魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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人の物を奪うことに対しての、魔法使いなりの裁き


第十七話 盗人への審判

 互い違いに飛び上って襲ってくるルカとあやせ。

 その照準はジェフリー一体のみに向けられていて、彼は襲ってくる二つのサーベルを改魔のフォークでいなすので精一杯であった。

 一人取り残されたほむらは憤慨していた。

 自分を無視されていつでも片づけられる獲物だと判断されたこと。及び双樹ルカ、あやせと言う愚かな魔法少女の存在を。

 怒りは両手に伝わっていき、両手に持たれているサブマシンガンを二人の少女に構えると、感情に任せて引き金を引く。

 

「ジェフリーを、私たちを苦しめるというなら、私があなたたちを殺してやるわ!」

 

 叫びと共にサブマシンガンからは様々なエレメンタルが施された矢が放たれる。

 普通ならば心強いと思うのだが、ジェフリーだけはこの状況を異常だと察し、ほむらに向かった叫ぶ。

 

「よせ! 相手の出方も分からないのに無闇に魔力を消費するな!」

 

 ジェフリーの叫びが木霊するが、その瞬間には二人の魔法少女は矢の海をかいくぐって、標的をほむらへと変えて突っ込んでいた。

 無茶苦茶に放たれた矢は威力が弱く照準もあってない物であり、ルカとあやせは軽々とブレードで蹴散らしながら、ほむらとの距離を詰めていき、標的の眼前にまで近づくと二人はサーベルを交差させてハサミの形状にして首に狙いを定める。

 

「くっ!」

 

 苦し紛れにほむらは時間停止魔法を使う。

 その場にいた全員がモノクロームの静止画のようになり、ほむらはブレードをかわすと、その場に炎の球根を置いて、そこに向かって炎の矢をありったけ飛ばす。

 こうすることで魔力を吸収した球根は一気に爆発して、一番近くにいた二人はそれに巻き込まれるというのが算段。

 時間停止の限界が近づいているのを知ると、ほむらは時間停止を解除する。

 再び動き出した世界に見慣れない物を見た二人。

 そして目の前には襲ってくる矢があったが、少女たちは焦ることなく対処に当たる。

 

「アヴィーソ・デルスティオーネ!」

「カーゾ・フレッド!」

 

 あやせは襲ってくる矢を炎の海で包んで消し去り、ルカは目の前にある球根を素早く氷の槍で突き刺し続け、魔力に反応する前に球根を破壊した。

 攻撃が不発に終わったことにほむらは思わず歯ぎしりをしてしまうが、これは悲劇の序章でしかなかった。

 

(な、何が起こった? ほむらの時間停止魔法か?)

 

 攻撃をしようと思っていたところを突然時間を止められて、ジェフリーは動揺して動きと思考が一瞬停止してしまっていた。

 その隙を二人の魔法少女は見逃すはずもなく、あやせは炎のエネルギーを右手に溜め、ルカは氷のエネルギーを左手に溜め、各々左右から飛びかかって無防備になっているジェフリー向かって襲いかかる。

 襲いかかる二人に対して、ジェフリーは咄嗟に『氷細工の蓋(改)』を召喚して攻撃を受け止めるが、その体は後方に追いやられ攻撃に効果があると判断した二人は立て続けにブレードでの攻撃でジェフリーを追いつめていく。

 

(何をやっているの! 落ち着きなさい私……)

 

 過去のループを見ても自分の時間停止と爆弾が原因で連携を崩してしまい、仲違いをしたことは多い。

 その時の辛すぎる記憶が原因でほむらは孤立して、自分一人でも戦える戦術を取って今日まで戦ってきた。

 だがそれではこの二人を倒すことは出来ない。

 今のほむらにはあの時にはない力を持っている。ジェフリーに与えられた魔法の力が。

 時間停止からの遠距離攻撃が逆にジェフリーの足を引っ張るだけならと、ほむらは盾から小太刀を取り出すと、被弾を覚悟であやせに向かって突っ込む。

 

