魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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それは新たなる絆の物語


第十三話 赤き狩人との共闘

 杏子が見滝原に来てから三日の時が流れた。

 学校が終わったほむらはまっすぐ家へと向かい、この日もジェフリーとミーティングに励んでいた。

 議題は杏子の参戦の件についてだ。

 今のところは派手な接触はないが、さやかとの衝突に関して油断は出来ない。

 常に一触即発の状態であると同時に絆が深まれば深まるほど、杏子はさやかのためにその身を投げ出す可能性が高い。

 その辺りを重点的にほむらはジェフリーと話をしていたが、ここでジェフリーはハッとした顔を浮かべる。

 

「何?」

「そうか。ワルプルギスの夜のこともあったな……」

 

 本来の目的がワルプルギスの夜の討伐への参戦だということを思い出すと、ジェフリーはバツの悪そうな表情を浮かべた。

 まさかとは思いながらも、ほむらは恐る恐るジェフリーに尋ねる。

 

「まさかとは思うけどジェフリー。あなた話していないの?」

「ああ。すっかり忘れていた」

「それじゃ何の意味もないでしょ!」

 

 本末転倒なジェフリーに激怒したほむらは立ち上がると彼の手を取って、ドアを開けて外へと出ていく。

 

「どこへ行く?」

「統計学的に今の時間帯杏子がいるゲームセンターよ!」

 

 それだけ言うとほむらは進撃していく。

 これ以上怒らせるのは得策ではないと判断したジェフリーは、黙って彼女に手を引かれてゲームセンターへと向かっていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 様々な光が点滅し、自然の物ではない機械音が豪雨のように降り注ぐ異様な空間。

 それがジェフリーがゲームセンターを見て初めて思った感想。

 魔女の結界と大差ないと思いながら警戒心を最大限に高めて進んでいくジェフリーに構わず、ほむらは中央にある体感ゲームで躍っている杏子の後ろに立つ。

 足元にあるパネルを踏んでダンスを踊るように楽しんでいる杏子。ハイスコアを更新させると後ろに立っているほむらとジェフリーの方に振り向く。

 

「何の用だ? イレギュラーども?」

 

 ハイスコアを更新出来たことから機嫌の良い杏子は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、二人の応対に当たる。

 まずは初対面のほむらから話しだそうと、彼女は一歩前に出て杏子と向き合って話そうとする。

 

「はじめましてね。佐倉杏子、私は暁美ほむら……」

「自己紹介は必要ない。アタシとお前は敵同士なんだからな」

 

 突っぱねるように言い放つと、杏子はそのまま体感ゲームからから降りようとするが、それをほむらは手を突き出して止める。

 

「何?」

「少なくとも私はあなたと敵対するつもりはないわ。美樹さやかと違ってね」

「ストーカーが趣味かな?」

 

 敵意は未だに薄れることはなく、見下したような笑みを浮かべながら杏子はほむらと接する。

 だがほむらもまた表情を変えることなく、杏子と向かい合っていていたが、ギャラリーが体感ゲームを待っているのを見ると、杏子は舌打ちをしてゲーム機から降りる。

 

「場所を変えるぞ」

 

 短く一言言うと、何も言わずに杏子は歩き出し、二人はそれについていく。

 ジェフリーは内心安心していた。こんな騒がしい場所で落ち着いた話し合いなど出来ないから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 近くにあるファミレスへと場所を移すと、三人はドリンクバーを注文して、杏子はコーラ、ほむらは紅茶、ジェフリーは水を目の前に置いて話を進めていた。

 

「それで何が目的だストーカー?」

「暁美ほむらよ。ほむらでいいわ」

「名前覚えて欲しいのなら、それ相応の誠意を見せないとな。アタシに取って価値のある存在ってのを見せないとな」

 

 利己的な杏子らしい発言であり、相変わらずの邪悪な笑みを浮かべながら杏子はコーラをがぶ飲みする。

 ほむらの方は無表情を貫いて杏子と接しようとする。

 

「単刀直入に言うわ。こうしてあなたと接触を試みたのはあなたに頼みたいことがあるからなのよ」

「どんな魔女を倒してもらいたいってんだ?」

 

