魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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その出会いは少女に取って救いとなるのか? それとも悲劇となるのか?
だがこれだけは言える。どちらにせよそれは少女だけの物語だと。


第一章 魔法使いと魔法少女が作る未来の物語
第一話 交錯する物語


 もう何度目のループだろうか、見慣れた病院の天井を見ることに暁美ほむらはウンザリとしていた。

 体を起こし、今度こそはとかけがえのない友達の鹿目まどかを救う戦い、ワルプルギスの夜との戦いに赴こうとしたが、足取りは重い物だった。

 何度やっても悪い結果ばかりしか残らず、何度も何度も自分を知らないまどかとの出会い、理解しようとしてくれない他の魔法少女たちとのやり取りに少女の心は疲弊しきっていた。

 鏡で自分の顔を見る。表情を出せばその時点で心が崩壊するのを本能的に悟っていたほむらは、能面のように無表情な顔になっていて、自分でも酷い顔になっていると言うのは分かっている。

 だがもう威圧以外の方法でまどかを魔法少女にしない方法など思いつかない、しかしそれでも何度も何度も親友の死を間近に見てきて、彼女を助けるため、何度でも繰り返すと固く決めた決意は崩れようとしていた。

 眼鏡を外し、三つ編みになった髪の毛を解くと一つの決意を少女は固めた。

 

 ――どんな結果になっても、今回で最後にしよう……

 

 少女自身も限界だった。

 何度も何度もまどかが死んでいく様を見ていくだけではない、人間の醜いさまを見続けてきて、ほむら自身もまた自分自身の心さえ嫌になっていた。

 このまま行ったら自分は自分が最も憎んでいるキュゥべえと同じように、人間を人間とも思わない化け物になる可能性だってある。

 過去魔女になり続けた少女たちを見て、ほむらの中に少しずつたまった穢れはソウルジェムに影響はなくても、少女の心を蝕んでいた。

 もう純粋な頃の自分は存在しない、ここにいるのはかつての自分とは違う別人。

 これでダメなら全てを諦めて、自分の物語を無に返そうと、暁美ほむらはこの戦いを最後と決めて、歩き出した。

 空っぽの自分に無理矢理にでも中身を詰めて歩みを進め、少女は病室のドアを開けて出ていく。

 今度こそではない、最後にワルプルギスの夜を討伐しようと心に決めながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 雲が空全体を覆った嫌な天気の中、魔法使いの青年はフードを頭から被って手頃な大きさの岩の上に腰かけていた。

 保存食の干し肉を乱暴に噛み千切ると口の中で咀嚼を繰り返す。

 決して味が良い物とは言えないが、それでも口の中に空気以外の物が入っていくと心が休まる感覚を覚える。

 しかしそんな僅かな平穏さえ、異形の咆哮でかき消された。

 舌打ちをして立ち上がり、咆哮が響いた方向を見ると二体の異形がいた。

 一方は蝙蝠のような漆黒の肉体を持った人型の魔物、もう一方は全身が炎で包まれた巨大な蛾のような魔物。

 

 見覚えのあるその姿に青年はフードを頭から外すと同時に、酷い火傷のように焼けただれた右腕に力を込めて、供物を犠牲に魔法を発動させる。

 作り上げられたのは巨大な鋼鉄の斧。

 それは『ミノタウロス』から奪い取った『小公女の母身』であり、単体での攻撃力は最強レベルの近接魔法。

 何度も戦ってきた。『ワイバーン』と『フェニックス』を相手に青年は突っ込んでいき、体を闇の中に隠そうとするワイバーンに狙いを定め、一気に斧を振り下ろす。

 だがそれはフェイント、本命は左手の中に隠した爆破魔法『炎竜の卵』

 大きさこそ一般的な卵と同じそれではあるが、青年が使っているのは何度も研鑽を重ねた特別性の代物。

 一直線に振り下ろされる斧の攻撃をワイバーンが左にかわした瞬間に、青年は拳の中に隠した卵を握りしめた手のひらから解放し、異形なる物に放つ。

 解き放たれた瞬間に卵は大爆発を起こし、ワイバーンの顔面は原型を留めずに激しい血しぶきが飛散する。

 

