魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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人の心が多々あるように、正義もまた人によって多々ある。


第十六話 各々の正義

 双樹ルカ、あやせと言うイレギュラーな存在が現れたことをほむらから聞かされた翌朝。

 さやかとマミに関しては今はショックを受けているから、そっとしておいてあげてほしいと言うほむらの申し出を尊重し、今ジェフリーは杏子が泊まっているホテルへと向かっていた。

 魂が肉体からソウルジェムへと封印されているという事実は、恐らくは杏子にも通じているはず、そう思って彼はホテルの前へと立つと、杏子の部屋へと向かおうとしていたが、先に目的の少女がホテルから出てくる。

 

「よう……」

 

 その眼には先程まで怒りの色が灯っていたらしく、目が血走った物になっていた。

 双樹ルカ、あやせの件があってから、ソウルジェムの秘密の件に付いてはほむらが彼女に知らせていた。

 隠しておいてもいずれは分かってしまう事実であるのに加え、何かとさやかに絡んでくる杏子のことだからいずれは分かってしまうこと。

 ならばとほむらはキュゥべえに詳しいことを聞いてくれとだけ伝えると、ソウルジェムの秘密に関してを電話越しで彼女に語った。

 どう話を切り出していいか分からないジェフリーに対して、杏子の方から彼に話しかけた。

 

「気遣いなら必要ないぜ。魂が体の外へ押しだされたからって何だって話だ」

 

 その声色に虚勢の色は無かった。

 杏子らしいあっけらかんとした発言に、ジェフリーは思い出の中の一人の少女を思い出すと、口元に軽やかな笑みを浮かべながら語り出す。

 

「フン。お前には不要な気遣いだったって奴か」

「その分だとお前はほむらから聞かされたみたいだな。だがこんな重要なことを隠し通せられるはずがないだろ」

 

 杏子の言い分はもっともだ。ソウルジェムの秘密は隠し通すにはあまりに大きすぎる事実。

 さやかとマミのところに行けない以上、杏子の身を案じることを選んだジェフリーだが、その必要は無いと判断すると、踵を返して帰路へと付こうとする。

 

「待てよ。アタシは別に平気だが、マミとさやかの奴の方は大丈夫なのか?」

 

 杏子の問いかけに対して、ジェフリーは振り返ると小さく首を横に振る。

 すると杏子は頭を掻きながら、何か考える素振りを見せた後に、ジェフリーの前を通り過ぎると去り際に一言言う。

 

「アイツらの学校が終わるまで待ってやる。時間になったらお前も来い」

 

 待ち合わせの場所も告げずに杏子は去っていく。

 だが攻撃的な性格の杏子では一人にすれば最悪の事態も十分に考えられると、ほむらから何度も聞かされているのでジェフリーはその場を去った。

 取り残されたジェフリーは、この旨をほむらに伝えてから彼女との目的を果たそうと一旦アパートへと戻って行く。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 終礼のチャイムが鳴り、この日も学校が終わる。

 するとさやかは生気が抜けた顔でフラフラと教室を出ていく。

 その原因をまどかは知っていた。ソウルジェムの秘密に関してはほむらから聞かされていたからだ。

 その際まどかは契約をキュゥべえに持ち込まれたが、間髪入れずにほむらが炎の矢を放ってキュゥべえを殺し、必死の形相で絶対に契約してはいけないとまくしたてるように言われたため、結局お流れになってしまった。

 自分に出来ることが何もないのかと不安そうな顔を浮かべているまどかに、さやかの物ではない少女の声が聞こえた。

 

「美樹さん元気なさそうでしたわね……」

「仁美ちゃん……」

 

 声の主は緑色のセミロングの髪をなびかせ、お嬢様風のおしとやかでおっとりとした喋り方の少女、志筑仁美だった。

 まどかのもう一人のクラス内の親友であり、さやかと一緒に三人で色んな所に出かけるほどの仲である彼女も、いつも元気なさやかが落ち込んでいる姿を見て心配そうにしていて、まどかに相談を持ちかける。

 

「何かあったのか、まどかさんはご存じありませんか?」

 

 友人として彼女に何か出来ることはないかと思い、仁美はまどかから情報を得ようとする。

 だが真実を知っていても、魔法少女のシステムなんて一般人の仁美に話せるわけがない。

 自分でもどうにも出来ない事態なので、まどかは静観を貫くことを決めた。

 