 魔法少女同士で頼み事と言えば、それぐらいしかないと踏んだ杏子は言うが、ほむらは一呼吸置いた後に語り出す。

 

「超ド級の魔女、ワルプルギスの夜よ」

 

 ワルプルギスの夜と聞いて、杏子は青ざめた顔を浮かべてしまう。

 その存在は全ての魔女を凌駕する実力を持ち、単体での魔法少女では歯が立たない存在。

 ゆえにそれを撃退することが出来れば、他の魔女も一気に存在が消え、事実上そいつを倒しさえすれば全ての魔女を撃退出来ると言ってもいい存在。

 噂でしか聞いたことない存在が本当に現れるのかと驚きはしたが、杏子はすぐにほむらを睨み付けると堂々と発言をする。

 

「断る!」

「どうして?」

「んなもんに義理立てする理由なんてどこにもねぇ! やりたきゃテメェらだけでやれ!」

「見滝原はあなたにとっても良質な狩場のはずよ。ワルプルギスの夜によって破壊されたら、あなたにとってもグリーフシードの確保に手間取るんじゃないかしら?」

 

 もっともな意見をほむらは提示するが、それに関しても杏子は全く動じず持論を語り出す。

 

「それだったら他のところに行くだけだけだ! 危険を冒してまで戦う価値はワルプルギスの夜には無い!」

――ここで逃げて皆に死なれたら絶対後悔するよ……

 

 また最近悩まされている幻聴が杏子の中で響く。

 杏子はこの幻聴に対して眉間にしわを寄せて空を睨んで思い切り叫ぶ。

 

「うぜぇこと抜かしてんじゃないぞ! 誰が後悔なんかするか!」

「誰と話をしているの?」

 

 ほむらは突然叫ぶ杏子を心配そうに見る。

 杏子自身もその存在が確認出来ないのは分かっているので、舌打ちをすると再びコーラをがぶ飲みして心を落ち着かせようとする。

 だが今だに怒りが収まらない杏子は、その怒りを二人にぶつけるのと同時に幻聴に対して自分の意思をアピールするかのように叫ぶ。

 

「正義の味方ごっこならお前らだけでやれ! アタシはアタシに取って値打ちのある行動しかやらない。自分のための戦いしかやらないって決めたんだよ!」

「それならある……」

 

 ここで今までだんまりを決め込んでいたジェフリーが興奮しきっている杏子に対して諭すように話すと、ゆっくりとほむらの方を見ながら語り出す。

 

「確か魔女を倒せばグリーフシードが手に入るんだろ?」

「ええ……」

「何を今さら分かりきったことを……」

 

 それはどんな魔女でも同じように平等に発生するルール。

 ソウルジェムとグリーフシードは表裏一体の存在。

 絶望しきった魔法少女はソウルジェムを失い、グリーフシードへとその本体を変貌させて魔女へと変わる。

 ほむらも杏子もなぜ今さらそんなことを言うのかと思っていたが、その事実を確認するとジェフリーは淡々と語り出す。

 

「強い魔女ならグリーフシードの許容量も多いんだろうな……俺も経験があるからよく分かる。だから……ワルプルギスの夜を倒せば、それこそ超ド級のグリーフシードが手に入るんじゃないのか?」

 

 憶測の話ではあるが、決してありえない話ではない。

 ほむらも今まで気付かなかった事実にハッとした顔を浮かべた。

 今までまともに倒せたことがないので、その事実が見えなくなっていたのだが可能性は十分にあり得る。

 超ド級のグリーフシードがどのような物かは分からないが、それは杏子に冷静さを取り戻させるには十分な情報だった。

 

「超ド級のグリーフシードか、それを言われるとな……」

 

 先程まで参戦の意思は全くない杏子だったが、応酬を聞くと迷いが生じた。

 グリーフシードの確保は魔法少女に取って死活問題。超ド級のそれが手に入れば問題が一つ解決したとなる。

 

――変わるなら今だよ……これはチャンスなんだよ、もう一回あなたを見てくれる、かけがえのない人を作るためのね……

 

 幻聴がまた説教じみた発言をするが、今の杏子にそれに対して噛みつく余裕はなかった。

 どこかで幻聴の言うことに共鳴したのか、杏子はほむらを相手にコンタクトを取ろうとする。

 

