魔法科SSシリーズ   作:魔法科SS

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習作としては、これが二作目でした。
オリキャラ(※名前無し)が出てくる上に、「追憶編」が前提、性的表現(やや)アリという理由で、以前投稿したシリーズとは別の、独立した番外編という扱いにしています。


※こちらではpixivの投稿作品を転載しています
掲載元:http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1391159


魔法科SS(番外編)
「私もブラザー・コンプレックスなんです」「え……?」


 中学時代の深雪は、生徒たちから絶大な人気を誇るアイドルだった。そのぶん、特定の友人というのは存在せず、どの生徒とも均等な距離を保つことを余儀なくされていた。

 上流階級の子息が集い、女子生徒の礼儀作法を特に徹底している名門校を選んだのは、深雪の母の教育方針による。

 そこは非魔法師の家庭の学生が多くを占め、魔法師の卵となるような者は少ない。元々、他校を受験するケース自体が珍しく、ほぼ全生徒がエスカレーター式に同じ学園の高校に進学するのだ。

 これは四葉家の意向にもかなう環境であり、魔法科の学校へ進んだ際に、過去の同窓生から素姓を探られにくいという利点も見越している。

 深雪にも、四葉の後継者候補としての自覚は若くして備わっていたから、「(一般人の)特別な友人」を作ろうとはしてこなかったし、そして意識するまでもなく、学友たちは自ら望んでそのような環境を深雪に提供してきた。

 習い事を理由に部活動もせず、委員会活動も辞退することで、学友と共にすごす時間がかぎられる生活。

 数少ない自由時間はクラスメイトたちがガッチリ深雪を独占するのだが、深雪と会話する権利は平等に分け与えられるよう、生徒間で自主的に調整されていた。

 ホームパーティのような形で学友を司波家に招くイベントが催されたこともあるが、それですら「特別」とは言いがたい、均等な関係の集まりでしかなかった。

 いつのまにか男女ともに「抜け駆け厳禁」の協定が作られ、「深雪さま親衛隊」とでも呼ぶべきファンクラブが自然に出来上がっていく。

 余談だが、上級生の女子や名家のお嬢様を「さま」付けで呼ぶのはこの中学において珍しくなかった。しかし家柄を誇るでもないサラリーマン家庭(と、いうことになっている)の娘が、同級生からも「深雪さま」と呼ばれるのはレアケースだったと言えるだろう。

 加えて言えば、第一高校において、表向きの司波家が名家ですらなく、ましてや四葉家当主の姪だと明かしてもいない深雪が、「お兄様」という尊称を日常的に用いることに他の生徒たちがツッコミを入れないのは、彼女の出身校の校風──女子の言葉遣いが慇懃なことで有名な──をそれとなく察してのことである。

 閑話休題。

 初年度の夏休みが空けてからの深雪が、兄である達也にぞっこんの少女へと変貌したことは、ファンクラブにとってまさに青天の霹靂だった。

 深雪の兄、達也はどう見ても「優等生だが怖い男の子」というイメージであり、ほとんどの学生から避けられていたのだから。

 深雪の信奉者たちからすれば、深窓の姫君がいつのまにか魔王の妃に嫁がされてしまったような衝撃に近しかった。旧時代的な喩えを用いれば、「学園のアイドルが夏休み中に暴走族のリーダーの彼女にされてしまった」くらいの激変だったと言えようか。

 ただし達也は学園でも指折りの優等生であり、「奪われた」という感覚はあっても、「汚された」という感覚まではない。

 そもそも、大人びた佇まいや、文武両道の成績において達也にかなう男子は一人もいなかったのだから、盾突きようがないのも事実。

 そう割り切ってしまうと、「我らが」深雪さまが、近寄りがたい秀才である達也に一途な奉仕を尽くそうとする「いたいけ」な姿は、かげながら応援せざるをえないほど心を打つのだった。

 それに中学生の達也も、当時からいきなり、現在のごとき「亭主(兄)関白」な立場に順応したわけではない。

 最初のうちは深雪に対する堅い反応も隠しきれず、彼女の激しいアタックにたじろぎ、ぺったりと付き添われることに動揺するさまも珍しくはなかった。

 こわもてのエリートが可憐な美少女によって徐々にほだされていくようすはロマンティックですらある。二人の姿をあたかも「冷めきった魔王の心を、無垢な愛によって開こうとするお姫様」の関係性になぞらえ、勝手に感動の涙を流す生徒すらいた。

