『神速』の男   作:星月

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vs洛山 赤司の誤算

「あの時お前は、涼太と戦う前にすでに負けていた。予想通りのことではあった。

 だがお前は僕の想像を上回る精神力を持ち、今こうして僕の目の前に立っている。あの日と変わらぬ目でな」

「……たしかにそうだよ。俺は黄瀬に二度負けた。だけどそんなことはどうでもいい。

 俺はお前達を倒すためならばどんな恥を晒そうとも構わないと決めたんだ。……だから、今日ここで俺はお前を倒し、頂点に立つ!」

 

 もう一度力強く宣告し、赤司をにらみつける白瀧。

 一度倒されてもなおも強気な姿勢を貫くその姿を見て、赤司は目を鋭くした。

 

「その意気込みは買おう。だが悪いが、その願いはかなわない。

 僕には未来が見えている。たとえお前がどれだけ速く動こうとも、僕を止めることはできない。ただ地に伏すだけだ」

 

 そんな白瀧を嘲笑うように、赤司は不敵な笑みを浮かべた。

 白瀧は瞬発力を武器にあっという間にコートを駆け抜け戦いを制している。

 それに対して赤司は未来を読む。白瀧の速さをも見抜いてしまう赤司の前には、彼の速さはすでに意味をなしていないのと同義であった。

 

「たしかにな。俺ではお前を止められない。でも、倒せないわけではないぞ」

「……なに?」

 

 それくらい白瀧とて理解している。だからこそ彼はこう言った。

 

「お前を止められないならば、止めなければいい。それだけの話だ」

 

 何を言っているのか、赤司でさえ理解できなかったそれは、……しかし決して自棄になったものではなく、未だに闘志を秘めたものであった。

 

「赤司、行くぞ!」

「……戯言を。お前の口からそのような言葉を聞きたくはなかったぞ、要」

 

 僕を志望させてくれるな、とは口にすることなくプレイに戻る赤司。

 洛山ボールから試合は再開された。

 マークはこれまでと変わらない。赤司にはやはり白瀧がついており、彼にボールは渡さないと徹底的にマークしている。

 

 それを悟り、洛山は赤司以外の四人でボールを回していく。

 赤司がいなくても『無冠の五将』が三人も揃っているチームだ。白瀧が押さえ込まれている今、それを止めることは並大抵のことではなく、易々とゴールを揺らした。

 

「あかんなー。さすがにここで流れを止めんと、一気に持ってかれるで」

 

 今吉が苦々しく呟いた。

 今の攻撃が第2Q初めての得点だ。しかもエースである白瀧を止められたあとの、という条件がついている。1点差リードなどここでは何も意味をなさない。

 ここで一本を決める、そうでなくてもカウンターによる失点だけは防がなければならない。

 それを理解した今吉は今まで以上に慎重に周囲を見て、ボールを運んでいった。

 

「(……ここで白瀧一人に決めさせるのは無理や。さすがにあいつでもまだ赤司の対策はとれてへん。……けど、だからと言ってあいつを使わないのはただの馬鹿や) ……白瀧!」

 

 白瀧は1対1で防がれたばかりである。

 ここで彼が単独で攻め込んでもおそらく二の舞になるだけ。

 ……ゆえに、彼を攻撃の起点にすることに決めた。

 今吉が通常よりも高めにボールを放る。自分の身長よりも高い場所に出されたボールを白瀧は跳躍して掴み、そしてそのまま味方の諏佐へとさばいた。

 

 跳躍力では白瀧が勝っている以上、これほどすぐにパスを出されたのでは赤司も対応はできない。

 

「なるほど。あえて味方のサポートに徹するか。……しかし、それでは洛山は倒せない」

 

 自分の上を抜かれたというのに関わらず、赤司に焦りの色はない。

 パスを受けた諏佐はドライブでゴール下まで切り込む。そしてすれ違いざまに若松へとボールを渡した。

 

「っしゃこら任せろ!!」

「……甘いんだよ!」

「っ!? ぐっ!! この……!」

 

 しかし若松がボールをリリースしたその瞬間、ボールは洛山のセンター・根武谷によって叩き落とされる。

 桐皇のメンバーの中では1,2を争う身体能力の持ち主である若松ではあったが、『無冠の五将』に力で封じ込まれている形であった。

 

「よっし、ボールいただき!」

「……っ! まずい、カウンターだ!」

 

 ボードに直撃し、落ちてきたボールを葉山が拾い、攻撃権は洛山へと移る。

 得意のドリブルで諏佐を抜き、葉山はコートを駆け抜けていく。

 

「行かせへんで!」

「さっすが戻り速いね。……赤司!」

「うっ……! (まずい!!)」

 

 一人でボールを中央まで運んだ葉山だったが、桐皇の戻りも速い。

 それ以上好きにはさせまいと今吉が逸早く戻りディフェンスへと回る。

 速攻のペースを乱すわけにはいかないと、葉山は一人で勝負はせずに自分と同じように上がっていた主将、赤司へとボールを回す。

 

「よくやった葉山。……さあ、もう一度行こうか白瀧」

「……来い、赤司!!」

 

