魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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その芽生えた種は美しい樹となるか……


第十二話 強欲 創作家の魔女

 近くの公園に到着するとジェフリーとさやかは並んでベンチに座っていた。

 お互いの親睦を深めることで理解するというのは正論ではあるが、ジェフリーに対してまだ疑心暗鬼な部分があるさやかは恭介のことを言おうかどうかためらっている部分があった。

 そんなさやかを見て、ジェフリーはまず自分から話しだそうとする。

 

「分かった。まずは俺から話すよ」

「魔法使いになったきっかけですか?」

 

 この状況を打破するためにほむらからは口止めされているが、自分が魔法使いになったきっかけを話し出そうとするジェフリー。

 口止めされているのはソウルジェムと魔法少女と魔女の関係性だけなので、これぐらいはいいだろうと思い、ジェフリーは自分が魔法使いになったきっかけを話し出す。

 

「簡単なことだ。そうしなければ生計が立てられなかったからだよ」

 

 言っていることに間違いはない。少数民族のセルト人は生まれた時から忌み嫌われる存在であり、その居場所は魔法使いが所属する組織にしかない。

 だが魔法使いで生計が立てられるものなのか疑問に感じたさやかはその旨をジェフリーに尋ねる。

 

「まさか、盗むや恫喝で生計を立てたんじゃないでしょうね⁉」

「そう言うやつもいる。だが俺はやっていない」

 

 その堂々とした態度に言葉に嘘偽りはない物だと思わせる。

 さやかはいきり立って立ち上がりそうになったのを止めて、再び腰かけると生計を立てるという部分について詳しく聞こうとする。

 

「マミさんからも聞いてますけど、ジェフリーさんは時々常識知らずな部分が見られて、妙な口ぶりで話す時がありますけど、それと関係があるんですか?」

「ああ、まぁな……俺の話を信じる気があるなら話すよ」

 

 ほむらから自分が過去に何度も話したが信じてもらえなかったという話を聞いて、ほむら自身もジェフリーが同じように傷つかないように配慮をしてくれて話さないようにと忠告してくれたのだろうが、自分にとっては不要な配慮。

 否定されることには慣れているので、ジェフリーは相変わらずの仏頂面を浮かべながらさやかの返答を待っていた。

 

「それは聞いてから考えます。でも否定はしませんよ……約束します」

 

 さやかはジェフリーの圧に負けたのか弱弱しく語る。

 それだけ言うとジェフリーは一呼吸置いてから、ゆっくりと話し出す。

 

「俺はこことは違う異世界の魔法使いだ」

 

 その堂々とした言いぶりに、さやかは何も言い返すことが出来なかった。

 魔法少女なんてものがあるんだから、異世界なんてのがあってもおかしくはない。

 それに以前漫画などで、時間軸が一つしかないのはおかしく。いくつもの時間軸があって世界は成り立っているというのは事実だと知ったことがある。

 それなら目の前にいるこの男が異世界の魔法使いと言う言い分も分からないでもない。だが今の時点で全てを信じることが出来ず、話を進めようとする。

 

「詳しく教えてください……」

 

 とにかく今は彼のことを深く知ることが、この頭の中にある困惑を払拭する唯一の手段だと踏んださやかはジェフリーの話を聞こうとする。

 先程と違い、自分の話を聞こうとするさやかに対して一つ前進したのを感じると、ジェフリーは口元に軽やかな笑みを浮かべながら語り出す。

 

「何から聞きたい?」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 創作家の魔女は不気味な呻き声を上げながら二人の魔法少女に向かって突っ込んでいく。

 二人は左右で散り散りに別れて突進をかわすと、ほむらはサブマシンガンから矢を放つ。

 だが炎の矢を放っても今一つ手ごたえらしい手ごたえは感じられず、ほむらは冷静になってジェフリーが教えてくれた魔法使いのエレメントの力を思い出す。

 炎、氷、雷、毒、石の五つの力で構成されていて、各々が各々に弱点がある。

 既に先の戦いで自分が会得することが出来た三つは試してみたが、心眼で創作家の魔女を見ても、その体は緑色に染まっていて今までの攻撃があまり効果がない物だということが分かる。

