ようやく幻影の塔がしっかりと見える位置までやって来たのに、突然の砂嵐のせいで2時間ほど足止めを食らってしまった。……が、そう悪いことばかりでもないようだ。
「……で、本当に大丈夫なの?」
「ナックラーッ!!」
サマヨールとの無茶な戦闘のせいで行動不能状態だったナックラーが、とうとう復活したらしい。とは言え、まだ軽く包帯を巻いたままの姿だ。ハルカ的にはまだ戦闘に出したくないのだろう。
「どうしたものかね、こりゃ」
ナックラーを直接診た俺も、これに関しては正直あまり賛成はしたくない。ただでさえ医者の真似事程度なのだ。どこに地雷が埋まっているかわかったものじゃない。肘に爆弾を抱えた投手みたいになっても困る。
「ナック!」
しかし、今まで休んでいたせいか、ナックラーはやる気や意気込みがとても高い様子。絶対に出ると少し駄々っ子のようになっている。見た感じ動かしている足の可動範囲的に、無理やり動かしている様子はない。以前の痛みは本当に引いたのだろう。なんか改めてポケモンの回復力や生命力の高さを認識したぞ、おい。あの状態からこんなに早く回復するとは思ってなかった。
最終的に説得しきれずにハルカが折れたようで、ハルカが許可を出した戦闘のみ出すということになったようだ。何がそこまでナックラーを駆り立てているんだ?
「本当に大丈夫かなぁ……」
「退院した人間がいきなりアスレチックに行くようなものだからなぁ。旅に付いてくるまでは野生で生きていたのだし、その辺りはシビアだと思うが……まぁ目は離さないようにした方が無難だろうな」
「だよねぇ……」
……いや、だからこそなのか? そこまで考えて、ふと気がついた。
群れで生活する場合、弱った個体はそのまま見捨てられる事が多い。最悪殺されたりもするらしいし。考えられる要因として、そいつ1匹の為に群れ全体が危険になるからだろう。だからこそ、見捨てられない為にもう自分は動けるのだとアピールしているのか?
……それとも、やっぱりこの間のフライゴンとのやり取りが関係している? まぁ何にせよ、ナックラーからは目を離さない方がいいだろう。
決める事は決めた。丁度外の砂嵐も少し弱まってきた所のようだし、そろそろ出ても問題ないだろう。防砂コートやゴーグルでしっかりと身を包む事で再度準備を整えて、周囲を確認してから表へ出る。
痕跡が残らないように秘密基地が砂に埋もれたのを確認し、そのまま未だに熱砂が軽く飛び交う中、普段の警戒状態のメンバーで幻影の塔へ向かって歩き始めた。
◇ ◇ ◇
それから3時間ほど飛んでくる熱砂や足に纏わりついてくる砂地、飛び出てくるポケモン達と格闘しながら歩き続けていると、ようやく遠くから幻影の塔の入口らしき所を発見する事ができた。
かなりどっしりとした造りのようで、塔全体の大きさはやはり80mぐらいだろうか。遠くで見た時から造形が歪だなとは思っていたが、どうにも円形ではなく歪な五角形をしているようだな。何とも不思議な塔だ。
そんな砂で造られた塔だが、これも古のものが関係しているはず。時系列的にこういった現象が起き始めたのはアルセウス襲来後だろうが、古のものはいったい何の為に定期的に出現して崩れ落ちる塔なんて物を造ったんだろうか?
