魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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悪意はいつだって脅威となる。


第十四話 魂を狩る者たち

 学校が終わるチャイムが鳴り、まどかとさやかは並んで帰路へと付いていた。

 さやかは相変わらずあっけらかんとした顔で笑っていたが、まどかの胸中は決して穏やかな物ではない。

 親友が魔女などという危険な存在と戦っているにもかかわらず、自分は何も出来ないことが歯がゆくてしかたなかった。

 その心中を察するかのように、キュゥべえは何度もまどかに勧誘を持ちかけるが、その度にほむらに邪魔をされる。

 最近ではマミもまどかの契約には反対の方向を示していた。

 それはほむらの影響なのだろうか、魔法少女が多くなりすぎればグリーフシードの配分問題もあるし、ジェフリーというイレギュラーがいつまでもそこにいるとも限らない。

 そう言った理由から現在見滝原にこれ以上の魔法少女は必要ないとマミはまどかに訴えかけていた。

 不安は自然と表情に現れ、さやかと談笑している間にもそれは現れた。

 

「こーら。ダメだぞ、私の嫁がそんな暗い顔してちゃ」

 

 さやかは窘めるような口調で言うと、まどかの額にデコピンを食らわせる。

 痛む額を手で擦りながら、まどかはさやかを軽く睨むがさやかはいつも通りの軽いテンションで語る。

 

「そんなまどかだけが暗い顔する必要ないよ。私は私の意思で魔法少女になったんだしさ、どうしても叶えたい願いがあったんだし。ただ流されるだけで魔法少女になっちゃダメだよ。こう言う物は信念がないとって話だよ」

「それは……そうだけど……」

「大丈夫、大丈夫! さやかちゃんにはマミさんが付いているんだしさ。何とかなるって!」

「自信を持つのは大いに結構。だが浮かれてばかりだと足元すくわれるぜ」

 

 そこに今そこに居た二人の声とは違う声が聞こえる。

 何事かと思って二人が辺りを見回すと、そこには邪悪な笑みを浮かべながら目の前に立っている佐倉杏子がいた。

 目の前にいる少女がどういう存在なのか分からないまどかは困惑の表情を浮かべていたが、さやかが厳しい表情でまどかの前に立つと彼女を後ろへと追いやった。

 

「まどか下がって、こいつは危険だよ」

「『こいつ』とは随分な物言いだな。これでも佐倉杏子って名前だってあるのによ……」

 

 さやかは杏子に対して敵意をむき出しにして睨み、杏子はそんな彼女を窘めるような笑みを浮かべていた。

 完全に置いてけぼりになったまどかはどうしていいか分からず、取りあえず自分が出来ることをやろうと杏子に対してコンタクトを取ろうとする。

 

「えっと佐倉さんですよね。はじめまして鹿目まどかです……」

「自己紹介はいらない!」

 

 杏子に対して行儀よくお辞儀をして自己紹介するまどかに対して、さやかは激しい突っ込みを入れるが、杏子はヘラヘラと笑いながら手を前へと振ってまどかを追いやる仕草をする。

 

「おう。ちょっとそこのと話があるから下がってな」

 

 言われるがまま、まどかは二人の邪魔にならない程度の距離まで下がる。

 100メートルほど離れ、まどかの安全が確保出来たのを双方確かめると、さやかの方から話を振る。

 

「それで何の用?」

「何、先輩としてちょっとアドバイスを送ろうと思ってな」

 

 杏子は胸ポケットからビスケットにチョコレートがコーティングされたお菓子を食べながら話し出す。

 最近はジェフリーとコンビを組んで戦うことが多く、見つけにくい場所の魔女の結界まで楽々と見つけ出し、グリーフシードが必要ないジェフリーは杏子に取って最良の相棒と呼べた。

 そのおかげで本来ジェフリーのパートナーであるほむらは、マミ、さやかと共に共闘することが多く、マミは彼女を受け入れていたが、さやかはほむらの態度が気に入らなく、なるべく接しないようにしていたが、ストレスばかりが溜まる日々にため息をついていた。

 そんなさやかの苛立ちは顔に現れるが、杏子は気にせず話を進める。

 

「お前魔法少女になった理由が、幼馴染の男の腕を治すためなんだろ?」

「何でそれを⁉」

「ジェフリーから聞いた」

 

 さやかに取って譲れない琴線である部分に杏子は触れようとしている。

 そのことがさやかの表情を更に険しい物へと変えて、腕を後ろへと持っていきいつでも踏み込める態勢を取った。

 

「全く馬鹿な奴だな。下心ってのが見え見えだぞ、好きなら好きと言えばいいだろうが」

「人のことを馬鹿って言うな! アタシは……アタシはアイツの演奏をもう一度聞きたいだけなのよ!」

「だが心のどこかでは自分への見返りを求めていた」

 

