カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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砂上に聳える幻影の塔
寝不足の種に流星の民


 寝袋に包まれながら暗闇を凝視し続けてみるものの、普段のような眠気が一切訪れてこない。

 

「…………寝れない」

 

 シートの上をキャタピーのように左右に転がってみたり、目を瞑って必死に眠気を呼び込もうとしてみても、一切効果が現れて来やしない。遺跡内のあんな惨状を見ても普通に眠ることのできるワカシャモ達が少し羨ましいかも。

 

 キョウヘイ先生主導の下、ポチエナのお墓を作ったまではよかったけれども……それ以降がダメだった。

 

 惨劇じみた遺跡内に古のもの、複数の伝説のポケモンに筒状物のアレ、キョウヘイ先生の奇行……発狂と言い換えた方がいいかも。それとショゴスという謎の粘体生物が描かれていた石版を見たときのキョウヘイ先生の異様な雰囲気。姿の変わったカイオーガやグラードン。古のものの願いを叶えたジラーチ。キョウヘイ先生曰く封印が解かれていたレジロック。繁栄から衰退へ向かった古のものにとっての悲劇。そして――――アルセウスという災害のような存在のポケモン。

 

 今日あった色々な事を思い出して、ずっと頭の中でぐるぐると駆け巡り続けてしまっている。これはしばらく寝ることができそうにないかも。

 

 眠れないからか、頭の中で勝手に記憶が再生される。それなのに、そのせいで余計に眠れなくなる。これは完全に悪循環だ。今も自分で自分の頭を石版に叩きつけた時のキョウヘイ先生の言動が、まるで誰かに意図的に見せ付けられているかのように、ずっとスローモーションで頭の中で再生され続けている。

 

『そうそう。ついでにさ、ハルカがいつもやめてって言っていたマスクを含めた奇行は全t』

 

 キョウヘイ先生が無理やり自分の口を止めなかった場合、キョウヘイ先生の口はあの後どんな言葉を紡ぎ出していたのかな? …………ただ、それでもこれだけはわかった。キョウヘイ先生のアレは、本人にとって何かしらの意味がある事なんだ。どんな意味かはわからないけれども、これだけは確信を持って言うことができる。

 

 でもアレにいったいどんな意味があるんだろう? ……あそこまで強く執着するという事は、キョウヘイ先生にとってはかなり重要な事なのかも?

 

 そうこう考えていると、不意に発電機の音が扉から漏れ始めた。たぶんキョウヘイ先生が軽く動かし始めたのだ。夜遅いのに……点検でもしていたの?

 

「…………ちょうどいいタイミングだし、気持ちを切り替えようかな。ココアでも飲んで落ち着いてから寝直そう」

 

 便乗して電気ケトルで甘いココアでも作って、しっかりと頭の中をさっぱりさせよう。考える場としてはお風呂があれば最高なんだけれど、冒険中にそんな贅沢は言えない。…………でも、濡れタオルだけで本当に日焼け止めクリームを完全に取りきる事が出来ているのかどうかは、非常に重要な問題かも。

 

 思考を変え、気を紛らわせながら大部屋に繋がる扉を開ける。暗闇に目が慣れすぎてしまったせいか視界を覆う強い光に一瞬目が眩むが、光に耐えるように目を細めて視線をテーブルへ向けてみる。しかし、定位置にキョウヘイ先生が居ない。まだ発電室から戻ってきていないのだろうか? 辺りを見回してみると、不思議な光景が視界内に入り込んだ。

 

 何故か御神木様と網代笠が扉の前で横になっている。いったいどうしたのだろう? 気になったから、横になっている御神木様達にそのまま近づこうと動いた瞬間、トントンと横から肩を叩かれた。

 

「ひゃムグ……!?」

 

「スブ……」

 

 びっくりして声を上げながら振り返ると、それ以上声を出すなと言わんばかりに、少しヌメっとしていて小さな水かきのついた手で口を塞がれた。目を白黒させながら視線を合わせると、大賀が口の前に指を当てた状態で立っている。声を出すなということかな? とりあえず理解してこくこくと首を縦に振ると、すぐに口が解放された。

 

 いったい全体どうしたというのだろう? 疑問に思っているとすぐに大賀に手を引かれ、音を立てないように慎重な足取りで御神木様達に近づいてゆく。不思議なことに、発電室の扉の下にある排気管と排気管の隙間から内部を覗き込んでいるらしい。本来静音性を上げるために布を詰めているはずなのだが、邪魔だったのか御神木様達が布をどかしてしまったようだ。だから発電機の音が大部屋にまで漏れ出てきていたのか。

 

 御神木様の横にたどり着くと、御神木様が身を後ろに引いた。覗いてみろと?

