魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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幼い少女に取ってその存在は目標となれるか?


第十一話 青き騎士との共闘

 杏子と初めての接触を迎えてから一日が過ぎた。

 朝から捜索を繰り返した結果、ジェフリーは二つの結界を発見し、一つをマミとほむらに任せ、もう片方を自分とさやかで受け持つこととなった。

 学校からさやかが戻り、制服姿のままさやかはジェフリーと合流するが、その表情は相変わらず厳しい物で黙ってジェフリーを睨んでいた。

 ジェフリーはそんな少女の事を気にも留めず、目星を付けていた魔女の結界の前に立つと右手をかざして結界を開こうとしたが、後ろからの敵意に気づくと即座に振り返る。

 放たれた槍を顔面に当たる直前で受け取めると後方からケタケタと下品な笑い声が響く。

 

「アンタ……」

 

 さやかは明らかに敵意と憎しみがこもった声を上げて、笑い声の主である少女を睨む。

 佐倉杏子は持ち帰り用のハンバーガーの袋を左手に持ちながら、右手でハンバーガーを食べていて、睨み付けるさやかを無視して歩くと槍の持ち手をかざして返そうとするジェフリーから獲物を取り戻す。

 

「やるじゃねぇか。まぁこの程度でぶっ刺されるようなボンクラじゃないと思ったけどな。そこのと違ってな!」

 

 悪意に満ちた表情を浮かべながら杏子はさやかに食ってかかる。さやかは今にも飛びかかりそうな勢いであったが、ジェフリーは右手で少女を制すると杏子と向かい合って話し合おうとする。

 

「それで今回は?」

 

 あくまで紳士的に話し合おうとするジェフリーが気に入ったのか、杏子は槍をしまうと彼に合わせて話を進める。

 

「悪いが、その獲物はアタシが目星を付けていた物だ。横入はよくねーな」

「そこを何とかお願いしてもらえないか? リブロムの涙なら渡すから……」

 

 高圧的な物言いをする杏子に対して、ジェフリーはあくまで紳士的で冷静な態度を崩そうとしなかった。

 杏子の目的がグリーフシードならば、その問題はリブロムの涙の譲渡で決着が付くと思っていたが、杏子は小瓶の中にまだあるリブロムの涙を見せながらニヤニヤと笑う。

 

「確かにこれは素晴らしい物だ。グリーフシードの代わりにも十分なる。だけどな、何もそれだけ手に入れば良しって訳にはいかないんだよ。魔法少女は魔女を狩るために存在する。魔女を殺した数だけ強くなるんだよ」

「何が魔女を殺した数だけよ! ゲームやってるんじゃないのよ!」

 

 この発言に激怒したさやかはソウルジェムを持って変身しようとするが、ジェフリーは右手に力を込めると供物を発動させる。

 さやかの周りに岩の粒が集まると岩の球体が出来上がる。

 『岩虫の甲殻(改)』の中に埋められたさやかは怒声を放って抵抗するが、空しい抵抗であった。

 

「ボンクラの対処法ってのをよく分かっているな。だがそれだけじゃダメだ。どうしても引いてもらいたいなら誠意を見せてもらわないとな」

「リブロムの涙じゃダメか?」

「今はそれはいい。見たところ金には縁もゆかりもなさそうだが、見せてもらうぜアンタなりの誠意って奴をな。それによってはこの場は引いてやるよ」

 

 そう言って杏子は邪悪な笑みを浮かべながら手を差し出して、ジェフリーなりの誠意を要求する。

 彼女が言う通り、この世界での通貨など持ち合わせてもいないし、明日死ぬかもしれない魔法使いは金欲と言うのが欠落しているのが多い。

 当然ジェフリーもその一人であり、金目の物など何一つ持ち合わせていない。

 だがその間も杏子は差し出した手を止めることなく、軽く揺すってジェフリーを焦らせた。

 考えた結果ジェフリーは右手を差し出して供物を召喚すると、杏子に向かって差し出す。

 

「今日はこれで何とか……」

 

 差し出されたのはよく熟れた真っ赤なリンゴだった。

 杏子は複雑な表情を浮かべる。

 リンゴは好物なのだが、この場で出す誠意としては物足りない物がある。

 大食いの自分としては一個だけではなく、袋詰めで用意してもらいたい物なのだが、まずは食べてからでも遅くないだろうと、杏子はジェフリーからリンゴを奪うようにとるとかじり付く。

