カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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 ~~とある研究チームによるシンオウ民話考察のメモ~~

 

 【人と結婚したポケモンが居た。ポケモンが人に求愛し、人がそれに答えたのだ。 ポケモンと結婚した人がいた。人がポケモンに求愛し、ポケモンがそれに答えたのだ。昔は、人もポケモンも同じだったから、それは普通の事だった。】

 

 これは、シンオウ地方で伝えられているメジャーな昔話であり、神話の一つだ。人と人、或いはポケモンとポケモンによる結婚は現代でもよくあることだが、遥か昔には人とポケモンが結婚して、子供を産んでいたという。

 

 しかし、本当にそんな時代が存在していたのだろうか。ハレとケを共有していたのだろうか。

 

 この疑問を解消するため、我々はシンオウ地方の様々な文献を漁った。すると、似たような話が記された石板をシンジ湖、リッシ湖、エイチ湖のそれぞれの底で発見されていることがわかった。

 

 それどころか、人とポケモンが婚姻した際にのみ行われる儀式というものが記された石板も、槍の柱付近で発掘されている。

 

 更に、放射性炭素年代測定の結果によると、最初期の石板は紀元前300年頃に作成されたという。また、最初の石板作成から最後の石板作成までの差は500年程度であり、それなりに広い時代に分散して作られていることが示されていた。

 

 我々は確かに、遥か昔から彼らと共存し、繁栄していたのだ。

 

 では、彼らは常に親しき隣人であったのだろうか。先の文献を漁っている際に、次のような昔話が載せらせた石板を発見した。

 

 【海や川で捕まえたポケモンを食べた後の骨を、綺麗に綺麗にして、丁寧に水の中に送る。そうするとポケモンは再び肉体を付けて、この世界に戻ってくるのだ。】(この内容を昔話2とする)

 

 この昔話の文章を覚えておいて欲しい。

 

 どうにも、我々の祖先は彼らを捕獲した上で食していたらしい。これは一体どういう事なのだろうか。結婚し、子供すら作る関係の相手を捕食する。現代風に言ってしまえば、お腹がすいたから隣の家に住んでいる人を食べよう、というカニバリズムに近いような印象さえ与えてくる。

 

 ここで新たな疑問が浮上した。我々の祖先と彼らとの付き合い方は、どこかに境界線があったのだ。そして、その境界線は陸生か水生かの違いであると考察できる。

 

 理由として挙げられる点は、捕まえて食べているのは海や川のポケモンであるという記述だ。敢えて捕まえた場所を記している事から、陸生のポケモンとは意識的に区別していた事が伺える。

 

 実際、海や川で発見されている貝塚のような場所から発掘された化石は、オムナイトやカブト、リリーラ、アノプス、プロトーガ、ジーランスといった古代水生ポケモンばかりだ。

 

 現在復元に成功している化石ポケモンの姿から、特にリリーラやカブトは可食部が少なく、毒も有る為食糧としては適している訳でもない。陸生のポケモンの方が遥かに可食部が多いだけでなく、捕獲も容易なはずなのに。彼らは決して、その一線だけは踏み越えなかった。

 

 陸生ポケモンと我々の祖先、その関係には不可分の領域が確かに存在していたのだ。

 

 ではなぜ、不可分の領域が生まれたのだろうか。

 

 そんな中、我々は現地調査の途中、意識的に陸生ポケモンを襲っていなかった理由が記されている石板を、214番道路で隠れるように存在していた小さな湖の(ほとり)で発見、解読することに成功した。

 

 【森で暮らすポケモンが居た。森の中でポケモンは皮を脱ぎ、人に戻っては眠り、またポケモンの皮を(まと)い、村にやって来るのだった。】

 

 つまり、陸生ポケモンと我々の祖先は、その境界がとても曖昧だったのだ。それこそ、価値観が混ざりきる程に。今のようにポケモンと人といった絶対的な種の壁が存在していなかった。だからこそ、彼らは我々の祖先と子供を設けることができたのだろう。

 

