崩落の音がだんだんと遠ざかってゆく。遺跡の崩壊から逃げるためにワカシャモの背に乗せてもらったが、やはり正解だったな。
ワカシャモが地面を蹴り上げるのとほぼ同じようなタイミングで後方に発生した壁のひびも驚異的な速度で進行している。しかし、ワカシャモの走りはそんな侵攻速度よりも速い。俺を背負っているにも関わらず、周囲を囲む壁が凄まじい勢いで後方へ流れてゆく。
元々瞬発的な速度は俺以上に速かったのだが、特性:加速のお陰か衰えることなくぐんぐんと走る速度が上がっている。それに普段よりも視点が低かったり、ライトによって視界が狭められているせいなのか、余計にワカシャモが速く感じるな。
「シャモ、シャモ、シャモ」
ただ、少しだけだがワカシャモの呼吸が荒くなり始めているのが若干の不安要素だ。俺にマラソンで勝つ程度にはスタミナがあるはずだから、たとえ俺を背負って走ってもこんなに短時間で乱れ始める事はないと予想していたんだが……
背後から襲いかかって来ている崩壊によるプレッシャーのせいだろうか? それとも他に何か原因があるのか?
「…………はッ」
ここまで考えて少し苦笑が漏れた。
一瞬、ワカシャモが何かあったのかと頭を向けてきたが、何でもないとすぐに返す。そもそも、そんなことを不安に思うのなら、あの時の心の叫び声を無視してでもハルカの手を取ってウインディの背中に乗せてもらえばよかったのだ。
背負われた状態で、前方を照らすためのライトを持っていない自分の右手を見る。
ハルカの手を取ろうとしたあの時、今まで以上の違和感……それこそ遺跡の最初に覗いた穴という深淵を直視した時のような不思議な違和感と共に、圧倒的な恐怖を感じていた。絶対に手を取ってはいけないと、触れたら今が終わってしまうと、どういう訳か頭の片隅でそんな警告の数々が凄まじい勢いで駆け巡っていた。
あの時どうしてそう思ったのか……何度考えてもわからない。そんな中でふと、人に触れなくなった日もこんな感じだったなぁと、漠然とした曖昧な記憶を
そこまで巡ってからある事実に気が付き、愕然とする。
――――思い出しただと? どうしてこんな大事な情報を忘れていたんだ? これだって自分の体に対する疑問を解決する為の重要な情報のはずなのに。
自分の記憶はこんなにも曖昧だっただろうか? ……いいや、そんなはずはない。向こうの暮らしでは、調べたことを暗記できる程度に整理する時間だけはあったんだ。どうやっても答えを知るのは無理だと判断するまで、それこそ手垢に塗れるほどには集めた資料や情報を整理し続けた。
あの病院で治療を受け始めてからずっと、人に触れられてできた火傷が原因で触れなくなったのだと思っていたはずだ。それなのに別の理由があっただと? じゃあどうして俺は人に触れられてできた火傷が原因だと思い込むようになったんだ? いったいいつからそう思い込んでいた?