 

「何すんのよ⁉」

 

 それと同時に変身を終えたさやかが剣を突きあげながら強引に岩の塊を崩して破壊すると、ジェフ―の胸倉を掴んで睨み付ける。

 

「話し合いの最中に喧嘩を吹っ掛けるお前が悪いんだろ……」

「ふざけないでよ! 人々を守る神聖な戦いをゲームみたいに行おうとする奴相手に話すことなんて何も……」

 

 まくしたてるように叫び続けるさやかの顔面の前に右手を突き出して黙らせると、ジェフリーは杏子の方を指さし、さやかもつられてその方を向く。

 杏子はジェフリーが差し出したリンゴを貪るように食い続け、持っていたハンバーガーの袋を地面に置き、手のひらについた果汁さえも一滴残らず舐めとる勢いで食べ続け、最後に芯だけが残った状態となったが、それも口の中に放り込むと何度も咀嚼を繰り返し、名残惜しそうに飲み込むと呆けた顔を杏子は浮かべていた。

 

「うまい……」

 

 今までも何度もリンゴは食べてきたが、その全てを上回る美味なリンゴに杏子は言葉を完全に失っていた。

 呆けた顔のまま、地面に置いていたハンバーガーの袋をジェフリーに押し付けると、杏子はそのまま覚束ない足取りで去っていく。

 

「美味いリンゴの礼だ。それはくれてやるよ……残したり、捨てたりしたら、殺すぞ。アタシは食べ物を粗末にする人間を心の底から憎んでいる……」

 

 言いたいことだけを言うと、杏子は麻薬にでもやられたかのように夢心地のまま消えていった。

 過ぎ去った杏子を見るとさやかは怒るのも馬鹿らしくなったのか、ジェフリーを掴んでいた手を解くと、今度はいじけた調子でネチネチと彼を責め立てようとする。

 

「何なのよ? 何であんな奴相手にペコペコしちゃってるわけ? 大人なんだから正しくない相手に対してガツンと言ってやるぐらいの信念はないわけ?」

 

 嫌味を言うがそんな物はジェフリーの耳には届いていなかった。

 貰ったハンバーガーに無我夢中でかぶりついていて、肉の旨みやシェイクの甘みはジェフリーの脳内を侵食し、さやかの嫌味は耳に届いてなかった。

 

「食べるな――!」

 

 これに激怒したさやかはジェフリーの手からハンバーガーを奪い取ろうとするが、ジェフリーはそれを阻止する。

 もみ合っている内にハンバーガーが地面に落ちると、ジェフリーは怒ってさやかを突き飛ばす。

 

「何すんのよ⁉」

「それはこっちの台詞だ! 少しは頭を冷やせ、杏子も言っていただろ。食べ物を粗末にするなと!」

 

 男の怒鳴り声が響き渡ると、さやかは身を萎縮させて縮こまってしまう。

 ジェフリーはそんなさやかを厳しい表情で睨み付けながら、落ちたハンバーガーを手で軽く払うとそのまま食べ続ける。

 だがそれでも納得がいかない部分があるさやかは弱弱しいながらも反論をする。

 

「でもアイツが用意したそれなんて、盗んだ物かもしれないし……見たところ、ちゃんとした家があるように見えないし……」

「憶測だけで物を語るなよ。違うかもしれないだろ」

「だけど……」

 

 弱弱しいながらも抵抗の意思を見せるさやか。

 これを見て、彼女の中で杏子のイメージは完全に悪の権化と言う印象が付いていると判断したジェフリーはため息を一つついて諭すように話しだす。

 

「それを確かめるために言葉を紡いで互いを理解しあう物だろ? ただ否定して殺し合うだけなんて獣以下の存在になっちまう。今度会ったらちゃんと話し合おう。俺が仲介人になるから……」

 

 さやかは返事をしなかった。怒鳴られたことにショックを受けて、ただ小さく下を向いているだけだった。

 だが否定もしないので、完全に突っぱねているだけでもないと判断したジェフリーは少し前進したと思い、残りのハンバーガーも食べ進めていた。

 さやかにも物を差し出したが、彼女は黙って首を横に振るだけであった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 結界内に入って魔女を探している最中もジェフリーは後ろから感じている敵意を持った視線に苦しめられていた。