 杏子の確信を突いた一言にさやかは言葉を失う。

 事故にあって右腕が動かなくなってからという物、恭介はすっかり自暴自棄になってしまい、元のような日常はもう二度と送れない物だと思っていた。

 だから腕さえ元に戻せば、また彼と一緒に登校していつも通りの何気ない日常を送れるとさやかは思っていたからだ。

 さやかが黙ったのを見ると、杏子は邪悪な笑みを浮かべながら語り出す。

 

「惚れた男を自分の元へ置いておきたいというなら方法は簡単さ。今すぐ乗り込んでいって、坊やの手も足も二度と使えないぐらいに潰してやりな。アンタなしでは何もできない体にしてやるんだよ。そうすれば今度こそ坊やはアンタのもんだ。身も心も全部……」

 

 全てを言い終える前にさやかは剣だけを召喚して、杏子に向かってまっすぐ突っ込むと横一線に振り抜く。

 だが杏子は剣先が自分の肌に触れる直前に飛び上って街路樹の上に乗ると、変わらぬ調子で語り出す。

 

「暴力は止めてもらうか。こっちはお前と身構える気は更々ないんだからな」

「ふざけんじゃないわよ!」

 

 話し合いを試みようとする杏子だが、さやかはそれに応える冷静さは持ち合わせていなかった。

 さやかは感情に任せて剣を振り抜く。

 するとかまいたちとなった波動が杏子を襲った。

 剣の達人が作り出せる横一文字を魔法の力を借りているとは言え、易々と作り出せるさやかに杏子は顔色が変わりそうになるが、すぐに気持ちを引き締め治すと再び上空へと飛び上って攻撃をかわす。

 その際乗っていた木の枝が折れ、勢いよく落ちて轟音が辺りに響いた。

 その音に気を取られて、さやかは動きが止まってしまう。

 

「その一瞬の油断が魔女との戦いでは致命傷になるぜ!」

 

 後ろからの怒鳴り声にさやかは振り向く。

 だがその時すでに勝負は決していた。さやかの周りは多節棍で囲まれていて、穂先を持った杏子は彼女の後ろへと回り勢いよく引っ張ると、さやかの体はグルグル巻きに縛られてしまう。

 動きが完全に封じられ剣が地面へと落ちたのを見ると、杏子はさやかの体を街路樹に縛り付ける。

 鎖で身動きが取れなくなってもなお、さやかは杏子に対する憎悪は消えることなく、ジタバタともがきながら杏子を睨むが、そんな彼女を杏子は冷淡な目付きで見下すように見ていた。

 

「全く人が善意で言ってやっているのによ。アタシたちの敵ってのは魔女じゃないのか? メリットのない戦いなんてしてイタズラにグリーフシードを消費してんじゃねーぞ。新人なんだからマミの足を引っ張るな」

「人殺しのアンタなんかにそんなこと言われる筋合いないわよ!」

 

 杏子が語る正論に対してもさやかは噛みつくばかりだった。

 瞳孔が開いた状態で動かせる頭の部分だけを動かして、杏子に噛みつこうとするさやかに対して、杏子は変わらぬ調子で語り出す。

 

「見殺しにするのを人殺しっていうのはやめてもらおうか。出来る範囲でやれるぐらいのことをやらないとな。人なんてすぐに潰れちまうんだよ。お前の理屈で言うなら、堕胎手術を行う医者だって人殺しって扱いになっちまうぞ」

「屁理屈ばっかり!」

 

 話を全く聞かないで怒りに身を任せるさやかにこれ以上の問答は不可能と判断した杏子。

 もう十分に遊んだし、言いたいことも言ったので、杏子はため息を一つつくと最後に一言だけ言ってその場を後にしようとする。

 

「言っておくが、この街に来てからのアタシは少なくとも見殺しという人殺しはやってないぞ。ジェフリーからリブロムの涙をもらっているからな……」

 

 だがそれでも杏子が邪悪な魔法使いだと思いこんでいるさやかは歯ぎしりをしながら、何も出来なくても憎み続ける姿勢を見せていたが、杏子は意に介さずまどかを呼び寄せるとさやかの前に立たせる。

 

「これは?」

 

 鎖で街路樹に縛られているさやかを見てまどかは驚くが、杏子は気にしないで語り出す。

 

「10分もすれば自然と消えるから、それまでこの癇癪持ちの相手してやってくれ」

「わ、分かったよ……」

 

 後のことはまどかに任せようと思い杏子は去ろうとしたが、心配そうにさやかを見ている彼女を見て、胸ポケットから先程自分が食べていたお菓子をまどかの手に持たせる。

 