 恐らく、種として明確に分かれたのはここ最近なのだ。これは近年の遺伝学の研究結果を裏付ける内容とも言える。ポケモン用語としての進化ではなく、生物学用語として、ポケモンから進化を成したのだ。

 

 さて、生活の上での価値観が等しいということは、避けきれない絶対の終わり、即ち死についての価値観も近しい事を意味する。現代社会では、土地に還るという宗教観の下行われる土葬が主流となっており、次に多いのが疫病が発生しないようにという観点の下行われる火葬だ。

 

 それに対して、我々の祖先の葬儀は洗骨(せんこつ)が主流だったようだ。これは水生ポケモンを食べた後の処理として記されているから、という訳ではない。

 

 まず、最初に注目すべきは昔話2に記されている、「ポケモンは再び肉体を付けて、この世界に戻ってくる」という点である。

 

 つまり、彼らの宗教観では輪廻のようなサイクルが存在していたのだ。食べ終わり、残った骨や貝殻を丁寧に丁寧に洗い、水へ還す。そうすることで食したポケモンに対する供養と、再誕への祈りとした。

 

 再誕が元居た場所で、流した物を元に発生すると考えるならば、海で捕らえたポケモンの骨は海に、川で捕らえたポケモンの骨は川に還すというのは自然な流れだと言えるだろう。

 

 その上で気にすべきことは、海や川からは水生ポケモンを捕獲しているが湖に関しては一切触れていないのだ。これはどういうことか。川や海よりも湖の方が近いという状況は確実にあったはずだ。しかし、前述の陸生のポケモンと同じように、湖についても意図的に外している印象を受ける。

 

 考えられる内容として、湖に生息していたポケモンは食する対象では無かったのかもしれないというものだ。

 

 この考察をする為に見るべきは、綺麗にという単語を重ねている所。かなり丁重に洗っていたことが想像できる。しかし何故、態々骨や貝を洗うのだろうか。

 

 考えられる理由として、食べ残しを含めた汚れを落とすためだろう。つまり、送り出す場所である海や川を汚す事を嫌ったのだ。

 

 しかし、海や川を汚さないようにするには、代わりにどこか別の場所で綺麗にしなければならない。骨に残る肉や血は、手で綺麗に取りきるのは難しい。

 

 海や川が汚れないと確信出来るほどに綺麗にするには、やはりどこかで洗うという行為が必要がある。そして洗うという事は、水を使うということだ。

 

 ここで湖が関わってくる。つまり、海でも川でもない第3の水場としての役割を我々の祖先は湖に求めたのだ。

 

 しかし、それは同時に湖を汚す事に繋がる。骨に残る肉や血は汚れであり、疫病をもたらす(けが)れである。故、そこに住むポケモンもまた、かなりの穢れを纏っていると言っていい。

 

 つまり防疫の観点から、我々の祖先や彼らにとって、湖のポケモンは食するのに適していなかったのだ。

 

 では、態々生活拠点に近い湖を汚してまで洗う意味とはいったい何なのだろう。

 

 これを考えるに当たって、シンオウの神話が重要な要素となる。

 

【3匹のポケモンが居た。息を止めたまま、湖を深く深く潜り、苦しいのに深く深く潜り、湖の底から大事なものを取ってくる。それが大地を作る為の力となっているという。】

 

 この神話は、シンジ湖、リッシ湖、エイチ湖周辺の町で発見されている石板に、複数にわたって記されていたものだ。記されている3匹のポケモンは、恐らく3湖に昔から生息しているとされている伝説のポケモンを指すのだろう。

 

 湖の底に対しても深くをここまで強調している事から、ある種の別世界と認識していたのではないだろうか。

 

 海や川は再誕の為の準備区域となるが、湖は穢れを貯める関係上、その底は血肉の残りが降り積もる場所だ。つまり、死の行き着く場所となる。死後の世界とまではいかないが、死に最も近しい場所だ。

 

 前述の考えをそのまま当てはめると、この3匹のポケモンが湖を深く潜り、死に最も近しい世界から穢れを取り出す。浄化された魂は海や川で再誕し、取り出した穢れは大地を作る力となると考えていたのではないだろうか。