 爆破の勢いを利用して、今度は上空のフェニックスに向かって飛びかかる。

 自分と同じ目線の高さに翼を持っていない人間が飛び上れるとは思えず、蛾の顔には心なしか驚きの表情が見えたが、それでも構わずフェニックスは体を捻ると回転しながら青年へ向かって突っ込む。

 だがフェニックスの攻撃にかまわず、青年は左手の中に仕込んでおいたもう一つの魔法を発動させる。

 手の中にあったのは獣の角のような突起物。

 『ペガサス』から奪い取った『奸臣の角』は、冷気を身にまとって一直線へと相手へと向かう突進魔法。

 全身が炎で包まれたフェニックスにとって、冷気の攻撃は最大の弱点であり、全身に冷気をまとって頭から突っ込んでくる青年を相手になすすべもなく、自分が突進していたことも加え、カウンターで攻撃をもらってしまい、青年の体はフェニックスの顔面を貫き、そのまま肛門まで到達して、横一文字にフェニックスの体を貫く。

 大量の血液を飛散させながら、落下していくフェニックスを見ると、一発目の攻撃で倒したワイバーンもその肉体を保つことが出来ずに、魔物として構成されていた肉体は溶けたアイスクリームのようにドロドロに崩壊し、その中央から現れたのはワイバーンだった元の人間。

 フェニックスも同じように地上へと到達した時には元の人間に戻っていた。

 

 これが魔法使いの仕事。

 欲望に溺れ、聖杯の力へと手を出し、最終的には自らが人を襲う魔物へと姿を変える。

 その魔物を粛正することが、魔法使いの仕事。人々から忌み嫌われる正義の人殺しであった。

 自分の肉体の中に聖杯は封じこんだのだが、今でも魔物につけられた傷が元で魔物となった元人間は多く、残党も多々存在している。

 青年は相変わらずの仏頂面のまま、二体の魔物だった人間へと近づき、選択の余地を与えた。

 

「生贄か? 救済か? どうする?」

 

 最終的な判断を魔物だった人間へと青年は求めた。

 一昔前なら、魔物は問答無用に生贄にするのだが、今はかつて自分がいた組織は壊滅し、魔物を全て生贄にしなくてはならないという風潮は消えた。

 だがそれでも魔物だった人間が元の人間社会で馴染む確率は低く、そこから再び激しい絶望に襲われ、再び魔物化するケースは少なくない。

 こう言った手間を省くため、多くの場合は生贄にするのが常識とされているのだが、青年はあえて求めた。このまま死ぬことを選ぶか、苦しくても再び人としてやり直して生きていくのかを。

 魔物だった人間たちは口を揃えて答えた。

 

「生きていたって、辛くて苦しいだけだ……一思いに殺してくれ……」

 

 選んだ選択は自分たちの物語を終わらせることだった。

 完全に生きる気力を見失った空虚な目を見ると、青年は何も言わずに汚れきった右腕をかざして手に力を込める。

 手から発せられるのは禍々しい赤い闘気。

 それは魔物だった人間の体を覆っていき、体が赤い闘気で包まれると、その肉体は蒸発するように消えてなくなり、最後は小さな爆発音と共に肉体は消えてなくなり、体から飛び出した魂は青年の右腕へと宿る。

 体全体に力がみなぎるのを感じる。

 魔物の魂は魔法使いの攻撃力を上げ、多くの魔物を生贄にしたという事実は名誉だけではなく、自身の強さも確かなものにすること。

 また一つ強くなったにもかかわらず、青年の顔は浮かないものであった。

 ここ最近自分から生贄を求める魔物が大勢いる事実は青年を不快な気持ちにさせた。

 どんなに罪深い魔物でも、最後まで生きることを諦めなかった昔と違い、最近は自ら生きることを諦める輩が多い。

 沈んだ気持ちを払拭しようと、青年はフードを頭から被ってその場を後にしようとした。

 足元に何か当たったのに気付くと、青年は屈んで足元にあった物を拾う。

 それは子供用の兵士の人形であり、人形を見た瞬間に青年の中で思い出が蘇る。

 デジャブを感じながらも、青年はそっと人形を元にあった場所へと戻し、その場を後にしようとする。

 

「なぁマーリン、お前どう思うよ……」

 