「そうですか。まどかさんでも分からないですのね……」

「うん……」

「こうなったら私たちに出来ることは、さやかさんが話してくれるまで待つだけですわね。それまでは私も待っていますわ……」

 

 最後の『待っている』と言う言葉の意味は分からなかったが、この場は丸く収めることが出来たので、一応の安堵感をまどかは覚えて帰路に付くことにした。

 頭の中で思い返されるのは、キュゥべえを殺した直後にほむらが真剣な顔で言った言葉、今はそれだけを信じようとまどかは決めていた。

 

「私のことは信じてくれなくていいわ。でもジェフリーのことは信じてあげて、彼はこれまでにも奇跡を起こした人だから……」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 さやかは虚ろな目を浮かべたまま、フラフラと街路樹が並ぶ道を歩いていた。

 その隣には同じような顔を浮かべたマミもいつの間にか並んで歩いていて、二人は一言も発することなく、覚束ない足取りで歩いていた。

 目の焦点は合っておらず、フラフラと歩くその姿はソウルジェムの真実をキュゥべえから伝えられた時と同じ状態だった。

 ゾンビ、それがピッタリの状態だった。

 二人がフラフラと歩いていると、眼前に一人の少女の姿が目に飛び込む。

 

「いつまでもクヨクヨしてんじゃねぇぞ! ボンクラどもが」

 

 二人の目の前に立っていたのはリンゴを詰め込んだ紙袋を持っている佐倉杏子の姿。

 その隣には、ほむらの協力者であるジェフリーの姿もあり、二人はソウルジェムの真実を知ってから初めてコンタクトを取る人物に応対を取ろうとした時、さやかは警戒心が優先して厳しい表情で背を伸ばして杏子を見つめ、マミは過去のことがあってか、杏子にどう接していいか分からず不安そうな顔を浮かべていた。

 

「だから言ったんだよ。魔法少女の魔法の力は自分のために使った方が身のためだってな」

「アンタ、そんな嫌味を言うために私たちの前に姿現したわけ?」

 

 攻撃的に責めるさやかに対して、マミはオロオロと不安そうな顔を浮かべたまま二人の間に立とうとしていた。

 だが杏子はそんなさやかにも全く臆することなく、自分の用件だけを簡潔に伝えて、二人を連れ回そうとする。

 

「ちげーよバカ。ちょっと話があるか顔貸せや。長い道のりになるから食うかい?」

 

 そう言って杏子は紙袋の中にあるリンゴを二つ取り出して、マミとさやかに向かって差し出す。

 だが二人ともそれを受け取ろうとはしなかった。

 

「佐倉さん。このリンゴはどうやって手に入れたの?」

 

 久しぶりの杏子との会話は持っているリンゴが盗品ではないかどうかという悲しい物だった。

 悲しげな表情を浮かべるマミの顔をまともに見ることが出来ず、杏子は思わず目を背ける。

 

「答えられないんだ。アタシそんなリンゴ貰っても嬉しくない」

「その言い方はあんまりだろ。杏子を責め立てるような真似ばかりするな」

 

 突き放すように言うさやかに対して、これまでだんまりを決め込んでいたジェフリーが口を挟む。

 第三者が介入したことで、二人の注意は杏子からジェフリーへと向けられた。

 

「盗品だろうが、買った物だろうが、食料は食料だろ。貴重な食料を分け与えようとしてんだぞ、受け取るのが筋ってもんだろ?」

「いいよジェフリー……いらねぇなら、いらねぇでよ」

 

 興が削がれたと言わんがばかりに、リンゴを乱暴に食べる杏子。

 場の空気が悪くなったのを見ると、ジェフリーは右手を突き出して、そこから二つのリンゴを召喚して二人に手渡そうとする。

 

「分かったよ。これは俺が仕事で得た正当な応酬だ。これなら貰ってくれるだろ? 食べ物を粗末にしちゃいけない。分かるな⁉」

 

 威圧するようにまくしたてるように言うと、ジェフリーは乱暴にマミとさやかにリンゴを一つずつ手渡す。

 強引に渡されて手持無沙汰になってしまったリンゴをどうしていいか分からず、以前にハンバーガーを落としたことで烈火の如く怒られた苦い過去を持っているさやかは恐る恐るリンゴにかじりつく。

 

「美味しい……」

 

