カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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幻影と赤い月(上)

 フライゴンが笛の音のような不思議な羽音を周囲に反響させながら、ショゴスの周囲を凄まじい速度で不規則に飛び回る。急加速、急停止と空中で縦横無尽に軌道を取り続けている様は、最早停止からの急加速という一連の動きが早すぎて薄暗い視界の中では上手くピントを合わせることができず、まるで瞬間移動しているように見えて仕方がない。

 

 何故かはわからないけれども、今フライゴンが発している羽音は以前フライゴンと出会った際の歌声のような羽音とはまったく異なっていた。また砂嵐によって反響をコントロールしているのか、四方から反響してくる羽音はだんだんと大きくなっていく。すると、ショゴスは粘体のような不定形の腕を粟立たせて時々動きを止める。その音に何故かショゴスは困惑している様子だ。

 

 場を完全に支配しているフライゴンが更に笛の音のような羽音の音量を上げると、通路で出会った時のようにショゴスは痙攣を起こし始めた。フライゴンはそんな僅かな隙を逃さず、口から【空間が歪むような衝撃波】を巻き起こし直撃させる。たったそれだけなのに、ショゴスの直撃した部位は内部から弾け飛ぶように破裂し、飛び散った肉片は空中で跡形もなく消滅した。

 

 一撃で息が切れた様子はないからフライゴンのあれは全力という訳ではないのだろう。それなのにウインディが全力で放った【オーバーヒート】以上のダメージを与えている。もしかすると、今流れている笛の音のような羽音がショゴスに対するダメージを増大させているの? そんな考えが頭を過ぎっている間にもフライゴンの背中がだんだんと遠くなってゆく。距離がそれだけ離れ始めているのだ。

 

 なのにその異様な後ろ姿から目を離すことができず、間の抜けた表情のままぼうっと眺めてしまう。舞い上がる砂嵐の中でのこの戦闘はどこか不気味で、そこに生理的なおぞましさすら覚える。これはきっと人が見るべきじゃあないモノだ。頭の中で何かがこれ以上見続けるべきではないと警鐘を鳴らしてくれているのがわかる。

 

 それなのに何故か幻想的に見えてしまい、もうどうすればいいのか訳がわからなくなる。そのせいなのか、今わたしは落下しているはずなのに落ちていくような感覚を一切認知できていない。拙い状態なのだと理解出来ているはずなのに、頭が色々なものをシャットダウンしていて認識を拒んでしまっているのかも。

 

 ショゴスは笛のような音を立てながら周囲を飛び回る鬱陶しい外敵を本格的に捕まえようと思ったのか、痙攣する自らの体をボコボコと泡立てながら無理やり湧き上がるようにして幻影の塔の穴から外へ這い出てきた。

 

 そのままフライゴンに消滅させられた腕を一気に膨らませて再生すると、今度は網状に変化させて捉えようと空中で振り回し始める。しかし、【両手の鋭く尖った巨大な爪】を光らせながら振るう事で網をそのまま貫通し、反撃とばかりに先ほどと同じように口から【空間が歪むような衝撃波】を叩き込んでゆく。

 

 アレはわたしの時はまだ本気ではなかったんだ。そんな戦闘を魅入られてしまったかのように眺めながら放心していると、不意に背中から衝撃が体を貫いた。肺に溜まっていた空気が押し込まれるように無理やり吐き出される。いつの間にかわたしは地面にまで落下していたらしい。絶叫も何もあったもんじゃない。危機的状況どころか致命的状況なはずなのに、どこか現実味がないのがとてもおかしく思えてくる。

 

 すぐに脇腹の周りと背中が何故か暖かくなった。痛みが酷過ぎると傷口が焼いた棒を押し付けられたかのように熱くなると誰かが言っていたのを思い出す。アレはサスペンスもののドラマだっただろうか? きっとこれからどんどんと痛みが増してくるのだろう。そう理解できるのに身構える事もなくなすがままに受け入れる。そもそも力があんまり上手く入らない。現実感がないせいなのかもしれない。

 

 ――けれど、待てども痛みは一向に襲ってこない。不思議に思っていると、突如背中に吸い込まれるような空気の動きを感じた。いや、それどころか生暖かい空気が噴出しているようにも感じる。不思議に思いお腹周りを見てみると、毛深く白っぽい口髭(くちひげ)が特徴的な口が脇腹を挟むように、服の上からにょっきりと生えていた。