こんなもの砂漠のど真ん中に造ったら凄まじく目立つだろうに。
「これはおっきいね……」
「しかも、これなら多少の事では崩れないだろうな。ただ……これからこれを登ると思うとちょっとゲンナリしてきた」
古のものは階段は作らないから、階段で簡単に登れるというのは正直望み薄だ。中にスロープでもあればいいんだけれど、もしかするとフック付きのロープで登るハメになるかもしれない。確認されている尖塔タイプの場合でもスロープかフック付きのロープ、もしくは飛行タイプのポケモンの助けを借りて登ったようだし。せめてもの救いはスロープがある場合、2~3箇所ある事が多いらしいから探す手間があまりない事だろう。
所々塔の壁面に穴が空いているのは、飛んでいる古のものが入れるようにという事だろうか? ああいった所から落下しないように気を付けないとな。
「グルルルルルル……」
幻影の塔に近づくと、ウインディが何かの匂いを感じ取ったようだ。低い声を上げて警戒を呼びかけている。今この塔を登る可能性が高い奴らといえば誰だ? 一番近いであろうハジツゲタウンは封鎖されていて、ついでにマグマ団に乗っ取られている。だから避難民や一般人がハジツゲから出て、ここを通って休んでいる事はない。そしてフエンタウンからも砂漠の北部は本来なら進入禁止だ。だからフエンタウンから一般人がここに来る事はないし、そもそもこの先は行けないのだから通ること自体がまずない。
なので、ここに来るのは俺達みたいな外部からの依頼で動いている発掘者か――――マグマ団、あるいは流星の民だな。浮浪者がいる可能性もありえなくはないが……今までの遺跡等の事を考えるとマグマ団や流星の民だろう。
見張りがいないか確認のために辺りを見回すが、ゴツゴツとした大きな岩が無数に転がっているのと、砂岩で出来た頑丈そうな幻影の塔の入口ぐらいしか見当たらない。恐らく、その何者かは既に中に入ったという事だ。見張りが必要ないという事は、内部に殺し間のようなものが既に作られている可能性もあるな。入る際は注意しよう。
一応、他に隠れられそうな場所を考えてみるが……後はあの大きな岩の下ぐらいだろうか。あれは【いわくだき】で破壊できそうだが……破壊した際に音が凄まじい事になりそうだな。もしあそこに転がっている無数の大きな岩の下に隠れていなかった場合、塔の中に居る奴に気がつかれてしまうだろう。考えるまでもなく今はやるべきではないな。
周囲に気をつけながら幻影の塔の入口に近づいていく。すると、次第に錆た鉄のような匂いが鼻につくようになった。ウインディが感じ取った匂いはこれか。ハルカや網代笠も感じ始めたのか訝しげな目をしている。もしかすると、誰かが戦闘でもしたのだろうか? これは思っていたよりも時間がないのかもしれないな。
幻影の塔の出入口を見ていると、砂地に複数の足跡が残っているのに気がついた。やはり中に誰かしらがいるらしい。それなりの団体様のようで、砂嵐で足跡が消されていないとなると入ってから2時間も経っていないのだろう。
「キノコッ!」
網代笠が小さな声をあげて壁に近づいてゆく。何かを発見したようだ。後をついて壁を見ると、その一帯だけ砂が赤黒い液体をぼたぼたとこぼしたようなシミを作っていた。ここの砂漠の砂は水を弾くから……恐らくそういうことなのだろう。
見張りが何者かによって消されていた事を認識して警戒度を跳ね上げる。こんなことできる奴に奇襲されるのは勘弁だ。
「キョウヘイ先生、これ…………」
ハルカの声の方へ振り返ると――――そこには【黒いタールのような粘液】が砂地に小さく溜っていた。まず間違いなく【ショゴスの粘液】だろう。その事に気が付くとゾクリと背筋が凍りつき、軽く足が震えだす。アレがここにも居るのか。
恐らく、ショゴスを率いた奴の狙いは塔の中にある物品だろう。だから邪魔な見張りを消したのだ。となると、探索に時間をかけすぎると鉢合わせするかもしれないな。これは拙い事になった。
【ショゴスの粘液】は無数に転がっている岩場へ向かって、何かを引きずるように動いた跡が残っている。線になっている【ショゴスの粘液】をなぞるように視線で追っていくと、一つの大きな岩にたどり着いた。アレだろうか? 凝視してみる。
――すると、一瞬ナニカと目が合った気がした。
恐怖に飲み込まれて固まらないように拳を握り締める。わざわざ擬態しているとなると、既にこっちも認識されているのだろう。早めに動き出さないと拙いな。
「どうするの?」
ハルカの問いに岩から目線を逸らさずに返す。
「今は逃げる一択だ。さっさと塔を登って、例の物を手に入れたらそのまま素早く脱出する」
アレと今関わったら死者が出るだろう。なら奴と関わる前に塔の中に入って必要な物をゲットしたらそのまま逃げ切ろう。
「俺達が来る前に見張りが消されていたから、もしかすると連絡が取れないことを不審に思ったマグマ団か流星の民が内部で待ち構えているかもしれない。だからこの場は――――1、2階を完全に無視する」
