<GAME SIDE Another>
【サミエル=レイトルフの場合】
勇者様について? タツミのことッスか。あー……、確かにあいつは得体の知れないやつッスよ。自分は異世界の人間だ、とか言い出したときは、こいつアタマおかしいんじゃねえかと思ったし。
んで、いざ一緒に行動してみたらマジでこの世界の習慣を知らないみたいで、「トイレの男性用マークはどっちだ」とか聞いてくるから焦ったッス。「革靴」が男用で「扇子」が女用のマークだって、世界共通の常識じゃないスか?
あとほら、よく宿屋でメシの後にサービスでニームの枝がついてくるっしょ。なんとあれをポリポリ食っちまったりとか。
「……勇者様、それ噛んで柔らかくして、歯を磨くんスよ」
と俺が呆れ半分で教えてやったら、えらく感心してたっけ。
あげくに、パーティの金銭管理はリーダーの仕事だからって俺たちの所持金を預けた時は、「ええ! ゴールドって銀貨や銅貨もあるの!?」なんてこれまた当たり前のことに驚いてたし。本当にこいつがリーダーで大丈夫なのかって、俺も不安になったもんッスね。
だけどタツミって、すごく熱心なんスよね。行く先々の街や城で片っ端から本を読み漁って、暇さえあればロダムやエリスに、呪文や世界の歴史について習ったりしてる。俺にも魔物との戦いの注意点とか、しょっちゅう質問してくるし。
今でこそあいつも慣れたもんで、旅のプランニングや経費の計算、売買の交渉とか、冒険に関する雑務も一通りこなしてるけどさ。もともと記憶力はすこぶるいいヤツだったけど、こんな短期間で覚えたのは、やっぱ努力の
まあ厳しいことを言えば、この程度はどのパーティでも当たり前にやってることで、冒険者としてはまだ全っ然なっちゃいないッスけどね。
まして「勇者」が魔物と戦えないなんざ、よそには絶対に知られたくない話だし……。
それでもなぁ。
血がダメなのはかなりマジだろうに、あいつは吐いても吐いても逃げ出さずに俺たちの戦いを見守ってるんスよ。俺自身が知らないうちに負っていたケガに気付いてくれたり、エリスもほら、女ゆえのサイクルってのがあるっしょ? それで体調が悪いのを見抜いて、俺らに「フォローしてあげてね」ってさり気なく頼んできたりとか。
マメっちゅうかなんちゅうか、いつも俺たちを気遣ってて……自分の方こそ、戦闘のたびに顔が真っ青になってるってのにな。
だから、あいつが戦えないなら俺が二人分戦えばいいや、なんて。
いろいろ頼りないヤツだけど、今の俺たちのリーダーは、やっぱタツミなんスよね。
そういうことで、王様。
あいつが理不尽に罰せられるのは許せないッスよ、俺は。
◇
なーんて意気込んでアリアハンの刑場に乗り込んだ俺たちだったんスけどねぇ。
現在、その王様はひとり壇上でイジけてますよ。先刻の騒動ですっかり存在を忘れられていたのがよっぽど悲しかったらしいッスね。執行役の兵士たちも「どうするよオイ」とかマゴついてるし、なんかもうすっかり
ピーヒョロロ〜と鳶が
「王よ、ここはいったん腰を据えて、じっくり話し合うべきではありませんか?」
だとさ。まあ無難な提案だわな。王様も渋々壇上から降りてきたんスけど、なんか情けない顔してるわ。
タツミの方も同じように肩を落としてて、俺と目が合うと苦笑いした。
「今の王様の気持ち、僕もよくわかるよ。なんかこうして落ち着いちゃうと、結局のところ、『吐け!』『言うもんか!』『じゃあ痛めつけてやる!』『やるならやれよ!』とお互いに意地を張り合ってただけ——って感じだもんね〜」
「っぷ」
思わず吹き出した俺。本当にその通りだもんなぁ。
タツミはそれで吹っ切れたらしく、一歩前に出ると、王様に思いっきり頭を下げた。
「あの、王様。いろいろ失礼なこと言っちゃって申し訳ありませんでした!」
そうそう、うちのリーダーは本来、自分が悪いと思ったらすぐにちゃんと謝る人間だもんな。今回みたいにわざと反感買うような真似してるのは、全然らしくないんスよ。
王様もしばらーく黙っていたけど、やがて降参とばかりに両手を挙げた。
「わかったもうよい。不問とする。貴様ではないが、だんだん余も面倒になってきたわ。お前たちも下がってよいぞ」
どこかスッキリしたように笑いながら、王様は兵士たちに退席を命じた。兵士たちはサッと敬礼すると、物騒な道具をかかえてそそくさと刑場を出て行く。あいつらも本当は嫌々従事していたんだろうな。
アリアハンはもともと平和ってゆーか、ノンビリした国ッスからね。魔物ガラみの暗い事件はたびたび起きてるけど、それがなきゃこんな陰気な話は滅多に無い。いつだったか、王様が自分の息子みたいに大事に思ってるオルテガ様のご子息に
「まったく、本当に虫の好かんヤツだ貴様は。余の力量を試すなど、侮辱罪で打ち首にされても文句は言えんのだぞ?」
王様がチョンと首に手を当てるマネをすると、タツミは胸の前で手を組みつつブンブン首を振った。
「いやだなー王様、僕そんな恐れ多いことコレっぽっちも思ってませんよ? 偉大にして神聖なる
「だーまーれ、少しは物怖じせんかこのクソガキが。……まあ確かに、余も少しばかり頭に血が昇っていたかもしれんが」
ありゃ? なんかこの二人、かえって仲良くなってないか?