 そこからさやかは貪るようにリンゴにしゃぶりつく。

 その姿に触発されてマミも同じように小さくリンゴにかじりつくと、さやかと同じように貪り食う。

 

「美味いだろ? 腹が減っているってことは生きているってことだ。それだけ物が美味そうに食えて何がゾンビだって話だ。お前らをそう言う輩が居るなら俺がぶん殴ってやる……あがぁ!」

 

 語るジェフリーに突然みぞおちに鋭い痛みが襲う。

 下を見ると杏子が不機嫌そうな顔でジェフリーのみぞおちに拳をめり込ませていた。

 拳をみぞおちから放すとふて腐れた顔を浮かべたまま杏子は話し出す。

 

「バカ野郎が……何こっちが言いたいこと、全部言いやがるんだボケが!」

 

 露骨にふて腐れた顔を浮かべてそっぽを向く杏子を見て、今度はこっちがへそを曲げてしまったと思い、ジェフリーは困った顔を浮かべる。

 対応に困ったジェフリーは取りあえずにと、右手を突き出してリンゴを召喚すると、それを杏子に向かって差し出す。

 

「分かった。分かった。杏子にもやるから機嫌直してくれ」

「いいよアタシは……」

「味が気に入らないのか?」

「そうじゃない……」

 

 そう言って杏子はリンゴを芯まで貪り食う二人を見つめた。

 傍から見ればみっともない姿なのは分かるが、杏子がそう言う体裁を気にするタイプではないと思うジェフリーは困惑した顔を浮かべた。

 

「みっともないとかそう言う意味じゃねーよ。そのリンゴを食べると悪い意味で腹一杯になるから遠慮したいってだけだ。ほら行くぞ!」

 

 そう行って杏子は歩を進め、お腹が満たされて心も少し満足したのか、マミとさやかも彼女の後に続いた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 到着したのは隣町の風見野にある。小高い丘の上にある教会だった。

 と言ってもボロボロに崩壊しているので今は機能していないことが分かり、さやかは困惑した調子で、マミは辛そうな顔を浮かべて中へと入る。

 杏子は軽く祈りを捧げてから中へ入るとステンドグラスをバックに語り出す。

 

「結局喧嘩別れでアンタにも話していなかったからな。いい機会だ。何でアタシがマミ、お前の元を離れたか話してやるよ」

「分かったわ……私も覚悟を決めるわ」

 

 それだけ言うとマミは長椅子に座ったまま俯いて話そうとしなかった。

 

「これを聞けば、お前らも無駄に苦しまずに済むだろうよ。魔法少女なんてろくでもない存在だ」

 

 そう言うと杏子は自分が魔法少女になったきっかけを話し出す。

 杏子には宣教師の父親がいて、彼は新聞で凄惨なニュースを読むたびに涙を堪えていた。どうすれば、この暗黒の時代を救えるかと。

 そこで彼は新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だと言う持論を持ち、ある日を境に教義にないことまで信者に説教をするようになった。

 だがそれが転落の第一歩だった。

 信者の足はパッタリと途絶え、本部からも破門をされ、杏子たちの一家は食べるにも困る状態になっていた。

 

「誰にもあの人のことを相手にされないのが悔しくて、悲しくてだな。日々歯がゆい思いをしたもんだよ。そんな時、キュゥべえが現れた。だからアタシは二つ返事で契約したよ。『みんなが親父の話を真面目に聞いてくれますように』ってね」

 

 翌日から教会は信者でごった返す状態になっていたが、栄華の時は長くは続かなかった。

 魔法少女の願いで自分の元に人が集まったと知ると、父親の精神は常軌を逸した。自らの娘を魔女と罵り、自分の話など本当は誰も聞いてくれない。自分の祈りなど誰にも届いていなかったと思い、深く絶望をした。

 

「そこから親父は壊れちまったよ。酒に溺れて、家族に暴力を振るい、最後はアタシを残して一家心中さ。アタシの祈りが家族を壊しちまったんだ。だからアタシはこの力を自分のためだけに使うって決めたんだよ。お前らだって使命感に縛られてばかりだと最後は惨めな末路を送っちまうぜ。これは忠告だよ」

 

 自分の言いたいことを全て言い終えると、杏子はステンドグラスに向かって顔を向け何も言わずにリンゴに被りついた。

 話を聞き終えるとマミは小さくすすり泣いていて、さやかは複雑そうな顔を浮かべたまま固まっていた。

 嫌な静寂だけがその場を支配していたが、それを打ち破ったのはさやかだった。

 

