魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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人の心は誰にも分からない。自分自身さえも。


第十九話 魔が生まれる瞬間

 目の前で狂戦士の如く、サーベルを振り下ろし続けるさやかにマミも杏子も呆気にとられるばかりであったが、影の魔女だった物の中からグリーフシードと思われる物が出てくると、杏子はハッとした顔を浮かべて、マミとアイコンタクトを取るとさやかを止めにかかる。

 

「止めろ! もう終わったんだ!」

「美樹さん止めて!」

 

 杏子はさやかに対して怒鳴り散らし、マミはさやかに胴タックルを決めて、強引に抱きしめることで彼女の体を止めた。

 だがそれでもさやかの怒りは治まらずに、サーベルを駄々っ子のように振り回す。

 

「放してよ! 私は魔女を殺さないといけないのよ! それしか値打ちがないのよ! その気になれば痛みなんて消し去ることが出来るんだから!」

 

 さやかが言うように少女の体は全身が血まみれになっているにもかかわらず、その表情は狂気に満ちた笑みを浮かべていて、杏子は思わずゾッと背筋に冷たい物を感じたが、その瞬間にハッとした顔を浮かべ、自分の疑問をさやかにぶつける。

 

「お前……痛覚排除魔法が使えるのか?」

 

 自分が使えない痛覚排除魔法を使えるかどうかさやかに聞こうと杏子は近づくが、その際怒りが収まらず、マミを振り払おうとする振り回しているさやかの肘がまだ再生が完全ではない杏子の眼球に直撃すると、少女の体は後方へと吹っ飛ばされ、マミを強引に振り払うとさやかは崩壊しかかっている結界から逃げるように立ち去る。

 

「もう放っておいてよ!」

 

 その際マミも同じように地面に吹っ飛ばされ、杏子の隣に突っ伏す形となる。

 マミは顔面を覆うように押さえて、目の痛みに苦しむ杏子を心配そうに見るが、杏子が追いやるように右手を振り払うのを見て、彼女の真意を理解し、逃げていったさやかを追いかける。

 

「佐倉さん。ありがとう……」

 

 杏子に一言お礼を言うと、マミは結界から出ていき、さやかを追う。

 マミが居なくなったのを見ると、改めて杏子は痛がろうとズキズキと痛む両目を押さえるようにかばいながら突っ伏していた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 マミはさやか居そうなところを探しながら、携帯を取り出してまどかに電話をかける。

 ほむらとの約束と、一般人のまどかを危険な目に合わせる訳にはいかないということから、あれから一度もまどかを魔女の結界内へは入れていない。

 本人が付いていくと言ったこともあるが、その度にマミとほむらで突っぱね、彼女の安全を保障していたが、今回は場合が場合。

 携帯越しからまどかにすぐ来てもらいたいと話すと、マミは一旦さやかの捜索を止め、まどかと合流するため駅前へと立つ。

 20分ぐらいしたころだろう。まどかは息を切らせながらマミの前に立つと、心配そうな顔を浮かべながらマミに事の詳細を聞こうとする。

 

「それでさやかちゃんはどうなったんですか⁉」

 

 電話口からは「美樹さんが失踪したから、鹿目さんも探すのを手伝って!」としか聞かされておらず、マミは詳細を言おうか言うまいか一瞬悩んでいたが、ここで躊躇したところでさやかの為にもならない。

 彼女を救ってあげられるのは、親友のまどかだけなのだからと思い、意を決して語り出す。狂戦士と化したさやかの事を。

 

「実は……」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 影の魔女の結界から出ていき、自分の分のグリーフシードと、さやかが持っていかなかった影の魔女のグリーフシードを取り、杏子は結界から出ていく。

 ようやく両目も再生されるが、未だにヒリヒリと焼けつくような痛みは消えずに、杏子は不機嫌そうな顔を浮かべていた。

 さやかのことに関してはマミが何とかしてくれるだろうと思い、自分が今何をすべきなのかを考える。

 とにかく今は痛覚排除魔法が使えなくなった原因を探るのが先だろうと判断して、杏子はキュゥべえを呼び出す。

 

「オイ、キュゥべえ! どこにいる今すぐ出ろ!」

「呼んだかい?」

 