 

「……ウインディ?」

 

 頭が凍りついて放心したままの状態のわたしを、ウインディが後ろへ放るようにして背中に無理やり乗せる。どうやら落下し切る直前にウインディが受け止めてくれたようだ。

 

「ウオォォォォォォォォオオオンッ!」

 

 遠吠えのように甲高く、とても力強いウインディの声。

 

 気付けの意味も込めてなのか、【ほえる】が幻影の塔を飲み込むように響き渡った。音源と凄まじく近いこともあって、その声がお腹の底や頭の中をガンガンと荒らし回ってから通り抜けていく。そんな衝撃のお陰だろうか。ハッ! と今わたしが行うべき行動を思い出した。

 

「ナックラー! 道案内をお願い!」

 

「ナックラーッ!!」

 

 正気に戻ってから即座にナックラーをボールから出して抱え込み、重心を低くしてからしっかりとウインディにしがみつく。

 

「走って!」

 

 吹き荒れる砂嵐を突き破るように駆け抜けて、フエンタウンへ向かってウインディが全力で走り始める。砂嵐は幻影の塔を中心に発生していたらしく、そこを突破すると空には燦々(さんさん)と太陽が輝いていた。それに伴い今度は熱く肌を刺す陽の光が全身に襲いかかってくる。しかも、砂の海からも陽の光をそっくりそのまま照り返されているような錯覚を覚えてしまうほど、下からの反射が凄まじい。いままで砂漠で調査していて一番の陽の強さだ。歩きで横断するならば、その場でたちまち熱中症になりかねないように思えてくる。

 

 しかし、そんな厄介な砂の海もウインディの速力によって景色と共にどんどんと後ろへ流されてゆく。いったいどれほどの速さで走っているのだろう? 少なくともお父さんの運転する車よりは速い。ただその分だけ正面からの風圧も凄まじく、ウインディの頭の影にいるのにも関わらずその速度に引きちぎられないように上手く動かせない体を無理やり動かして全力でしがみつく。胸元でウインディに押し付けるように挟まれているナックラーが呻いているけど、これは仕方がない。不可抗力というものだ。キョウヘイ先生がいたならば致し方ない犠牲だとでも言っていたかもしれない。

 

 とにかく、一刻でも早く砂漠(ここ)から抜け出す為にはこういった事も必要な事なんだと自分に言い聞かせよう。

 

「ナック!」

 

「グルッ!」

 

 ナックラーの指示に従い10分ほどフエンタウンへ向かって風と一体化しながら走り続けていると、ピコンッ! とポケナビが音を立てた。ウインディにしがみつきながらポケナビを確認すると、新着でお父さんからエントリーコール機能を使った留守番音声が届いている。ようやく砂漠の特殊な磁場を抜けて電波が届く範囲に到達することができたらしい。すぐに事前に決めていたダイゴさんの番号へコールをかける。

 

 早く! 早く! 焦っているせいか、呼びかける際に流れているコール音の1回1回がとても長く感じてしまう。ただでさえ放心していたせいで時間を無駄に浪費してしまっているのだ。それを自覚しているせいで焦りがどんどん急かしてくる。

 

「この番号だとハルカ君かい? 何かあった――」

 

「――マグマ団の幹部と遭遇! キョウヘイ先生が今幻影の塔に残って遅滞戦を仕掛けてるの! 早く救援に行かないとキョウヘイ先生が死んじゃう!」

 

 ダイゴさんが出た瞬間から無理やり割り込むように話し始めてしまった。わたしが焦りすぎているのはわかっているのに、どうしても気持ちばかりがどんどんと先走ってゆく。

 

「まず深呼吸をして、落ち着いて現状を説明してくれないか?」

 

 やはりこういったことに場慣れしているのか。焦る気持ちを抑えてダイゴさんの指示通り軽く深呼吸をし、少し気持ちを落ち着かせよう。同時に、自分の中のスイッチを入れ替えて仕事用にする。最初からできる限り現状の説明を始める。多少は端的な方がいいかも。

 

「少し前まで流星の民が管理していた砂漠遺跡という場所があり、そこに封印されていた1匹の岩で創られたゴーレムのようなポケモンが既に目覚めていました。現在マグマ団の幹部に使役されていて、わたしが情報を持ち帰るまでの時間稼ぎをする為に幻影の塔でキョウヘイ先生はそのポケモンと遅滞戦を行っています」

 

「岩で創られたゴーレムのようなポケモンだって!? あいつはなんて無茶な事を!」

 

 愕然としたような、信じられないといったニュアンスだろうか? 

