カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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夕立の初戦とファイル

「サボボボボ!」

 

 サボネアが右腕に付く棘を光らせながら振りかぶり、全力投球をするように御神木様へ向けて振り下ろし、針状の何かを飛ばす。しかし、カンッと甲高い音を上げてソレは御神木様に弾かれた。アレはサボネアにとって自信がある技だったのだろう。目を見開いて驚いているように見えるな。

 

 連続で発射されないということは【ミサイルばり】ではない……となると、【どくばり】か? この辺では鋼タイプを見かけないし、初めて鋼タイプのポケモンを見たというのならその行動も頷ける。鋼タイプに毒技は効果がないのを経験していないのだろう。

 

「サボォオオオ!」

 

 次にサボネアが体を低くして御神木様に【たいあたり】の体勢で突っ込んで行くが、ソレに対して一切動じずに御神木様はゆっくりとその場で体を回転させ始める。

 

「クギュル」

 

「サボォッ!?」

 

 そのまま【こうそくスピン】で真横に受け流した。全速力での【たいあたり】が受け流されてしまったサボネアは、バランスを崩して転がるように突き進み、砂漠の砂の上に身を投げ出してしまっている。土俵際で負けてしまった力士のようだ。

 

 この隙は見逃せない。攻撃されずに交換するタイミングは今しかないだろう。ここまで色々と長かったなぁ……

 

「御神木様は戻れ! 初陣だぞ夕立!」

 

「ブイィッ!」

 

 ボールから飛び出た夕立が空中で一回転をして砂漠の上に降り立つ。その場で軽く唸りながら姿勢を低くして、いつでも走れる体勢を取った。その首には最早トレードマークとなってしまった白いマフラーが巻かれており、どうにも砂に着くか着かないかのギリギリの高さを維持しているようだ。

 

「キョウヘイ先生……昼の砂漠で毛皮+マフラーってどうなのさ?」

 

 うん、至極もっともな意見だな。

 

「俺もこの砂漠でソレは流石に暑くないのかと聞いてみたけれど、夕立的には問題ないらしい」

 

 遺跡群を目指した最初の日に夕立に聞いたのだが、やんわりと拒否されたんだよ。それからというもの体を洗ったり、ブラッシングをする時はマフラーを大賀や網代笠に預けるようになってしまってなぁ。何故か微妙に信用してもらえていないような気がする。俺何かやったっけなぁ……

 

 そうこうしている内に夕立がサボネアとの距離を詰める為に、両方の後ろ足で砂を蹴り上げながら体を伸ばし、一瞬跳ねるようにして走り出した。やはり4足動物のシングル・サスペンション・ギャロップでの移動は速いな。夕立のは瞬発力はそれほどないが、持続出来る速度がいい。

 

 今までこっちで生活し、バトルを見続けた事で改めてわかったことがある。素早さと言っても瞬発的な速さと持続的な速さがあり、ポケモンの素早さは前者を示していたのだろうという事だ。要はチーターとガゼルの差である。瞬発的な速さが微妙でも持続的な速さが良ければ巻き返せるだろう。

 

 ただ、これも一部の前提条件が必要だ。狭いフィールド……2~30m程度の広さではやはり瞬発力が速い方が動きやすい。その中で常に動き続けるのは大変だろう。それでも、幾つかの策を組み立てる事が出来る。こうやって広いフィールドであるならば活かせる可能性が出てきたのだ。鈍足と言われていたポケモン達も陽の光が当たるかもしれない。でも御神木様は持続的な速さもあんまりないんだよなぁ……

 

「サボネッ!」

 

 飛び起きたサボネアが何かを吸い込むような動作をした。すると、夕立の体から緑色の光が溢れ出し、サボネアに飲み込まれてゆく。おそらく【すいとる】だろう。

 

 そんな状態にも動じずに、夕立は速度を維持したままサボネアへ突っ込む。だがそのままでは棘付きの両腕でガードされてしまうだろう。

 

「左に二歩、【たいあたり】!」

 

「ブイッ!」

 

 その場から夕立が左へ二歩分移動すると、丁度ガードの甘い脇が正面に現れる。そしてそのまま流れるように夕立の【たいあたり】が決まった。やはり完全に夕立の動きに追いついていないようだ。いい相手が見つかるまで大賀に軽く相手をしてもらっていたが、ようやく夕立といい勝負が出来そうな相手に出会えたな。

 

「サボッ!? サ~ボサボサボサボ!」

 

 弾き飛ばされたサボネアはその場で起き上がり、両腕を掲げて夕立に対して怒りを示している。そして、また右腕に付いている棘が光りだした。【どくばり】が放たれる前の予備動作だな。

 

「右回りで走れ!」

 

 【たいあたり】で突き飛ばしたサボネアを追いかけるように走っていた夕立が跳ねるように進行方向を変え、今度は右回りでサボネアとの距離を詰める。

 

「サボォ!」

 

 急に進行方向が変化した結果、サボネアの狙いがズレたのか腕を振って放った【どくばり】は夕立の少し後ろに刺さった。その腕を振り終えた隙を見逃さずに一気に懐へ夕立が潜り込む。

 

