ここまで女性視点だけ書いてきたのを反省して、初めて達也視点になっています。
ちょうど第1話や第2話と対になる(同じテーマを逆視点で書いている)内容なので、シリーズ的にはこれで一段落しているイメージです。
文庫では削られている、Web版の描写(設定)をちょっとだけ利用して書いた部分もあるのですが、わかる人にはわかるでしょうか。最後まで兄妹萌えしかありませんが、ここまで楽しんでいただけたとしたら感謝です。たまりませんよね、このお二人?
※こちらではpixivの投稿作品を転載しています
掲載元:http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1317466
その妹は、無防備すぎた。
自分の魅力を自覚できているのだろうか、と学年の同じ兄は思う。和光同塵とはいかずとも、もう少し魅力をセーブした方が安全ではないか、と心配するほどに。
目は口ほどに物を言うという諺もあるが、深雪が「物を言う」のは全身そのものだった。
その潤んだ瞳に留まる話でなく、かすかな唇の震えや、息づかいで起伏する胸のふくらみ、きめ細やかな姿勢、重心のかけ方、筋肉の緊張のさせ方、あるいは弛緩のさせ方、所在なく動く指先、敏感に白から紅へと色を変える素肌、首を傾げるたびに流れ落ちる髪の毛の一毫一毫でさえも……、たったひとつのことを懸命に訴えてくる。
──私はあなたのものです。
まるで心の裡を
私はあなたのものですと、あらんかぎりの力をふりしぼって主張するオーラを、全身にみなぎらせている。
叱られたり、邪険にされたりしないかぎり、何をされても文句は言いません、と意思表示していることが、なぜかしら伝わってくるのだ。動物が急所をさらけ出して寝転ぶ服従のポーズを、さらに何段階も濃縮したような、渾身のメッセージを身に纏っている。
そして彼女は、自他ともに認める(ここでいう「自他」とは「達也自身」と「その他」の意見という意味)、高嶺の花の美しさを誇る存在だ。
高嶺の花と喩えるならば、幾人もの貴族から求婚を受けたカグヤ姫もさながらに。あるいは、その花も恥らう傾国の美女か。
権力者が女を奪い合って戦争を起こす時代でもないが、世が世ならば一国の興亡に関わる史話に記されたとしても不思議ではない、と誰もが想像するほど、群を抜いた容姿をしている。
そんな、価値を量ることすら愚かしいほどの器量を備えた少女が、もし「自分のもの」だとしたら?
仮定ではなく、事実、いつでも達也は「それ」を掴んでしまえる立場にいる。
深雪は自分にできることなら、何から何まで達也に許している。まるで、無条件に支配を受ける義務と、無条件に所有を認める権利を、同時に表明しているような無防備さで。
もし女が男のそばにいるとき、少しは自分の安全を守ろうと身を固める意識が生まれるはずだ。仮に肉親や恋人であっても、パーソナル・スペースという不可視の境界は本能が生むものだから、そう簡単には消え去らない。
しかし深雪には、そんな防禦的な気配がまるでなかった。達也が必要に応じて、深雪の体を急に引き寄せたり、不意打ちで強く掴んだりしたときにその無防備さは証明される。彼女はものすごく驚き(恥じらい)はするものの、触れられること自体にはまるで警戒しておらず、反射的な抵抗というものが一切起こらない。
だから当然、深雪はおでこをつつかれたり、髪を弄ばれたり、耳を引っ張られたりする達也からのイタズラを避けたことが一度もない。自分に近付いてくる兄の手を視界に認めたとき、パーソナル・スペースの壁を強めるのではなく、一気に門を開くのが深雪の身体だった。
兄に触れられることで、はっと身を引き締めつつも、離れるでもなく、遠慮がちに身体の距離を縮め、物足りなさげに上目遣いで見上げてくる様子が、達也の理性を危うくする。
それこそが、司波達也に見える司波深雪の姿だった。
ここ三年間、毎日これを目にしてきたのだ。
危険だと思う。
彼女が体で訴えてくる「所有権」と「支配権」を受領してしまったら、自分はその先で何をしでかすかわからない、という心配があった。
自分は深雪に何をしたいのか? この妹をどうしたいのかを「自由に」考え、実践したら、どんな行動に走るのだろうか?
