間違いないと、絶対の自信を持って正しいと言い切れる。よく理解できていないのに確信を持つというとても不思議な感覚だが、どういう訳かそんな状態自体に不思議と気持ち悪さを感じない。まるで元々知っていたもののように思えてくる。
これが、石版に描かれているコイツこそが
「キョウヘイ先生はこれが何か知っているの?」
搾り出すようにその単語を口に出すと、先程まで感じていた頭痛や恐怖が粉々に砕けたようにすっと軽くなった。何故あそこまで恐怖していたのか理解できなくなる程度には思考が回復する。不思議な感覚だ。
「どういう訳か単語だけな」
生態や分布など色々な情報が抜け落ちているが、名前だけははっきりとわかる。
しかし、こんな生き物を向こうで見た記憶はない。そもそもここまでインパクトが強い生物が居たとするのなら忘れることもないだろうし、ニュースになっていてもおかしくない。まぁ……自分にとって重要だったはずのそういった記憶を何故か忘れていた訳だから、そんなものは虚しい考えかも知れないけど。
「古のものか。ものまで名前なのね……不思議な名前かも」
「……ハルカはこの石版に描かれているモノを見て何も感じないのか?」
少なくとも俺はこの異様なモノを見て多少の不快感と共に、どこか歪ながらも不思議な親近感を覚えていた。
だがハルカのような少女からすれば、こいつはとてもグロテスクな生物にしか見えないだろう。ポケモンで見慣れているとしても、足の沢山生えた虫を嫌うように生理的な恐怖や不快感を覚えても仕方がないと思うんだが。
しかし、ハルカはそこまで怯えているようには見えない。
「うーん……なんだろう。単純に不思議な生き物だなって程度で特に……あ、でもなんだかこれから頑張ろう的なものを感じたり感じなかったり……」
なんだそりゃ。訳がわからないような感想が返ってきたな。いったい何を頑張ると言うのか。とりあえずハルカの精神の図太さを改めて認識する羽目になった。そうだよな。この娘、訪ねて1週間程度の奴の旅に同行するような娘なんだもんな……危ういところもあるけれど、どこか不思議と精神が強いところがあるし。
そんな評価をされているハルカ自身も上手く言語化できていないようで、頭を抱えながら考え込んでしまっている。
それにしても、どうしてここの遺跡に古のものが描かれた石版が設置されているんだ? ここはレジロックなどを含めた古代に関係するような物が描かれている遺跡だと思っていたのだが……
「まぁこれだけ見続けていても仕方がないし、次のやつの撮影も頼む」
「んー……わかった。次の石版は……うわぁ、結構グロテスクだ」
ハルカが中腰の状態で隣にあった石版の全体の写真を撮りながらそんな感想を漏らした。今のがセーフなのに次の石版の内容はグロテスク判定なのか。正直ハルカの感性がちょっとわからなくなってきたせいか、2枚目の石版のイメージが思いつかない。いったいどんな内容が描かれているというのか。
「グロテスク?」
「なんか装飾のついたような鮮やかな緑の龍みたいなポケモン? がさっきの古のものを食べてる。というか食い散らかしてると言った感じかも」
「ふむ、龍とな?」
緑で龍のような古代ポケモンとなるとレックウザだろうか? 古代と限定しない場合、緑色の龍となるとフライゴンかな。だがフライゴンならハルカでもわかるだろう。
それに装飾ってなんだ? そんなものレックウザには付いていなかったはずだが。
その単語に釣られるように2枚目の大きな石版を見ると、顎が刃状になり大きく前に突き出していて、頭に紐の装飾のようなものが着いたレックウザのようなポケモンが古のものを食い殺していた。
群れ全体のだいたい1/3がレックウザのようなポケモンに食われてしまっているようだ。噛み砕かれたのであろう古のものの死骸のようなものが宙を漂っているので、ハルカのグロテスクと言ったのも理解できるな。
石版の左下には赤茶けたような大地と水で満たされた惑星と、それに追随するような衛星が描かれている。
