魔法少女リリカルなのは Acta est fabula 作:めんどくさがりや
君は既知感という物を経験した事があるだろうか。
既視ではなく既知。
既に知っている感覚。
それは五感、六感に至るまでありとあらゆる感覚器官に訴えるもの。
たとえばこの風景は見たことがある。
この酒は飲んだことがある。
この匂いは嗅いだことがある。
この音楽は聞いたことがある。
この女は抱いたことがある。
そして、この感情は前にも懐いた事がある。
錯覚ーー脳の誤認識が時に生み出す、なかなか風情ある一種の錯覚。
総ての出来事を以前に経験した覚えがある。そのような経験をしてきた事がないだろうか?
何となく、自分が前に感じた感情に近いものを感じているだけ。万象一切、全てが既知。そのように感じた事はないだろうか。
ならばどのような幸福にも真の喜びはなく、またどのような脅威にも真に恐れはしない。
あらゆる感動を捨てる代わりに、君は君だけの楽園を手に入れられる。
そこでは何も壊れず、また奪われず、ただ繰り返し繰り返し既知の出来事を反復するのみ。
真なる意味で、何かを失うことなど有り得ない。君を取り巻く有象無象は、無限に死んで無限に生まれる。水車のようだと思えばいい。水はただ汲まれ続け、汲まれ続け、回り続けて繰り返すだけ。
そんな感覚を、懐いた事はないだろうか?
なあ教えてくれよ、私の■■■■。これは初めての事なのだ。
あらゆる世界、あらゆる宇宙、あらゆる時間に手を伸ばしてその全てを見据えてきた
善と悪が互いに喰らい合う世界があった。世に原罪が溢れ出す背徳の世界があった。罪や咎が一片たりとも存在しない無謬なる世界があった。しかし、その全てが私の渇望を満たしてはくれなかった。とある世界では、私自身が魔王となり、人と敵対したが、誰一人として私に傷すら負わせられなかった。
なんという絶望。なんという悲劇。狂い果ててしまいそうだ。
ゆえに君の正体を知った時は、歓喜に打ち震えたものだ。この世界に来て、初めて感じた未知。もしかすれば、この世界でなら私の渇望を満たしてくれるやもしれん。
君もまた、餓えているのだろう?満たされぬのだろう?渇望がないなど有り得ない。私の■■■■なら尚更だ。
そうだろう王城 天牙。
いや、■■■■■■・■■■■■■■■。その飢餓の心の果てに待ち受けるものは、どれほどの輝きか。
どうか、私に未知を見せてくれ。
◆
聖祥の教室、そこのとある席には目に見えて不機嫌そうな少女がいた。
少女ーーアリサ・バニングスはここ最近の友人達の状況に苛立ちを感じていた。なのは達は自分に何かを隠している。
いや、それは別に構わないのだ。誰にだって隠したい事の一つや二つがある。しかし、それに悩んでおり、学校でもぼうっとしている事が多い。自分やもう一人の親友が話しかけても上の空でいる。相談の一つもしてくれない事や、力になれない自分にも腹が立つ。
さらに言うと、クラスの中の状況も変わってしまった。まず、考えたくもないが王城が変わったのだ。いつもの彼は、ニヤニヤしながら言い寄っては勘違い発言を繰り返す(そのくせ頭は良いから腹が立つ)。だというのに今日の彼はおかしい。
いつものような笑みは全く浮かべず、冷たい雰囲気を纏っている。クラスの女子に話しかけられようとその雰囲気は変わらない。いや、むしろそれに煩わしさを感じているようにも思える。
そして、一人の少年が学校に来なくなった。古風な喋り方をする変わった少年。メルクリウスが姿を見せないのだ。
そして奇怪な事に、誰もそれを疑問に思わない。朝の教師による点呼の際も、教師が欠席を確認してそれきり。まるでそれが当たり前だというような空気であった。
さらにそれとは別に、奇妙な感覚を感じている。
「はあ・・・」
「アリサちゃん、どうかした?」
隣から親友の月村すずかが声をかけてくる。
「なんでもないわよ。すずかには関係ない事」
ああもう、本当に自分が嫌になる。もう少し気の利いた言葉はないものか。
しばしの無言の後、口を開いたのはすずかだった。
「ねえアリサちゃん、なんだかおかしくない?」
「おかしいって、何が?」
すずかは周りをチラリと見ると再び言葉を紡ぐ。
「わからないけど、雰囲気っていうのかな。何かが変」
どうやらこの親友も違和感を感じているようだ。
「すずかも感じるの?」
「というと、アリサちゃんも?」
それに頷く。
「なのは達はなんか悩んでるみたいだし、あいつはなんか別人みたくなったし、何よりカリオストロが学校に来なくなったのを誰も疑問に思わない」
「うん、クラスの人も当たり前のように感じている。カリオストロ君が来なくなったのを当たり前のように感じている。おかしすぎるよ」
そして何よりーーー
「何故だかわからないけど
言葉に表すならーーー既知感。この経験を前にもしているなと感じる錯覚のようなもの。なのは達が悩み、王城が変わり、メルクリウスが学校に来ない。そしてそれが、前にもあったと感じる。
それがどういった意味を持つのかはわからない。この感覚を感じているのは自分とすずかだけなのだろうか?