 

 つまり湖は、穢れを溜め込み大地に変換させる為の神聖で儀式的な場所だったのだ。

 

 この考察を裏付けるように、214番道路で隠れるように存在していた小さな湖の事を、地元の住民は送りの泉と呼んでいた。

 

 未だ調査中ではあるが、ここからは陸生のポケモンの化石と我々の祖先の骨の化石などが発見されている。恐らく、他の3つの湖付近に暮らしていた部族が自分たちの墓として選んだ場所なのだろう。

 

 送るからにはどこかに迎える、或いは戻る場所があるはずだと考えられる。また、そこには送りの泉を浄化する役割を持つポケモンもいるはずだ。

 

 

 

 追記 今後の調査団の方針として、資金確保の為にスポンサーの意見を尊重することとなった。我々ラトリクス遺跡調査チームは一旦ホウエン地方へ戻り、134番水道で発見された古代文明の遺跡について調べているチームに合流する。撤収準備をマツブサ君とアオギリ君を中心に行っておいてもらいたい。

 

 

 

 ~~補助技が欲しい~~

 

 補助技が欲しい……切実に。基礎習熟の手を抜くわけにはいかないが、どこかしらでこの机上の空論に手を出す必要がある。

 

 今こうして旅館に居る間に、時間をかけて付き合っていくしかないんだろうけれども…………旅をする際に、使い勝手のいい技マシンの通信販売とかやっていないのだろうか? 

 

 この際、闇市でも構わない。

 

「さっきからずっと唸ってるけど、どうしたのさ」

 

 いつの間にか、ハルカが風呂から帰ってきていたらしい。寝間着に髪を束ねて、肩にタオルをかけた状態でモーモーミルクを持っている。

 

 時計を見ると、そろそろ頃合いの時間だった。俺も風呂入らないと。フクロウのマスクの上から目を揉む。ずっと睨めっこを続けていたせいか、今になって目の疲れが出てきた気がする。目薬どこにやったっけかな。

 

「んー? いやさ、使い勝手のいい補助技を手に入れる為の手段を確立させなきゃなぁ、と」

 

「補助技? ……あー、変化技ね。それにしても、まだ御神木様(テッシード)達に新しい技覚えさせるの?」

 

 そんな呆れたような目で見られても……何より、個人的にはまだまだ欲しい技が存在している。旅をする上で便利な【フラッシュ】とか【えんまく】とか……ちょっと方向性が違うけど【アンコール】とかもいい。こういうのは考えるだけで夢が広がる。実際に覚えてくれるかどうかは別の話だが。

 

「唯でさえ【タネマシンガン】の弾頭形成なんてやらせていて、酷く負荷かかってるのは理解しているさ。だが、これから先の実戦を考えると手札は多いに越したことはないからなぁ……今のパーティだと射撃特化気味になってるけども、もう少し補助技を加えて立ち回りを増やしていきたい」

 

 ハルカが目を細めて見つめてくる。そういう事を聞きたい訳ではないのだろう。

 

 ハルカの言いたいことはわかっているさ。何をそんなに焦っているんだって思っているんだろう? 今の御神木様達に掛かっている負担は、ほとんどが俺が焦って、必要以上に押し付けてしまっているものだ。

 

 それは理解している。ああ、理解しているとも。

 

 今も、それぞれが思い思いに弾頭形成の自主練習をしている。大賀(ハスブレロ)網代笠(キノココ)は成功率8割までいっており、御神木様が成功率6割といったところ。練習の甲斐もあって全員じわじわと成功率が伸びている。この分なら戦闘でも使える日は遠くなさそうだ。

 

 御神木様が一番遅いというのは驚きだが、代わりに通常の【タネマシンガン】を練習しているのをよく見かけている。恐らく弾頭形成にあまり練習を割いていないんだろうな、あれ。まぁ、最近は応用過多で基礎訓練が疎か気味だったから、必要な措置ではある。

 