 そこでまだ試していない氷と石の属性を試そうとするが、今までまごまごやっていたツケを一気に払拭するために、ほむらは右と左で全く違ったイメージを浮かべる。

 右の手には冷気のイメージ、左の手には固い岩のイメージを広げるとサブマシンガンにイメージが広がる。

 イメージが広がって固まるのを感じると、ほむらは両手に握られたサブマシンガンの引き金を引く。

 思っていた通り、右からは氷の矢が、左からは石の矢が降り注ぎ、無防備になっている魔女の頭部を襲った。

 攻撃は全てクリーンヒットし、辺りは爆風に包まれたがほむらに慢心はなかった。

 すぐに目を閉じ心眼で魔女を見るが、相変わらず緑色に染まって獲物を求めていた。

 

「特に弱点はない。と言う訳ね……」

 

 全ての属性の攻撃を試したにも関わらず、目立ったダメージがないところを見てほむらは結論を出す。

 ならばと遠距離からの攻撃では大したダメージは与えられないと踏んだほむらは、盾から小太刀を取り出すと地面に降り立ち、隣に降り立っていたマミに話しかける。

 

「巴さん。援護を頼むわ!」

 

 それだけ言うと小太刀を片手にほむらは突っ込んでいく。

 意外な行動に驚かされもしたが、マミは言われるがまま小さなマスケット銃をいくつも召喚して、小刻みにエネルギー波を放ち続けた。

 突っ込んでくるほむらに対して、創作家の魔女は両手を前方で交差させると同時にその手には絵筆が握られていた。

 そして交差を解くと波動が襲ってくる。

 これに何度も二人は苦しめられていた。ある時は岩の津波、ある時は地面を這いよる雪崩と五属性の全ての技を使いこなせる魔女に二人は付いていけずに何度かいいのをもらってしまっていた。

 だがこれには対処法がある。乱暴で粗雑なやり方ではあるが、特に弱点がない魔女を相手にするにはこれしかないと思い炎の津波に向かってほむらは突っ込む。

 

「暁美さん⁉」

 

 何回か津波攻撃はマミも食らったので、その威力はよく知っている。

 決して一撃で体力をすべて持っていかれる程の威力はないが、スピードが速くそこからコンボに繋げられる恐れがあるので、何回も食らいたくない技。

 悲痛な叫びが木霊するが、炎の津波をかいくぐって現れたほむらは大したダメージは負っておらず、ガードに使っていた顔の前で交差していた両手を解くと、小太刀を突き刺す。

 

「巴さん。攻撃が来るから気を付けて!」

 

 逆に心配をされてしまい、マミは炎の津波を横にかわすと立て続けにマスケット銃での乱打を繰り返す。

 援護がちゃんと行われているのを見ると、ほむらは四角い肉体に付けられた僅かな傷を広げる作戦を実行しようと、小さく細かい斬撃を繰り返す。

 攻撃をしながらマミはなぜほむらが無事だったのかを考えるが、結論が出るのに時間は必要なかった。

 勢いがつく前に突っ込んで勢いを殺しただけのことだ。理屈では簡単なのだが、一度攻撃の威力を知ると萎縮して体が上手く反応しない物。

 勇気がなければ出来ない作戦を実行したことに、マミの中でほむらの印象が変わっていくのを感じていた。

 ほむらを排除しようと魔女は攻撃をしようとするが、近すぎるため絵筆による津波攻撃も発動することが出来ず、ただ絵筆をジタバタと振り回すだけだったが、それでも時折はほむらの背中をかすめて彼女の肉体にダメージを蓄積させていく。

 

「何とかしないと……」

 

 攻撃の要がほむらである以上、自分に出来ることは彼女のサポートだけだと悟ったマミは一部マスケット銃を元のリボンに戻すとそれを地面に打ち込む。

 リボンは地中を通っていき、魔女の前まで到達すると勢いよく地面からリボンが飛び出し、暴れ回る魔女の両手両足を拘束してその場に留めた。

 

「私流『土竜拳』と言ったところかしら……」

 

 お茶会においてマミがジェフリーにぶつけた疑問は彼の出所もに気になったところだが、それよりも技名をちゃんと付けているかが気になりそれをジェフリーに聞いた。

 ジェフリーはあるのと無いのがあると正直に答え、シャルロッテの戦いの時に吹っ飛ばした技には土竜拳と言う技名があることだけ教えた。

 普段はイタリア語が中心なのだが、漢字も悪くないと踏んだマミは自分なりに思考錯誤をした結果、地中でのリボンの移動も簡素な物ではあるが可能となった。

 実戦でこれを使うのは初めてだが上手く行ったことに喜び、立て続けにマスケット銃での乱打を放つ。

 

 

 

 

私の値打ちは、私が決める!

