そのキメラと瓜二つの魔女は攻撃方法までキメラと同じだった。
蛇の盾を突き出しての突進攻撃の威力は高く、毒の霧をまき散らしながら突っ込むのでかわしたとしても視界が歪むダメージがある。
その攻撃をかわしてもヤギの槍が今度は襲ってくる。
振り払いの攻撃はシンプルではあるが、力任せに全力で振りぬいているため威力は抜群であり、意識が蛇の盾へと向かっている最中の攻撃だったのでジェフリーは腕でのガードだけで防ごうとするが、空しい抵抗だった。
吹っ飛ばされて壁へと激突するジェフリー。それを見た杏子は悲痛な叫びを上げる。
「大丈夫か⁉」
「それよりも敵をちゃんと見ろ!」
体を起こしながら、ジェフリーは杏子に檄を飛ばす。
杏子が魔女の方を向くと、魔女はライオンの口を大きく開けて飛びかかり、そのまま杏子を食べようとしていた。
大の字になって上から飛んでくる魔女に対し杏子は動こうとせず、辺りに派手な轟音が響き渡る。
のしイカになった杏子を魔女は想像していたが、その瞬間魔女の腹部に激痛が走る。
慌てて魔女が起き上がると、がら空きになったライオンの口部に槍が深々と突き刺さり、杏子は槍をつっかえ棒にしてプレス攻撃から逃れていた。
魔女が怯んで下がったのを見ると、杏子はそのまま槍を押しだして一気に勝負をつけようと更に深く槍を突き刺そうとする。
「離れろ杏子!」
ジェフリーの慌てた様子の叫びに、杏子は意味も分からないまま槍を残して後方へと飛ぶ。
だがまっすぐに飛んだのは失敗だった。
魔女はライオンの口の中で火球を作り出すと、そのまま吐き出して槍ごと吹き飛ばす。
炎で包まれた槍は弾丸となって杏子を襲い、反射的に杏子は新しい槍を召喚すると縦に構えて槍を弾き返す。
それは防御というよりはただ苦し紛れに防いだだけという物であり、それを見たジェフリーは杏子の弱点を理解する。
(こいつは攻撃は一級品だが、防御はからきしダメと言うタイプか……)
つまりは自分よりもより攻撃性の強い相手だと飲まれてしまい、一気になぎ倒される危険性もあるとジェフリーは結論付けた。
今目の前にいるキメラに酷似した魔女は、ジェフリーが知る中でもトップレベルの攻撃力と連携技術を持った魔物。
以前戦った時は、パートナーに自分の所属するチームの総大将である13代目ペンドラゴンがパートナーに加わってくれたから、彼の加勢もあって何とか倒すことが出来た相手だが、この魔女がキメラと同じだけの実力を持っていると思うと、ジェフリーの中で不安が過る。
――弱気になっちゃダメ! あなたが杏子を助けるぐらいの気概を持たないでどうするの⁉
その時頭の中に自分を叱咤激励する声が響く。
何事かと思いジェフリーは起き上がって辺りを見回すが、それは杏子の物でないと分かると気持ちをすぐに切り替えて、立ち上がると手の中で炎竜の卵を作り上げると狙いを定める。
魔女の意識は完全に杏子へと向かっていて、盾と槍で交互に押し込んで杏子を追いつめていた。
攻撃が激しく体が大きい魔女は体の小さな杏子を圧倒し、補色のチャンスを伺っていた。
遠距離からの支援は難しいと判断すると、ジェフリーは足元に卵を発射して爆発を起こすと爆破の勢いを借りて魔女に向かって突っ込む。
更に空中で突撃魔法の石柱の羽を発動させると体を甲殻化させて魔女の頭部に体当たりを食らわせる。
鈍い音が辺りに響き渡り、よたよたとした調子で魔女が振り向くとジェフリーは地上に着地して、挑発するように指で魔女を寄せた。
「お前の相手は俺だ!」
ジェフリーが叫ぶと同時に魔女は咆哮を上げながら突っ込んでいく。
ヤギの槍を突き出すと頭部の角が枝分かれしてジェフリーを掴む。
身動きが取れなくなったところを見計らって、ライオンの口を大きく開き噛みつこうとジェフリーを頭からかぶりつこうとしていた。