今までの情報を基盤であったはずの記憶に穴があった。もしかすると、他にも記憶の欠落があるのかもしれない……いや、一つの事柄しか忘れていないだなんて現実的ではない。きっと、もっと忘れてしまったモノがあるのだろう。そして、それに置き換わるように正しいと思い込んでいる記憶があるのだ。そう考えるだけで自分の足元が崩れ去るような、ぐにゃりとした浮遊感に全身が襲われる。
「シャモッ!」
軽い浮遊感の後に襲ってきた下からの衝撃で、思考の世界から現実に戻された。どうやら浮遊感は錯覚ではなかったらしい。いつの間にか遺跡の崩壊速度の方が速くなってしまったようだ。記憶については余裕がある時にもう一度考えよう。今は死なないために目の前の事柄に集中するべきだな。
本来なら重たいはずの砂岩。それらが圧縮されるような独特の粉砕音が周囲のあらゆる所から響いていて、呼応するように地面や壁の凹凸もだんだんと増えてゆく。まるで遺跡そのものが生きていて、俺達は消化されないように逃げているみたいだな。もしくは免疫によって排除されないように逃げ回る異物か。
そんな中、何かが倒壊するような音が左後ろから凄まじい勢いで俺達を追い抜いていった。音を頼りに左壁にライトを向ける。すると、凄まじい勢いで壁を伝っていた蛇行するようなひびが前方の地面に伝染し、それに伴って薄いガラスを殴ったかのようにクモの巣状のひびが地面の広範囲に広がってゆくのが見えた。
その光景を見てマッハ自転車じゃないと通れないひび割れた道を思い出す。現実だとあの床はこんな感じに映るのか……ただゲームと同じような認識でいる訳にはいかない。
先行していたウインディが、ひび割れたような足場を駆け抜ける。やはりと言うべきか悪い方の予想の通り、走り抜けた衝撃のせいで床が崩れ落ちてしまった。どうやら通路の地面はいくつかの層で形成されていたらしく、下に小さな空間があるようだ。しかし、たとえ小さな空間であっても、今あの穴に足を取られてバランスを崩したら、後ろから迫り来る遺跡の崩壊の飲み込まれるだろう。
ワカシャモはそんな風に新たにできてしまった穴を冷静に判断し、跳ねるようにして左右の壁を蹴る事でひびを器用に避けて進む。そのまま少しでも早く移動しようとワカシャモは重心を更に前へ倒し、どんどん加速させてゆく。
それでもまだウインディに追いつかない辺り、ウインディの素早さの高さが伺えるな。ただ、最初の部屋の臭いによるダメージが回復していないのか、時折フラフラと左右に振れてしまっているのが見えた。
案外そのままハルカと二人で乗っていたら拙かったかもしれない。
ひび割れた通路を駆け抜けて進み続けると、とうとうライトが中央の部屋に繋がる通路の出口を暗闇から浮かび上がらせる。ようやく中央の広場に出れるのかと安堵したその瞬間、遺跡全体を震わせるような振動と共に――その穴をふさぐようにピンポイントで大きな分厚い落盤が発生した。
今までの落石があの硬い壁と同じ物なのだとしたら絶望するには十分な理由だ。単純に格闘技を叩き込むだけでは恐らく威力が足りない。ハルカもそれを理解しているのだろう。どうするのかとこっちに視線を向けて問いかけてくる。
あの落石が遺跡内で最初に採取した壁と同じ物性だとすると、アレも硬いが脆く砕けやすい性質があるだろう。しかし、あの落石のような分厚い岩を、素手で衝撃を伝わらせて完全に破壊するのはかなり難しいはず。ならば採取のためにノミを使った時のように杭のようなものを打ち込み、超火力を一点に集中させる事で粉砕するのが一番楽だと考えられる。だからこの場合は……
「
「クギュル!」
