魔法少女リリカルなのは Acta est fabula   作:めんどくさがりや

6 / 13
久しぶりの更新です‼︎


水銀の蛇

そもそも、俺は疑問に思っていた。

王城は何故あれほどまでにメルクリウスを警戒しているのか。

たしかに、彼はよくわからない存在だ。学校ではほとんど目立たず、休み時間も何処にいるかわからない。気がついたら席にいたというのがほとんどだ。さらに、転生者であったとしたらあまりにも力が無さすぎる。

彼からは何も感じなかった。強者が持つ覇気というものが皆無であったのだ。だからさほど警戒はしなかった。

あの日、死体を操り攻撃してきたのが彼であったとしても直接的な攻撃力は低いと断じていた。

だが、あの日に認識を改めることになる。

彼を問い詰める最中にジュエルシードが発動し、その隙に逃げられた。時間の停止による束縛をいともたやすく引き千切ってだ。

ありえない。時間の停止を無効果するのならまだ納得がいく。能力を無効果する能力というのは存在するのだから。しかし、時間の停止そのものを破壊するなどという所業はありえない。いくら神から力を貰ったとはいえ、時間という概念を消すなんて、それこそ人間じゃない。

メルクリウス・アレッサンドロ・カリオストロ。出自も、能力も、一切不明。唯一の手がかりが、王城が彼を呼称する際の渾名。

 

「・・・蛇か。王城は彼をそう呼んでいたな」

 

蛇、それはメルクリウスを指す言葉なのか、はたまた彼の能力を指すものなのか。

メルクリウスという名に聞き覚えはある。ローマ神話に登場する商人や旅人の守護神であり、その名は水銀も意味するという。これに蛇という単語から連想されるものは有名なので双頭の蛇の杖(カドゥケウス)だろう。

しかし、それだけでは何もわからない。

 

「(そう言えば、あいつは自分に何個も名前があると言っていたな。それにーー)」

 

彼は数多の世界を渡り歩いたと言っていた。国ではなく、世界。それは何を意味するのだろうか。

残念ながら、自分ではわかる事が少なすぎる。だとすればーーー

 

「王城を頼るしかないのか?」

 

実際に王城は強い。その戦闘力もさることながら、洞察力に直感が凄まじい。さらに頭も良く、その頭脳はアリサと同等か、それ以上だ。

その言動を除けば、転生者の中で最強と言える。そんな彼ならばあるいはーーー

 

「・・・なんにせよ、今は様子見か」

 

この時、俺はまだ知らなかった。

王城が彼を警戒する理由も、彼が、メルクリウスがどれほどの化物なのかすら、まったく理解していなかったのだ。

 

 

アースラ内部では緊張が走っていた。全員が全員、突如現れた二人の男の存在に驚愕していた。

一人は外見上は均整の取れた顔立ちの青年だが、その肌は死人の如き色をしており、生者の気配が皆無であった。何より、その手に持つ何の装飾もない大剣。それを視界に納めようとした瞬間、

 

「ッ⁉︎」

 

祐介の隣にいた蓮華が目を見開く。彼女はその身に宿す武器の存在によって聖や邪といったものに鋭い。

ゆえに彼女はその大剣に宿る怨念に気づき、戦慄する。

だが、それよりも、その青年の隣にいる男が重要である。

ゆらめく影のようであり、そこにいるのにそこにいないと感じるような男。

男はこちらをグルリと見渡すと、笑みを浮かべて名乗る。

 

「初めまして、魔導士の諸君。私はカール・エルンスト・クラフト。しがない化け物だよ」

 

カール・エルンスト・クラフト。いや、その名前よりもずっと気になるのはその容姿だ。

 

「カリ、オストロくん・・・?」

 

なのはが驚愕しながらも言葉を紡ぐ。そう、幾分か成長しているがその貌はあのメルクリウスと同じものであったのだ。

彼は視線をなのはに向けて喋り出す。

 

「やあ高町なのは。まさか君が魔導士とは思いもよらなかったよ」

 

こいつは、なんだ?

 

祐介はカール・クラフトにそのような疑問を感じる。

なんだ?何故こうまでも眼前の存在に怖気を抱いている?学校で接している彼はこれほどまでに不気味な存在だったか?