「面倒事押し付けた駄賃だ。遠慮なく食え」

「あ、ありがとう佐倉さん……」

「杏子でいいよ……」

 

 短いやり取りを終えると今度こそ杏子は去っていく。

 まどかは手持ち無沙汰になったお菓子のパッケージを剥くと、さやかの口に向けて突き出すが、さやかはそれを顔で突っぱねる。

 

「あんな奴のお菓子なんて受け取ってんじゃないわよ!」

「でも……」

「デモもストもないわよ! 人の目の前に現れて人の神経逆なでさせるようなことばかり言って!」

「どう言うことお話したかだけでも教えてくれない?」

 

 まどかの言い分はもっともだ。今のままではまどかだけが置いてけぼりでも何も分からない状態。

 この一言で多少冷静さが取り戻されたのか、さやかは渋々ながらに語り出す。

 全てを聞くと、まどかは少し考える素振りを見せると自分の中で結論を出す。

 

「確かに酷い言い方だけど、杏子ちゃんはさやかちゃんに自分を分かってもらいたかったから近況報告も兼ねて私たちの前に現れたんじゃないかな?」

「どうしてそうなるのよ⁉」

「前にさやかちゃん話してくれたよね。グリーフシードの件で杏子ちゃんと喧嘩になったって、もうそんなことはないって伝えたかったんじゃないのかな? あ、勿論上条君の言い回しに関しては私もめって思うからね」

 

 親友の言葉がさやかの心に落ち着きを取り戻させる。

 少なくとも目に映るもの全てに噛みついて怒鳴り散らすような真似だけはしない状態になると鎖は解除された。

 だがそれでもさやかはふて腐れた顔を浮かべて「今日は帰る」とだけ言うと、まどかに背を向けて去ろうとするが、その瞬間にメールの着信音が響く。

 マミからのメールで内容は結界を見つけたからほむらと共に討伐して欲しいという物。

 そりの合わないほむらとまた共闘しなくてはいけないのかと思うと、さやかは胃が痛くなる感覚を覚えたが、今は自分の使命を果たそうとまどかに一言だけ言うと結界へと向かおうとした。

 

「ちょっと行ってくる……」

 

 未だにふて腐れているさやかをまどかは心配そうに見つめていた。

 自分ではさやかの手助けになれないのかと情けない気持ちで一杯になりながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 さやかと接触した後、杏子はジェフリーを待たせている公園へと向かう。

 相変わらずベンチに座って景色をジッと見ているだけのジェフリーに、杏子は缶コーヒーを手渡し、自分はコーラを飲んでいた。

 

「またあれじゃないだろうな?」

 

 以前杏子から手渡されたコーラがトラウマになっているジェフリーは缶コーヒーをしげしげと眺めていたが、杏子はその様が面白くケタケタと一しきり笑うと語り出す。

 

「心配するな。食べ物の無理強いなんて最低なことはしないつもりさ。食べたくないなら食べなければいい。その分食べられない人間に食料が回るからな」

「もっともだ……」

 

 今持っているそれがコーラではないことが分かると、ジェフリーは缶コーヒーのプルタブを開けて飲みだす。

 美味しそうに飲むジェフリーを見て、杏子は先程とは違う穏やかな笑みを浮かべながら語り出す。

 

「いいね。人間素直なのが一番だ。それに比べてあのボンクラはよ……ちょっと聞いてくれるか?」

 

 杏子の申し出に対して、ジェフリーは小さく頷く。

 了承を得ると杏子はここに来る前、さやかと接触したことを語った。

 ジェフリーから教えてもらった彼女が魔法少女になった経緯を聞いて、どうしても一言言わなければ気が済まなかったからだ。

 杏子は自分がさやかにした行為を語ると、ジェフリーは相変わらずの仏頂面を浮かべながら語り出す。

 

「お前が怒っているのはさやかの願い事を下らないと思っているからか?」

「そうじゃない。他人のために願いを使うってのが気に食わねぇんだ!」

 

 コーラをがぶ飲みして乱暴に空き缶をベンチの上に置く杏子。

 興奮しきった様子を見ると、この先の魔物討伐にも影響が出ないかと思ったジェフリーは数ある魔物になった人間たちの話を肝心なところをはぐらかして話そうと思いつく。

 

「そう言った契約で何を望むかなんて人それぞれだろ。一々赤の他人が口出すことじゃない」

「だけどよ……」

「俺の知っているのでいたのは、リンゴが食べたいという理由で契約した輩もいるぞ。お前はそいつの願いを下らないと否定するのか?」

 

 ジェフリーの話を聞くと杏子は途端に大人しくなる。

 飢えの苦しみはよく知っている。それにリンゴは杏子の大好物。

 杏子自身もそれを理由に契約した可能性も否定できないので、杏子は弱弱しいながら語り出す。

 