 さやかは元気こそ取り戻したのだが、ジェフリーに対して警戒心を強く持った状態であり、加えて杏子のことで苛立ちもあってそれを彼にぶつけることで払拭しようとしていた。

 強すぎる自我が悪いとは言わない。信念はいつだって人を強くしてくれるものだ。

 だが使い方を間違えてしまえば、ただの暴走になってしまう。

 短すぎる区間の中でどうやって魔女化の回避をして、ワルプルギスの夜の戦力へと数えるにはどうすればいいかと悩むばかりであったが、人を育てた経験などないジェフリーはこの問題に頭を抱えるばかりであった。

 だが悩んでばかりもいられない討伐対象が見えたからだ。結界の最奥に佇んでいる魔女を見ると、不機嫌な顔を浮かべていたさやかはキョトンとした顔を浮かべる。

 

「あれは……凱旋門?」

 

 その姿はまるでパリにある観光スポットの凱旋門にそっくりだったが、ジェフリーはさやかが言ったことが分からず困惑の表情を浮かべていた。

 

「凱旋門? あれは芸術家の魔女『isabel』だぞ。凱旋門なんて名じゃない……」

 

 さやかが何を言っているのか分からず、正しい情報をジェフリーは伝えようとするのだが、そのあまりに真面目すぎる態度にさやかは思わずそれまで感じていた不機嫌さも吹き飛んで、ジェフリーと向かい合って話をする。

 

「え? それ本気で言ってるんですか?」

「何が?」

「外人さんですよねジェフリーさんは? 出身どこですか?」

 

 マミがそう呼んでいたので、自然とさやかも彼のことをそう呼ぶようになる。

 気持ちが落ち着いていて、まだイザベルが行動を起こしていないのもあってか初めてまともなコンタクトが二人の間で行われた。

 だが出身と言われるとジェフリーは困った顔を浮かべるが、僅かな記憶を掘り起こして答える。

 

「多分、カムラン地区だったと思う……」

 

 その不安げな言い方に嘘偽りはないと思ったが、カムラン地区という聞いたことがない地名にさやかは困った顔を浮かべ、引き続き話を進める。

 

「いや出身国を答えてもらいたいんですけど……」

 

 和やかな雰囲気に包まれていたが、ジェフリーは気配を感じると表情を一変させ、右手から改剣の苗木を作り出し、襲い掛かってくる四方向から一気に襲ってくる使い魔たちを円を描くように切り付け、一気に撃退していく。

 吹っ飛ばされた使い魔を見ると、さやかはまた困惑した顔を浮かべた。

 

「これはムンクの叫び?」

 

 使い魔を見てのさやかの第一印象はそれだった。

 今まで見たこともない化け物ばかりが魔女の印象だったので、こう言う魔女もいるのかとさやかは思っていたが、次々と襲ってくる使い魔たちを撃退していくジェフリーを見ると自分も負けじと剣を召喚して身構える。

 

(見たところ大した実力じゃないみたいだし)

 

 ちぎっては投げての繰り返しのように吹っ飛ばされる使い魔たちを見ると、大した実力ではないと判断したさやかは剣を振りかざして、そのまま一気に振り下ろすが刃先は使い魔の肉体には食いこまず、衝撃と共に体ごと弾き飛ばされる。

 地面に大の字になって転がると同時に少女に向かって、何体もの使い魔が覆いかぶさっていく。

 次々と自分にかかる重みと呼吸ができない苦しさ、真っ暗な視界とパニック状態になっていく、さやかを救ったのは剣で切り付ける音だった。

 轟音が耳元に響くと同時に視界が開ける。ジェフリーは今だに呆けているさやかに向かって手を差し出すと、彼女はその手を取って朦朧とした意識を整えながら立ち上がる。

 

「あ、ありがとう……」

「礼は後だ。それより一つ教えてやるよ」

 

 ジェフリーが指さしたのはイザベル。

 イザベルは細かく痙攣を繰り返していて、音波が使い魔の元まで届くと使い魔たちは立て続けに二人に向かって襲ってくる。

 近づかれる前にジェフリーは炎竜の卵を放って追い払う。

 勢いよく爆発して話をする時間が多少出来たのを見ると、ジェフリーは話を続ける。

 

「恐らくあれは全ての攻撃を使い魔に任せているタイプの魔女だ。故に使い魔の実力も異常に高いって訳だ」

「つまり本体の魔女を叩くのが一番だってことですか?」

 

