魔法少女リリカルなのは Acta est fabula 作:めんどくさがりや
開演前の一幕
では皆様方、再び私の歌劇を御観覧あれ。
これより始まりまするは、一つの書物を中心に廻る物語。
狂った本により、幸福と不幸を与えられた者達。
焦がれる程に望んだ家族と、避けられぬ残酷な結末を得た一人の少女。
優しき主と暖かい日常、無慈悲な真実と避けられぬ運命を知った守護騎士達。
それゆえに彼らがこれに巻き込まれるは必然。
父を奪われた一人の少年は思い悩み、過去に囚われた虜囚は暗躍する。
かつて敵対した少女達は絆を結び、共に道を歩む。
敗北を知った二人の剣士は、次は負けぬと決意する。
そして、黄金の獣はついにその産声を上げる。
意識せずとも、抗おうとも、それは定められたうねりに導かれ。
この世界この国この場所で、各々の思いが絡み合う。
それはまるで、
終焉へ疾走するのではなく、至高へと超越する。
ゆえに、面白くなると思うよ。
では、是非ともお楽しみあれーーー
◆
この次元空間には様々な世界が存在する。それぞれが独自な文化を有しており、それが星の数ほどある。そして、それらを管理する組織がある。
時空管理局、魔導を以って世界を管理する組織。
管理局は大きく分けて二つの組織から成り立っている。
一つは地上本部。時空管理局の地上部隊の本部であり、次元世界に駐留して治安維持を担う部隊。別名、『
もう一つは次元航行部隊。次元航行船で次元の海をパトロールする部隊である。別名、『海』。
そして、とある部屋に一人の青年がいた。金髪紅眼の眉目秀麗な男。
名をラインハルト・エーベルヴァイン。様々な功績を挙げ異例の早さで少将へと昇格した天才。
「ふう・・・」
彼は手に持つ一枚の書類を見て軽く息を吐く。そこに書かれているのは昇格を知らせる通知。他ならない自分へとあてられたものである。
思えば自分が少将へと昇格した時も彼らは寄ってきていた。
小僧が生意気にも少将へなった、どうせ不正な手を使ったのだろう、等といった事を言われたが、いざ調べると不正を行ったのはどちらの方か。そして自分へと送られる賄賂。それらを全て裁いていった。そして、様々な問題、事件を私情を挟まずにただ黙々とこなしていくと、いつの間にか今の地位に就いた。
しかし、だからこそわからない。
「理解出来ん・・・今更私の地位を上げてどうしようと言うのだ」
上層部には自分を疎ましく思っている者が多い。なのに何故?
「それは、彼らが貴方を恐れているからに他ならない」
「!?」
自分しかいない筈の部屋に、気づくと一人の男が立っていた。影法師のような虚ろな男、カール・エルンスト・クラフト。珍しくいつもの襤褸きれでなく、しっかりと身なりが整えられているが、その雰囲気は全くと言っていいほど緩和されていない。
「・・・今更、卿が何処から来たなどと言うつもりはない。ゆえに、私が聞くのはこれのみだ。何が目的で来た?」
「何、私はただ祝いをしに来ただけですゆえ」
「祝いだと?」
するとカール・クラフトは頭を下げて言う。
「ラインハルト・エーベルヴァイン閣下。中将への昇格、お祝い申し上げます。その才、見事という他ない」
「・・・その情報は何処から洩れているのだ?」
それに、祝いなどこの男が述べても胡散臭いだけだが。
「つきましては、祝いに酒など如何でしょう?これは中々の名品でしてね。今は公務の最中ゆえ、終わり次第嗜むがよろしい」
そう言ってカール・クラフトは木の箱を取り出すと机に置く。
「酒はいけますかな?」
「人並み程度にはな」
「それは重畳。これが無為にならずに済んだ」
そう言いながらカール・クラフトは笑みを浮かべる。