「ほむらとか言ったか?」

「何かしら?」

「もし仮にワルプルギスの夜を倒すことが出来たら、分け前の問題とかはどうなるんだ? アタシ一人って訳じゃないだろ?」

「今のところ、私の他に巴マミの参戦は決まっているわ。美樹さやかにも出てもらいたいけど、その交渉はこれから行うつもりよ」

 

 マミとさやかの名前を聞くと杏子は再び不機嫌そうな顔になるが、今はそんな事に構っている暇は無い。

 グリーフシードの確保を第一に考えた場合、自分が取る行動で何が一番ベストなのかを考えた結果、杏子の中で一つの結論が出る。

 

「一つだけ約束をしろ」

「何かしら?」

「例えアタシがワルプルギスの夜の討伐に役立ったなかったとしても、生き残って討伐に成功すれば、超ド級のグリーフシードはアタシの分の分け前はちゃんともらうぞ」

 

 杏子の要望に対してほむらは小さく首を縦に振る。

 元々ほむらの目的は超ド級のグリーフシードではない、まどかが魔法少女になるのを阻止して、ワルプルギスの夜を倒し、魔女の出現率を圧倒的に低くさせることが目的だ。

 これで杏子の参戦も前向きになったと判断するが、杏子は立て続けに語る。

 

「それともう一つある。お前らがアタシと肩並べて戦えるかどうかの実力があるかどうか見極めさせてもらうぞ。素人に足を引っ張られるのはゴメンなんだよ!」

「それは美樹さやかを除隊しろということかしら?」

 

 杏子が言う素人をさやかだと判断したほむらは淡々と話を進めるが、杏子は小さく首を横に振る。

 

「その辺りの教育はお前らがやれ。アタシはそんなもんに興味はない。それよりもだ……」

 

 値踏みをするような視線はジェフリーへと向けられた。

 睨み付ける杏子の視線にもジェフリーは全く動じず、堂々と腕を組んで彼女を見据えた。

 そんな彼の手を掴むと杏子は三人分の代金をテーブルの上に置いて店を後にする。

 

「お前以上によく分からない存在のこいつの算段が先だ!」

 

 物騒な事を言って杏子はその場を後にしていった。

 一人きりになったほむらは会計を済ませて店から出ると同時にメールが届く、相手はマミだ。

 

『暁美さん。新しい魔女の結界が見つかったわ。美樹さんも一緒よ、あなたも協力してちょうだい』

 

 やることもなくなったのでほむらはさやかの監視に回ろうと思い、一言『了解』と簡素なメールを送ると、ほむらは指定された場所へと向かう。

 今は自分のやるべきことをやろうと心に決めて。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ジェフリーを後ろに引き連れ、杏子は先導を取って歩いていた。

 目的地に到着するまでは時間があり、その間ずっとだんまりで歩くのも苦痛だと思った杏子はジェフリーに話しかける。

 

「しかしお前何者なんだマジで?」

「どう言うことだ?」

「グリーフシードの代わりになる水もそうだしな。お前には分からないことが多すぎる。それを確かめるために連れだしたってのもあるがな」

 

 もっともな意見だがジェフリーは相変わらずの無表情を貫いたまま、歩を進めていた。

 語るには色々と情報が多すぎる。異世界から来た自分が自分のことを語るとなると、一晩あっても足りないからだ。

 だが杏子の性格を考えれば、それが通用するはずもないのは分かっている。

 少し考えた後、ジェフリーはゆっくりと語り出す。

 

「お前が信じる気があるなら、話して……」

「待て、やっぱいい」

 

 ジェフリーが話しだそうとした時、杏子は手を突き出して彼の話を止める。

 目的地に到着したからだ。

 杏子は玄関をくぐるように魔女の結界内へと入って行き、ジェフリーもそれに続いた。

 結界内は白一色の背景にスピードメーターが付いた物であり、杏子は襲ってくる体にパイプが付いた使い魔たちを槍で薙ぎ払いながら、魔女を目指したが平衡感覚の掴めない空間から、中々思うようにいかないでいた。

 