「そっちの方がまだ好感持てるよ。自分のための願いだからな……」

「妙に自分のためってところを強調するな杏子は……」

 

 ジェフリーに突っ込まれると、杏子は思わず目をそらしてしまう。

 この様子を見て冷静さは取り戻されたとジェフリーは判断する。

 これ以上の追及は逆に杏子を苦しめるだけだと判断したジェフリーは立ち上がると、結界のある場所へと向かう。

 

「まぁ好きなようにやればいいさって話だ。俺は俺で自由にやらせてもらうからな」

 

 意気揚々と歩くジェフリーを見て、杏子はハッとした顔を浮かべると、慌てて彼の後に付いていく。

 

「そう言うことだ自由が一番ってね」

 

 そう言って邪悪な笑みを浮かべることで杏子は自分の中のモヤモヤした感情を払拭しようとしていた。

 そうして歩いていく内に結界の前へたどり着く。

 雑居ビルの裏口に入り口はあり、ジェフリーが右腕をかざすと結界内への道が開けて二人は中へと入る

 その中はまるで動物の臓物のような空間であり、腸の中を進んでいるかのような感覚に杏子は食べた物を戻してしまいそうな感覚を覚える。

 ジェフリーは足元の踏ん張りが効くかどうかを何度も確かめて突き進んでいくと、使い魔たちが二人を襲った。

 それは人間の拳骨のような形をした岩であり、その攻撃方法は至って単純な物。

 空中から地面の獲物に向かってまっすぐ突っ込むという物。

 単純な攻撃方法ではあるが、当たれば大ダメージは必須。しかし百戦錬磨の二人にこの攻撃は無意味。

 杏子は槍で襲ってくる岩の拳骨を振り払い、ジェフリーも同じように改魔のフォークで振り落した。

 そうして時折襲ってくる使い魔たちを撃退して最深部へ到着すると、お目当ての討伐対象が目に飛び込む。

 

「何だありゃ?」

 

 杏子は魔女の姿を見た途端に素っ頓狂な声を上げる。

 魔女と言うだけあって、どこかで女性的なフォルムを感じる物が多いのだが、今回の討伐対象は全くそれを感じなかったからだ。

 まず真っ先に目に飛び込んだのはライオンの頭部を模った胸部。

 まるで生きているかのように舌を出して咆哮を繰り返すライオンに目が行くが、それだけではなかった。

 右手にはヤギの頭部が付けられた槍状の武器。

 左手には蛇が螺旋状で張り付けられた盾が持たれていて、頭部と思われる部分には人間の髑髏が置かれていた。

 

「気持ち悪……」

 

 あまりに不気味なその姿に杏子は率直な感想を述べるが、ジェフリーは彼女とは違った意味で困惑をしていた。

 

(あれは『キメラ』?)

 

 自分たちの世界でいた魔物が何故この世界にいるのか分からなかったが、ただ単純によく似た魔女だという線も否定できない。

 とにかく今は魔法少女と魔女の関連性を伏せておくためにも、この事実は隠さなくてはいけないと思ったジェフリーは改魔のフォークを片手に突っ込む。

 

「お、おい待てよ!」

 

 呆気に取られていたが、ここで杏子も同じように突っ込んでいき二人はキメラに似た魔女と戦う。

 それが自分たちの務めだと分かっていたから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 最後にマミの必殺技が放たれると、魔女は跡形もなく吹っ飛んで三人の戦いは終わった。

 マミはグリーフシードを回収するとほむらに手渡す。それと同時にほむらは盾からリブロムの涙が入った小瓶を手渡す。

 物を受け取るとマミは自身のソウルジェムである花の髪飾りにかけて穢れを取ると、続いてさやかにも手渡す。

 

「私はいいですよ。今回もあまり役に立っていませんし……」

 

 だがさやかはそれを突っぱねるように返す。

 あからさまにふて腐れているさやかを見て、マミは心配そうな顔を浮かべるが、ほむらは続けて彼女にリブロムの涙を差し出す。

 

「いいから使いなさい。これは穢れに合わせて必要な分しか出ないから、遠慮は無用よ」

「いいって本当に! どうせアタシは役立たずですよ! アンタやマミさんと違ってね!」

 

 機嫌の悪いさやかはほむらを突き飛ばすことでイライラを解消しようとしていた。

 突然のことに驚き、ほむらは倒れそうになるがそれを受け止めたのはマミだった。

 これにはさすがにマミも怒り、眉尻を上げてさやかを睨む。

 

