魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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人の数だけ考えはある。だから人と人は常に衝突をする。


第二十一話 それぞれの長い夜

 恐怖と狂気。それだけが今の巴マミの中を占めている感情。

 マミは改魔のフォークを片手に近付くジェフリー相手に恐怖しか持たず、震える手でマスケット銃を構えながら乱暴に連射していく。

 放たれる弾丸に対して、ジェフリーは即座に鎧をその身に纏う。

 真っ赤な炎で包まれた鎧『火神のお守り(改)』を発動すると、散歩するかのような歩みでゆっくりとマミに近付くジェフリー。

 マスケット銃による魔力の弾丸を全て受け止めながら、ジェフリーは空いている左手を彼女に向かって差し出す。

 

「もうバカな真似は止めろ。誰だって宿命や運命と必死になって戦っているんだ……」

「あなたに私の何が分かるっていうのよ⁉」

 

 諭すように説得を試みるジェフリーの言葉は事実を受け止めきれなかった少女には意味が無かった。

 興奮しきったマミは感情に身を任すと、マスケット銃の持ち手でジェフリーのこめかみに目がけて思い切り打撃を加える。

 銃などの遠距離武器の使い手が接近された場合に取る手段であり、人間の急所の一つを思い切り突くので上手く行けば相手は卒倒出来る。

 今回も攻撃はクリーンヒットした方だと言える。その証拠に鎧の一部が欠けてジェフリーの右目だけは空気に触れていた。

 だがその眼は怒りに満ちた物であり、男の感情に触れた瞬間、マミは身を縮こませてしまう。

 

「ダダをこねるなと言ったろ! あんまりワガママが過ぎれば体罰だ!」

 

 話し合いで解決したかったが、それは不可能だと判断したジェフリーは改魔のフォークを振り下ろす。

 それをマミはマスケット銃で受け止めるが、ジェフリーの腕力と経験があれば、それは防御と呼ぶには稚拙な物であった。

 

「そんな物まとめて切り裂ってや……何⁉」

 

 持っている武器に力を込めた瞬間、ジェフリーは違和感に気づく。

 切ろうとしていた獲物が鉄のように固い物から一気に柔らかい物に変化していたからだ。

 ジェフリーが物を見ると、そこにマスケット銃は無かった。

 マミは改魔のフォークがマスケット銃に触れ、自分の武器の硬度でジェフリーの攻撃を防ぎきれないと判断して、元のリボンの形状に戻していた。

 何重にも重ねられた布は下手な金属よりも防御性能が高く、ジェフリーが放った刃を受け止めていた。

 この予想外の行動がジェフリーの体に一瞬の隙を生んだ。

 マミはそこを見逃さずに持っていたリボンを離す。

 放物線を描いてリボンはジェフリーを囲い、その体を拘束する。

 

「お菓子の魔女の時は拘束だけで終わらせたけど、今度はそうはいかないわ!」

 

 未だに涙の乾かない目でジェフリーを睨みながら、マミは焦点の合ってない目で眼下のジェフリーを見降ろすと、再びリボンでマスケット銃を構築して引き金を引こうとする。

 引き金が引かれる瞬間、ジェフリーは口を大きく開いて炎竜の卵を地面に放った。

 瞬間、大爆発が起こり、拘束していたリボンも一緒に燃えて消え去る。

 マミは大体の目測でジェフリーがいると思われる人影に目がけて、マスケット銃の乱打を放つが小気味良い音が響くだけだった。

 

「皆! 皆死ぬしかないじゃない!」

 

 そうしている間にも黒煙は広がる一方でホーム全体を埋め尽くしていた。

 そんなマミの錯乱している様子をジェフリーは杏子とほむらと一緒に見つめていた。

 爆発の反動を利用して二人の元にやってきたジェフリーは、震える体を起こすと二人の安否を確認する。

 

「無事か?」

「あ、ああ……」

 

 本来は自分が加勢すべきだと分かっているのだが、杏子は体が動かず、ジェフリーの問いかけに対しても生返事しか出来なかった。

 一方のほむらも怯えるまどかを宥めるので精一杯だったと言うのもあるが、心眼でジェフリーの様子を確認すると不安そうな顔を浮かべていた。

 

(明らかに不調なのが目に見えているわ……)

 

