カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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レジロックと不思議な力

 目の前には古のゴーレムことレジロックが1匹。自我が薄いのか、はたまた抑制されているのかわからないが、指示を待って直立の状態で固まっている。大きさは2.3mはありそうだ。あれはもうちょっとした岩の巨人だな。

 

 砂漠遺跡で見た歪んだ人型の窪みは2m程度だったはずなのだが、封印を解いてから更に成長したん? 洒落にならんわ。 

 

 生物としての差なのか、かつてショゴスと対峙した時とはまた違ったプレッシャーがこちらの心を押しつぶそうとしてくる。ヤツの前では所詮は皆塵芥でしかないのだと強制的に痛感させられてしまう。そこに生理的な嫌悪感や恐怖心が混ざり合い、心の中で何とも言えない絶望感を醸し出し始めた。

 

『あなたの未来を暗示するカード…………死神の正位置。意味は決着、風前の灯火――――あなたの死の予兆』

 

 不意に、イツキさんの占いの内容が頭の中を過ぎった。ああそうか、合点がいった。どうりで俺だけ死の気配を感じる訳だ。どうりで生理的な嫌悪を感じずにはいられない訳だ。

 

 ――――なるほど、お前が俺の死の予兆か。

 

「は、ハハハ。くははははッ!」

 

 しかし、このままプレッシャーに飲み込まれて固まっている訳にはいかないぞ、俺よ。まだ始まってすらいないんだ。

 

 手の震えを握り潰して無理矢理にでも動かす。冗談じゃない。この程度で諦めてなどやるものか。不遜に笑ってこの場を切り抜けて見せろ。口の中に砂が入っても噛み潰してしまえ。

 

 不可思議な力によって部屋の中で砂嵐が舞い上がる中、この場を乗り切る為に思考を張り巡らせる。最早この場はコップの中の嵐ならぬ、部屋の中の砂嵐となってしまった。塔の外部には大した影響は出ないだろうが、内部にいる俺達は影響を受けまくりだ。冗談抜きで状況が悪い。

 

 だが勝機はある。そもそも忘れてはいけない事として、この場で一番重要なのはカガリのレジロックとのポケモンバトルに勝つ事ではなく、カガリの持つメモ帳を奪うことだ。それだけは常に頭の中から消してはいけない。

 

 例えどれだけ強い相手でも所詮は1匹でしかないのだ。相手に出来る事は限られているし、そもそもそんなに厄介なのだとしたら相手の土俵に上がらずにいればいい。相手の手札は厄介なJOKERだが、それ以外の手札が何もなければただのブタでしかないからな。

 

 先のバトルで他に使える相手の手札はマタドガスのみ。だがそのマタドガスがわざわざ戻された事を考えるに、レジロックの制御がまだ完璧ではないのかもしれない。それに対してこちらは数で優っている。だから最上の答えはレジロックではなくカガリを直接飽和攻撃する。これだな。

 

 よし。思考が回ってきたぞ。まずは大賀の回復をしないと話にすらならない。それと物理技でレジロックを倒せるなんて考えないほうがいいだろうな。元々の物理防御力は恐ろしい程高いはずだし、砂漠遺跡の惨状から考えるに接近されたらアウトだと思われる。

 

 ならばこっちから近づくのは論外。

 

「大賀は戻って回復!」

 

 近くへ戻ってきた大賀を診る。遠目で右腕がボロボロなのは理解していたが、毒に犯された状態だったということには気付けなかった。コイツやせ我慢してやがったな。

 

 今は緊急時なので1手でもロスを減らしたい。ここは普段のおいしい水ではなく、副作用が強めの回復の薬を使う。万能の霊薬は集めて貯める物ではなく必要な場で使う物。それが今だ。

 

 少しばかり心の余裕が戻ってきたせいか、大賀を回復させていると少し離れた位置から複数の過呼吸気味な呼吸音に気が付いた。嫌な予感がしたので、音の発信源であろうハルカの方へちらりと目を向ける。