もっとも、彼は妹を傷付けるような行為を選択できない。しかたなく、後先のために我慢を強いることや、しぶしぶ納得させることが限界だ。しかも正当な理由があって深雪にストレスを与えた場合であっても、必ず「埋め合わせ」の努力をしなければならないほどの、強い罪悪感に苛まれる。
だから、「一般的に」妹が嫌がりそうなことは常に避けてきたのだ。
しかし、してはいけないことなど私には何ひとつないのですよ、と彼女の体は甘く囁きかけてくる。
だから達也は、妹が喜ぶこと、妹が嬉しがる行為を思わず選択してしまう。この行動パターンは、達也の考える「一般」という概念を、三年かけて狂わせてしまった。……当たり前だが、深雪の喜ぶことが、世間の妹が喜ぶこととイコールなわけはないのだから。
もはやこの兄妹の身体的接触は、第三者にとって「男女のむつみごと」を想起させるのみで、世間の兄妹とは程遠いそれへと変わり果てている。
達也は「妹」という存在に対する「一般的な兄」の行動原理を、「自分の妹が嫌がらないこと」と「自分の妹が喜ぶこと」の二点のみを手掛かりに構築していた。そこから「深雪がすこぶる良くできた妹であること」を差し引いて「一般の兄妹」を想定しているわけだが、自分たちの関係をヒナ型に選ぶこと自体が倒錯しているとは気付いていない。
……世間の大半は妹思いではない兄と、兄思いではない妹が多数派であることくらいは流石に心得ている。しかし、そうした家庭内の他人行儀さは、「兄妹として自然な結果」というよりも、「不幸な結果」であって、自分たちこそが「自然」な側なのだ、と認識しているわけだ。
深雪の誘惑が作り出したこの倒錯は、しかし彼女自身が口に出して、ここまでの関係になりたいと求めたものではない。彼女の方から、だらしなくしなだれかかるようなことも(自然さを装った密着行為を除くならば、だが)なかった。
ただ達也は、妹の身体から無言で放たれるメッセージに反応し、──その誘惑に負けつづけていただけ。彼の理性と欲望が争って、理性が凱歌をあげたことはない。妹に関することに限れば、達也の意志力も、並の人間と変わり映えしないのだ。
彼の理性は、深雪を「妹のように」愛することを命じているが、深雪の愛らしさは、並の妹のそれをたやすく超えてくる。それゆえに、達也にとっての兄妹愛は、確実に世間一般のそれとはズレていて、かけ離れていた。
妹として愛することを自分自身に命じ、その結果、異性として可愛いらしいとも思う妹への愛し方を、コントロールできない。
あらゆる面において、自分にはできすぎた妹だ、とは常々思う。
「絶世の美女」という、なにやらフィクションじみた美辞麗句を我がものにしていた姉妹から遺伝子を受け継いでいるのだから、並外れて綺麗なのは当然だ。
むしろ逆に、あの母の息子として自分のデキが劣るだけだとも考えている。現代魔法師にとっては不必要なサイオン量といい、不出来な魔法の才といい、自分は父方の血をより強く引いたイレギュラーなのだろう、と。
その上で、深雪を構成する遺伝子は、母や叔母たち以上に美しい肌と、均整の取れたプロポーションを与える「突然変異」を起こしている気さえする。
若かりし頃の四葉姉妹は、確かに深雪に似ていたようだが、映像資料で見比べてみると、なぜか血の繋がりをあまり感じさせない。それは「世代を重ねた進化」が急激に起こることによる差なのかもしれなかった。
母娘でさえそうなのだから、なおのこと自分の妹だとは確信しきれないのが正直なところだった。では、どんな男ならば深雪の兄らしいと言えるのか? と問われると答えに窮するが、自分の代わりに、深雪と釣り合うような美男子が兄だったかもしれないし、そんな兄なら、もっと妹をぞんざいに扱えていたかもしれない。
どこか根本的なところで、達也にとっての深雪は「生まれの違う」「異性」として認識されているのだった。
そして達也は、「妹でなければ襲っていたかもしれないな」という性衝動を、何度となく自覚していた。
いつもよりも特別なお菓子を取り出したティータイムの、いつもより胸元の開いた洋服を身に付けた深雪が、いつもよりも近い距離でソファの隣に腰掛けている、今のような夜には特に。
ちょうど深雪に目を見やると、真っ白なうなじや剥き出しの肩だけでなく、斜め上から服の中身までもが垣間見える位置だ。