 愚痴るように一言ボソリと呟くと、青年はその場を後にした。

 そこはかつては人々が行きかう都市であったが、度重なる魔物の襲撃によって今は完全に廃墟と化した街。

 瓦礫をかわしながら青年はあてのない旅を続けていた。

 自分の物語の意味を探すかのように。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 今回もファーストコンタクトは失敗に終わり、マイナスからのスタートで幕を開けた。

 キュゥべえを殺そうとした瞬間に、巴マミに邪魔をされ、まどかとさやかに関しての印象も最悪のところから始まってしまった。

 何とかしてまどかを魔法少女にさせないよう、それとなく信号は送ったつもりだったのだが、今回もそれは伝わらなかった。

 ほむらの足取りは重く、これから先どうやって扱いの難しい情緒不安定なマミを説得しようかと頭を悩ませるばかりであった。

 しかめっ面のまま歩いていたほむらだが、頭の中で妙な声が響くことに気づき、その足は止まる。

 

 ――オイ、お前

 

 かすれたしゃがれ声はキュゥべえのそれとは明らかに違う物であり、過去に出会ったどの魔法少女とも違う物。

 突然のテレパシーに驚きながらも、ほむらは頭の中に響く声の方向へと歩を進めた。

 迂闊な行動だと警鐘を鳴らす自分もいたが、イレギュラーな出来事というのはチャンスでもあった。

 上条恭介がバイオリニストではなくギタリスト、佐倉杏子が千歳ゆまという幼い魔法少女を保護、美国織莉子が手を下すまでもなく自殺していたなど、これらのイレギュラーは全て従来よりも良い方向へと進んだ傾向もある。

 僅かでも可能性があるならかけてみたいという気持ちがほむらの足を動かし、テレパシーの発信源にたどり着く。

 

 そこは路地裏にひっそりと佇む小さな古本屋。

 こんなところが見滝原にあったのかと驚きながらも、ほむらはドアを開けて中へと入っていく。

 薄暗い店内の奥には頭が完全に白髪で覆われた老人がパイプをくわえながら、居眠りをしていて、ざっと店内を見回すと少女漫画の中にアイドルの水着写真集が混じっていたりと乱雑な商品の羅列があった。

 ここに本当にテレパシーの主はいるのかと辺りを見回すが、店内には居眠りしている老人以外誰もいなかった。

 

(まさかあの老人が?)

 

 考えられる唯一の可能性をほむらは老人に求めるが、目の前で居眠りをする老人に普通の人間とは違う特筆すべき点は感じられない。

 真意を確かめようとほむらが老人がいるレジ前に近づこうとした瞬間に、再び頭の中に声が響く。

 

 ――そっちじゃねぇ! こっちだ!

 

 頭の中に乱暴な声で怒鳴りつけるのは、先程聞いたテレパシー。

 声の方向は本の山の中から聞こえてきた。

 写真集のコーナーに手を伸ばして、声の方向を探っていくと一冊だけ異質な本を見つけた。

 赤く焼けただれた見ているだけで気分を害する表紙を見て、一瞬手を引っ込めたほむらだが、恐る恐る手を伸ばしその本を手に取った。

 その瞬間、ほむらは悲鳴を上げそうになった口を慌てて空いている左手で押さえる。

 

(これは人間の皮膚の手触り!)

 

 焼けただれているはいるが、その手触りは人間の皮膚のそれだった。

 圧倒されながらも、ほむらは本を手に取ってじっくりと眺めていると、表紙から大きな右目とその三分の一ぐらいしかない、狭まった左目が開き、その下では半分に割けて口のような空洞がいつの間にか存在し、中には犬歯のような牙がビッシリと詰まっていた。

 

「よう」

 

 見ただけで恐怖しか感じられない、その姿にほむらは驚くことも忘れて、ただただ圧倒されるばかりであったが、そんな少女に構わず、異形の本はフレンドリーに話を進めていく。

 

「色々と聞きたいことがあるのは分かる。だがまず全ては俺をここから連れ出してからだ。そしたら聞きたいこと何でも話してやるぜ。スリーサイズでも初体験の甘酸っぱい思い出でもな」

「遠慮しておくわ」

 