 

「ゴンベ!? ワカシャモもどうしたの!?」

 

 すると、ハルカの近くで包囲網に参加していたワカシャモと、女親衛隊を拘束していたゴンベの瞳孔が完全に開ききっている状態なのが見えてしまった。ガクガクと震えながら肩で息をするような短い呼吸を繰り返し、親の敵でも見つけたかのように殺意の篭った目でレジロックを睨みつけている。

 

 あっ……これあかん奴や。

 

 ハルカが押し止めようとするが、単純に力負けしてしまう人間ではあの状態のポケモンを抑えるのは不可能だ。

 

「ゴォォォォォオオオ゛!」

 

「シャモォォォォオオオッ!」

 

 嫌な予感が的中し、ハルカの静止を振り切るようにゴンベとワカシャモがレジロックに向かって走り出す。一種の暴走状態に近いのだろう。こちらから止めようにも【トリックルーム】の影響のせいかゴンベが異様に速く、誰よりも早くレジロックへ近づいて眼前で跳ねた。

 

 そしてそのまま重力と全身の力を込めた状態で、右拳を光り輝かせながら【かわらわり】が振り下ろされる。

 

 勢いの乗った【かわらわり】はレジロックの胸部へ向かって真っ直ぐに打ち込まれる――――――はずだった。しかし、無理やり軸がズラされたかのような異様な軌道を描いて、【かわらわり】が真下の床を全力で打ち抜く。

 

 明らか様に異常な光景を目にして思考と体が一瞬硬直する。少なくともレジロックにあんな力があるとは思えない。となれば考えられる理由は、レジロックが装備している腕輪や首飾り、あるいはベルトの仕業だろう。

 

 その思考の間にも1テンポ遅れ気味だったワカシャモはレジロックとの距離を詰め、そのまま攻撃を仕掛け始めた。【にどげり】や【かわらわり】など全身の技を余すことなく使い、まるで【インファイト】のように一方的にレジロックを攻め立てる。普通の岩タイプのポケモンなら何もさせずに倒せるような勢いだ。

 

 だがそれも、全てワカシャモが自分から技を逸らしたような不可思議な軌道を描きながら、あらぬ方向へと攻撃が流れてゆく。レジロックは微動だにしていないのにもかかわらず、理不尽なほどにワカシャモの攻撃は当たらない。

 

 普通の状態だったら一旦は退いて様子を見ただろう。しかし、意地になったかのように2匹は攻撃を繰り返す。

 

「戻りなさい! ――――――えっ!?」

 

 ハルカが完全にコントロールが効かなくなる前にボールへ戻そうとする。ところがそれを拒否するかのように2匹はボールの光を払い除けた。まるで、絶対にここでレジロックを殺さなければならないという強迫観念に囚われてしまったかのような雰囲気で攻撃を続けている。

 

「…………デリート」

 

 いい加減鬱陶しくなったのか、それとも目の前の見世物に飽きたのか、カガリが一言排除と唱えた。レジロックはそれに呼応するように怪しく目を光らせ、払いのけるように真横に右腕を振う。それは技ですらない。ただただ力任せで大雑把な一撃。

 

 それだけだ。

 

 たったそれだけで、今まで旅や訓練で鍛え上げられてきたゴンベとワカシャモが、呆気ないほど簡単に、野球ボールのように殴り飛ばされた。その単純な一撃を避けることも、ガードする暇すら許されずに。

 

 ゴンベ達が背中から振動する柱へ直撃するも、その勢いは衰えない。1本、2本と貫通し、4本目を貫通したところでようやく勢いが弱まり、5本目の柱の下でもたれかかるように2匹のシルエットは倒れ伏した。砂嵐のせいで詳細な容態はわからないが、完全に戦闘どころの話ではなくなっている。ワカシャモとゴンベの戦闘への復帰は期待できそうにないな。

 

 レジロックのソレは圧倒的な暴力そのものであり、降って湧いた災害のような理不尽。ただこの一言にすぎる。

 

