「織田の別働隊の者達は大混乱ですな。流石は雪斎殿じゃ、よく織田が明朝に奇襲を掛けてくると見抜いたものじゃ」
その男は織田の混乱ぶりを満足そうに頷くと自慢の髭を撫でながら、隣にいる坊主に気さくに話しかけた。
坊主……雪斎は唯でさえ気難しそうな顔を更にしかめ、やれやれと頭を横にふった。
「泰能殿、まだ勝ちと決まった訳ではありませぬ。もう少し慎重になされませ」
朝比奈泰能……今川家中では雪斎に次ぐ実力者と言われている男であった。
雪斎がいなければこの男が今川を引っ張っていたに違いない。
泰能はにこにこと憎みきれない笑みをしながら、分かっとるわと何処か抜けた声で返事をした。
「しかし雪斎、お主は今回はちと慎重に過ぎやせんか? 相手を見い、すでに潰走しかけておるではないか」
雪斎が織田軍を見ると確かに、三方向からの今川軍の攻撃によって既に虫の息と言っていい程織田が崩れかけているのは分かった。成る程、確かに泰能が言うとおり自分が気にしすぎているのかもしれない。
「一体何を気にしているのだ? 敵の大将である織田信秀の軍勢も松平の小童に任せているのだろう?」
「それは……そうだが」
雪斎の煮え切らない態度に少し苛立ちを覚えたのか、泰能が先程より語気を強めた。
「わしとお主の仲ではないか。教えてくれてもよかろう? それともお主はわしのことが信じられないと?」
雪斎は苦笑しながら、まったくせっかちな男だと毒づきながらはぁとため息を漏らした。
「実はな泰能殿、本来ならばここまで時を掛けることなく織田の別働隊を叩き、織田信秀の首を挙げる予定だったのだ。しかし、あの別働隊を率いる将……中々どうして」
雪斎は途中まで話すとくくくと笑い始めた。それを泰能はまた始まったと溜息をついた。
どうもこの男は普通の人とは笑いのツボが少々……いや、かなり違うらしい。
「あぁこれは失礼。先ほどの続きだが、あの将中々やりおる。こちらの奇襲に気づくとすぐにこちらの意図に気付き、時間稼ぎにきた。それも防御に優れている方円の陣でな」
「馬鹿な、時間を稼いだ所で信秀らは松平の小童の奇襲を受けておるではないか。そこで信秀が討ち死にするかもしれないのに何故……」
「あるいは信じているのかもしれぬ……」
「何……?」
泰能が怪訝な表情で雪斎をその蛇のような瞳で見つめた。
雪斎は敵に囲まれながらも馬上で槍を振るう武者を見ながらふっと笑った。
「彼らには主従の間を超えた何かがあるのやもしれぬ。もしかすると、奴らは今川の脅威となるかもな」
「……脅威となるのならば早めに取り除くに越したことはあるまい」
「そうだな」
二人は顔を見合わせ無言で頷くと、互いに後ろに振り向き部下に突撃開始の命令を下した。
狙うは方円の陣の中心にいる将、佐久間盛重である。
四方八方敵だらけとは言ったものである。
見渡す限り今川の旗旗旗。次々に倒れていく織田木瓜……
盛重は度々降ってくる矢を槍でなぎ払うと、眼前の敵を見た。
「お主がこの隊の将か! 我こそは朝比奈泰能様が寄騎の一人、岡部正綱である。いざ尋常に槍合わせ願いたい!!」
源平武者さながらの一騎打ちの申し込みに、盛重は面食らった。
まさか今時こんな事をする奴がいるとはと少々阿呆かと思った盛重であったが、一騎打ちは嫌いではない。むしろこっちが好みと言えよう。となると盛重も阿呆ということになるのだが……
「良き武者とお見受けした! 某、佐久間盛重と申す! いざ参らん!!」
敵将はニヤリと笑うと、槍を頭上で振り回しながら馬をこちらに走らせてきた。
盛重も負けじと馬を正綱とやらに向かって走らせる。