 その凶悪な面構えとは裏腹にフレンドリーに話す奇妙な本に圧倒されながらも、ほむらは本を持ってレジへと向かう。

 窃盗に関しては武器の調達で何度もやっていることだが、可能な限り避けたいのは自分の心を守るためか。

 数回居眠りを繰り返す老人に声をかけて、老人を起こすとほむらは本を差し出して買おうとする。

 ここで奇妙な本は目と口を閉じ、普通の本のフリをしていて、老人は見たこともない本に驚きながらも、値札を探そうとするがどこにもそれは見当たらなかった。

 

「うーん。値札も見当たらないし、いいよお嬢ちゃんにあげる」

 

 それだけ言うと老人は再び眠りに落ちる。

 ほむらは何も言わずに背を向けて、古本屋から出ていく。

 外へ出ると同時に奇妙な本は再び目と口を開いて、ほむらに話しかける。

 

「さてと何から聞きたい? 何でも話すぜ……あた!」

 

 意気揚々としゃべり出す本の背表紙をほむらは近くにあった電柱にぶつける。

 恨めしそうな目線を向ける本に向かってほむらは冷淡な視線を送りながら一言言う。

 

「取りあえず家まで黙ってなさい」

 

 もっともな意見に本は押し黙り、再び目と口は閉じられた。

 この奇妙な本の出会いが自分にとって、どう影響するのか。

 最後だと決めたこの時間軸で、特大レベルのイレギュラーと出会ったことに、平静を装いながらもほむらの心はパニック状態になっていた。

 このイレギュラーは自分にとって、そしてこの世界にとってどのような存在になるのかを。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ほむらの家である安アパートには、ほむら以外誰もいなかった。

 決して裕福ではない家庭環境の中、彼女の両親は娘の心臓病を治すため、日本中あちこち飛び回っていて、結果ほむらは転校を繰り返して、人とのコミュニケーション能力の形成がうまくいかない時期があった。

 だがそんな自分はもう存在しない、今日もまた誰もいない静寂だけが包み込む部屋に腰を下ろすとちゃぶ台の上に本を置く。

 家につくなり、本は一人で起き上がり、目を大きく見開いて、口を大きく開けてほむらに向かって話し出す。

 

「やっと到着か。待っていたぜアンタが来るのをな」

「待ちなさい。私はあなたの名前も、どういう存在なのかも知らないのよ。話はあなたの素性を話してからよ」

 

 話し出す本を前にほむらは片手を出して制する。

 話の腰を折られて、本は渋い表情を浮かべるが、自分のことをポツポツと語り出す。

 

「分かった。俺の名はリブロム、どういう存在かと言われれば、ここではない異世界から来た存在とでも言えば適切かな……あんたと同じようにな」

 

 突然、事実を言われたことにほむらは驚愕の表情を浮かべてそのまま固まってしまう。

 今まで誰に訴えかけても、誰一人信じてくれなかった真実をこうも簡単に信じてもらえることもそうだったが、それを分かってくれたのが会ったばかりの本だということにも驚かされた。

 固まっているほむらに対してリブロムは話しかける。

 

「今度はそっちの番だぜ。お嬢さん。名前を教えてくれ」

「わ……分かったわ、私は暁美ほむら。あなたの言う通り、この時間軸の人間ではないわ」

 

 それだけ言うとほむらは押し黙ってしまう。

 だがリブロムは沈黙を許さず、立て続けにほむらに向かって質問を続ける。

 

「オイオイ、俺の目的のためにもアンタの目的のためにも、ここで押し黙ってもらっちゃ困るんだよな。まず、ほむらお前がここへ来た目的ってのは何なんだ?」

「それは……」

 

 リブロムはあくまで紳士的にほむらが怯えないように話しかけるが、ほむらの口は重かった。

 これまで何度話しても信じてもらえなかったという事実は、簡単に頑なに閉ざされた心を動かさないでいたが、それでもリブロムは少女が話してくれるまでジッと待つことを選んだ。

 その視線の前に根負けしたのか、ほむらはポツポツと語り出す。

 魔法少女とキュゥべえの存在、自分が魔法少女になった経緯、時間軸を移動できる能力と時間を止める能力、そして鹿目まどかを救うため、これまでに繰り返してきた戦いの日々、そしてひと月後ぐらいに襲ってくるワルプルギスの夜の存在、それらを一語一句丁寧に語り出した。