「この!」
杏子は助けようと槍をかざして突っ込もうとしたが、その時にジェフリーが邪悪な笑みを浮かべていることに気づく。
圧倒的に危機的な状況にもかかわらず、その表情に諦めの色は無く、むしろ勝利を確信した笑みを浮かべていることが気になり、杏子はそのまま静観を決めた。
「それでいい杏子。巻き込まれたら危ないぜ」
喋りながら口を大きく開けると、彼の口内には炎竜の卵(改)があり、その大きさは普通の鶏の卵と同じぐらいだが、ダメージは最上級品であり、そんな卵を恐らくは急所と思われるライオンの口内に向けて吐き捨てる。
ライオンの口は物が何かわからず飲み込んでしまう。それと同時にその頬は大きく膨らみ、数秒としない内に爆発を巻き起こした。
黒煙を発しながらフラフラと覚束ない足取りになっている魔女を見てダメージは相当な物だと杏子は思っていたが、同時にジェフリーの心配もしていた。
「ジェフリー無事か⁉ 無事なら返事をしろ!」
「問題ない」
軽い口調と共に黒煙の中から自由になったジェフリーが杏子の元へと向かう。
彼の無事な姿を見て、杏子は安心した顔を浮かべるがジェフリーの表情は厳しいままであり、再び魔女の方を向くと改魔のフォークを召喚して構えた。
「油断するな。あの魔女『武闘家の魔女』はまだやる気だぜ」
「それがあの魔女の名前か?」
ジェフリーに言われ、杏子も同じように槍を武闘家の魔女へと構える。
普通の魔女ならば十分致死レベルのダメージにも関わらず、黒煙の中の武闘家の魔女の両足はしっかりと大地を掴んで立っていて、二人の方を振り向くと黒煙の中から異形が現れる。
ライオンの頭部が施された胸はケロイドで無茶苦茶になっていて、見るに耐えない状態であったが、武闘家の魔女の戦意は削がれておらず、槍と盾を前面に突き出して最後の急所である頭部のみを守る状態で二人に向かって突っ込む。
「杏子、槍の方は俺がやる。お前は盾を攻撃しろ」
「え? あ、オイ!」
杏子の返事も聞かず、ジェフリーはまっすぐ突っ込んでヤギの槍へ向かって改魔のフォークを振り下ろす。
それを武闘家の魔女はヤギの二本の角で受け止めて応戦をする。
がら空きになっている柄の部分に巨大化した右腕の拳が襲い掛かる。
剛腕魔法の『巨神の腕(改)』で力任せに殴り続けると槍はしなって、見る見る内に歪んでいく。
(あの野郎……槍の弱点ってやつをよく理解してやがる)
杏子が過去やられて嫌だったことを的確に突くジェフリーに、少女は思わず舌打ちをしてしまう。
槍という武器は中近距離で戦える万能の武器ではあるが、極端な接近戦となると長いリーチは邪魔にしかならない。
ジェフリーは相手の間合いを潰して槍その物を破壊しようとしていて、何度も何度も巨神の腕で柄の部分を殴り続けていた。
「ボーっとするな! 自分の仕事をしろ!」
男の怒鳴り声で杏子は我に帰る。
了承は得ていないが、一応は盾を攻撃することが自分の役目。
槍を振り回して準備を整えると、攻撃対象である蛇の盾を見つめる。
武闘家の魔女は槍での攻撃が不可能だと判断すると、左手に持っている蛇の盾で攻撃をしようとしていた。
手を震わせながら盾をジェフリーの頭部の手前にまで近づけると、盾に施された蛇の目が光り、体をしならせて一気に彼の頭をかみ砕こうと牙を突き立てた。
「そうはいかねぇな!」
蛇の攻撃を止めたのは槍の穂先であり、それは蛇の頭部を貫通していた。
杏子は槍を多節棍の状態にすると投げ飛ばして蛇の頭部を貫くと、力任せに引き寄せる。
すると武闘家の魔女はバランスを崩して倒れ、蛇の盾からもどす黒い血液が噴射して多大なダメージがあることが杏子にも分かった。
お父さん。私が女の子なのがそんなに嫌なの?