これからの大まかな流れを告げてゆく。
「ここから少し回った位置にある3階の穴へジャンプして、そこから中へ入る。ウインディやワカシャモの跳躍力なら十分に届くはずだ」
ワカシャモ達のジャンプ力の凄さは既に把握しているからな。問題はない。ただ3階以上だとミスった時のリスクが高すぎるから、内部は普通に登ることになる。
「1、2階はどうするの?」
「無視できるのなら無視しよう。俺達のお目当ては最上階付近で発見報告が多いようだから、わざわざ低階層を探す必要はない」
俺達の防波堤になってもらう……これは伝える必要はないな。ハルカも何となく意味は察しているはずだ。
「でも……」
だからと言ってここで立ち止まられたら俺達が標的になりかねない。
「連中だってバカじゃない。組織としてショゴスの対策ぐらいあるはずだ」
少なくともどの勢力も、ショゴスとまともに戦えば悲惨なことになるぐらいわかっているはずだ。そして組織ならその対策ぐらい考えているはず。それに――――
――――それなりに拮抗してくれないと時間を稼いでもらえないじゃないか。1、2階が蹂躙されると困るのはこちらも同じだから、できるだけ拮抗してもらいたい所だ。下が騒がしくなれば、上層階からも下層へ向けて救援が送られるはず。結果、俺達が先に登っている奴らに見つからなければ、上層で活動する人数も減ってくれる。危険だが盤面上は少し楽になるだろう。
まぁ、前提としてショゴスが1階から入ってくれればという条件が付くが。
「そう……なのかな?」
微妙に納得のいっていない様子だが、とりあえず言いくるめてワカシャモを出してもらう。なるべくショゴスから目を離したくないな。先にハルカに行ってもらうか。
「ハルカが先に3階へ跳んでくれ。俺はなるべくアレから目を離したくないんだ」
「ダメ。動ける内にキョウヘイ先生がワカシャモに乗って跳んで」
どうやらバレバレらしい。なんだか最近ハルカの観察眼が高くなってきた気がする。交渉しようにも、ハルカの目を見る限り意志は固そうだ。今は時間も惜しい。また、ハルカが速やかに移動するためにも俺がまごつく訳にはいかない。
仕方がなく網代笠をボールに戻してからワカシャモに乗る。ワカシャモがグッと足に力を入れた瞬間、後ろに引っ張るような衝撃と共に、ジェットコースターのような風圧が正面から襲いかかって来る。バランスを崩さないように衝撃に耐えていると、それから数秒もせずに綺麗に3階の穴に入り込んだ。
幻影の塔内部に入ってすぐにまた網代笠を出す。どうやら穴は部屋の中に繋がっていたらしい。ワカシャモが俺を下ろしてから、すぐに出入り口の横に移動して待ち構える。
「周囲警戒、部屋に誰か来た場合は迷わずに【タネマシンガン】を撃ってくれ」
「キノッ!」
今居る部屋はそれなりに広いな。たぶん縦5m×横5m×高さ5mはあるだろう。古のもの達用の発着場と言ったところだろうか。砂の壁で周囲のほとんどが覆われている。目星い物もなく、扉のない出入り口にさえ注意しておけば問題ないだろう。
クリア。ハルカに合図を出そう。穴から下を覗き込んでみるが、まだ戦闘は行われていないようだ。合図を出すと、すぐにウインディがハルカを乗せた状態で跳んで来る。
着地の際に少し音が出た事と危うく踏み潰されそうになった程度で、今のところ他に問題は起きていない。さて、本格的に塔の中を動く前にやっておくべき事があるな。
「ハルカ、スカーフの予備あったよな」
「うん。しっかりあるよ」
そう言いながら、バックパックから赤いスカーフが取り出される。大きさ的にも十分だろう。
「それで顔を半分隠すんだ。目の部分はゴーグルを着けてくれ。下手に顔を覚えられて研究所に襲撃をカマされるのは拙いだろ?」
「ああ、なるほど……」
この行動に意義はある。今までのは下っ端がやっていた所に俺とかが偶発的に鉢合わせていた程度だが、今回もそうだとは限らない。俺が覚えられる程度なら問題無いが、ハルカの場合しがらみは多いはずだ。
まぁ、俺の場合はそもそもがフルフェイス型の動物マスクだからあんまり関係なかったりするんだが。ハルカはあんまり好きじゃないみたいだしなぁ……マスク。
完全に準備を終えたようだ。なんだか銀行強盗の実行犯みたいな図になってきてしまったな。
「よし。それじゃあ――」
「キノ」
侵攻すると言おうとした瞬間、網代笠が小さな声で遮った。視線の先に目を向けると、ワカシャモが壁に寄りかかった状態で右側を指している。右側から誰か来ているらしい。思いの外着地音が響いていたのか、それともただの巡回か。
どちらにせよ、とりあえず奇襲を仕掛けるチャンスだ。息を殺してターゲットが近づいてくるのを待つ。すると――――――