「こっちだ」

 

 見かねたジェフリーが走って行くのを見て、杏子も後に続く。

 その間も使い魔は迷惑な爆音と排気ガスをばら撒きながら突っ込んでいくが、ジェフリーはそれを改魔のフォークでなぎ倒しながら歩を進めた。

 突き進んでいる間、杏子は倒された使い魔を見る。

 炎の攻撃は排気ガスをまき散らす使い魔に対して効果は抜群であり、炎に包まれながら瞬く間に消滅する使い魔を見て、冷静さと高い魔力を持ち合わせていることが分かった。

 それは以前の自分との戦いでも分かっていたことだが、魔法少女との戦いと魔女との戦いでは別物。

 決して本番になって萎縮する弱さはないと解釈した杏子は引き続き、ジェフリーの背中を追うが、彼は突然走るのを止めて、前方を指さす。

 

「到着だ」

 

 そう言って指さした先にあったのは、全身を白銀で覆われ、まるでバイクに手足が生えたようなデザインの魔女だった。

 魔女は侵入者に気づくと足をバタバタと動かしながら突っ込んでいくが、重心が悪くスピードのない突進は百戦錬磨の二人に取っては格好の的。

 お互いに左右に飛んで攻撃をかわすと、杏子は槍を突き立てて上空から突進し、ジェフリーも同じように槍を召喚して杏子と同じように魔女に向かって突き刺す。

 

「お前も槍を使うのかよ⁉」

 

 てっきり剣のような近接戦闘型だと思っていた杏子は槍を使うジェフリーに驚く。

 『憑依者の豪槍(改)』の調子を確かめながら、ジェフリーは淡々と語る。

 

「この場合お前に合わせるのがベストだからな。それよりまだ終わってないぞ」

 

 槍を突き刺したまま二人は話し合っていたが、その間も魔女は刺さった槍の攻撃から逃れようと体をよじらせていた。

 更に深く槍を突き刺したい杏子だったが、振動に耐えきれず一旦槍を離してその場から逃れて着地すると新たに槍を召喚する。

 

「オイ、お前も逃げろ! 意地張ったところで得るものはないぞ!」

「心配は無用だ」

 

 乱暴な杏子の口ぶりも気にせず、ジェフリーは槍を持ったまま魔力を込めると穂先が魔力に反応する。

 敵を食らうかのように穂先は蛇のようにしなって内部を貫いていき、魔女の悲痛な叫びと共に貫通していく。

 魔女の動きが止まったと同時にジェフリーは飛び上って杏子の隣に立つ。

 討伐対象の様子を心眼で確認するジェフリーだが、杏子は彼の手腕に圧倒されるばかりであった。

 

「中々エグイ獲物を使うなお前……」

「その辺りの感想は後だ。来るぜ」

 

 指差した先にいたのは咆哮を上げながら、体を折りたたむ魔女の姿であった。

 全体的に体の高さを低くさせ、タイヤを前面に持っていき、後面にもタイヤが飛び出て、配管から排気ガスをまき散らせるその姿はバイクと呼ぶにふさわしい姿。

 魔女は防御力を犠牲にすることで、攻撃力と機動力に特化したバイクの形態になって二人に向かって突っ込む。

 この突進攻撃を二人は各々左右に飛び上ってかわし、魔女は壁に向かって激突するが、すぐに方向転換をして今度は上空で無防備になっている杏子に向かって突っ込む。

 

(やば……)

 

 防御が苦手な杏子にとってこの攻撃をかわす術が思いつかず、苦し紛れに槍を横に持って防ごうとするが虚しい抵抗。

 瞬く間に槍は粉砕していき、魔女の体は杏子の体にのしかかり、そのまま重力に任せて押しつぶそうとしていた。

 

(アタシ死ぬのか……)

 

 見るからに超重量級の魔女がのしかかれば、さすがに生き延びられる自信はない。

 何も考えられずに杏子は静かに目を閉じたが、次の瞬間目に飛び込んできたのは目の隙間から見える眩いばかりの光、そして耳に届いたのは重い物が宙から地面に落ちたような轟音。