 話を終える頃には夕焼けに包まれていた町は暗闇に覆われ、静寂に包まれていた。

 

「とまぁ、こんなところよ。どうせ信じてもらえないだろうけど……」

「いや信じるね」

 

 予想とは反してリブロムは相変わらず、ニヤニヤと皮肉めいた笑みを浮かべながら語り出す。

 

「そんな嘘をついて、何のメリットがあるって話だ。それに世の中には自分の常識じゃ測れないような出来事だってある。人同士の信頼関係なんてのは、まずは互いを理解して信じることからだろうがよ」

「あなたは人間じゃなくて本でしょ……私の目的は話したわ、今度はあなたの番よリブロム」

 

 少し信頼関係が築けたことに、リブロムはニヤニヤと口元を邪悪に歪ませながら話し出す。

 

「まぁお前と同じさ、ほむら。俺もな、元の世界ではその存在が消え去った存在なんだが、どういうわけか、この世界にこの姿で転生しちまった。まぁ、俺が本来持っていた能力は消えて、代わりに別な能力が備わっちまったがな」

「無駄話はいいわ。目的だけを簡潔に話してちょうだい」

 

 相変わらずほむらは冷淡な目で見下ろすばかりだった。

 その姿にリブロムはほむらに対してかなり偏屈な性格だという印象を受け、ため息をつきながらも自分の目的を語り出す。

 

「俺もお前と同じだ。自分が何回目の自分かって言うのがなんとなくではあるがわかるんだ。俺はいい加減、この不毛なループを抜け出したい」

 

 これもまた自分が時間を逆行し続けてきた影響なのだろうか、罪悪感にさいなまれてしまえば一瞬で自分の心は崩壊してしまう。

 ほむらは気丈に振舞いながら話を進める。

 

「それで私にテレパシーを送って、SOSを出していたというのね」

「ああ、やっと通じたぜ」

「それであなたに何が出来るというの? ただ助けてと言われても、あなたに出来ることは祈ることぐらいよ、私は私のなすべきことをするだけだわ」

 

 自分の目的についてほむらが食いついたのを見ると、リブロムは自分の体を開いて、ページをほむらに見せる。

 ほむらがページをのぞき込むと、そこには漆黒の法衣に身を包んだ一人の青年が映っていた。

 魔女とは違う異形の物を次々となぎ倒す青年の姿が、まるで映画のように映し出されていく光景にほむらは何も言わずにページを見続けていたが、リブロムは勢いよく飛び上がってページを閉じると、再びほむらと向かい合う。

 

「俺は本来持っている能力をこの世界に来て失ってしまった。まぁ目的がかなったからってのが一番の理由かもしれないがな。だが代わりに別の能力が備わった。一回こっきりだがな」

「それはさっき聞いたわ。もったいぶらずに話しなさい」

 

 自分に残された時間は決して無限ではない、その事実を何度も思い知らされているほむらはリブロムの口調に苛立ちを覚え、先程よりも強い口調で促す。

 するとリブロムは自分の体からページを一枚ちぎって、ほむらに渡す。

 ページを受け取るとそこには魔法陣が描かれていた。

 それがどんな魔法を発動するための魔法陣かはわからないが、ほむらは本能的に察した。

 これは自分が戦いに勝利するための重要な鍵であることを。

 

「俺がこの世界で得た能力、それはある一人の魔法使いをこの世界に呼び寄せる。ただそれだけだ、だがそれには強力な魔力を持った魔法使いの存在が必須だ。それを呼び寄せるために、俺は強力な魔力を持った魔法使いのみが感知できるテレパシーを送り続けた。待っていたぜほむら……」

 

 その巨大な右目には涙が浮かび上がっていた。

 その涙から、これまでリブロムが気の遠くなるような時間を過ごしていたことがわかる。

 もしかしたら、いやこのチャンスを物にしなくてはいけない。覚悟を決めたほむらはリブロムの涙を手で拭うと、ページとリブロムを持って立ち上がる。

 

「その力、使わせてもらうわ。でもここは借り物の住居よ。人の迷惑のかからない場所へと移動するわ」

 