ボールを全力で投げる事で通路の出入り口を塞いだ落石の近くに御神木様を出し、御神木様の鉄の棘という硬い杭を落石に複数差し込む。【ミサイルばり】は技のタイプこそ虫だが、今回は【ミサイルばり】の威力で破壊するのがメインではない。鉄で出来た棘が落石に刺さっているというのが重要なのだ。
棘を放出し終えて、体から生えた鉄の棘が少なくなり多少ツルツル度が増した御神木様をすぐさまボールで回収する。岩とウインディの距離は残りおよそ15m。勢いの乗った攻撃を行うには十分な距離だ。
「全力で【インファイト】!」
「グルァァアアアアアッ!!」
ハルカを乗せたウインディが両前足を輝かせながら放たれた矢のようにどんどん加速してゆく。全身のバネを上手く動かす事で筋力を余すことなく使ってしっかりと踏み込み、血気が送り込まれて筋骨隆々となった両前足から繰り出される猫パンチと似て非なるモノを棘の杭に叩き込んだ。
叩き込まれた砂岩からはけたたましい破砕音と共に土煙が吹き上がり、視界一面を茶色く覆い尽くす。ここまで土煙が舞い上がったということはウインディはしっかりと落石を破壊できたのだろう。呼吸を止めて土煙の中を突き抜けるようにワカシャモが駆けると、部屋の中央に存在する穴の周囲以外にひびが入り、ボロボロになっている光景が目に入ってきた。直にここも崩壊に飲み込まれてしまうのだろう。
これほどの精魂を込められて完成された芸術が壊れてゆくのに少しだけ後ろ髪を引かれるが、そのために命を捨てられるほど優先順位を間違えるつもりはない。写真や軽い模写によって記録も残しているし資料としては問題はないだろう。脱出優先である。
「悠長にロープを手繰って登っている暇はない! 左右の壁を蹴って登るんだ!」
長さ130mの縦穴の壁を蹴って登るなんて、普通なら選ぶべき選択肢では無いことはわかる。しかし、この穴が今までの通路のように周囲から圧縮するように押しつぶされる可能性があるのだ。
「えっ!? そんな無茶やるの!?」
ハルカが素っ頓狂な声を上げるがこの選択は仕方がないんだ。むしろ、今までの流れからしてこの縦穴が押し潰してくるのは確実だろう。わざわざこの縦穴だけ崩壊の範囲から外す必要性もない。何より一番侵入者を狩り易いタイミングなのだ。悠長にロープを登っていたら脱出に間に合わないだろう。
「ウインディやワカシャモなら十分出来るはずだ! それに最低限の足場も今から作る! ハルカは最後の予備ロープでウインディと自分を結んでくれ」
遺跡全体の振動が止まらない。早めに飛び込む為の足場を作らないとな。 御神木様を再度ボールから出し、壁を作る要領で土台と足場の作製を指示する。
「御神木様はハルカに抱えられた状態でウインディの背中に乗って、【ステルスロック】と【やどりぎのタネ】で土台とこれからの足場の作製を頼む」
「クギュ!」
いい返事だ。こういう時出来ると言い切れる御神木様は本当に心強い。
これは降りる時は安全面から却下した案だが、急いで登る必要がある今はそんなこと言っていられない。飛行タイプのポケモンやエスパータイプのポケモンなどが手持ちに居ない現時点で行える最速の登り方だろう。
「シャモ……シャモ……」
ワカシャモはここに到着するまでに体力をかなり消費したのか、既に肩で呼吸をしている。かなりバテバテだが、それでも頑張ってもらうしかない。御神木様が準備している間においしい水を飲ませて少しでも体力回復を図るが……気休めにしかならないか。やはりどうにも体力やスタミナの消費が多すぎる気がするな。
布を巻かれた状態でハルカに抱え込まれた御神木様が、出っ張りの少ない【ステルスロック】を地面に生やし、続くように縦穴の中にも【ステルスロック】の足場を作り、その下に【やどりぎのタネ】を撃ち込んで足場を補強していく。この土台があれば少し余裕をもって一番最初の足場に届くはずだ。
「振り落とされないようにしっかり掴まれよ! あと舌噛むから注意な」