突然聞こえた幻聴に杏子は眉間にしわを寄せて苦痛を訴えると、恐らくは原因であろう見えない存在に向かって怒鳴り散らす。
「またテメェか! 今構っている暇ねぇんだよ、黙ってろ!」
――今のは私じゃないわよ。
堂々と言う幻聴の主の声色から嘘は感じられなかった。
となると残りの可能性は魔女しか考えられない。
今の叫びが何なのかは分からないが、今は魔女の討伐に全力を注ごうと杏子は気を取り直して穂先を更に奥へと食いこませようと距離を縮めた。
多節棍から元の状態の槍に戻すたびに、手にこもる力が強まり、盾には更に穂先が食いこんでいく。
この感覚は杏子が何度も経験している攻撃が綺麗に決まる感覚。
ゆっくりと確実に盾との距離を縮めると杏子はジェフリーの隣に立っていた。
隣を見ると槍の方もボロボロの状態であり、あと一歩のところで武器も防具も崩壊するところまで来ていた。
「チンタラやってられないぜ。一気に決めるぜ!」
杏子の叫びと共にジェフリーは横殴りに拳で柄を殴って槍をバラバラに崩壊させ、杏子は食いこんだ槍を勢いよく振り上げると、縦一文字に盾は切り裂かれた。
それと同時に各々の獲物から噴水のように黒い血液が吹き出し、ダメージが相当ある杏子に思わせる。
私が男の子なら、私のこと見てくれるのお父さん⁉
男! オトコ! お・と・こ!
同時に幻聴も激しさを増す一方であり、杏子は今まで聞いたこともない幻聴に苛立ち、頭を乱暴に振り払うと苛立ちをぶつけるかのように、凄まじいスピードで突き刺す。
瞬く間に武闘家の魔女についばむような傷が増えていくが、杏子の怒りは治まらない。
一気に勝負を決めようと、飛び上って最後の急所と思われる髑髏の頭部に向かって槍を振り下ろした。
「テメェうぜぇんだよ!」
怒りに身を任せて杏子は穂先を髑髏の頭部に向かって突き刺そうとする。
重力に身を任せて杏子の体が攻撃にだけ集中した瞬間、武闘家の魔女は行動を起こした。
両腕を頭の上で交差させて頭をガードすると、穂先は太い両腕を貫くことが出来ず弾き返される。
無防備な状態で後方へと飛ぶ杏子を武闘家の魔女は両手で包み、力の限り抱きしめた。
「ぐぎゃああああああああああああ!」
ベアハッグの締め付け攻撃は単純ではあるが効果は絶大な物であり、背骨が軋む感覚に杏子は悲痛な叫び声を上げる。
「杏子!」
ジェフリーは杏子を助けようと改魔のフォークを持って突っ込むが、武闘家の魔女は杏子を前面に押しだして盾にする。
杏子を傷つけるわけにはいかない。ジェフリーは突進を止めると、後ろに回って攻撃するが、背中では大したダメージにならず、分厚い筋肉が刃を弾き返すだけだった。
(まさか人質を取るなんて……)
魔法使い同士の共闘ならば、協力者ごと刺して後で救済すればいいだけの話だが、今回のパートナーは魔法少女。
ジェフリーに取って未知の領域であり、どうしていいか分からず、ひたすら背中に向かって攻撃をし続けていた。
あそこまで密着されると遠距離系の武器も役に立たない。杏子を盾にされて防がれる恐れもあるからだ。
一方の杏子は呼吸が出来ない苦しみに加え、体を両断されるぐらいの勢いのベアハッグ攻撃が辛いのと現状を打破したい想いから、ジェフリーに向かって叫ぶ。
「ジェフリー! アタシのことはいい。アタシごとこの腐れ魔女を貫け!」
「そんな事出来るか!」