 付き合うどころか、こんな無茶な指示に対して結果を出してくれる御神木様達には頭が上がらない。普通に考えればかなりハイペースで訓練に取り組んでいる。

 

 少なくともバッジ3つしかないトレーナーとポケモンが行うべき訓練ではない事は確かだ。普通ならば小手先の技よりも、ゆっくりと着実に基礎を練り上げさせるべきなのだろう。

 

 でも、それでは足りないんだ。まだ……まだ、完全に自立させれたと安心できない。今残せるものは、出来得る限り残すと決めたのだから。まだ、すべきことは多く残っている。

 

 ジト目でこちらを見るハルカから、逃げるように視線を外してノートに戻す。8代目のノートには、まだ清書されていない実験データや技を覚える為の空論、予想が所狭しと書き込まれている。

 

「風呂上り用のアイスを冷凍庫に突っ込んであるから、好きなの食ってくれ」

 

「……ふぅん。まぁ、後で食べる、かも。で、通信カタログやノートと睨めっこ中? 何か色々と書き込まれているけど」

 

 ハルカがぐちゃぐちゃのノートをのぞき込んでくる。

 

 とうとう暗黙の了解だったはずのお菓子出しを無視してきやがった。今まではお菓子やお茶を提出した時は色々と察して、見逃してくれていたのに。

 

 そしてそのまま、まるで当たり前のように、座布団を敷いて隣に座ってきた。とりあえず考えを纏めるのを手伝ってくれるらしいが、監視の方の意味合いが強いのだろうなぁ、これは。

 

「そうなんだけどさ。通販で欲しいものが出回ってないんだよなぁ……便利なんだけどなぁ、【フラッシュ】」

 

 これがあるだけで洞窟関連だけでなく、バトルでもかなり優位に立てるのに。どうにも見つからない。最早ムロタウンにまで行かなきゃ見つからない感じがする。

 

「売店に置いてないの?」

 

 置いていてくれたら、どれだけ楽だった事か。

 

「置いてないんだよなぁ……そもそも技マシン自体の流通も少ないが、補助技は特に少な目だ。だからこっちでどうにかして覚えさせるしかないと思う」

 

 たぶん、意図的に絞っているんだろう。犯罪に使われた場合、攻撃技は派手だから足が付きやすい。だが補助技系は、捜査に対して嫌がらせをするのに適し過ぎている。

 

 犯人に逃げられないよう、素早さの高いポケモンをよく連れているジュンサーさん達に対抗するために、突入に合わせて【トリックルーム】を仕掛けて逆襲! そのまま人質に加えるなんてこともできてしまう。

 

 特に【フラッシュ】は、技の効果である命中率一段階低下なんてオマケでしかない。最も重要なのは、一時的に相手の視界を潰せるという圧倒的優位性にある。この相手というのはポケモンだけでなく、トレーナーも含む。公式のバトルではない非対称戦なら、使い勝手は計り知れないだろう。

 

 まぁ、その分対策もされていそうだけれども。それならそれでミスディレクションの仕掛けに使える。腐る事がない手札は重要だ。

 

「……出来るの? そんなこと。あんまり成功例を聞いたことないかも」

 

「まぁ、そうだろうな。だが偶に成功例のようなものを見かけるから、出来なくはないはずだ」

 

 本来覚えないはずの技を覚えているポケモンは居るっちゃあ居る。かなり少ないが。だからこそ、絶対に無理という訳ではないんだと思う。ならば、どこかに手段はあり、どうにか出来るはずだ。そしてその為の手段は一応考えてある。本当に実現できるかは不明だが。

 

「まだ机上の空論でしかないんだが、一応3つほど手を考えてあるぞ」

 

 指を3本立てて、ハルカに見せる。

 

「3つも! どうやるの?」

 

「1つ目のやり方は至ってシンプル。技を知っているポケモン、或いは人から教えてもらう」

 

 薬指を折り曲げる。単純だが、出来ないなら出来るモノから教わればいい。自動車運転技術取得の為の実技みたいなものだ。

 