「あなたの相手は私よ!」

 

 勇ましい叫びと共にほむらは回転しながら小太刀を振り回して、あやせの頭部に向かって振り下ろすが、あやせはその攻撃をブレードで受け止めると、そのまま前方に飛びかかってほむらが望むように1対1の対決に持っていく。

 望んでいた展開に持っていくことが出来たほむらはがむしゃらに小太刀を振り回す。

 右手と左手で持ちかえながら、空中で何度も何度も回転して相手にとにかく反撃の隙を与えない無呼吸連打を繰り返して飲みこもうとしていた。

 そんな連続攻撃をあやせはブレードで防御しながら、次の一手を考えていた。

 

(こんな無茶な攻撃がいつまでも続くわけがない。必ずどこかで決定的な隙が出来るはず……)

 

 あやせが攻撃を受け続けていたのは連撃に飲みこまれていた訳ではない、決定的な隙が出来るその瞬間を待っていたから。

 その時が出来るのに長い時間は必要なかった。

 杏子の連撃を参考に頭の中でイメージして行動していたが、それに体が追い付くはずもなく、ほむらは空中で大きく体制を崩し、小さな台風は勢力を急激に弱めて無防備な状態を晒す。

 

「その時を待っていたわ!」

 

 突き出されるブレードに対して、ほむらは苦し紛れに小太刀を突き立てて受け止めようとするが、空しい抵抗であり弾き飛ばされると、ブレードはほむらの胸を貫いた。

 

(痛覚排除魔法を! え?)

 

 咄嗟に痛覚を排除しようとしたが、その瞬間ほむらは違和感を覚えた。

 いつも出来るはずの痛覚排除魔法が発動することが出来ず、ブレードが胸に刺さると獲物はそのまま彼女の体を貫通した。

 血反吐を吐きながら、ほむらは口の中一杯に広がる鉄の味と焼けるような胸の痛みに苦しみながらも困惑するばかり。

 どれだけ頭の中で痛覚を排除するイメージを作り上げても、痛覚排除魔法が全く機能する気配が感じられない。

 絶望に染まった顔で血反吐を吐き続けているほむらを、あやせは嘲笑していたが、やがて見飽きたのか、手のひらの中に火球を作り出すと、それをほむらに向かって放つ。

 

「この舞台に三文役者は必要ないわ!」

 

 火球はほむらの体を覆うと、そのまま壁まで吹き飛ばす。

 防御の体勢が取れなかったほむらはなすすべなく壁にまで吹き飛ばされ激突し、大の字になってコンクリートの壁に埋め込まれた体を動かして地面に着地すると、突っ伏した状態のまま自分の現状を確かめようとする。

 

(本当にどうなっているの? こんなに痛いのに、何度も痛覚排除魔法を試みているのに、全く魔法が機能しない……)

 

 自然治癒の魔法は機能しているので、傷その物は少しずつではあるが塞がってきているのだが、それでもダメージの方は大きく、ほむらは生まれたての仔馬のように体を震わせながら突っ伏していた。

 完全に戦いの火がほむらから消え去ったのを見ると、あやせはルカにアイコンタクトで合図を送る。

 氷の槍の連撃で盾を破壊しようとしていたルカだが、あやせからの合図を受けると彼女の元に飛び二人は並んでほむらを見つめた。

 

「ルカ一気に決めるわよ」

「あれをやるのね。あやせ、この状態では初めてだけど、まぁ大丈夫でしょう」

 

 そう言うと二人は互いのブレードを交差させて、炎と氷の魔法エネルギーを同時に発動させて、収縮と膨張を同時に引き起こして反作用エネルギーを生み出すと、異常なまでに膨れ上がったエネルギーの塊をうずくまっているほむらに向けて放つ。

 

「ピッチ・ジェネラーティ!」

 