 

 疑問に思いながら這いつくばるように覗き込んでみると、発電室の中には案の定キョウヘイ先生が背を向けた状態で発電機の前に座り込んでいた。

 

 横に設置されている机の上には工具や油、タオルが並んでいる。やっぱり先程まで点検していたらしい。しかし、その中におかしな物が紛れ込んでいる事に気がついた。

 

 そこには何故か整備とは一切関係性のない物体――――――包帯とぺティナイフが工具に紛れ込むように並べられている。

 

 どうしてあんな物が? という問に対する答えは、キョウヘイ先生によってすぐに行われてしまった。黒ヤギのマスクを被っているせいで表情こそわからないものの、淡々と、機械的に、まるでなんともないかのように、机に乗せた自らの左手にペティナイフを突き刺す。どこか現実味のない光景がそこでは繰り広げられていた。

 

「――ッ!?」

 

 悲鳴を上げそうになるのを必死に堪える。何故かその場面から目が離せない。ここからでもペティナイフの刃先に血がへばりついているのがわかった。キョウヘイ先生はそのまま左手に卓上ライトの光を当て、傷口を広げたり閉じたりとまじまじと観察し始めた。

 

「………………………足りない」

 

 キョウヘイ先生がブツブツと何かを呟いているのに、発電機の音で声が最後以外よく聞き取れなかった。それが終わるとゆるゆると包帯を巻き始めたようだ。

 

 キョウヘイ先生に問い詰めようと決め、ドアノブを握ろうとする。しかし、(すんで)の所で大賀に止められてしまう。どういうつもりなのか顔を見ると、何か鬼気迫るような形相をしている事に気がついた。御神木様達も同じようでどこか鬼気迫るような、それでいて悲痛な表情をしている。

 

 もしかすると、キョウヘイ先生はかなり前から似たようなことを行っていたのかもしれない。

 

 その気迫に飲み込まれてしまい、キョウヘイ先生が出てくる前にそのまま寝袋のある部屋へ追い出されてしまった。わたしは当分寝ることができそうにない。

 

   ◇  ◇  ◇

 

「ラトリクス博士について?」

 

 砂漠のキツい直射日光を遮っている即席の日傘の影に、目の下に少し隈ができた状態の訝しげな表情が浮かぶ。ポチエナの墓を作った次の日からずっとこんな感じだ。ついでにウインディの歩く速さも速い気がしなくもない。

 

「ああ。たしかハルカは砂漠遺跡に入る前に、そのラトリクス博士率いる調査隊が134番水道の遺跡に潜り、落盤事故で全滅したニュースを見たって言っていたよな?」

 

 幻影の塔へ向かう道中の微妙な空気を緩和する為に話題を出してみたが、やはりハルカの反応が少し悪い気がする。もしかすると、頭の包帯を変えていたのが見られていたのか。それとも砂漠遺跡を出てから隠れながら書き出した他の書類でも見つけられちまったのかもしれない。

 

 しかし、左手に視線が集中するのはどうにもむず痒く感じる。確かに発電機の整備中に()()()()()()()()()()()()()()()から包帯を巻いたけど、本当に()()()()()()()()()()だから気にするような内容でもないと思うんだが。

 

 理由を言っても視線が左手に集中したままだし。そんなに包帯が目立つの? 中二病っぽいとか?

 

 まぁ、下手にヤブを突く必要もないだろう。不機嫌な女の子を相手にする大変さを如実に痛感している最中だ。網代笠からの視線も心なしか痛い気がする。

 

「ラトリクス博士って有名なのか?」

 

 こういう時、コミュ力が高いタイプの人間ならうまい具合に相手を転がせるのだろう。しかし、ハルカからの視線をそこまで上手く躱すことのできるような術を今の俺は持ち合わせていない。

 

「特にポケモン考古学で有名な人だね。お父さんとも少し交流があったはず。ラトリクス博士が書いたジラーチについての論文は、考古学だけでなく様々な分野において多大な影響を与えたってお父さんも言っていたし」

 

「ジラーチについて……ねぇ……」

 

 相手の願いを叶えるポケモンであるジラーチ。考古学の観点から見たジラーチとなると、いったいどんな論文だったのだろうか。あと、砂漠遺跡にもジラーチが出てきていた以上、機会があれば調べておきたいな。

 

 ……もしかすると、ラトリクス博士は古のものについても何か知っていたのかもしれない。

 

