インターハイも次々と試合を消化していき、残っている高校も絞られてきた。
ここまでくればどの高校が勝ちあがろうと、頂点に立とうともおかしくない。特に今日のこの試合だけは、一体どちらのチームが勝ちあがるのか、観客の誰にも想像が付かなかった。今日はいつにもまして観客席が沸きあがっている。その中には誠凛高校など、予選で負けたものの各地区の強豪校の選手の姿も見える。
彼らが試合開始のときを待ち望んでいるのは、おそらく今大会出場校の中でも優勝候補であるチームの激突。
インターハイ準々決勝第二試合、海常高校VS桐皇学園。つまりは公式戦において初めての『キセキの世代』同士の対決である。黄瀬、青峰、白瀧。かつてはチームメイトであり、お互いを知り尽くしている者達。キセキの世代の中でも因縁深い彼らだ。
黄瀬は青峰のバスケに魅了され、バスケの道を選んだ。
白瀧は黄瀬との対決に破れ、レギュラーの座を奪われた。
そんな彼らがこのような舞台でぶつかり合うのははたして運命なのであろうか……勝つのはどちらか一チームのみ。果たして彼らは過去を清算し、未来をつかむことができるのだろうか……
「それでは準々決勝第二試合、海常高校対桐皇学園高校の試合をはじめます!」
アナウンスの声が会場に響く。選手は向かい合い、己が闘志を高めている。
スタメンは両チームともこれまでどおり。桐皇学園高校はこの試合、諏佐がベンチに下がりその代わりに白瀧がコートに立っている。
最近は白瀧がスタメンで起用されていることが多かった。それは彼自身、黄瀬との戦いに向けて少しでも調子を上げられるようにと監督に直接嘆願したことの影響でもあった。その影響もあってか、ここまでチーム内でも青峰に次ぐ得点源になっている。
(……待ちわびた。この日、この瞬間を)
白瀧、そして黄瀬の脳内には同じ思考が浮かんでいる。
黄瀬は今まで何度挑んでも叶わなかった青峰へのリベンジを。
白瀧は奪われたまま取り返せなかったスタメンの座、その奪還を。
一度たりとも忘れたことはない。だからこそ、今がその悔しさを晴らし、因縁の敵を越える絶好の機会だ。
「
審判の手からボールが空中へと投げ出される。
ジャンプボールを制したのは海常高校。ボールは主将・笠松の元に渡る。落ち着いたボールハンドリングでコートを攻め上がっていく。
桐皇はそれぞれマンツーマンでマークについた。青峰は黄瀬、白瀧は早川のマークについた。
本来ならば白瀧も黄瀬を抑え込みたいという意思がある。しかし、試合前に決めた作戦ですでにその案は却下されていた。彼も一選手。チームの方針には従うしかない。だからこそ、今はただ味方の勝利に貢献することに徹することにした。
「黄瀬ッ!」
「ハッ。……早速お出ましか!」
笠松から黄瀬にボールが移る。
当然ながらそれが示すことはただ一つ。両エース、黄瀬と青峰による
試合早々の待ち焦がれた展開に青峰からは笑みがこぼれた。青峰も自分が本気を出せる相手との戦いを待ち望んでいたのである。
ボールを受け取った黄瀬が体勢を低くする。
そして一瞬で青峰の横を鋭いドライブで抜いていく。……しかし、抜いたと思った瞬間黄瀬の背後から手が伸びてきて、スティールされてしまった。
「……くっ!!」
「何を抜いたつもりでいるんだよ。そんな簡単に俺を倒せると思ったか?」
黄瀬が苦渋の顔で青峰をにらみつけるが、それを飄々とかわす。
こぼれたボールを若松が拾い、マークが厳しくなる前に今吉へパスした。
これで攻守転換。海常のメンバーはすぐさま自陣へと戻り、それぞれのマークについた。
ボールは再びゴール下の若松へ。得意のパワー勝負に持ち込みたいところだが……桐皇の中でも優れた身体能力を持つ若松でも、DFが得意な小堀を切り崩せない。
「それならっ……!」
若松は一人で勝負せずに、ボールを白瀧へバウンドパス。白瀧はスリーポイントラインで受け取った。
マークには早川が徹底的についている。とにかくインサイドを警戒しているのか一歩たりとも通さない、と闘志をむき出しにしているが……
「……ぬがっ!?」
「遅い!」
左右のフェイントからのレッグスルーでいとも簡単に早川を抜き去った。スピードのついていけずに早川はその場で立ち尽くす。そんな彼を置き去りにして白瀧はドライブで切り込んでいく。
「ヘルプ!」
「……ッ! 黄瀬ェッ!!」
マークを突破した白瀧を止めるべく立ちはだかるのは……因縁の敵・黄瀬涼太。その顔を見ただけで自然と力が込みあがってくる。
ここでパスをするという手もある。事実、ゴール下ではフリーになった青峰がいるし、ここでボールをまわせば間違いなく先制できるだろう。
(……だけど、そんなことできるはずがねえ!!)