『だからこそ、乗り越えるべき対象なんだ』

 

 また一瞬だけ意識が飛ぶ。今は余裕がないのだからこういうのは後にして欲しい。

 

「………………アハッ」

 

 ちくしょうが。熱を帯びた少女のような表情でとても楽しそうに暴力を扱うじゃないの。一気に勝負をキメに来なかったのはレジロックでいたぶりたかったから? だとすると加虐癖をこじらせすぎだな。ただ、それがその分隙になるのだから何とも言えない心境だが。

 

「【ねっとう】で援護! その間に【ステルスロック 串刺ノ城】で壁!」

 

「クギュルルルル!」

 

「スブブブブ!」

 

 レジロックと殴り飛ばされたゴンベ達との間に岩と草で出来た防壁を造るように指示を出す。同時にその防壁を造る邪魔をさせないようにレジロックへ【ねっとう】をけしかけるが、やはりというべきか放射状に放たれた【ねっとう】はレジロックに当たる直前にあらぬ方向へ捻じ曲がるように逸れた。

 

 ダイゴさん達が体験したのはアレか。想定通りレジロックには障害物を仕向ける程度だな。やはりバリアを張っているものの、攻撃を逸らさない分カガリを直接狙ったほうがまだ幾分かマシだ。

 

 ただ相手も馬鹿じゃない。さっき先制で直接ぶん殴ったせいか、カガリは直接攻撃を食らわないようにレジロックのすぐ後ろにピッタリと張り付くように歩いている。完全に警戒していやがるな。

 

 レジロックは矛であり盾でもあるのだろう。アレがカガリの近くにいる間は接近戦は行えない。さっきのを見ると余計にそう思えてくる。

 

 とは言え、絶対の無敵ではないはず。アレは科学的な原理で防御していないのは目に見えているから、十中八九古のものの技術だ。そして、そもそも無敵なら古のものはアルセウスに負けて滅ぼされる事はなかった。どこかに抜け穴は存在する。

 

 ただまぁ、仮に抜け穴を突破して攻撃が届いたとしても、物理攻撃ではほとんどダメージなんて与えられない。弱点たる特殊攻撃を行っても、砂嵐が発生しているこの場所では雀の涙程度のダメージだろう。

 

 やり合うとしてもこの場所ではダメだな。やはり一旦砂嵐の届かない階段付近の空間へゆっくりと下がるか。

 

 あまりの出来事で思考が完全に固まってしまっているハルカを再起動させる為、隠し持っていたホイッスルを思い切り盛大に吹き鳴らす。それと同時に、左手のシェイクハンドで大賀へ撤退を伝え、右手で御神木様を小脇に抱える。

 

 ホイッスルの音を聞いて呆然としていた状態から再起動したハルカが、拘束した女親衛隊を引っつかんでウインディに無理やり乗せると、一目散にゴンベ達の方へ走りだす。

 

「……エスケープなんて……させない……【いわおとし】」

 

 それを見たカガリが逃がさないとばかりに静かに指示し、レジロックが御神木様が造った防壁の一部である大きな岩を拾い上げると、出入口へ投げつけて封鎖を謀ってきた。

 

「ここで…………デストロイ……する」

 

 レジロックが岩同士を擦り合わせるような音を立てながら戦闘行動をとり始める。まるで整地でもしているかのように、眼前にある御神木様が造り上げた防壁を圧倒的な力を以て破壊してゆく。技ですらないような単純な腕の振り下ろしでミシミシと根が軋み、岩ごと完膚なきまでに殴り潰された。

 

「【ねっとう】!」

 

「スブブブブ!」

 

 レジロックの邪魔をしてみるがやはり逸らされてしまって効果はない。火傷にできればまだ楽になるのに。

 

 出入り口の開放はハルカに任せ、その間にレジロックのその一挙手一投足を観察し、僅かな隙を探る。リーチの長さ、重心の移動、振り下ろす前の事前動作。その全てを頭に叩き込んでゆく。

