魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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復活することはない。もう一度新たに作り直すだけ。


第十八話 強欲 暗闇の魔女

 平衡感覚がとれない暗闇だけが支配している空間の中で、杏子は目の前のコウモリの魔女を相手にどう戦闘しようか模索している最中であった。

 コウモリの魔女は動く素振りを見せるだけであり、直接自分から仕掛けることは全くなかった。

 相手に攻撃の意思がないのか、威嚇しているだけなのか分からない杏子はマミの方がどうなっているのか気になり、視力を魔法で強化して遠く離れたマミの方を見る。

 視線の先に居る彼女は激しく動き回ってかく乱を繰り返しながら、小さなハンドガン状の武器を何発も何発も当てることで魔女を近づけさせないで自分の距離で戦う作戦を取っていた。

 この分ならマミは大丈夫だろうと安心したが、杏子は彼女が戦っている魔女の姿を見ると驚愕の表情を浮かべる。

 

「嘘だろ⁉ 全く同じ姿の魔女だって!」

 

 マミが戦っているのは、今杏子の目の前にいるのと同じコウモリのような姿をした魔女。

 近距離戦闘型なのをいち早く見極めたマミは、相手の距離に付き合わない作戦を取り、それは成功しコウモリの魔女は弾幕の前に成すすべがない状態だった。

 驚愕の表情を浮かべている杏子だったが、彼女はこの異常な事態にすっかり忘れていた。

 今自分が置かれている状況という物を。

 無視。このもっとも侮蔑する行為に、コウモリの魔女の沸点は一気に頂点を極め、右手を突き出して指の中から鋭利な爪を出すと、五本の凶器を杏子に向けて突き出してまっすぐ突っ込む。

 

「やべ!」

 

 目の前の魔女を無視して他のことに夢中になっている。ベテランの杏子からすればありえないミスだったが、イレギュラーな事態が多く彼女の内心はパニック状態になっていた。

 そんな中で魔女の距離に持ってこられたので、杏子は咄嗟に槍を縦に構えて防御するが、攻撃に全ての重点を置いている杏子に取って、その行動は防御と呼ぶにはあまりに稚拙な物。

 槍は簡単に弾かれ、五本の爪は杏子の右肩の肉を大幅に削いで、そこから勢いよく鮮血があふれ出る。

 すぐさま焼けるような熱い痛みと、刺さるような鋭利な痛みが襲ってくるが、杏子は今までの経験からこう言う時どうすればいいのかを瞬時に判断する。

 

(痛覚排除魔法を……え?)

 

 以前他の魔女と戦った際、四肢を切断されても勝利を収めた杏子からすればこの程度のダメージはダメージとカウントしない。

 痛覚排除魔法で痛みその物を消し去ればいいだけの話だからだ。

 だが今杏子は新たなるイレギュラーな事態に困惑するばかりであった。

 いつものように痛覚を排除しようとするのだが、全く機能する気配が無く、鮮血は流れる一方で痛みは強くなるばかりであった。

 困惑して立ち往生している杏子をコウモリの魔女は見逃さず、立て続けに今度は左手を突き出して同じように爪を突き立てて突っ込む。

 

「二度も同じ手を食らうか! このコウモリが!」

 