 体の色は橙色に染まっていて、いつもの半分の力も出せていないことが分かる。

 やはり双頭の邪翼との戦闘が堪えているのか、体を起き上がらせる手も常に震えている状態であり、今まで見たこともない弱弱しい姿にほむらは不安を拭えないでいた。

 

「ジェフリー。こうなったら巴さんに関しては仕方ないわ。私も加勢するから……」

 

 ほむらの言葉を聞いた途端、これまで疲れ切っていてどこか頼りない顔を浮かべていたジェフリーの表情は一変した。

 明らかに怒りの色を持った顔を浮かべていて、ブスっとした顔のままジェフリーは黙ってマミを見つめる。

 彼女が今攻撃しているのは『赤い色欲の実(改)』によって生み出された仲間たちの絵を攻撃しているだけ。

 少し冷静になれば分かる罠なのだが、冷静さを完全に失ったマミは錯乱した状態のまま、ただただ引き金を引き続けるだけだった。

 何も話さないジェフリーを見て、杏子も立ち上がって話し出す。

 

「そ、そうだ! アタシとお前、それにほむらが組めば、マミだって……」

「マミをどうするつもりだ?」

 

 まるで最後まで言うのを遮るかのように、ジェフリーは杏子に質問をする。

 その抑揚のない喋り方に恐怖を感じながらも、杏子は話し出そうとする。

 

「そりゃ、ほむらも言ってたけど、こうなったら殺られる前に殺るしか……」

「ふざけんじゃねえぞ!」

 

 この場の女子全員が体を萎縮してしまう男の怒鳴り声が響く。

 ほむらも杏子も完全に怯えた表情を浮かべてジェフリーから目を逸らしてしまうが、彼はそれを許さず二人の顔を強引に持ちあげると自分の顔を見せて話し出す。

 

「マミは俺たちの仲間だ。俺はあの時誓ったんだよ。もう仲間を生贄にするような真似は絶対にしないってな!」

(あの時?)

 

 怒鳴られて完全に固まっている杏子とは別に、ほむらはジェフリーの言葉の意味が気になって心に冷静さが取り戻される。

 黒煙も晴れ出し、これ以上マミの気を引くのは不可能。そう判断するとほむらは凛とした表情を浮かべながら語り出す。

 

「理想を実現するには力が必要よ。そこまで大口を叩くからには、それを実現出来るんでしょうね?」

 

 ほむらは今まで通り、冷たく威圧するような口調でジェフリーに接した。

 そんな彼女の言葉も意に介さず、ジェフリーは仮面を顔に装着し、右腕に鎧が入った腕輪を装着すると杏子とほむらの右手を掴んで、自分の胸に持ってこさせる。

 

「変身するから魔力をよこせ!」

「お前は何を言って……」

 

 反論しようとする杏子だが、頭の中でイメージが広がると捕まれた右手に力を込め、赤いエネルギーを放出するとジェフリーの中に流し込む。

 ほむらも同じようにイメージが広がったらしく、二人分の魔力を受けるとジェフリーの体は見る見る内に変化していく。

 体は三メートル近くにまで膨れ上がり、肌は灰色に変化して、筋骨隆々の肉体を持った巨人に変化したジェフリーを見ると杏子は絶句した。

 

「超人ハルクかなんかかお前は……」

「まだこれで終わりじゃないぞ」

 

 以前双樹あやせ、ルカとの戦いで、この魔人変化の姿は見たのだが、ここから更なる変化がある事にほむらは困惑したが、ジェフリーは彼女の意を無視して右腕に備わった腕輪を発動して鎧をその身に纏う。

 その異常な姿を見ると、まどかは完全に言葉を失ってほむらにすり寄る。

 この姿を見て二人は本能的に察した。自分たちが出来ることなど何もないと。

 ほむらはまどかを連れてホームを出ていき、杏子はさやかを抱きかかえて、ほむらに続いた。

 ここに自分とマミしかいないことを確認すると、ジェフリーは晴れかけた黒煙をかき分けて彼女の元へと向かう。

 異常に大きな足音が聞こえると、マミの中にも多少の冷静さが取り戻される。

 そして自分が今まで攻撃していたのが偽者だったと分かると、改めて自分に近づいてくるジェフリーに向かってマスケット銃を突きつける。

 

