<GAME SIDE>
「それ」は——相変わらずの勢いだった。
入り口付近で制止しようとしているらしい兵士たちの情けない悲鳴が聞こえてくる。僕の肩を掴んでいた執行役も加勢しに行ったので、起き上がって目隠しを外すと、陽光を鮮やかに反射する黒い
……嘘だろオイ。マジで? このタイミングで来ちゃうの?
いくら勇者だからってアンタ……デキすぎじゃね?
「これはどういうことだ!」
レイさんの澄んだアルトの声が場を一喝する。後ろにはエリスたちの姿もあった。
「東の!?」
「いったい彼はなんの罪で裁かれているのだ? 誰にとっても無益だろう、これは!」
出会い頭に世にも正論ブチかまされて、王様もたじたじになっている。引け目があるからなおさらだ。
「なぜそなたが……?」
王様が逆に問い返すと、レイさんはふんと鼻を鳴らした。
「世界退魔機構が私と彼の競争を取り決めたときから、ずっと疑問だったんだ。そんな
たっぷり嫌味のこもったセリフを投げつけてから、僕には柔らかく笑いかける。
「決め手は君がわざと試験を譲ったことだがね、青少年。神殿の人間に確認したら、最後の二つの宝箱の中身を変えることなどないと言っていたよ。まんまと騙されたな」
そこチェックされたかー。その場の思いつきだったし、やはり無理があったかな。
「勇者様! あなたはどうしてこう、全部ひとりで片付けようとするんですか!」
我慢できなくなったようにエリスが駆け寄ってきた。
「最初から私たちを頼ってくださったら、もっといい解決方法がいくらだって、い、いくらだって……もう! もうこのバカ勇者! バカ! バカバカ!」
「うわわ、ごめん泣かないでエリスっ。僕もまさかこんな——いったぁ!」
今度はスパコーンと頭を叩かれた。
「ロダム、杖は痛いよ……」
「じゅーぶん加減しておりますよ。まったく、サミエルが忠義をのけて明かしてくれなければ、我々は知らぬ間に後悔させられるところでしたぞ?」
「宿を出たフリしてすぐ戻ったってのに、部屋はもぬけの殻で俺も焦ったッスよ」
ええっ? 三人のうち誰かが王様から見張りを命じられてるのは察していたが。
「もしかして僕の『監視役』って……」
「俺ッス。試験に落ちたって報告した途端、逃げないように取り押さえろって指令が来てびっくりッスよ。本人に戻る意思があるからって、様子見に徹してたんスけど」
サミエルは悪びれもせずうなずいた。てっきりロダムが監視役だと思ってたけど、サミサミってば意外と役者?
「でも俺はありのままのことしか伝えてないッスよ。『アリアハンの一級討伐士として
最後はキッと主君を睨みつけるサミエル。
「わ、わきまえろレイトルフ!」
目を剥く王様に、サミエルは涼しい顔をしている。その隣にエリスとロダムが「自分も同意だ」とばかり無言で並ぶ。クビ確定、ヘタをすれば反逆罪で逮捕される可能性だってあるのに……。
「さて、私も少し格好つけるとしようか」
うるうるしている僕の肩をぽんと叩いて、レイさんが一歩踏み出した。優雅な動作で膝を着き、「騎士の礼」を取る。
「王よ。ルビス勅命という彼の言葉が信じられぬなら、私が神命に誓って保証する」
堂々と宣言する一級討伐士に、王様は息を呑んだ。しかも——、
「どうしても許されないなら、代わりに私の腕をもげばいい」
「なに言ってんのレイさん!?」
これには王様どころか、エリスたちや周りで成り行きを見守っている兵士たちも驚いた。当たり前だ、他国の『勇者』が簡単に口にしていいことじゃない。
「レイ=サイモンともあろう者が、この紛い物ごときになぜ……」
「そうだよ! 無関係のあなたがそこまでする義理はないでしょ?」
今回ばかりは僕も王様と同意見だ。慌ててレイさんの腕を引っ張って、撤回してくれと訴えた。
するとレイさん。ちょっと首をかしげると、僕の両肩に手を置いて、静かに告げた。
「無関係なんて言わないでくれ。惚れた弱みというものだよ、青少年」
……はい?