ウインディが低く唸りながら穴の中を跳んで登るたびに、タイミングを合わせて岩の足場が生えてくるというどこか現実感の無い光景を眺めながら、後を追うようにワカシャモも登り始める。なんか神話でありそうだな。
一回一回の大ジャンプによる衝撃が全身に襲いかかり、着地する度にミシリと【ステルスロック】が揺れる。【やどりぎのタネ】によって生えたヤドリギがなんとか足場を支えているのだろう。やはり補強して正解だったか。衝撃を上手く分散してくれているようだ。
そのまま縦穴の中腹まで進み続けると、他の足場よりも少し大きな【ステルスロック】を発見した。あそこでなら少し休憩出来るだろう。
「ワカシャモ、少し休憩ができそうだぞ」
「シャ……」
少し大きな【ステルスロック】を足場として、ワカシャモから降りる。そこで先ほど飲ませたおいしい水の残りを飲ませて休憩させるが、普段よりも体力の回復がかなり遅い事が如実に浮き彫りとなってしまっている。ワカシャモ自身も首を傾げて不思議がっている様子。残り半分を登りきるまでワカシャモのスタミナが持てばいいが……
頭を上げると、ウインディがトントン拍子で岩を登っていくのが見える。残りは1/3といったところか。進化してまだ1日も経っていないというのにバランス感覚がズレていない所から、体への慣れの早さが伺えるな。バランス感覚よりはむしろ、進化した事で鼻が以前より良くなりすぎて、それに因るダメージの方が酷いのかもしれない。
「さて、地上まであと少しだ。頼むぞ」
「ワカシャモ!」
そんなワカシャモの返事を聞いた瞬間に、またもや遺跡全体が大きく揺れ始めた。どうにもこの手のタイミングは重なる傾向がある気がする。風の通り道でもできたのか、穴の底からまるでくぐもった何かの叫び声のような音が響く。重い空洞音が鳴るにしても、タイミングを考えて欲しいものだ。
……でもかなり嫌な予感がするな。じっとりとした張り付くような汗が気持ち悪い。ワカシャモと視線が合う。どうにも同じように長居できそうにないという考えに至ったらしい。
「……休憩切り上げだな。急いで残りを登り切るぞ!」
「ワシャシャシャシャシャシャッ!」
下からの崩壊に巻き込まれないように限界ギリギリのペースで穴を登ってゆく。遺跡そのものが揺れている以上、どうしても着地に気を使う必要が出てくるせいでかなり登り辛いようだ。
しかもそれだけでなく上部の壁の一部が盛り上がり、まるで隔壁が閉じるように進路が狭められてゆく。侵入者を絶対に出さないつもりか。
しかし、このまま行ければ余裕を持って完全に閉まりきる前に地上に出ることが出来そうだ。
「ワカシャモ! もう少しだ!」
「シャ!」
ハルカ達の姿が見えないが、もう遺跡から完全に脱出したのだろう。となると後は俺達だけか。残る足場は3つだけ……勢いに乗って足場を跳んでゆく。なんとか脱出できたな――
「シャモモッ!?」
「……は?」
――――と安堵した瞬間、最悪の落盤が発生し、着地しようとしていた【ステルスロック】の足場ごと穴の底へ飲み込まれていった。
焦ったワカシャモが咄嗟に最後の力を振り絞り、壁そのものを蹴って最後の足場へ飛び移ろうとするも、手があと少し届かない。飛び上がった後に起こる無重力状態による浮遊感に全身が包み込まれ、スローモーションで暗い穴の底へと引きずり戻されていく。
まるで手がヌメっていたせいで大渦潮に飲み込まれて沈んでいったあの時のように……俺はまた諦めるのか? あの時手が届かなかった悔しさをまた味わうのか?
――いいや、まだだ! まだあと一つ手がある。強迫観念に囚われたかのように空中で体を無理やり動かす。あと少し手が届かないというのなら、道理を引っ込めさせて無理にでも届かせてやろう!