 

「キョウヘイ先生はそのゴーレムのようなポケモンの事をレジロックと言っていました」

 

「レジロックが目覚めた……か。しかし、何故あいつは名称を知っていたんだ……?」

 

 どうやらキョウヘイ先生の予想通り、どういう訳かダイゴさんは既にあの異様なポケモンの事を少し知っているようだ。ポケナビの向こうでかなり慌ただしくなり始めた気配を感じる。どうやら周りにいる他のトレーナーにも呼びかけを行っているらしい。その際に時折、大型運搬船や件の未確認情報、巨大な氷の塊、戦力の逐次投入は下策といった単語が微かに聞き取れる。

 

「また、会敵時に恐怖からかワカシャモとゴンべが暴走してレジロックに挑み、一撃で致命傷に近い怪我を負っています」

 

「む、わかった。フエンタウンの砂漠側出入り口に救急隊を呼んでおこう」

 

「あとそれだけではなく、今幻影の塔にはキョウヘイ先生がショゴスと呼んでいた怪物が2匹、それぞれマグマ団や砂漠の主であるフライゴンと殺し合いを行っています」

 

「ショゴス?」

 

「体は粘性流体で心臓や肺などの臓器を自己生成することができる創られた生命体と砂漠遺跡の石版には載っていました。わたしが直接戦闘したモノは、メタモンをより凶暴で残虐にして、いたぶってから嘲笑いながら人を殺す怪物でした。キョウヘイ先生の不穏な感じからして昔何か関わり合いがあったようで、このショゴスの姿をキョウヘイ先生が見たら、恐らくキョウヘイ先生は発狂してしまう可能性が高いです」

 

「…………そんな生き物が?」

 

 ダイゴさんから訝しげな声が漏れ出た。それもそうだろう。わたしだって直接見ていなければあまり信じられる内容でもない。新種のポケモンのように置き換えて考えてもしっくりと来ることはなかった。ポケモンでもここまで攻撃的なモノはいないからあまりピンと来ないのかも? 何よりもあの暴虐的な目を見てしまったせいか、どうしてもわたしの中で既存のポケモンと同一視することができない。

 

 言葉で補足をするようにショゴスについて大まかな説明している間に、とうとうフエンタウンが見えてきた。

 

「そろそろ到着しますので、詳しい話は直接資料を渡しながら話します」

 

 幻影の塔からおよそ20分程度だろうか? 見える限り、出入り口の場所には様々な人が立っている。その誰も彼もが強者の風格を兼ね備えているように思えた。ダイゴさんが有事の際に召集したメンバーなのだから、それも当たり前なのかもしれないけれど。

 

 その集団の中でエアームドをボールから出した状態のダイゴさんを遠目で発見することができた。すぐさまウインディに指示を出してダイゴさんの下へ向かってもらう。

 

「ダイゴさん!」

 

「ハルカく……ッ!? その全身の血はどうしたんだ!?」

 

 いったい何の事だろうかと思い、顔を軽く触るとカサカサとしたものと共にネチャリと何かが指にへばりつく。確認してみると、指先に付着していた赤黒く酸化したソレは間違いなく血だった。いつの間にか頭や服に大量の血液が付着していたようだ。口に巻いていたスカーフにも赤黒く血の染みができてしまっている。感覚はなかったけれども、放心しながら落下し終えてからウインディに後ろへ放られた辺りで付着してしまったのかも。

 

「目の前で殺されてしまったマグマ団親衛隊の血がわたしにかかっていたみたいです。わたし自身は怪我をしていません。そんなことよりも、これを!」

 

 今はそんなことよりも、早く資料や情報を渡して救援を出してもらわないと! 頭に付着した血も拭わずに、急いでバックパックからダイゴさんに渡す予定だったものを取り出していく。

 

「キョウヘイ先生が集めた遺跡の資料や遺跡で採取した試料を入れた袋です。あとキョウヘイ先生から頼まれた手紙とマグマ団の親衛隊が持っていたサイドポーチがあります」

 