 

「白々しいぞ蛇。貴様、今迄我らの戦闘を傍観していた身で何をほざく」

 

王城が鼻を鳴らしながら言う。傍観していた?まさか、今迄の戦闘でこいつが近くにいたというのか?

 

「おや、やはり君には気づかれていたか。気配は消していたつもりだったのだがね」

「ふん、貴様の魂は独特な気配を放っているのでな。魂の気配をも消さぬ限り蒙昧共ならいざ知らず、(オレ)は誤魔化せん」

「それはそれは」

 

二人の会話はまるで慣れ親しんだ知人と会話しているがようであった。

そこでクロノがようやく口を開く。

 

「カール・エルンスト・クラフトだったな。お前は何者だ。何処から侵入した」

 

デバイスを起動させてクロノは問い出す。

 

「答えろ!」

 

声を荒げるクロノにメルクリウスはやれやれと言った風に首を横に振る。

 

「少し落ち着きたまえよクロノ・ハラオウン。そういきり立っては見えるものも見えなくなってしまうぞ」

「何故、僕の名前を・・・?」

 

クロノは眼前の男との面識などない。なのに、何故彼は自分の名を知っている?

 

「その程度、知らぬとでも思ったかね?君の事はよく知っているよ。最年少で執務官となった天才であり、とある書物によって父親を亡くした少年。ありきたりだが、歌劇を彩る演者として申し分ない」

 

その言葉にクロノだけで無く、リンディも驚愕に目を見開く。

何故なら彼が言っていることは管理局でも特定の人物しか知らぬ事件であるからだ。

 

『クラフト、いい加減話を進めたらどうだ』

 

今迄一言も言葉を発さなかった青年がメルクリウスに言うと、彼は軽く嘆息する。

 

「無粋だぞカイン。そう急ぐこともあるまい。ジュエルシードを集めている者達を見据えるのも一興だと思わんかね?」

 

ジュエルシード。その言葉に王城を除く全員が反応する。

 

「ジュエルシード・・・あなたも、それを狙っているのですか?」

 

リンディの言葉にメルクリウスは嘲るように笑う。

 

「ああ、なんと嘆かわしい。提督女史はその慧眼を損なわれているようだ」

「なんですって?」

 

その言葉に表情を険しくするが、メルクリウスはそれを受けても態度を崩さない。

 

「君は路傍に落ちる石を一々警戒するのかね?なんのこともないくだらぬガラクタに興味を示すのか?扱い次第では便利な代物なのだろうが、私からは何ら興味を抱かん。ましてや聖遺物のカテゴリーにすら収まらん劣化品など、塵芥でしかないのだよ」

 

願いを歪んだ形で叶える願望器などたかが知れてる。エネルギー体としては優秀なのだろうが、あまりにも不安定過ぎる。

 

「それじゃ、お前の目的はなんだ?」

 

祐介が聞くと、メルクリウスはその問いを待っていたとばかりに答える。

 

「強いて言えば、君たちの行く末を見据えることだ」

「私達の行く末だと?」

 

蓮華が言葉を反芻すると、メルクリウスは嬉々として答える。

 

「そうだとも。魔導とは無縁のこの星で紛い物と言えど魔導の才を持つ者達。さらに剣を司る者、聖剣を振るいし者、そして最古の王の蔵を持つ者。そのどれもが英雄としての資質を兼ね備えている。その信念、どれほど高みに届くのか。そこにどれほどの未知があるのか。ああ、狂おしいほど気になって仕方ないのだよ」

 

つまり、興味があるという理由で自分たちの戦いを見物すると?バカにしているのかこいつは・・・‼︎

 

「私からも、質問がある。お前の隣にいる彼は一体何者だ?」

 

蓮華は黒い大剣の様な武器を携えた青年を見ながら言う。

 

「カインの事かな?」

「そうだ。その男からは生気が全く感じられない。まるでーー」

「死者のようである。そう言いたいのかな?」

 

メルクリウスの言葉に蓮華は頷く。

 

「では特別に教授しよう。彼は『死を喰らう者(トバルカイン)』といい君が感じた通り、彼は既に死んでいる。それを私が術と聖遺物を以って意思を持たせた生きし屍(リビングデッド)。それが彼だ」

生きし屍(リビングデッド)・・・そうか。やっぱり、お前があの時死体を操っていたのか」

 

