も名前も知らない人間を不幸にし続けた。

 だからこそあの時のさやかの発言を否定することが出来ず、彼女をそのまま絶望から救ってやれず魔へと落としてしまった。

 黙りこくって冷静さが取り戻された杏子を見ると、改めてレッドフードは話しだす。

 

「さやかは自分がそんな存在なのが嫌になって、この世界全てを呪う魔女になったのよ。でもあの状態からでも救える方法はあったはずよ。一時的にでも彼女に希望を見せられることは」

「どうしろっていうんだよ?」

「まずあなたが変わってみせればいいのよ」

 

 ありきたりな言葉ではあったが妙に胸に刺さる物があった。

 だからこそ、杏子は何も反論をせずレッドフードの言葉に耳を傾けることを選んだ。

 

「魔法少女全員がそんな存在じゃない。定説を覆す存在が一人でもいれば、その人のために変わろうって思える物なのよ人は。私だってジェフリーがいたからこそ、姑息な悪党から足を洗うこと出来て、魔法使いとして胸を張って生きることが出来たのよ」

「やっぱりそうか……」

 

 ずっと思っていたことだった。

 目の前にいるレッドフードはジェフリーに関係のある存在だということは。

 そう思うと今までの発言にも重みが増してくる。

 杏子だってジェフリーには何度も助けられてきたのだから。

 彼のおかげでマミを殺さずに済んだし、のぼせ上ったままさやかを殺すことも回避できた。

 だからこそ聞きたかった。レッドフードの真意を。

 

「寂しくないのか?」

「何が?」

「お前は寂しくないって言うのかよ? 幽霊になって一人ぼっちでただフラフラと蠢くだけの存在になってよ⁉ 誰にも見てもらえず、誰にも言葉を聞いてもらえずにさ!」

「それはないわ」

 

 必死になって訴えかける杏子を安心させるように、レッドフードは穏やかな笑みを浮かべた。

 その笑みが杏子に取っては眩しすぎて信じられない想いで一杯だった。

 マミの元を離れてからという物、誰も自分を見てくれる存在はなく、心は荒む一方であり、ただ食べて寝て魔女を殺すだけの毎日。

 気づけば人としてのプライドさえ失っていた空っぽの自分とは違い、目の前にいるレッドフードは心からの笑みを浮かべていた。

 不安がる杏子を安心させるかのようにレッドフードは語り出す。

 

「私の中にはジェフリーとの思い出があるわ。正直に言うわね。私もジェフリーのことが好きだったの。でもフラれたわ」

「え……」

 

 目の前にいるのがさやかと同じ境遇であるにもかかわらず、レッドフードは今でもジェフリーを慕い、彼女にとってジェフリーがどれほど大切な存在なのかは分かる。

 なぜ心を見てもらえないにも関わらず、笑っていられるのか分からず杏子は目で訴え続け、レッドフードはその問いに答えた。

 

「レッドフードっていうのはね。幻惑使いの第一人者のような物で、私はその名を継いだ三代目なのよ。この名前を出すだけで人々は震えあがって、私の元に近付く人間なんて幻惑能力を利用したいって輩だけよ。そう言う人間は利用価値がなくなったら、悪夢だけの幻惑世界に放り込んでやったけどね。だからあなたも気を付けなさい、ここに居る以上、私の機嫌一つであなたの心なんてグシャグシャにしてやることだって出来るんだから」

「話をすり替えるなよ! 何でジェフリーにフラれたって言うのにお前は今でもジェフリーを慕っていられるんだよ⁉」

「彼だけだったのよ……」

 

 その当時を思い出し、レッドフードは優しげな笑みを浮かべた。

 右腕に宿ったニミュエの破壊衝動を抑えるべく、ジェフリーはレッドフードを頼った。

 もちろん初めは自分が所属しているグリム教団を調べるため、アヴァロンが送りこんだ間者だと思い、情報だけを聞き出すと逃げたが、その後彼が自分だけを求めていると知る。

 だがそんな物に付き合う義理はないと、再び裏切って魔物をあてがって逃げたが、彼の力はレッドフードの予想以上だった。

 三日三晩戦い続けても、彼は人の姿を保っていた。

 そんな彼を見て、このまま見捨てることに目覚めの悪さを覚えたレッドフードは条件付きで、破壊衝動を抑える幻惑魔法がかけられるかを承諾した。

 

「私個人を見てくれて、私の名前を呼んでくれたのはね……」

「それだけでかよ……」

 

 レッドフードの過去に驚愕することしか杏子は出来なかった。

 だがその言葉に嘘偽りはない。そんな彼女の姿を見て、杏子は少しだけ考えるそぶりを見せると改めて話し出す。

 