「もう放っておいてよ! 私には何もないんだから!」

 

 感情に任せて興奮しきった叫びを上げるマミだが、目の前に近づく異形を見ると言葉を失った。

 三メートル近い巨人は真っ黒なフルアーマープレートに身を包み、一歩進むたびに重厚な足音を響かせていた。

 だがマミが注目したのはその頭部。

 巨人は首がなかった。首がある部分には青白い炎が一つ灯っているだけであり、その姿にトラウマが一気に蘇る。

 お菓子の魔女の時と戦いの時はジェフリーが助けてくれたが、あの時彼が助けてくれなかったら、間違いなく自分は首無しの死体になっていた。

 そう思うと恐怖で頭が一杯になって、感情に任せてマスケット銃を幾多も作り上げると、全てを射出した。

 魔力の銃弾は分厚い胸板や手、足を撃ち抜くが、鎧によって弾かれるだけでありダメージがあるようには見えなかった。

 仁王立ちしているジェフリーは両手を後ろに回すと、マミに向かって武器を投げ飛ばす。

 それは鉄球のような武器であり、回転しながらマミに向かって突っ込んでいき、銃弾を弾き飛ばしながら彼女の眼前で回転を止めると、その瞬間に叫びが響き渡る。

 

「お前は今までの自分さえ否定するのか⁉ 少しは頭を冷やせ!」

「嫌ああああああああああああああああ!」

 

 鉄球だと思っていた武器はジェフリー自身の頭であり、首と体が離れている首無しの騎士を見ると、マミの感情は一気に爆発し悲痛な叫びを上げて体を丸ませて恐怖に震える。

 その瞬間をジェフリーは見逃さず、口の中に入れておいた眠り教主の花の顆粒をマミに放つ。

 顆粒を吸った瞬間、マミの意識は遠のき、彼女は夢の世界へと旅立っていった。

 自分の首を元に戻すとジェフリーは安堵の表情を浮かべて、元の姿へと戻る。

 『デュラハン』から奪い取った『虐剣士の縛鎧(改)』はこれまで何度も使ってきた供物ではあるが、完全に元のデュラハンと同じ姿になるのは初めての経験。

 槍の先に眠り教主の花の顆粒を球状に付着させ、そこに自分の顔を模写した鉄球を上から被せて投げ飛ばす。

 ぶっつけ本番での勝負ではあったが上手く行ったことに胸を撫で下ろすと、ジェフリーは炎の布を発動させて、それを解いて紐の状態にするとマミの体を縛りあげた。

 だがその表情に喜びの色は無かった。

 彼女に取って最も心苦しいであろうトラウマを呼び起しての勝利は決して気分がいい物ではなかったからだ。

 

「済まない……だがお前ほどの強者を相手に確保をする場合は不意打ちしか方法がないんだ……」

 

 一言謝罪を済ませるとジェフリーはマミを抱え上げてホームを後にする。

 この奥の結界で未だに苦しんでいるであろうさやかに後ろ髪を引かれながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ホームから出て駅の出入り口でジェフリーを待つ三人の少女の顔は不安で一杯であった。

 本当にジェフリー一人に任せてよかったのかと、だがそんな心配は靴音でかき消された。

 マミを抱きかかえて現れるジェフリーを見て、まどかは安堵の表情を浮かべるが、ほむらと杏子はすぐに心眼を発動させてマミの安否を確認する。

 体が緑色に染まっているのを見ると、死んではいなくほぼ無傷の状態で捕獲することが出来たと知り、ほむらはここで初めて安堵の表情を浮かべるが、杏子の表情は沈んだままだった。

 浮かない顔のまま杏子はジェフリーの前に立って、マミを渡してもらおうと彼に向かって手を差し出す。

 ジェフリーは何も言わずにそのままマミを杏子へと受け渡すと、続いてさやかの体を氷の布を解いた紐で縛りあげて、抱え上げるようにマミを担いでいる杏子の手に持たせる。

 

「二人運ぶんだ。この方がやりやすいだろう?」

「悪い……」

 

 それだけ言うと杏子は沈んだ表情のまま、マミの家の方角へと進むが、その幽鬼のような姿を心配したのか、杏子に向かってジェフリーは話しかける。

 

「マミが起きたら伝えてくれ。手荒な真似をして悪かったと」

「自分で言え……」

 