「その論文を書く過程で、デボンコーポレーションみたいな大きな企業や流星の民にも協力を取り付けていたみたい。さっき言っていた全滅した調査隊にも、デボンコーポレーションからの出向社員や流星の民の人も参加していたはずだし」

 

 ふむ……なるほど。そしてここでも名前が挙がる流星の民。ハルカの口ぶり的に流星の民って一般常識のレベルの知識なのか? あと大企業故か意外とデボンコーポレーションも手が広いな。色々と調べる事が増えてきたぞ。しかし、今は流星の民についてだ。

 

「なぁ、流星の民ってどんな民族なんだ?」

 

「え? ……ああ、うん。キョウヘイ先生はそっちの知識もないのね……」

 

 不思議そうな表情の後に何かを察したような雰囲気を醸し出された。しかしな、異世界人と言っても万能ではないのですよ。知らないものは知らないんだぜ。

 

「すまんね。流れ的に大まかになら分かるんだがな。こうやって遺跡関係でやけに現れてくる単語だからさ、実際にどんな団体なのかを知っておきたいんだよ」

 

 これからの行動にも関わってくるし。

 

「すごく大雑把に言っちゃえば、流星の民はかなり昔から遺跡や古代の発掘品を保護してきた一族かな。かなり古い公文書にも名前が何度も書かれていた事もあって、一部の政治にも古くから関わっているだなんて噂もあったと思う」

 

 高々発掘品を収集、保護する程度の民族が公文書に何度も載る? そいつは奇妙な話だな。1、2回程度ならまだわかる。しかしそんなことになっているとなると、噂が立つのも理解できる。

 

「あ、今思い出したけれど、134番水道の遺跡も元々は流星の民が発見していたものだったかも。元々協力を要請したのが流星の民で、ラトリクス博士がそれに応えて、一部の企業がそれを支援したって流れだったはず」

 

 なんですと? 

 

「マジか……」

 

「マジです」

 

 今聞いた情報が、今まで手に入れてきた情報と頭の中で急速に結合してゆく。すると、嫌な考えがふと頭によぎった。冗談抜きで拙い事に気がついてしまったかもしれない。

 

「……キョウヘイ先生?」

 

 流星の民は134番水道に遺跡があることを誰よりも早く知っていた。これについて単純に考えた場合、他の発見されていた遺跡の中にあの場所の情報が残されていたということなのだろう。これで納得のいく説明は出来るはずだ。

 

 しかし、地図や資料にわざと載せられていなかった巨大墓地の中で色々なものを見てしまった俺達の視点で考えると、本来誰も知らないはずの遺跡を、何故か誰よりも早く見つけ出して発掘品の保護をしているとなる場合、他の事態を考える事が出来る。出来てしまう。

 

 巨大墓地の中にあった墓標に刻まれた寄せ書きのように無秩序な超古代文字、ハルカの感じた死者の苦しみからの解放と冥福への祈り。そして純粋な怒り。これ等を全て感情のままにこなすことの出来る人間はいないだろう。逆に言えば、これはアルセウスの攻撃から逃れることが出来た()()()()()()()()()()がいるのなら可能だと言うことだ。

 

 これを踏まえて先ほどの考えを言い換えると、流星の民は本来()()が知らないはずである場所に隠れるように建造された遺跡を、何故か誰よりも早く発見して、古のもの達のロストテクノロジー兼オーバーテクノロジーな発掘品を隠すように有象無象に紛れさせて収集している民族となる訳で。

 

 結論として、流星の民は古のものを匿っている。あるいは、古のもの達が流星の民を裏で操っている可能性が高い。アクア団やマグマ団が匿っているというのも考えられなくはないが、各組織の結成時期や行動を考えると匿っているというのは違和感がある。やはり生き残りが紛れ込めるのは流星の民ぐらいだろう。

 

 なら流星の民の行動理念や目的はなんだろうか? 行動理念は古のものが中心かもしれないな。墓を隠したのは同族の眠る墓を荒らして欲しくないからだと考えられるし、サマヨールという墓守を、契約で縛り付けて配置したのも同じ理由だろう。他の遺跡の物品を集めるのは……再度古のもの達が繁栄する為に? それとも野蛮な他種族に祖先の作り出した過去の英知を触れさせたくないから?

 

「……キョ……イ先……」

 

 だがそう考えた場合、疑問点も幾つか上がってくる。かなり古くから存在しているのなら何故今になって大きく動き始めた? もっと昔から行動を起こしていてもおかしくないはずだ。レジロック達が眠る遺跡なんてそれこそ真っ先に確保するべき遺跡だろう。また、封印の解除に手間取るというのもわからない。砂漠遺跡がマグマ団に襲撃されるまでいったい何を行っていたんだ?