 叫び声にほむらが顔を上げると、そこに映っていたのは巨大な太陽。

 炎と氷が入り混じったエネルギー弾を見たほむらの率直な感想。

 慌てて時間停止魔法を発動するが、手が震えて思うように盾に触れることが出来ない。

 眼前にまでエネルギー弾が迫って、ほむらの表情は恐怖で引きつりそうになった時、一つの影がほむらの前に立ちふさがった。

 

「ああああああああああああああ!」

 

 悲痛な叫びと共に巨大な太陽は四散していき、辺りに拡散した魔法エネルギーは廃墟と化した屋内プールを破壊していく。

 壁、床、プールとまるで隕石が落ちたかのようにそこら中がクレーターだらけになった風景を見て、ピッチ・ジェネラーティの攻撃力が凄まじい物だと判断したほむらは青ざめた顔を浮かべてしまうが、すぐに意識は自分の前方へと向けられる。

 

「ジェフリー!」

 

 氷細工の蓋で防御はしたが、それでピッチ・ジェネラーティを防ぎきれるはずもなく、体は血まみれになっていた。

 足はガクガクと震え、体中から肉が削がれ、筋肉や臓器がはみ出ている様は見ていて気持ちのいい物ではなく、ほむらは思わず顔を背けそうになってしまうが、彼がこうなってしまったのは自分の責任と判断して、慣れない回復魔法を頭の中でイメージを作り上げると手のひらに発動させて、ジェフリーの傷口に触れる。

 

「待ってて、下手くそな回復魔法だけど治してあげるわ」

「そんな暇を私たちが与えるとでも?」

 

 回復魔法を詠唱しようとしたほむらを蹴り飛ばしたのはルカ、あえてブレードは使わず素手での攻撃でなぶり者にすることを選んだ。

 ほむらは襲ってくる拳の痛みに苦しみ、何度も痛覚排除魔法を試みようとするが、全く発動することはなく、時間停止魔法を発動しようと盾に触れようとするが、盾に触れた瞬間に強力な魔法が発動されることを理解しているルカは触れる前に何度も右手を跳ね飛ばしては、ほむらに向かって拳を叩きこむ。

 

「ほむら!」

 

 自分で自分を回復させつつもジェフリーはほむらの身を案じて、彼女の元へと向かおうとするが、それをあやせに邪魔される。

 ブレードの連撃に対して改魔のフォークで対抗するが防ぐのが精一杯であり、体力が減っているのもあり、ジェフリーは段々あやせに追いこまれていく。

 

「馬鹿な男ね。役立たずのパートナーをかばって、自分まで窮地に追い込まれるんだから、あなた彼女と一緒に地獄まで落ちていくつもりなの?」

「お前には関係のないことだ……」

 

 窮地に立たされていることを暴かれないためにも、ジェフリーは精一杯の虚勢を張るが、それは既に意味のない物。

 先程はガードが出来ていたあやせのブレードだが、今はジェフリーの体に新たな傷を作るばかりで致命傷となるレベルの大きな傷も出来つつある状態。

 ここで一気に勝負を決めようと、あやせは一つの案を思いつき実行に移す。

 

「役立たずのパートナーなんて連れているから、負う必要もない怪我を負う破目になるのよ! そんなパートナーなんて、サッサと生贄に捧げてしまえばいいのよ。そうすれば私たちのコレクションも増えるって物よ!」

 

 挑発の言葉は途中からジェフリーの耳には届いてなかった。

 そして過去の記憶がフラッシュバックしていく。

 大切な相棒を自分の右手に捧げた時の記憶。

 その時の彼女は自分に対して微笑んでくれていた。だが、それでも……。

 

「なんだと……!」

 

 この瞬間にジェフリーの心から冷静さはなくなっていた。

 憤怒の表情であやせを見やると、ブレードを頭に振り下ろす彼女に対して、ジェフリーは逆に自分から頭を突き出して突っ込む。

 頭突きの形でブレードを粉砕すると同時にあやせの顔面にも頭突きを食らわし、彼女の体は後方へと追いやられた。

 地面に突っ伏す形となったあやせだが、屈辱感や焦りは全く無く、蔑むような感じの笑みを浮かべると、鼻を擦りながら語り出す。

 