どうやら先ほどの石版は古のものによる宇宙空間の移動を表していたようで、これはその宇宙空間を抜けた先であるオゾン層での出来事を表しているのかもしれない。ただ、この順番が本当に正しいのかはまだわからないな。もう少し他の石版を見てから判断しよう。偶々話が繋がっているように感じてしまっただけの可能性もあるだろうし、安易に決め付ける訳にはいかない。
……どうして俺は、古のものがそのままの姿で宇宙空間を移動できると知って驚かないのだろう? そこに対しての違和感もない。そういうものだと認識できてしまっているのが不思議だ。
新たに浮かび上がってきた疑問に答える者はいない。このまま考えていても仕方がないので、改めてこの石版に意識を向ける。
恐らくだが左下に描かれているこの惑星は、昔の……それも億単位で振り返る必要があるほど昔の地球かもしれない。ここまで大地が赤茶けているのは、土に混ざってた鉄が酸化したからなのだろう。
ということは、酸素がある状態なのに植物がまだ陸上進出していないということになるから……20数億年前よりは後の状態。同時に月のような衛星も描かれているから、だいたい8億5000万年前よりも前の状態。
これらを合算するとこの石版に書かれている光景は8億5000万年前~20数億年前の間に起きた出来事という事になる。幅が広すぎるがこんなところだろうか?
「……え? じゃあなんだ? レックウザはそんな頃から大気圏で生きてたとでも言うのか?」
いや待て。そうじゃない。そこじゃあないだろ俺よ。そこが気になるのもわかるが、もっと気にするべき事があるだろう。
そもそもこのオゾン層を飛行する古のものを描いたのは誰だ? 古代人なんてものは少なくともこの時期には生まれていないはず。少なくともこんな異様な光景を目で見る事などはできない。これは古のもの達を見た古代人が勝手に想像して創った神話のようなものなのか?
しかし、その割には描かれている惑星などの状態に具体的すぎる特徴がいくつもあり、それが正しいと認識できている。宇宙から見た遥か昔の地球というものを、想像だけでここまで具体的に表現する事が出来るなんてありえるのか?
どれだけ疑って見ても、目の前にある石版という事実は変わらない。
「このポケモンレックウザって言うんだ。何と言うか……バケモノみたいに描かれているね」
バケモノという単語を聞いて、少し顔をしかめる。
しかし、自分を抱きしめるようにしているハルカも言っている通り、襲われて食べられている古のものの恐怖を表しているだろう。石版のレックウザはとてもおどろおどろしく、まるで恐怖の権化とでも言うように恐ろしげに、心に訴えかけてくるように色鮮やかに描かれている。
どうにも石版の情報は古のものの視点に近い。少なくとも、この石版を造ったモノの心情は古のものに傾いているのが伺える。
恐ろしさを前面に出すために顎を刃状に書き変えたのか、それとも数億年前のレックウザはこんな形態だったのか。どちらもありえそうで判断がつかないな。
「しっかり撮影したか?」
「うん。次のに移る?」
頷いてから次の石版へ移る。3枚目の石版には木々などは一切ない赤茶けた大地に、宇宙から降り立った古きもの達が描かれていた。奥には未知の建築様式からなる幾何学法則を恐ろしく歪めたような、暗闇のように黒い不思議な巨大建造物が建てられている。
描かれている古のものの数はだいぶ少なくなっているため、大量にレックウザに食われた事を示しているのだろう。
そして、どうやら幸運にも石版を見る順番が正しかったらしい。これで先程までの疑念の一つが解消された。一連の石版に描かれている内容がしっかりと連なっているのがわかる。このまま読み進めれば、きっと古代人がどうして古のものの事を石版に記したのかがわかるかも知れないな。
同時に今までの流れから考えて、ようやくこの古きもの達が新天地を求めてやってきたのだろうという発想に至った。そう考えると最初の石版を見たハルカが言っていた頑張ろうという意気込みも理解できる。
それにしてもやはり疑問点として浮かび上がってしまうな。本当にどうして古代人は、この世界の古のものの記録を遺跡に残したんだ?