 短くそう言うと杏子は変わらぬ歩調で歩みを進める。

 だが角に曲がってその姿が見えなくなる寸前、歩みを止めてジェフリーの方を見ながら話し出す。

 

「こいつがやったことはこいつに代わって謝るよ。ゴメンな……」

 

 杏子にしては珍しくしおらしい態度にほむらは困惑するが、ジェフリーはそれだけ彼女が真剣なんだと思い、まっすぐ彼女を見つめながら話を聞く。

 

「だがさやかの件に関しては別だ。討伐しようってんなら、全力で潰すぜ。例え相手がお前でもな……」

「お前はお前で向き合えばいい。俺は俺でこの問題に向き合う」

 

 それが杏子の決意表明に対してのジェフリーの返答だった。

 彼の答えを聞くと杏子は今度こそ二人を連れていなくなった。

 その様子をまどかはただ圧倒されて見ることしか出来なかったが、ほむらに肩を叩かれるとまどかの意識は彼女へと向けられる。

 

「家まで送るわ……」

「え、あ……うん」

 

 まだ言いたいことは山ほどあったが、圧倒されるばかりで言葉が一つも出ない。

 まどかはほむらの言われるがままに彼女に見送られる。

 こうなったらどうやって杏子を説得するかしか、ほむらの頭にはなかったが、その時彼女の脳内にジェフリーからのテレパシーが届く。

 

(終わったら俺と来てくれ。伝えたいことがある)

 

 彼が何をやろうとしているのか分からないが、ほむらはジェフリーの方を少しだけ向くと小さく頷いて了承の意思を示した。

 隣で生気が完全に抜けたまどか、そして双樹あやせ、ルカの魂を生贄に捧げてから、明らかに不調なジェフリーを見て時間はかけられないと判断して、まどかの手を取ると強引に走り去る。

 

「痛いよ。ほむらちゃん……」

 

 いつもなら即座に反応するまどかの懇願だが、今のほむらに彼女の言葉を聞く余裕は無かった。

 今回が一番の山場であり、ジェフリーもまた不調の状態。

 この問題を解決出来るのは自分しかいないという想いがほむらの足を速めた。

 今杏子を失う訳にはいかない。それだけが今のほむらを占めていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 まどかを無事に家まで送り届けると、ほむらはジェフリーが指定した場所へと向かう。

 そこはかつての杏子の家である教会。

 何故そんな所を待ち合わせ場所に指定したのかは分からないが、決して本調子ではないジェフリーのことが心配で、ほむらは脚力を魔法で強化して目的地へと到着する。

 

「ジェフリー⁉」

 

 そこで見たジェフリーの姿に驚愕し、ほむらは思わず素っ頓狂な声を上げて驚く。

 彼は体を震わせながら戸にしがみ付いて荒い呼吸を整えるのに必死で、明らかに不調なのは青白く染まっている顔色を見れば明らかだった。

 そんな彼の体を起こそうとすると、ジェフリーは弱弱しい声で語り出す。

 

「ここの教会は杏子の実家だったんだな。もう教会として機能はしていないみたいだが」

「その口ぶりだと前にも来たことがあるようね?」

 

 ほむらの問いかけに対してジェフリーは小さく頷く。

 ここでほむらは記憶を辿って、いつジェフリーがこの教会に来たのかを考える。

 基本的に自分と共に行動をしていることが多いジェフリー、最近は杏子と行動を共にすることが多かったが、その段階で杏子が自分の過去を話すのは考えづらい。

 となると唯一記憶に引っかかったのはお菓子の魔女の討伐後。

 僅かな時間ではあるがその間はジェフリーとほむらは離れていた。その後の討伐で何故かチーズを要求した場面もある。

 その時は大して気にも留めていなかったが、偶然にしては出来すぎていることから、ほむらは自分の中の仮説を話し出す。

 

「あなたお菓子の魔女に対して何をしたの? 生贄行為に及んだとはとても考えにくいわ」

 

 ジェフリーのことだから、何かまださやかに対して策があるのだろうとほむらは結論を出した。

 そして、それはお菓子の魔女にした行為と関係していると判断し、ほむらは質問をした。

 話を聞くとジェフリーは震える体を起こして、ほむらに問いかける。

 

「この辺りでまだ機能している孤児院はあるか?」

「はぁ?」

 