 呼ばれると数秒もしない内にキュゥべえは杏子の前に姿を現す。

 杏子は姿が見えるや否やキュゥべえの頭を鷲掴みにして宙へと浮かすと、怒りと疑問をぶつける。

 

「テメェ、ソウルジェムの他にもまだ隠している事あるだろ?」

「何のことか言ってもらわないと、答えようがないな」

 

 体が宙に浮いている状態ながらも、キュゥべえは表情一つ変えず淡々と答えるだけ。

 そんなキュゥべえの態度に苛立ちながらも、杏子は握る手に力を込めながら語り出す。

 

「とぼけるな! ソウルジェムの中にアタシの魂は封印されているんだぞ。それなのに何で痛覚排除魔法が使えない⁉ おかげでさっきは死ぬかもしれなかったんだぞ!」

「知らないな。答えようがない」

 

 淡々とした発言に対して、杏子の中で何かが切れる音が響く。

 キュゥべえの体を壁に思い切り叩きつけると槍を召喚して、無茶苦茶にその体を貫く。

 穴だらけになってそれは動かなくなるが、すぐにまた新しいキュゥべえが来ると、ボロボロの死体を食べて、再び杏子と向き合う。

 

「乱暴だな。いくら痛覚が無く、いくらでも代わりがあるとは言え乱暴に扱わないでもらいたいな」

「そっちが嘘をつくからだろ! それに目を閉じた時にサーモグラフィーみたいな映像が映ったのはどういうことだ⁉ 嘘をつかずに正直に答えろ!」

「知らないな。答えようがない」

 

 ビーズのような眼でまっすぐ杏子を見つめながら、キュゥべえは変わらぬ調子で淡々と語る。

 嘘を言っているトーンではないのが分かると、杏子の中でも冷静さは取り戻され、キュゥべえに背を向けると、それを無視して歩き出す。

 

「よーし、よく分かった。お前の言うことは一切信用しない。人をこんな風にした報いってのは必ず受けさせるからな。宣戦布告って奴だ!」

 

 そう叫ぶと不機嫌そうに杏子はその場を後にしていく。

 その背中を見つめながら、キュゥべえは一言「わけがわからないよ」とつぶやくが、近づいてくる二つの足音に気づくと首を後方へと向ける。

 

「遅かったわ……」

 

 息を切らせながら、ほむらはその場を見回すが、辺りに影の魔女の気配は無い。

 こうなってしまっては後は坂道を転がり落ちるように悪化の一途を辿るだけと悪い考えがループしていく。

 ジェフリーも彼女に続いてその場を見回すが、ここでキュゥべえはジェフリーを見るとコンタクトを取ろうと彼に近づく。

 

「久しぶりだね。イレギュラーの魔法使い、ボクはキュゥべえ。魔法少女を作る存在さ」

 

 冷静にキュゥべえは話しかけるが、ジェフリーは仏頂面を浮かべたままだんまりを決め込んでいて、ほむらは彼の背中を軽く平手で叩いて注意を自分の方に向けさせた。

 

「相手にしちゃダメよ」

「そっちに話がなくても、こっちには話があるんだ。君が使っている穢れを浄化できる水についてだ」

 

 ほむらに構わず、キュゥべえは話を進める。

 コンタクトを取ろうとしているキュゥべえに対して、ジェフリーは一歩前に出ると屈んでキュゥべえに目線を合わせると話に付き合う。

 

「リブロムの涙がどうかしたってのか?」

「キミはあれを使って、魔法少女の穢れを浄化しているみたいだけど、迷惑だ。すぐにやめてもらいたい」

 

 口調こそ変わらぬ淡々とした物であったが、言葉からジェフリーは感じ取っていた自分に対する敵意を。

 だが目の前にいる獣の目的は分かっている。ジェフリーもまた敵意を持った視線をそれに送りながら話を進めた。

 

「冗談じゃない。お前にそれをとやかく指図される覚えなんてないな。それに魔女が生まれれば退治しなくちゃいけない。俺はそれがたまらなく面倒なんだよ」

「その口ぶりなら全てを知っているようだね? だったら分かっているのかい? 君一人の怠惰だけでこの宇宙の危機が一歩近づくんだよ」

「知るか」

 