「ふむ。やはりアリアハン国王は立派な方だな」
とか言いつつレイさんはニタニタしてるし。この人も最初から結末が読めてたっぽいな。
「さて、余は譲歩したぞ。次は貴様の番であろう?」
王様の言葉に、タツミは少し困ったような顔でうなずいた。
「——わかってます、アルス君のことですよね」
アルセッド=D=ランバート。
本来、俺たちがともに旅をするはずだった、真の勇者たる少年。
タツミは間違いなく「彼」の身に起きたことを偽っている。それは王様が疑問に思うまでもなく、俺たち三人も薄々察していたことだ……が。
けど実は、「とりあえず向こうが言い出すまではそっとしておこう」って俺たちの中で話し合いは済んでたりする。実際あいつはマジメに勇者として人助けの旅を続けてるんだし、たとえ隠し事をしていようとそれなりの事情があるんだろう、ってさ。
だいたい、王様がタツミに「アルスの名声を横取りしようとしている
でもまあ、そろそろ真実を聞いておきたいところではあるなぁ。
エリスやロダムも同じ考えなのか、じっとタツミの方を見つめてる。
うちの勇者様もそれに気付いたのか、軽く肩をすくめてうなずいた。
「わかりました。僕にわかる範囲のことはお話します。ひとまず腰を落ち着ける場所を貸していただけますか、王様?」
【エリス=ダートリーの場合】
タツミ様のこと、ですか?
そうですね。実はその……今だから言える話ですが、最初の頃、私は彼をまったく信じていませんでした。
タツミ様は一見すると、温和で人当たりが良くて会話上手、他人とすぐに打ち解けられる方ですが——その笑顔の裏でいつもクールに場の空気を読み、先を計算しているようなところがあります。私だって、ついついアルス様と比較してしまうからこそ、そういう性質に気付きましたが、普通の人は彼の表面的な笑顔に簡単に騙されるでしょうね。
あ、ごめんなさい、騙されるというのは言い方が悪いわ。それが彼なりの気遣いや優しさなんだって、今はもうわかっていますから。
まあロマリアにいた頃までは私もそんな感じで、
(このニセモノがアルス様の命を握っているのかしら)
と本気で不安に思っていました。王様が疑っていたように、私も彼が、アルス様に成り代わろうとしている魔王の手先かなにかでは……と考えていたんです。
だからモンスター格闘場での八百長じみた大勝にも大げさに感心してみせましたし、おとなしく彼の指示に従って金の冠を取り返しにも行きました。
どういういきさつなのか一時的にロマリアの国王代理を務めることになった彼から、
「僕、王様してる間にちょっとやっときたいことがあるんだ。そんなにかからないから、しばらく宿屋でのんびりしててよ」
そう言われましたが、私は彼に秘書役として手伝いを申し出ました。だって、こんな怪しい人間にロマリアのような大国の権力を渡すなんて危険じゃないですか。
「ありがとうエリス、本当に助かるよ。ごめんね、疲れてるのに」
少し照れたように言う彼に、
「いいえ、お気になさらずに。タツミ様の方こそずっと働きづめではないですか、少しは休まれたほうがいいですよ?」
なんて白々しく心配するフリをしながら、私は彼の動向を探っていたんです。
結局、タツミ様は約束どおりすぐに王位を返還し、一日も経たずにロマリアを出立することになりましたけど。
——それから、初の魔物との戦闘に至り。
タツミ様が血に弱いということが、ここで初めてわかりました。
冒険者の中にも苦手という人はいますよ。ロダムのような僧侶など、基本的に殺生ごとは好みませんし。でも彼の……血液恐怖症というのでしょうか、あれは半端ではないですね。木陰で吐いているのを見かねて水筒を持って行きましたが、とても演技とは思えないくらい参っていました。
なのに、
「ごめんね〜、血はどうも苦手なんだよねw 近いうちに必ずなんとかするからさ」
と、必死に笑顔を作ろうとするんですもの。
この人、悪い人じゃないのかしら……?