 諸々を手渡す為に顔を上げると、一瞬だけだけれども何故か面食らったような表情をダイゴさんがしていた。そのあとすぐに何かを飲み込んだような顔色をしていたダイゴさんに諸々を手渡すと、真っ先に手紙の封を切り中身に目を通し始めた。凄まじい速さで視線が文字を追っているのがわかる。速読の技術でも持っているのかもしれない。

 

 そんな最中、中盤を読み終えた辺りで表情が険しくなってゆき、最後を読み終えた刹那、手に力が入りすぎたのか持っていた手紙がぐしゃりと形を変えた。

 

「……ダイゴ……さん?」

 

 キョウヘイ先生はいったい何を書いたの? 基本的に公式文書を書くときだけは凄く真面目だと認識しているのだけれども。

 

「あのバカ野郎、最初からこうなることをある程度予測してたな」

 

「…………え?」

 

 なんですって? 声自体は静かなままなのに珍しくダイゴさんの口調が荒くなり、わたしにとって驚愕の言葉が漏れ出た。

 

「逐次投入しないで正解だった! だがもう急がないと拙い! A班とB班は僕と共に幻影の塔へ! C班は件の情報の整理を!」

 

 どういうことか聞こうとしたけれども、ダイゴさんはすぐにカバンの中にファイルなどを入れて待機していたトレーナー達に指示を始めてしまった。わたしもすぐに行動しないと置いていかれてしまいそうだ。

 

「やっぱりハルカ君も幻影の塔へ行くのかい?」

 

 ダイゴさんに歩み寄ってゆくと、付いてきて欲しくなさそうにダイゴさんが聞いてきた。確かにこれ以上はわたしが関わっても足手まといになるだけだ。今付いていこうとするのは、厄介な子供のわがままなのかもしれない。

 

 ――――それでも、それでもわたしはここで行かなきゃだめだ。

 

「だめだと言われても陸路で向かいます」

 

 別れる前のキョウヘイ先生の言動のせいか、どうしても嫌な予感がして仕方がないのだ。そんな印象を強く感じてしまっている。単なる思い過ごしかも知れないけれども、ここで行って間に合わなかったらもう一生会えない気がしてならない。

 

 だって、こういった勘は都合の悪い物ばかりよく当たるから。3年前のユウキ君の時だってそうだった。諦め癖ができる前だったからよく覚えている。

 

 あの日はユウキ君達と一緒に遊んでいて、帰る頃に何故かはよくわからなかったけれどもとても嫌な予感がしていた。それでも一人で帰るのが怖いだなんて指摘されたくなかったから、わたしは普段通り帰宅するために別々に帰った。いつも遊んでいた子がそのまま行方不明になるなんて誰も思っていなかったはずだ。……今思えば、あの頃のわたしの中でユウキ君との会話は結構なウェイトを占めていたのかもしれない。

 

「……そういう所は本当にキョウヘイによく似てきたね。その代わり飛行中に詳しい話を聞かせてくれないかい?」

 

 ダイゴさんも予測していたのだろう。事前に呼んでくれていたジョーイさんにワカシャモとゴンべを預けてから、エアームドの背中に相乗りさせてもらう。周りを見ると、チルタリスやリザードン、プテラ、カイリューといった飛行ポケモンの見本市のような状態となっている。

 

 全員すぐにでも飛び出す事ができそうだ。

 

「良し、出るぞ!」

 

 エアームドを含めた飛行タイプのポケモンが一斉に飛び立ち始めた。1秒でも早くキョウヘイ先生の所へ救援に行かないと!

 

   ◇  ◇  ◇

 

「【弾幕】を切らすな!」

 

「スブッ!」

 

「クギュルルルル!」

 

 快音を響かせながら絶えぬ事のない種の雨がレジロックに襲いかかるが、やはり種は異様な軌道を描くように周囲の壁へ弾かれてしまう。本来ならここで【バウンドガン】を使いたいが、跳ね回った弾がこっちにも来かねないのがネックになってしまっている。上手くハマればブロック崩しみたいにできそうではあるが……カガリが誘導に乗ってくれない。

 