「あー、なるほど。王道ではあるね。ただ、感覚を教えるのってとっても難しい気がするけど」

 

 ハルカの疑問はもっともだ。

 

「一番のネックはそこだろうな。だからそこに関しては、身体の使い方や技の感覚を同期させて伝えてもらう形になると思う。あんまり褒められたやり方ではないんだけれどね」

 

「同期?」

 

「例えば、大賀の技を網代笠に覚えさせようとする場合、両方が覚えている技の感覚を教えあって、出来得る限り互いの感性を近づけさせる。それから目的の技の感覚を教えさせる。たぶんこれが一番簡単な方法」

 

 たとえ擬音ばかりの説明であっても、感性が同じならば感覚を伝えるという点において問題はないのだ。互いに教え合うという副次効果も期待できるから一番オススメ。感覚が混ざるというのはデメリットにばかり目を向けやすくなるが、御神木様達の場合、技を使う感覚が結構近いらしいのでそこまで問題にはならない所もグッドだ。

 

「でも、目的の技覚えているポケモンが近場にいないんでしょう?」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

 がっくりと肩が落ちる。そうでもなきゃ、すぐに行動するというのに。他のトレーナーを見かけても基本フルアタに近い。正直、先に場を整えようとする俺の好みとかけ離れているんだよな。

 

 あと、そもそも野生のポケモンで【フラッシュ】覚えてるのってバルビートぐらいじゃなかったか? あるとすれば、電気系のポケモンでワンチャンどうかって所だろう。

 

「次善の手は?」

 

「今御神木様達にやらせているように、ベースとなる技を発展させる。具体的には、【しろいきり】を発展させて【スモーク】にしたい」

 

 これは元々ベースになりそうな技を覚えている場合にのみ使える方法だが、それなりに期待していい方法だと思っている。少なくとも0から始めるよりは難易度が低い。

 

「それなら難易度高くないんじゃないの?」

 

「難易度的には問題ないんだけれども、これすると大賀が【しろいきり】を忘れる可能性があるんだよ……それなりに期待はしているけれど、流石にまだ手を出したくない」

 

 発展と言えば聞こえはいいが、変化してしまった物を上手く切り替えられるかは直後の訓練に掛かっている。そこで失敗したらどちらにも寄らない中途半端な技になるだろう。それだけでなく、今までの技の感覚すら忘れかねない。一度感覚が狂うと調整に時間がかかるというのはどんなものでも同じだ。

 

 少なくとも、かなり高い負荷がかかっている今、強行して大失敗なんてことは避けたい。

 

「あれ? じゃあ【タネマシンガン】の時はどう対策したの?」

 

「3匹で互いに感覚を教え合わせながら、忘れないように身体に刻み付ける地獄の基礎訓練漬けを一番最初に行ったから……」

 

 その甲斐あって、今となっては上手いやり方を覚え始めたのか、勝手に発展させてくれている面もある程だとも。まぁ、弾頭形成はその刻み付けたはずの内容を変更させるのだからこそ、結果的に補助技に手を付けられるほどの余裕がなくなったのだが。

 

「そして残る最後の方法は……」

 

「最後の方法は?」

 

「今までのバトルや訓練を含めた様々な経験を基に、新しく覚えてもらう」

 

 所謂(いわゆる)、レベルアップ時に覚えるという方法? に近い。こちらの好きなように手を加えられる分、難易度も高ければ成功率も低いんじゃなかろうかとも思っている。だが、理論さえ掴めるのならば、一番望ましい内容ではある。

 

「……それはつまり、運頼みってこと?」

 

 どうやらあまりうまく理解できなかったらしい。

 

「いや、それは違う。さっきも言ったように、ポケモンが技を覚える際には何かしらの経験が基になっていたりする。それは生活する為の手段であったり、自己防衛の為の手段であったり、はたまた娯楽の為の手段であったりと色々だが、根本としてはソレが必要だと思ったから覚えるんだ」

 

 人間が必要に応じて道具を作る事と同じだな。

 