 冷淡にそう言うと右手を突き出して、ジェフリーはキュゥべえを鷲掴みにする。

 だがそれだけでは終わらずキュゥべえを腕力だけで握りつぶすと、それは豆腐のように砕けて散り、ジェフリーは手に残ったそれの残骸をジッと見つめた。

 

「何だこりゃ? 下級魔物の方がまだ手応えがあるぞ……」

「乱暴だな」

 

 殺したと思ったはずがすぐに新しいキュゥべえが現れる。

 何度も見た光景にほむらは歯ぎしりをして、強引にジェフリーの手を取ると彼を立ち上がらせて歩き出す。

 

「こんな無駄なことに時間を割かないで! こうなったらしょうがないから家に戻って、さやかのこれからについてミーティングよ!」

 

 ほむらに引っぱられながらジェフリーは連れていかれるが、最後に一言変わらぬ調子でこちらを見つめるキュゥべえに対して語る。

 

「これまでと全てが同じように行くと思うな。必ずお前に叛逆する者は現れる。俺の最高の相棒がそうだったようにな」

 

 それだけ言うと二人はキュゥべえの前から消えてなくなった。

 取り残されたキュゥべえは一言つぶやくとその場を後にする。

 

「わけがわからないよ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 人気のない公園のベンチにさやかは座っていた。

 何も言わずに空虚な眼差しで遥か彼方を見つめていて、その心の中は様々な感情で埋め尽くされていた。

 自分はもう人間ではないゾンビのような存在。

 こんな状態で恭介の前に自分の想いを告げる訳にはいかない。

 それだけならまだしも、親友の仁美と幸せな恋人関係を築けているだろう。

 そう思うと頭の中が暗闇で侵食されていく感覚で埋め尽くされた。

 

「やっと見つけた……」

 

 聞きなれた声の方向をさやかが見ると、そこには息を切らせて自分を見つめるまどかとマミの姿があった。

 

「二人とも……」

 

 二人の姿を見るとさやかは突っ伏して二人から目を背けてしまう。

 まずはさやかが落ち着くまで待とうと、二人は間を囲うようにまどかが左側に座り、マミが右側に座った。

 それからしばらくは無言の時間が続いた。

 さやかの心境を現すかのように、そらは灰色の雲で覆われ、空からはポツポツと雨が降り出す。

 幸いにもベンチには屋根が取りつけられていたので濡れることはなかったが、雨音が辺りに響き渡る。

 それがきっかけでさやかは今回の暴走した理由を語り出した。

 仁美が恭介に告白すると告げられたこと。ゾンビのような存在である自分に恭介の隣にいる資格などないこと。

 だから自分は魔女を倒すだけに生きがいを見出そうとしたが、それも出来なかった。

 この件に関してまどかは前日に聞かされていて、その際彼女を抱きしめることしかまどかには出来なかった。

 事情を聞くとマミも複雑そうな顔を浮かべる。

 こんな時にどう声をかければいいかなど分からないからだ。

 マミが困っている顔を浮かべるのを見ると、大体の事情を聞いたまどかがマミの気持ちを代弁しようと語り出す。

 

「しばらく魔法少女お休みにしよう。この街にはマミさんに、ほむらちゃん、杏子ちゃん。それにジェフリーさんだっているんだからさ」

 

 まどかの提案に対してもさやかは無言だった。

 彼女の心を開かせようとまどかは立て続けに話す。

 

「痛くないなんて嘘だよ。マミさんから話を聞いているだけでも、私にも痛いの伝わっちゃったし。さやかちゃんの為にならないよ……」

「何よ、その場にいないくせして偉そうに……」

 

 突然暗い声を上げると、さやかは懐からソウルジェムを取り出して淡々と語り出す。

 

「こんな石ころにされて、こんな姿にされた後で、一体何があたしの為になるっていうのよ? 今のあたしはね、魔女を殺す、それしか意味がない石ころなのよ。死んだ身体を無理矢理動かして生きているふりをしているだけ。そんなあたしに誰が何をしてくれるって言うのよ、考えるだけ無駄じゃない。それに、あたしから魔女退治をとったら、どうやって生きればいいって言うのよ。生きる意味を失って、文字通りただの生きる屍になって、これからどうやって過ごせって言うのよ⁉」