「馬鹿じゃないの。たかが一発のダメージを負わせるために、あなたは致命傷レベルの怪我を負った。どっちが有利かなんて言うまでもないわ」

 

 あやせの言う通り、ジェフリーの方がダメージは深かった。

 ブレードは頭部に深々と刺さっていて、脳にまで刃が達しているのではないかと言うぐらい、ジェフリーの頭部からは鮮血が滴り落ちていた。

 だがそれでも変わらない物があった。

 怒りに満ちた彼の眼光。

 視線はまっすぐとあやせに向けられていて、ジェフリーは何も言わずに右手から一枚の仮面を取り出すと、自分の顔に装着させて自分の中の魔力を一気に暴走させる。

 

「俺のパートナーを生贄にするだと! ふざけんなあああああああああああああ!」

 

 怒りと憎しみに満ちた叫びと共に真っ赤な闘気がジェフリーの体中を駆け巡る。

 本来は他人の魔力を借りて行う物だが、怒りに満ちたジェフリーはイレギュラーな方法で変身を行おうとしていた。

 彼が装着した仮面は『石魔人の面(改)』、これを装着してパートナーから魔力を分けてもらった魔法使いは魔人へと変身することが出来、多大な攻撃力を得ることが出来る。

 だが一人で全てを行ったジェフリーは完全な魔人へと変身することは出来なかった。

 

「あ、ああああああ……」

 

 しかしそれでも目の前のあやせを圧倒するには十分な変身が出来た。

 灰色の肌を持ち、3メートル近い巨大な体を持ち、腕や足は巨木のように太い物へと変貌し、異形の巨人となったジェフリーは憎しみの目線をあやせにぶつけながら決意表明のように叫ぶ。

 

「殺してやる! 殺してやるぞ!」

 

 怒りに身を任せて拳を突き出す。

 あやせは当たる寸前で拳をかわすが、横にかわした瞬間に違和感を覚えた。

 だが思考が追い付く前に突風が巻き起こって、あやせの体は空中へと放り出される。

 拳の風圧だけで起こった突風はあやせの体を巻き込んで、勢いよく壁に激突させて、その体を壁にめり込ませた。

 

「あやせ!」

 

 これに今までほむらを痛めつけていたルカも反応し、ほむらから離れてあやせの元へと向かうが、その前に巨大な異形が飛び上って彼女の前へと壁になって現れる。

 

「うがああああああああああああ!」

 

 叫びと共に両手を頭の上で組むと、そのままハンマーナックルをジェフリーはあやせに向かって振り下ろす。

 上空で無防備になっているルカは自分の体を守るように、頭の上で両手を交差させて自分の体を硬質化させるイメージを作り上げると、自分の体を鋼のように固くさせた。

 だが体中を覆う竜巻のような突風が巻き起こると、その体は弾丸のように勢いよく地面へと叩きつけられ、ルカは大の字になって痙攣する形となった。

 二人の魔法少女が動かなくなったのを見ると、ジェフリーはほむらの元へと向かい辛そうに体を震わせる少女の体を起こす。

 

「大丈夫か。ほむら?」

 

 優しい言葉と暖かな温もりに、ほむらは体を震わせながらジェフリーを見る。

 灰色の巨人と化してはいるが、その声はまさしくジェフリーの物。

 心が落ち着くと自然治癒能力も高まり、ルカの拳で付けられた傷と、あやせのブレードで貫かれた胸の傷が塞がっていく。

 

「ジェフリー……」

 

 震える声でほむらは語りかける。その表情は悲痛に満ちた物であり、何かを訴えようと必死であった。

 

「まだ終わってないわ!」

 