 それだけを言うとほむらはリブロムを抱えたまま歩き出す。

 足取りには決意が感じられた。

 もしかしたらではない今度こそという。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 廃ビルの一室でほむらは四方をドラム缶の中のたき火で照らしながら、中央に魔法陣が描かれたページを置く。

 次にどうすればいいのかを近くに置いたリブロムに向けて目線で訴えかけると、リブロムはゆっくりと語り出す。

 

「人一人を異世界から呼び出そうってんだ。生半なことじゃ無理だ。供物をささげるんだ。魔力を持った供物をな」

 

 魔力を持った供物と言われ、ほむらは辛そうな顔を浮かべる。

 自分の能力魔法停止は攻撃には向いていないので、主な攻撃の手段として自衛隊や暴力団からの銃火器の窃盗で賄っていた。

 だが近代兵器に魔力など備わっているはずがない、唯一魔力が備わっている物と言えば、時間停止の盾だけである。

 だがそれを生贄にささげるのはギャンブルだ。

 まだこの時間軸での武器の確保も寂しい状態だし、グリーフシードの確保、ワルプルギスの夜のためにも、この能力は出来るだけ取っておきたい。

 もうやり直さないと決めたほむらは、額に汗を流しながらも変身して魔法少女の姿になって、リブロムの元に近付く。

 

「ほうそれがお前の魔法使いとしての法衣姿か、中々どうしてエレガントじゃないか」

「無駄話はいいわ。それより……」

 

 ほむらは盾を突き出してリブロムに見せる。

 中には砂時計があり、この砂の残量だけ自分は時間停止能力が使えることを告げると、リブロムに答えを求める。

 

「これが私が使える唯一の魔法よ。でもこれは切り札として取っておきたいの。どれだけ使えばいいの?」

「犠牲を恐れていたら何も変わらないぞ……」

「今の私に正論での説教を聞く度量なんてないわ。そんなことより答えなさい、どれだけ使えば異世界の魔法使いを呼び出すことが出来るの」

 

 相変わらずの冷淡な顔であったが、その眼に焦りの色があることをリブロムは感じていた。

 リブロムは盾の中にある砂時計を見て、供物としてどれだけの価値があるかを計算しだして、答えを導き出す。

 

「かなり強力な供物だ。これなら全体の15%も使えば、召喚に答えてくれる」

「15%ね……」

 

 思っていたほど多くはなかったが、それでも、もしものことを考えれば躊躇してしまう量であった。

 だがここで先程のリブロムの言葉が脳内で再生される。

 

『犠牲を恐れていては何も変わらない』

 

 これが千載一遇のチャンスだと自分に言い聞かせるとほむらはページの上に盾を置く、そしてリブロムに目で合図を送った。

 

「後は任せろ!」

 

 砂時計の砂を生贄に捧げ、リブロムは呪文を唱えていく。

 その瞬間ページの中の魔法陣は床一面に光となって広がって行き、室内は禍々しい赤い光で覆われた。

 そこに異常なエネルギーが発生しているのをほむらも感じ取り、期待や不安は消し飛んでこの儀式が無事に済むかどうかだけが頭を過っていた。

 そんな少女の不安に構わず、リブロムは呪文の詠唱を繰り返すと最後に勢いよく叫ぶ。

 

「来やがれ! お前の物語を紡ぐためにも!」

 

 声と同時に真っ白な光に辺りは包まれた。

 その凄まじいエネルギー量にほむらは目を開けてられず、固く目を閉じた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 巨大な脂肪の塊のような鳥、三つ首の犬の化け物、内臓が体から飛び出し触手のようになった難破船のような化け物、それらを相手に魔法使いの青年は槍を呼び出して飛び上がりながらも突きの攻撃を繰り返す。

 上空に飛び上って時間ができている間に魔力を込め、槍を突き出すと穂先からエネルギーの塊が飛び出して魔物たちを襲う。

 

 『赤ずきん』から奪った『憑依者の豪槍』は槍の中ではトップレベルの攻撃力を誇っていて、エネルギー弾と穂先で連続で啄まれる攻撃の数々に魔物たちの体力は奪われていく。

 青年は行き場のない苛立ちを魔物たちにぶつけるかの如く、連撃を繰り返していき、呪部が破壊され真っ黒な血が飛散していくのを見ると、青年は最後のトドメを放とうともう一つの魔法を発動する。