「私、アンタのこと誤解していたかもしれない。ゴメン。でも……」

「でも何だ?」

「それでもやっぱり私はアンタみたいに私利私欲のためだけに生きるなんて出来ない。この力はやっぱり人を守るための力なんだから、私は人を助けたい」

 

 その顔には相変わらず迷いの色はあった。だがそれでも自分の根っこだけは腐りたくないという思いがあり、杏子に対しての宣戦布告のようにも思えた。

 さやかの宣言を聞くと、杏子は不機嫌そうな顔を浮かべながらマミに話を振る。

 

「マミ、お前はどうなんだ?」

「私も美樹さんと同じ意見よ。やっぱり人を助けたいわ……」

 

 マミも不安げな表情は崩さないでいたが、先程までの抜け殻のような状態ではなく、空っぽの状態を必死に脱して、再び立ち上がろうとしている様が見えた。

 だがそれが杏子に取っては気に食わなかった。

 責任も取れないのに人助けに準じたところで、自分も相手も傷つくだけだ。

 眉尻を上げると先程よりも声のトーンを上げて、杏子は二人に向かって叫ぶ。

 

「お前ら人の話を聞いていたのか? 自分の身の丈以上のことやったところで、最後は悲劇的な結末だぞ! だったら自分のためだけに生きていた方がくたばる時も自業自得の一言で済むだろうがよ!」

「杏子の言う通りだ。自分の大きさも知らずに、理想論だけ語ったところで破滅の未来しか待っていない」

 

 ここで今までだんまりを決めていたジェフリーが話しだす。

 双方のやり取りを見て、思い出したのは自分が所属していた全ての魔物を生贄に捧げる『アヴァロン』と、全ての魔物を救済する『サンクチュアリ』各々やり方は違うが自分なりの正義という物があった。

 どちらも正しいとは思っていたが、自分はどちらかと言えばアヴァロンのやり方に賛同している派の人間なので、杏子の隣に立って彼女の味方となって語り出す。

 

「別にお前らが正義感を持って魔女や使い魔と戦うのは自由だ。だが、だからと言って自分たちが無敵の英雄だなんて思わないことだな。お前らが進もうとしているのは茨の道だ。多くの苦痛や困難が伴い。何度も現実に叩き潰されるだろう。俺はそんなのがゴメンだから、組織に所属していたころ、どちらかと言えば杏子のようなやり口で活動をしてきた。その方が楽だったからな」

 

 淡々と語ってはいるが、重みのあるジェフリーの言葉にマミもさやかも何も言い返すことが出来ずに俯いてしまう。

 一方の杏子は自分が言いたかったことを全て伝えてくれたジェフリーの言葉が嬉しく、彼に対して優しげな笑みを浮かべていた。

 

「だが、だからこそ俺はそう言う茨の道を歩み、人として生きようとしている魔法使いを心から尊敬する!」

 

 そう言うとジェフリーは目の前で十字を切り、さやかとマミに向かって祈りを捧げた。

 突然のことにその場にいた全員が困惑の表情を浮かべていたが、ジェフリーは気にすることなく話を続ける。

 

「力が必要な時はいつでも言ってくれ。俺もほむらもすぐに駆けつける」

「オイ、アタシはどうなんだよ⁉」

「もちろんお前もまた一つの正義だ。俺の力が必要な時はいつでも言え、すぐに駆けつける」

 

 それだけ言うと、ジェフリーは教会から出ようとするが、ドアを開けると最後に思い出したように一言その場に居る全員に告げた。

 

「だが少しだけ待ってくれないか? 俺とほむらでソウルジェムコレクターの魔法少女を撃退しなければいけないから、だからソウルジェムのことに関しては気にしないでいい。俺とほむらで必ずけじめを付ける」

 

 双樹ルカ、あやせに関しての問題は片づけることだけを伝えると、ジェフリーは今度こそいなくなった。

 その場は静寂だけが包まれたが、いつまでもその場にとどまっても仕方ないと思い、さやかはマミを引き連れて立ち上がると、最後に一言杏子に言う。

 

「言葉だけじゃないから……」

「ジェフリーも言ってたが、せいぜい口先だけになるんじゃねーぞ」

 