 杏子がコウモリと称した時、頭の中にイメージが広がり、一つの文字が浮かび上がる。

『暗闇の魔女』

 一瞬呆気に取られるがすぐに痛みが現実に引き戻し、深くは考えず目の前の魔女を暗闇の魔女と認識する。

 未だに右肩は激しく痛むが、そんな物に構っている暇は無い。杏子は両手でしっかりと槍を掴むと、一直線に突っ込む暗闇の魔女に対して槍を突き出す。

 カウンターで魔女の顔面に槍が突き刺さるイメージが杏子の中で広がるが、その幻想は淡くも崩れた。

 槍が眼前に当たる直前で魔女は突き出した爪を後方に戻し、両腕を後ろに持ってきて体全体を後方にのけ反らせた。

 その体は後方へと飛び、槍を突き出して無防備な状態になっている杏子は対処が間に合わずそのままの状態になる。

 魔女は両足で大地を掴むと勢いがついたまま、がら空きになっている杏子の顔面に目がけて左のハイキックを放つ。

 強い衝撃と共に脳がシェイクされるイメージが広がっていき、杏子の意識は遠いところへと持っていかれる。

 これは杏子に取って忘れかかっていた感覚。

 魔法少女になってからという物、痛覚が排除出来ることから、痛みや苦しみと言ったマイナスな感覚に対してすっかり鈍感になってしまった。

 そのため、どんな魔女に対しても勇猛果敢に戦えることが出来たのだが、今意識を保っていられるのもあやふやな状態の中で、杏子は何とか意識を現実に戻すと目の前にいたのは拳を振り上げて突っ込む暗闇の魔女。

 力を込めた右と左のフックは、意識を戻したばかりの杏子の意識を再び遠いところに持っていくほど強烈な物。

 棒立ちになっている杏子の頭を両手で掴むと、そこから右の膝が飛び、杏子が意識を取り戻した時には彼女の眼前に見えたのは異形の膝であり、顔面に膝が飛んで来た時、杏子の体は勢いよく後方へと飛んでいき、空中に吹き飛ばされた彼女のみぞおちに飛んできたのは、魔女の回し蹴りだった。

 

(こいつ……確実にアタシを殺す組み立てをしてやがる……)

 

 それは今までの魔女との戦いではない経験だった。

 これまでの魔女との戦闘は異物を排除するために、魔女が自分の能力だけで戦う言うならば野生の獣のような物。

 だが今目の前にいる暗闇の魔女は自分の筋力を最大限に活用し、効率よく相手にダメージを負わして杏子を殺そうとしている。

 言うならば人間との戦いのような感覚に、杏子はどうすればいいかと頭の中で今までの経験からヒントはないかと過去の戦いを思い返すが、どこにもそんな物は見つからなかった。

 魔法少女同士の縄張り争いの経験もないことはないのだが、自分から引いたり、相手が弱すぎたりと対人戦の経験はほとんどないと言ってもよい。

 目の前にいる魔女を今までの魔女と同じように扱っては勝てないと踏んだ杏子は、頭の中で策を練ろうとするが、暗闇の魔女は一直線に杏子に向かって突っ込むと今度は胴回し回転蹴りを放とうと、空中で一回転して杏子の頭部に向かって踵を叩きこもうとする。

 咄嗟に杏子は槍を突き出して穂先を踵に叩きこむ。

 普通ならば重力に負けて、このまま穂先は踵を貫くのだが、暗闇の魔女は耳に備わった羽を動かすと空中に逃げて槍でのダメージを最小限に抑えると杏子との距離を取る。

 魔女にしては消極的すぎる戦法に杏子は困惑するばかりであるが、その理由はすぐに理解できた。

 

(やべ……自然治癒が追い付いてないかもだ)

 

 魔法少女の魂はソウルジェムに封印されていて、余程のことがなければ死なないと言っても限界はある。

 加えて今は痛覚排除魔法が使えず、杏子は肩の痛みに苦しむばかりであり、視界が血の赤で染まっていく感覚を覚えた。

 致命傷レベルの怪我を負わせたことから、長期戦に持っていけば相手は勝手に弱っていくばかりだと判断した暗闇の魔女はあえて危険を冒す戦いをしようとはしない。

 魔女の狙いが分かると杏子は目に怒りの色を燃やして、槍を突き出してまっすぐ突っ込む。

 

「舐めてんじゃねぇぞ! こんなことでアタシが潰れてたまるか!」

 

 相手の手のひらで転がされているのが気に入らないのか、杏子は感情に任せて槍を突き出して突っ込む。

 怒りと痛みによっていつも以上の力が出たのか、平常時よりもスピードの増した突進は暗闇の魔女の顔面を捕え、穂先は異形の顔面を貫く。

 普通ならばここで勝利を確信するが、杏子は穂先から伝わる感覚に奇妙な物を感じていた。

 

「何だ? この空気でも貫いたような手ごたえの無さは……」

 