いつまでも消えない異様な疑問点について考えていると、石版を見ていたハルカが目の前でいきなり涙ぐみ始めた。いったい何があったの言うのか。横に居た御神木様から何かやったのかと睨まれるが、心当たりなどあるはずもない。
「え? どうした? 目でも痛めたのか?」
「いや……なんか、物悲しそうかもって」
お、おう。大切な仲間が減って悲しい。それならなんとなく俺でも石版の内容を理解できる。理解できるが……それは少し涙ぐむ程なのだろうか? まだ漫画で言ったら3コマ目だぞ? 話がオチてすらいない状態だ。
ハルカは前に探索した巨大墓地で色々とあったせいか、どうにもこの石版の情報に影響を受けすぎている気がする。感情移入し始めているのかもしれないが、それでも感受性が高すぎやしないだろうか。
それとも俺が鈍いだけか? 軽い不安を覚えてちらりと御神木様達を見てみるが、御神木様達は石版については欠片も興味がないようで、ハルカの件が俺のせいではないとわかると、ほぼ全員が見張りに戻って精を出している。
何でもかんでも俺のせいだと思うのはいかがなものか。確かに道中でも色々とやらかしたけどさ。なんだかなと思いつつ、微妙にアレな状態になったハルカからカメラを受け取り、撮影をしてから4枚目の石版へ移る。
これは先ほど俺が眺めていた石版だな。カイオーガのようなものとグラードンのようなものが津波や溶岩を叩きつけ合っている様子がとても恐ろしげに描かれている。
4枚目の石版を撮影してから観察すると、以前眠りの森の地下で見たものに似ているがどこか異なる気がした。違和感の原因を探すために細部までしっかりと観察する。
すると、先程は気がつかなかったが、どうにも古のものはこの戦いに巻き込まれていたようだ。先ほどの石版で建造されていた幾何学法則を恐ろしく歪めたような、暗闇のように黒い不思議な巨大建造物の数々が、溶岩流や津波に巻き込まれて破壊されてしまっている。
古のもの達にとって、これらの事件はとても悔しかったのだろう。忘れないようにする為なのかとても力強く、印象に残るようにあらゆる美術的工夫をして、ありありと描かれている。カイオーガのようなものとグラードンのようなものの色だけ異様に鮮やかにしているのも、認識しやすくする為だけでなくそれらに繋がっているのだろう。
「悔しさがひしひしと伝わってくるけれど、何か違和感が……眠りの森の地下で撮った写真あったよね?」
いつの間にか涙が止まったようだ。それにしても、ハルカも違和感があるか。ここで改めて以前眠りの森の地下で見た壁画の画像を出してしっかりと比較する。すると、どこで違和感を覚えていたのかがすぐにわかった。
「あ、わかった。カイオーガとグラードンの見かけが微妙に違うんだ」
眠りの森の地下の壁画に描かれていたカイオーガとグラードンは俺がよく知るフォルムそのものであるが、この石版に描かれているグラードンはメタグラードンにフォルムが近いように見える。となると描かれているカイオーガはさしずめメタカイオーガと言った所か。
確かにこう描かれていた方が異物感や恐怖を煽るような印象を受けるが……レックウザ同様に恐怖心を煽る為に描き加えたのか?
やはり、古のものの視点にやけに近いように描かれている気がする。これは本当に気のせい?
「あと背景に対しての大きさも、こっちの石版に描かれているカイオーガやグラードンの方が大きい気がするかも」
……マジだ。そんな差もあったか。縮尺を合わせた場合、壁画のグラードンやカイオーガに比べて石版のグラードンは一回り以上、カイオーガに至っては2倍近く大きい気がする。
他にも異なる部分がないかを探してみると、眠りの森の地下の壁画には破壊されていた古のもの達の巨大建造物が見当たらないことにも気がついた。本当に些細な内容だが、十二分に興味が惹かれる。どうしてカイオーガやグラードンの形態に差があるのだろう。
恐怖を煽る為でないとなると……やはり時間がキモか。もしかすると、描かれている対象の年代が眠りの森の地下の壁画の方が後なのかもしれないな。時間が経過することで環境が変化し、カイオーガ達がそれに合わせたような感じ?