しかし、白瀧のプライドがそれを許さない。
目の前にはこの2年間ずっとリベンジを誓っていたライバルがいるのだ。それなのにここで勝負を逃げてしまえば、もはやこの試合で彼と戦うこと自体がなくなってしまうかもしれない。
……だからこそ、白瀧は視線のフェイントをいれただけでそのまま自分で勝負することを選んだ。
フェイントをいれると、白瀧はクロスオーバーで揺さぶり黄瀬を右から抜く。さらに速度を上げてそのままレイアップシュートを放った。
「させねえっスよ!」
「……がっ!?」
しかしその攻撃は横から黄瀬に叩き落とされてしまった。ボールはボードに命中し、地面に落下していく。
あのときと同じく、失敗。それはすなわち白瀧の敗北を意味する。今でもまだ、黄瀬を越えることは叶わなかった。
だが、それでもまだボールは生きている。ブロックされたボールはそのまま今吉の手へわたった。
今吉がフェイントで揺さぶるが、笠松はそれにも動じずにマークをはずさせない。一対一では少しばかり厳しいと判断し、桜井へパスを出した。
「すみませんっ!!」
「うっ……!(こいつ、速い! なんてクイックリリースだ!!)」
ボールを受け取るや否や、桜井はジャンプすると同時にボールを放つ。
その動作の速さには森山も反応することが出来ず、ボールは森山の手に触れる事無くリングに向かって行った。
ゴール下でそれぞれの選手がリバウンドに備えて待機しているが……ボールはシュッと音を立ててリングをくぐった。
桜井の3Pが炸裂。これで先制は桐皇学園だ。
速攻に備えて桐皇のメンバーはすぐさまディフェンスへ移る。相手の戻りが予想通り速いことを確認すると笠松はゆっくりとボールを回していき……そして再び黄瀬へまわした。
先ほどと同じく青峰と黄瀬の対決。何か策があるのか、と桐皇のメンバーが考えるや否や、黄瀬はすばやくその場でジャンプしシュートモーションに入った。
「(速い! ……というか、これは……)桜井の、クイックリリースか!?」
白瀧の口から驚愕の声が漏れた。だがそれも当然のことだ。
なぜならば今黄瀬がやろうとしているのはつい先ほど味方の桜井がプレイしていた、彼の得意技――
これこそが黄瀬の専門分野、
「またお得意の物まねか!? だが……それで俺を倒せると思うなよ!」
……しかし、それで青峰を倒せると思うのは早計だ。いや、それどころか当の青峰には動揺の色さえ見られない。
後出しであったのにも関わらず、驚異の反射神経でその動きにも反応し、ブロックに飛び上がる。バスケットボールは青峰の指先に触れ、その結果リングにはじかれてしまった。
しかもリバウンドを若松に取られたことで主導権を奪われてしまう。
いきなり連続でエースの黄瀬で攻撃を止められてしまった。これは点数以上に大きすぎる。
これでさらにカウンターを決めれば完全に流れは桐皇になる。それを理解し、ボールを受け取った今吉は速攻へ入ろうとした。
「……ッ! キャプテンッストップ!!」
「うっ……!?」
だが、突如耳に響いてきた白瀧の声で事態を察した今吉はボール運びを中断してボールを維持することに専念する。
すると先ほどドリブルしていた場所を笠松の腕が通り抜けていった。……もしも白瀧が言葉を出すのが一瞬でも遅れていたならば、ボールは笠松に奪われ逆カウンターを食らっていただろう。
「ちっ……!(あのやろう、俺の動きに気づいてやがったのか。やはり伊達に帝光中にいたわけがねえか)」
「怖いなぁ、そんないきなり襲ってくるなんて。もっと仲良うやろうや」
「ぬかせペテン師!」
今吉が目の前の笠松に飄々とした表情で話しかける。しかしその目は一切笑っていない。笠松も言葉による語り合いは無用と判断し、彼の言葉を一蹴した。
再び視線を交えて臨戦体系に入る。まだ、勝負は始まったばかり。試合の行方はどちらに転んでもおかしくない……
……海常高校対桐皇学園。その試合は観客の誰もが、それこそキセキの世代でさえ予想できなかった展開を見せていた。
前半を終了した時点で桐皇学園が13点リードのまま折り返した。青峰を止めることは黄瀬でも難しいものの、青峰が黄瀬を止められないわけではない。ここまで両エースの差が出てしまったような形だ。