「して、先の言葉ーー上層部の者らが私を恐れていると?」
「然り、前回も申した通り貴方は管理局の勢力図を如何様も塗り潰せる。さらに公務に一切の私情を挟まずに執行するその胆力。並大抵の者らでは手に入れられますまい」
それにラインハルトは軽く嘆息する。
「前も言ったが、公務に私情を挟まずにこなせば、誰であろうとある程度の地位にはつける」
「それが、他の者らには難しいのですよ。金に地位。世には欲望が付き纏う。貴方はどうなのですか?」
「さてな・・・」
実際にはそのような事への興味は殆ど無い。金は言わずもがな、地位も気づけば手に入れていた。
全てが容易く、つまらない。端的に言えば、世界が色褪せている。
そうして公務をこなしていくその内、黄金の獣などと呼ばれていた。
「さて、私はこれで去りましょう。貴方の元に私のような浮浪者がいては箔がつきますまい」
そう言うとカール・クラフトは踵を返す。
「ああ、最後に一つ」
カール・クラフトはこちらを振り向くと言う。
「先の地にて、再び新たなる火種が燻っております。しかもそれは、前回のそれを上回る大きさだ」
「なに?」
どういう事だ?先の地、新たなる火種・・・
「卿はまさかーー」
しかし、カール・クラフトはいつの間にか消えていた。転移の術式を使用した形跡はないが、何かしら怪しげな魔術を使用したのだろう。
「火種、か・・・」
そう呟き、先ほど渡された木箱を見る。
「・・・ん?」
ふと、木箱から何かがはみ出していることに気づく。それを取り出すと何なのかがわかった。
「・・・手紙?」
それはカール・クラフトが書いた手紙であった。
『親愛なるラインハルト中将閣下へ。
私がこのような物を頼るのは性に合わないのは百も承知ですが、私のような者が貴方様のお側にいてはその輝かしい経歴を汚してしまうと思い、勝手ながら手紙などをしたためた次第でしてーーー』
書き出しはありきたりのため、飛ばして読んでいくとこのような事が記してあった。
『ーーーつまり、先の事件を先駆けとして、かの地には新たな星々が集いつつあります。その星々の中にいる求道の星を有するものは貴方様も知っておられるだろう。続きましては凶星と黄道の双子星、特に後者は貴方にとって無くてはならぬ影の星となるゆえ、お見逃しなくよう。
親愛なる中将閣下、御身を苛む飢えと渇き、一刻も早く貴方自身がその正体に気づきますようお祈り申し上げておきます。そして願わくは、その目覚めが私にとっても福音となるように、恐々謹言。
カール・エルンスト・クラフト』
それを見終わると、眉根を寄せ手紙を握り潰す。
「惚けた男だ、どこまでも私を嬲ってくれる」
そう嘯くとラインハルトはコートに手をかけ部屋を出ようとして止まる。
「道化の出し物を無聊の慰めにするのも一興、か」
そう言うとラインハルトは通信を繋ぐ。
『こ、これは中将閣下。如何なされました?』
「一つ聞くが、第九十七管理外世界で起きた件の事件。それの対処に当たっている者らはどれだ?」
『それでしたら、アースラかと』
「ふむ・・・」
やはりその通りだったか。ならば話は早い。
「アースラ艦長、リンディ・ハラオウンへと伝えろ」
◆
「まずいわね・・・」
とある場所にてアースラ艦長であるリンディ・ハラオウンは深刻な顔で言う。
「艦長、どうかしましたか?」
エイミィが質問すると、リンディはモニターに記されたものを見せてくる。それを見てエイミィは目を見開く。
「嘘、ですよね・・・?」
「残念ながら本当よ」
エイミィの言葉にリンディは真剣な表情で言う。二人がここまで深刻視する事、それはーー
「ラインハルト・エーベルヴァイン中将が今回の件に同行するなんてね」