 まぁ、だからこそレジロックに対してこっちが一方的にゴリゴリと【タネマシンガン】で攻撃できている。技が行える回数も多いから使い勝手がいい。しかし、ここまで一切効いていないように振舞われるとなかなか心にクるものがあるな。実際に攻撃している御神木様や大賀からしてみたら恐ろしいことこの上ないだろう。

 

 だが、それでもこの行動に意味はあるはずだ。現に最初の内にバリアへヒビを入れたせいか、カガリは警戒して一切前に出てきていないしな。バリアによる受け流しの選択基準が謎だが近くで発生した爆音なども防いでいるようだし、今までの蓄積分でそれなりには削ってはいるだろう。やはり総合的には【タネばくだん 地雷】が一番効率がよさそうだ。あのバリアのようなものの耐久力を削りきれれば、そこでようやく直接攻撃ができる。

 

 そんな無敵要塞のように【タネマシンガン 弾幕】を受けながらも平然と歩き続けるレジロックだが、歩幅の差から少しづつ、微妙にカガリとの距離が離れるタイミングがある。

 

「突っ込め!」

 

「ブイッ!」

 

 それを見越して、近くの部屋の影から夕立が【かげぶんしん】の中に紛れ込んだ状態で飛び出す。動く波のように足場を駆け抜けながらわらわらとレジロックへ群がるが、右腕による薙ぐような一撃で横の壁ごと第一波が一掃されてしまった。

 

「【あくび】!」

 

 ――――だがそれも想定済みだ。時間差で送り込んだ第二波の中に紛れ込んでいた夕立の無邪気な【あくび】がしっかりと決まる。そもそもレジロックは避けようともしないので、基本的にどんな技でも当たる直前まではいくのだ。

 

 しかし、これも瞬時にレジロックを包むようなバリアによって打ち消されてしまう。いや、受け流されているのか? どちらにせよ、やはりというべきか致命的な一撃を未だに与えられていないのは問題だ。大問題と言ってもいい。

 

 一応レジロックを封殺もとい除外するアテはあるが……奇策だからな。少しでも反応されたら負けて死にかねない。使用する前に詰んだら……その時はその時だろう。相手に追い詰められたなら使えるかもしれないが、自分から袋小路に入るのはなしだ。とりあえず今は悟られぬように普段の手で攻撃するしかない。

 

「鬱陶…………しい……【ロックカット】」

 

 指示を聞いたレジロックは、怪しく目を明滅させながら両腕を振り上げ――――本来なら体を磨き空気抵抗を少なくする事で速度を上げるはずのソレをそのままの姿を維持しながら運用し、凄まじい速さで分裂したかのように拳を振るい始める。今回は瞬時に【かげぶんしん】を6体ほどまとめて消し去ってしまった。あんなのに巻き込まれてしまったらミンチになってしまう。

 

「【みきり】だ!」

 

 暴力の権化のような攻撃が夕立に降りかかり、攻撃を見切って後ろへ跳ねた本体以外がまたもや纏めて全て消し去られてしまう。しかし、無事戦闘領域から逃げ出すことに成功した夕立は、そのまま俺の足元を通って後ろの方の部屋の影に再度隠れる。連続して【みきり】を使わないようにする工夫だ。

 

 さて、そろそろあの状態でアクションを起こしてくるな。今度は何だ? こっちが先手を取って動く為に相手の動きを注意深く観察する。すると――――レジロックが大きく前へ重心を倒し、一歩踏み込んだ。これは通路の大半を埋めながら進むことができるレジロックが、その巨体と速度上昇の強みを活かして突っ込んで来るな。

 

 なんにせよ直撃してしまったら挽肉になってしまう。

 

「【地雷】設置!」

 

 御神木様が足元に【タネばくだん 地雷】を複数個設置すると、大賀に引っ掴まれてそのまま後方へ逃げ始めた。同時に俺自身も少しでも後ろへ走り始める。この程度の攻撃では止まらない事はわかりきっているが、数少ないバリアを大きく削るチャンスだ。少しでも多くダメージを与え、削れるだけ削らないとその分だけ戦闘が伸びてしまう。即死を喰らう確率が上がってしまうのだ。手を抜くことはできない。

 

 レジロックが【タネばくだん 地雷】を踏み潰しながらどんどんと近づいてくる恐怖に飲み込まれないように気を強く保ちながら走るが、やはり瞬発力は【ロックカット】の分レジロックの方が優勢である。これを恐怖するなというのは流石に無理がある気がするな。追いつかれぬよう更に気を引き締めて走る速度を上げてゆくが、振動や地面を踏みしめる音はどんどんと近づいてきている。これは追いつかれるかもしれない。