 訳の分からない質問に対して、ほむらは間の抜けた声を上げる。

 だがそこですぐに一つの仮説が生まれる。しかしそれはあまりに都合が良すぎる考えなので、一回は否定しようとしたが、すがりたいという想いもあり、ほむらは携帯を取り出してこの辺りの児童養護施設に関して検索をする。

 すると一件だけヒットし、ここからそう遠くない場所に経営していて、もしかしたらという想いもあり、ほむらはジェフリーの手を取ってそこへと向かった。

 僅かな希望にすがる想いで。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 目的地の児童養護施設に到着したが、既に明かりは落ちていて就寝時間になっていた。

 二人は物陰に隠れて施設を見たが、ここでほむらはもしかしたらという想いを込めて、ジェフリーが何故この場所を要求したのかを聞く。

 

「そろそろ教えて。あなたはお菓子の魔女に何をしたの?」

 

 ほむらの問いかけに対して、ジェフリーは電信柱の間に咲いているが、誰かに踏まれ萎れたタンポポに向かって手を伸ばすと、手から青白い気を発っする。

 するとタンポポは見る見る内に艶を取り戻し、美しい花へと戻った。

 

「回復魔法と言う訳ではなさそうね……」

 

 ほむらの問いかけに対してジェフリーは小さく首を縦に振ると、一つ深呼吸してから魔法使いが持っている選択について話し出す。

 

「俺達魔法使いには魔物を討伐した際、二つの選択肢が用意されている。一つは魔物を完全に滅して自分の右腕に宿す『生贄』もう一つは……」

 

 そのもう一つの選択肢を聞くのが怖かったが、ほむらは生唾を飲みこんでジェフリーの言葉を待つ。

 

「魔物になった人間を許し、その気だけを貰い、元の人間に戻す『救済』だ。これのバランスがうまく取れている魔法使いほど長生き……」

 

 話の途中だがジェフリーの話は彼の右頬に響く炸裂音でかき消された。

 自分が平手打ちを食らったのが分かると、ジェフリーはほむらの方を見る。

 常に感情を表に出さないようにしている彼女にしては珍しく、涙目で明らかに怒った様子で息を荒げながらほむらは感情をジェフリーにぶつける。

 

「何でそんな事が出来るなら出来るって言ってくれなかったのよ!」

 

 今までに何度も魔女になった少女たちを見てきたほむらに取って、この情報を隠していた事は彼女を激怒させるには十分な物だった。

 平手打ちを食らわしたにもかかわらず、ほむらの怒りは治まらず、荒い息遣いでボロボロと目から涙をこぼしながらジェフリーを睨み続けていた。

 そんな彼女に対してジェフリーは痛む頬を擦りながら、魔法使いが何故救済行為を積極的に行わないのかを語り出す。

 

「何か勘違いをしているようだが、何も救済行為を行ったところで100%元の生活に戻れるとは限らないんだ。俺達の世界では元魔物だった人間に対する風当たりが以上に厳しい、その辛い現実に耐えきれず、再び魔物化する可能性だってあるから魔物は生贄にしろと言う風潮があるんだ」

「その口ぶりだと可能性を数字で知っているようね。言いなさい」

 

 未だに怒りが治まらないほむらだが、自分自身でも分かっている。

 このまま子供みたいにダダをこねて怒り続けても何も変わらないことぐらい。

 少しでも冷静になろうとほむらは新たな情報を得ようとする。

 

「50%だ。お前はこの数字をどう思う? 50%もと考えるか? それとも50%しかと考えるか?」

「ノーコメントよ。それよりもこっちの質問に答えなさい」

 

 ジェフリーの世界の常識など、こちらでは何の意味もない。

 ほむらたちの居る世界は魔法少女も魔女も世間一般には認知されていないのだから。

 そんなことを語られるよりも、もっと情報が欲しいほむらは根掘り葉掘りジェフリーから聞き出そうとする。

 

「深く絶望する以外の方法で元魔物が再び魔物になる方法はあるの? 例えば魔法を使いすぎてとかは……」

「ああ、それに関しては話していなかったか。確かに元魔物だった人間は例えロムルス人でも魔物だった頃の力が残っていて、魔法使いと同じように魔法を使うことが出来る。救済された事を感謝して組織に所属して魔法使いになった輩もいるよ。そこ以外に場所がないというのもあるがな」