 

 

 

 

 攻撃に効果があるのはほむらの耳に届く幻聴が教えてくれた。

 連携が上手く行ったことにほむらは軽く微笑むことでマミに感謝の念を伝えた。

 そうなるとほむらが出来ることはとにかくダメージを与えることだけと踏んで、立て続けに炎の小太刀で切り付け続ける。

 まるでキャンバスに傷が付けられるように攻撃を放つたびに、小さく付けられた傷は少しずつ大きくなっていく。

 だがこのままで終わるはずがない。この魔女には何かが必ずある。ほむらは直感で感じていた。

 何度か苦しめられた吐瀉物のように絵の具を吐き出す攻撃に苦戦させられたが、大味すぎる攻撃が切り札とは考えにくい。

 口の部分に気を付けながら、ほむらが切り付け攻撃を行っていると、予想通り口と思われる部分が二つに割れて大きく開いた。

 

「暁美さん!」

 

 現段階で切り札とも思われる絵の具の吐瀉物攻撃が来るのを見るとマミが叫ぶ。

 ほむらは勢いよく上空に飛び上って吐瀉物の攻撃をかわすと、巨大なマスケット銃を構えたマミが引き金を引く。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 吐瀉物が口から放たれる前に魔法のエネルギーが強引に口の中に絵の具を押し込む。

 無理矢理吐瀉物を口の中に放り込まれ、魔女は苦しそうにえずきながら後方へと吹っ飛ばされていく。

 大の字になって煙を放ちながら倒れこむ創作家の魔女を見ると、マミは降り立ったほむらに確認を取る。

 

「やったのかしら?」

 

 シャルロッテ戦以降、慎重になっているマミはほむらに一回確認を取る。

 ほむらが目を閉じると、その体は橙色に染まっていて、あと一歩のところでトドメがさせるところまで体力は削られていた。数値にすれば残りの体力は40%と言ったところか。

 

「効果はあるわ。でも油断はしないで……」

 

 

 

 

私は最高だ! 私こそが至高だ!

 

 

 

 

 耳に幻聴が響き、その悲痛な叫びもまた創作家の魔女が苦しんでいる証拠。

 ほむらの診断を受けると、マミは遠く離れた場所から安全に狙撃に優れたマスケット銃を召喚して何度もエネルギー弾を打ち込む。

 時間が出来たのを見るとほむらは目を閉じて意識を集中させて、創作家の魔女が生まれた経緯を知ろうと脳内の映像に意識を委ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 まさしく卑屈を絵に描いたような少女だった。

 勉強も運動も人付き合いも全く出来ない少女は、灰色の青春を過ごしていて、中学生になるにもかかわらず友達の一人もいない孤独な人生を歩んでいた。

 そんな少女が逃げ道に選んだ世界は創作の世界。

 アニメや漫画と言った理想の世界に夢中になるのは必然であり、世間一般で言うところのオタクと言われる存在に少女はなっていた。

 だが普通のオタクとは少女は違っていた。それがきっかけで人と話をしようというわけではなく、自分もそれを作ろうと言う訳でもなく、ただひたすらパッチワークのように都合がいい物を組み合わせ、自分の都合がよい世界を作り上げていた。

 そうして屁理屈ばかりが上手になっていき、少女はますます孤立するようになり、ひがみ根性ばかりが立派になっていく。

 そんな少女の目の前にある日一匹の白い獣が現れた。

「ボクと契約して魔法少女になってよ。そうすれば君が望む世界は簡単に作り出せる」

 この発言に少女は二つ返事でOKを出した。その願いは『自分の中の妄想をもっと現実的に楽しみたい』という物。

 そこから少女の生活は一変した。まるでそこが現実かのように広がっていき、少女は日々の妄想に満足していた。

 だが栄華の時は長くは続かない物、すぐに嫌な現実へと引き戻される毎日に少女の心は瞬く間に疲弊していき、少女の心は壊れた。

 現実に自分の居場所がないなら自分が現実を作ればいい。ある日魔女と魔法少女の真実を知った少女は自らの意思で魔女となることを選び、自分にとって都合の良い現実を作るため、今でも絵筆を揮って歪んだ現実を作り上げている。

 いつしか自分の作った人間たちが現実となり、街を埋め尽くせばいいと言う三流以下の夢を見ながら。

 

 

 