 

 喰らう瞬間に後ろに飛べばある程度受け流すことはできるだろうが、御神木様達と離れるのは拙いな。

 

「キノッ!」

 

 先行していた網代笠が通路からにゅっと顔を出した。どうやらこの部屋は反対側の通路にも繋がっているらしい。その部屋は俺が飛び込むことでギリギリ間合いそうな位置にある。運がいいな。これも御神木様のご加護か。距離の関係で一番最初に夕立が部屋へ駆け込むと次に俺より先んじて進んでいた御神木様を担いでいる大賀が中へ入り、最後に俺も頭から部屋の中へダイブするように飛び込んだ。

 

 そのほんの数瞬後に風圧を感じ、そのまま空中で押し出される。直後、振動と共に轟音が先程までいた場所から響き渡った。吹き飛ばされながら飛び込んだ部屋の中は今殴られた衝撃で吹き飛んだ床の破片があちこちに散乱してしまっている。別段気にせずに立ち上がろうとした際に手に軽く刺さり、破片の自己主張の激しさを痛感した。

 

 黒ヤギのマスクや服も、レジロックが壁や地面を殴る事で発生する衝撃の度に上から降ってくる砂埃でジャリジャリだ。くそッ、クリーニング代だって馬鹿にならないんだぞ?

 

 冗談はここまでにするとして、状況的に追い込まれてきている。とはいえまだ詰んじゃいない。かなりギリギリではあるが、ここでようやくこっちのターンにできるな。

 

「左壁! 入口右へ【バウンドガン】!」

 

「スブブブブブブッ!」

 

「クギュルルルルル!」

 

 部屋の中に入ってきたレジロックを完全に無視し、部屋の左側に【バウンドガン】を当てて入口の右方向へ種が跳弾するように射撃指示を出す。この角度ならカガリに直接攻撃が出来ているはずだ。

 

「ざざ……ざり……ざ……」

 

 すると、レジロックはカガリへの攻撃を防ぐ事を優先し、こちらに向かって攻撃する事もなく入口を守るように塞ぎ、カガリが一定距離に近づくまであまり動かなくなる。かと言ってタカをくくってこっちから近づけば問答無用で殴ってくるから厄介なのだが。

 

 せめて本番前に一度、レジロックのバリアのようなものを俺が攻撃した場合の情報が欲しい。これで効かなかったら確実に俺は死ぬ事になってしまう。当たり前だが自分の命をかけてぶっつけ本番なんてあんまりやりたくはない。今時ネタ芸人でもそんなことはしないはずだ。

 

「今のうちに【地雷】を仕込めるだけ仕込めて反対の通路へ移動だ!」

 

 反対側へ出てから再度通路に出て、壁の影に【タネばくだん 地雷】をもう一度設置する。顔を上げて右側を確認すると、少し先が突き当たりの袋小路となっていた。おとなしく網代笠の後を追って左側へ向かいながら後方の警戒も忘れてはいけない。

 

 それにしてもこの塔は時たまこういった通路があるから困る。まるで本来ならばもう少し先まであったはずなのに、データの読み込みに失敗したせいで中途半端に出来上がってしまった地形のようだ。砂が入り込んでくる窓枠の幅の大きさから察するに他の壁より薄いように見える。幻影の塔の外は薄暗く、どこか赤いような光が入り込んでいる。いつの間にかかなりの時間が経っていたらしい。

 

 当たり前だが不用意に近づくべきじゃないな。足場が抜けたら真っ逆さまなんていうことになりかねないだろう。レジロックが勝手に踏み込んで落ちてくれるのならありがたいんだが。

 

「ォォォォォン……」

 

 そんなことを考えていると、どこかからウインディの遠吠えのような声が微かに聞こえて来た。これ以上遅滞戦を繰り広げる必要性は少なくなったな。あとはどこで気づかれないように策を仕掛けるかだ。

 

 窮鼠猫を噛むという言葉を刻み込んでやろう。

 

 




旅館にてダイゴさんが話していた行方不明者の捜索ですが、一番力を入れているのはセンリさんだったりします。

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