「無駄話をしないで!」

 

 怒鳴り声に多少驚きながらも、ジェフリーは淡々と語り出す。

 

「それに関しては魔法少女と同じでだ。そうなればまた魔物に戻るが、そんな間抜けはいないよ。抑えられるところは抑えるさ、人間だって食べ過ぎれば自重をするだろう。腹が破裂するまで食べる阿呆はいないよ」

「そうね。でもそれだけじゃないんでしょ? 教えてちょうだい、何で今まで話してくれなかったの?」

 

 先程叩いた事を反省してか、今度はしおらしくほむらは質問をする。

 目の前にある施設から邪な気が感じられないのを見ると、ジェフリーは一つ深呼吸を置くと語り出す。

 

「それはな。魔物と魔女じゃ作りが違うからな。だから救済をしても元の人間に戻せるか確証が取れるまでは話さないでおこうと決めたんだ」

「どう言う事なの?」

 

 ほむらの問いかけに対してジェフリーは説明を始める。

 聖杯と契約した輩も、魔物に傷を付けられた者も、魔物になるプロセスは同じ。

 自らの肉体が変化して魔物となる。

 だが魔法少女が魔女に変貌するのは違う。

 魂だけが変貌して、それまでの肉体から完全に切り離され、新たな異形の肉体を持って人々を襲う。

 故に魂だけを救済しても元の人間に戻せるか不安だったが、お菓子の魔女の魂から神聖な魂を感じたジェフリーは体のバランスも考えて、彼女を救済することを選んだ。

 生まれたままの姿にはなっていたが、その姿は元の愛くるしい少女になっていた。

 少女の気は体に宿り、少女に関する情報も手に入れた。

 チーズが大好きな少女『百江なぎさ』彼女がこれから先どう言う人生を送るかは分からない。

 魔女になったらなったでその時考えればいいと思い、ジェフリーはなぎさに熱を失った炎の布を任せ、近くに児童養護施設がないか探し、偶然見つけた教会に彼女を置いたことを話した。

 

「今日で十五日目だ。もうそろそろ十分だろうと思っていたんだ」

「分かったわ」

 

 そう言うとほむらは物陰から出て、施設へと向かう。

 

「百江なぎさの様子を確認してくるわ。あなたはそこで待っていて」

 

 行ってからほむらは思った。シャルロッテとは何度も面識があるが、百江なぎさの顔も自分は知らないことを。

 だが不安は無かった。自分の今までの経験だって決して無駄な物ではない。そう直感で信じていたから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 施設内にピッキングを使って潜入すると、ほむらは部屋を片っ端から見ていく。

 四人で一部屋の部屋を見ていくが、どこにも百江なぎさの姿は見当たらず、開けては閉めを繰り返していた。

 何度目か分からないドアを開けると直感で気付く。

 この部屋だけ今までの孤児とは違う子供が居ることを。それは二段ベッドの下で寝息を立てている少女であり、ほむらは顔を覗き込む。

 

「チーズ……」

 

 夢の中でもチーズを食べていて幸せそうに微笑む少女を見て確信した。

 彼女こそが元お菓子の魔女の『百江なぎさ』だということを。

 軽くウェーブがかかった銀髪の長髪を持ち、10歳ぐらいの小学生の活発そうな少女。

 そのあどけない寝顔を見る限り、絶望とは程遠い幸福な日々を過ごしていることが分かり、これならば心配はないだろうと判断して、そのままドアを開けて出ていく。

 

「幸せになりなさい……」

 

 最後に一言なぎさに対してエールを送ると、ほむらはそこから消えていった。

 侵入者にも気づかず、なぎさは幸せそうに寝息を立てて夢の中でチーズを食べているだけであった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 なぎさの無事が確認出来ると、ほむらはジェフリーが待っている物陰へと戻る。

 すると彼は再び苦しそうに俯きながら息も絶え絶えの状態になっていた。

 

「ジェフリー!」

 

 明らかに異常なジェフリーの様子に彼女は駆け寄って、その体を起こす。

 息も絶え絶えで明らかに体温が下がり、唇が紫色に変色していることから彼の体が異常な状態であることが分かり、何故そうなったのかをほむらは聞こうとするが、その前にジェフリーが答え出す。