 

 

 

 

 魔女となった経緯を知るとほむらはマミと並んでバズーカ砲を構えて遠くから攻撃をしようとするが、異変に気づくとすぐにマミに向かって突っ込んで体ごと移動させた。

 

「巴さん危険よ!」

 

 一瞬何を言っているのかマミは理解が出来なかったが、こちら側に轟音が響くのを聞くとすぐにほむらの意図が理解できた。

 自棄になったのか仰向けに寝転がった創作家の魔女は吐瀉物をまき散らせながら、グルグルと横回転で突っ込んでいき、ところ構わず攻撃を繰り返していた。

 その攻撃は使い魔たちをも巻き込む物であり、もはや魔女自身にも何を攻撃対象にしているのか分からない状態になっていた。

 二人はマミが作ったリボンでの防空壕に逃げ込んでいたが、そこにも何度も衝撃が伝わって長くは持たない状態だった。

 

「無茶苦茶してくれるわね全く……こんなに動き回ったのではこっちが攻撃する暇なんて無いわ」

「例えるなら癇癪を起こした赤ん坊と言ったところね」

 

 マミの例えは適切な物だった。

 心眼で創作家の魔女を見ると、その体は赤色に染まっていて自分にもダメージがあるのが分かる。

 ここは自滅するのを待つのが吉だと思っていたがそうもいかない。回転の攻撃を止めると、自暴自棄になった創作家の魔女は立て続けに五属性の津波攻撃を連続で放つ。

 後先考えていないその攻撃に圧倒される二人。攻撃のチャンスさえあれば後は倒せる状態なのだが、そのチャンスが見つからなかった。

 

「暁美さん一瞬だけ、あの魔女の動きを止めることは出来る?」

「時間停止能力を使えば簡単だけど、ここまで攻撃が激しいと……一瞬でもいいから強固な壁があれば何とか……」

 

 そこで思い出したのはジェフリーから新しく託された供物。

 リボンの防空壕も限界に近づいて軋んでいる今、やるなら今しかないと思い、ほむらは盾から炎で包まれた心臓を取り出す。

 

「それは?」

「話は後よ。時間は稼ぐからあとはあなたに任せるわ!」

 

 叫びと同時に防空壕は崩壊し、勢いがついた五つの津波が先頭に立ったほむらを襲う。

 ほむらは地面に炎の心臓を埋め込むと、すぐに咆哮が響き渡り地面に亀裂が走る。

 亀裂の中ら現れたのは炎で包まれたゴーレム。

 攻撃命令を待っていたが防御力が0のゴーレムは五つの津波攻撃を受け止めると元の地面へと戻って行く。

 

「ここで決める!」

 

 攻撃が止んだのを見るとほむらは時間停止能力を発動させる。

 ワルプルギスの夜のためにも出来るだけ取っておきたく、後方にいるマミの方を見ると彼女は自分の体にリボンを巻き付けて何かをやろうとしていた。

 今は彼女を信じようと思い、ほむらはマミから退くと魔法を解除させる。

 時間停止が解除した瞬間に再び咆哮と共に創作家の魔女は五つの津波を発生させるが、それは激しい突進でかき消された。

 リボンを全身に巻き付け、球体を作り上げたマミは中で自分ごと回転をして魔女に向かって突進していく。

 

「これは『岩虫の甲殻』⁉」

 

 お茶会の最中もマミはジェフリーの供物に興味津々であり、シャルロッテを倒した岩虫の甲殻に特に強く興味を持っていた。

 詳しく話を聞いて自分なりに変身突進魔法を発動させた結果。リボンと言う材質が柔らかく好きな時に硬質化させられる素材のため、ジェフリーのそれよりも早く細かい微調整が出来る物となっていた。

 今まで攻撃のタイミングが見つからなかっただけであり、勢いを持った黄色いリボンの塊は勢いがつく前の津波を弾き返し、創作家の魔女の顔面に到達するとそのまま更に回転を強めて同時にリボンから棘を生やして更に深くキャンバスを抉る。

 そのえげつない攻撃に思わず創作家の魔女は後方へと倒れこむ。

 そこを何度も往復して完全に潰れたのを見ると、マミは上空に勢いよく飛び上がって包んでいたリボンを解除してマスケット銃に姿を変えさえた。

 

「これでジ・エンドよ!」

 