 

 そんな最中、レジロックが草の茂った大きめの岩の前で今まで以上に右腕を大きく振り上げた。その前動作が普段御神木様が行うアレと、とても雰囲気が似ている気がしてならない。その行動の予測がついた瞬間、体中の汗腺からぶわっと汗が染み出てきた。弾き出された岩がまともに直撃したら肉塊になるのは必至。

 

「【のろい】で強化!」

 

 ギリギリのタイミングだが、今強化しないと押し負けてミンチになると本能が囁く。御神木様も腕の中から飛び出して予測射線に割り込み、その場で高速で回転し始めた。焦る気持ちがそのまま現れているかのように回転数はどんどんと上がり、ピリピリとした空気の中で音が次第に高くなってゆく。

 

 それでもまだ安心できない。

 

「…………【うちおとす】」

 

「【こうそくスピン】で弾け!」

 

「クギュルルルルルルル!!」

 

 次の瞬間、カガリの号令と共にゴルフのスイングのような動きで岩が弾き出された。レジロックの眼前にある防壁の中を通り抜けるように破壊し、轟音を響かせ、身を削りながらも真っ直ぐに飛んでくる岩はまさしく運動エネルギー弾そのものだ。

 

 防壁を完全に貫通してもなお、その勢いはほとんど衰えていない。その貫通を視認した直後、硬い物同士がぶつかり合う重たい音が部屋中に響き、御神木様が転がるように吹き飛ばされた。

 

 同時にすぐ右横を質量を持った何かが猛スピードで通り抜ける。もう少し横だったら引っ掛けられていたな。ギリギリだが少しだけ横に受け流す事に成功したらしい。単純な質量では勝てるはずがない所から考えるに、御神木様が今まで様々な物を撃ち出したり、受け流したりした経験が活きたのだろう。

 

 【うちおとす】ですらこの有様なのだから、【ばかぢから】等の高威力技が直撃してしまったら確実に即死コースだ。さっきの【いわおとし】も当てる気ならもっと威力を上げる事ができただろう。やはりまともに戦闘を行ってはいけない。普通なら絡め取ってハメ殺すべき相手だな。

 

 だがそれに怯えて、これ以上防壁が破壊し尽くされるのを黙って見ている余裕はない。ちらりと後方にいるハルカの状態を確認する。ようやく部屋の外へ向けて移動し始めたタイミングか。ならハルカ撤退のためにもう少しここで時間を稼がせてもらうぞ。

 

 相手の視線をこっちに集中させる必要がある。その為に直接カガリに対して攻撃したいが、レジロックが盾となって邪魔をする。まったくもって厄介極まりない。

 

 しかし対策はある。カガリを直接は狙えない――――ならば間接的に攻撃すればいい。

 

 俺達とて伊達に技術を磨いてきた訳じゃないんだ。転がった御神木様を体で受け止めた大賀と、受け止められた御神木様がその場で体勢を立て直し攻撃の意思を見せる。あれだけ圧倒的な力の差を見せつけられてなお、まだ心は折られていないらしい。なかなかに逞しく育ってくれて俺は嬉しいよ。

 

「【バウンドガン】一斉射!」

 

「クギュルルルル!」

 

「スブブブブブゥ!」

 

 レジロックによる防御の僅かな隙を突くように直接カガリへ狙いをつけた御神木様達が、【タネマシンガン】のように偽装した【バウンドガン】を射撃する。

 

「…………無駄……」

 

 真っ直ぐにカガリへ撃ち込まれた【バウンドガン】も、レジロックが盾になるように間に入る事で今までと同じように異常な角度に逸らされる。しかしそいつは【バウンドガン】。捻じ曲げられた先にある防壁の残骸などにぶつかると、名前の通りその場で暴れまわるように四方八方に跳弾し、今度はレジロックだけではなくカガリにも直撃する軌道に変化する。

 

「…………!?」

 