 何事かと思い目を開いて、辺りを見回すとジェフリーが槍を伸ばして穂先を魔女に食いつかせ、釣りのように一本釣りで持ちあげて地面へと引きずり込んでいた光景だった。

 ジェフリーは魔女が起き上がるまで待ち、魔女が起き上がってジェフリーに対して敵意を見せつけるように排気ガスをまき散らしているのを見ると、ジェフリーは指を自分の方に動かして魔女を挑発した。

 

「お前の相手は俺だ。かかってこい! 銀の魔女『Gisela』!」

 

 ギーゼラはジェフリーの挑発を受けると排気ガスをばら撒きながら、彼に向かって突っ込むが、ジェフリーは氷細工の蓋(改)を発動させると、攻撃を盾で受け止めて足を踏ん張って突進を止めた。

 

「杏子手伝ってくれ!」

 

 突然呼ばれて杏子は驚くが体を空中で回転させて、地面に着地してギーゼラを見ると、それは体から黒煙を発しながら力なくうなだれていて、突進を止められたことで予想以上のダメージが魔女にあったのが分かる。

 動きが完全に止まったギーゼラを前に好機と踏んだ杏子は可能な限り槍を召喚すると、片っ端から投げつけていく。

 まるで矢でも放つかのような連撃を放つ杏子に高い性能を感じ取ったジェフリーは口元を軽く歪ませていたが、すぐに盾へと伝わる衝撃が彼を現実へと引き戻す。

 ギーゼラは排気ガスをまき散らせながら、後輪を回転させて力任せにジェフリーを引き殺そうとしたが、ジェフリーは口元を邪悪に歪ませると盾を解除してバックステップで後方へと飛ぶ。

 

「バカ! そんなことしたら轢き殺されるだろ!」

 

 杏子の叫びも空しく障害物がなくなったギーゼラは前輪と後輪を全開に回してジェフリーに向かって突っ込む。

 そのスピードに対処することが出来ず、ジェフリーはその場から一歩も動けないでいたが彼に絶望の表情はなかった。むしろ勝ち誇ったような余裕の笑みを浮かべていた。

 

「気分がいいものだな杏子。相手が自分の策略に見事に引っかかってくれた時ってのはな」

「は?」

 

 ジェフリーが何を言っているの分からず、杏子は威圧的な声を上げるがその意味は目の前に広がる光景で分かった。

 ギーゼラの体は前のめりに倒れていき、その体は地面へと埋まっていく。

 後輪を回転させて逃れようとするが虚しい努力であり、ギーゼラの体は紫色の毒の沼地へと引きずり込まれていく。

 

「これは?」

「動きを止めている間、大量に『毒の布(改)』を後方に張っておいたのさ。電気で動こうが馬車は馬車だ。足場の悪いところを猛スピードで突っ込めば自滅するって訳だ」

 

 これがジェフリーの魔法の特性なのだろう。魔法少女とは違う存在なのは分かっているが、ここまで多彩な魔法を使いこなせることが出来るジェフリーに杏子は圧倒されていた。

 だがそんな気持ちは地面から聞こえた悲鳴によってかき消される。

 毒の布から這い上がってきたのはギーゼラだったが、その体には植物のつたが絡まっていた。

 予め『毒の球根(改)』を仕込んでおき、それが開花したためギーゼラの体は植物の成長に巻き込まれて絡みとられていた。

 金属が軋む嫌な音が響き渡る。それはギーゼラの精一杯の抵抗。

 だが植物の力は金属の抵抗を遥かに上回る物。

 派手な轟音が響くと同時に、開花したハエトリグサはギーゼラの体を砕き、その体を四散させた。

 最後飛んでくる頭部がドロドロに崩壊してコアの部分になったのをジェフリーは見逃さず、地面に着地する前に生贄にしてその魂を右腕に宿す。

 ギーゼラを完全に撃退したのを見ると結界が崩壊していくのが見える。

 ジェフリーは脱出しようとするが、魔女が倒した時に与えてくれる応酬を拾うとそれを杏子に投げつける。

 

「俺はいらないからな。行くぞ」

「あ、ああ……」

 

 グリーフシードを受け取ると杏子はジェフリーの後に続く。

 その間、圧倒されたのかずっと杏子は無言であった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ギーゼラの討伐が終わり、ジェフリーは近くの公園にあるベンチに腰を下ろしてボンヤリと景色を眺めていた。