「ただ、これを実行するには様々な問題がある。まずソレが必要だと思ってもらう為の意識改革。その次に、技のイメージのし易さ。最後に……これが一番重要な事なんだが」

 

 今まで集めたデータが示しているのだ。ポケモンという種は、精神状態によってその能力が著しく変化する。それこそ、人間の比ではない程に。心が折れたポケモンは進化すらできずに底を彷徨うが、勢いに乗ったポケモンは天変地異さえも引き起こす。

 

 ギャラドスがいい例だろう。確かにコイキングからの進化後は身体が大きく、力も強い。技だってそれなりに多彩に、高威力の物を覚える。だが、その程度で大都市を壊滅出来るほどの事ができるはずがない。しかし、実際に壊滅した町や都市がそれなりに存在しており、複数の古文書には対処法を含めた上でその特徴的な暴れ方が記されている。

 

 基本的にギャラドスは【はかいこうせん】だけではなく、【()()()()()()()()()()】て、街を焼くことで破壊した。しかも、ほとんどの場合、【はかいこうせん】で散々暴れまわった後から、口から灼熱の炎を出すようになっている。恐らく、【はかいこうせん】の反動で動きが鈍る事を嫌ったのだろう。そうして時間が経過する毎に地面を揺らすようになったり、岩を飛ばしてきたりと技の多彩化が進むのだ。

 

 故に、最も必要な事は――――

 

「――――何よりも、自分なら出来ると思う認識だ」

 

 呼吸が出来る事が当たり前のように。造作もないと、ソレが出来て当然なのだと振る舞う。この認識をイメージし、経験が補って初めて技となる。ギャラドスの例でいえば、散々【はかいこうせん】を行った事で口から何かしらを吐き出す経験を得る。その経験を活かして技を編み出したのだろう。

 

 以前、マリンホエルオー号内で戦ったマリルも、格闘系の映像が好きな一家で育った結果、【いわくだき】を自力で覚えるに至っている。

 

 逆説的に言えば、どれだけトチ狂ったような強固な認識とイメージを持っていようとも、その挙動を経験で補えないのであれば技まで至れない。そして経験を自分なりに噛み砕き、分析した上で活かすには相応の知識と力が必要だ。

 

「何というか……凄まじいこと言っていない?」

 

 ハルカの目が点になっていた。予想が突拍子もないどころか、成層圏を突き抜けていったのだろう。俺もいきなりこんな話聞いたら何言ってだコイツ……という感じになる。というか、最後だけくり抜いたら新手の新興宗教だな。

 

「否定できんかなぁって」

 

 机に突っ伏してノートを閉じる。まぁ、所詮は机上の空論だしね。極端な内容になりやすいのは仕方ないね。

 

 何より先駆者様からの実験情報を探れないってのが頂けない。こういった考えに至った人間は俺だけではないはず。だから、どこかに絶対に居るはずなんだが……この手の論文を探して見ても、データが少ないわ、結局根性論だったりするわでどうにも足りない部分が多い気がする。

 

 変にモザイクがかかってるというか、情報が絞られている感じがするのだ。とは言え、少なくともこんな考え程度、わざわざ規制するほどの物でもないはず。うーむ……わからん。

 

 正直、同時に二つの技を行わせる方法の方がまだ実験データが出てきた。今までこっちで実践し続けてきた方法と同じだったけど。やっぱり皆考える事は同じなんだよな。そりゃ人間十人十色の考えがあるだなんて言っても、どうしたって発想というものは似てくるものだ。

 

 まぁ、そこを飛びぬける人間も居て、そいつの事を天才と言うのだが。

 

「以上を踏まえて、とりあえずの方針としては手間はかかるけど経験を積むことをメインに据えて訓練を行っていくべきなんだろうなぁ、と思う訳ですよ」

 

「…………結構悩んでいるように見えたけど、最初から結論は決まってたのね」

 

「まぁ。ただ、それはそれとして、もっと楽な方法がないか考え続けるべきだろう?」

 