自棄気味に叫ぶ杏子をジェフリーは鎮めるが、その間にもベアハッグの攻撃は続く。
心眼で様子を見ると武闘家の魔女も杏子も真っ赤に染まっていて、双方あと一歩のところで倒れるのが分かる。
どうすればいいかとジェフリーが頭を悩ませていたが、その時彼の耳に打撃音が届く。
体が動かない間も杏子は槍を手放さず、意味がないながらも攻撃をすることで自分の中の闘争心が消えてないことをアピールしていた。
これは使えると判断したジェフリーは炎の綿毛を宙に舞わせる。
「何だこれ……」
痛みに苦しむ杏子の前でフワフワと浮かんでいるのは、真っ赤に燃え盛る炎の綿毛、杏子は反射的に穂先を綿毛に付着させる。
すると穂先を通して槍全体に炎のエネルギーは浸透していき、その熱は杏子の手のひらにまで伝わる。
「凄いエネルギーだ……」
炎の勢いは槍だけに治まらず、武闘家の魔女の髑髏の顔面にまで飛び火をする。
反射的に武闘家の魔女は顔を背け、その間僅かに締め付ける力が緩んだのを杏子は見逃さず、魔女の腕から逃れると自分の本能を信じて槍を振り上げる。
「くたばりやがれ――!」
叫びと共に杏子は股の間から両断するように槍を振り上げる。
人間でも肛門は無防備な部分ではあるが、それが魔女を相手に通用するかは分からない。
だが先程のジェフリーとの戦闘でもわかるように、この魔女は筋骨隆々で生半可な攻撃では弾き返されてしまう。
なので杏子が選んだのは全力で急所を攻撃しての一撃必殺。
思っていた通り肛門は筋肉がほとんどなく、勢いに任せて杏子は全ての魔力を込めて上へと切り裂く。
刃は髑髏の顔面にまで到達し、武闘家の魔女は真っ二つに切り裂かれてその命を終えた。
片方からはコアが出現し、もう片方はドロドロの肉塊へと変わる。
ジェフリーは右腕を突き出すとその魂を右腕に宿す。
これで全てが終わったと思い、ジェフリーが杏子の方を見ると予想外の光景が広がっていた。
「この、くそッたれが!」
それは怒りに任せて槍で肉塊をズタズタに引き裂く杏子の姿。
ジェフリーは慌てて彼女の元へと駆け寄ると、羽交い絞めにして行動を制する。
「よせ。もう決着は付いたんだ! この魔女の物語は終わったんだ!」
ジェフリーの体温と『物語は終わった』と言う言葉が杏子の心に落ち着きを取り戻させた。
だがそれでも怒りは治まらず、最後に思い切り肉塊を蹴り飛ばすと、杏子は崩壊しかかっている結界から出ようとして、ジェフリーもそれに続く。
――ジェフリー……
魔女のそれではない幻聴がジェフリーの耳に届く。
その悲痛な声に思わずジェフリーは足を止め、女の物と思われる声に耳を傾ける。
――杏子のこと許してあげてね。まだ彼女は子供なのよ、だから暴走だってするの。あなたが支えてあげて、私があなたによって救われたように……
それだけを言うと幻聴は聞こえなくなった。
その声が何なのかは分からない。自分にだけしか聞こえない声なのかもしれない。
魔法使いは幾多もの魂をその身に宿すため、記憶の混濁が起こると言うのは珍しくない事例。
だが今は杏子のことが心配なのは事実。ジェフリーは彼女の背中を追った。
どこか儚げな背中を。
***
結界から出ると反省会も兼ねて、ジェフリーは杏子が根城にしているホテルへと案内されて彼女の部屋に居た。