「すまん。後、任せたわ」
「……シャ?」
バランスを崩しながら間の抜けたような顔をしているワカシャモの手を右手で握り、バックパックを通して右肩だけでも背負わせる。そのまま左手で大賀達の入っているボールベルトをワカシャモの腕に巻きつけてから、体の捻りと腕力で無理を通して穴の出口に向かって、落下しながら投げつけた。
「シャ、シャモ!」
ぶん投げるタイミングや力がギリギリ足りたのか、穴の外まではいかなかったものの、最後の足場の縁に手が届いたようだ。
「シャモモモモ――――ッ!」
よじ登ったワカシャモが大声を上げている。多分だがバカ野郎とでも言っているのだろう。そうだとしても、どこかデジャヴに似たような歪んだ達成感が全身に広がっていた。これから落下するというのに呑気なものである。
しかし、何故かはわからないが――――この高さ約135mという距離で、下に岩が散乱しているような場所に落下しても、まだ生きていられる気がするのだ。ついでに夢の中で見たアルセウスの【さばきのつぶて】の方がヤバイと感じた度合いが強いのも原因の一つなのだろう。
そんな風に思ってしまう俺は、やはり何処かしら狂っていたのかもしれない。最後にそこに気が付けただけ僥倖なんだろうな……そもそも落下しながらこんな風に冷静に分析して、達観している時点でアレな話か。
物理法則に従って頭を下にした状態で体が自由落下をし始める。
まぁ、足掻けるだけ足掻いてはみよう。岸壁に接触する瞬間、落下しながら右腕を伸ばして【やどりぎのタネ】の成長した蔦に絡ませた。体重が一気に負担となって右腕に襲い掛かる。激痛と共に、ぶちぶちと嫌な音が右腕から聞こえてきた。やはり軽業師のようにはいかない。
それでも、岸壁からベりべりと蔦を引き剥がしながら一時的に空中にとどまることに成功した。代償として右手の感覚が無くなったが。絡ませただけなので、何時滑り落ちるか分かったものではない。
蔦を握れない。今も重力に引かれて暗い穴の底へとゆっくりと滑っているを止められない。
「あっ」
結局、1分も持たずに再度落下し始めた。仕方ない。つかの間の人類の夢を享受しよう。それにしても、まさかこの歳で紐なしバンジーや、パラシュートなしスカイダイビングをすることになろうとはな。この海のリハクの目をもってしても読めなかった……うむ。
馬鹿なことを考えながら落下していると、ふと頭上から小さな何かが降ってくる事に気がついた。体を翻し、目を凝らして確認するも、ライトがないため何かが落下してくる程度にしか認識できそうにない。こりゃあ最悪地面への叩きつけ+落石というコンボもありうるなんて思っていると、鳴き声のようなものが聞こえ始める。
「ジュペペペペペペペペッ!」
……完全に目が点になった。なんでジュペッタが落下してきているのだろうか。しかも、どうにも俺が落下する速度よりも速い。
落下してきたジュペッタが両手を伸ばすと、以前見た空間の歪みが穴の内部を走り始める。歪みに飲み込まれたと認識した時には、既に自由落下が止まっていた。たぶん以前振るわれた【ねんりき】か【サイコキネシス】だろう。後ろを見ると、隔壁のような出っ張った岩がすぐそこにあった。もう少し遅ければ直撃していただろう。
「……助けられた……のか?」
「ジュ!」
そうだ! とでも言うように鼻? を鳴らし、隔壁のような出っ張った岩をすり抜けるようにして、再度上へ登らされてゆく。状況を理解できないうちにするすると快速で登っていってしまい、ふと気がついたときには遺跡の前に放り投げられて砂の上で転がっていた。
転がされた状態で周囲を見るのが怖いから少し遠くを見る事にしよう……少なくとも殺気立っているのが4匹は居る。この時間帯の遺跡の外は朝焼けによる照り返しが凄いようだ。
「キョウヘイ先生?」
「……はい」
声を聞いた瞬間にハルカの方を向いて砂の上ですぐに正座をする。涙混じりの沈黙が痛い。
「色々言いたいことあるけれど、とりあえず…………キョウヘイ先生のバカッ!」
平手で顔面をぶん殴ったことで緊張の糸が切れたのか、ハルカが膝から砂の上に崩れ落ちた。朝日を浴びた顔が血の気が引いたように青白くなってしまっている。