「追撃の【たいあたり】!」

 

「ブイィィイ!」

 

 脇腹に【たいあたり】が直撃した事で、弾き飛ばされたサボネアが今度は砂山に頭から突き刺さり、そのまま動かなくなった。少し様子をみよう……5秒……10秒……未だにサボネアが動き出す気配はない。終わったな。

 

「夕立、お疲れ様」

 

「ブイ」

 

 夕立をボールへ戻し、幾つかの木の実の入った草の袋をバックパックから取り出す。そしてその草の袋を埋まったサボネアの近くに置いておく。余った時間に草を編んで作ったエコな袋だ。多少放置しても自然に還るだけだからそんなに問題もないだろう。

 

「模擬戦以外だとこれが初戦?」

 

「だな。よく見て動けている……というか、かなり動きと判断がいい」

 

 しかも攻撃に晒されても怯まなかったし。

 

「最初からあんなに動ける子は見たことないかも」

 

「俺もだ。御神木様だって俺の知る初戦は相手に合わせて【たいあたり】を行った以外はほぼ固定要塞だったし、細かい指示を口頭でしながらだったからなぁ。天候に恵まれたのと、今までバトルを見せてきた事は意味があったって所かね」

 

 それは大賀だってそうだし、網代笠も例外ではない。

 

 俺が口で説明するだけではこうはならないだろう。大賀達が実際に動きを見せて教えていたというのが一番大きいはずだ。しかも、俺が御神木様達に頼む前に夕立が自主的に動いたものだというのが素晴らしい。

 

 突っ込む為の動き。接近してからの動き。防御をすり抜ける為の動き。全て大賀達が今までの旅で経験して、自分の力に変えてきた事だ。それらを聞いた上で実行して、それを御神木様が体で受けて、どこがダメかを教えていたりもしていた。

 

 やはり事前に卓上での勉強を行うだけでなく、実地でどう動くべきなのかのノウハウを教えられているというのは重要なのだ。繰り返し行えば考えずとも体が動くようになる。更に強くなると思考と行動を別々にも出来るはず。夕立は補助技が多いからぜひその領域までいってもらいたい。

 

 強くなる事に貪欲なのはいい事だ。意欲的であれば発見が楽しく思えるだろうし、何よりも教える側の気分がいい。大賀達が張り切って教えているのも頷けるものだ。

 

「それにしてもあれだね。最初に御神木様を出していたから、今のバトルもてっきり御神木様で戦うのかと思ってたのだけど?」

 

「いやいや、もう遺跡群も近いんだし、そろそろ同じぐらいの強さの対戦相手と戦わせてあげないと夕立から怒られそうだったからさ。でも、砂漠入って最初のサボネアがアレだっただろ? 【バトンタッチ】以外にも保険をかけておきたかったんだ」

 

 最初に見つけたサボネアは【ドレインパンチ】と【カウンター】を扱う高練度個体だったからなぁ……大賀の【れいとうビーム】で倒せたからよかったものの、最初から夕立を出していたら大変な出血を強いられていただろう。相変わらず俺達は格闘系の技を扱うポケモンと相性が悪いな。仲間になってくれる飛行タイプのポケモンはどこかにいないものか?

 

「ああ……なるほど」

 

「ついでにこんなに早く遺跡群に到着出来そうになるなんて思っていなかったんだよ」

 

 まだ時間があるし、バトルの相手を慎重に様子見しながら歩みを進めようと考えていた。でも、結局一度も砂嵐と遭遇せずにここまで来てしまったから、予定よりも滅茶苦茶早いのだ。まさか砂嵐が止んでいて、4日で遺跡群の近くまで行けるなんて思ってもみなかったぞ。最初に砂嵐に巻き込まれまくった俺達はどれだけ運が悪かったのだろうか。

 

 今は砂嵐の代わりに焼き付くような日差しと、砂の照り返しが視界を白くさせている。それでも歩けない程ではないのが救いだろう。

 

「まぁ、あれだ。圧倒的実力差で負けるのも経験だろうけれど、初戦でそれだと自信まで喪失してしまいかねないからな。そういうのは一度でも勝ってからでいいかなと」

 

「……ずっと思っていたんだけれどもさ」

 

「ん?」

 

 防砂マントを緩めて、胸元を扇ぎながらハルカがこちらに振り向いた。頭には以前プレゼントした猫耳のようにみえる大きなリボンがあり、今日の服は緑のやつらしい。それにしてもお前さんよくこの暑さでスパッツ履けるな。

 

「キョウヘイ先生って御神木様達に甘いところがあるよね」

 

「…………そうか?」

 

 この間夕立に対しては過保護にし過ぎたかなと見直して思ったが、御神木様達については余裕がなかったからそんなに甘やかしていないと思うんだけれども。結構無茶なことを訓練でやらせていたりもするし。

 

「キョウヘイ先生の給料のほとんどって食費かマスク代、御神木様達の娯楽代じゃない?」

 

 思い返すと確かにそれらが占める割合は大きい。特に御神木様の鉱物類と大賀の酒、マッサージ用のアロマ系香料が高いのだ。御神木様の物に関しては、鉱物を与えたデータを写真と一緒に研究所へ送って小遣い稼ぎをしないと追いつかない程度に圧迫はしている。