 ほむらの叫びと共に二人の魔法少女は各々の魔法エネルギーを手のひらに溜め、ジェフリーに向かって飛びかかる。

 あやせは炎の魔法を浴びせ、ルカは氷の魔法を浴びせて、攻撃するがジェフリーはすぐに体に力を込めるとほむらを守るように二人に対して背中を向けると、その攻撃を背中で受け止めた。

 火傷と凍傷が同時に起こり、言いようのない痛みが襲う。

 だがジェフリーは呻き声を上げることなく、ほむらを地面に優しく下ろすと立て続けに魔法の攻撃を浴びせ続ける二人に対して振り返ると、口を大きく開く。

 

「ごおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 それは魔力も何もない、ただ怒りに満ちただけの叫びであったが、咆哮と呼ぶにふさわしい叫び声は、それだけで立派な兵器となった。

 声は空気を切り裂くカッターとなって二人の魔法少女を襲い、彼女たちの体を引き裂こうとしていた。

 攻撃に対してあやせとルカは体を縮こまらせて、完全防御形態を取るとブレードを前面にやって攻撃を受け止める。

 

「あやせ」

「分かっているわ。ルカ」

 

 二人は互いに向き合うとお互いの体を守るように抱き合って、声のカッターの攻撃を受け止めきると、そのまま地面へと落下していく。

 最小限の被害で済んだのを見ると、二人は再びジェフリーに向かってまっすぐ突っ込む。

 それに対してジェフリーは拳を振り上げてハンマーパンチを放つが、二人はそれぞれ逆の方向に散って攻撃をかわす。

 ジェフリーは供物で体を構成しているルカよりも、本体のあやせを叩くことを優先して彼女を追いかけようとするが、そうすると今度はルカがジェフリーの眼前に現れて攻撃を行い、あやせを捕まえようとさせなかった。

 

(おかしい……あの二人ジェフリーを倒す意思が見られないわ)

 

 その様子を岡目八目と言った様子で見ていたほむらは、違和感に真っ先に気づく。

 炎の魔法も氷の魔法も先程ほむらを追いこもうとしていたエネルギーの量ではなく、明らかに逃げるための敬遠程度の威力しか放っていない。

 倒すための攻撃ではないことが明らかなのだが、あの二人が逃げるためだけにあんな行動を取っているとはとても思えない。

 思考を頭の中でまとめようとした時、彼女の顔に塩辛い液体が飛ぶ。

 顔を拭って物の正体を確かめようとするが、それはジェフリーから発せられる汗だということは動き回る彼が飛び散らせているのを見て、すぐに理解できた。

 そして息も絶え絶えになり、チアノーゼの影響から顔が青ざめているのを見るとほむらは二人の狙いが分かった。

 

(魔力が切れて、元の状態になった時にはボロボロ。その瞬間を狙っているのね)

 

 魔人変身に関しての知識はほむらにはないが、魔人の威力はよく知っている。

 人間一人が魔人に変身しようというのだから、魔力は異常に消費する物だろう。

 真っ向勝負で勝てないと踏んだ二人は魔力切れを狙って、その間は防御だけに徹する作戦を取っていた。

 この状況を打破できるのは自分だけだと判断したほむらは体に力が入るのを確かめると、盾から小太刀を取り出してルカに向かって突っ込む。

 

「邪魔よ!」

 

 ルカは襲ってくるほむらに向かって氷の津波を発生させて追い払うが、攻撃が発動する前にほむらは時間停止能力を使うと彼女の後ろに回り、再び時間を起動させる。

 後ろを取られたルカはなすすべなくジタバタと体を動かすだけであり、ほむらはそのまま強引に彼女をジェフリーとあやせの戦いから引き離そうとする。

 

「ルカ!」

 