 その感覚を思い出すのに時間はかからなかった。

 モヤのように消えてなくなる暗闇の魔女を見て、杏子は目の前にある物の正体に気づく。

 幻惑。目の前にいるそれは全くの偽物だったことが分かると、杏子は即座に振り返る。

 だがその時にはもう遅かった。

 後ろを完全に取った本物の暗闇の魔女は爪を突き立てて、そのまままっすぐ振り下ろす。

 勝利をより確実な物にしようと振り下ろされた手刀は肩の傷口を更に深く抉り、杏子の肩から更なる鮮血が放出される。

 鋭い痛みは肩から体全体に広がる感覚を覚える。

 杏子はまだ痛覚排除魔法が思うように使えなかった新人時代を思い出し、苦痛に顔を歪めるがすぐに攻撃に転じようと本物の暗闇の魔女に向かって槍を横へと振り抜く。

 だが勢いがついた槍は空を切るだけだった。暗闇の魔女は口から黒い霧を発生させると、自分の体を周りの暗闇と同化させて、姿を完全に消し去った。

 杏子は視力を限界にまで強化させ、標的を探すが眼前に広がるのは暗闇ばかり。

 完全に標的を見失ったのを確認すると、杏子は現状を打破するために思考を巡らせるが、いくら考えても良案は思い浮かばなかった。

 警戒心を高めて、あちこちを見回しながら平衡感覚が狂うような暗闇の中を進んでいくと、杏子の背中を激しい痛みが襲い、その体は地面に突っ伏す形となる。

 背中から感じる重みに杏子が頭だけを振り返って見ると、暗闇の魔女が少女の背中を足の爪で突き刺している様子が見えた。

 

「この野郎!」

 

 杏子は自分を踏んづけている足を両手で掴むと、体を一回転させて体勢を入れ替える。

 先程とは逆に今度は杏子が魔女を見降ろす体勢を取ると、杏子は持っていた槍を顔面に振り下ろすが、槍は顔面には刺さらず隣の地面を突き刺した。

 こんな初歩的なミスをする自分に杏子は信じられないでいたが、その理由は口の中一杯に広がる血の味と吐血と言う症状で理解できた。

 背中に全く感覚がないことから脊髄にダメージを負った。だから近い距離でも目測を誤って空振りに終わった。それが杏子の出した結論。

 新たな痛みに苦しみ膝を突きそうになるが、杏子は目の前で寝そべっている暗闇の魔女を倒す絶好の機会だと踏んで、痛みに堪えながら新たな槍を召喚して乱雑に放つ。

 

「狙いが定まらないなら手数で勝負だ!」

 

 自分に言い聞かせるように叫びながら、杏子はいくつもの槍を暗闇の魔女に放つが、標的は槍の連撃を受けるとその体はモヤのように消えてなくなった。

 

「また幻惑か……」

 

 嘆く杏子だが、その感情に浸っている暇は無かった。

 後ろにばかり気を取られていた杏子は今目の前で起こっている状況が想定できなかった。

 眼前に現れて自分の両肩を掴んでいる暗闇の魔女の事を。

 

「テメェ!」

 

 杏子は槍を突き出そうとするが、両肩を掴まれているため力が出ず、ただ目の前を虚しく空を切るばかりであり、駄々っ子が棒切れを振り回すようになっていた。

 その状況を見苦しいと思ったのかは分からないが、暗闇の魔女は勢いよく自分の方に杏子を引っ張る。

 その際肩の関節が外れる感覚を杏子は覚え、声にならない叫びを発そうになるが、それを打ち消したのはみぞおちの鋭い痛み。

 バックスピンキックが綺麗に決まって、杏子の体は後方へと追いやられる。

 地面に激突して仰向けの体勢になったと同時に肩の関節は再び嵌る。それは鈍い音が杏子自身の耳に届くことで彼女は理解した。

 だが肩の関節を外されたことで、先程以上に腕の動きは鈍い物となり、加えて腹に感覚がないことからまっすぐ立ち上がるのも厳しい状態になっていた。力が入らないからだ。

 少しずつ破壊されていく自分の体を見て、杏子は青ざめた顔を浮かべながら一つの結論を導く。

 