乱雑に食べ散らかされた物で埋め尽くされている床に腰を下ろすジェフリーだが、杏子はベッドに腰かけながら風船ガムを噛んで膨らましながら、ジェフリーを不機嫌そうな顔で見つめていた。
「椅子があるんだから椅子にぐらい座ればいいだろ」
「ここでいい。それよりも……」
ジェフリーはそのまま膝を突いて杏子に向かって頭を下げる。
突然謝罪をされて、それまで不機嫌そうな顔は驚愕の表情に変わり、風船ガムが口の周りに付いた。
「俺を許してくれ……俺がダメだったから、お前をあそこまで痛い目に合わせてしまった。俺は本当にダメな魔法使いだよ……」
その顔を見ると本当に申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
これに杏子はこれまで感じていた不機嫌な感情が一気に吹き飛び、味のなくなったガムをティッシュに包んでごみ箱へと放り込むと、ジェフリーの顔を掴んで強引に体を持ちあげさせる。
「やめろよ! 前にも言っただろ、大の大人が小娘相手にペコペコ頭を下げるなってよ!」
「だが……」
「それにあれは確実にアタシのミスだ。あの武闘家の魔女は相当な強敵だったのに、アタシが感情に任せて迂闊な行動を取ったから、あんなことになっちまったんだよ。責められるならとにかく、謝られるのは筋違いだ」
自分の意見を言うと今度は杏子の方が苦痛に顔を歪ませていた。
これで逆に自分が彼女を追いこんでいたと思ったジェフリーはそれ以上何も言おうとしなかった。
「それにお前がいたから、アタシは武闘家の魔女を倒すことが出来たんだ。持ちつ持たれつでいいだろ。アタシたちは友達同士なんだからよ……」
それだけ言うと照れくさくなったのか、杏子はベッドに腰かけて俯くと、それ以上は何も言おうとしなかった。
パーカーを脱いでタンクトップとハーフパンツの状態。それに加えて時間ももうすぐ夜の12時を過ぎようとしていた。
これ以上自分に出来ることは何もないと判断したジェフリーはドアへ向かって出ていこうとしたが、その手を杏子に止められる。
「何だ?」
「誰が帰っていいって言った? お前にしてもらいたいのは謝罪なんかじゃないんだよ」
「じゃあ何を求めるっていうんだ?」
杏子は相変わらず不機嫌そうな顔を浮かべながらも、その中に悲しさや寂しさを織り交ぜた顔を浮かべながらジェフリーを自分の方へと振り向かせると、その胸の中に顔を埋めた。
「何か分からないけどよ。あの魔女と対峙してから凄いやり切れない気持ちで一杯なんだよ……」
「それで?」
「バカ野郎が察しろよ。寝るまで傍にいろよ……」
自分の心情を吐露すると杏子はベッドに潜りこむ。
言われるがままジェフリーは近くの椅子を寄せて座ると、ジッと杏子の顔を見て彼女が寝るのを待つ。
「待てよ。気の利かない奴だな。何かやろうとは思わないのか?」
「子守唄は歌えないぞ」
「それでも話ぐらいは出来るだろ。つまらない話でも寝るにはちょうどいいからな。何でもいいから話せ」
杏子に促されるとジェフリーは考えるが、考えても考えてもいいアイディアは思いつかなかった。
血なまぐさく救いのない話が基本的に魔法使いの話なので、子供に聞かせるような救いのある話なんて自分の過去にはないからだ。
考えている間も足の指で突かれ促されると、ジェフリーは思考の迷宮に迷いそうになっていた。
(俺がコンビを組んでいたのは大人ばかりだからな。こんな子供とは……ん?)
