土曜日の朝日を拝み、朝御飯を食べて新聞を読み終わった後。
僕らは旅支度を終えたナタネちゃんを見送る為、裏庭に集っていた。
「よいしょっと」
大きなリュックサックを背負うナタネちゃん。最初来た時よりリュックが大きくなっているのは気のせいじゃないよね。
シンオウ地方まではミナモシティから出る客船に乗って帰るらしく、ミナモシティまではトロピウスに乗っていけばいいから見送りは
ナタネちゃんの手持ちポケモンと僕の手持ちポケモンが各々でお別れの挨拶をしている仲、ナタネちゃんは僕を見てから頭を下げる。
「それじゃあハヤシさん、今までお世話になりました」
「いやいや、こちらこそお世話になりましたよ」
ナタネちゃんが店に居る間は楽できたからねー。接客から庭弄り、畑仕事までお手伝いしてくれたもん。
何よりも……色々面倒事もあったけど、ナタネちゃんが来てから凄く楽しかったんだよ。
草タイプ好き同士通じる所もあって話も弾んだし、ちょこちょこバトルもした。働いていた時も何気に楽しかったなぁ。
新作の木の実スイーツを試食してくれた時の幸せそうな顔を見たはキュンって来たし。
ナタネちゃんの古参メンバーもそれぞれ別れを惜しんでいるようだし、ポケモン達にとってもここは良い思い出になってくれそうだ。
さて、ナタネちゃんに渡す
池からちょこちょこと走ってきたハーさんが、ナタネちゃんの足元にギュッと抱きついてきた。
小さな四本足が彼女の片足にしがみ付き、ハスボーのつぶらな瞳がナタネちゃんの顔をじーっと見つめている。
「……あの」
流石のナタネちゃんも面食らってハーさんに話しかけるが、ハーさんは離れる気配が無いどころか、逃がすかとばかりにギュっと強く抱きついてくる。
じーっと見上げているハーさんを見て、ああなるほど、と思わず口走る僕。理由が解ったので、どうすればいいのかと戸惑うナタネちゃんに声を掛ける。
「ナタネちゃん、ハーさんはナタネちゃんと一緒に居たいみたいだし、よかったら連れてってくれない?」
「……いいの?ハヤシさんのポケモンじゃあ」
「ハーさんは半野良だよ?ボールで捕まえたことない」
「そうなの!?名前付いているからてっきり……」
言っていなかったっけ?言っていないよね。
まぁこんなに小さいのに人慣れしているから、ナタネちゃんは僕が親だと思い込んでいたのだろうね。
いつの間にかナタネちゃんはハスボーと視線を合わせるようして持ち上げ、じっと見詰め合っている。
「……一緒に来てくれる?」
「ハボッ!」
もちろん!と言っているように元気よく答えるハーさん。……ローちゃん、ハーさんが行っちゃうからって泣かないの。
それを見て嬉しそうな顔をした後、ナタネちゃんはいつものようにハーさんを胸に抱きしめた。ハーさんも嬉しそうだ。
元々から人懐っこいハーさんだけど、ナタネちゃんと出会ってからは彼女に引っ付くようになった。それだけナタネちゃんを気に入ったからこそ、離れたくないあまり、この庭を出て行くことに決めたんだ。
なら、僕はそんなハーさんの為に、ハーさんをナタネちゃんに譲るべきだ……勿体無いっていう気持ちが強いけど。だって可愛いじゃんハーさん。
「ハーさんを大事にしてね」
「もちろん!」
ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めるナタネちゃん。彼女ならきっと大事に、そして強く育ててくれる事だろう。
さて、もう1つ選別が……お、ヒートフォルムになったロトやんが来たね。ナタネちゃんがビクって震えたから、すぐ解ったよ。
ロトやんもナタネちゃんを見てビクビクしているが、オーブンの蓋であるお腹を僕に差し向ける。僕はその蓋を開け、中身を出す。
―ああ、ブリーの実の甘い香りが香ばしい。
「んー、いい香り♪」
「この香り……もしかしてブリーの実のクッキーかな?」
ご名答~。ブリーの実を乾かして、それをクッキーの生地と混ぜて焼いたクッキーだよ。早起きして作っておいたんだ。
焼きたてのそれをロトやんの手が掻き集め、用意しておいたクッキー用の缶にザラザラと流し込む。ゴーさんにドダイトス、そんな目をしてもあげないからね。
なにせこのクッキーは、ナタネちゃんへの贈り物なんだから。
「ほい」
「はい?」
「ナタネちゃんはブリーの実のクッキーが一番好きだったよね?だからあげる」
蓋を閉じただけのクッキー缶をナタネちゃん……というかハーさんの雨受け皿に乗せる。ハーさんは迷惑ってわけでもなさそうだ。