(アイツ……アタシを完全に破壊する気だ……)

 

 体の部位を立て続けにダメにされているのを見て、杏子の出した結論は暗闇の魔女は自分を完全な形で亡き者にすると言う事。

 確実に体が破壊されていく事に恐怖も感じたが、同時に何かを閃く。

 まだ確実ではないが、やってみるだけの価値はあると踏んだ杏子は、両腕でガードを固めて顔面を守りながら近づく暗闇の魔女を見据える。

 

(背中、肩、腹と来たんだ。次は……)

 

 意識は魔女の下半身にだけ集中された。そして右足のローキックが振り抜かれるのを見ると、杏子の標的は軸足の左足だけに向けられていて、全神経を集中させて槍を振り下ろす。

 

「攻撃箇所さえ分かっていれば、どうにでも出来るんだよ!」

 

 叫びと共に穂先は暗闇の魔女の太ももを貫通して、初めて大きなダメージを与えた。

 同時にそこから真っ黒な鮮血が吹き荒れ、魔女が苦しみ悶える様子も目に見えた。

 

 

 

 

暗殺に手を染めた。それが私の家の掟だから……

 

 

 

 

 そして脳内に幻聴が響き渡る。またいつもの物かとも思っていたが、ここで杏子の脳内に思い返されるのは以前の武闘家の魔女との戦闘。

 この幻聴が何の意味をするかは分からないが、幻聴が聞こえることは深いダメージを魔女に与えていることだということが前回の戦闘で分かり、深く考えないことを杏子は決めた。

 だがそれよりも今は新たな発見を喜ぶべきだ。何しろ暗闇の魔女の対抗策が分かったのだから。

 杏子は左足を失って機動力が落ちている魔女に対して、そのまま深く攻め入ろうとはせず、その場でどっしりと槍を構えて動こうとしなかった。

 

「どうした? かかってこいよ」

 

 余裕めいた笑みを浮かべながら、指を後方に持っていき魔女を挑発する杏子。

 いくら気合いの入った一撃とは言え、それだけで致命傷レベルの怪我を負おう暗闇の魔女を見て、彼女は一つの結論を導き出しての行動だった。

 

(こいつは極端に打たれ弱いんだ。だから押せ押せの戦闘スタイルをそれを誤魔化していたんだ……)

 

 自分もまた攻撃一辺倒のスタイルなので、同じスタイル同士でぶつかりあっていたから必要以上の苦戦を強いられてしまっていた。

 だが攻略の糸口さえ見つかってしまえば、あとは根競べの勝負になるだろうと踏んで、杏子はその場から一歩も動かないことを決めていた。

 すると暗闇の魔女に変化が訪れる。不気味な笑い声を発しながら、モヤを発生させてその場から消える。

 何事かと思い杏子が辺りを見回すと、杏子は驚愕の表情を浮かべると同時に、自嘲気味につぶやく。

 

「ここまでアタシと同じなのかよ……」

 

 魔女自身もまた自分の弱点をカバーするために努力をしていることが分かった。

 杏子の周りには三体の暗闇の魔女が居て、その三体は全てモヤがかかっている状態。

 恐らく二体は偽者で残りの一体で自分を攻撃するだろうと踏んだ杏子。

 相変わらず腕を組んだまま動こうとしない魔女に業を煮やしたのか、杏子は自分の直感を信じて一体に目がけて突っ込む。

 だが穂先が顔面を掠めたと同時にその体はモヤとなって消え、同時に本体が襲ってくる。

 完全に後ろを取られた杏子は慌てて振り返ろうとするが、時すでに遅し。

 顔を手で完全に覆い隠されると、暗闇の魔女もまた杏子の戦いに幕を下ろそうと決定的な破壊を行おうとしていた。

 

「ぎゃああああああああああああああ!」

 