 言いたいことが伝わると、ジェフリーは黙って首を縦に振る。

 だが使い魔の数は尋常ではないくらいに多く、さやかを守りながら戦うというのも厳しい話。

 以前ボーマンの万事屋で強引に借金返済と称されて、ただ働きをさせられた時、魔法が使えないロムルス人の雑用係とコンビを組んで戦わされたこともあるが、その時は対して強くない魔物が相手だったからどうにかなれた。

 だがイザベルはそこまで低い実力とは思えない。どうしたもんかと考えていたが、さやかは剣を持って挙動不審の用に辺りを見回すばかりであった。

 これでは戦力にならないと踏んだが、彼女の利点も見つける。

 先程ののしかかり攻撃で結構なダメージを負ったさやかだが、その傷は見る見る内に回復していき、一分もしない内にも全快の状態に戻っていた。

 この高い回復魔法を使わない手はないと思ったジェフリーはさやかに対して提案を出す。

 

「さやか。お前杏子の奴を見返してやりたいと思わないか?」

 

 なぜここで挑発するようなことを言ったのかは分からないが、さやかは憎々しい杏子の顔が頭に浮かぶと反射的に答える。

 

「当然!」

「なら俺と協力してイザベルを倒すぞ」

「分かりました。バックアップは任して……」

 

 ジェフリーもまた剣を使うので、さやかが想像していたのは二人で背中を預け合っての剣での攻防。

 ヒーロー映画とかでよくあるような燃える展開を想像していたが、ジェフリーはそれを右手を突き出して制して自分の意思を伝える。

 

「いや攻撃は俺に任せてくれ。お前は回復魔法を与え続けていればいい」

「特攻をするつもりですか⁉ 無茶ですよ!」

「大丈夫、俺は俺で回復魔法は使える」

「じゃあ何に回復魔法を?」

 

 ジェフリーの意図が掴めないさやかは困惑していたが、彼が指さしたのはイザベル。

 魔女に回復魔法を施せという訳の分からない命令を受けて、さやかは絶句してしまう。

 

「な⁉ どう言うことなんですか魔女を相手に回復魔法を施せなんて!」

「悪いが説明をしている時間はない!」

 

 そう言うと同時に再び命令を受けた使い魔たちが襲ってくる。

 ジェフリーは何かを指で弾くとイザベルの体に埋め込んだ。

 彼の戦いはシャルロッテの時しか見ていないが、その行動は全て計算づくで無駄のない洗練された物だということは分かる。

 自分では使い魔たちをまだ倒すのは厳しいと判断したさやかは、イザベルの元へと向かう。

 目の前にある巨大な凱旋門を見ると、まるで観光でもしているような気分になったが、今気にするべきところはそんなことではない。

 

(やっぱり全てを使い魔に任せているってのは事実みたい……)

 

 その証拠にこれだけ近くにさやかがやってきても、イザベルは何のリアクションも起こしていない。

 試に一回だけ思い切り剣を振り下ろしてみるが、固い岩の体は剣を跳ね返し、少女の手には反動の痛みだけが襲ってくる。

 ここは言われるがまま、回復魔法を与えることに専念しようとさやかは両手を突き出してイザベルに回復魔法を施す。

 それでもイザベルは何のリアクションもなかった。

 だがどうすることも出来ないと判断したさやかは、何か不都合があればジェフリーを責めればいいと思い軽い気持ちでそれを繰り返していた。

 やがてただ回復魔法を施すことに飽きたさやかは、自分のところに使い魔が襲ってこないかという不安もあり、ジェフリーの方を向く。

 その瞬間に冷風が吹いた。

 武器を改剣の氷刃に変えたジェフリーは属性の問題で一番有効なのは毒の魔法だと分かっているにもかかわらず、敢えて武器を変えた。

 氷属性の武器に変えたため、剣を振るうたびにその剣筋が冷気となって形に残り、振るうたびに冷気が辺りを覆った。

 

(これで何とか基本的なことだけでも分かってくれればいいが……)

 

 ほむらとは違い根本的に実戦での経験が足りないさやかに、どう物を教えていいか分からないジェフリーが出した答え。それは見取り稽古である。

 自分の剣筋を見て何か思うところがあればという実戦でしか成長できなかったジェフリーらしい発想。

 思っていた通り、ただ回復魔法を施すだけの単調な作業に飽きたさやかはジェフリーの方を見ていて、その姿に見とれていた。

 