 睡眠時間がほぼほぼ無くなった分、他のところに時間を費やせるのだから有効活用するべきだ。事前に情報を集めた感じだと、砂漠では命のやり取りを含めた()()()()()()が突発的に発生しかねないのだから。

 

 漫画のように危機的状況から起死回生の覚醒だなんて起こる筈もないのだ。危機に対処できるモノは、事前に対処方法を考えて練り上げたモノだけ。だからこそ、それまでに何とかしなければならない。

 

 都合の良い悲劇など、この世の常なのだから。

 

 時間が足りない。

 

 

 

~~ふっかつのじゅもん~~

 

 

 

 暗く、静かな部屋は元々あまり好きではなかった。考え事ぐらいしかやる事がないから。でも今は、明るく、テレビを点けた部屋の中で、眠らないように必死に考え事を行う。

 

 そして、一つの事を考えるよりも追憶に浸る方が楽である事を知ってからは、ずっとソレを行い続けていた。なるべく楽しかった出来事や嬉しかった出来事、熱中できた事に浸ろうとする。

 

 そうしていると、ふと、トウカ(眠り)の森の洞窟の中で過ごした日の事を思い出した。

 

 初めての本格的な冒険。高まる興奮に緊張。何よりも、足を引っ張るかもしれない恐怖。寒さが酷かったのを覚えている。そんな色々な物が混じり合って、眠れなかった日。

 

 一時の勢いで自分の恐怖を押し流そうとすれども、成功体験らしいモノなどほとんどなくて。思い出せば思い出すほど、余計に失敗のプレッシャーに雁字搦めにされていた。

 

「明日早いんだが、寝れないのか?」

 

 そんな時に、黒い山羊のマスクを被った奇人としか言いようのない姿で、御神木様と網代笠を両脇に抱えて、大賀(ハスボー)を頭に乗せたキョウヘイ先生が、能天気そうに話しかけてきた。表の出入り口の封鎖を強化し終えて、帰って来たらしい。

 

「ん……そうかも」

 

 素直に頷く。普段ならば取り繕って言わないようにしている弱音だった。

 

「まぁ、かなり早く到着できたからなぁ……探索した洞窟も意外と浅かったし。ズバットが居なかったのは予想外だったけれど、糞の処理しなくて済んだ」

 

 でも、その分ズバットが居ない原因を考える必要があるけれども、と付け加えてからポケモン用の寝床を手際よく作ってゆく。しかしその手際の良さが、今は余計にプレッシャーを与えてくる。

 

「ほれ。晩飯の時作ったホットミルクの残り。口の中火傷するなよ?」

 

 手渡された紙コップからは、ホットミルクの柔らかな匂いと熱が伝わってきた。ふと、隣を見ると、アチャモとガーディは既に眠っている。慣れない事をして疲れ果てたようだ。逆にわたしは、それなりにお父さんのフィールドワークの手伝いを行っていたせいか、中途半端に眠気が遠い。

 

「砂糖アリアリだからちょっと少な目な。多少はリラックスできるぞ」

 

 それだけ言うと、ランプの光量を下げてゆく。以前のように、こちらに対して踏み込んでくる気はないらしい。

 

「ねぇ……キョウヘイ先生は心が折れそうな時ってどうやって立ち直ったの?」

 

 そんな距離感に少しもどかしく感じて。前から聞こうと思っていた事を、改めて聞いてみた。訂正の言葉を言い始める前に、ホットミルクを一口含んで黙らせる。温かくて甘いミルクがおいしい。

 

「心が折れそうな時?」

 

 マスクの上から(アゴ)に手を当てて考え始めた。ただ、その姿がどこか演技じみたように見えて、少しだけイラっとする。一つひとつの動作が道化じみているのだ。どうしてこんな人に御神木様達は付き合おうと思ったのだろうか。

 

「うーん……アレだな。アルコール流し込んで風化させるか、酔った勢いで先んじて動かなければ完全に後戻りできない状況にする」

 

 えぇ……それは参考にしたくないかなぁって。ダメな大人の典型である。この人アルコール依存症なのではないだろうか……?