すずかとアリサが誘拐されたあの日、仮面を着けた死体に襲撃された。その犯人がメルクリウスかもしれないと半信半疑であったが、確信した。元凶はメルクリウスであると。

 

「あれは演習だよ」

「演習だと・・・?」

 

なんともないと言ったようにメルクリウスは言う。

 

「然り。君はこれより先さらなる激闘、さらなる葛藤、さらなる苦悩に見舞われることとなろう。ゆえ、あれは一つの意思表示のようなものだ」

「そんな理由でお前は人を殺したのか⁉︎」

 

祐介の怒声を受けてもメルクリウスは涼しげな顔をしている。

 

「何か問題でも?あの者達が何をしたか、わからぬ訳でもあるまい」

「それでも‼︎」

 

その言葉にメルクリウスは言葉を重ねる。

 

「我は人、彼も人、ゆえに対等。そう言いたいのかな?青臭いな。外道畜生にその道理は伝わらんぞ」

「・・・彼も、カインも、あの仮面で操っているのか?」

 

その質問にメルクリウスは、否という。

 

「そも、君が言っているのはコレの事かね」

 

そう言うと同時にメルクリウスの手に一つの仮面が出現する。それを見た瞬間、ぞくりと不気味な感覚を覚える。

 

「聖遺物、『蒼褪めた死面(パッリダ・モルス)』。君が見たとおり、私はこれを使い君を試した」

「聖遺物だと?」

 

蓮華はメルクリウスの言葉に反応する。

 

「戯言を言うな。そんな禍々しい仮面が、聖人の遺物なわけがない」

 

聖なる武器を宿す者として蓮華は言うが、それにメルクリウスは可笑しそうに笑う。

 

「君は何か勘違いをしているようだが、聖遺物とは何も聖人の遺物というわけではないのだよ」

「なに?」

「聖遺物とは、人々から膨大な想念を浴び意志と力を得た器物を指すのだよ」

「想念?信仰心という事か?」

 

祐介の言葉に王城が付け加える。

 

「それだけではあるまい。信仰、礼賛といった正の念だけでなく絶望、怨念といった負の念をも指す。種別を問わず、その念を以って力を付けた器。それこそが聖遺物。そうであろう?蛇よ」

「聡いな。まさかそこまで気づくとは、随分と聡明なようだ。いや、それだけじゃないな」

 

王城の深紅の瞳と、メルクリウスの翡翠色の瞳が交差する。

 

「ああ、そうか。君は飢えているのか。全力を出せぬ事への不満、同等の力を持つ者が誰一人としていぬ事への嘆き。なるほど、その有様は黄金律の頂に座す者として素晴らしい。あらゆる英雄が振るった伝説の武具、それらの原典を操る王者。さしずめ、始まりの黄金(イニティウム・アウルム)といったところか」

 

それを言うと、メルクリウスは踵を返す。

 

「ッ、待て‼︎」

 

この男をここで逃がすわけにはいかない。そうして全員が動き出す瞬間、

 

Amor vincit omnia et nos cedamus amori(愛は全てを制圧し我らをして愛に屈せしむ)

 

メルクリウスの言葉と共に魔導士全員が倒れ込む。まるで、目に見えぬ何かに全身を押し潰されているような感覚だ。唯一王城のみが片膝を着く程度にとどまっているが、それでも動けずにいる。

 

「すまないが、今この場で拘束されるわけにはいかぬのでな。無論、君達如きに拘束されるほど落ちぶれてはいないがね」

 

そう言うとメルクリウスは杖で空間に穴を開け、カインと共にそこに歩き出しながら言葉を紡ぐ。

 

「さらばだ魔導士諸君。次に巡り合う時は、我が娘を紹介しよう」

 

そう言うとメルクリウスは消えていく。




メルクリウスの術【1】

『重力増加』

・メルクリウスの扱う魔術の一つ。その名の通り対象への重力を増加させる術であり、直接的な攻撃よりも相手を拘束するための術である。しかし、重力の増加を強くさせれば相手はそれに耐え切れずに潰れ、『見せられないよ‼︎』な状態になる。

詠唱

Amor vincit omnia et nos cedamus amori(愛は全てを制圧し我らをして愛に屈せしむ)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。