少し忙しくなり始めてきたので、これからは投降が遅くなるかもしれないです。
それではお楽しみください。
盛重が吉法師を取り返し尾張へ戻ると、名古屋城下では大騒ぎになっていた。町の人々が右から左へと駆け回っている。その中を返り血を浴びた血だらけの盛重が通る姿は、さぞかし町の人々を恐怖の感情を植えつけた事だろう。
「………あまりいい気分ではないな」
何時もは明るく話しかけてきてくれる人々の顔は青ざめていた。血が苦手な人の中には倒れる者も少なくなかった。
城に到着すると、盛重の姿を見るや城の者達が駆け寄ってきた。
「も、盛重殿!? その血はどうなされたのですか!? もしや、何処かお怪我でも」
「いや、怪我は負ってはいない。それより、吉法師を寝かせてやってくれ」
「ひ、姫様っ!? し、承知いたしました!!」
「それと、急ぎ信秀様に取次ぎを」
「はっ!」
城の者が吉法師を担いで走り去ると、盛重はフゥと疲れたように砂利の上に腰を下ろした。
少し疲れたなと盛重は、腰にかけてある水の入った竹筒を取り出す。
「ん? あ~あ、これも血だらけだ……」
取り出した竹筒も敵の返り血で、すっかり赤色に染まっている。しかも、蓋が開いており中に血が入ってしまっているようだった。盛重は舌打ちすると、一応どの位入ってしまっているのかと上から垂らしてみると、中の水はすっかり薄い赤色になっていた。
「はぁ、ついてないなぁ……」
中身が無くなった竹筒をそこら辺に投げ捨てると、ようやく先程の者が帰ってきた。話によると信秀様は広間で待っているという。しかし、体が血だらけなので湯浴みをしてから来るようにとの事だった。
それもそうだと盛重は、城の者に案内してもらって湯浴みへと向かった。
これは余談だが、先程の竹筒の様子を城の女中が見ていたらしく、後ろから見た盛重は中に入った竹筒の血を飲んでいるかのように見えたことから、盛重様は地獄の鬼のようなお方と言う噂が広がっていた。
「盛重、話はお主の部下から聞いておる。大儀であった」
「はっ……」
信秀は真剣な表情で盛重を見つめていた。信秀様の手元には尾張、三河、美濃、駿河などの周辺諸国の地図が用意されていた。
「此度の一件はすべて某の責任です。某がちゃんと目を光らせておけば吉法師様が、松平の家臣達に捕まる事はありませんでした。それに某は、松平の家臣を四人ほどこの手で斬っておりまする。どうか某の腹と引き換えに吉法師様にはお叱りなさらぬようお願い申し上げまする」
盛重が平服して謝罪を述べると、信秀はいきなり立ち上がり盛重の顔を持っていた扇子で殴りつけた。
「たわけが! お主の命を貰ってどうするというのだっ!? お主がいなければ今頃、吉法師は松平もとい今川の手に落ちていた所ぞ!」
「はっ……」
信秀はハァと溜め息を吐くと、元の位置へと座った。そして、先程からあった地図を小姓に命じて盛重の前へと敷かせた。
「盛重、此度の事はお主の責任ではない。むしろお主には褒美を取らせたい所ぞ」
「褒美とはこれはまたご冗談を」
「松平の現当主がどのような人物かは知っておるな?」
「はい、確か名前は松平清康。その武勇で離反していた一族を纏め西三河を併呑した傑者で、信定公とも多少の確執があったとか」
信秀はうむと頷くと、懐から一通の書状を投げてよこした。
盛重が黙って開くとそれは離反を促す書状であった。
「これは……まさか」
「そうじゃ。あの松平の小童は、上っ面では今川に下手に出ておるが裏では、この尾張を取らんと調略の手を伸ばしてきておる。その任を当たっていたのが、お主が討った者達の中におったのよ」
「何と……」
「確か名は今村某とか言ったかのう。下の名は忘れてしもうたわ」
ガハハと笑う信秀様を見ながら、盛重は今村と言う名に心当たりがあった。
『なっ!? わ、わしを誰だと思うておる! 松平家家臣の今村……』
あいつか……確かに信秀様の言う調略の任をするならうってつけの人物かもしれないな。
「お主のお陰で、次々と内応を約束していた連中が似たような書状をもってきたわい」
「それは難儀な事で……」
二人は顔を見合わせると大笑いし始めた。
「とにかく、お主には褒美を取らせねばのう」
「いえ、褒美はいりませぬ。此度の事は、調略を防いだ功で無かった事にして貰えるだけで某は満足でござる」
「欲がないやつじゃのう。まぁお主がそれで良いならよいが」
「ありがたき幸せ」
盛重は平服して、部屋を後にしようと立ち上がると信秀があぁそうだと思い出したように口を開いた。
「盛重、近い内にワシとお主と吉法師で堺に行くゆえ、仕度を怠らぬようにしておけ」
「堺でございますか? また急な話でございますな。……承知いたしました」
信秀から笑顔で見送られると、盛重は馬に跨って自宅へと向かった。
空はすっかり茜色に染まっていた。
自宅に帰ると慌てて万千代と六が駆け寄ってきた。
「「も、盛重様!! ひ、姫様は!?」」
「安心しろ。ちゃんと俺が見つけて今、城に送ってきた所だ」
「よかったぁ……姫様に何かあったらどうしようかと」
「六殿は落ち着きが足らなさ過ぎです。盛重様に任せたのだから大丈夫と言ったでしょう」
「だってだって……」
「あぁ、分かったからとりあえず飯だ飯。詳しい話は食べながら話すから」
盛重が疲れたように、奥に入って飯を待っていると二人も隣に座った。
「何だ? お前らもまだ食っていなかったのか?」
「盛重様、お二方は盛重様が帰られるまで食べないって聞かなくて、仕方ないので家の者達皆盛重様が帰られるまで食べるのを待っていたのですよ」
下女が台所で作業をしながら言うと、二人とも顔を真っ赤にさせた。
「そうだったのか……よしっ! 俺も無事で帰ってこれたし、今日は宴会でもするかっ!?」
屋敷の男達は酒が飲めると小躍りし始めて、近所の者たちまで呼んで大宴会になった。
盛重が屋敷の男達や女達とうたったり踊ったりしているのを見ていると、六や万千代達も楽しくなって一緒に騒ぎ始めた。
宴会が終わると、皆その場で酔いつぶれて眠ってしまった。そんな中、盛重は一人だけ起きてしまった。
「ん……いかん。眠ってしまったか」
周りを見渡すと皆幸せそうに眠っている。盛重はフッと笑うと、立ち上がって隣の部屋から体にかける物を見繕うと一人一人にかけていった。
さて自分もと再び横になると、すぐに睡魔がやってきて目の前が真っ暗になった。
しかし、懐にもぞもぞと変な感触があったので盛重はまた目が覚めてしまった。
「何だ一体……あ」
そこには六と万千代が肩を震わせながら、盛重の布団の中に入ってきていたのである。
「……どうした?」
眠たい目を擦りながら尋ねると、二人は今にも消えそうな声で言った。
「ま、真っ暗でこ、怖くて……」
「わ、私は六殿に着いて来ただけです」
「……ま、好きにしなさい」
二人はパァと顔を明るくすると、両脇に一人ずつ横になって眠り始めた。
盛重は眠っている二人を見ると、これだから子供はと笑った。
「皆がバカやって笑って暮らしている。こんな尾張を松平や今川なんぞに渡してたまるものか」
盛重は決意を新たにすると、明日に向けてゆっくりと瞼を閉じた。
次回はシリアスでいきたいですね~