 

 その悲痛な叫びに、まどかもマミも言葉を失ってしまう。

 だがその状況に置かれているのはマミも同じこと。

 この場を収拾出来るのは自分しかいないと思ったマミは、彼女の前に出て語り出す。

 

「美樹さん八つ当たりはよくないわ。私たちは食事を美味しいと感じられるし、幸福感なんて自分で見つける物よ。魔女の退治に関しては私が指導するから、もうあんな酷い戦い方はしないでちょうだい」

「私もマミさんと同じ意見だよ。さやかちゃんの力になりたい……」

 

 マミに促されてまどかは弱弱しいながらも語り出す。

 その言葉を聞くとさやかは歯ぎしりをすると、憎々しい表情を浮かべてまどかを睨む。

 

「だったらアンタが戦ってよ! キュゥべえから聞いたよ、アンタあたしより凄い才能があるんだってね。アンタなら、あたしみたいな自爆特攻なんかしなくても、苦労しなくても魔女何か楽勝に倒せるんでしょう⁉ あたしの為に何かしようって言うなら、あたしと同じ立場に立ってみなさいよ!」

 

 まどかは見たこともない親友の姿に何も言うことが出来ず、怯えることしか出来なかった。

 そんな彼女の姿を見ると、さやかは手のひらのソウルジェムを見つめながら淡々と無機質に語り出す。

 

「無理だよね? ただの同情だけで人間やめるなんて事、出来るはずがないもの……」

「同情だなんて、そんな……」

「何でもできるくせに何にもしようとしないあんたの代わりに、あたしがこんな目にあってるんだよ? それを棚に上げて…、知ったような口を利かないでよ! ウザいし、目ざわりなんだよ!」

 

 言いたいことを全て言うと、さやかはそこから逃げ出すようにマミを押しのけて立ち去ろうとする。

 だがその手を後ろから止めたのはマミ。マミは無理矢理さやかを振り向かせると、顔を掴んで自分の顔をまっすぐ見つめて彼女にしては珍しく感情的な叫びを見せる。

 

「美樹さん。今のは口が過ぎるわよ! キュゥべえがしてきたことを考えれば、何か裏があるに決まっているわ。私も初めは暁美さんが信じられなかったけど、ソウルジェムの真実を知って、やっと本当の意味で彼女を信じることが出来たのよ。だから暁美さんが、鹿目さんの魔法少女化を阻止するのだって何か理由が……」

「大人ぶって、人をガキ扱いしてんじゃないわよ!」

 

 まくしたてるように叫ぶマミに対して、さやかはそんな彼女を力の限り突き飛ばす。

 尻もちをついたマミを起こそうとするまどか。そんな二人に対してさやかは憎悪に満ちた表情を浮かべながら、罵倒の限りを浴びせる。

 

「さぞ気分いいでしょうね! 先輩ぶって、弱いアタシに手を差し伸べて、優越感に浸れられてね! アンタの下らない自己満足に付き合わされるなんて真っ平ごめんよ!」

 

 そう言うとさやかはその場から逃げ出すように立ち去る。

 雨に降られながら二人は自分の無力さに嘆き、その場で涙した。

 二人分の泣き声だけが響く中、まどかはマミに話しかける。

 

「マミさん……やっぱり私……」

「ダメよ。鹿目さん」

 

 まどかの決意を否定するように、マミは彼女の話を最後まで聞かずに遮る。

 そして今度はマミが語り出す。

 

「さっきも言ったけど、キュゥべえを信頼出来ない以上、何か裏があるとしか思えないのよ。迂闊な行動がもっと酷い結果を招く事だってあるわ」

「そう言うことだ」

 

 そこにマミでもまどかの物でもない、第三者の声が響く。

 二人が声の方向に顔を上げると、一本のビニール傘をさして、自分たちを見降ろしている杏子の姿があった。

 その手には二本の新しいビニール傘があり、杏子は二人に向かって投げて渡すと親指である方向を指さす。

 

「雨に濡れたところでいいことは何もない。こっちも聞きたいことが山ほどあるからな。アタシの根城のホテルへ向かうぞ。そこで全部話せ」

 