――――不意にポチエナが声を低くして、唸り始めたのが聞こえた。ああ、これはバレたな。この場にいる全員がそう認識した瞬間、部屋の中の雰囲気が一変する。居場所がバレている待ち伏せほど悲惨なものはない。待っていてもジリ貧なら、ここは打って出るべきだろう。
「ワカシャモ! 飛び出してポチエナに【にどげり】!」
「シャモッ!」
ハルカの指示によって、部屋からはじき出されたようにワカシャモが通路に飛び込んだ。すぐに援護できるように網代笠の頭を引っつかんでから、スライディングの要領で滑るようにワカシャモの後を追って部屋から出る。
顔を上げると、そこには既に攻撃態勢に入ったワカシャモが上下左右の壁を蹴り、加速しながら一気にポチエナへ近づいてゆくのが見えた。完全にポチエナを標的としたのだろう。
しかし、ポチエナの横にはそのトレーナーがいない。目線をズラして更に奥の通路へ目をやる。すると、どこか虚ろげな目をしたドガースを連れたマグマ団の下っ端が見えた。
ポチエナは餌か! いやらしい手を使いおってからに。すぐさま戦略を変えて網代笠には後方を監視してもらう。代わりに御神木様のボールを持ち、なるべくドガースの近くへなるように投げつける。
御神木様の入ったモンスターボールは、ワカシャモがかかと落としからの回転蹴りという【にどげり】をポチエナに叩きつけているすぐ横をすり抜けた。そのまま空中で飛び出た御神木様が一度バウンドし、壁に張り付いて転がるようにして空中に居るドガースへ近づいてゆく。残り6mほどだろうか。
【にどげり】によって蹴り飛ばされたポチエナの方が早くドガースの下へたどり着く。これでポチエナが起き上がってもそのまま攻撃に移れるな。
「クギュルルルッ!」
「そのまま【メタルクロー】ッ!」
相手の出方を伺う。しかし、マグマ団の下っ端はニヤリと笑い、とんっとドガースを前へ押した。押し出されたドガースは、虚ろな目をしたままゆっくりと回転しながら前へ滑るように進み続ける。1/4ほど回転すると、ドガースが白い結晶質な何かを持っている事に気がついた。
押した本人はバックステップをしながらドガースと距離を取り始めている。記憶の中からこの状況に当てはまりそうなアイテムを探し出す。すると、ノーマルジュエルという単語が思い浮かんだ。これは……まさか!
「防御態勢!」
「クギュ!?」
切羽詰まったような急な指示のせいで御神木様が空中でバランスを崩したが、ドガースに対して無理やり体を捻るようにして背を向けた。嘘だろ!? こんな狭い場所で、多少離れたとは言えお前はドガースからかなり近いんだぞ!? 自分すら餌にしたのかコイツは!
「ドガース!」
その次の瞬間ドガースが持っていた白色の結晶が光り始め――
「【じばく】しろ!」
――それぞれの秘められた力が連鎖反応して、通路内で凄まじい轟音と共に爆発を起こした。右側にあった壁は大きく吹き飛び、外から砂が飛び込んできている。黒煙も凄まじい物で、崩壊せずに済んだ足場やドガース本体からモクモクと上がり、横から抜けているにも関わらず視界を覆ってしまっている。
そんな凄まじい爆風と衝撃をモロに受けた御神木様がこちら側へ弾き返された。
「クッ!?」
「シャモ!?」
さながらハンマー投げのハンマーのような勢いで、爆風によって態勢を崩されたワカシャモに鈍い音を立てながら突き刺さる。
「クソッ、やられた!」
轟音、爆発。確かに全域に居る味方に接敵を知らせるには手っ取り早い方法だ。その判断も早く、例えジュエル【じばく】に巻き込まれようとも任務を遂行できる。その姿勢は今回のマグマ団の士気の高さを理解させられた。しかし、しかしだ。それは外部に理外の化物がいない事が前提のはずだ。
これで確実に下のショゴスは動き始めるだろう。上層にいるマグマ団の団員も今の爆発音を聞いて下り始めるはず。
「ハルカ、時間がなくなった! 一気に最上階を目指し、回収後は4~5階から出来うる限り遠くへ飛び降りて全力で逃走する!」
御神木様とワカシャモを回復させる。ノーマルタイプの技の威力を半減させる鋼タイプが功をそうした。御神木様は思いの外ピンピンしている。ワカシャモもおいしい水を飲んでからすぐさまスロープか4階へ繋がる穴を探し始めた。
通路の先の黒煙が収まり始めたので、ちらりとジュエル【じばく】に巻き込まれたマグマ団の下っ端とポチエナがいるであろう方へ目をやる。しかし、そこには瀕死になって黒煙を吐き出し続けているドガース以外何もなかった。
壁ごと外へ吹き飛んだのか……あるいは、あの状態から受身を取って後方へ撤退したか。後者なら本人は凄まじい練度だな。
「しかし、そうまでして……」
やはりここのマグマ団の団員とまともに戦うのは下策だな。戦う前に【しびれごな】なりなんなりで潰すのが一番だったか。
「見つけたかも!」
思いの外早く見つかったようだ。思考を切り替えて先に進もう。早く最上階へ行かないと拙い気がするし。足に力を入れて、ハルカの声のする方向へ走り始めた。