「綺麗……」

 

 冷気をまとって使い魔を相手に無双する姿を見てさやかは率直な感想を述べた。

 幼馴染の恭介の影響だろう。クラシック音楽を聞くだけでは飽き足らず、クラシックに精通した著名な芸術作品の素晴らしさというのもさやかは理解していて、ジェフリーの戦いに芸術的な美しさを感じ取っていた。

 それはただ自分のように無茶苦茶に剣を振り回すだけではなく、相手の動きに合わせてのカウンターが決まると使い魔は遥か後方へと吹っ飛んでいき、その肉体は消滅していった。

 円を描くような動きは無骨な大きな物から少しずつ小さな物へと変わり、一閃でのカウンターが決まるたびにさやかは軽く喜びの声を上げた。

 そうしている間も回復魔法を施していたが、その際変化に気づく。

 

「何だこれ? 葉っぱ?」

 

 さやかの肩には植物のつたのような物が触れていて、イザベルの方を見るとその体は植物の茎で覆われていた。

 

「な⁉ 何ですこれ⁉」

「いいから続けて回復魔法を放て! そろそろフィニッシュだ!」

 

 何が何だか分かっていないさやかに構わず、ジェフリーは命令を下す。

 言われるがまま回復魔法を施した時、爆音と共に変化が現れた。

 イザベルのはつたで覆われ、その体には無数のバラの花が咲き乱れていた。

 美しくはあるのだが、どこか現実離れしすぎた光景にさやかは言葉を失うが、最後の使い魔をジェフリーが片付けると、これ以上使い魔が襲ってこないのを見て勝利を確信する。

 

「もう後はお前一人でもやれるだろうよ。自信に繋がるだろう、やれ」

 

 言われるがままさやかは剣を振り下ろすと、先程は弾かれるだけだったが今度はパンでも切るかのようにサクサクとイザベルの体は切れていき、その感覚が心地いいと感じてさやかは練習代わりに無抵抗なイザベルの体を切る。

 

(さっきのカウンター格好良かったな。ただ振り回すんじゃなくて、振りぬく瞬間にだけ思い切り力を込めたのかな?)

 

 同じように剣を使うさやかはジェフリーの剣筋を見て、真似したいと思って自分の中の記憶を探りながら、何度も何度も切り付けて自分の中の理想を体現しようとする。

 一つ意識の改革が出来たのを見て、ジェフリーは軽く笑ってバラで覆われたイザベルの体を見る。

 先程魔女の体に打ち込んだのは『寄生花の種(小)』通常ならば打ち込まれた相手は動きが鈍くなる程度の供物。

 だが回復魔法と組み合わせて、種を成長させて開花させることで『吸命開花』と言う連携魔法が発動する。

 寄生された植物にすべての生命エネルギーを持っていかれた相手は弱い魔物なら、それだけで死ぬ魔法であり、思っていた通り攻撃の全てを使い魔に任せているイザベルには効果が絶大だった。

 こうなれば後は時間の問題。

 さやかはイザベルを相手に何度も自問自答をしながら剣での切り付けを行っていた。

 こうして行動を続けている内にさやか自身は気付いていなかったが、ジェフリーはその成長を見ていた。

 先程とは違い考えて剣を振っているさやかは確かに成長していることを。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 結界が崩壊してグリーフシードを手に入れたさやかだが、その表情は申し訳ない気持ちで一杯であった。

 ほとんどやったのはジェフリーだし、彼のサポートがなければ間違いなく使い魔たちの猛攻に押されて自分は敗北していたと分かっていたからだ。

 どこか顔色を気にしながらオドオドしているさやかを見て、ジェフリーは一言言う。

 

「そう気を使わなくてもいい。今までのように言いたいことをハッキリ言ってくれた方がこっちも話がしやすい」

 

 ジェフリーに促されると、さやかはそれまでの頼りない表情を引き締め、真剣な顔で彼と向き合って話し出す。

 

「じゃあ言いますけど、今日のことは感謝していますよ。でもやっぱり今の段階で100%あなたを信頼することはやっぱり出来ない」

「謎が多すぎるし、ほむらのこともあるからか?」

「ハッキリ言えばそうです。今はマミさんと共闘しているみたいだけど、やっぱりアイツのこと信用するの難しいです。あの杏子って言うのは問題外ですけど!」

 