いつの間にか敵味方の矢合わせが終わっていた。敵味方ともに俺ら二人の一騎打ちに夢中のようだ。
「せいやぁ!!」
当綱が気炎をあげて渾身の突きを繰り出すが、盛重は上手く槍を使いそれを弾いていた。
少し隙が出来ると盛重も反撃に出る。
「はぁぁぁぁ!!」
上段から繰り出される盛重の槍を正綱は槍を盾に受け止めたが、盛重の膂力が強すぎるのかどんどん押し込まれていった。
「な、何という力じゃ……」
「終わりだな、正綱とやら……」
勝ったと思った瞬間の事である。突如、静まり返っていた戦場に歓声の声が上がった。
何だ……と二人が歓声の方を見ると、2つの軍勢がこちらに向かってきていた。
すると先頭走っている坊主が弓を引き絞り、こちらに放った。
確実に盛重の眉間を狙ったその矢を盛重は咄嗟に、馬の手綱を引き矢を躱した。
「あ、あぶねぇ……」
ふぃ~と額を手の甲で拭うと、改めて周りを見渡す。
この二人の登場で方円の陣は崩壊した。兵達はほとんどが逃げたか討ち取られたのだろう。
千五百の部隊もいまや五百もいなかった。そこに先ほどの二人の将が向かってきた。
「お主が別働隊の大将か?」
いつの間にか先ほど負かした正綱も二人の後ろに移動していた。先ほどの勝負が納得出来ないのか少し微妙な顔をしている。
それにしても、と盛重は二人の将を見据えた。一人は坊主のくせに甲冑をつけているが、兜や佩楯は着けていない。無用心と言っていい程の装備の軽さだった。対してもう一人は、以下にも老練な将である。見た感じで威厳のある将だと言うことと、言葉に出来ない凄みが分かった。
「そうだ。名を佐久間盛重と申す」
「佐久間盛重か……中々の戦いぶりじゃ。どうであろう? ここで余興をせぬか?」
「余興だと!? 今は戦の最中ぞ!! 盛重様を侮辱するのも大概にせい!!」
兵達がそうじゃそうじゃ!と叫んでいるのを盛重が抑えた。
「それで……余興というのは?」
「簡単なことよ」
坊主……いやこの男こそが今川の軍師である太原雪斎なのだろう。
雪斎は不敵に笑うと自分の獲物なのだろうか杖を部下から貰うと馬から降りた。
「お主がわしに勝てれば、お主とその部下の命は保証しよう。但し、負ければ……」
「負ければ……?」
雪斎は手を手刀の形にして首をトントンと叩いた。
つまりは負ければ俺らは残らず殺すと言うことなのだろう。
「……いいだろう。但し頼みがある」
「貴様、状況が分からんのか? この状況で頼みが通るとでも?」
老練な将が蛇のような睨みを盛重へ向ける。
雪斎がそれを窘めると、こちらに振り返りそれで頼みとは?と促してきた。
「もし俺が負けても、配下の者たちだけは助けてやって欲しい」
「……いいだろう」
「雪斎様!」
「雪斎……よいのか?」
「あぁ、どうせこの数だ大した脅威でもあるまい。それよりもこの男が重要だ」
「お主がそれで良いならよいが……」
「すまぬな」
雪斎は再び盛重に向き直る。
「では始めようか?」
「そうだな……」
二人は構える。
雪斎は杖を中段に、盛重は槍を高く掲げ独自の構えをとった。
ここで負けられない……約束してくれたとはいえいつそれを反故にするか分かったものではない。
こいつらはそれが出来る。なんせ、軍師なんて生き物は人を騙してなんぼだからな。
盛重は最悪の場合を考える……そう考えると槍を持つ手も自然と力がはいる。
盛重は先手必勝と地面を思い切り踏み込んだ。
中々先に進まない……(´・ω・`)
早く姫武将あたりを書きたいですね~
書きたい姫武将が決まってないので意見あれば下さい。
よろしくお願いしましす(_ _)