ふとよぎったその思いは、ピラミッドで確信に変わりました。
タツミ様と二人で落とし穴にはまり、魔法が使えない地下道を彷徨い歩き、どうにもならなくなって通路の隅に隠れて休んでいた時です。
気を紛らわせようと雑談をしていたんですけれど。
その会話の方向性が、私に
むしろ遠回しに誤魔化さないではっきり言ってくれた方が良かったんですが、男の彼から女の私に「身代わりになれ」とはさすがに言い辛いのでしょう。そう思って、親切心で私の方から言ってあげたんですよ。
私を置いていけ、と。
抱きしめてあげたのは、まあちょっとしたサービスで。
……すぐに後悔しましたけどね。
その時のタツミ様の表情は、今でも忘れられません。
悔恨とか自己嫌悪とか、なにかそういった、自分に刃を向けるような負の感情に一気に支配されてしまったかのような。
うまく言えないんですが、たとえば、大切な人をどうしようもない理由で殺してしまった、その直後みたいな。もう他人にはどうすることもできないくらい自分を追い込んでしまった人を、目の前でただ見ているしかない状態というのか……。
しかも驚いたのは、彼は次の瞬間には、スッといつもの笑顔でそれらすべてを覆い隠してしまったことです。
「じゃあ、ちょっと様子を見てくるから、君はここで待っててくれる?」
まるでなにごともなかったかのように。正直、私はほっとしました。私には、さっきの状態の彼にどう対処していいかわからないもの。
だから、あの時の私の言葉の、本当の意味は。
「なるべく早く、帰ってきてくださいね」
そしてさっさとどこかの街に戻って、宿を取って、この人に暖かくしておいしいものを食べさせて、ゆっくり眠らせてあげたい。
そう思ったんです。
キスをしたのは……よくわかりません。
私の方こそごめんなさい、って、そんな気持ちの表れだったような気がします。
◇
刑場から応接間に移動した私たちは、そこでタツミ様のお話を聞くことになりました。
「まず謝ります。僕、嘘をついてました。アルス君がいなくなったことに関して、魔王が直接なにかしたわけじゃないんです」
アルス様は魔王に封じ込められたのではなく、タツミ様の異世界に飛ばされ、替わりにタツミ様がこの世界に送られたというのです。
つまりお二人は入れ替わってしまったのだ、と。
「ではアルセッドはどうしてるのだ? 無事なのか」
王様の問いかけに、タツミ様は自信が無さそうにうなずきました。
「たぶん。僕が住んでいた世界に魔物はいませんし、アルス君ほどの戦闘技術を持つ人間もほとんどいません。まず危険はないと思います」
私も少しですが、タツミ様が住んでいらした世界について聞いたことがありました。魔術の類はいっさい存在せず、まったく異なる文明を持つタツミ様の故郷。そこは魔王も魔物もいない平和な世界であると。
タツミ様はそこで溜息をつきました。
「正直、僕もなにが起こってるのかわかってないんです。この世界に来る直前に、神様だかなんだかに簡単な説明をされただけで……。僕がアルス君の代わりに魔王を倒さなければいけないらしいんで、やっぱり魔王が間接的に関わっているのかもしれませんけど、それも僕には答えようがありません」
「なるほどな。君も大変だったね、青少年」
レイ様がしみじみと言いました。
「いきなり見知らぬ世界で『勇者』をやれなんて言われて。よくやってるじゃないか」
「まあなんとか。——ただ、アルス君の方はどうも以前から、僕や、あっちの世界のことを知っていたみたいです。『夢を通して見ていた』と言っていました」
え、夢で見ていた……?
(——聞いてくれよエリス、また例の『夢』を見たんだ。ほんと不思議な世界だよ、ヒコウキってわかるか? 何百人も人を乗せて空を飛ぶんだぜ。ラーミアよりすげえよな!)