「お前の理屈は分かったよ。だからアタシをここから出してくれ、頼む……」

 

 そう言って体が動かないながらも、杏子はレッドフードに向かって頭を下げる。

 先程までとは明らかに違う態度にレッドフードもまた真摯に杏子と向き合う。

 

「出てどうするつもりなの? また無理心中にさやかを巻き込むつもり?」

「違うよ……アイツがなれなかった愛と正義の魔法少女って奴になる。それがアタシがさやかに出来るせめてもの償いであり、そしてこれから成すべきことだ」

 

 まっすぐとレッドフードを見ながら語る杏子の目には虚勢はなかった。

 だがレッドフードは知っている人の醜さ、弱さ、愚かさという物を。

 具体的なプランを聞き出そうと杏子を問い詰める。

 

「グリーフシードの確保に関してはどうするつもり?」

「血眼になって探すし、魔法も効率よく使って穢れを最小限に収めるよ。これから大変になるだろうけど、人々を守る魔法少女が人を見殺しにしちゃいけないからな……」

「衣食住の確保に関しては?」

「もう一回マミのところにお世話になるよ。土下座でも何でもして二人で見滝原の平和を守る魔法少女になる。外を見て分かったけど、縄張りを広げようって魔法少女は結構多いからな。マミにその撃退は無理だから、アタシがやる。この命ある限り平和を守り続けてやるよ……」

 

 その言葉には確かに心が感じられた。

 だが気持ちだけではあっさりと飲まれてしまう。それが魔法使いの世界。

 力と想い。この二つがなければ魔法使いが自分の正義を貫くことは不可能、それが分かっていたからこそレッドフードは指を鳴らして、茨を解除すると杏子が地面に激突する。

 分かってくれたと思い立ち上がろうとする杏子だが、目の前に突き出されたのはジェフリーが使うのと同じ改魔のフォークだった。

 

「気持ちだけじゃ何も守れないわよ。故にあなたにはグリムに所属する権利があるか入団試験をさせてもらうわ」

「グリム? ジェフリーが所属していたって言う組織のことか?」

「いいえ。彼が所属していたのはアヴァロンよ。やり方の違いから、私たち魔法使いはアヴァロン、サンクチュアリ、グリムの三つに分かれていたわ。あなたはグリムの入団試験の条件を受けてもらうわ」

「どんな条件だって言うんだ?」

 

 改魔のフォークを退かし、戦う意思を見せる杏子に対して、レッドフードは距離を取って宣言する。

 

「神にも負けない。絶対的に強い意思よ!」

「なるほどな。それを見せつければアタシ自身もお前も納得できるな。いいぜ、来なよ」

 

 そう言って杏子は指を自分の方に持っていって、レッドフードを挑発するが、彼女は持っていたリンゴを地面に叩きつけると、地割れが起きそこから巨大な魔物が姿を現す。

 

「その言葉宣戦布告と受け止めたわ。私が知る限りで最も強く恐ろしい魔物、これと私を倒すことが出来たら、あなたを認めるわ杏子」

「どんな相手でも来い!」

 

 叫びと共に地割れの中から魔物が完全に姿を現す。

 それは狼を模した漆黒の鎧に身を包み、手には巨大な槍が持たれている魔物。

 一番の特徴はがら空きになった腹部であり、そこからは赤いフードを被った髑髏が姿を見せていて、その髑髏の存在感に圧倒されると同時に杏子は悟った。そこが弱点なのだと。

 杏子の中で戦いのプランが組みあがると同時に、レッドフードも魔物の肩に乗って戦闘準備を整える。

 

「この生欲の塊である『赤ずきん』を倒すことが出来れば、あなたはグリムの魔法使いとして認めてあげるわ。殺す気でかかってきなさい! じゃなければ永遠にあなたはこの幻惑世界に閉じ込められたままよ」

「言われなくても!」

 

 杏子は槍を突き出して突っ込み、赤ずきんは大きく歩を進めながら、地面に居る杏子に向かって槍を振り下ろした。

 譲れない物のため、取り戻すため、受け継ぐための戦いが今始まる。




現実を掴むために少女は立ち向かう。幻惑に逃げたら人の負けだということを知っているから。



ここで裏設定の公開をしたいと思います。一番初めにレッドフードが使った供物ですが、これはフリーダムウォーズでのコラボ供物『咎人の荊』を使用させていただきました。
レッドフードは幽霊ですので、相手の気持ちなんかもその人に憑りつくことで理解でき、杏子の前はジェフリーの背後霊となっている状態だったのです。
だから魔法大全が体の中に存在しているジェフリーの中から一つ拝借して使用したということになっています。
レッドフードに関しての説明が足りないと思ったので、ここで簡素ながらに説明させていただきたいと思います。

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