桶狭間の鬼佐久間   作:昌信

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更新が遅くてスイマセン。


森山崩れ 前編

「松平が動いた……」

 

「はっ……そのようですな」

 

 清洲城の広間で盛重と信秀が七輪を囲んで重い面持ちで話し合っていた。

 事件は一週間程前に遡る。

 

 

 天文4年1535年 11月末の事である。松平が自分の家臣の離反を理由に離反者を追討すると言う名目で攻め入った。以前より信秀が林と平手に頼んでいたものが芽吹きだしたのだ。

 二人は信秀の密命で松平の家臣達や豪族達に織田に付くよう離反を促していた。

 その結果が、阿部定吉と言う人物が離反したと言う偽りの報を信じた松平清康が兵を繰り出して来たのである。

 当然、かねてより準備していた信秀は手はずどおりに兵を整えさせた。

 しかし、信秀の予想より松平勢の数が多かった。松平勢は今川の兵も借り一万を超える大軍勢、対して信秀率いるのは八千足らず、誰の目から見ても織田方の不利は否めなかった。

 

「まさか今川が三千も援軍を送ってくるとは誤算であったわ……」

 

 信秀は肩を落として見るからに落ち込んでいる。

 盛重は信秀の杯に酒を注ぐと、信秀に不思議に思っている事を聞いた。

 

「何故今川は松平に三千も援軍を遣したのでしょう? しかも今川は積極的に松平と共闘の意を示しております。 某ならば、織田と松平の力を削ぐいい機会だと思うのですが……」

 

 信秀は軽く笑うと、飲んでいた杯を置いて用意されていた八丁味噌がたっぷりかかっている鯖の味噌煮に手をつけた。

 

「確かにお主の言うとおりにすれば間違いなく三河と尾張の国力を削ぐ事ができるであろう。しかし、今川の軍師は誰だと思うておるのだ?」

 

「……」

 

 盛重は黙っていた。そういえば、今川の軍師として最近妙な坊主が入ったという。

 その坊主の名は太原雪斎……類稀なる智謀の持ち主で、今川の家督争いでは今川義元を勝利に導いたとされる今では実際に今川を動かしているのはあの男なのだろう。

 

「その顔を見るに何者かは知っているようじゃの。知っているのなら話が早い。奴が出てきた以上、我らはこれまで以上に慎重にいかねばならぬのだ」

 

「……尚更分かりませぬ。何故雪斎程の者が尾張と三河の争いに介入してくるのです? 今川は東に北条や武田、常陸には佐竹と強敵がいると言うのに……」

 

「先日、ワシが送っていた間者からの情報じゃがな。今川は北条、佐竹と和睦しておる。しかも武田は家督争いでそれ所ではないようじゃ。まさに雪斎にとってはまたとない好機というわけじゃな。」

 

 信秀は憂さを晴らすかのように杯を空にする。

 それに会わせる様に盛重も杯を空にした。そして新たに酒を注ぐ。

 

「そこで盛重、ワシはそろそろ軽く当たろうと思う」

 

「戦でございますか?」

 

「うむ。ほぼ全軍で夜討ちを仕掛ける。雪斎めが妙な策を思いつく前に叩く!!」

 

「しかし既に対陣して一週間はたちます。兵達には厭戦気分が満ちており士気は低うござる。全軍で奇襲は難しいかと」

 

「厭戦気分が満ちておるのは敵とて同じ事、いや敵の方が強いであろう。このまま手をこまねいていては雪斎めにどんな策を練られるか分かったものではないわ」

 

「……承知しました」

 

「お主には二千の兵を預けるゆえ、敵の裏手より奇襲をかけよ。敵が慌て始めた所でワシが正面より攻撃を始める」

 

「挟み撃ち……というわけですな」

 

 盛重は信秀の作戦を聞きながら自分の中で血が昂ぶるのを感じていた。

 

「そういうわけじゃ。やるのは二日後の明朝、それまでに英気を養っておく事じゃな」

 

 信秀は豪快に笑うと酒瓶を持って奥に引っ込んでいってしまった。

 盛重は取り残された八丁味噌が山のようにかかっている味噌煮をしばらく見ると、おそるおそる口に入れてみた。

 

「うぐっ!?」

 

 しょ、しょっぺえぇぇぇぇぇ!! これ、絶対に体に悪いだろっ!?

 盛重はやっとの思いで飲み込むと、酒で一気に流し込んだ。

 

「これを平然と食ってるあの人たちって……」

 

 信秀達が体を壊さないように少し心配した盛重であった。

 

 

 

 

 ――――――二日後、明朝

 

 盛重は二千の軍勢を率いて敵の裏手へ獣道などを用いて回り込んだ。

 見ると、今川家の家紋や松平家の家紋のついた旗が沢山はためいている。どうやら敵の本陣に間違いないらしい。盛重達は甲冑や武具を確認すると、ギリギリまでゆっくりと近づき始めた。

 敵兵の姿が視認できる位置まで来ると、盛重は大音声で命じた。

 

「かかれぇぇぇぇぇ!!」

 

 喚声を上げて突撃する兵達にまじり盛重も敵陣へと乗り込んだ。

 多くの兵が動揺し慌てふためいている所を盛重率いる二千が蹴散らした。その時、盛重は今までにない嫌な予感がした。

 

「おかしい……いくら敵が慌てふためいて逃げているとはいえ、陣の中の兵が少なすぎる」

 

 盛重が槍をふるいながら悩んでいると、陣の背後から鏑矢特有の甲高い音が戦場に鳴り響いた。

 その音に盛重はさっと顔を青ざめた。

 

「まさかっ!?」

 

「申し上げます!!」

 

「何事だ!」

 

「信秀様率いる六千が松平勢に奇襲をうけてござる! 信秀様の軍はほぼ壊乱状態になっております!」

 

「な、何だとっ!?」

 

 まさか奴らが我等の奇襲を見破るとは……まてよ、敵は松平勢の奇襲だと?

 

「待て、信秀様の所には今川の兵はおらんのか?」

 

「はっ! 今川の旗は確認しておりませぬ」

 

「と言うことはまさか……!?」

 

「申し上げます!!」

 

 今度は別の兵が駆け込んできた。

 盛重は嫌な予感が当たらないでくれと願いながら聞いた。

 

「……何事だ?」

 

「我らの背後より今川勢およそ三千が突如現れました!! 既にお味方後備えは壊滅! こちらに向かってくる模様です!!」

 

「何と言う事だ……」

 

 太原雪斎……まさかこれ程とは思わなんだ。

 確なるうえはと盛重は強く槍を握り締めた。

 

「盛重様っ! ここは我らが食い止めますので盛重様は信秀様の元へ!!」

 

「阿呆! 今川勢は我らで食い止めるぞ! 今川勢まで信秀様の元へ行ってしまったら確実に織田は終わる! よいか! 我らで今川を食い止めるのだ!!」

 

「しょ、承知いたしました!!」

 

 既に数を千五百程に減らしていた佐久間隊であったが、盛重の采配ですぐに方円の陣が組まれた。

 対するは太原雪斎率いる三千、盛重は迫り来る死を身近に感じながら槍を強く握った。

 




次回もよろしくお願いします。

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