どうしてでしょうか。嬉しそうに語るアルス様の姿が浮かびます。
そんなこと、過去に一度もなかったはずなのに。
「なんだか貴様はアルセッドを知らぬような口ぶりだな。以前、余に『アルセッドは自分にとっても大切な存在だ』と言い切ったではないか」
王様がややキツイ口調で尋ねました。タツミ様はそれにも困った顔になりました。
「それは間違いありませんが……。当時は彼がアルスという名で、しかも僕とそっくりだなんて知りもしませんでした」
「知らないけれど大切な存在? タツミ殿、どういうことですかな?」
ロダムが首をひねります。
「えーと、なんて言えばいいのかな。僕の世界では、彼の冒険譚が絵本みたいな形で残されているんだよ。この世界にも古い伝説や神話を描いた子供向けの絵本はあるだろ? 僕もそういうのを読んで育ったというか……だから、勇者アルスは僕にとって憧れの英雄というか、なんかそんな感じなんだ」
「すでに伝説になってるって? じゃあタツミさんトコの世界って、未来の世界なんスか? これからどうなるかも知ってるとか」
興味
「もしかしたらそうかもね。僕が知ってる話では、勇者は魔王を倒して世界を平和にするよ。登場人物の名前はハッキリしないんだけど、戦士や僧侶や魔法使いが仲間だったから、きっと君たちのことなんじゃないかな?」
おっしゃぁ〜!と嬉しそうにガッツポーズをするサミエルを、王様は呆れたように見ています。
「まあそれはわかった。で、アルセッドのことだが……まさかと思いたいが、自らの意思で貴様の世界に行ったのか?」
王様がそう問いかけると、タツミ様は申し訳なさそうに首肯しました。
「だと思います。でも、なんだかつらそうに見えました。皆さんからこんなに頼りにされて、心配されてるんですから、きっとよほどの事情があったんじゃないかな……」
その後もいくつか質問が出ましたが、タツミ様にもはっきりしないことばかりでした。
「貴様をアルセッドの後継と認めよう。余に報告を怠らぬように」
最後に王様から正式な許可が下りました。わけもわからず勇者を押しつけられた彼の苦労が、王様にも察していただけたのでしょう。
そこでひとまず、私たちは解散したのでした。
【ロダム=J=W=シャンメールの場合】
アリアハン城を出た我々は、その足でルイーダの店に向かいました。タツミ殿が、すぐにもレイ殿の歓迎パーティーをしたいと言い出したのです。
「僕のせいで変なことになっちゃったし。……それと、なんと言いますか、このままじゃサヤさんところに顔を出しづらいし。もちろん、落ち着いたらちゃんと行くけどさ」
勢いをつけるために先に一杯ひっかけたい、というところでしょうか。気持ちはわからないでもありませんが、そこはまずサヤ殿に謝りに帰る方が先では——。
と思ったのですが、
「ねえねえ、ダメかな〜?」
タツミ殿の「お ね が い♪ ウルウル瞳攻撃」にレイ殿とサミエルがあっという間に陥落したため、多数決で即決されました。
その後、ルイーダの店の二階の一室を借り切って、大いに盛り上がりました。
二時間くらい経ったでしょうか。
そろそろドンチャン騒ぎも一通り落ち着いた頃、私はふと、店内にタツミ殿の姿がないことに気が付きました。
彼はあれでなかなかの酒豪で、少々のお酒では参りませんが、酔って絡んできたレイ殿をあしらったり、それでまたいきり立ったエリスをなだめたり、調子に乗って脱ぎだしたサミエルを酒瓶でドついておとなしくさせたりと忙しく立ち回っていたので、息抜きをしに行ったのかもしれません。
私もそっと席を離れ、外へ出ました。少々気になっていたことがあり、この機会にタツミ殿に確かめられればと思ったのです。
彼は店の横を流れる城の外堀のふちに座っていました。すっかりお気に入りとなったスライムのヘニョを抱き、空中に投げ出した足をまるで子供のようにぶらぶらさせながら、水面に映った月を見つめています。
「疲れましたか」
私が声をかけると、気配には気づいていたのでしょう、彼は微笑んで片手をあげました。拒む様子はなく、隣に立った私に彼の方から話かけてきました。
「ごめんねロダム、嫌な思いをさせたね」
「それは、王様との約束のことですか? それともレイ殿のことですか?」
私の言葉に、彼はあう〜っと情けない声を出しました。
「どっちもだけど——。レイさんのアレさ、やっぱり本気だよね。年下をからかってるとかじゃないよね」
「まあ冗談ではなさそうですな。私も女性の気持ちはよくわかりませんが、少なくともレイ殿の人となりからして、ふざけてあのような言動はなさらないでしょう」