 【バウンドガン】(跳ね回る攻撃)は完全に予想外だったのだろう。カガリが本日2度目でレア度の減ってしまった驚いた表情をし、完全に足が止まる。その瞬間を待っていた。

 

「【インファイト】!」

 

 ウインディの一撃によって出入り口を封鎖していた大岩が大きな音を立てて破壊された。今の内に部屋から撤退するため、また左手でハンドシグナルを行ってから御神木様を片手で抱え、出入り口へ走り出す。

 

 そのまま駆け抜けて部屋から走り出る直前に再度カガリへ視線を向ける。

 

 防壁が直線状に破壊されており、その空いた道を無理やり通って走ろうとしているレジロックとカガリが見えた。【うちおとす】が通り抜けた部分の有効活用だな。また、レジロックの周囲では強く跳弾している【バウンドガン】は全て歪められ、今もずっと逸れるような軌道をしている。

 

 そこまでは予想通りだったが、カガリの周囲は予想とは異なった結果になっていた。

 

 ――――単純にバリアで弾かれるという予想が外れ、何故かカガリの周囲でも無理やり【バウンドガン】が逸れるような歪んだ軌道をしているのが見える。どういうことだ?

 

 アレは俺が殴った時とは完全に反応が異なっているな。いや、今はそれよりもやることがある。足と頭を動かせ。

 

「【ステルスロック】で壁。影に【タネばくだん 地雷】を複数セット。その間に【みずあそび】してから【れいとうビーム】、最後に【しろいきり】」

 

「クギュッ!」

 

「スブブ」

 

 予想外な展開に一瞬足を止めてしまったが、即座に頭の中を切り替えて罠を仕掛けておく。

 

 まず【ステルスロック】で壁を造る。次に【タネばくだん】を掛け合わせた結果、射撃に全く適さなくなってしまった代わりに爆発力が増大し、多少の衝撃で爆発するというピーキーな種を複数個、出入口の影や先ほど砕けた岩の影に仕掛けてゆく。

 

 その間に大賀には【みずあそび】によって辺り一面に湿り気を帯びさせてからスロープ付近まで撤退し、【れいとうビーム】で地面を凍りつかせて移動しづらくさせておく。最後に【タネばくだん 地雷】を踏みやすくするように【しろいきり】で視界を悪くせる。

 

 下手に複雑な罠を作るよりも、単純な罠の方が見つけづらい。しかも大量に生産できるから期待度や効果も高い。これは歴史の中で何度も実証されてきたことだ。

 

 ハルカは…………スロープで先に下へ降りたようだな。下の階のスロープ周辺の制圧をしてくれているのだろう。追いかけるようにスロープを降りながら、妨害用に【ステルスロック】と【タネばくだん 地雷】をびっちりと設置しておく。【れいとうビーム】までやると加速させる事になりそうだからやめておこう。

 

 これで少しは時間が稼げるはず。密閉、密着状態での爆発なら逸らしようがないし、会話できていた事を考えるにあのバリアは音や空気は通すはず。衝撃が伝わるかは微妙だが、少なくともカガリを目がくらむほどの光と轟音で怯ませる事はできるだろう。

 

 直後、籠ったような轟音と共に衝撃が起きた。どうやら【タネばくだん 地雷】をしっかりと踏んだ、あるいは【ステルスロック】の壁を破壊した瞬間に接触してくれたらしい。

 

 トラップを仕込む単純作業の合間、先ほどの疑問を頭の中で自問自答する。

 

 俺が殴った時と【バウンドガン】が当たった時で反応が異なっているのは何故だ? …………いや待て。そもそもレジロックが身に付けているのはカガリのバリアの上位互換だと考えているが、本当にそうなのか?

 

 ――――もしかすると、カガリとレジロックは同じものを身に付けている?