「ウインディに乗ろうとしたあの時、わたしにはキョウヘイ先生が何を感じたのかはわからないし、どうしてあんな風に怯えていたのかもわからない。でも……でも! それで死んじゃったらこうやって話すことも出来ないんだよ?」
砂を握り締めながら、叫ぶような言葉が続く。
「ワカシャモ達を助けて、一人だけ落下したのも! どうしてそんな短絡的で無茶苦茶なことを……」
「それはワカシャモ達だけでも生き延びさせようと「それが短絡的って言っているの!!」」
「あと……それと……」
他にも色々と言いたいことが沢山あるのだろうけれど、ごちゃごちゃに混ざり合ってしまってうまく言葉にできないのが見てわかる。そんな状態になりながらも拙く、泣きじゃくるようにして零れたハルカの本心からの言葉を聞いて、俺は――
――――確か親父に泣かれた時もこんな感じだったなぁ……と、それでもどこか歪に達観したような思考が抜け落ちることは無かった。
◇ ◇ ◇
「……なるほど」
意識不明であるナックラーを除いた全員から一撃をもらって説教を受けた後、砂嵐が出始めたのでどうしてジュペッタが助けに来たのかは秘密基地内で聞いてようやく納得がいった。
確かにあれだけ落盤や地震、轟音が発生したら様子を見に来るか。そこでボールから出た
結果的に木の実の一部や雄々しいヘラジカのマスクを譲渡する事が条件になったようだ。部屋の奥の方で雄々しいヘラジカのマスクにわらわらとカゲボウズ達が集まっているのが見える。
「スブ……」
当分大賀達の受け答えはこんな感じだろう。ハルカもハルカで言いたいことを言い切ったのか倒れるように寝てしまったし、次の遺跡への出発はもう少ししてからだな。
「助けてくれてありがとう、ジュペッタ」
「ジュぺぺ」
棒付きの飴を舐めながら機嫌良さそうにしている。どうにも夢心地というか、距離感が掴みづらいな。何かいいことでもあったの? まぁ……相手の機嫌が良い間に、助けられてからずっと考えていた事を聞いてみるか。
「助けられた側がこう言うのもなんだけれど、俺達の旅の仲間にならないか?」
話がかなり急で予想外だった内容のせいか、目を丸くしてこちらを見てくる。ゴーストタイプのポケモンは生態などのせいで忌避されていそうだが、こうして見ると他のポケモンと何ら変わりのないのだということがよくわかる気がする。
「これからの旅路でジュペッタの力を貸して欲しいんだ。どうだろう?」
「ジュ、ジュ~………………ジュぺぺ」
少しの間考えてからジュペッタは、部屋の中で雄々しいヘラジカのマスクに集合して、何やら巨大なヘラジカのようなものとなっているカゲボウズ達を横目で見た。それから、ゆっくりと首を横に振る。そうか……無理か。残念だな。
ただ、遺跡の中などで今まで見ていた間、ずっとカゲボウズ達を気にしていたからそうだろうなとは思っていた。やはり頭が群れを抜ける訳にはいかないのだろう。
「ジュペペッタ!」
代わりにと言った感じで懐から何やらボロボロの札のような物を取り出して手渡された。ジュペッタやカゲボウズが希に所持している呪いの御札ではないようだし、見かけからして清めの御札でもないだろう。これはいったい……?
御札を受け取ると、ジュペッタは太陽が昇ってきた方角を指す。日が昇る方だから向こうは東か。東で使うってなんだ? 街? それともどこかの森か? ……いや、難しく考えるな。これはマップをジュペッタに見せればいいだけだな。
机の上に紙のマップを広げ、ジュペッタにどこで使うのか聞いてみる。すると、周囲が海で囲まれた山を指した。独特な地形故とてもわかりやすい。
「送り火山か」
「ジュペ!」
うんうんと頷いている。ここで扱うような専用アイテムなんて【あいいろのたま】や【べにいろのたま】以外に何かあっただろうか? まぁ、確かに何かしらありそうな場所ではあるが……あと今更だがジュペッタ地図読めるんだな。ますます惜しい。
結局、今日はもうハルカが起きそうにないので、砂嵐が収まった段階でジュペッタ達を先に見送ることになった。出入り口が封印されていると思われる砂漠遺跡には明日向かうとしよう。
あっちもここに引きずられるように崩壊していなければいいんだけれども。とりあえず、今の空いている時間に思い込んでいた記憶について考えるか。