「だよねー……。いや確かにレイさんの戦力は欲しかったから、ちょっとは『仕掛け』たさ。でも別に女心をもてあそぶとか、そんなつもりはまったく無かったんだよ」
水面の月から上空の月へと仰ぎ見て、またうあ〜っとうなっています。
私はわざと澄ました顔を作って言いました。
「ほほぉ。わざわざ私に『自分が血に弱いことはレイさんに決して話さないで』と念を押してから、いかにも話してくれとばかりにサミエルと連れ立って武器屋に行ったり。洞窟内でも、我々にもまだ話していない悩みをレイ殿だけにはこっそり打ち明けたとか、いやはや勇者様もなかなかやり手だなと感心しておりましたが?」
そもそも、普段のタツミ殿はご自分がアルス殿の偽者だとバレないよう第三者への態度にはかなり気を遣っています。しかしレイ殿に限っては、妙に適当だったり、わざと弱みを見せていたところなど、ずっと気になっていたのです。
「だーからー! 『なんか頼りない後輩君をちょっと助けてやろうか』なんて思ってくれればいいなぁ、程度だったの! 王様に実力を計られてる状況でこっちから助力を仰ぐわけにもいかないし、でもこんなチャンスは逃したくなかったし。だいたいあんなスゴイ人が僕みたいなガキに本気で惚れるとか、あり得ないだろ? 普通は思わないってば!」
レイ殿のことは本当に予想外だったのでしょう。いつもどこか冷静に構えている彼が、すっかり弱りきった顔で言い訳しています。
なんだか私は、ようやく年相応の勇者様を見られたような気がして、ついつい笑顔になってしまいました。
「ではそういうことにしておきましょう。なに、レイ殿も立派な大人だ、自分の恋はきちんと自身で責任を取りますよ。あなたを悪く思ったりはしないでしょう」
「う〜……。僕ももう一回、ちゃんと謝るつもりだけどさぁ……」
「そうですね。——まあ、ひとまずレイ殿のことはそれとして」
それよりも問題は。
さきほどから、彼がなんとか話題を逸らそうとしている、もう一つの方です。
「……なぜ、我々に黙って国王とあのような約束をなさったんです。しかも、わざと国王を煽ったでしょう? あなたならもっと穏便に済ませることもできたはずです」
ヘニョをなぜていたタツミ殿の手が止まりました。
「どうしてですか。理由があるのでしょう?」
私はなるべく声に棘がないように問いを重ねました。
アリアハン城でのさっきの話も、私は彼がすべてを語ったとは思っていません。まだなにか隠しているのは間違いないでしょう。
ですが、タツミ殿はそこらの十五、六歳の子供とは訳が違う。彼が自分の身が可愛くて嘘や隠し事をするような子ではないことは、これまでの旅でわかっています。この少年がなにを一人で抱え込んでいるのか、少しでもその重荷を分け持ってあげたいと、そう思うのです。
「話してはくれませんか? そんなに、我々が信用できませんか」
スッと月が雲に隠れ、当たりが暗くなりました。
「……このゲームは本当に良くできてるよ」
ようやく、押し殺したような声が彼の口から漏れました。
「ゲーム?」
聞き返した私に、彼は独り言のように続けます。
「本気でクリアを目指すなら、どうしたって心の通い合った仲間が必要になる。利害関係だけのパーティでエンディングに到達できるほど甘くはなさそうだもんね。でもそうして絆を深めて、一緒に困難を乗り越えて、その先の最後の選択まで到達できた時、果たしてそれを全部捨ててまで『あっち』を選べるものなのかな?」
月が雲の陰から再び姿を現しました。
タツミ殿が私を見上げます。そして。
「帰りたくないって……思っちゃうのが、普通じゃないのかな?」
それは、ぐっとなにかに耐えているような。
私たちには入り込めない深いところで、ひとり孤独な戦いを強いられているような。
そんな胸が痛くなるような、笑顔でした。
「ここらでちょっと痛い目に遭わないとダメかなぁ、なんてバカなこと考えちゃったんだ。本当にごめんね、心配かけて。もうあんな無茶はしないよ」
なんと言っていいのかわからず立ちつくしている私に、タツミ殿はもう、いつもの飄々とした調子に戻っていました。「寒くなってきたネー」なんて腕をさすりながら、店に向かいます。
その後ろ姿が今にもフッと消えてしまいそうな気がして、私も急いで後を追いました。
彼の言ったことは、私にはよく理解できません。
ただ、「ゲーム」というからには勝敗がある。
そしてその負けというのが、先ほどの言葉の通り「この世界を好きになり、元の世界に帰りたくなくなってしまうこと」——なのであれば。
私たちがこうしていっしょに泣いたり笑ったり、心を通い合わせて旅をしていることのすべてが、彼にとっては重荷にしかならないと、そういうことになるのでしょうか。
それはひどく悲しい話だと……私は思いました。