 その隣に杏子も座り買ってきたコーラを飲むが、何も言わないジェフリーに対して居心地の悪さを覚えたのか、杏子は話を振る。

 

「よく一人でしかも無傷で撃退出来たな……」

 

 今回のギーゼラの討伐で杏子は自分が役立たなかったということをよく理解している。

 ほとんど一人で中々の高レベル魔女を撃退したのを見て、悔しいが彼の実力を認めざるを得ないと思った杏子なりの祝福の言葉なのだろう。

 だがジェフリーは手を前に突き出すと謙遜の言葉を語る。

 

「同行者が優秀だったからだよ。俺はいつも優秀な相棒に助けられてばかりだ……」

「何だよそれ……」

 

 そう言ってジェフリーの脳裏に思い浮かぶ自分と共闘した様々な魔法使いたち。

 自分なりに世直しをしようと金欲の塊のような魔法使い、魔物に育てられながらも人として生きようとした魔法使い、恋人のため戦った魔法使いと様々な思い出が交錯するが、突然頬に伝う冷たい感覚にジェフリーの意識は現実に戻される。

 横を向くとコーラの缶を持った杏子が不機嫌そうにこちらを眺めていた。

 

「自分の世界に入ってんじゃねーよ。アタシなんて今回何もしてないじゃないか!」

「そんなことはない。ギーゼラの注意が一瞬お前に向かなければ、俺は策を練る時間もないし、何よりあの槍の連打は素晴らしい物があった。瞬発力と剛力の二つが兼ね備わっていたと感じたな」

 

 その言葉は嘘偽りのない真実だと杏子は感じた。

 だがそれでも杏子が不機嫌なことに変わりはない。成果が上げられなかったから拗ねると言う自分でも子供じみた感情に囚われるのが情けないと思いながらも、引き続き彼女はジェフリーに噛みつく。

 

「そんなおべっかで騙されると思ってんのか⁉ アタシは今回いいところなしだったんだぞ! 罵るのが普通だろうがよ。役立たずってよ!」

「言っておくが俺は過去に魔法が使えない相手ともコンビを組まされ、手柄を全てそいつに奪われたこともあるぜ。それを守りながらの戦いってのは中々にきつかったからな。それに比べればお前は十分に役立っているよ」

 

 自分の不甲斐なさに怒る杏子だったが、ジェフリーは至って冷静に杏子が役立たずなんんかじゃないことを伝えた。

 短い対話であったがジェフリーの考えというのは何となく分かった。

 足さえ引っ張らなければどうにかするぐらいの強い意思を持った魔法使いだということを。

 

――まずは話し合おう。お互いがどんな存在なのかを理解するためにも

 

 幻聴がまた杏子に取って耳障りな言葉を放つ。

 だが正論であることは事実なのと、杏子自身彼を知ってみたいという想いがあった。

 そして詳しく彼のことを知ろうと、杏子は仏頂面を浮かべながらもジェフリーに尋ねる。

 

「言えよ」

「何がだ?」

「さっきの話の詳細だ。どうしてそんなことになった?」

「長くなるぞいいか?」

 

 ジェフリーの問いかけに対して、杏子は小さく首を縦に振った。

 了承を得るとジェフリーは語り出した。自分が所属していたアヴァロンでも屈指の大罪人として名を馳せた悪徳魔法使いボーマンのことを。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 杏子に促されてから、ジェフリーはボーマンの話を当時を思い出すかのように語り出していた。

 最初に会った時、果物を食べたことから無理矢理代金を請求され、強引にパートナーと任命されて魔物の討伐を行わされたこと。

 その後も万事屋を開いて訪れた時も、無理矢理身に覚えのない借金をねつ造されて、彼の妹、弟、ボーマンの下で働いている雑用係とコンビを組まされてこき使われたことを語った。

 その際魔物が人間であるということは上手く隠して杏子に伝えた。

 話の全てを聞くと、杏子は先程までの不機嫌な顔が吹き飛んで、腹を抱えて大笑いしながらジェフリーを指さしていた。

 