 

 仮に流星の民が真っ先に大規模な行動を行わないのはアルセウスを恐れてなのだとしても、やはり遺跡で奥の部屋の封印の解除に手間取る理由にはならないはずだ。

 

 そして、古のもの達がショゴスを操る事が出来るとなると、砂漠遺跡でのあの惨状を生み出したのは流星の民ということになる。ではレジロックはマグマ団が奪取した?

 

 ――――いや、まだ結論を早めるな。人間がショゴスを操っていた例があったのを忘れたのか? それに、そもそもマグマ団が流星の民でも解くことができなかった封印を、先んじて解くことなど出来るのだろうか? 結局、まだ情報が足りていない。どちらの勢力がレジロックを連れて行ったのかわからないな。

 

 解けない封印に読めない行動……何か他に外部要因があるのかもしれない。

 

 それにしても、政府が流星の民と接触したのは古のもの達の技術を求めてだろうか? という事は、やはりこの一族は政府に対する技術的な弱味を握っている事になる。となると政治、あるいは他の物事に対して政府の裏側から介入して口出しする事ができる?

 

 ――――む? それは政府にとってもかなり危険で注意しないといけない民族なんじゃないか? しかも、ショゴスは見かけ程度なら人のような姿になる事が出来るのだから……乗っ取られる、あるいは既に乗っ取られている可能性もある。いや、もしかすると、ポケモンなら匂いで分かるかもしれないな。しかし、潜在的に乗っ取られる可能性を捨てきることはできないだろう。政治的に見ても核地雷級のかなりヤバい存在だな。貰うもの貰ったら邪魔でしかなくなる。流星の民が動き始めた外部要因はこれか?

 

 しかもある程度の恩恵がある以上、恐らく政府内部には流星の民派の派閥だってあるだろう。流星の民からの干渉を考えると、予定通りと言うべきか政府やポケモン協会は注意する必要がある。

 

 そして――――それはデボンコーポレーションにも言える事だろう。デボンコーポレーションは5年前の調査隊に支援を出していた。という事は、少なくとも5年前には既に古のもの達の文明について興味があったと考える事が出来る。元々砂漠からは時折発見されていたはずだから、未知の技術がそこにあるとデボンコーポレーションが睨んでいてもおかしくはないだろう。ほぼ無限のエネルギーなんて企業としては喉から手が出るほど欲しい一品のはずだ。

 

 また、今回の石版回収という依頼はダイゴさんとオダマキ博士からの物だが、オダマキ博士はデボンコーポレーションと提携を結んでいる。俺達が見つけた情報がオダマキ博士経由で流れてくる可能性があるし、ダイゴさんはデボンコーポレーションの御曹司だ。繋がりとしては十分だろう。

 

「…………ヘイ先……!」

 

 この旅に対する支援もそうだ。最初はオダマキ博士だけだったが、開発室室長であるトヨダさんを()()助けてからデボンコーポレーションからも支援を貰えるようになった。しかし、これはタイミング的に俺達が眠りの森地下にあった壁画の情報をオダマキ博士経由で専門機関へ送り、結果が既に出ていた状態だ。この功績があったからというのも十二分に考えられる。

 

 となるとデボンコーポレーションも古のもの達の超古代技術を欲している可能性が高い。

 

 ではダイゴさんはどうか。彼は本当に、ただ純粋に平和を求めているだけなのか? 今までの行動から彼個人ならばともかく、後ろに存在するであろう政府などを考えると灰色に近いだろう。しかし、手持ちのポケモンの制限やら行動やらで彼が政府に圧力をかけられているのも事実だ。また、一般市民やポケモンに被害が及ぶとなった場合、確実に彼は反発する。例えそれが政府であっても。

 

 確かに彼の信念や正義感は俺の利にはならない。むしろ害になりかねないが、逆に言えばデメリットはそれだけだ。まだ他よりは信用はできる。

 

 最後に協力者であるオダマキ博士はどうだ。彼は最初、ダイゴさんからの要請を受けて超古代ポケモンを調べていたと言っていた。そんな時に俺が顔を出し、【あいいろのたま】もあって不自然なほどスムーズに契約が成立した。しかし、もしかするとどこかから圧力がかかった可能性だってある。やはり、これからの事を考えると自給自足生活からは逃げられないかもしれない。

 

 そして――――ハルカは本当に何も知らないのか? 俺が聞く形になってしまっているが、今もわざと情報を小出しにしているのではないだろうか? そもそもその情報は本当なのか? 今までの様々な疑問が心の中に浸漬して、それらが疑心へと変わっていくのがわかる。