だが桐皇には不安材料が一つあった。それは黄瀬の覚醒である。
第2Q中盤から、黄瀬は青峰の模倣を試みていた。今はまだ情報の収集が完璧でないためか、あまり実行には移さずにディフェンスに専念している。
しかし、もしも黄瀬が模倣を完成させてしまったならばそれは一大事だ。いくら青峰でも自分と同じバスケスタイル、すなわち型のない動きをするプレイヤーを止めるのは至難の業ではない。まだ大丈夫だとも思えるがもしもそれが本当に起こったとすれば……今までとは比べ物にならないほどに、この試合は荒れることになるだろう。
……そして、そのまさかが現実になってしまった。
「……黄瀬ェ!!」
海常の速攻にほとんどの人間が対応できないなか、白瀧だけがいち早くゴール下へ戻り黄瀬のマークに付く。迫り来る黄瀬を迎え撃つように、白瀧が力の限り吼えた。
その声に動じるそぶりさえ見せず、今吉を変速のチャンジオブペースでかわした黄瀬は白瀧につっこんでいく。コートを駆け上がってきた黄瀬は3Pラインでドリブルをやめ、やや状態を後ろに倒した状態で飛び上がった。
「(スリー!? しかもこの体勢はフェイダウェイか? 俺がインサイドを警戒していると判断してのことだろうが……)なめんじゃねえぞ、黄瀬!!」
負けじと白瀧も最高速で一瞬で詰めより、シュートコースをなくすようにジャンプした。事実、これならまず間違いなく指先は触れる。これで一人で決めることは無理なはず。……そのはずだった。
しかし、黄瀬は上体をほとんど寝かせたままシュートを放った。あまりにも角度がついていたことで、ボールは白瀧の指先の上空を通過していき、リングを潜る。
「なっにぃ……!?」
目の前で起こったことが信じられず、白瀧が呆然とする。
黄瀬の覚醒が始まっていたのだ。青峰のスタイルのコピー、少しずつとはいえども黄瀬の動きは確実に本物に近づいていた。型のない動き、変幻自在のバスケ。完全な状態ではないとはいえ、仮にも帝光最強と呼ばれた者のバスケスタイル。……止められるはずがなかった。スタメンをはずされた白瀧ごときでは。
「くそっ……」
白瀧は強く拳を握り締める。もしも試合中でなければ物に当たっていてしまったかもしれない。
オフェンスでは黄瀬が相手では得点することができず、ディフェンスも黄瀬を止められない。あの時と同じく、黄瀬のために白瀧は完全にその動きを止められていた。
これまでの間、黄瀬を倒すためにただひたすらバスケに打ち込んでいたというのに、その黄瀬は更なる高みにあがろうとしている。白瀧を置き去りにして、手が届かない場所にまで。
「なんでお前が……お前のような男がそこにいるんだよ」
――その立場は俺のものだったのに。あいつらとバスケをするのは、コートを駆け巡っていたのは俺だったのに。何でお前が……
初めて黄瀬を見たときに感じたときとまったく同じ感情が胸に湧き出し、白瀧の心を支配する。
止まらないそれは間違いなくどす黒い感情。知っている。これは、嫉妬だ。彼らとともにコートに立つことのできる、立つことを赦された者への嫉妬。彼らと対等だと認められた才能を持つものへの嫉妬だ。
――俺のほうがバスケを好きだというのに、練習をしていたのに、あいつらと一緒にプレイをしていたのに!!
もはや言葉にすることさえできずに、白瀧は心の中で絶叫する。
今までとは比べ物にならないほどの力を出してコートを駆け巡っている黄瀬の姿を見て、白瀧は再び走り出した。
何もできない。そんな自分が情けなくて、涙があふれ出すのを止める事も出来ずに。負ける事が解っていながらも、それでも白瀧は諦めることさえできずに、黄瀬に向かって行った。
……第3Qが終了。黄瀬がついに青峰の模倣を完成させ、海常は万全の状態になっていた。一方の桐皇は青峰が4ファウルと追い詰められた状態。なんとか立ち直っているものの、白瀧が第4Qからベンチに下がってしまい士気はなかなか上がらない。彼がここまで圧倒されるのは、公式戦ではこれがはじめてのことだった。
この試合は青峰の活躍により、海常の猛烈な追い上げを振り切って桐皇が勝利した。
しかながら白瀧の途中離脱、青峰の身体的疲労など、代償が大きすぎるものだったことは間違いない……。