 杏子の申し出に二人は黙って頷き、傘をさしてホテルへと向かう。

 マミは杏子とやり直せるかどうか、さやかを救えるかどうかを考え続け。

 まどかはさやかを救えるか、そして杏子の存在に不安を感じながら、各々の想いを胸にホテルへ向かった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ホテルでの杏子の部屋へと通されると、二人は杏子が頼んだルームサービスでのコーヒーを飲みながら、あの後何が起こったのか、そして何故さやかがあんな無茶な戦いをしたのかを全て伝えた。

 話を全て聞くと杏子は一つため息をついて、マミと向かい合って話し出す。

 

「だからアタシは言ったんだよ。教育をちゃんとしないとこう言うことになるって、ジェフリーを通して聞いてなかったのか?」

 

 さやかのことがショックなのか、マミは黙ってただ頷くだけ。

 完全に意気消沈しているマミを見て、これ以上追及しても何も生まれないと判断した杏子は聞く対象をまどかに移す。

 

「それで……まどかだっけか?」

 

 杏子の問いに対してまどかは黙って頷く。

 友達から罵声を浴びせられてショックが強いのか、マミ以上にショックを受けている様子が目に見えて分かり、杏子は扱いに気を付けながら自分が聞きたい情報をまどかから得ようとする。

 

「アタシはお前に関しての情報はほとんどないけど、本当なのか? 凄まじい逸材を持った存在で、魔法少女になればどんな願いでも叶えられるって、キュゥべえから言われているのは?」

 

 目の前にいる小柄で気の弱そうな女の子がそんな存在だとは杏子は信じられなかったが、まどかは黙って頷く。

 キュゥべえは自分を騙していたが、決して嘘は言わない。

 それは先程のやり取りでも杏子は分かっていた。

 だが杏子は先程の自分の言葉を思い出し、キュゥべえがそこまでまどかを魔法少女にしたいのには絶対何か裏があると思い、その事に関して話し出す。

 

「それで……まどかはさやかの為に魔法少女になるつもりなのか、例えば『さやかを元の人間に戻して』とか言う理由で……」

「それをさやかちゃんが願うなら私は……」

「ふざけるな」

 

 それは感情的になりやすい杏子にしては冷淡な警告だった。

 マミはその抑揚のない声にかつて自分を離れた時の事を思い出し、青ざめるが杏子はまどかを冷たい視線で見降ろしながら語り出す。

 

「お前はさやかの為にと行動しているつもりだろうが、少し前のさやかの行動をもう忘れたのか? そんなことされたらさやかのプライドはズタズタだろうよ。他人の為を思って取った行動が逆に人を立ち上がれないぐらい傷つけたってことだってあるんだぜ」

 

 それは以前彼女がやさぐれる原因を聞いたマミには悲痛なぐらい分かる言葉であり、マミは思わず下を向いて杏子から顔を背ける。

 杏子がまどかを見ると彼女も同じような状態だった。

 この様子からこれ以上彼女たちにさやかを任せておくのは危険だと判断した杏子は、一つの結論を導き出すと二人の肩を叩いて自分の方を向けさせる。

 

「しけた面するなうっとおしい。この件に関してはアタシが何とかする。いざとなったら首根っこ捕まえてでも、お前らのところにさやか用意してやるよ。それでしっかりと詫びを入れさせる」

 

 口調は乱暴な物だったが、どこか頼り甲斐のある言葉を聞くと、まどかは静かに頷く。

 まどかは分かっていた。今の自分に出来る最善はさやかを信じて待つことだけだと。そして戻ってきたらまた笑顔で彼女を迎えればいいと。

 まどかが出ていくのに続いて、マミも出ていくが、彼女は最後に杏子の方に振り向いて語る。

 

「佐倉さん、ありがとう。やっぱりあなたは優しい娘だったわ。完全には腐っていなかったわ……」

 

 それだけ言うとマミは今度こそ部屋から出ていく。

 杏子は頬を赤らめながら複雑そうな顔を浮かべるが、ここでもう一人この場にいる存在のことを思い出し、恐らくはそれがいると思われる後方を向くと語る。

 