「美樹さん。さすがに今のはやりすぎよ、何をそんなに苛立っているっていうのよ?」

「いいのよ巴さん。私とコンビを組むのがさやかは気に入らないだけでしょう」

 

 ここで衝突をしたところでいいことが何もない。それはほむらに取って過去のループで十分に分かっていること。

 ほむらはマミから逃れると立ち上がって、何も言わずに崩壊していく結界から出ていこうとする。

 その背中をさやかは睨んでいたが、これは完全な八つ当たりだと踏んだマミはため息を一つつくとさやかと向かい合って話そうとする。

 

「だから何をそんなに苛立っているっていうの? 暁美さんは約束をちゃんと守ってくれているわ。キュゥべえは殺してないし、グリーフシードの保管だってちゃんとしてくれているし、その代用品であるリブロムの涙なんて素晴らしい品まで用意してくれたわ」

「リブロムの涙はジェフリーさんが用意してくれた物じゃないですか……」

「とにかく、辛いことがあるなら私に話してちょうだい。あなただって魔法少女なのよ、思い通りに行かないからって何もかもを突っぱね、否定するだけの弱い存在でもないでしょう?」

 

 諭すようなマミの言い方に次第にさやかの中で苛立ちが静まっていく。

 そしてジェフリーの言葉が脳内で再生される。

 

『弱い内は自分の弱さを認めて、誰かに頼って自分を磨くことをするんだ。自分が信じた人間だけが自分を磨き輝かせるもんなんだよ』

 

 この言葉は杏子に手も足も出ないさやかにとって希望となる言葉。

 隣には信頼できるマミが居る。その事実が彼女に勇気を取り戻させ、暗い気持ちが晴れやかになる感覚を覚えた。

 表情を見て生気が戻ったのを見ると、マミは自分が与えてもらった分のリブロムの涙が入った小瓶を差し出す。

 

「帰ったらお茶会にしましょう。暁美さんも誘ってね」

「そうですね。杏子って奴がまた最低なことをやってね。聞いてくれます?」

「ええ。それは私の義務だから……」

 

 マミの優しい笑顔を見ると、さやかはちょっと頼りない笑顔を浮かべてリブロムの涙を自分の腹部に付着しているソウルジェムへとかける。

 穢れが空へと消えたのを見ると、二人は並んで結界から出ていく。

 楽しいお茶会のために。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 結界の外はビルに囲まれた路地裏であり、そこでもほむらはビルの壁に背中を預け、すました顔を浮かべながら変身を解かずに二人を待っていた。

 

「呆れた。まだその格好でいたの?」

 

 声と共にさやかが先に現れ、続いてマミも現れる。

 二人の無事が確認できたのを見るとほむらは改めてさやかのソウルジェムを見る。

 穢れが完全に浄化されているのを見ると、小さく頷いて変身を解いて一人その場を去ろうとするが、マミに呼び止められる。

 

「待って暁美さん。これから美樹さんとお茶会をするの。あなたも来てちょうだい」

「いいの? 私がいたら、さやかが楽しめられないでしょう?」

「今まどかにメールしているからさ。まどかが一緒ならアンタもいいでしょ?」

 

 さやかの声色が先程よりも弱弱しい物になっていることからほむらは感じた。

 自分に対して彼女が罪悪感を抱いていることを。

 ひとまず話が出来る状態にはなった。ジェフリーの言う通り、今は連携を少しでも高めなければいけない状態。

 ほむらは髪をかき上げながら振り返ると、変身を解いてまどかにメールを送っているさやかと、同じように変身を解いてそれを見守るマミの元へと向かう。

 

「そうね。皆が良ければ……」

 

 その瞬間にほむらは肌が焼けつくような感覚を覚え、即座に変身をすると振り返る。

 その白い影は目に見えないスピードで突っ込んでいくと、手を振りかざして辺りを炎で包みこんだ。

 

「何これ⁉」

「誰なのよ!」

 

 マミとさやかはパニック状態になりながらも、熱気で痛む肌に耐えながら懐から各々のソウルジェムを取り出して変身しようとする。

 

「その瞬間を待っていたわ!」

 

 しっかりと握られていないソウルジェムを声の主は奪い取ると、ビルの壁を三角飛びの要領で飛び上って立ち去る。

 

「ちょっと!」

「何をするの……」

 

 さやかとマミは取り戻そうと手を伸ばすが、ソウルジェムは100メートル肉体から離れると肉体とのリンクが途切れる。

 二人は物言わぬ死体となって横たわっていて、このイレギュラーな事態に慌ててほむらは目で人影を追いながら同じ方向に飛び上る。

 脚力だけに魔法を全て注ぎ込み人影を見失わないように追ったが、対象は無人の野球場へと到着すると、そこで歩みを止めていた。まるでほむらを待っていたかのように。

 