 あまりの痛みに杏子はプライドも何も忘れ、悲痛な叫びを上げた。

 眼球は人間の臓器の中でも神経が集中している部分であり、加えて筋肉や骨で守られていない臓器。

 そこを爪を突き立てて両方潰されたのだから、本来ならば痛みで立っていることすらままらない状態。

 だが杏子は変わらず仁王立ちの状態であった。彼女を支えていたのは負けん気かプライドか、それは彼女自身にもわからない事。

 文字通り血の涙を流し続けていた杏子だが、彼女の眼前は何も見えない暗闇しかないはずなのに、自分の変化に杏子は驚くばかりで何も出来ないでいた。

 視界には魔女だけを残して全てが暗闇に覆われていた。

 それだけならとにかく魔女の体はまるでサーモグラフィーのようになっていて、黄色い色で照らされている魔女を見てダメージは確かにあると杏子は判断して次の行動に移ろうとしていた。

 そうしなければ痛みで自分が飲まれてしまうと本能的に分かっていたから。

 一方の暗闇の魔女は視界を失われた獲物を見て一気に勝負を付けようと、首を切り落とそうと一気に杏子との距離を詰めよって爪を振り下ろす。

 杏子はその攻撃に合わせるように槍を突き出すと、穂先は右腕を貫通した。

 お互いの力が二倍にも三倍にも増幅し、カウンターでの攻撃となった結果、暗闇の魔女は悲痛な叫びを上げながら黒い鮮血を放つ右腕を左手でかばいながらバックステップで杏子との距離を取る。

 

 

 

 

姉さんと一緒に人を殺し続けた……

 

 

 

 

 幻聴はこの際相手にしないことにして、杏子は引き続き攻撃に移ろうとする。

 苦しいのはお互いに一緒。先程の攻撃でサーモの色がオレンジに変化したのを見れば分かること。

 ここで杏子はこの状態なら幻惑も通用しないだろうと判断し、あえて目は潰したままで他の部分の回復にイメージを注ぐ。

 そして体に少しずつ感覚が戻って行く体を見て、勝負を決めるなら今しかないと思い、杏子は槍を突き立てて突っ込む。

 だがここで暗闇の魔女も同じように覚悟を決めていた。

 これまでのカウンター戦法を止めて、なりふり構わずダメージを与える真っ向勝負の作戦に切り替えて、拳を握りしめて真正面から杏子に向かって殴りかかる。

 攻撃方法が変わったことから、杏子は対処が間に合わずに闇雲に槍を突き出すが、それを冷静にかわすと今度は暗闇の魔女のラッシュが始まった。

 今までの爪の攻撃とは違い、乱暴に拳を振り回すだけの攻撃はどこに飛ぶか分からず、杏子は体の大きさと手数に圧倒されてしまい、飲みこまれてしまう。

 杏子は自分の弱点もよく理解している。攻撃一辺倒のファイトスタイルだから、自分よりもより攻撃的な相手には飲まれてしまい、一気にダメになるということを。

 その辺りはマミにもよく注意されていたことだが、自分の魔法の特色を知ってからはこの弱点はカバーされた。

 

「げん……わ……く……」

 

 絶え絶えになる意識の中で、杏子は自分が最も憎んでいた魔法を口に出す。

 家族を滅茶苦茶にした最低な魔法。二度と使わないと自分の中で決めて封印した魔法。

 だが今この状況を打破するため、それにすがるしかないことも分かっていた。

 しかし使いたいからと言って使えると思ったら大間違い。

 このラッシュの中ではそんな余裕などないし、今まで使えなかったそれが急に使えるほど都合がいい物語を杏子は想像できない。

 苦し紛れに槍を自分の前に横へ構えて、申し訳程度の防御を取る。

 だがそんな物はすぐに弾かれて、杏子の体は槍のしなりも手伝って槍を失って遥か後方へと吹っ飛ばされる。

 大の字になって眠る杏子だが、ここで眼球の再生が間に合ってぼやけた状態ながらも暗闇の魔女が視界に飛び込む。

 まっすぐ突っ込んでくる暗闇の魔女を見て、杏子の中でリアルなイメージが広がる。

 死。それがリアルに想像出来た時、杏子の脳内で広がるのは家族の無残な最期の姿。

 自分もあんな風に世界から消えてなくなるのかと思うと、背筋に冷たい物が走り、その瞬間世界はスローモーションで包まれた。

 恐らくは集中力が限界にまで達した結果なのだろう。杏子は体を起こそうとするが、その時幻聴が再び自分の中に聞こえる。

 