 そして、とうとう達也の側から「折れて」、妹による奉仕を全面的に許可すると認めた日に至っては、幸せいっぱいな満面の笑顔を一日中、惜しみなくふり撒きつづけてくれた一人の少女の幸せを願う「おめでとう会」が密かに催されたという。

 休み時間に達也が深雪の勉強を見てあげることが日常化したのは、親衛隊にとって確かに落胆すべき変化だった。しかし成績トップの生徒が面倒を見る以上、深雪の成績も目に見えて上昇しないはずがなく、またそれゆえに、かつての取り巻きたちに文句を言う筋合いは無かった。

 司波兄妹が成績表のトップを独占する姿に、暖かく拍手を贈るしかなかったのだ。

 そのような、孤立しながらも祝福された(?)中学生活を送った深雪にとって、一人だけ強い関わりを結んだ女子生徒が存在した。

 知り合った切っ掛けはよく覚えていない。その彼女は成績もよく、深雪の学力に並ぶ数少ないクラスメイトだったから、学業の相談や図書館での話相手は自然とその子を選ぶことになったのだろう。

 そしてなにより、「深雪の取り巻きに参加しない生徒」として、むしろ安心して声をかけられた部分が大きかった。

 彼女も同じ学校の教育を受けている以上、必要な礼儀作法は心得ているものの、コミュニケーションは得意でないらしく、一人でいることの多い女子だった。深雪が光の当たる場所の「孤高」だとしたら、彼女はその影に隠れた孤高(ソリタリー)だったと言えるだろう。

 濡羽色の黒髪が凛とした印象を与え、中学生にしては大人っぽく見える少女だった。

 発育が早いのだろう。どの女子よりも母性的な曲線が制服の上からでも目立っていた。

 高校生並のボディラインを想定していないデザインの服では、持て余す肉体。

 物静かで冷たい表情が、中学生らしからぬギャップを際立たせていた。同学年の男子では手を出しにくい外見だが、大人の男性を魅了するタイプだと言える。

 この娘は、深雪にとって単なる勉強仲間でしかないはずだった。

 たまたま二人きりの時間ができたある日、唐突に向こうから話しかけられるまでは、事務的な会話しかしない仲で終わるはずだった。

 それは深雪が毎日、人目も(はばか)らぬ奉仕を「お兄様」本人に認めてもらうための努力にいそしみ始めた時期のこと。取り巻きの生徒たちが、めいめい愕然とするなり、新たな嗜好に目覚めてしまうなり、血色を変えて真意を問い詰めるなり、深雪への対応を変えていた中、この無口な少女だけは以前と変わりなく接してくれている、と感謝していたさなかだった。

「深雪さんって、ブラザー・コンプレックスだったのね」

「あら? 意外ね……あなたもそんな言い方するなんて」

 そうよ、と肯定するでもなく、そんなことないわと否定するまでもなく、とりあえず答えをはぐらかしておく。

 自分で理解してはいても、人には言われたくはない程度に、この頃の深雪はコドモだったのだろう。

「私もブラザー・コンプレックスなんです」

「……え?」

「兄のことを愛してるんです。……こんなことを人に言うの、深雪さんが初めてですけど。内緒にしていただけますか?」

 それを言った後から頼む!? と面くらいつつも、秘密の話なのね、わかったわ、と安請け合いをしておく。

 それにしても、聞き捨てならない言葉が彼女の口から発せられたことによって、深雪の頭は素早い反応ができなくなっていた。

 愛している……? 好きや大好きではなくて? 兄って、兄弟の兄? だからブラザー・コンプレックスって……。

「私の兄さんは大学生なのですが、今は一人で部屋を借りて住んでいまして」

 しまった、どうもこの子は「内緒の話」の続きを始めるつもりらしい。他人の家庭の事情なんて、どこまで知っていいものか、見当もつかないのに。

「私はこの中学に入って、兄さんの部屋からここに通うことになりました。……その方が学校に近いですし。二人なら寂しくないだろうと、両親も賛成してくれて。休日だけは実家で食事をする決まりになってますけど」

 兄と二人暮らしとだけ聞いて、素直に「うらやましい」と深雪が思ったことは言うまでもない。まだ中学一年生の達也と深雪は、両親の管理下にある境遇だったから。

 しかしそれから続く話は、深雪の「うらやましい」を超えていた。

「兄さんの一人暮らしは高校からでしたから、たっぷり五年くらい、離れて暮らしていて……。私が小学生の頃は、たまにしか会えませんでしたし、また一緒に住めて嬉しかったです」