 

「まぁ、これは酷い例だ。参考にする必要もないさ」

 

 そりゃあそうでしょうよ…………アレ?

 

「そう言えば、最近キョウヘイ先生ってアルコール摂ってる所を見た記憶がないのだけれども」

 

「アルコール入れる余裕がないからな。旅に付き合ってくれている御神木様達に、霞みがかった思考のせいで迷惑をおっ被せる訳にはいかないのよ」

 

 この人は、いつもポケモンを優先している気がする。食事であったり、お金であったり、時間であったり。献身にも限度というモノがあるはずだ。

 

「あ~……そういうの以外だとな。心の中で自分だけの復活の呪文を唱えるんだ」

 

 ちびりと飲んだホットミルクを溢しかけた。

 

「ふっかつの、じゅもん……?」

 

 真面目なトーンで何を言っているのだろう、この人は。おかしな人だと思ってはいたが、とうとうゲームに脳を侵食されてしまったのか。

 

「これは別に難しく考える必要はないんだよ。苦しい時、折れそうな時、そんな時は自分の願いの原点を思い出すんだ」

 

 願いの……原点……あんまり上手に噛み砕けない。つまり何が言いたいの?

 

「例えば、ハルカの場合は【認められたい】という部分だろう。これは両親というよりは、自分が納得できるかどうかが重要になる」

 

 ぞわりと鳥肌が立つ。冷や汗が全身を包み、呼吸が一瞬止まった。口を動かしても開閉するだけで、否定する為の言葉が出てこない。

 

 以前話し合った時には、そんな事言ったはずがなかったのに。わたしにとって心の奥底にある一番醜い部分を、何気ない一言のように軽く暴かれてしまった。今、わたしの顔はどうなっているのだろうか。

 

 せめてもの救いは、話している相手が背中を向けていることだ。 きっと今のわたしは酷い顔をしている。

 

「その願いという目的を果たす為に手段が必要だろう。今回の場合、ポケモンバトルがソレだ。そして苦しい時、折れそうな時ってのは、この手段を実行するのがキツくなった時だろう」

 

 その言葉は妙に重たい実感がこもっていて、わたしには口を挟めるような言葉が出てこなかった。

 

「そういう時に限って、焦りで目的と手段が逆転してしまう。だからもう一度思い出してみるんだ。何が願いだったのか。そして、どうしてその手段を選んだのか。その上で、適当な手段ではないと思うのであれば、最悪、手段なんて変えたっていいんだよ」

 

 思っていた以上にまともっぽい答えが返ってきた。

 

「それが……復活の呪文?」

 

 目的と手段……確かに私は目的の為に手段は色々と行ってきた。それは事実だ。これならばできるかもしれないと希望を持って。でも、その上で届かなくて。何度も何度も繰り返している間に、いつしか挑戦すること自体が目的になってしまっていたように思う。

 

「そう。だからこそ、一人ひとり呪文の内容は違うんだ。俺の呪文はハルカには当てはまらないだろうし、ハルカの呪文は俺に当てはまらないだろう」

 

「それらを踏まえた上で……『全てを捨てて、その場から逃げだして、関係をリセットするのも選択肢にあっていい筈なんだ』」

 

 急に声が小さくなり、最後の方の言葉がよく聞こえなかった。逃げ……?

 

「……キョウヘイ先生?」

 

 不意に、何故かキョウヘイ先生の言葉が止まる。

 

「…………ん、ああ、いや、何でもない。まぁ、この復活の呪文を覚えていれば、どういう選択をするのがいいのかの指標ぐらいにはなると思う」

 

「……覚えておく、かも」

 

 話が終わった辺りから、ゆっくりと心地の良い眠気が襲ってきた。

 

「そっか。うん。それでいいと思う。おやすみ」 

 

「おやすみなさい……」

 

 ほんの少しだけ、物事の見方を変えられたような気がした。

 

 ――――――ああ、そうだ。そんな事もあった。苦しい時、折れそうな時にまた立ち上がる為の復活の呪文……【認められたい】……口の中で唱えてみる。

 

 でも、今はそれだけでは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 


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