「意外と早かったわね」

 

 ソウルジェムを奪った犯人の正体が目に飛び込む。

 白いドレスのようなゴスロリ調の法衣に身を包み、長い髪をポニーテールでまとめた少女は邪悪な笑みを浮かべながら二人のソウルジェムを手の中で弄んでいた。

 そんな少女に向かってほむらはサブマシンガンを突きつける。

 険しい表情を浮かべながら、警告するように話しだす。

 

「その手にある物を離しなさい。それはあなたが手にしていい資格はないわ」

「い・や・よ。こんな美しい宝石手放したくなんてないわ」

 

 その恍惚に満ちた顔を見てほむらは悟った。この少女との話し合いは不可能だと。

 表情を冷淡な物に変えると威嚇の姿勢を崩さないまま、少しずつ距離を詰める。

 

「そう……ソウルジェム集めなんて下らない目的であなたは魔法少女になったのね。愚かね……」

「そんな理由じゃないわ。ただ魔法少女になったら、こんな美しい物が体から現れるのよ。集めたくなったから集めた。ただそれだけよ」

「あなたはどこまで愚かなの……」

 

 引き金を引く手が強まるが、それを精一杯食い止める。

 相手はソウルジェムを持っているので迂闊に打てば、彼女たちのソウルジェムを傷つけて破壊してしまう可能性だってある。

 相手の出方が分からない以上、慎重すぎるぐらいが丁度いいと踏んだほむらは何とか情報を得ようと時間を長引かせようとする。

 

「私に殺される前に名前だけ名乗りなさい。愚か者の代表として覚えておいてあげるわ」

「双樹あやせよ。あなたは?」

「暁美ほむら。よく覚えておきなさい。あなたの人生の幕引きを行う執行者の名前よ」

 

 平静を装うとしているが、ほむらの内心はパニック状態であった。

 過去をいくら振り返っても、ソウルジェムを集める魔法少女『双樹あやせ』などと言う魔法少女との接触はなかったからだ。

 どう戦っていいか分からないほむらは手に汗がにじみ出る。

 その焦りを察知したあやせはまっすぐほむらに向かって突っ込むとブレードを召喚して、そこから炎を発生させる。

 

「アヴィーソ・デルスティオーネ!」

 

 行動が間に合わないほむらは瞬く間に炎に包まれ、悲痛な叫び声を上げながら倒れていく、人影は激しい炎に飲まれながら前のめりに倒れていく。

 自分の必殺技が華麗に決まったのを見ると、倒れて動かないほむらだった物にゆっくりと近づくとソウルジェムを回収しようと仰向けにする。

 だがその瞬間に違和感を覚えた。

 左手の甲にあるはずのソウルジェムはなく、火傷というよりは岩肌のようにゴツゴツした手触りは人間の物ではないとあやせは判断した。

 

「もしかして……」

 

 仮説を立てようとした時には行動は間に合っていなかった。

 ほむらと思われる存在は勢いよく飛びかかってあやせの首を絞めて動きを止めた。

 首を絞められる苦しみに加えて、凄まじいパワーを持つほむらの偽物にあやせは成すすべなくそのまま地面に膝を突く形となった。

 

「これはデコイ……」

「いいえ。炎魔人の心臓から作り出されるゴーレムよ」

 

 少女の声は地中から聞こえ、ほむらはゴーレムがあやせを抑え込んでいるのを見ると地中から姿を現す。

 ゴーレムを召喚すると同時に出来た亀裂の間に潜りこんだほむら。完全に虚を突かれたあやせは成すすべなく突っ伏されると、ほむらは相変わらずの冷淡な眼差しをあやせに浴びせながら語り出す。

 

「人の命を奪うような真似をしたのよ。奪われる覚悟も当然あるんでしょうね?」

 

 ほむらの質問に対するあやせの返答はただ口角を上げるだけの笑みを見せるだけ。

 それはほむらを行動に移すには十分な物であり、彼女は何も言わずにゴーレムにテレパシーで命令を送ると羽交い絞めの状態にさせる。

 

「これが愚か者に相応しい結末よ」

 

 左胸に装着されているソウルジェムを強引に引きはがすと、ほむらは遥か後方に向かって力の限りに投げ飛ばす。

 100メートルを超えると肉体はリンクを失い、あやせの目から光が消えその首は力なくうなだれた。

 完全に死んだのを確認するとほむらはゴーレムに消えるよう命令をする。

 本来の使い方とは違い、自分と同じぐらいの大きさに召喚する応用は思っていた以上に魔力を消費し、少し濁っている自身のソウルジェムを見ると早く事を済ませなくてはと思い、死体の懐を探る。

 

「早く二人に返さないと……」

「これは私の物よ」

 