 自分は魔法少女としての正義に生きると宣言して、さやかとマミはその場から去っていく。

 杏子は長椅子に座ると残ったリンゴにかじり付くが、その瞬間再び不愉快な幻聴が耳に木霊する。

 

――あなた仲間が欲しいだけじゃないの? だからああやって自分の過去をさらけ出して……

「うるせぇ! うぜぇことばかり言ってんじゃねーぞ!」

 

 誰か分からない幻聴に怒鳴り散らすと、イライラを抑えるかのように杏子はリンゴにむしゃぶりついた。

 だが幻聴の言葉が耳に残って、味はほとんど感じられず、ただ胃に物が溜まっていく感覚しかなかった。

 

(畜生! 話したのに何で分かってくれないんだよ⁉)

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 翌日、学校が終わったほむらと合流したジェフリーは特に目的もなく、散歩するような調子で辺りを徘徊していた。

 目的もなくブラブラと街を歩む。

 特に目的があるわけでもなく適当に歩を進めているジェフリーに、ほむらは苦言を呈そうとする。

 

「どうしたの? あなた千里眼の刻印を使って魔女を探しているように見えないけど?」

「まぁいいじゃないか……」

 

 焦りの色が見えるほむらを適当にいなすと、ジェフリーは今まで自分が行ったこともないような場所を見つけ、その場所を記憶しながら歩み続ける。

 双樹ルカ、あやせの件もあり、ジェフリーには早く対処をしてもらいたいと思っていたほむらだが、そのことを言いだせるような雰囲気ではなく、仕方なく彼の散歩に付き合うこととなった。

 一時間ほど歩き、ジェフリーが足を止めたのは今は使われていない屋内プールの施設前だった。

 立ち入り禁止の札を潜って中へと入る。

 いかにも魔女が結界を作っていそうな雰囲気だが、ソウルジェムにそんな反応はない。

 腐臭のする室内を歩み続けると、二人は今は使われていないプール広場へと出る。

 

「デカい水桶だな……」

 

 相変わらずずれたことを言うジェフリーに呆れたが、ほむらの方も我慢の限界だった。

 なぜこんなところに連れてきたのかを問い詰めようとする。

 

「ちょっとジェフリー!」

「この辺りにしようか」

 

 それはほむらに向けてかけられた言葉ではない。

 ジェフリーの言葉と同時にサーベルを持った少女がこちらに向かって突っ込む。

 

「その首もらった!」

 

 いつの間にか双樹あやせにつけられていたことに気づかず、ほむらは慌てて変身をするがその時には既にジェフリーとあやせのファーストコンタクトは始まっていた。

 上空からサーベルで切り付けるあやせの攻撃を、ジェフリーは右腕で受け止めると『巨神の腕(改)』と発動させ、サーベルを掴むと力任せに前方へと投げ飛ばし、プールの中へと放り込み、ジェフリーも中へと入る。

 

「ここなら誰にも迷惑は掛からない。お前を料理するにも丁度いい」

「そうね。あなたの棺桶にしては上等な方ね」

 

 ジェフリーは巨神の腕を解除して、改魔のフォークを片手に持ち、あやせもサーベルを突き出して威嚇の体勢を取る。

 変身を終えたほむらもプールの中へ入ると、ほむらはサブマシンガンを両手に持って、あやせに向かって突きつけた。

 

「2対1。でも容赦はしないわ」

「それは違うわね」

 

 そう言うとあやせは胸元から何かを取り出すと、素早く地面に叩きつける。

 そこから高反応の魔力が放出されるのを見て、二人は反射的に身構えるが地面が裂け亀裂の中から現れた存在にほむらは驚愕の表情を浮かべた。

 

「あなたは双樹ルカ⁉」

「ご名答……」

 

 地割れの中から現れたのは、双樹あやせのもう一つの人格、双樹ルカだった。

 二人が並んで立っている姿が信じられず、ほむらは唖然としたままだったが、ジェフリーは心眼でルカを見ると一つの結論を出す。

 

「お前炎魔人の心臓を盗んだな。そして心臓を代償にしてその精神に仮初の肉体を与えたってわけだな」

「正解よ。オジさん、トロフィーはあげないけどね!」

 

 ジェフリーの仮説は正解であり、二人はケタケタと下品に笑った。

 言われると慌ててほむらは盾の中から炎魔人の心臓を取り出し、ジェフリーに見せた。

 物を握ってジェフリーが確かめると、やはり少し小さいことに疑惑は確信へと変わり、二人の魔法少女を睨む。

 

