「吉法師~! ……ったくあいつは」
「盛重様、姫は何処に?」
「分からん。だがここは、既に松平領に入っている。松平の者にでも捕らわれてしまったら大変な事になる。急いで探し出すんだ」
「はっ!!」
盛重が家臣に命じると家臣達は慌てて周囲に散っていった。それを六や万千代が不安そうに眺めている。盛重はそんな二人に笑って答えた。
「案ずるな。俺が必ず吉法師を連れ戻してやる。だから二人は先に屋敷に帰っていろ」
「「……はい」」
家臣達に連れられていく二人を眺めながら、盛重は何故こんな事になったのかと頭を抱えていた。
―――――――――四時間程前の事
盛重は先日の約束どおり、吉法師達と息抜きがてらに尾張と三河の国境近くまで遊びに来ていた。
最初は盛重が名古屋城周辺で遊ぶように諭したが、吉法師は言う事聞かず屋敷の前で駄々をこね始めたので、ついに盛重も折れてしまった。
しばらく吉法師たちは追いかけっこをしたりして遊んでいたが、突然吉法師だけがいなくなってしまったと言う。六と万千代の話では、吉法師はいい物を見つけたと言うやいなや森の中へと走って行ってしまったとの事だった。
盛重もまさか六達を置いて行くとは思ってもいなかったので、盛重も景色を堪能しながら家臣達と一緒に他愛も無い話をしていて目を外していた。
盛重はすぐに家臣達に捜索を命じて自らも探し始めたが、一向に吉法師を見つけたとの報告はなかった。そして現在に至るわけである。
森の周辺は正確には松平家の領地であり、現在は織田と敵対しており今川と同盟関係の国であった。正し、同盟関係と言えば聞こえはいいが実際は今川の属国のような扱いである。
盛重は馬を走らせながら思う。
―――――――――捕まればまず間違いなく、松平は今川へと引き渡すに違いない。そうなれば、織田は完全に三河攻略の道が閉ざされる事になる。まぁ、信秀様が娘を見捨てる覚悟があるなら話は別なのだが。
森の中を駆ける事一刻、盛重は地元の者らしき人物を見つけると馬を寄せた。
「お主、ここらで腰に瓢箪をつけた珍しい格好をした娘を見なかったか?」
「へぇ……娘ですかい? あ、そういえば先程、五、六人ほどのお城の方々が大慌てで駆けて行きましたのを見ましたが……」
「それは何処に向かった!?」
盛重の剣幕に殺気を感じたのか、地元民は驚いて手に持っていた荷物を落としてしまった。
「ひぃ!? あ、あちらでございます」
盛重が指差す方向を見ると先程盛重が通った道であった。
「ちっ! すれ違いになったか……驚かせて済まぬ。これは駄賃じゃ。とっておけ」
盛重は懐にあった銭が入った袋を投げると、馬首を返して来た道を急いで引き返した。
「痛い! ちょっとはなしなさいよ! 私が誰だか分かってるのっ!?」
「無論でござる。尾張の織田信秀殿の娘の吉法師様でしょう?」
「分かってるなら早くその手を放しなさいよ!」
吉法師が手を振りほどく為に噛み付くと、男は顔を歪ませて吉法師を叩くと地面に放り投げた。
「痛っ!?」
「この餓鬼が……さっきからこちらが下手に出ていればいい気になりおって」
「やめい。今は殿にこやつを届ける事が肝要ぞ。早くこやつを縛れ」
首領らしき人物が命じると、先程の男も渋々従った。吉法師の手足を縛ると、男は笑いながら吉法師に話しかけた。
「へへ、残念だったな。助けはこねぇよ。ここは既に松平領だぜ? ここに来れば織田は松平と戦を始める事になる。分かるか?」
「うるさい! 絶対助けは来るわよ!」
「はぁ……どうして助けが来ると分かるのか、わしには到底分からん。おい、さっさと行くぞ」
「も、基次殿!? あ、あれを!」
「む?」
基次と呼ばれた者が指差す方向を見ると、悪鬼のような面相をした男が向かってきていた。
「な、何だ!?」
基次が刀を抜いて対抗をしようとするが、すでに盛重の抜いた刀の刃が首にかかっていた。
気付くと、目の前には首から血を噴出している何者かの体があった。
彼がそれを自分の体であると認識したのは、斬られて暫くたった後の事であった。
「貴様らぁ!! 生きて帰れると思うな!!」
「ひ、ひぃ!?」
「な、何じゃあ!? も、基次様がひ、一太刀で……!?」
盛重は辺りを見渡すと、両手両足を縛られている吉法師を見つける。
すぐに馬を下りて吉法師に駆け寄って、縄を切ると吉法師は泣きながら抱きついてきた。
「うわぁぁぁん!!」
「吉法師様、よくぞご無事で。」
盛重が吉法師を宥めながら、辺りを見渡すと槍を持った兵が二人に武士が二人。その内、一人が高そうな着物を着ている。身なりからして相当高い身分のようであった。
先程まで萎縮していた彼らであったが、時間がたって冷静さを取り戻したのか盛重達を囲んだ。
そして、槍兵が二人同時に突き殺そうと槍を繰り出してきた。
盛重はそれを避けると、吉法師を抱えながら一人に駆け寄り袈裟懸けに斬り捨てた。
「ぐはぁ!?」
血を流して倒れた兵の槍を奪って吉法師をおろし、もう一人の槍兵に向かった。
慌てて繰り出した槍の穂先を盛重が槍でなぎ払うと、槍兵が体制を崩した。
盛重はそれを見逃さず、全身に力を込めて槍を真一文字に振った。
その一撃は兵の顔面を歪ませ、横に吹き飛ばすほどであった。
盛重はもう一人の槍を武士に向けて投げる。その槍は武士の胸を貫き、そのまま木に刺さった。
木に突き刺さった痙攣する味方を見ると、大将らしき人物は腰を抜かした。
「ま、待て! 待ってくれ! わしは殿の命令に従ったまでの事! 吉法師殿はそちらに返す! それでわしの命だけは勘弁してくれ!」
慌てて弁明する男を見ながら盛重は溜め息を吐くと、槍を捨てて先程置いた刀を拾い上げた。
「ひぃ!?」
盛重は刀についた血を袖で拭うと鞘に収めた。
それを見た男はホッと胸を撫で下ろすと、今度は笑いながら語りかける。
「いや、話の分かる御仁でよかった。どうでござろう? そなたほどの腕があるのなら、わしに仕えぬか? 織田殿より高禄で召抱えるがどうであろう?」
その言葉に盛重は一層腹立たしくなった。
刀に手をかけると、振り向きざまに一閃。一瞬で、男の首は胴と離れて地面に落ちた。
「なっ!? わ、わしを誰だと思うておる。松平家家臣の今村……」
名を言う前に息絶えた首を見ながら、盛重は呟いた。
「吉法師様だけなら飽き足らず、信秀様までも貶すか! 俺は金で動くような男だと思ったか阿呆め」
盛重が吉法師に目を向けると木に寄り添うように倒れていた。
慌てて盛重が駆け寄ると、どうやら気絶してしまったようである。
「まぁ、この状況で気絶しなかったらそれはそれで問題か」
盛重は吉法師を抱きかかえると、馬に乗って家臣達の所へと向かった。
次回もよろしくお願いします。