これ以上この石版から情報を得ることができなさそうなので、次の列へ移動して5枚目の石版を確認する。
そこには、草木の生い茂る中、少し開けた場所でゲノセクトをより生々しくしたようなポケモン達に狩られている古のものの姿が描かれていた。今でこそ紫色でメカメカしいゲノセクトだが、どうやら生きていた頃の体色は草木に紛れられるように保護色になっていたようで、奇襲を得意にしていた事が伺える。また、動きも素早かったようだ。
奇襲に抵抗していたのか、筒と持ち手が合体した銃のような何かでもって応戦はしているものの、連射出来ないのか素早く躱されてしまっている。倒せたのであろうゲノセクトのようなものの死骸も、石版の奥側に小さく転がっている程度だ。草葉の陰から奇襲されたせいなのかもしれないが、明らか様にキルレートで古のものが負けてしまっている。生ゲノセクト1匹を倒す為に古のものが3匹近く必要そうだ。
確かゲノセクトは3億年前に生きていた最強のハンターだったポケモンの化石をプラズマ団が改造しながら復活させたらしいから、これはだいたい3~4億年前程度といった所だろう。
これもなかなかにグロテスクな石版だな。写真を撮る傍らでハルカがこの石版を見た瞬間、またも自分を抱きしめるようにしてから、小さく震えだした。
「大丈夫か? 別にこのポケモンはもういないぞ」
確かに、1.5~2mぐらいの大きさであるこのハンターが殺意を剥き出しで草むらからいきなり襲いかかってきたら、一般的な人が感じるものは恐怖以外の何物でもないだろう。だからそんな危険なポケモンという生き物を、軽率に扱うポケモントレーナーという資格そのものを嫌う人がいる訳だし。
この情景を石版に記した誰かも、ゲノセクトのようなものがよりおどろおどろしくなるように描いている。その分恐怖感を煽ってくる為、今までの石版による累積のせいでハルカの心に直撃したのかもしれない。
しかし、プラズマ団に化石から復活させられた上に、改造されてしまったような運のないゲノセクト達以外はもう地上にいない。これほどまでの強さを持っていたポケモンであっても環境変化という大きな流れには勝てなかったのかと思うと、生命の儚さを感じるな。
絶滅したと言われていた生き物が後に発見され、本当はまだ生きていただなんてひっくり返るような出来事はとても数少ない。それこそ、その最たる例とも言えるシーラカンスやジーランスのようなものは、本当に限られたような安定した環境下で、特異な進化が必要なかったという条件を満たした場合でしか起きないのだ。
ハルカがそこまで石版に感情移入してたのかと思い、多感な時期に変なものを見させすぎたと反省する。少し頭を痛めながら今後の対策についてを考えていると、その件については本人から首を横に振って否定された。
「こ、この持ち手のついた独特な筒状のもの見るのわたしダメなの!」
その場でぐるりと回って後ろを向いてから、ようやく体の震えが止まったようだ。独特な筒状のものとは言うが、そこまで大きく描かれていない。せいぜい単三電池より少し大きい程度だろうか。意識しなければ見落とされてしまっても不思議ではない大きさだろう。
「……は?」
何言っているんだこの娘は。ふざけていっているのかとも考えたがハルカの青ざめたような顔色や異常な発汗を見て考えを改める。これはガチな反応だ。銃のようなものがダメ?
「単一恐怖か? それとも戦場帰りの人間が発症するようなPTSDか?」
「キョウヘイ先生知らないの!? わたしみたいにこういうのがダメな人多いんだよ! 特異的筒状物恐怖症の人って集合体恐怖症や高所恐怖症よりも多いんだから!」
予想以上にその恐怖症の患者が多いな。集合体恐怖症や高所恐怖症よりも多いって相当だぞ。だから今まで銃のような発明が生まれなかったのか? ……ダイナマイトが最近ようやく出来たのもこの辺りが理由なのだろうか?