「一体なんだってのよ・・・」
そのまま溜め息を吐く。
それを、王城が横目で見ていた事に気付かずに。
◆
「アリサ、すずか」
放課後、いつものように帰ろうとした時、アリサとすずかは王城に呼び止められた。
それにアリサは王城を睨みながら言う。
「・・・何よ、話しかけないでくれない?」
そう言うが王城は特に表情を変えず言う。
「お前の事柄に拘う道理はないが、まあいい手短かに済まそう」
この傍若無人な物言いに少しカチンと来たがとりあえず聞くだけ聞く事にした。
「で?何よ」
アリサが促すと王城は頷きながら言う。
「何、お前達が今の現状に既知を感じていると言っていたのを聞いてな」
一瞬、こいつも同じ感覚をしているのか?と思ったが違うだろう。
「別に、ただの勘違いよ」
それだけ言ってその場を去ろうとした瞬間、
「その既知感、今だけの感覚ではないかもしれぬぞ」
その言葉に足を止める。
「王城君、どういう事?」
すずかが質問する。悔しいが、自分も王城の言葉に疑問を持った。
「言葉通りの意味だ。これから先お前達が老い衰えるまで、いや、下手すれば死したその先まで
「なんでそんな事が言えるのよ。ただの錯覚かもしれないでしょ?」
それに王城は苦笑しながら言う。
「錯覚ならばな。しかしながら私の既知感は以前より消えておらん。今この瞬間も、私は既知感に苛まれている」
既知感に苛まれている?それも今以前から?
「ねえ、あんたはこれの事知ってるの?」
それに王城は忌々しそうに吐き捨てる。
「蛇の毒だろうよ、それも特に忌々しい類のな」
「蛇の毒?それってーーー」
そこで王城が手を前に出す。それは待てという合図だった。
王城の視線は外へと向けられており、何かを睨みつけているようであった。二人がそちらへ視線を向けると、そこには一人の少女がいた。白い肌、白い髪に碧い瞳の整った顔立ちの人形めいた少女。王城の知り合いのようだが、鋭い目で睨みつけている王城を見る限り、親しくはないのだろう。
「・・・奴め、ようやく顔を出したか」
そう言うと、クルリと踵を返す。
「あっ、ちょ」
「すまんな、用事が出来た。この話は後だ」
そう言って歩き出す。
「待ちなさい‼︎」
それにぴたりと足を止める。
「最後に聞かせて。あんたは、なのは達の悩みを知ってるの?」
それに王城は溜め息を吐き、
「それは私が言うべきことではないだろう」
そう言うと、再び歩き出す。それを見ながら、すずかは唐突に言う。
「ねえアリサちゃん」
「・・・何?」
見るとすずかは眉根を寄せながら言う。
「王城君ってさ、自分のことを私って呼んでたっけ」
「・・・え?」
◆
校門前。そこに一人の白い少女が立っていた。周囲の生徒達が下校する最中、少女は校門のすぐ側に立ち、微動だにせずにいた。周囲からの視線を物ともせずに少女は誰かを待つように立っている。
「何をしている、傀儡師」
そこに声が掛けられる。少女がそちらへと顔を向けると、王城が立っていた。
「予想よりは幾分か早かったですね。もう少し遅いと思っていたのですが」
「そのような些事はどうでもいい。それで、何故ここにいる?」
わざわざ王城以外の魔導士達に認識阻害の術を掛けているのだから手が込んでいる。
「父様が貴方に用があるそうです」
「なに?」
傀儡師ーーーヴィクトリアの言葉に眉間に皺が寄った。
「どういうつもりだ」
「さあ、私には分かり兼ねません。ですが、父様が貴方と話がしたいとおっしゃっていただけです」
話がしたい?何を考えている。相変わらず読めない男だ。
「(まあいい、奴が何を考えているかは預かり知らぬが、何か知るものがあるやもしれん)良かろう、連れて行け」
「わかりました、案内します」
そう言ってヴィクトリアは踵を返し、歩き出す。
◆
王城がヴィクトリアに連れられて着いたのはとある一軒家だった。それなりの敷地があり、家もかなり広い。
「ここです」