 

 手の中に握りしめられた『隼の羽』を供物に人間の速度では不可能な速度で移動し、その速度のまま槍で魔物たちを突き刺し続け、神速と化した槍は当人しか見分けられない速度で魔物たちを啄んでいき、最後の一撃を振り払うと魔物たちはその肉体を保ってられず、元の人間へと戻って行く。

 青年は槍をしまって、魔物だった人間の元へと向かうと選択を与える。

 

「生贄か? 救済か? どうする?」

「もういい……殺してくれ……」

 

 言われるがままに青年は絶望に満ちた魂に右手をかざし、その魂を右腕に宿らせる。

 いつものように仕事を終えて、虚脱感だけが心の中を覆う感覚を覚える。

 人を殺した後というのはいつもこうだ。どす黒いヘドロのような何かが体の外や中にまで這うような感覚が襲う。

 青年はその場を後にしてフードを被って、再び魔物を求めようとした瞬間だった。

 後方から凄まじいエネルギーを感じ、振り返る。

 

 ――聖杯か⁉

 

 真っ先に思ったのは自分の相棒がその身を挺して、自らの肉体と共に葬り去った魔物を生み出す存在『聖杯』

 だがそこには何もなく、光の空洞だけがポッカリと広がっていて、そこからは力強い声が響いていた。

 

「来やがれ! お前の物語を紡ぐためにも!」

 ――リブロム⁉

 

 聞きなれたリブロムの声に青年は困惑しながらも、考える間もなく光の穴へと青年は吸い込まれていく。

 青年がいなくなり、その廃墟には再び不気味な静寂だけが包み込んでいた。

 何も存在しないという絶望的な空気に包まれた静寂が。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 光が収まるとほむらはゆっくりと目を開ける。

 砂埃が辺り一面に舞っていて、まず真っ先に探したのは自分の盾、足元に落ちていたそれを拾い上げると、再び自分の腕へと装着し、砂時計の残量を確かめる。

 リブロムが言った通りの量だけ、中の砂は減っていた。

 そして次に中央の魔法陣に変化はあったかどうか、砂埃を払いながらゆっくり近づくと足元に人の肉の感触があたった。

 

「うぅ……」

 

 そこから聞こえてきたのは一人の青年の声だった。

 砂埃が払われると同時に青年の姿が現れる。

 栗色の髪をスポーツ刈りで短く切り分けられた髪形に、無精髭を生やしながらも整った顔立ちの青年がそこには居た。

 漆黒の智識の法衣に身を包んだ魔法使いを見ると、リブロムは懐かしそうに元の世界にいた存在を見て嬉しそうに声をかける。

 

「俺の声に反応したということは、お前が俺の代わりに俺の物語を紡いでくれた魔法使いなんだな?」

「リブロム⁉ 何でお前が⁉」

「話はあとだ。まずはそこのお嬢さんの話を聞け」

 

 リブロムに言われると、青年は人の気配がする方向へと顔を向ける。

 そこにはいたのは魔法使いと名乗るにはあまりに幼い年端もいかない少女。

 この異常な状況にもかかわらず、少女の表情は冷淡その物であったが、青年は見抜いていた。

 この少女はどこかで無理をしている。かつての自分の相棒を連想させていた。その直感を青年は信じた。

 そんな青年に構わず少女は話を進める。

 

「あなたがリブロムの呼びかけに応じてくれた魔法使い?」

「あ、ああ……だが一体何がどうなっているんだ?」

 

 目的を一つ果たし、前進したのを感じたが、今までの経験からそう簡単に浮かれることはできなかった。

 ほむらは相変わらずの仏頂面のまま話を進める。

 

「ゆっくりと説明していくわ……」

 

 ここに魔法使いと魔法少女、本来交わるはずのない二つの存在が一つになった。

 この二人を見てリブロムは感じていた。

 ここから紡ぎだされる二人の物語は良くも悪くも波乱に満ちた物になるであろうと。




こうして本来交じり合うはずのない二人の魔法使いが出会いました。
彼との出会いがほむらに取って、どのような結末を迎え入れるのでしょうか?
もしよければ次回も又お付き合い下さい。

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