 

 しかし、この程度の疑心に今更振り回される訳にはいかない。何よりも、この娘の今までが全て演技だったとは俺には思えない。怒りながら泣きじゃくる姿を含めて、多少背伸びした子供の姿そのままだ。

 

 俺に何かあったとき、きっと最後にアレを含めて全てを託すのはハルカになるだろう。その分ハルカも危険になるかもしれない。本来ならそんな危険な物をただの少女に関わらせるべきではないはずだ。しかし、今の俺には選択肢が他にないのも事実。だからこそ、メッセンジャーとしての仕事を終えた後に残るアレはハルカの意思に任せる事にした。

 

 これでいい。後は変化が生じるまでこれを維持するしかない。

 

 一旦そう自分の中で結論づけて、今までの情報を全て統合する。だんだんとこのホウエン地方で起こっている勢力戦の全体像が見えてきた。恐らくだが今の現状は古のもの達が残した技術という物資の奪い合いだ。マグマ団も、流星の民も、政府やポケモン協会も、デボンコーポレーションも、そしてきっとアクア団も、全ての勢力が古のもの達が残した技術を求めて戦闘、暗闘を行っている。既に流星の民以外にも、どこかの勢力がショゴスのつくり方や操り方を知っていてもおかしくはない。

 

 これからはより一層気を引き締めて行動しよう。

 

「キョウヘイ先生!」

 

「キノコ!」

 

 そう意気込んだ瞬間、ハルカや網代笠の焦ったような声と共に、階段を踏み外した時のように軽い浮遊感の後にガクンッと左側に重心のバランスが崩れた。砂に左足を取られて引きずり込まれるような感触が伝わってくる。

 

「ナックラーッ!!」

 

「うおッ!? 顔に砂がかかった!」

 

 下手にフラグを立てたのは失敗だったか。ナックラーが早く引きずり込む為に【すなかけ】を仕掛けてきたようだ。状況からしてナックラー1匹、蟻地獄の大きさは約4m。完全に引きずり込まれて【かみつく】を行われる前に先んじて倒す!

 

「中心少し下、【タネマシンガン バックショット】!」

 

「キノッ!」

 

 網代笠が蟻地獄の中央に吸い込まれるように飛び込み、空中から【すなかけ】を終えて頭が出た状態のナックラーに【タネマシンガン】という種の散弾を直撃させる為に【かみつく】が行われかねないほどの超至近距離で発射する。

 

「ナック!?」

 

 下腹に響くような鈍い音が周囲に響き、直撃しなかった種が砂漠の熱砂にめり込む。【タネマシンガン バックショット】の直撃を受けたナックラーは衝撃で気を失ったようだ。危なかった……

 

「ぐ、グフッ……俺も昔はトレーナーだったのだが、顔に【すなかけ】が刺さってしまってな……」

 

 砂が落ち続けている流砂系のクレバスじゃなく、ナックラーの蟻地獄で助かった。あれに飲み込まれてしまったら生存できる気がしない。普通の流砂ならそんなことにならないはずなのに、ここの流砂は人を飲むらしいしな……今考えると、これもアルセウスの技の影響だろうか?

 

「キョウヘイ先生、幻影の塔が見えたからって気を抜きすぎ!」

 

 え? もう見えてるのか?

 

「あ、ああ。すまん。気をつける」

 

 蟻地獄から引き上げて貰い、黒ヤギのマスクの顔中にへばりついた砂を払う。毛の中に入り込んじまってるなこれ……後でメンテナンスしないと。

 

 改めて顔を上げる。そこには熱砂のせいで陽炎が起き、モヤモヤと不自然に揺れ動くどこか朧げで不気味な塔が、天高くそびえ立っているのが見えた。なるほど。確かに幻影のような塔だ。あれがいきなり消えたり、そびえ立ったりするのだから注目もされるだろう。

 

 しかし――――

 

「――――ちょっとアレはデカすぎやしない?」

 

 かなり離れたはずのここからでもそれなりの大きさで見えている。少し離れすぎていて曖昧だが、恐らく60~80mはありそうだ。階数にして14~25階の間と言った所だろうか? 尖塔をイメージしていたのにここから見える塔は無骨でかなりがっしりとしている。

 

 過去にこの砂漠に現れた事のある幻影の塔はもっとスリムで、低階層だったはずだが……砂漠遺跡の封印が関係しているのか?

 

 幻影の塔は何も答えずに、ただただ遠くで(そび)え立っていた。

 

 


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