「ふむ、あの男がどのような人外魔境に住んでいるかと思いきや、存外に普通だな」
「貴方は私達を何だと思っているのですか」
呆れながらヴィクトリアは扉を開ける。中に入り、その光景を見て眉根を寄せる。眼に映る光景はさして変わったものはない。花瓶に下駄箱、カーペットにスリッパ。さして変わらない光景である。だが、王城が眉根を寄せたのはその雰囲気だ。
「(なんだ?この異様な静けさは・・・)」
まるで何も存在していないかのような静寂。ここだけ時間が停まっているような静けさ。
そしてヴィクトリアに連れられて中を進んでいくと、ふと通路の横にある別通路の奥の扉が目に入る。
「趣味の悪い・・・」
その呟きにヴィクトリアが振り返る。
「どうかしましたか?」
「・・・いや、なんでもない」
再び歩き出す。そしてとある扉の前に立つと、
『入りたまえ』
中からそう声が聞こえる。それにヴィクトリアが扉を開けるとそこにはーーー
「やあ、待っていたよ王城 天牙」
影法師のような男、メルクリウスがそこにいた。
◆
「粗茶です」
「ありがとうヴィクトリア」
こちらとメルクリウスに茶を配るとヴィクトリアはメルクリウスの背後に控えるように立つ。
「居心地はどうかな?こう見えて自慢の家なのだが」
「趣味が悪いな」
「おや、これは手厳しい」
メルクリウスは言うが、これは王城が彼の家だから言っているわけではない。いや、むしろ王城であるからこそこの程度で済んでいるのだ。
「この家、悪霊共の巣窟ではないか」
そう、この家には悪霊が住み着いている。先ほど見た扉の奥にも、かなりの数の悪霊がいたのだ。
「ふむ、彼らはお気に召さなかったかな?」
「言っただろう?趣味が悪いと。何に使うかは知らぬがアレが放たれたらここら周囲の人間が死ぬぞ」
アレらは全て凄まじい怨恨や嘆きに染まっている。
「ふふ、アレらは自らここに来たのだよ。ここは彼らを引き寄せる要素があるようでね。彼らを利用させてもらった」
「自ら来た?呼び寄せたの間違いであろうに」
「おっとそうだったかな?」
笑うメルクリウスに王城は本題を言う。
「単刀直入に聞くが貴様、何が目的だ」
それにメルクリウスはくつくつと笑う。
「何が目的とは、人聞きの悪い。私はただ君と話がしたいだけなのだから」
「吐かせ」
この男は信用できない。何故か?メルクリウスは決して真実を喋らないからだ。その上嘘も言わないから余計にタチが悪い。真実も嘘も言わずその話術で人を惑わす。まるで詐欺師だ。
「真実を晒さず、虚言を述べる貴様を誰が信じられる」
見るとメルクリウスは何やら笑みを浮かべている。
「何がおかしい」
「いやいや、真実を晒さないのは君も一緒ではないかと思ったのでね」
その言葉に王城はピクリと反応する。
「なんのことだ?」
そう言うとメルクリウスはすっとこちらの首に掛かっている紅い石がはまったチョーカーを指差してくる。
「それは封魔の術式が幾重にも重ねられた礼装だろう?さらに他者に分からぬよう認識阻害の術式も掛かっている」
「ッ・・・」
まさかこんなに早く暴かれるとは・・・いや、この男なら造作もないか。
王城は軽く嘆息すると、首にあるチョーカーを外す。
「ほお・・・」
王城がチョーカーを外した瞬間、黄金の魔力が彼を包み、それが解けた時、その場にいたのはーーー
「これで満足か?」
そこにいたのは金髪紅眼の眉目秀麗な青年。そう、青年だ。
「なるほど、それが君の真実か」
力を封じ、道化を演じ、それでもまだ足りない。
名を変えようと、どうにもならない。
「君の
それに彼は憮然とした表情で言う
「ーーーラインハルト。ラインハルト・エーベルヴァインだ」
ーーーそう、これこそが私と彼の、カール・クラフトとラインハルト・エーベルヴァインの本当の意味での邂逅であった。
これが私にとっての福音となる事を祈ろう。
やっぱ、Diesと黄金といったら自然とこうなってしまいますです。