 完全に注意が逸れたほむらがまだ戦えるとは思っておらず、あやせは一瞬気を取られてしまう。

 それが命取りだった。

 再び視線をジェフリーに向けた時には彼女の眼前には巨大な拳で埋め尽くされていて、その体は後方へと吹っ飛ばされていた。

 そのまま動かなくなったあやせと思われる人影にジェフリーはマウントパンチを何度も何度も繰り返す。

 地面が埋まり、最早何を殴っているか分からないほどに。

 

「あやせ!」

 

 あやせの心配をし、手を伸ばすルカをほむらは羽交い絞めにしたまま離そうとせず、トドメをさそうとサブマシンガンを取り出して、ルカのこめかみにつけて矢を放とうとする。

 

「放して!」

 

 ルカは必死に暴れてサブマシンガンを振り払う。

 その結果サブマシンガンから放たれた矢はあらぬ方向へと飛んでいく。

 だがそれでもほむらはサブマシンガンで矢を放とうとするのを止めず、何度も何度も挑戦してみるのだが、その度にルカが暴れて矢はあらぬ方向へと飛んでいくのだった。

 

「もう諦めなさい。あそこまでグシャグシャに殴られたら、ソウルジェムも滅茶苦茶に破壊されているわ」

 

 矢をあらぬ方向に飛ばしながら、ほむらはルカに降伏してもらおうと、ジェフリーに殴られすぎて大穴が空いている地面を指さす。

 そこには何もないが恐らくそこにいた双樹あやせは無事じゃないだろうと判断するが、それに対してルカは嘲笑を浮かべた。

 

「バカね。上を見なさい」

 

 言われてほむらが見上げた先には、ジェフリーの上空を陣取って炎のエネルギーを限界まで溜めているあやせの姿があった。

 続いてほむらはジェフリーの方を見る。

 息も絶え絶えになっていて、縮み始めているジェフリーを見て活動時間の限界が来ていることが素人目でも分かった。

 注意がジェフリーに行ったのをルカは見逃さず、ほむらの腕から逃れるとあやせと並んで両手を突き出して氷のエネルギーを手に溜める。

 標的であるジェフリーはここに来て疲れがドッと吹き出て、その場から動けず荒い呼吸を整えるだけで必死だった。

 

「逃げてジェフリー!」

 

 ほむらはどうしていいか分からず、涙ながらにジェフリーに逃げるように求めるが、彼は動こうとせず、重い腰を上げられないでいた。

 

「これでフィニッシュよ!」

「待ってあやせ! 何かおかしいわ」

 

 十分にエネルギーが溜まって魔法を放とうとした瞬間、あやせはルカに制される。

 何事かと思い、二人が辺りを見回すと二人を取り囲んでいたのは無数の炎の矢。

 ほむらは決して乱雑に矢を放っていたのではない。

 矢で二人を取り囲むために矢をあらぬ方向へと放っていた。

 狙いがばれるとほむらは歯ぎしりをして、二人を睨んだ。

 

「もう少しで上手く行くと思っていたのに……」

「三流の戦略ね。時間停止能力を使えるあなたなら、この矢の猛攻からも逃げられるでしょうけど」

「全ては無駄に終わったということよ。それを証明してあげるわ」

 

 あやせとルカの挑発にほむらの中で何かが壊れる音が響く。

 感情に任せて全ての矢を放つように命令を下すが、その瞬間に二人はジェフリーの元へと落下していく。

 矢も同じように二人を追いかけるが、自然落下のスピードに追い付くことは出来ず、二人は直前で魔法を使って先程ジェフリーが作り上げた穴へと飛び込み。

 動かないでいたジェフリーは、ほむらが作った矢を全て受け止めてしまい。

 体中に矢が突き刺さり、ジェフリーは悲痛な叫びを上げた。

 

「そんな……」

 

 これにほむらは完全に絶望し、両手を地面に置いて突っ伏す形となる。

 完全に絶望に心が囚われたほむらを見て、二人は下衆な笑みを浮かべながら穴から出て、ほむらを見下していた。

 