記憶を探っていると一人だけ魔法少女以上の子供とコンビを組んで戦っていた記憶を思い出す。
彼はマーリンを除けば、最も長くコンビを組んで信頼を寄せていた魔法使いと言ってもいい。
足の指で引き続き突いて促す杏子の指を掴んでベッドに戻すと、ジェフリーは話しだす。
「俺がコンビを組んでいた魔法使いで魔物に育てられた子供の話があるが聞くか?」
「話せ」
杏子の了承を得ると、ジェフリーは魔物の子供『パーシヴァル』の話を始める。
討伐対象が偶然にも一緒だったため、ジェフリーは魔物に育てられた魔法使いパーシヴァルとコンビを組んで戦うことになる。
体こそ成人していたが、世の中から完全に隔離されて、これまで魔物に育てられていたので、彼は言葉を覚えたての幼児程度の知能しか持ち合わせておらず、言葉遣いもたどたどしい物であった。
それだけならとにかく彼には奇妙な癖があった。魔物を討伐した後、なぜか気が狂ったように何度も自分の胸を搔き毟っていた。
ジェフリーが何故そんなことをするのかと聞くと、パーシヴァルは一言「びょーきなんだ」と答えた。
異常な事態から、ジェフリーは彼の人生がどんな道を歩んでいたのかを聞こうとする。
「パーシヴァルはそれまでコボルトと言う下級魔物に育てられていたが、奴が成人した時、突然これまでアイツを育てていたコボルトはパーシヴァルに襲い掛かってな。身を守るため、奴は自分の母親代わりの魔物を殺した……」
それからパーシヴァルは謎の胸の痛みに苦しめられるようになったが、ジェフリーにはその正体とコボルトの真意が分かった。
コボルトはパーシヴァルを自分と同じ魔物としてではなく、人間として育てようとした。
だから最後は魔物と人間は相容れない存在だということを教えるためにその身を捧げた。
パーシヴァルの胸の痛みの正体。それは命を奪ったという罪悪感。
それらが全て分かると、ジェフリーは彼の頭を撫でながら一言言った。
「お前はお母さんの言うことを守れるいい子だよってな……」
それだけを言うとこの話はこれで終わりだと無言でジェフリーはアピールをした。
杏子の方を見ると眠気は襲ってきているのだが、どこか複雑そうな顔を浮かべていた。何か引っかかるものがあると言った感じだ。
「つまらなくても我慢すると言ったのはそっちだろ」
「そうじゃない一つ引っかかることがあってな。正直に言え」
「何を?」
「お前何者だ?」
単刀直入な質問ではあるが、ジェフリーには痛い質問だった。
正直に話したところで不審がられて友好関係を崩すのが当然と、ほむらから何度もきつく言われているので話そうかどうか迷いはした。
ワルプルギスの夜の到来まで時間もない。出来る限りこじらせたくはなかったが、ここで誤魔化したところで杏子が納得するわけない。ジェフリーは意を決して語り出す。
「俺は異世界の魔法使いだ。ほむらからの召喚に応じてこの世界に呼ばれた」
杏子は一概には信じられないが、それならば全てのつじつまがあう。
見慣れない魔法を使うのも、まるでこの世界の常識がないのも、下級魔物などと言う聞いたことのない存在も納得が行く。
眠気も襲ってきたので、杏子はこれ以上ジェフリーに聞くことを止め、布団を被って眠りに付こうとする。
「詳しいことはほむらにでも話してもらうよ。もういい帰れ。ほむらが待っているんだろ?」
杏子の問いかけに対して、ジェフリーは小さく頷くとそっとその場を後にした。
寝始めた杏子の額に幻聴の主が靄を集めて実体化すると、その額に軽くキスをした。
――杏子、あなたはやっぱり優しい娘。だから私と同じ道は絶対に歩んじゃダメよ。
杏子の目には涙が溜まっていた。
先程の話で聞いたパーシヴァルが羨ましかった。最後まで子供のことを見てくれて、子供の将来を考えてくれる存在が居ることに。