ブッ飛んだセリフを僕の脳みそが理解する前に、強く抱きしめられた。
「んんっ——!?」
唇に柔らかい感触が重ねられる。最初こそジタバタしたが、剣一本でモンスターの大群を蹴散らすような相手になんの抵抗ができようか。
「……んん…ん……」
しかもあれだ。大人のチューってやつですか? 何度も角度を変えてついばまれているうちに、そのせいなのか単に酸欠になったのか、頭がボーっとなってきた。
「ん……っふ…ぁ…」
ようやく解放されたときには、ろくに立っていられなくて。しなやかな長身にすがりつくように身体を預けたまま、ぼんやりしている頭を振る。
「すまない。でも好きなんだ。初めて逢った時から、ずっと」
耳元で熱っぽく囁かれ、のろのろと視線を上げると、端正な顔が間近で微笑んでいた。
「レイさん……僕は……」
どうしよう。急にそんなこと言われても。
困った僕が振り返ると。
全員が (OдO) という顔で固まっていた。
「いやぁああ!! うちの勇者様にナニしてくれやがってんのこの人ぉ!?」
「こンの変態が勇者様から離れろぉ! ってスリスリするなぁあ!!」
「だってカワイイんだもん。あ、こら返せ」
サミエルが僕の服をガシッとつかみ、レイさんから一気に一〇メートルくらいズザザザッと引き離した。
「大丈夫ですか勇者様!? ああ可哀相に、びっくりなさったでしょう」
エリスなんか、まるで交通事故に遭いかけた幼い我が子を心配する母親のようだ。さっき腕が切られかけていたときより激しくないか? 仲間たちのものすごい剣幕に、僕もどう反応していいのやら。
「えっと、そ、そりゃびっくりしたけど。変態は言いすぎじゃあ……」
「勇者様!? まままままさか」
「本気ッスか!?」
サーッと青ざめる二人に、ロダムだけはいつもの穏やかな口調で、
「落ち着きなさいエリス、サミエル。混乱してはなりません。ほら、衆道も武士の嗜みと申しますし——」
「武士ってなんスかー!? あんたが一番混乱しとるわ!」
アリアハン第二近衛隊副長に蹴飛ばされて転がる宮廷司祭殿。散々な言われようにも関わらず、レイさんは楽しそうに笑っている。
「ははは、厳しいね。私はそんなに不釣合いかな?」
「うがー!! まだ言うか! 叩っ斬るぞ変態勇者!」
ちょっ、そりゃいくらなんでも言いすぎだ。
「やめなってサミエル! た、確かに僕とレイさんは……」
世間一般では受け入れられないのはわかるよ。でも、
「一回りくらいの年の差ならアリだとおm」
「「「そこじゃNEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!」」」
なにそのツッコミ。
「いや俺らだって、勇者様がその気だってんなら応援してやりたいッスよ?」
「でもここはグッとこらえてください。流されてはいけませんっ。今まで読んでくださってた読者様もここでブラウザバックしたら帰って来ませんよ!?」
半泣きで必死に説得する仲間たちは、まるで身分違いの恋をした主君を必死に諌める臣下のようなぁ〜ってもうウマイ比喩が見つかんねーよ、なんなんださっきから! お前ら偏見持ちすぎだっつーの!