「あのオジさん一人なら、まだ分からなかったかもしれないわ。でもあなたと言う穴があれば付け入る隙は十分にあるわ」

「あなたに出来ることはただ一つ。ソウルジェムを私たちに差し出すことよ」

 

 完全に勝ち誇ったあやせとルカは手を突き出して、直接ほむらからソウルジェムを奪おうとする。

 

「なんてね」

 

 その瞬間に勝ち誇ったような軽い声が響く。それは自分の策に相手が嵌っているのを楽しんでいるような感じのトーン。

 何事かと思い、二人が後ろを振り向くとジェフリーが筋肉を硬直させて、中に埋まっている矢を一気に放とうとあやせとルカに狙いを定めているのが見えた。

 

「そんな! あれだけの矢を受け止めたというの?」

「まさか、あなたここまで計算して!」

 

 パニック状態になっている二人は今度は本当に逃げようとその場から立ち去ろうとするが、ほむらは時間停止魔法を使って二人の動きを止めると、今度は自分が巻き添えを食らわないようにジェフリーが作った大穴の中に飛び込むと再び時間を動かす。

 

「がああああああああああああああ!」

 

 叫びと共に一斉に矢が放たれる。

 逃げようと思ったが、時間停止のタイムラグにより体は追いつかず、二人の体は無数の矢で貫かれる形となった。

 

「ああ痛い! 痛いよ! あやせ!」

 

 炎魔人の心臓で構成されているルカの体は矢の猛攻に耐えられず崩壊していく、壊れていく手を必死に伸ばしてルカはあやせに助けを求めるが、その時には彼女の体は完全に崩壊し、その魂は再びあやせの中へと戻って行く。

 一方のあやせも彼女の悲痛な叫びに応えることは出来ず、なすがままに矢の連撃を食らって、その体はネズミに食われたチーズのように穴だらけになり、そのまま壁に激突して貼り付けの状態になった。

 全てが終わるとジェフリーは元の姿に戻り、荒い呼吸を整え体力の回復に努め、ほむらは彼の元へと向かいその体を起こした。

 

「ゴメンなさい。無茶な要求に付き合わせてしまって」

「問題ない。それよりもフィナーレだ」

 

 ほむらに体を起こしてもらうとジェフリーは貼り付けになったあやせの体から矢を取り除く。

 解放されたあやせは力なく地面に突っ伏すが、ジェフリーは彼女の頭を掴んで起こすと改魔のフォークを取り出して眼前に突き出す。

 

「出来るの? 私を殺すなんて」

 

 こんな時でもあやせは余裕めいた表情が崩れることはなかった。

 あざ笑うあやせに対して、ジェフリーは何も言わずに改魔のフォークを振り上げると、そのまま勢いよく振り下ろす。

 

「ああ殺すさ。もう二度とソウルジェムを集めようなんて気が起きないように魔法使いとしてな!」

 

 それと同時に鮮血がほとばしり、あやせの右腕は吹き飛ばされる。

 永遠の別れを告げることとなった右腕を見て、そして鮮血をほとばしらせる自分の切られた腕を見ると、あやせは青ざめた顔を浮かべて悲痛な叫びを発する。

 

「ぎゃああああああああああああああああ!」

「これはルカの分だ!」

 

 そう言ってジェフリーはもう片方の左腕にも改魔のフォークを振り下ろす。

 同じように鮮血がほとばしり、両腕を失ったあやせは悲痛な叫びを発しながら、なくした腕を取り戻すように地面にある腕へと向かうが、ジェフリーはその腹を思い切り蹴飛ばすと、割られている天井からあやせを放り出した。

 

「二度と面を見せるな!」

 

 荒い呼吸を整えながらジェフリーは怒りに満ちた心を落ち着かせようとする。

 ほむらは両腕を失えばソウルジェムを集めることなどないだろうと思い、ジェフリーの行動に対して何も言おうとしなかった。

 それよりも今は気になることがあり、その旨をジェフリーに聞く。

 

「そう言えば聞きたいことがあるのだけど」

 