 

 なら、俺の掌底がカガリの身につけている物に効いた理由は? ポケモンでは破壊できないが、人間なら破壊できる可能性があるかもしれない。どんな原理ならそうなるのかわからないが。ただ普通、真っ先にトレーナーがポケモンの防御を擦り抜けるようにして殴りかかったりはしないだろうし、レジロックに対して人間が接近戦を行うだなんて発想を持つはずがない。あの凄まじい力を見ているのなら尚更だ。

 

 もう一度、もう一度だけ機会があったら挑戦してみるか。隙を作るのは難しいが、接近するのは比較的に簡単だ。強硬手段と書いて常套手段と読むのもいつもの事だし。

 

「キョウヘイ先生!」

 

 階を大きく回るような螺線状のスロープを下りきり20階へ降りると、登るときに【ステルスロック】の壁を張った場所に大きな穴が空いていた。その先でハルカが周囲を警戒しながら待機しているようだ。

 

 穴を通り抜けるとやはりハルカが居た。俺の姿を確認したせいかどこか安心したような雰囲気と共に、すがるような目をしている。

 

「ワカシャモとゴンベが!」

 

 やはり大惨事になっていたか。ナックラーの時同様、完全に虫の息と言っていい。これはもう元気のかけらの範囲外だろう。ポケモンの体力を以てしても危険な状態だ。

 

 撤退という言葉が頭の中に浮かぶ。

 

 ハルカの心情としても、早くワカシャモとゴンベを回復させてやりたいはずだ。

 

 下の様子は完全にはわからないが、最上階では聞こえてこなかったショゴスの悲鳴がここだと聞こえてくる。なので、まだ戦闘中ではあるだろう。善戦どころか意外と勝っているのかもしれない。逃げるなら今しかないな。

 

 だが……本当にここでレジロックを連れたカガリを見逃していいのか? できればダイゴさんには今後の為にも大きな恩を売っておきたいから、少なくともメモ帳は奪いたい。

 

 そして、ハイリスクだがハイリターンという欲を両立させる答えもある。俺がここに残って遅滞戦を行うことで時間稼ぎながらメモ帳を奪うことに専念し、その間にハルカが今まで遺跡で集めた資料と拘束した女親衛隊を持ってダイゴさんへ引渡して、救援としてダイゴさんを呼ぶ。

 

 撤退の場合、前方に戦力を集中させやすいからまともな戦闘は楽になるだろう。しっかり逃げ切れて、幻影の塔から脱出できた場合、一番被害が少ないのがこれだ。

 

 ただ、ワカシャモが潰れてしまっている以上俺が高速で移動する事ができないから、必ず遅滞戦は行わなければならなくなる。

 

 今の地雷トラップも、先にレジロックを突っ込ませるだけで解除されてしまうような粗末な物だしな。その場合、前方にはまだ倒していないマグマ団団員とショゴス。後方にはレジロックという状態で挟まれる形になる為、最悪の場合圧殺されかねない。

 

 それと、ショゴスを見ただけで俺が行動不能になりそうなのも問題だろう。

 

 ハイリターン案の場合、この場所から俺が遅滞戦を繰り返してハルカが逃げ切るまではレジロックを上層階で意地でも止めながら手帳を奪いにかかる。

 

 ハルカも降りる際は基本的に前方だけ集中し、ダメなら引き返して別のスロープを下るという手段を行うことができるはずだ。塔からフエンタウンまでは、全力状態のウインディの足なら半日もかからない。

 

 下にいるマグマ団の下っ端だって死にたい訳じゃない。ショゴスに対する装備を整えているのなら防壁としてある程度は期待できる。今は押しているようだし、万が一追い返してくれるのであれば万々歳だ。

 

 基本的に危険なのは俺達だけだな。

 

 それに―――――なによりも、以前砂漠遺跡で考えた雲隠れを行うには最高の条件に近い。かなり自然な形で別れる事ができるだろう。

 

 そしてハルカの撤退後、誰も俺達の後を追う事はできない。

 

 不意に上から轟音が連続で響き渡り、その轟音がだんだんとこちらへ近づいて来始めた。カガリ達がスロープを下り始めたか。もう時間がほとんどない。ここにレジロックが来るのは時間の問題だ。

 

 さぁ、選択の時だぞ。どうする?