 

「人が受け止められる魂なんてたかが知れている。救済を続ければ神々しい姿になるし、逆に生贄行為を続けていれば、人の姿など保っていられない」

「もう喋らないで」

 

 ほむらの懇願も無視してジェフリーは話を続ける。

 

「だから魔なる力と聖なる気のバランスは重要だ。一つバランスを崩せば、あっという間に人から転落していく」

「じゃあ今この状況は……」

「そうだ。双樹あやせ、ルカの魂は邪悪の塊。おかげで今でもあの二人の笑い声が耳の中に響き渡っているよ。幻聴だって分かっているのにな……」

 

 それだけ言うとジェフリーは気を失って前のめりに倒れそうになるが、それをほむらが受け止めると彼女はジェフリーの顔を両手で受け止めて自分の顔を見させながら話し出す。

 

「対策は?」

「神聖な気を得ることだ。そうすれば再びバランスは保たれて、この不調も元に戻る。だから俺は掟に反してさやかを救済する。協力してくれるか?」

 

 ジェフリーの問いかけに対して、ほむらは小さく首を縦に振る。

 了承を得たのに安心すると、ジェフリーの意識は遠いところに持っていかれそうになるが、彼は気持ちだけで踏ん張りほむらと一緒に歩いた。自宅へと戻るために。

 途中何度も気持ち悪くなってえずく。これも邪悪な魂を右腕に宿した結果なのだろう。常に苛立って仕方なく心が落ち着かず、そのストレスが臓器にまで及ぶほどだ。

 回復魔法が通用するとは思えなかったほむらは、せめて少しでも気が紛れればと彼の背中を黙って擦り続けた。

 背中に感じる手のひらの暖かさに記憶の混濁が起こる。ジェフリーは隣にいる少女を別人と勘違いして話し出す。

 

「ありがとう。今度は立場が逆になってしまったな……」

「何を?」

「ニミュエ」

 

 自分の顔を見ながら知らない女の名を呼ばれ、ほむらは困惑するが、今はジェフリーを安全なところまで送り届けるのが先。

 モヤモヤした心を払拭するかのようにほむらは歩み続けた。

 全ては自分の目的のためだと割り切ろうとしながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 時刻は夜の十二時を迎えようとしていた。

 巴マミは見慣れた天井を見て目を覚ました。

 天井が自分の家の自室のベッドの上だということが分かる。

 それだけならともかく、マミは自分の体がベッドから動かないことに困惑して現状を確かめようとする。

 

「何これ?」

 

 マミの全身を覆っていたのは槍を伸ばした鎖の数々。

 まるでガリバー旅行記の主人公のように鎖でがんじがらめになっている体を解こうとするが、動いても動いても鎖は取れる気配がなく体に食いこむばかり。

 ドアが開けられる物音に気付いてその方向を見ると、厳しい表情を浮かべながらドアを背にもたれかかる杏子の姿があった。

 

「やっと目が覚めたか……」

「佐倉さん。これは……」

 

 魔法の種類からこれが杏子の仕業だということはよく分かる。

 口調からある程度の落ち着きが取り戻され、少なくとも皆殺しにするような真似はしないだろうと判断した杏子だが、歯ぎしりを立てると憎々しいと言った具合の表情を浮かべてマミの応対に当たる。

 

「テメェはそこでしばらく頭冷やしてろ! ちゃんとまどかやさやかにも詫び入れるんだぞ!」

 

 そう言うと杏子は乱暴にドアを閉めた。

 一方マミは呆気に取られるばかりであった。ジェフリーもそうだったが、皆を殺そうとした自分を殺される前に殺す訳ではなく許したことに。

 しかもさやかに関して、杏子はまだ諦めていなかった。

 そのまっすぐな姿にジェフリーが言った言葉が響く。

 

『お前は今までの自分さえ否定するのか⁉』

 

 そして最後に思い浮かぶのは魔法少女としての今までの自分の行動。

 多くの魔法少女は使い魔まで狩るような真似はしない。

 魔女を全て狩ってしまえば、グリーフシードの確保が難しくなる。

 そうすれば自分自身が魔女化してしまうからだ。

 だが真実を知らなかったとは言え、マミは自分の正義を信じてひたすら人々を守るため戦い続けた。

 そしてマミは二人に言われた通り、頭を冷やして考えることを選ぶ。

 これから自分がどうするべきなのかを。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ソファーに寝かせたさやかの死体を魔法で保存する。