呆然としているナタネちゃんを余所に、僕はさらさらっとメモ用紙にこの店の住所を記し、それを切り取ってナタネちゃんの指と指の間に挟み込む。
「もし食べたくなったら、またここに遊びに来るか、手紙を送ってよ。いつでも美味しい木の実菓子を作って、この裏庭で待っているからさ―――僕ら、友達だもんね」
身勝手な妄想じゃなければいいんだけど。ナタネちゃんには是非とも遊びに来て欲しいし、手紙を出して欲しい。その時は大歓迎するさ。
ロトやんも僕の背の陰でオドオドしながらも、ナタネちゃんにペコリと頭を下げる。短かったしまだ慣れていないけど、この子もナタネちゃんと遊べて嬉しかったみたいだし。
呆然として僕を見るナタネちゃんだけど、次第に口をへの字に曲げ……あ、泣き出した。
「泣いてるの?」
「泣いてない!」
しっかり泣いているよ。強がりしちゃって。
ナタネちゃんは袖で涙を拭き取ってハーさんを降ろし、僕が渡したメモに何かを書き加え、そこだけ千切った物を僕に握らせる。
「手紙、帰ったら絶対に出します!後ライブキャスター買ったら、ここに連絡してください!」
どうやらメモに書いたのはナタネちゃんのライブキャスターの番号らしい。僕は笑みを浮かべて頷き、そのメモ用紙をポケットに入れる。
手渡した僕の手を両手でぎゅっとにぎり、ブンブンと振りだした。敢えて逆らわず、されるがままにされる。
「シンオウ地方に遊びに来るときは言ってください!大歓迎しますから!手作り菓子、期待して待っていますから!」
「うん。もちろんだよ」
最後に菓子をねだる辺りは彼女らしい。だから微笑ましい。
もう一度袖で目元を拭った後、ナタネちゃんは「行くよ」と言ってハーさんを除くポケモン達をボールに戻してトロピウスに跨る。
―あ、そういえば聞くの忘れてた。
「ねぇナタネちゃん、実は初めて会った日からずーっと気になっていたんだけど……君って結局、何者なの?」
強く育っている草ポケモンを持っていて、仕事が出来て、アスナさんとも親しい……自称「草ポケモンが好きなだけのトレーナー」。
徐々に彼女を知っていく中、彼女が只者でないことと、何かを忘れているような気がしてならない感覚が増えていく事が解ってきた。
だから今更だけど―――否、今だからこそ聞いてみる。彼女は何者なのか。
当のナタネちゃんは目をパチクリして呆然とした後―――唐突に笑い出した。
「ふっふっふ……」
な、なにさその含み笑いは……っと、トロピウスの背に立ち、首元に手を添えてこちらを見下ろしてきた。
「今まで黙っていてごめんね……草タイプが好きなだけのトレーナーとは、私の仮の姿」
黙っていてごめん?仮の姿?な、なにがはじまるんです?
「しかし、その実体は―――!」
――そ、その手に掲げたバッジはまさか……ハクタイジムのシンボル「フォレストバッジ」!?
「シンオウ地方ハクタイジムリーダー……ナタネなのよ!」
「な、なんだってーーー!?」
思い出した思い出した思い出したぁぁぁぁ!ここんとこホミカさんに夢中ですっかり忘れてたぁぁぁぁぁ!!
「は、『映える緑のポケモン使い』、ナタネちゃん!?今まで気づかなかったけど本物?本物なの!?ていうか本物だぁぁぁ!こういうのもなんだけど、草タイプ好きとしてあなたの大ファンです!サイン下さい!」
うっはー!今更だけど改めてみると前に見たテレビ番組に出てた姿そっくりだ!なんで気づかなかったんだろ、ていうか理由言ったよね恥ずかしい!
世間じゃ草タイプジムリーダーっていえばエリカさんがメジャーだろうけど、個人的にはナタネさんの方が良いと思う!草タイプの技で豪快に圧す勇姿がカッコイイから!
……あ、呆れてる?呆れているんでしょ!?今更になって気づいたのコイツ、みたいなバカにしているような顔をして!自分でもバカだと思うけど!
ナタネちゃんはクスっと笑った後、トスンとトロピウスの背に跨り、トロピウスが羽ばたき出す。
「次に会えたらサインあげるからね、おマヌケさん!バイバイ!」
そう茶目っ気にウィンクした後、トロピウスは大空へと羽ばたいていった。ハーさんが短い前脚で手を振っていたような。
空の果てへと吸い込まれていくトロピウスの背を、僕は呆然と見送っていた。
「今度お詫びの手紙を送ろ……お菓子付きで」
―続く―
最近はホミカブームだったからナタネのことをすっかり忘れていたというマヌケさん。
すっかり忘れていた時点でファンじゃないよねって話はしないであげて(汗)
もうちょっとだけ続くんじゃよ。