「言っておくが正義感からの行動じゃないぞ。何となくではあるが、ウジウジしているのを見させられると、こっちが困るから行動するだけだ。それだけだからな!」

 

 叫んでも何も返ってこなかった。

 幻聴の存在が何なのか分からない杏子に取って、空しさだけが心を覆う。

 空虚な感覚を忘れるように、杏子はルームサービスで軽食を頼み続けた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 美樹さやかの暴走を食い止めることが出来なかったほむらたちは家で、これからのミーティングを行っていた。

 ジェフリーが気になっていたのは魔女になる過程。

 参考までにジェフリーは自分たちの世界で魔物が生まれていく過程を話し出す。

 

「まず一つは聖杯での契約により代償を支払って人である事を捨てた者たちだ。と言ってもこれは討伐対象のほんの一部にしか過ぎない」

「どういうことなの?」

 

 ジェフリーの発言にほむらは怪訝な表情を浮かべる。

 自分たちの世界とは違い、ジェフリーの世界は一応は魔物と魔法使いの線引きがちゃんと出来ているからだと思っていたからだ。

 まだ詳しくは話していないことを思い出し、ついでに今まで話しておかなかった事実も話しておこうと思って、ジェフリーは一呼吸ついた後、ゆっくりと語り出す。

 

「契約によって魔物になった者は人を襲う。魔物に付けられた傷からそいつの欲望が入りこみ毒のように感染して、そいつと全く同じ魔物になるのが多くてな。多くはこれの討伐がほとんどだ。これを俺達は『ドッペルゲンガー』と呼んでいる」

「そういうのは私たちの世界ではないわね……」

 

 話からジェフリーたちの世界は常に魔物の脅威に怯えている物だと思い、ほむらは口には出さないが心の中で彼に同情した。

 

「そしてもう一つ。俺達魔法使いも最後は魔物となって人を襲うのがほとんどだ」

「え?」

 

 予想外の言葉にほむらは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 今まであえて黙っていたが、これ以上隠し通すのは無理だと判断したジェフリーはゆっくりと語り出す。

 今まで自分が生贄に捧げてきたコアのような存在、あれは元の人間の魂だということ。

 魂をそのままにしておけば、またそこから新たな魔物が生まれてしまう可能性がある。

 だから魔法使いは右腕に魔物だった者の魂を封じこめて、押さえつけなければいけない。

 それが魔法使いの掟だから。

 

「だがそれにも限界はある。一つの体にいくつもの魂があるんだぞ。盃に許容量以上の水を注げばどうなる?」

「壊れて溢れる……」

 

 ジェフリーの例えに対してほむらは恐る恐る答える。

 初めての魔女討伐の際に何かをしていたことは分かるが、まさかそれが魂を自分の体に宿すことだとは思っていなかったからだ。

 ある意味では魔法少女以上に魔物になる可能性が高い魔法使いの存在にほむらは圧倒されていたが、ジェフリーは構わずに話を進める。

 

「そうして体に魂を受け付けられなくなった魔法使いは爆発して魔物になる。その魔物を討伐するのはまだ無事な魔法使いの仕事って訳だ」

「そんな! 鼻を噛んだティッシュみたいに使い捨てにするっていうの⁉」

 

 ほむらは自分で自分の発言に驚き、ハッとした顔を浮かべて黙りこくってしまう。

 これまで何度も人の死を間近で見てきた少女は心を保つため、深く考えず氷の様に閉ざすことを選んだ。

 だが今は確かにジェフリーの言った魔法使いの掟に怒っている自分が居た。

 決意が鈍り出しているのを感じると、頭を激しく横に振ってそれを誤魔化して再びジェフリーと向き合うが、何を話していいか分からず、ほむらは以前にあやふやにされていたことをハッキリさせようとする。

 

「それじゃ前に話した『ジェミニ』って一体何なの?」

「それは生贄に捧げた幾つもの魂の中で、二つ以上の魂が主導権を握って暴れた結果、体が二つに分かれて異形化した物だ。中々に苦戦させられるもんだよ」

「じゃあ魔物化を遠ざける方法は?」

 