 懐をまさぐっている途中で声が響く。

 反応しようとした瞬間には遅く、ほむらの胸はブレードで貫かれて貫通していた。

 ダメージの深い攻撃にほむらは何もすることが出来ず、後方に尻もちをつくと驚愕の表情を浮かべながら、目の前にいるあやせだった物を見る。

 ゴスロリ調の白いドレスは、真紅の和服のようなドレスに変わっていて、放り投げたはずのソウルジェムが右胸に装填されていた。

 何が何だか分からないと言う顔を浮かべながら血を吐くほむらは完全にパニック状態になっていた。

 

「そんな何で……」

「最後だから教えてあげるわ、私の名前は双樹ルカ、あやせとは別の人格よ」

「二重人格⁉」

 

 ルカは自分の秘密をほむらに教えると、勝ち誇った笑みを浮かべながらブレードをうずくまるほむらの前に突き出す。

 反撃をしようとするが、腕に力が入らずほむらはグリーフシードを震える手で取り出すが、それはルカにブレードで弾かれた。

 

「安心して魔法少女の本体はソウルジェム。あなたの首を落としてから、ゆっくりと綺麗にして回収するから!」

 

 叫びと共にうなだれるほむらの首に向かってブレードをルカは振り抜く。

 ほむらは咄嗟に炎魔人の心臓を埋め込んで命令を送る。

 轟音と共に再びゴーレムが現れ、首に放たれたブレードを受け止めると咆哮を上げながら、ルカに向かってブレス攻撃を放つ。

 

「カーゾ・フレッド!」

 

 炎のブレス攻撃に対してルカが放ったのは氷の槍の連撃。

 炎のゴーレムは瞬く間に氷漬けにされて、その体には無数のヒビが入り崩壊しそうになっていた。

 

「そんな……攻撃方法まで変わるなんて……」

 

 真っ赤なゴーレムが氷漬けにされて身動きが取れなくなったのを見ると、ほむらは呆然とした顔を浮かべていた。

 あまりにイレギュラーな事態の多い双樹あやせ、ルカの二人に思考はパニック状態になったほむらは行動が追い付かないでいた。

 

「ああああああああああああああああ!」

「ついにおかしくなったのね」

 

 悲痛な叫びで勝利を確信したルカはゴーレムを飛び越え、頭を抱えてうずくまっているほむらの前に立つと改めてブレードを振り下ろす。

 

「その首もらった!」

「この時を待っていたわ……」

 

 ルカの意識が完全にほむらに向けられた時、彼女の口元は邪悪に歪む。

 次の瞬間、氷漬けにされて身動きが取れなくなっていたゴーレムが轟音と共に派手に崩壊していき崩れ去った。

 

「炎は氷に弱い。定説ね、これは」

「まだ炎は消えてないわよ」

 

 ほむらの言葉の意味が分からず、ルカは困惑の表情を浮かべていたが、次の瞬間バラバラになった破片たちは各々小さな6体のゴーレムに姿を変えて、一斉にルカを襲った。

 

「な⁉ 何よこれ⁉」

 

 突然のことに反応が間に合わず、乱暴にブレードを振るうだけの攻撃は無意味な物であり、ゴーレムたちはルカの体によじ登って攻撃を開始する。

 がら空きになっているルカのみぞおちにパンチを放つ者。

 首元に噛みついて頸動脈を掻っ切ろうとする者。

 ブレス攻撃を放ち、質の悪い焼肉を作ろうとする者と多々居たが、皆意思は同じ、ルカを亡き者にしようという物。

 細かく複数で襲ってくる攻撃の数々にルカは対抗策が見つからず、手足をみっともなくバタバタと動かすだけだった。

 ほむらも参戦したかったが、魔人の連続召喚と精神的な疲労から思っていた以上に魔力を消費してしまい、グリーフシードによる魔力の回復を行っていて、ルカにとどめをさせないでいた。

 回復の間頭の中で今回の作戦を復唱する。

 敗北を認める悲痛な叫びに見せかけて『野犬の喉笛』を発動させ、ゴーレムを小型に変える連携魔法を発動させた。

 思っていた通り自分でも初めての魔法は、ルカも対処が追い付かずに困惑するばかり、目の前で傷が増えていき、回復が追い付かないルカを見てあとはトドメを刺すだけだと判断したほむらは完全に回復したのを見ると、立ち上がって盾から小太刀を取り出すと飛び上って、新たに出現した右胸のソウルジェムに向かって振り下ろす。

 

「これで終わりよ!」

「ふざけるなあああああああああ!」

 