「ワハハハハハハハハ! お前マジか間抜けすぎるだろ!」

「自分でもそう思うよ。だがコンビを組まなければ奴の真意ってのは分からなかった。世界を良くしようと貧困をこの世から無くそうという考えは尊敬出来るところだ」

「お人よしに程があるぜお前……」

 

 ここでようやく笑いが収まった杏子は不機嫌さも吹き飛んで、ジェフリーと向き合って話をしようとする。

 その顔は悪い物が全て吹き飛んだようなスッキリした表情であり「少し待ってろ」とだけ言うと、杏子は自動販売機へと向かい、新しいコーラを買うとジェフリーに突き出した。

 

「いいぜ認めてやるよ。アタシは価値のある人間って奴が好きだ。だが見てろよ次は必ずアタシの価値をお前にいやジェフリーに証明してみせるからな」

 

 そう言ってスッキリと笑っている杏子を見て、信頼関係が少し築けたと思い、差し出されたコーラを手に取ってジェフリーは飲もうとする。

 だが次の瞬間彼を襲ったのは異様な感覚だった。

 炭酸が肌に合わなかったのか、喉や舌が炭酸で弾ける感覚が異様に気持ち悪く感じたジェフリーは毒物だと自分の中で判断して、苦しそうな顔を浮かべながら勢いよくコーラを地面へと吹き出す。

 

「お、オイお前!」

「ああ――! 喉が痛い! 舌が痺れる! 口の中が焼ける! 何だこれは⁉ 禁忌の薬か⁉」

 

 普段なら食べ物を粗末にする輩は絶対に許さない杏子なのだが、本気で苦しんで嫌がっているジェフリーを見ると何も言えなくなってしまい、彼の背中を擦りながらも持論を語り出す。

 

「まぁ普段なら食べ物を粗末にする奴はアタシはもっとも軽蔑するし、話もしたくないって思うんだけどよ。今回は例外だ。炭酸ってのは合わない人には本当に合わないもんだからな。何の考えもなく勧めたアタシにも非はあるし、今回はなかったことにしといてやるよ」

「感謝する……」

「だがアタシは食べ物を粗末にする奴を本当に許せないんだ! 人はパンのみにて生きるにあらずなんて言葉があるが、そもそもパンがなけりゃ生きていけないだろって話だ!」

「同感だ。神様ってのはいつだって人間のために何もしてくれないからな」

 

 落ち着きを取り戻したジェフリーは杏子に合わせる。

 この世界に来てから、念には念を入れてこの世界の神様の概念に関してはメジャーなところは一通りジェフリーは勉強してきた。

 ロムルス神とセルト神の不毛な争いに子の世界も巻き込まれていないかと不安だったが、そんな記述はなく、この世界での神様と呼ばれる存在はイエス・キリストだと言うことが分かった。

 そのついでで同じぐらい普及している仏教に付いても、大まかなことは理解できていて、杏子の発言がキリストのそれだと分かるとジェフリーは杏子に持論を語った。

 

「俺にとって神は敵だ。世界は神の物じゃない。世界は人間の物だ!」

「お前って奴は……」

 

 まさかここまで自分と合う奴がいると思わなかった杏子は驚愕すると同時に凄く嬉しくもあった。

 マミと喧嘩別れしてからという物、ずっと孤独だった毎日が彼と一緒なら変わるかもしれないという淡い期待があったからだ。

 彼なら信頼してもいいと言う想いが杏子を先程よりも柔らかなトーンで話させた。

 

「まぁ敵はさすがに言いすぎかもしれないけどな……話を戻すぞ、何はなくともアタシはお前を友達と認めた。だからジェフリーに取ってもアタシは友達だろ?」

「ああ、杏子は友達だよ……」

 

 初めてまともに名前を呼んでくれたことが嬉しく。杏子はパッと花が咲いたような笑みを浮かべた。

 上機嫌になった状態でニカニカと笑いながら、杏子はジェフリーに話しかける。

 

「ダチに迷惑かけた詫びだ。一回だけ言うことを聞いてやるぞ。何でも言ってみろ」

 