 ほむらが一番に聞きたかったのはそれだ。

 元々この話し合いはさやかの魔女化防止のための物。

 ジェフリーが話を切り出す以上、その方法はあると思い、ほむらが聞くとジェフリーはゆっくりと語り出す。

 

「簡単だ。自分の限界を見極めて生贄行為をやめればいいだけのことだ」

 

 そうすればこれ以上の悪化はないとジェフリーは語る。

 確かに分かりやすい対処法だが、それでは今回の解決策には何もならない。

 例え放っておいても、さやかは坂道を転がり落ちるように魔女へのコースを一直線へと歩むのだから、その旨を分かってもらうためにほむらは改めて魔法少女から魔女になる仕組みを説明しだす。

 

「魔法少女から魔女への変貌を阻止するのはそんな簡単にはいかないのよ。極限にまで絶望した結果、または過度に魔法を使いすぎた結果魔法少女は魔女へと変貌するのよ。後者の場合は限界を超える前にソウルジェムを見て、グリーフシードで穢れを浄化すればいいだけだけど、前者の場合そうはいかないのよ」

「スピードが追い付かない?」

 

 ジェフリーの申し出に対して、ほむらは小さく首を縦に振った。

 そこからほむらはこれまでのループでの経験を語り出す。

 さやかの救済は何度も試みたことだが、彼女の行動はあまりに無軌道すぎて読むことが出来ず、自分が来た時にはもう既に魔女となっていることがほとんど。

 そこからほむらはさやかの救出を諦めていた。例え魔女になる前に束縛したとしても、一人で怒りや憎しみの感情、魔法少女の事実を受け止めきれることが出来ずに浄化も間に合わずに魔女化してしまうからだ。

 話を聞いて魔女化回避のチャンスは魔女になる前の一瞬だけという厳しい物だということをジェフリーは理解した。

 その上で彼は自分の意見を話し出す。

 

「少女の機微に気づいて対応と言うのは俺には無理だ。そこまで器用じゃない」

「あなたじゃなくても無理よ。美樹さやかと言う少女はとても不器用、自分の心さえ自分の思うがままにコントロール出来ないのだから」

「そこでだ……」

 

 ジェフリーが懐から取り出したのは一つの赤いリンゴ。

 前に聞いたことがある。美味しすぎるリンゴなのかと思っていたが、中央から人間の目が浮かび上がると、それは睨み付けるようにほむらの方を向く。

 

「何なのよ、その気持ち悪いリンゴは……」

 

 睨まれたことに怯えつつ、中央に人間の片目が施されたリンゴからほむらは目を背ける。

 ジェフリーはリンゴを手の中で弄びながら淡々と語りだす。

 

「これは『赤闇のリンゴ』かつて救えなかった仲間の形見だ」

 

 そう言うとどこか悲しげな顔を浮かべるジェフリー。

 その表情を見て、元々の持ち主が彼にとってどれだけ大切な存在だったのかが分かり、ほむらは小さく「ごめんなさい」とだけ言うが、すぐに彼がそれを出した目的を追及しようとする。

 

「それでその供物は何に使う物なの?」

「幻惑魔法だ。これで事が終わるまでさやかを幻惑の世界に閉じ込める」

 

 方法は乱暴ではあるが、それが使えれば確かにさやかの魔女化を防ぐことは出来る。

 杏子は既に幻惑魔法を封印しているし、ほむらやマミもそんな高度な魔法を使うことは出来ない。

 だが幻惑がどこまでの物なのかが気になり、ほむらはその旨をジェフリーに尋ねる。

 

「元の持ち主に比べれば全然大したことなど出来ない。現実世界の術者は阿呆のように呆けさせるのが限界だ」

「それだけ出来れば十分よ」

 

 話はまとまったと判断して、明日学校が終わったらさやかを拘束して赤闇のリンゴを使って幻惑魔法をかけさせればいいと判断すると、ほむらは自室へと戻って就寝準備に入る。

 だがジェフリーは赤闇のリンゴを手の中で弄びながら複雑そうな表情を浮かべていた。

 さやかが魔女になれば、杏子は高確率でさやかと心中する可能性があり、一気に戦力を失ってしまう。

 それは最悪の事態であり避けるべきことなのだが、それでもジェフリーは赤闇のリンゴを使うことに納得が行ってなかった。

 