「いや待て。落ち着け。ゆっくり呼吸をするんだ。すまんがそんなの聞いたことないぞ」
深呼吸させて落ち着かせようとしてみるが、軽くパニック状態のようになっている。こうなると抑えるのではなく、逆に放出させきったほうが良さそうだ。
「それで、その恐怖症の人はどのレベルまでダメなんだ? 鉛筆みたいな棒状のものはセーフみたいだけれども」
「人によっては似たような形状の杖もダメで発売禁止になる程度には。わたしはそこまで酷くないけれど、これはダメ。何故だか見た瞬間に目が離せなくなって、怖くて体が動かなくなる」
息を荒げてまくし立てるように早口で言い切られてしまう。杖すらダメな場合があるって、それはかなり拙いんじゃなかろうか。それに、そこまで恐怖症患者が多い理由もわからないな。
銃に似た筒状のものを考えていく。すると二匹のポケモンが浮かび上がってきた。
「あー……例えばなんだが、テッポウオやカメックスってセーフ?」
前者は水を出す様が、後者は水の発射管がどことなく銃に近い。
「テッポウオはセーフ。カメックスは直視し続けるのはちょっとキツいけれどセーフかな」
「それ十分アウト判定な」
かなり重たいぞこれは。出す様は問題なくて、形状そのものが問題なのか? となるとアンノーンのP~R、Yや!? もダメなのかもしれないな。
「ちなみにオクタンは?」
「見るぶんには問題ないかも」
この境界線はなんだ? ……いや、個人で調べるのは無理な話か。そこまで患者が多いとなると専門の研究機関があるだろうし、そこで長年調べて解明されていない物を啄いて、必ずしもいい方向へ向かうだなんて口が裂けても言えない。
思い出させたり想像させたりしたせいで悪化したなんて話も聞くしな。あまり混ぜ返さない方が良さそうだ。
とりあえず次の石版をちらりと確認してみるが、そこにも件の銃に似た筒状のものが描かれているのが見えた。ハルカをこのまま手伝わさせるのは難しいだろう。
うーむ……休憩させるとしてもどうしたものか。流石にこの澱んだような空気の場所で休憩させるのもどうかと思うし……しかし、離れすぎてサマヨール強襲のような事が起きても困る。入り口までがギリギリの範囲だな。
「……よし。少し入り口の方で休憩してろ。ただ、あんまり離れるのはアレだから呼んだらすぐに動けるようにしておいてくれ」
「ごめん……」
昨日寝て回復させた体力を先ほどので使い切ったのか、少し青白くなった顔でウインディの背中に乗せられて入り口へ移動していった。さて、気分を入れ替えて残りの石版を確認しよう。
6枚目の石版をカメラで撮影しながら確認する。
そこには夕日を背景に先ほどの銃のようなものを持って集まっている古のもの達が描かれている。かなり数が減ってしまったようで、このままだと確実に淘汰されるだろう。いわゆる植民失敗というものだ。悲しみに暮れているのか、全体的に陰鬱としているように見える。
古のもののほとんどがどこかしら怪我を負っていたり、建造物はほぼ全てが倒壊して野ざらしとなっているようだ。草木の揺れに怯え、ギリギリの状態が続いている。それでもなお、彼らは必死に生き延びていた。
絶望的な状況をどうにか打破しようとしながら、彼らはこの時を過ごしていたらしい。行動の節々がどこか人間臭さのようなものを醸し出している。
……さて、ここまで読み続けてきたが、古代人らしき影や形は一切現れていない。残る石版は丁度半分の6枚となった訳だが……その中になぜここに古のものの石版が、この遺跡に置かれているかの答えが本当にあるのか?