 直接ワルプルギスの夜の討伐に参戦するというのが気恥ずかしかった杏子は、遠回しに参戦の意があることを伝えた。

 超ド級のグリーフシードも興味あるし、ジェフリーとなら一緒に戦えると思った杏子なりのOKの返事だった。

 だが次の瞬間ジェフリーの口から出たのは予想外の言葉だった。

 

「じゃあ言うよ。さやかを殺そうとするのだけはやめてくれ」

「は⁉」

 

 思ってもいなかった発言に杏子は素っ頓狂な声を上げる。

 ここで何で杏子が気に入らないさやかのことが出るのか理解できない杏子は、語気を荒げてジェフリーと接する。

 

「何で今あのボンクラの名前が出てくるんだよ! 仮にアタシが殺そうとしなくても向こうはやる気満々かもしれないじゃないかよ⁉」

「確かにさやかは魔法少女になりたてで、色々と暴走する部分があるかもしれない。だが新人の内はそれは仕方ないことなんだ。俺もそうだった。当時組んでいた相棒とは喧嘩ばかりで迷惑ばっかりかけていたよ」

 

 その当時を思い出してかジェフリーは辛そうな顔を浮かべた。

 辛辣そうに顔を歪めるジェフリーを見て、杏子もまた新人時代の苦い思い出が蘇る。

 マミにおんぶにだっこで迷惑ばかりをかけていた自分のことを。

 

「だがそれでも相棒はそんな俺を許して、今でもこんな俺なんかのために力を貸してくれている。俺はそんな相棒に恥じないようにこれからも頑張っていくつもりだよ」

「でもな……」

「杏子ぐらいに繊細で大胆な魔法を使えるぐらいなら、新人一人殺さないで窘めるぐらいのことは出来るだろ? 頼む……見てくれる人がいればさやかだって誰かの希望になれるはずなんだ……」

 

 そう言うとジェフリーは立ち上がって、杏子に向かって深々と頭を下げた。

 対話した時間は短いがジェフリーは全てにおいて本音でぶつかる人間だと言うのを理解した杏子は、少し戸惑いながらもこれ以上目の前で彼が頭を下げているのを見たくないのか乱暴に返答をする。

 

「止めろ! 大の大人がこんな小娘相手にペコペコ頭なんて下げねんじゃねぇ! 分かった、分かった。お前の言う通りだよ、ボンクラ窘めてストレス解消の方が面白そうだ。少なくとも殺す真似だけはしないよ」

「ありがとう……」

「ただし教育はお前たちがやれよ」

 

 双方の間で交渉が成立したのを見ると、ジェフリーは頭を上げて夕焼けに染まった街を見る。

 そろそろ帰る頃だろうと思い、ジェフリーは杏子に向かってもう一度感謝の念を込めて頭を下げるとその場を後にしようとする。

 

「待てよ」

 

 途中杏子に呼ばれてジェフリーが振り返ると、杏子は顔を赤く染めながら恥ずかしそうに俯きながら語る。

 

「しばらくアタシと共闘はやってもらうぜ。無茶なお願いした代償だ」

「ああ」

 

 願いと代償に関しては何度もやっていることなので小さく言うと、ジェフリーは今度こそ後にしようとする。

 その間思い出されるのは自分がアヴァロンの試験を受けた時の事。

 未だに右腕に宿る彼女をあるべき所に返してあげたいという想いは日増しに強くなる一方であり、それは自分を許していたと分かっていた時からの想いだった。

 

「ニミュエ……どうすれば俺はお前のことに付いて完全にけじめを付けられるんだ?」

 

 彼女は許していたが、それでも死んでしまった者が生きている者に与えるのは痛みだけだ。

 自分が最後にしてやれることは彼女をあるべき所に返すことだけ。

 歯がゆさに苦しみながらも、ジェフリーは帰路に付いた。

 杏子も同じようにジェフリーとは逆方向に向かって帰路へと向かっていたが、幻聴の主はモヤ状になっている肉体を意識を集め、生前の姿に作り上げるとジェフリーに見えないことは分かっているが、その背中にエールを送った。

 

――その想いはあなたの相棒に取って十分供物になるわ。私だってそうなんだから……




未来へと進むため、過去を忘れず生きていく。それが魔法使いが選んだ生き方。

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