「幻惑に逃げたら人の負けだ……」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 誰もいない仄暗い廃屋の中で二つの呻き声が響く。

 双樹あやせの中にあるルカも、現在の異常な事態に前へと出て、一つの体の中にある二つの魂は二重奏のように呻き声を上げていた。

 

「何でよ⁉ 何で再生出来ないのよ!」

 

 憎しみがこもった視線の先にあったのは、手を失った腕だった。

 今でも少しでも油断をすれば傷口から鮮血が零れ落ちる腕を見て、あやせとルカの精神は常軌を逸している状態となっていた。

 普通ならば魔法で新たに生やすことが出来るはずなのに、回復魔法を施しても鮮血を止めるのが精一杯であり、一向に新たな両腕が生える様子は見えなかったからだ。

 それだけではない、どう言う訳か痛覚排除魔法を使うことが出来ないのだ。

 このイレギュラーな事態は、間違いなくジェフリーが原因。

 だが対策を考えるよりも先に、あやせとルカは痛みに耐えきれず一つの結論を導き出す。

 

「殺してやる! 絶対に殺してやる! あの男!」

「その為ならどんな犠牲でも払う!」

 

 二つの魂は一つの結論へと向かう。

 その言葉を放つことが破滅への道だとしても、二人は躊躇せずに宣戦布告のように叫んだ。

 

「例え人である事を失ったとしても!」

 

 ジェフリーへの復讐。それだけが双樹あやせ、ルカが魔法少女から魔女へとなる動機だった。

 ソウルジェムが砕け、魔のエネルギーが一気にあふれ出る。

 その瞬間双樹あやせ、ルカだった物はただの死体となって、一つの新たな魔が生まれた。

 『双頭の邪翼』と言う名の魔女が。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 この日の全ての授業が終わると、ほむらは暗い顔を浮かべて幽鬼のようにフラフラと歩いているまどかに構わず一直線へジェフリーが待っている校門へと向かう。

 全てはまどかのためだと言う想いがほむらを突き動かし、魔法の力で視力を強化して校門を見ると、既に彼は門を背に預けて待っていた。

 これ以上待たせるわけにはいかないという想いからか、ほむらは周りの生徒たちに不審がられないレベルで脚力を強化すると、ジェフリーの元へまっすぐ向かい、彼と交差するまで近づく。

 

「ごめんなさい。すぐに……」

 

 言葉は突如空間から現れた触手によってかき消された。

 ほむらの全身は触手によってがんじがらめの状態にされると、突如ポッカリと開いた大穴に放り込まれようとしていた。

 

「ジェフリー!」

「ほむら!」

 

 ほむらはジェフリーに助けを求めて右手を突き出し、ジェフリーもまたほむらを助けようと右手で彼女の手を掴む。

 だが触手の力は思っていた以上に強く、二人は大穴へと引きずり込まれる。

 その瞬間大穴は閉じて消えた。その存在が世界から消えたように。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 二人が放り込まれたのは魔女の結界だと知ることに時間は必要なかった。

 まるで自分たちだけをピンポイントで狙ったことに違和感を覚えたが、構っている暇は無い。二人は戦闘形態を取ると奥へと進む。こんな事に時間を費やしている暇はないからだ。

 最奥へと到着すると魔女の姿が見えた。

 翼の生えた双頭の犬を見ると、二人の中で魔女の名前が浮かび上がる。

 双頭の邪翼を見て二人は確信した。この魔女の正体と目的を。ほむらは憎しみに満ちた目を浮かべながらサブマシンガンを突き出す。

 

「双樹あやせ、ルカ! あなた達以上に愚かな存在を私は知らないわ!」

「これがお前たちの選んだ物語か? ならその物語に幕を引くのは俺達だ!」

 

 改魔のフォークを片手に突っ込むジェフリー。

 ほむらは援護射撃を行って、彼のバックアップに徹した。

 その間も双頭の邪翼の視線はほむらのソウルジェムにだけ向けられていた。

 その本質は魔法少女だった頃から何も変わっていない。究極の宝石を手に入れると言う目的だけがその異形を動かしていた。




魔は人を惑わせる。人の心を闇に染める力を持っている。



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