「お前には過ぎた玩具だ」

「これから死ぬ人間の説教なんて聞く耳ないわ!」

 

 二人同時に叫ぶと、ルカは右方向に飛び、あやせは左方向に飛んで各々サーベルを突き出す。

 ルカの攻撃をジェフリーは改魔のフォークでいなし、あやせの攻撃をほむらは小太刀で何とか弾き返すと、二人は中央を陣取り互いに背中を合わせて自分たちを守る体勢を取り、あやせとルカは二人を囲うようにじりじりと回って追いつめていく。

 緊張感だけがプールの中を包み、各々のプライドをかけて激突しようとしていた。

 理性と欲望との戦いが。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 マミはパートナーの動きに付いていくので精一杯だった。

 影の魔女の結界内に入ってからという物、さやかはこの日気合いが異常なまでに入っている状態であり、マミの静止も聞かずに前へ前へと出て、瞬く間に最深部に到着する。

 何があったのか話して欲しいとマミもコンタクトは取ったが、さやかは「何でもないですから」の一点張りで何も話そうとはしてくれなかった。

 昨日の杏子のことが引っかかっているのかと思っていると、さやかに気合いが空回りしたような声で叫ばれる。

 

「ボーっとしないマミさん! 魔女ですよ!」

 

 さやかが指さした先にはまるで影のような姿で祈りを捧げている魔女が居た。

 影の魔女『Elsamaria』はその場に佇んでいるだけであり、さやかは早速サーベルを片手に突っ込もうとする。

 

「マミさん援護を!」

「待って美樹さん! もう少し様子を見てからでも……」

「そういうことだ」

 

 そこに第三者の声が響くと、さやかの足は止まり、マミは声の方向を見る。

 そこには魔法少女姿の杏子がいて、使い魔たちを串刺しにした槍を投げ捨てると、新たな槍を召喚して持ち手で軽くさやかの方を殴る。

 

「お前自分の周りを使い魔が包囲されていることに気付かなかったのか? この魔女は暗闇の結界を張っている。ならば不意打ちを定石としているぐらいの考え持てなかったのか?」

 

 その後軽く持ち手で頬をこすると、さやかはいきり立って杏子の槍を振り払って怒りと憎しみに満ちた目で睨む。

 

「邪魔しないでよ! 私は私の役目を果たすだけよ!」

「オイオイ、人の忠告は素直に受け止めるもんだぜ。なぁマミもそう思うだろ……」

 

 聞き分けのないさやかを窘めるかのように、杏子はマミに意見を求めるが、彼女は何者かに連れられ暗闇の奥深くへと消え去っていた。

 マミの姿だけは目視できるが、何に連れ去られたのか分からず、杏子は困惑の表情を浮かべた。

 

(マミほどのベテランが使い魔に遅れを取るはずが……)

 

 その一瞬が油断取りだった。

 杏子は自分の体に衝撃が走ったのに気付いて対応しようとした時には既に遅く、さやかから引き離され暗がりへと放り込まれる。

 身動きが取れない状態でなすがままに連れ去られながらも、杏子は戦力の分析を行う。

 魔法少女の自分を軽々と持ちあげられる以上、使い魔とは考えられない。

 明らかに一体の異形であると判断すると、杏子の中でありえない仮説が生まれる。

 

(まさか⁉ 一つの結界に三体も魔女が居るってのかよ⁉)

 

 それならばマミが遅れを取ったのにも納得が出来る。

 だが一概には信じられず、杏子は掴む腕を強引に振り払うと後方に吹き飛ばされながらも視力を魔力で強化して目の前の異形の存在を目視する。

 人間のような体に耳から巨大な羽が生え、漆黒に染まったその体はまさしく暗殺のためだけに特化した肉体と言えた。

 まるでコウモリを連想させるその姿に、杏子は槍を突き出すとステップを踏んで自分の調子を確かめる。

 

「悪いがお前に時間はかけられない。一気に勝負をつけるぞ!」

 

 興奮しきっているさやかが何をするか分からないと踏んだ杏子は槍を突き出して、コウモリの魔女に突っ込む。

 色々と信じられない事態は多いが、全ては魔法の力で撃破していくしかない。

 それが彼女の選んだ道だから。




人が人である限り戦いは起きる。それが人である証明だから。

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