 こうして、早くも白瀧と赤司の第2ラウンドが始まろうとしていた。

 無難にボールを受け取り、ドライブの姿勢に入る赤司。

 白瀧は一歩も通さないと姿で語るように腰を低く落とし、集中力を高める。

 

「……言ったはずだ。僕には未来が見えていると。(……天帝の眼(エンペラーアイ)!)」

 

 それでも勝つのは自分であると高らかに告げた。

 自分だけに許された、未来を予知する目。それを使い、赤司は逸早く敵である白瀧の動きを見切る。

 ドリブルを繰り返し、左右へフェイントを入れる。

 そしてここからだ。重心を移動し、相手の動きに合わせて……

 

「なにっ……!?」

 

 ……相手の動きに、白瀧の動きに合わせようとして、赤司は驚愕した。

 

「(……動いていないだと?)」

 

 未来を予知する彼の瞳が映し出したのは白瀧の筋肉の動きである。

 しかし彼の筋肉はまったく動く気配を見せず、視線を彼の全身へと向けると、彼はいつの間にか腰を下げるというディフェンスの基礎の動きさえやめており、その場で立ちつくしていた。

 

「……諦めたのか、要!」

「……」

 

 自分では止められないから、勝負を投げ出すのかという問いに白瀧は答えない。その場で何もせず、動きを見せることなくその場でただじっと赤司を見つめている。

 

「何をやってやがる白瀧! ざけてんじゃねーぞ!!」

 

 その姿は味方さえも失望させた。

 短期な性格である若松が声を荒げ、にらみつける。……それでも白瀧は無反応だ。

 

「……ならばもういい。お前といつまでも遊んでいるつもりはない」

 

 その姿を見て、赤司の心は一気に冷めた。

 期待外れもいい所であった。諦めない不屈の闘志こそ赤司が白瀧要という選手に見出していた価値であったというのに、その男はもはやディフェンスの姿勢さえ見せない。まるでかつての青峰と対峙していた、勝負を投げ捨てた選手のような姿であった。

 

 そしてそんな男を赤司は敵として認めない。ただ行く手を阻む障害物だ。

 自分を見下ろすことは許せないが、だからと言って自分が手を下す価値さえない。

 赤司は棒立ちしている白瀧を抜き去り、フリーのままゴールへと一直線で向かっていく。

 

「……だろうな。それを待っていたよ」

「――っ!?」

 

 しかし、レイアップシュートを撃とうとした赤司は跳躍するだけでシュートへと移ることはできなかった。

 とっさの判断で同じように走りこんでいた実渕へとパスをさばく。

 すると、本来ならばボールがたどるはずであった軌道を、一瞬だけ遅れて後ろから伸びてきた手が空振りした。

 

「……要」

「……ちっ。さすが赤司。そう簡単に止めさせてはくれないか」

 

 その手は白瀧のものであった。赤司がコート全体を見渡せる視野を持っていなかったならば、まちがいなく攻撃は阻まれ、ボールを叩き落とされていたことであろう。

 

 ボールは実渕へとわたったものの、桜井がはじきコートの外へと出した。

 まだ洛山ボールであることには変わりないものの、敵の速攻を防ぐことは出来た。十分な戦果である。

 

「……信じられないことをするな、要」

「お前達みたいな、常識を外れたやつらが言うことかよ?」

 

 赤司の皮肉に皮肉で返す白瀧。

 ……白瀧のとった行動。それはまさに赤司を封じるために無防備になることであった。

 真正面からマークについていたのでは、赤司の技術・アンクルブレイクの前に地に伏せるだけであっただろう。

 だからこそ、白瀧は真っ向勝負を捨てた。

 その場で動かず赤司の天帝の眼を誤魔化し、わざと自分を抜かせる。そして赤司が自分を抜いたことを確認して白瀧は動き出す。赤司がシュートモーションに入る前に詰め寄り、ブロックへと飛んでいた。さすがの赤司でも、自分の後方にいる敵選手の動きまでをも正確に読み取り、転ばせることはできなかった。

 

「自分の速さだけが武器の、ノーガードか。正気か?」

 

 だが、それは一歩間違えれば相手にフリーでシュートを撃たせてしまう諸刃の剣。少しでもタイミングが遅れれば即失点へとつながる。白瀧が瞬発力が優れているからこそできるものとはいえ、とてもではないがまともな考えとはいえない。

 

「当たり前だろ。俺から速さを取ったら何も残らない。……なのに、自分のその武器(速さ)を信じられないわけないだろう」

 

 ……だが、白瀧は揺るがない。

 赤司の問いに白瀧はむしろ自信満々に、堂々と答えた。

 

「ふっ、面白い。先ほどの発言は撤回させてもらうとしよう。

 ……白瀧要。お前は僕が今まで対峙してきた中で、やはり一番誇り高い男だ」

 

 不敵な笑みを浮かべ、白瀧を見据える。

 赤司にとってやはり彼は倒すに値する、敵として戦うにふさわしい相手であった。

 ……だからこそ、もう油断はしない。

 そう自分にも言い聞かせるように白瀧に言葉を送り、絶対王者は挑戦者を盛大に出迎えるのであった。


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