――あなた、このまま死にたいの? 意地ばかり張って……

「またお前か……」

 

 その幻聴は杏子が何度も聞いた物。

 事あるごとに自分に対して説教じみたことばかり言う存在に苛立っていたが、今はそんな物に構っている暇は無い。

 無視して立ち上がろうとするが、幻聴は構わず話を進める。

 

――幻惑の何がいけないって言うの? 確かにそれであなたの家族は不幸になったかもしれないけど、あなたはあなたじゃないの!

 

 幻聴の言うことに耳を貸さず新たに槍を召喚すると、それをつっかえ棒代わりにして杏子は立ち上がる。

 だが体に力が入らない。グリーフシードやリブロムの涙を使う時間を暗闇の魔女が与えてくれるはずもない。

 震える体でここまでか覚悟を決めたが、幻聴は構わずに話を進める。

 

――私も力を貸すわ。だから今だけは生きて、あなたが本当に何をなすべきなのか考えて。ね?

「うるせぇな……」

 

 幻聴の言うことにうんざりしながらも、杏子はここで初めて幻聴と向き合う。

 そして一言つぶやくように言う。

 

「生きるか死ぬかの瀬戸際だ。トラウマどうこうなんて言ってられねぇよ……」

――じゃあ、やってくれるってことでいいのね?

「るせぇ! サッサとしろ!」

 

 乱暴な叫びと共に杏子の中で何かが蘇る。いや新しく生まれたと言った方がいいだろう。

 自分の中に現れたどこか懐かしいような。また新しい力を手に入れた感覚に興奮しながらも、杏子は暗闇の魔女をまっすぐに見据えた。

 勝っても負けてもこれが最後だと心に決めて、杏子は槍を突き出して突っ込む。

 だが暗闇の魔女の爪の方が一瞬だけ早かった。

 杏子の胸は爪で貫かれて心臓が後方から飛び出る。

 魔女が胸を貫いた腕を引き抜こうとした瞬間、変化が起こる。

 少女の体がモヤとなって消えていった。これが幻惑なのだと判断すると魔女は上を見た。

 

「くたばりやがれぇ――!」

 

 重力に任せて槍を突き下ろして杏子は突っ込む。

 だが相手の策さえ分かってしまえば、いくらでも対処法はある。

 暗闇の魔女は足を振り上げて、円を作ると上空の杏子を真っ二つに切り裂いた。

 

「そう。そうすることも想定内だ!」

 

 叫びと共に上空の杏子はモヤとなって消えた。

 片足を上げて無防備な状態になったのを杏子は見逃さず、魔女の懐へ飛び込むと一気に槍を振り上げる。

 

「これで終わりだ!」

 

 それは自分に向けて活を入れたのか、魔女に向かっての叫びなのかは当の本人にも分からない。

 だが気合いの入った叫びと共に放たれた一撃は、肛門から魔女の体を両断していき、その攻撃は顔面にまで達すると暗闇の魔女は真っ二つに両断された。

 暗闇の魔女だった物が開きにされて横へと倒れていくが杏子の表情に余裕の色は無かった。相手は少女と同じ幻惑使いなのだから。

 荒い呼吸を整えながら、まだ再生が追い付いてない両目で辺りを見回すが、あるのは静寂だけ。

 目を閉じて先程のサーモグラフィー状の映像に切り替えても、それは同じことだった。

 

――大丈夫、あなたの勝ちよ杏子。だから早く仲間のところに行ってあげて

「勝手に仲間と認定するな!」

 

 憎まれ口を叩きながら記憶を頼りに杏子はまっすぐ進んでさやかたちと合流する。

 まだ目が完全に再生出来ていないので、視力を強化することが出来ず、探り探りの状態で歩いていると先に現れたのはマミだった。

 

「佐倉さん!」

 

 相性が良いと言うのもあり、マミはほとんど無傷の状態であった。

 この様子を見て、杏子は邪悪な笑みを浮かべながら彼女の応対に当たる。

 