自分は見てもらいたい人に見てもらえず、今でもどす黒い醜い感情を家族にさえ向けようとしていた。
そんな自分が嫌なのか、パーシヴァルが羨ましかったのかは分からなかったが、杏子の目から一筋の涙が流れた。
***
杏子から解放されて、ジェフリーはほむらのアパートを目指す。
のそのそとゆっくり夜の静寂を楽しみながらジェフリーは歩む。
自分の居た世界では夜になると、辺りが真っ暗で景色を楽しむ余裕もなかったが、この世界では街灯のない道の方が珍しいぐらいだ。
街灯の明かりを身に浴びながらゆっくりと歩いていると、アパートの前に到着する。
ジェフリーは貰った合鍵でドアを開けると、部屋へと入って行く。
「ただいま……」
「お・か・え・り」
そこに予想外の声が聞こえた。
てっきり寝ていると思ったほむらが玄関前で腕を組んで仁王立ちしていて、ジェフリーに怒りの視線をぶつけていた。
その視線に思わずジェフリーはたじろぐが、彼の姿を見るとほむらは堰を切ったように彼に対して怒りの感情をぶつける。
「こんな時間までどこに行ってたのよ⁉」
怒鳴り声に思わず、ジェフリーは身を縮こませてしまうが、ここで飲まれては彼女のためにもならないと思い、弱弱しいながらも反論をする。
「いや……杏子が傍にいろって言うから、寝付くまで相手をしたところだけど……」
「確かに好感度を高めるのは大事でしょうけど、誰がそこまでやれと言ったのよ! こっちは大変だったのに!」
ここでほむらは完全に爆発をして、そこら中にある物を片っ端から掴んで投げ飛ばす。
今はほむらの怒りが収まるまで彼女の怒りを受け止めることをジェフリーは選んだ。
ジェフリーの長い夜はこれから始まる。
傷つける愛もある。子供のことを想い、子供の将来だけを案じて行動する。それがよき親。
と言う訳で後書きで書かせてもらいます。武闘家の魔女が魔女になった経緯です。
その少女は生まれた時から望まれた存在ではなかった。
由緒正しい空手道場の一粒種として少女は生まれたが、父が求めているのは跡継ぎのための男子。
女子である少女は当然のように邪険に扱われた。
それでも少女は父親の愛を求めることを諦めなかった。
必死になって屈強な男たちに混じって空手の稽古に勤しんでいた。
結果、普通の女性や男性よりは強くなったが、それでも体格差に負けて同じように稽古を積んでいる男子たちには体格で押し込まれて負けることがほとんど。
年が経つに連れて、父親の態度はドンドン辛辣な物へと変わっていき、少女の心は崩壊していく。
自分が男ではないから父親に愛されないのではと。
そんな時、少女の目の前に一匹の白い獣が現れる。
『ボクと契約して魔法少女になれば、どんな願いでも叶えられるよ』
少女は求めた。男にも負けない強さ。誰にも負けない強さを。
その結果、少女は空手の大会での優勝を総舐めにして、周りから羨望のまなざしで見られるようになったが、父親だけは違っていた。
所詮は女同士での戯言だと言って、娘の努力を活躍を認めようとしなかった。
ならばと少女は道場の門下生全員との百人組み手を申し出て、少女は傷一つ負うことなく門下生を全員撃破した。
それで少女は父親が自分を認めてくれると思っていた。だが現実は違っていた。
父親は激しいショックを受けていた。自分が指導してきた門下生たちが女一人に負けるなんてと。
そこから父親は精神が崩壊し、自らの手で命を絶つことを選んだ。
少女の心はここで完全に崩壊した。だがそこでも長年父親から教えられてきた教育だけが頭の中に木霊する。
『強くなれ、誰よりも強くなれ』
そこから少女は思いつく限りの強い動物のイメージを思い浮かべると、その姿を模したまま魔女と化した。
そして今でも自らの強さを誇示するため魔女となった少女は獲物を求め続けていた。