 ほむらは自分に起こった新たな変化に付いてジェフリーに話しだす。

 魔法少女は戦闘に特化した肉体に作り変えられるため、痛覚の排除魔法という物が備わっている。

 だが今回の戦いではそれが全く機能せず、予想以上に厳しい戦いを強いられることとなったことを伝えると、ジェフリーは困ったような顔を浮かべた。

 

「痛覚排除魔法? そんな物魔法使いにあるわけないだろ。不必要なのもいいところだ」

「不必要って……」

「痛くなければ覚えないし。強くもなれない」

 

 その言葉には重みがあり、ほむらは何も言い返すことが出来なかった。

 だがこれまで何度も助けてもらった痛覚排除魔法を不必要と言われたことに苛立ちはあり、遠回しながらも彼に反論しようとする。

 

「でもね。ジェフリー、私たちは魂がソウルジェムに封印されているから、生半なことじゃ死なないように出来ているのよ。だからあなたの裁きもあまり意味がない物なのよ」

「どう言うことだ?」

「あなたは両腕がなければソウルジェムを集めることも出来ないと思って、双樹あやせの両腕を切り裂いたのでしょう。でも魔法少女はソウルジェムが無事なら肉体の再生ぐらいは難なく……」

「違う」

 

 ほむらの仮説は間違っていて、ジェフリーがあやせの両腕を切り落としたのは別の真意があった。

 そのことをジェフリーは語り出そうとする。

 

「俺達、魔法使いの最大の特徴は何だと思う?」

「それはその酷い火傷を負ったような右腕でしょう」

「そうだ。だが中には魔法使いの責務が嫌になり、別人として生きたいと言う輩だっている。そう言う人間のために魔法使いを殺す方法ってのがあるんだ」

 

 ジェフリーの言葉でほむらの中で仮説が組みあがっていく。

 最大の特徴である右腕さえ失われれば、あとは魔法を使わなければ十分にひっそりと生きていられる。

 ほむらは自分の中の仮説が正しいかどうかジェフリーに尋ねると、彼は首を縦に振って続きの話をしだす。

 

「任務のため、俺が所属していた組織とは別の対抗組織に潜入していた時だよ。魔法使いの右腕を切り落とし、別人としての人生を与える魔法使い殺しの魔法使いがいてな。俺はその行動に尊敬の念を抱いたもんだよ。そんな方法で魔法使いを救うことができるなんて発想はなかったからな」

「でも……同じことを魔法少女にやってもあまり意味はないと思うわ。魔法少女の肉体は再生できるから……」

「あとは、あの女が一人で考えることだ。それよりも……」

 

 話を強引に終わらせると、ジェフリーはほむらに向かって膝を突いて頭を下げる。

 突然の謝罪の意思の表明にほむらは困惑の表情を浮かべた。

 

「何を⁉」

「済まない。俺はお前を見ずに居た……」

 

 ジェフリーの言っていることが分からず、ほむらは強引に彼の体を起こす。

 こんなところでまごまごしている暇は無い。統計学的にそろそろ、さやかが暴走し魔女になる時期なのだから。

 

「話なら後で聞くから付いて来なさい! 統計学的にそろそろさやかは暴走しそうなのよ!」

 

 そう言ってほむらは影の魔女が居ると思われる結界へと向かう。

 その長い黒髪をなびかせて走るその姿に、ジェフリーはかつての相棒の姿を思い出すと、彼女が眠っている右腕を擦りながら辛そうに語り出す。

 

「済まないニミュエ……俺はいつまでお前を言い訳にして前進することを拒めが気が済むんだ……」

 

 そう言っても右腕の彼女は何も語りかけてはくれない。これが自分に化せられた罰なのだと思い、ジェフリーはほむらの後を追った。

 今度こそ自分のパートナーを守り抜くと心に誓いながら。




死は怒りと痛みしか与えない。例え彼女がそれを許したとしても

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