 

 ――――焚きつけるか。やはり俺の目的が達成できないのは困る。俺が俺であるために、そんなもの選択できるはずがない。

 

 それはたとえ本当に死の予兆と相対しているのだとしてもだ。予兆程度で止められてなるものかよ。

 

 バックパックから提出用の集めた資料や採取した試料、そして最悪の場合を想定して事前に書いておいた手紙と夜な夜な作っていたファイルを取り出し、ハルカへ渡す。ついでにこの親衛隊のサイドポーチもハルカのバックパックに入れていおいた方が無難か。

 

「ハルカ、今からこれをお前に託す」

 

「…………え? キョウヘイ先生? どういうこと?」

 

 何を言っているのかわからないとばかりに困惑したような表情をしている。まるで理解したくないとでも言いたげだな。だがそれでも無理やり押し付けて持たせる。

 

「今この場で一番早く情報を届けることができるのはハルカ、お前だけだ。ウインディにその女を乗せた状態で砂漠を横断して、ダイゴさんに会え」

 

 ハルカの手持ちであるウインディは走破に適している。それだけでなく、砂漠をナビゲートできるナックラーもいるんだ。最速で移動する事ができるだろう。少なくともこれ以上の適任者はここにはいない。

 

「……キョウヘイ先生は?」

 

「ここで一分一秒でもできる限り時間を稼ぐ。ダイゴさんに出会えたら、遺跡で封印されていた1匹が目覚めた。今マグマ団に使役されていると伝えるんだ。それでダイゴさんが動けるようになる」

 

「嫌だ! そんなのは聞きたくない! キョウヘイ先生だって一緒に逃げれば……」

 

 予想以上に抵抗を受ける。ここまでハルカが拒否するのは初めてだな。

 

「無理だ。ワカシャモに乗れないから速く移動することができない。ただでさえショゴスに出会ったら逃げられない状態なんだ。前方から来るマグマ団の相手も踏まえて考えると、少しでも突破に手間取った瞬間負けが確定するような行動よりも、1人だけでも確実に撤退できるであろうものを選択する必要がある」

 

 10階以下なら壁の穴から飛び降りる事もできるだろう。そして何よりも、ウインディの速度ならショゴスに出会っても、もしかしたら逃げ切れるかもしれないのだから。

 

「だったら! ウインディの背中に一緒に乗って」

 

「そこの女親衛隊をウインディの後ろに乗せるから無理だ。コイツは情報源になる。ここで何が起きているのかの証明になるはずだ」

 

 ずり落ちないように最後の穴抜けの紐でウインディの胴体に固定する。集めた資料や女親衛隊が持つ情報の価値は既に理解出来ているだろう。

 

「それに、だ。どうしても一度は遅滞戦を仕掛ける必要が出てくる以上、下手な場所でやるんだったら今この場から仕掛けた方がまだマシなんだよ」

 

 穴だらけのチーズのようなこじつけた理詰めでハルカの意見を潰していく。普段なら他にも言い返してきそうなのだが、緊急時というのも相まってあまり頭が回っていないのだろう。

 

「でも……わたしが間に合う保証はどこにも……」

 

「保証が欲しければ電化製品を買えばいい。あとお前が駄々をこねるほど、俺達の負担が大変な事になるぞ?」

 

 完全に俯いてしまった。

 

「なに心配するな。チャンピオンであるダイゴさんから直々に、お前は死にそうにないとお墨付きを受けたこともあるこの俺が、簡単にやられるなんて事はしないさ」

 

 フラグのように聞こえるが、こういう時の言葉って総じてそう聞こえるもんだし仕方がないよな?