 こうすればさやかが生き返った時に不具合が起こる心配もない。

 現段階でやるべきことは全てやったと判断した杏子は、マミの携帯を借りてまどかに電話をかける。

 数コールの後にまどかは電話に出た。

 

「マミさん?」

「アタシだ」

「杏子ちゃん⁉ マミさんは無事なの⁉」

「一つ一つ話すから落ち着け」

 

 興奮しきっているまどかを宥めながら杏子は現状をまどかに伝える。

 マミは縛りあげたので、これ以上暴れることはない。

 さやかの死体は魔法で保護したので、彼女が元に戻っても後遺症に悩まされることはない。

 そして最後に自分はさやかを元の人間に戻すため、人魚の魔女に戦いを挑むことをまどかに告げた。

 

「そこでお前にも手伝ってもらいたいんだ」

「私に⁉」

 

 杏子は自分が立てたプランをまどかに伝えた。

 親友が必死になって叫び続ければ、さやかも心を取り戻してくれるのではないかと言う奇跡を杏子は実行しようとしていた。

 だがあまりにも突拍子な意見にまどかは言葉を失って戸惑うが、そんな彼女を杏子は叱咤する。

 

「そんな調子でどうすんだよ⁉ お前、さやかに助かってもらいたいんだろ? だったら奇跡を信じて行動してみろよ! まだキュゥべえだって分かっていないことはあるみたいなんだしさ」

「でも……」

「安心しろ。お前の身柄はアタシが絶対に守る。それにアタシの実力なら、魔女相手に遅れを取ることはないさ」

 

 その発言から杏子の自信が伝わってくる。

 頼もしい発言にまどかの中にも勇気が湧いてきて、杏子の受け答えに対して先程よりも力強い返しをする。

 

「分かったよ。マミさんとほむらちゃんから魔女の討伐についていくの禁止になったけど、今回だけはそのルール破る!」

「いい根性だ。全部を悲観するのはまだ早いぜ。もしかしたらあの魔女を真っ二つに割ったら、中からさやかのソウルジェムが出てくるかも知れないぜ。そういうモンじゃん。愛と勇気が勝つストーリーってのは」

 

 そう言って電話口で笑う杏子の声を聞いて、不思議とまどかの中の不安もなくなる。

 電話口から明るい声が聞こえると、自然と杏子も笑顔になり最後に話をまとめて切ろうとする。

 

「明日学校が終わったらアタシと一緒に来い。結構どうにかなるかもしれないぜ」

「うん。お休み杏子ちゃん」

 

 お休みのあいさつを聞くとまどかとの通話を切る。

 そして杏子は眠っているようにしか見えないさやかに対して決意表明を述べる。

 

「絶対にお前を一人ぼっちで死なせたりしないからな」

 

 それだけ言うと杏子自身もまた眠りに付こうとする。

 それぞれの想いを胸にマミのマンションは静寂に包まれていた。

 嵐の前の静けさのように。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 アパートに到着すると、ほむらはジェフリーのために布団を敷いて彼をそこに寝かせた。

 それでもジェフリーは苦しそうに唸るばかりであって、明日までにまともに叩か得る状態に戻るかどうか不安しかほむらにはなかった。

 回復魔法も意味をなさないので、せめて彼の不安が紛れるようにとほむらはずっと手を握り続けていた。

 朝までに戦えるようになるまで回復を祈るが、その中でも一つの感情が頭を過ると歯ぎしりして掴んでいた手に爪を思わずほむらは立ててしまう。

 

「ニミュエって誰よ……」

 

 自分の知らない名前の女を呼ばれて、ほむらはモヤモヤした感情に苦しみそうになるが、すぐに頭を切り替えて彼の無事を祈る。

 さやかを救うことは本人だけが救われる問題ではない。

 彼女が救われることでほむらは信じたかった。

 もう一度皆の心と向き合うことが出来る自分に変われると。

 最後の最後で起こる奇跡を彼女は信じて、ジェフリーの回復を祈り続けていた。

 これが今の自分の戦いと信じて。




誰もが信じて行動する。自分の中の譲れない物のために。

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