いつもの衝動を、意識してしまう。
「今のお兄様のお気持ちを当ててみましょうか?」
唐突な深雪の発言に、慌てて紅茶を胃に流し込んだ。
危うく、噎せてしまうか、噴き出してしまいそうなタイミングでかけられた言葉だった。しかし……深雪の性格上、この手の「呼吸」を兄から察することはお手のものだと、達也も良く知っている。絶妙なタイミングを計って声をかけたであろうことは、すぐに解った。
ただ解らないのは、その配慮が善意ゆえなのか、あるいは意地悪心を働かせてなのか、だ。
「ほんとかな。自分の内面なんて、本人にだって説明できるものじゃないからね」
気を取り直して、ただちに予防線を張る。このくらいは条件反射で出てくるセリフだ。しかし、意識するなと言われるほど意識してしまうジンクス通りに、達也の中でははっきりと感情が言葉になっていたのだが。
「いえ、言葉にするというほどではないのですが……。なんとなく匂いで捉えた、と申しますか」
──まさか。そういえば、抽象的な情報を嗅覚のイメージに置き換える「直観」は、系統外魔法師である深雪の特質だった。
「今、お兄様のお気持ちは……」
どうしたらいい? いや、どうするも何もない。自分はいつも、「妹でなければ」としか考えていないのだから、問題があるものか。いや違う、それが伝わってしまえば問題に決まって──
「わ、私のもっとそばに座りたいのではないですかっ?!」
──気が付くと、カップを両手で握りしめながら、顔を真っ赤にして茹で上がっている深雪の姿があった。
こんなこと初めて言ってしまった、という羞恥心に震えながら、目線がカップの中の水面と、達也の間をチラチラと往復している。
今日はただでさえ普段より近い距離なのだから、これ以上そばに、ということは、私と触れ合う(抱き合う?)距離に、という意味以外にないだろう。
「何を言っているとお思いでしょうけれど、深雪はその……お兄様がそうしたいと仰るなら、言葉にならないくらい光栄ですから……もしそうなら嬉しくて……いてもたまらなくなったのです」
あぁ、まただ、と達也は観念した。また深雪の「あれ」なのだ。どんなことでも抵抗しませんから、まるで私を「あなたのもの」のように抱いてもいいのですよという、あの──
「びっくりしたな。正解だよ、深雪」
「本当……? ですか?」
「本当だ。ほんとにそう思ってたよ。ほとんど無意識にだろうけど」
今度は達也の異能が、深雪の身体状態を精細に読み取っていた。
すぐにも破裂しそうなほど、心臓の動悸が激しくなっている。達也の前で赤面することの多い彼女だが、今までの記録を更新しそうな心拍数だった。肺が酸素を求めて、過呼吸を誘発しかけているのは、肉眼で見るだけでも明らかだ。
もし強引に押し倒そうとしたら、気絶させるところまでいくだろうな、これは。
最上位の
どれだけ無防備に見えようと、深雪に危害を加えることは感情が許さない。興奮させすぎて倒れる姿も、見たくはなかった。
「では、いいのですか……?」
「ああ、いいよ。おいで深雪」
「はい」
達也から接近するのではなく、相手の意志で距離を詰めるよう
深雪に言い当てられてしまったはずの、一方的に襲いかかりたいという衝動は、「おいで」と促した時点で誤魔化しきれたことになる。
「幸せです、お兄様」
彼の片腕の中へと、潜り込むように身を預けた深雪は、天国にいる気分だった。
そんな深雪を見詰める達也の表情も、自然とほころんだものになる。
今、この天使のような少女の美貌を眺めてもいい男は、この世で自分ただ一人だという事実。
一生の思い出として、数秒間だけ目に焼き付けたていどでも、追加で三回ぶんの人生は悔いなく終えられそうな、極上の微笑み。風邪をひいて熱に浮かされたときのように、トロンとした表情をしている。そんな様子のまま、上目遣いの瞳と視線が絡み合い、触れた体は嘘みたいに柔らかい。それが自分の腕の中にある。
本当にこの女の子が「自分のもの」だとしたら、分不相応すぎるほどの存在だろう。
「深雪は幸せです……」
「俺もそうだよ。お前という妹がいて」
これほどの妹がいて。
それを自分の「恋人」にしようなどと、だいそれたことをどうすれば考えられるのだろうか。
了
第5話「本当は冗談じゃないと思う」につづく