 

「……………………頼んだぞ。俺に約束を守らせてくれ。さぁ、行ってこい。」

 

 守る気もさらさらない癖によくもまぁ回る口だ。必要な物をバックパックへ入れてからウインディに乗せる。

 

「あーーーもう! キョウヘイ先生のバカッ! 絶対に間に合わせるからどこにも行かないでね!」

 

 酷い言われようだが、それが正論なのだから仕方がない。後ろに2人を乗せたウインディが、ハルカの防砂マントをなびかせながら通路を走り抜けていった。

 

 もしかすると、ハルカは俺が行おうとしている事に気がついていたのかもしれない。

 

 これが正しいと自分で選択したんだ。渡すものは渡したし、フエンタウンで済ませられるものは全て済ませた。今更ここで感傷に浸る権利なんてないし、そんなことの為に思考を割くのがそもそも間違っている。

 

 残る時間も少ない。もうじき奴らが来るだろう。

 

 ボールから御神木様達全員を出し、木の実やおいしい水を飲ませて回復させる。こうも無茶な戦い方を続けると、戦いが終わった後でも色々と問題が残りそうだな。

 

「さて、諸君らも聞いてのとおり、時間を稼ぐためにここでまた地獄のような遅滞戦を行う事になった。悪いが御神木様達もこの祭りに付き合ってもらう」

 

 絶望しきっている奴はいないらしい。本当にたくましいなお前ら。泣き言の一つぐらい言ってもいいんだぞ?

 

「よし。網代笠はこっちとつかず離れずの位置で先行。人やポケモンを視認したなら容赦なく奇襲してよい。技は任せる」

 

「キノコッ!」

 

 このフロアの周辺ルートは制圧されているが、この先も全て制圧された状態だとは思えない。マグマ団のほとんどは下のショゴス戦に参加しているとは思う。だが幾ら経っても降りてこないカガリと通過した侵入者がいる以上、見に来ることだってありえるだろう。そのまま鉢合う可能性が高い。

 

 だから発見し次第潰しにかかる。カガリとレジロックのアレが同じだとするなら、下っ端までは配備されていないだろう。道中【しびれごな】でむせていた奴もいたし、少なくとも全員装備している訳ではないはずだ。量産できているのなら、捕まることが少なくなっていなければおかしい。

 

 それにハルカも速度重視だろうし、ショゴスの事を考えると倒して回るとは思えないしな。その分上の階にいる敵を引っ張ってくれると思うが。

 

「夕立はほぼ全域を走り回る遊撃手だ。【バトンタッチ】と【みきり】で引っ掻き回す」

 

「ブイッ!」

 

 今回一番の肝だ。向こうが攻撃を食らわないなら、こっちも擬似的に同じ条件にしてやる。

 

「大賀と御神木様はレジロックと相対してもらう。出来うる限り足止めするぞ!」

 

「スブブッ!

 

「クギュルルルルルッ!」

 

 スロープの出入り口から少し離れた大きな通路で、破壊したバリケードの残骸を再利用しながら仕込めるだけ仕込んで陣取る。【のろい】で強化しておくのも忘れない。通路に接続する部屋には夕立の【かげぶんしん】とトラップを仕掛けておく。

 

 それから程なくしてレジロックとカガリが黒煙を纏いながら現れた。

 

 直接的なダメージは受けていなさそうだが、なかなか愉快な思いをしたのだろう。無表情の顔や服に湿った砂が張り付いている。条件がよくわからないなぁ。

 

「いい化粧だな。服の模様も前衛的でとてもよくお似合いだ」

 

「………………キミを……アナライズ……したい」

 

 顔色こそ変わらないが、幾分か怒気の混じったような声だな。いいぞ食いつけ。逃げ回る鼠はここにいるぞ。

 

「そいつはどうも」

 

 カガリってマグマ団の中で研究を担当しているのか? まぁ、普段なら快く受け入れるような内容なのだがね。実験対象になるか飼い殺しになりそうだから遠慮しておこう。

 

 会話を切るようにひゅっと風切り音が真横を通る。そのままレジロックの上を通ってカガリの真上に着弾した瞬間爆発し、隠していた【タネばくだん 地雷】が連鎖的に大爆発を起こした。

 

 さて、宣戦布告は終わりだ。死の舞踏を始めようか。

 

 


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