 怒りに任せたルカの叫びは彼女の周囲を吹雪で覆い、円筒状に放たれた吹雪はほむらを吹き飛ばしフェンスにまでその体を直撃させた。

 二人のソウルジェムの安否もあるので遠距離型の魔法を使えば巻き添えで破壊してしまう恐れもある。

 もう一度未だに竜巻のようにその場にとどまっている吹雪に突っ込もうとしたが、ほむらが到着した頃には吹雪は消え、中心に居るはずのルカの姿はなかった。

 まさかと思い、ほむらは投げ飛ばしたあやせのソウルジェムがある方向へと走る。

 草むらを探してもそれらしい物はどこにも見当たらず、すがるような気持ちでほむらは心眼を発動させた。

 魔力の残照が残っているらしく、光っている場所をよく見るとソウルジェム大のくぼみが丁度あり、ほむら自身のと組み合わせて置いてみるとピッタリはまった。

 

「あれは攻撃ではなく、逃げるための手段だったのね……」

 

 まさかただ逃げるだけであそこまで強力な魔法を発動するとは思えず、ほむらは手を地面に置いて突っ伏す形となってしまう。

 こんな形でマミやさやかを失うとはと悲壮感に苛まれていると、とてとてと情けない足音が響く。

 

「あなたたち……」

 

 足音の主は咆哮魔法によって小さくなったゴーレムたちだった。4体の小さなゴーレムは中央にある物を守るように円陣を組んでいて、主人であるほむらの前に立つと円陣を解除する。

 そこにあったのはマミとさやかのソウルジェム、ゴーレムたちは猛吹雪の中精一杯の力で二人のソウルジェムを回収し、主人の元に届けると満足そうに口元を笑わせながら地面へと消えていった。

 元の炎魔人の心臓が地面に置かれると、ほむらはそれを盾の中に回収し、同じように二人のソウルジェムも中に入れた。

 

「ありがとう……本当にありがとう……」

 

 震える声でほむらは言う。

 それはゴーレムに向けられた物なのか、供物を与えてくれたジェフリーに向けられた物なのかは分からない。

 だが今だけは二人の無事を喜ぼうと、二人が居る路地裏へと向かった。

 だがその際ほむらは気づいていなかった。

 持っている炎魔人の心臓が一回り小さいことに、二体足りないことに。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 路地裏に到着するとほむらは彼女たちの胸にソウルジェムを置く。

 肉体とのリンクに成功したのか、一しきり輝くと二人は静かに目を開ける。

 だがその表情に晴れやかさは二人ともなかった。何が何だ分からないと言った顔で二人は黙ってほむらを見つめた。

 

「詳しいことはキュゥべえに聞いてちょうだい」

 

 それだけ言うとほむらはその場を後にして去っていく。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

「暁美さん!」

「ごめんなさい。今の私にはそれしか言えないわ……」

 

 さやかとマミの悲痛な叫びを聞くと、これまでの辛い記憶がほむらの中で蘇る。

 ここまで順調に行っていたのに、ソウルジェムの秘密を知られてしまったことはほむらに取って痛手だった。

 叫び続ける二人から逃げるようにほむらはその場を後にした。

 今は少しでも早くジェフリーにこの事を報告したい。それだけを心の拠り所にして。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 あやせのソウルジェムを回収したルカはダメージが酷いため、体をあやせに戻して意識内で話していた。

 

『あやせ。あの暁美ほむらの奴、絶対許せないよね?』

「当然よルカ。こうなったら意地よ。あの女のソウルジェム絶対に頂くわ」

 

 あやせの手には二体のゴーレムを奪い取り、元の姿に戻った小さな炎魔人の心臓があった。

 算段があやせにはあった。ほむらにも出来たのだから自分にも出来ない事はない。彼女の心は憎悪と復讐心だけで一杯になっていて、炎魔人の心臓を持ちながら意識内のルカに向かって話しかける。

 

「今度は二人で行くわよ。ルカ」

『そうよ私たちは最強の魔法少女よ。全てのソウルジェムをこの手に収めるのよ!』

「前に進むためには暁美ほむらを殺すこと!」

『あの女だけは絶対に許さない。私たちを苦しめるなら、私たちが殺すまで!』

 

 二人は復讐心を燃やしながらビルとビルの屋上の間を飛んでいき、消えていった。

 復讐の機会を待ちながら。




憎しみの芽は待っていた。開花する、その時を。





と言う訳で今回は双樹姉妹をほむらにぶつけた訳ですが、それとは別に杏子とジェフリーにはキメラと戦ってもらうことにしました。

原作でのキメラは父親のイエスマンになってしまったがために、魔物になってしまったので、杏子とはどこか似たような部分があると思ってぶつけてみました。

次回はキメラを模した魔女とジェフリー、杏子組の戦闘になります。

次も頑張りますのでよろしくお願いします。

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