「エリスもサミエルもいい加減にしろよ、あんまり失礼だろ!」
「ですが殿方同士の恋愛なんてカテゴリ的にブッチぎりでアウアウじゃないですかっ。タグ詐称すんなって炎上するに決まってますでしょう!?」
「確かにビジュアル的にはちょいヤバかもだけど、どうせテキスト表現なんだから設定が女性ならセフセフじゃないのかよ!?」
「そりゃこいつが女なら……………………………………え?」
全員がいっせいにレイさんを振り返った。
「「「お、女〜!?」」」
本人は腹を抱えてゲラゲラ笑い転げている。
「アーハハハハハ! か、彼らを責めてはいけないよ、青少年。君のその鋭い観察眼が、他の人間にも備わっていると思わないほうがいい」
◇
なんと、みんなレイさんのこと本当に男だと思い込んでいたらしい。
おいおい、普通わかるだろ? 注射とかで改造してるわけじゃなし、どうしたって違和感あるじゃん。そんなのマンガとかゲームの話だけで
……ゲームだった orz
「いつから気付いてらっしゃったんですか?」
まだ半信半疑のような口調でエリスが聞いてくる。
「最初から。僕はてっきり公然の秘密なんだと思ってたよ。だからレイさんのことも一度も『彼』とか『彼女』って言ったことないし」
僕の言葉に三人は「えっ?」と顔を見合わせた。
「前のStageからですか! じゃない、前の前でしたっけ?」
「リンクどこだリンク!」
ちなみにレイさんの初登場はStage.11の中盤からですが。
「本当だ……マジで言ってないッスね」
「そのせいでたまに文章が不自然になってますな」
うるさい、仕方ないじゃないか、僕だって気を遣ってたんだ。
原作ではレイさんにあたる
聞けば本名を伏せてるとか、有名人っぽい苦労してるらしいし、僕も曖昧にしておいた方がいいだろうと判断したんだけどね。
こみ上げる笑いを抑えつつ、その「彼女」はカードサイズの金色のプレートを取り出した。アルスも持っていた、一級討伐士の身分証だ。
「いちいち説明するのも面倒で、今は男で通すようにしているが。この通り世界退魔機構には『レイチェル=サイモン(女)』で登録されているよ」
決定的な証拠を見せられ、サミエルとロダムはようやく安心したようにうなずきあった。エリスはまだジトーっとレイさんを睨んでいるが、不機嫌な彼女をよそに、サミエルは当然のごとく次の矛先をこっちに向けてきた。
「そうなると、勇者様はどうなんスか〜?」
ニマニマしつつ僕をヒジで小突く。ロダムも同じ顔だ。
「しっかり見せつけられてしまいましたしなぁ。おや勇者様、耳まで真っ赤ですぞ?」
「あ、当たり前だっつーの……」
さっきは照れる間もなく大騒ぎになったけど、僕だってまだ一六なんだぞ、そこまで耐性できとらんわい。
でも返事はしないとな。マジでどうしよう。ったく、こういう色恋沙汰とか、ドラクエらしからぬ部分はやっぱり僕の担当らしい。
正直、レイさんみたいに男顔負けのカッコイイおねーさまがお相手じゃ、どう考えても恋人ってより弟かツバメがいいとこだ。僕だって男だぜ、そんな年上にいいように翻弄されるなんて…………まあ…………悪くないかな……
「ぬぅあぁにを考えていらっしゃるんですか、勇者様ぁ?」
「もちろんどうお断りしたら角が立たないかなーってことだよははははは」
「当然ですわ。勇者様には重大な使命があるんですもの、女にうつつをぬかしてるヒマなんざありませんわよねぇ?」
にっこり。
エリス怖いよ。
「あー、ということで……レイさんゴメンなさい」
僕は腰から九〇度で頭を下げた。
いやまあ、僕の年齢では不純異性交遊になるし、そうなるとやっぱり世間体面的にヤバイ気もするし、だからといって成熟した女性にずっとプラトニックでいてくれというのも酷な話だし、僕だってアレがコレでソレだから、いろいろと……ねえ?
レイさんは一瞬すごく切なそうな顔をしたが(本当にごめんなさーい!)、すぐに笑顔になった。
「まあそうだろうな。いいさいいさ、悩ませてすまなかった」
が、またもやとんでもないことを言い出した。
「でもせめて、しばらくは一緒に旅をさせてくれないかな?」
え? つい身構えてしまった僕に、黒の剣士はひらひら手を振る。
「諦めは早い方だよ。信じてくれ、誓ってもう手は出さないから」
途端にうちのパーティは祭り状態になった。
「信じられません! 絶対また勇者様になにかするに決まってるわ!」
猛反対するエリスに、さっきまでの拒絶っぷりはどこへやら、女性と判明した途端すっかり肯定派に回ってしまったサミエルが反論する。
「そこは信じてやれよエリス、レイさんは嘘をつくような人じゃないだろ。それに東の二代目が入ってくれりゃあ百人力だぜ。なあロダム」