 マスケット銃の手加減を知らない乱打の数々は隕石の落下をも連想させた。

 心眼でも確認が難しいほどに攻撃が決まるのを見て、ほむらは改めて感じていた。巴マミと言う魔法少女の強さと言う物を。

 コアさえ残らないぐらいに消滅した創作家の魔女を見ると、マミは近くにあったグリーフシードに手を伸ばして取ると、ほむらの元にやっていきそれを差し出す。

 

「いいわ。今回はあなたの手柄よ」

「そうもいかないわ。ワルプルギスの夜のことを考えるとあなたが持っていてくれた方が適任よ」

 

 思いもしなかった言葉にほむらは目を大きく見開いて、驚いた顔でマミを見つめていた。

 そんな彼女に対してマミは優しく微笑みかけながら諭すように話しだす。

 

「あなたは時間停止能力も使えるし、収容能力のある盾があるわ。それに状況を冷静に判断できる力も持っている。回復の要因はそういう人に任せるのが一番の適任なのよ」

 

 そう言って微笑みかけるマミにほむらに対しての疑心はなかった。

 それは彼女自身が歩み寄った結果なのかもしれないし、マミの心変わりかもしれない。真意は分からないが、この友好的な関係を築くことはプラスになると判断したほむらは軽く笑ってグリーフシードを受け取る。

 

「受け取っておくわ。もうそろそろ結界も崩壊するから出ましょう」

 

 ほむらに促されてマミは彼女の後を追って結界を出る。

 ほむらはずっとマミと目を合わさずに歩いていたが、その眼には軽く涙が溜まっていた。

 明らかにこれまでとは違う関係を結べたことに、ほむらは襲ってくる感情をとどめるのに必死だった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ジェフリーがここに来るまでの経緯と自分たちの世界での魔法使いの常識をさやかに全て伝えた頃には、辺りは夕闇に包まれていた。

 その間さやかはずっと無言で真剣な顔で聞いていたが、ジェフリーが話し終えるのを見ると一息入れる。

 

「まぁこんなところだ。信じたくなければ、阿呆の言うことだと思って一蹴してな」

 

 そう言って立ち上がろうとするが、その手をさやかに引き止められる。

 

「何?」

「確かにすぐには信じられませんよ。スケールが大きすぎて今すぐ全部を受け入れろって言うのは無理な話です」

 

 さやかは率直な感想を伝えると、再びジェフリーを座らせる。

 まだ話があると踏んだジェフリーは彼女の話に耳を傾ける。

 

「でもジェフリーさんが嘘をつくような性格にはどうも思えないんですよ。魔法少女として初めて会った時もあんなすっとぼけたことを堂々と言うような人ですしね」

 

 そう言うとさやかはエリーを倒した後、ジェフリーと対峙した時のことを思い出して思わず吹き出してしまう。

 その天真爛漫な姿を見て、まどかが慕うのも分かる気がして、ジェフリーもつられて口元に軽やかな笑みを浮かべた。

 

「だから今の段階じゃ全てを信頼は出来ませんけど、魔法少女になった理由ぐらいなら話しますよ」

 

 そう言うとさやかは一呼吸置いてから、自分が魔法少女になった理由を語り出す。

 自分には上条恭介と言う天才的なバイオリニストの幼馴染がいたが、交通事故によって右腕が完全にマヒしてバイオリンが二度と弾けない体になってしまった。

 その事で自暴自棄になった恭介を何とかしようと、さやかはキュゥべえと契約をして魔法少女になった。上条恭介の腕を元通りにするという願いと共に。

 そこからさやかは恭介のバイオリンがどれだけ素晴らしい物なのかを熱弁した。

 その様子から本当に彼のバイオリンにさやかが夢中になっているのを知り、ジェフリーは軽やかな笑みを浮かべ続けていた。

 

「あ⁉ ゴメンなさい、私ばかり喋っちゃって迷惑でした」

「いや、そんなことはない。芸術は素晴らしい物だ」

 

 恭介のバイオリンを認めてくれる発言が出たことから、さやかはパッと花が咲いたような笑みを浮かべる。

 そして話はジェフリーがどう言う芸術を好むのかになる。

 

「それでジェフリーさんはどんな芸術作品を好むんですか?」

「俺の場合は歌だな。以前は聞いていると時間が忘れ、こんな俺でも心が和む歌を紡ぐ魔法使いとコンビを組んで戦ったこともある」

「聞かせてください! その話!」

 