「フン。相変わらず、ムカつくぐらいに強いな」

「それよりも早く治療を!」

 

 杏子の憎まれ口にも意に介さず、マミは治療を試みようとする。

 だがその時、杏子の耳に嫌な音が響き渡る。

 まるで肉を乱雑にミンチにするような音は嫌な予感しか想像できず、杏子は反射的に音のする方向へと走る。

 目的地に到着するのに時間はかからなかった。

 先程までの一面の暗闇とは違い、光のある影の魔女の結界へとやってきたからだ。

 だが眼前に広がる光景に杏子は呆気に取られていた。

 

「佐倉さん! 治療を……」

「バカ! アタシよりあっちを何とかしろ!」

 

 杏子が指さした先を見て、マミもまた驚愕してその場から動けないでいた。

 目の前に広がっているのは痛覚排除魔法を乱発して、怒りに身を任せてサーベルを動かなくなった影の魔女に振り下ろし続けるさやかの姿。

 その姿に杏子もマミも何も言えずに呆然と立ち尽くすばかりとなっていた。

 

「ぎゃははははははは! 死ね! 死ね! 死ね!」




今度は守れるだろうか? 目の前にあるあやふやで弱い心を……





と言う訳で暗闇の魔女が魔法少女から魔女になった経緯です。





 その家は生まれた時から暗殺者の家系であった。
 故に普段はどこにでも居る仲の良い双子の姉妹であった少女たちも、暗殺の特訓を受け続け、行く行くは優秀な暗殺者になるよう訓練されていた。
 それは言葉では言い表せられないほど厳しい物であったが、少女たちに愛の鞭は必要なかった。
 少女たちには目的があった。いつか一人前の暗殺者になれば、父親は自分たちを認めて愛されるのだからと。
 そして15歳の誕生日を迎えて、実戦での活動を行おうとした時。少女たちの前に一匹の白い獣が現れる。
「ボクと契約すれば、より戦闘に特化した肉体になるよ。暗殺を生業としている君たちなら悪い話じゃないだろ」
 少女たちは獣の契約に乗って、一つの願いを成就させた。
『暗殺に特化した肉体にしてくれ』
 この願いを受けて、少女たちの強靭な肉体は更に強化された。
 そこから多くの依頼をこなし、少女たちは殺しに手を染め続ける。
 依頼さえ受ければ、誰でも殺した。善人でも、悪人でも、女でも、男でも、老人でも、赤子でも。
 罪悪感はなかった。少女たちには目的があったから、あるいは罪悪感を全く覚えないことこそ、魔法少女の願いの結果なのかもしれない。
 そして少女たちはある日父親に呼び出される。二人はいよいよ自分たちを認めてくれるのではと言う期待を持っていたが、それは脆くも崩れ去る。
 父親から言い渡されたのは最終試験の通達。その内容は父親自身を殺すことであった。
 サバイバルナイフを片手に突っ込む父親を見て少女たちは悟った。父は本気なのだと。
 少女たちはそれが父の願いならばと、父を殺した。だがあえて急所は外しておいた。
 一瞬でもいいから、父親に認めてもらいたい。それが少女たちの願いなのだから、だが父の最後の言葉はそんな優しい物ではなかった。
「よく見ておけ! これが敗れた者の末路だ。こうなりたくなければ殺せ! 刃向う者全てを殺せ!」
 憎しみの言葉と共に父親はその命を落とした。
 その瞬間、少女たちの心が闇で覆われていくのを感じた。
 こんな物のために自分たちは戦い続けていたのか、他の誰を殺しても感じなかった感情が一気にあふれ出し、少女たちは全く同じ姿の魔女『暗闇の魔女』に姿を変えた。
 暗殺者の習性なのだろうか、暗闇の魔女は特定の結界を持とうとはせず、他の魔女の結界に潜んで獲物を殺すことを選んだ。
 今日も暗闇の魔女は獲物を殺し続けていた。敗れた者の末路だけが脳裏に刻まれていたから。



この二人が全く同じ魔女になったのは双子だからです。因みに妹の方は杏子が相手にしていて、姉の方はマミが相手にしていました。

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