 こんな時でも杏子に対する怒りは忘れておらず、さやかは自分の言いたいことを全てジェフリーに伝える。

 

「分かった。ほむらには協力できなくてもマミとなら共闘できるんだろお前?」

「当たり前でしょ! マミさんは私にとってもまどかに取っても憧れの存在ですよ」

「ならマミと共闘するっていう体でほむらと一緒に戦えられないか? アイツ自身も自分のことは気にしないでくれと言ってるんだ」

 

 もっともな正論とまっすぐな視線にさやかは何も言い返すことが出来ず、思わず反射的に視線を避けてしまう。

 辛そうな顔を浮かべているさやかに向かって、ジェフリーは手のひらに納まる程度の氷の塊を彼女に差し出す。

 

「何ですこれ?」

「さっき俺が使っていたのと同系統の武器だ。お前はまだ初心者だから一番使いやすい『剣士の氷刃』だがな。いらなければごみ箱に出も放り込め」

 

 そう言って強引にジェフリーはさやかの手のひらに物を掴ませる。

 少し迷ったが先程の美しい動きが脳内で再生されると、さやかは持っていた学生鞄の中に供物を入れた。

 

「貰っておきます……」

「ありがとう。まだ時間もあるようだし、良ければ少し話さないか?」

 

 軽やかな笑みを浮かべて話しかけるジェフリーにさやかは驚いた顔を浮かべていた。

 顔を見合わせれば威圧的な態度しか取らないほむらとは違い、彼は少なくともコンタクトを取ろうとはしている。

 ここから何か情報を掴めるのではないかと思ったさやかは公園で話をしようと歩き出す。

 

「じゃあまずは何から話しましょうか?」

「取りあえず、お前が魔法少女になった理由から教えてもらえないか? そう言うところから人の本質ってのは理解できると俺は思っている」

 

 もっともな意見にさやかは小さく頷く。別に隠しておく理由もないからだ。

 ジェフリーは感じていた。先程の警戒心だけしかなかった関係とは確実に変わったことを。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ほむらとマミはジェフリーに教えられた結界内へと入り、魔女の討伐に勤しんでいたが二人は荒い息遣いを整えながら、目の前に仁王立ちしている魔女を睨んでいた。

 真っ白で四角い体の上部分には眼球が二つ備わっていて、側面には両側から手が生えていて、下の部分には申し訳程度に短い脚が生えている魔女は不気味な笑い声を上げながら、口と思われる部分から様々な色が混じった魔力のエネルギーを放つ。

 それは絵の具をグチャグチャに混ぜたような色彩感覚が滅茶苦茶になるような物であり、前方のみの攻撃だったので二人は後方に回って攻撃をかわす。

 だが問題はそこからだった。先程から吐き出された絵の具から使い魔が次々と生まれ、一斉に二人へと襲いかかる。

 魔女本体もかなりの高攻撃力を持っているが、このトリッキーな動きに付いていくのが厳しく、二人は苦戦を強いられていた。

 

「暁美さん。大丈夫?」

「心配は無用よ……」

 

 平静を保つことで強がってみせたが、ほむらも内心ではかなり焦っていた。

 ジェフリーから三つ渡されたリブロムの涙も既に二つ使いきっていて、これ以上戦闘が長引けばグリーフシードに手を出さなければいけない可能性もある。

 だがワルプルギスの夜との戦いのため、出来る限り取っておきたいという想いが焦りとなり、加えて見たこともない魔女に対処法が分からず、ほむらは困惑していた。

 

(現段階で唯一分かっている情報は……)

 

 対処法は一切分からなかったが、一つだけ分かったことがある。

 それはこの魔女の名前だ。

 目の前にいる魔女は自らをこう呼んでいた『創作家の魔女』と。




その魔女の脅威、乗り越えるべき壁




と言う訳でこの作品のタグにも入れていますが、今回ソウルサクリファイスの魔物を、始めてこの世界でのオリジナル魔女として組み込みました。

原案はソウルサクリファイス内の色欲の魔物『インキュバス』です。

本来は対象者の卑猥な妄想を絵にして具現化するという相手なので、ある意味ほむらに取ってはもっとも恐れるべき相手だとして今回組み込みました。

次回はそのインキュバスこと創作家の魔女との戦闘になりますので、よろしくお願いします。

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