 小学生時代に兄と過ごせる時間が少なかったというところに、深雪は親近感を覚えた。しかし相手の口ぶりからすると、「たまに会えたとき」の兄妹仲が親密だったさまも連想させて、きり、と胸が少し痛む。

「深雪さんのオニイサマも、妹思いな方だったんですね。はじめはそんな風に見えなかったけど、シスコンって言うのかしら? 深雪さんのブラコンぶりにも驚きましたけど、達也さんもあなたのことが大事で仕方ないみたいですね。まるで花に触れるくらい慎重に扱ってて」

「そ、そうかしら……?」

 深雪をブラコン扱いしていたと思いきや、急に達也のシスコンぶりを見抜かれて、深雪は照れ照れと恥じらった。この頃の達也は愛情表現がまだ控え目で、深雪としてはじれったさを感じていたところだったのだ。

「私の兄さんもシスコンだって良く言われてました。そして、私も可愛がってもらえるのが嫌じゃなかった。一緒に住むことに喜んだのも、可愛がってくれたぶん、家事や料理でお返しできると思ったからですし」

 司波兄妹についての話から、自分の兄妹関係の話へと戻ったようだ。深雪は「兄を愛している」という、彼女の問題発言を思い出し、うんうんと強く頷きながら耳を傾ける。

 深雪はもうすでに、得難い「仲間」と出会ったような気がして心が弾んでいた。深雪だって女の子だ。同性とおしゃべりするのは好きだし、それが「自分の愛するもの」の話題ならばなおさら発散したいと思う。彼女の話が一段落したら、思い切りお兄様の話を(一般人に伝えられるギリギリの範囲で)語ってしまいたい──。そのくらいにはテンションが上がっていた。

 深雪はこの時点で、最後まで聞いたらまずい内容かもしれない、という可能性は失念していたし、当の相手も「内緒にしてほしい」という約束を意識して喋っているのか怪しくなっていた。誰にも打ち明けたことのない話をする興奮で、言葉が止まらない状態になっている。

「それで、この夏休みは兄の部屋と実家を行ったり来たりしていました。そんなある日、夏休みの宿題を兄さんの部屋で見てもらっていたときに、思い詰めた顔の兄さんに抱き締められて、もう我慢できない、って告白されたんです」

[newpage]

「……告白っ?」

「告白の意味は……わかりますよね? ごめんなさい。深雪さんしか相談できる相手が思い浮かばなくて。どうしたら良かったのか……。私、兄さんの望むことなら受け入れてあげたい。でも、……突然のことでわけがわからなくなって」

「そっ、そうね。だってまだ中学生だものね……」

 だったら同じ中学生は相談相手として不適格なのでは? と思ったものの、「深雪しかいない」と名指しされてしまった以上、その言葉は飲み込むほかなかった。

 そしてまだ、深雪には「告白」の内容がピンと来ていなかったのだ。だって私はまだ中学生なんだから! と心で責め返さずにはいられない。

「えっと……確認だけど、あなたのお兄様はなにが我慢できないと仰ったのかしら……?」

「第一に、お前のことは妹として大事だし、愛してる、と。唐突なことだから一瞬驚いたけど、私も兄さんを愛してるわって、すぐに返事しました。でも」

「……でも?」

「実際は、ものすごく遠まわしな言葉だったから、簡潔にまとめますが……。ようするに、薄着姿のお前とずっと一緒にいたら性欲を抑えきれる自信がない、と」

 思った以上にストレートな言葉にまとめられて、深雪は絶句する。だめだ、やっぱりこれは、聞いてはいけない類の話だったんだと警鐘が頭の中で鳴り響く。

「兄さんはこの夏の間、ずっと言い出せなかったみたいで。私は我慢させてごめんなさい、って謝ったのですが、どうすればいいのか戸惑うばかりで……。すると兄も、頭を下げて私に頼み込んできました」

「……な、何を?」

「性欲解消を」

「ううっ」

 ギアがかかりすぎていて、話のスピードについていけない。そもそも性欲の解消法なんて、ひとつしか──実際はいくらでも方法はあるだろうが、この時点の深雪の想像力においては、一種類の方法しか──思い付かない。具体的なイメージが浮かびそうになる脳内に、なんとか意志の力でブレーキをかける。この話相手の大人っぽい顔や、中学生ばなれした体を直視することもできなくなってきた。