あと、どうして古のものの視点に近いような感じで石版が描かれ続けているかの理由も気になる。
とりあえず、ここに古のものの石版があるということは、必ずどこかで古代人との関わりが出てくるはずなのだ。そうでもなければレジロックの眠る遺跡に古のものについての石版を設置する必要がない。
その答えを求めて7枚目の石版を見るために移動する。
そこに視線を移し、石版の内容を認識した瞬間に体が固まり、手の力が抜けて、カメラがするりと手から滑り落ちた。地面に直撃しそうになったカメラを大賀が慌ててキャッチして抗議してきているが、それすらもあまり頭の中に入ってこない。
かなり緊張した時のように、呼吸音や心臓の鼓動が煩く感じるほど大きく聞こえてくる。
「なんだよ……これ……は……」
その石版にはカイオーガが描かれていた。しかし、そこには荒れ狂うような海は描かれていない。その代わりに凪のように波一つ無い静かな海が描かれている。
「なんなんだよこれ……ッ!」
その石版にはグラードンが描かれていた。しかし、そこには燃え盛り猛るような大地は描かれていない。その代わりに溶岩が冷えて固まった凸凹の大地が描かれている。
俺の異様な声に気がついたのか、ついさっき入り口で休憩することにしたハルカが5、6枚目の石版を見ないようにして戻ってきたようだが、すぐに石版の情報以外が視界から消える。
霧散していたにも関わらずに再発した酷い頭痛と共に、何故かあの巨大墓地に入ってすぐの状態までは覚えていたはずの【主】という単語を思い出した。
どうして忘れていたのだろう……資料を何度も見直していたはずなのに、その単語を頭ではしっかりと
「カイオーガとグラードンが――――アルセウスに殺された?」
石版には一目で致命傷だとわかるような傷を負ったカイオーガとグラードンが目から光をなくして倒れ伏しており、その折り重なった屍の頂点にいるアルセウスが、それぞれの血のようなものから【藍色に輝く珠】と【紅色に輝く珠】を、流星群や金環皆既日食を背にした状態で造り出している。
そして、そんなアルセウスを古のものが崇めるようにしている様子が描かれているようだ。
しかし、それはおかしいはずだ。俺はアルセウスにカイオーガを見つけろと言われてこっちの世界にぶち込まれた。そしてカイオーガをどう利用するのかはわからないが、協力してもらうとだけは言っていた。ならば、それはカイオーガがまだ生きている事に他ならない。
この石版に描かれた内容のせいで、アルセウスに連れてこられたという経緯を持つ俺自身が咎められているような気分になり、どこか否定できるような要素を必死になって探す。
「この上に乗っているアルセウスとかいうポケモンが【あいいろのたま】と【べにいろのたま】を造ったという事? それに、これ……血で造ったというよりは、こう……なんだろう……ポケモンのエネルギー的な物を奪って造った感じ?」
まだまだ回復しきっていない状態で合流したハルカが、見た通りの、感じた通りの事を言葉にするが、そんなはずはない。
「いや……そんなはずは……」
ない――――――――とは言い切れなくなった。なってしまったのだ。
俺の持つ【あいいろのたま】はアルセウスから渡されたものだ。その製造方法などわかるはずがない。だから、俺の持つ【あいいろのたま】が元はカイオーガの力そのものだったと言われてもおかしい所はない。
眠りの森の地下にあった壁画には天が喰われて星が落ちた果てに天から【主】が現れたと書かれていた。この石版の描かれた状況からしてまず間違いなくこの【主】という単語はアルセウスそのものを指す。
同じく眠りの森の大木の地下にあった石柱にはカイオーガと【主】に滅ぼされたと書かれていた。まるで畏怖するように、触れてはならないモノのように。
そしてあの巨大墓地にあった石版の一つには砂漠に立つアルセウスと、それを恐れるモノ達が描かれていた。同時に、巨大墓地そのものに虐殺や理不尽に対する怒りを込めて。
ということはだ! これを総じて真実だと認めることは――――
――――俺達が古代人と呼称していたものは人なんかではなく古のもので、彼らはカイオーガやグラードンなどのポケモンに滅ぼされかけていたがアルセウスによって救われた。
だからアルセウスを【主】と呼称し崇め祀った。
しかしアルセウスは最終的に古のものを滅ぼしたということになる。そしてそのアルセウスはどういう意図を持ってか異世界の住人であった俺に、自身がカイオーガのエネルギーを奪って作り出した【あいいろのたま】を渡して、カイオーガを探せと言ったという事だ。
頭のどこかでは認識したくなかったのに、そう判断できてしまった。