ラインハルト・エーベルヴァイン中将。黄金の獣の異名を持ち、上層部の誰もが恐れる管理局の黒太子。
彼の逸話で有名なのがある。
管理局の重鎮の一人に汚職に手を染めた者がいた。その者は賄賂は当たり前、人体実験などの非人道的な事にも手を伸ばしてきた。
しかし、誰もその者を裁く事が出来なかった。その者は隠蔽などが上手く、さらにその者が抜けた穴が非常に大きいため、手出し出来ずにいた。
しかし、そこにラインハルトが現れた。彼はまず、様々なものを利用した。内部の捜査官はもちろん、情報屋などもだ。それらを用いてその者の周囲から徹底的に潰していった。
さらにその者の後任となる人物を定めて、最終的には何の損害もなく事件を治めてしまった。
しかもそれを奢らずにただ当たり前のようにこなしていく。
一度狙われれば逃げられず、食らい付かれればそれで終わり。
「でも、なんでエーベルヴァイン中将がこの件に関わるのでしょうか?たしかにこの件は危険ですが、中将には何の関係もないんじゃないですか」
「そうね。たしかに今回の件は重大だけど、闇の書の被害者でもない中将閣下が拘う道理はないわね」
可能性があるとすれば、彼の実家が闇の書と同じ時代である古代ベルカから続く古い家系であり、それに関係する何かか・・・
「・・・いや」
それはあり得ない。あの黄金の獣がそんなものを気にするわけがない。
そう思っていると、エイミィがそう言えばと言葉を紡ぐ。
「だけどエーベルヴァイン中将って管理局に入局したせいで実家から疎まれてるって聞いたんですよ」
「ああ、私も知ってるわよ。そもそも、彼の家の人達は中将を聖王教会の騎士にさせるつもりだったみたいね」
彼は元々、聖王教会の騎士となるべき期待されていた。剣術、学力、全てに秀でていた彼は間違いなく大物の騎士になるだろうと言われていた。
しかし、彼が希望していたのは管理局の訓練校。さらにその先も管理局自体を希望していた。
もちろん、周囲は大いに焦った。
ーー何故管理局に。
ーー騎士の才能を無駄にする気か。
ーーまだ間に合う。聖王の為に剣を振るえ。
それらの言葉に若きラインハルトが放った言葉が、
『私は
当然、周囲はその言葉に激怒した。しかし、それらの言葉にラインハルトは気にもとめずに言う。
『たかだか一つの戦乱を終わらせたからといって何になる?一人の亡者を信仰して何を得られる?そのような下らぬ大義名分で振るう剣などに価値などあるまい』
聖王教会そのもを敵に回す発言。彼は、聖王教会の教会騎士達を無価値と断じたのだ。
周囲は彼の勝手にさせた。あの傲慢な性格だ、管理局でも上手くやれる筈がない。
しかし、彼にとって管理局は天職であった。彼はその才を遺憾なく発揮してついに最年少で少将、中将へと上り詰めた。
それを聞いたエイミィは思わず顔をヒクつかせる。
「せ、聖王を亡者って・・・」
「驚きよね」
リンディも苦笑する。
「たしかに中将閣下が同行するのは予想外ではあるわ。でも、これはチャンスでもあるのよ」
「チャンス?」
「ええ、今まであの黄金の獣が関わった案件で解決出来なかったものはない。つまり、闇の書事件も解決、もしくは何かしら突破口を見つけられるかもしれない」
だが、当然懸念事項もある。
「ただ、一つ心配なのがーー」
「あの男がいる事ですよね」
その言葉と共にエイミィはモニターに影法師のような男、メルクリウスと白い少女、ヴィクトリアと大剣を持つ青年、トバルカインを写す。
「彼の扱う奇妙な術は、ミッド式でもベルカ式でもない。いや、そもそもあれは私達の扱う魔法とは根本からして違うわ」
「アリシアちゃんに掛けられた術の事ですか?」
「ええ、名前はたしかーーー
ーーー