 話の続きをうながすのは怖かったが、もはや後戻りもできず、おそるおそる、わずかな抵抗を示すしかなかった。

「そんなの、兄妹でおかしいとは仰らなかったの……?」

「兄が言うには、結婚前の男子の性欲を解消するのは、古来から妹の役目なんだと。でも私、そんな話は聞いたこともないので」

 深雪も聞いたことはない。

 しかし「そんな話があったらいいのに」と一瞬考えてしまった頭を、ぷるぷると小さく振った。

「深雪さんなら、どう思われますか? あんなにお兄さんを慕ってる人、今まで見たことがなかった。私は明るい性格でもないし、素直になれないところがあるから、うらやましいくらい。意見を聞かせてほしいの」

「……あなたは、お兄様のことを尊敬しているのよね」

「尊敬……? そうね。尊敬ならしていると思う。コドモっぽくて可愛らしいところもあるけど、私を守ってくれる立派な兄だと」

「そ、尊敬できるお兄様なら、求めには応じるべきだと思うわ……!」

 相手の手をぐっと握りしめ、まっすぐ瞳を見詰めながらそう告げた。同い歳の少女に対して、ここまで感情的になったことなんか初めてだと思えるくらいの声色で。

「お、お兄様が望まれることなら……な、なんでも……できるはずだわ。だって、それが妹の義務なんだもの」

「妹の義務、だから……」

 そこまで言い聞かせて、深雪の心はにわかに満たされた。私は間違ったことは言っていないはずだと、柔らかく笑みを浮かべる。

 その極上の微笑みにあてられてか、今まで表情を変えなかった彼女も、ふわ、と初めての笑みを返してくれた。あぁ、こんな顔もできるのねと深雪が感心したのも束の間、

「じゃあ、兄さんの望んだ通りにしたことは正しかったんですね」

「……ふえっ?」

 さらりと返された言葉は、過去形だった。深雪は思わず、間の抜けた復唱を返す。

「望み通りに、したって……?」

「悩んでいたのは、その関係を続けてよかったのかどうかです。今では、毎日兄さんの求めるままにしていますから」

 セックスを、とまで耳にして、さすがの深雪も顔が真っ赤に染まるだけでなく、口を半開きにしたまま閉じることができなかった。

 歳の離れた兄を持ったこの妹は、深雪のたおやかな指に握りしめられた両手を少しもじもじさせながら、うつむき加減に語りつづけた。

「使うことの多い場所は、シャワールームでしょうか。部屋の汚れも気にしなくていいので……。それに兄さんは水着を着せた私とするのが好きなようです。石鹸の泡だらけのままが興奮するそうで。変態っぽいけど、まぁ許します。でも家事中や、玄関でも構わず襲ってくるのは困りますから、それはおあずけしますね。体操服とか目隠しとか、好きな格好になってからしてあげると言えば納得してくれます。現金ですよね。逆に朝起きてすぐのは、いつも断り切れません。休日はデートもしてくれます。外で恋人たちに混じってキスもしてくるんですよ。でも最近の兄さん、もう彼女なんて作らない、結婚もしないなんて言うようになって、それはどうかと……。深雪さん? 深雪さん? 聞いてますか?」

 あまりものショックに卒倒した深雪は、この少女との会話をあまり覚えていない。その後、同じ話を続けたこともない。

 この話が、血の繋がった肉親との関係だったのかも、確認していない。

 しかしこの「妹」は、卒業式でさようならを告げる日までずっと、穏やかで幸せそうな顔をしていたことがしっかりと目に焼き付いている。

 そして、深雪が達也との二人暮らしを始めるようになったとき、彼女から聞いていた兄妹生活をなんとなく思い出したものだ。

 お兄様を喜ばせたい一心で普段の身嗜みを決める深雪だが、達也も一人の男であることを、「妹である自分が斟酌しなければならない」という気持ちが、どこからとなく湧いてくるのだった。

「妹の義務、妹の義務……」

 そう呟きながら、カタログで取り寄せる洋服を選んだり、クローゼットの中から今日のコーディネートを思案したりする。

 それは無意識に、大きく肌を露出させた衣服──他人に肌を見せることを避ける現代のファッション事情では、「彼氏と二人きりのシチュエーション専用の勝負服」という役割のみが認知されているコーディネート──へと指が伸びていくのだった。


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