「そうですな。先ほどのように勇者様個人に私的感情で近づかれては全体の士気に関わるので私も賛成しかねるが、あくまでメンバーとして加わっていただけるなら問題ないのでは。レイ殿は呪文についても
中立だったロダムも今はサミエル側のようだ。確かにアレやコレやを置いとけば、純粋な『戦力』としては桁外れだからな。
仲間になだめられ、エリスは口を尖らせている。だが彼女も変に意固地になるような子ではない。ギュッと目を閉じた後、レイさんに向き直った。
「あなたほどの実力者にご協力いただけるなら、我々の方こそ頭を下げるべきだと思います。ですが申し上げた通り、勇者様は重大な使命を背負われています。ですから……その妨げとなさらぬよう、それだけは気を付けてくださいね」
「もちろんだとも」
わーっと歓声があがり、パチパチパチとサミエルとロダム、さらには成り行きを見守っていた兵士さんたちも盛大な拍手を送る。
「素晴らしい。それでこそエリスですな」
「改めてよろしくッス、レイさん!」
「こちらこそ」
あっという間に和気あいあいムードができあがり、「今夜は歓迎パーティーだ!」とかはしゃいでいる。とりあえず一件落着のようだね。良かった良かった。
ま、ただ一つ言いたいとすれば。
僕の意見はまったく無視ですかそうですか。
「いいけどさー……」
今後うちのパーティのリーダーは、間違いなくレイさんになるんだろうな。
……と、和やかに帰りかけた僕たちの背後から。
「ま、待たんか皆の者おぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!!」
魂の底から搾り出すような絶叫が響いて来た。
「まだこっちの話は終わっておらんぞ! 空気読んでずっと黙っていたというに、最後までシカトとはあんまりではないかぁ!!!」
(OдO)…ア
やべ、王様のことすっかり忘れてた。
<REAL SIDE>
……何時間経っただろうか。寝ようと思っても、意識は冴える一方だった。
ベッドの中で何度も寝返りをうっていた俺は、我慢できなくなって身体を起こした。
さっきの電話。ヤツが俺に叩きつけてきた言葉のうちの、九割は嘘だった。
ヤツの癖なんだろうが、タツミがわっとまくし立てるのは、本心を隠したいときだ。俺を責めるその内容はいちいち正論だったが、口に出している方は心にもない言葉を並べているだけで、そんなことは考えてもいない……声から相手の心情を読むのが得意な俺には、それがはっきりと伝わってきた。
本音は、わずか二箇所。
『僕の存在さえ否定すれば、君はちっとも悪くない』
『友達になりたいって、今でも思ってる』
そこだけだったのだ。
わからない。タツミは俺のことを、まったく恨んでいないのか?
テレビ台の下に押し込んだゲーム機本体の電源ランプが、小さな赤い光を放っている。ヤツと俺の命綱としてはあまりに頼りない。
ベッドを降りて、投げ出していた携帯とテレビのリモコンを拾う。
もう少しだけ、話してみようか。そう決意して俺は画面に向けてスイッチを入れた。
ブンと音がして、茶を基調とした鮮やかな光彩が部屋を染めた。限界まで絞り込んだ音は「王宮のロンド」。ほぼ画面いっぱいをうめる砂地の円形の広場の中心に、タツミたち四人組と、黒装の剣士(レイに違いない)がおり、彼らを挟むように正面に王様、後ろに数人の兵士が控えている。
どこの城だろう。幼い頃に見た気もするが、実際の風景とゲーム画面は別物なので、はっきりとは思い出せない。
まあ本人に聞けば済むことだ、と携帯に目を落とす寸前、「ティロロロ」というテロップの表示音が流れて、俺は反射的に画面を見た。
そこで俺h
※「まあ ほれた弱みと 言うものだよ。っちゅ!」(←ドラクエ的表現)
カシャン!(←携帯を取り落とした音)
……………(←アストロン状態)
※「最初に会ったときから ずっと好きだった」(←ゲーム仕様による会話の簡素化)
……これはなんだ。(←意識の回復)
なにやらヤツとレイがアヤシイことになってるんだが?(←状況分析)
どうも目がおかしくなったかな。(←合理的解釈の模索)
※「勇者様 本気ですか?」(←ゲーム仕様による会話の簡素化)
▶はい いいえ(←駄目押し)
しかもOKなの?(←状況理解)
いやいや、まさかな。(←拒絶)
本当は寝ちゃってるらしいな俺。(←現実逃避1)
ったく、変な夢見てるよな俺も。疲れてるんだな。(←現実逃避2)
……俺は再びテレビのスイッチを切った。ごそごそとベッドの中に潜り込む。
とにかく、今はただ眠りたかった。
バラモスの用意してくれたあの