 いつも仏頂面を浮かべているジェフリーが心を和ませる何て言うから、相当感動的な歌を紡ぐだろうと思ったさやかはその旨を詳しく聞こうとするが、ジェフリーは右手を突き出して制すると夕焼けを指さす。

 

「それはまた今度だ。とにかくお前は芸術を守るためにも、もっと強くならないといけない。自分の選択に後悔しないためにもな」

 

 そう言って優しく笑いかけるジェフリーを見て、さやかの中で先程までの印象が変わる。

 決して臆病者でちゃらんぽらんな性格なわけじゃない。行動のすべては信念を持ってやっていることだということが、じゃなければまだまだ実力不足の自分をかばって杏子に頭を下げたり、マミを助けたりなんてしない。

 一つ彼に尊敬出来ることが分かると、さやかは立ち上がって帰路へと向かい、最後にジェフリーに向かって笑顔で手を振ると決意表明のように叫ぶ。

 

「ジェフリーさん。私まだあなたのことも暁美のことも100%は信用できません! でも私自身も言われっぱなしにならないように、言葉だけにならないようにマミさんに師事してもらって頑張りますから、次会った時にはパワーアップしたさやかちゃんを楽しみにしててください!」

 

 そう言って元気一杯に手を振りながらさやかは走って、その場から去って行った。

 色々あったが取りあえず技術面に関しては師事してくれる人に付いていくという素直さは得られたことに、ジェフリーは一歩前進したと思い立ち上がって自分も家へと帰って行く。

 

「杏子のことは……まぁまたほむらと相談するか」

 

 今のところ対等に話し合いが出来るかどうかも難しい杏子のこれからについては、またほむらと話し合おうと決めてジェフリーは帰路へと向かった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 廃屋となった教会の中で、杏子はステンドグラスから覗く夕焼けを見ながら一人物思いに耽っていた。

 あれから珍しく何も食べずに今日まで過ごしていた。腹は減っているが妙に胸が一杯になっている感覚が気持ち悪く、原因を探るがそれは一つしか思いつかなった。

 

「あのリンゴか……」

 

 リンゴ自体はただの美味しいリンゴだと言うのは分かるが、なぜかあれを食べてから妙な罪悪感に苛まれ、盗みをする気にもなれなかった。なぜリンゴを食べただけでそうなるのかと杏子を頭を悩ませていた。

 

――あれは『飢民の実』よ。人間が食べても問題ないけど反射的に罪悪感を覚えるなんて杏子は優しい娘ね。

「はっ! 何が優しい娘だ! アタシはワルだよ。どうしようもねぇワルだ!」

 

 頭の中に響いた声に対して杏子は悪態を付くが、自分以外誰もいないこの場に何で声が聞こえたのか気になり、辺りを見回すが誰も居なかった。

 テレパシーの類でないことも分かり、突然の幻聴に驚いた杏子だが、すぐに眉間にしわを寄せて威圧する表情を作ると誰とも分からない存在に怒鳴り散らす。

 

「誰だか知らねーが黙ってろ! アタシは最近イライラしてるんだよ。正義感なんて下らないもん振りかざして魔法少女やっているボンクラが出たせいでな!」

――それはあなたと同じ悲劇をさやかにも繰り返して欲しくないって思っているからじゃないの?

 

 再び幻聴が聞こえ、思わず杏子は耳を閉じてしまう。

 一々的確に嫌なところを突くのもそうだが、マミしか知らない自分の過去をなぜ幻聴の主は知っているのかと思ったが、すぐに怒りの表情に顔を戻すと引き続き怒鳴り散らす。

 

「黙ってろつってんだろ! アタシは決めたんだよ。魔法少女の力は自分のためだけに使うって、それによって生じた怒りも憎しみも全てアタシ一人で受け止める! そういう生き方を選んだんだ。口出しするな!」

 

 言いたい事を全て言うと、杏子は苛立ちを押さえるように毛布を被って床に寝転がる。

 杏子がふて寝したのを見ると、周囲に霧のようなモヤが発生し、それは集まって一人の人間が発光している姿となった。

 魔法使いには似つかわしくない全身が真っ赤な装束に身を包み、右目を眼帯で覆った少女は目の生えた緑色のリンゴを手の中で弄びながら、寝ている杏子に向かって忠告のように一言言う。

 

――人はね。自分のためだけに生きられない生き物なんだよ。




変革は少しずつではあるが起こりつつある。隠された不思議な力に少女たちは気づけるか?

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