 

 ただ、一番の出費はこれではない。もっと他に高いものがある。

 

「おいおいおい。確かにそれ等にもそれなりに使っているけれど、一番出費の多い旅用の代金を忘れてないか?」

 

 保存食を含め、一番高いのはコレだろう。御神木様達の協力を得てコスト削減に取り組んではいるけれども、やはりそれなり以上の出費なのだ。

 

「それはお父さんや研究所からの支援金でやりくりしているじゃん。物資だってデボンコーポレーションからの支援物資が多い訳だし」

 

「むっ」

 

 これは痛いところを突かれたな。確かに支援金は研究所から。物資は研究所だけでなくデボンコーポレーションからもあったりする。その見返りとして、今は砂漠の環境データや写真、砂のサンプル、砂漠に生息するポケモンのデータ等を研究所経由で送っているが、自分で資金を集めて買うよりも断然効率がいいのは事実だ。

 

「ほら、図星じゃない。ストレスを溜めさせないようにっていうのはわかるけれど、甘やかすだけじゃあなくてちゃんとキョウヘイ先生自身の貯蓄をしないとダメ!」

 

 なんだかそこだけ聞くと、その日暮らしのダメ人間みたいに聞こえてくるから不思議だ。はぁ……それにしても貯蓄か……

 

「……わかってるさ。ちゃんと考えてるとも」

 

 ああ、しっかりと考えているともさ。砂漠へ向かう準備期間だったあの5日間。あの間に必要であろう事はやっておいた。あとはアレがすぐに引き出されないように俺がどれだけ持つかだろう。

 

「キノコッ!」

 

 そんな会話の途中で、網代笠が姿勢を低くしながら声を上げて警戒を促してきた。何かいるのか? 俺達も網代笠に従って姿勢を低くしながら辺りを見回すが、どうにも相手の姿が見えない。

 

 そう思っていると、砂山の向こう側から巻き上がる砂が見え始めた。それからすぐに聞き覚えのある歌声のようなモノが辺り一帯に響き始めた。これはフエンタウンへ向かう途中で出会ったアイツの特徴に似ているが……

 

「ナックラーッ!!」

 

 その音を聞いてハルカのナックラーがボールから飛び出てきた。となれば、あのフライゴンだろうという予想は確信に変わる。砂煙は一直線にこちらへ向かっており、だんだんと歌声のような羽音が大きくなってゆく。

 

「あのフライゴンか……? こっちに向かって来ているみたいだが、いったい何の用なんだ?」

 

 あのまま突っ込んで来たら砂と風でヤスられてしまうだろう。フライゴンが到着する前に緩めていた防砂コートをしっかりと着込み、衝撃に備える。

 

「フラアァァ」

 

 フライゴンが空中でハチドリのように細かく羽を動かしながらピタリと空中で止まり、その一瞬後から砂暴風が全身に噛み付くように襲いかかり、バチバチと弾ける音を立てながら砂が肉厚の防砂コートに叩きつけられてゆく。

 

「うおッ!?」

 

「きゃあぁぁ!」

 

「き、キノォ!?」

 

 暴風に煽られ、堪えきれなかった網代笠の体が一瞬浮き、バランスを崩して転がりそうになったのを慌てて右手で受け止める。この際右腕に砂が食い込むのは気にしないでおく。

 

「フララララ」

 

「ナック!」

 

 俺達がそんな状況であるのにも関わらず、フライゴンは一切の関心が無いようにこちらを無視しながら、砂暴風の中ナックラーとの話を進めている。しかし全身にかかる重圧は消えていない。気は許していないという事か?

 

 砂のせいでよくわからなかったが、そのまま3~4言会話をすると先ほどと同じ勢い…………いや、先程よりももっと強い勢いで、フライゴンは遺跡群の方向へ飛んで行ってしまった。それをぽかんとしながら見送る俺達。

 

「ナックラー」

 

 行ってらっしゃいとでも言うようにナックラーが呟くと、自力でボールの中に戻った。後に残されたのは転がったような体勢の網代笠と、風に対して堪えるような体勢の俺とハルカ。砂漠の強い日射の中でオブジェのように固まってしまっている。

 

「な、なんだったんだ……本当に……」

 

 呟きながらナックラーの入ったボールを眺めるが、ナックラーは何も答えてくれなかった。

 

   ◇  ◇  ◇

 

 なんだか昼の出来事のせいで疲れきってしまったらしい。ハルカは今日の分の課題を終わらせた時点で寝落ちしてしまったのでワカシャモに頼んで寝袋に突っ込んでもらった。今起きているのは俺と網代笠と御神木様だけだろう。

 

「さて……今日で書き終わりかねぇ?」

 

 先ほど書き終えた資料に目を通すと、そんな言葉がぽろりと口から漏れた。軽く伸びをしてからメモ帳に目をやる。

 

 現在の症状:意識の覚醒後、魚鱗癬は改善された模様。また重度の低体温症から中度の低体温症へ変化。現在も残っている。腕力、脚力、握力、総じて異常。怪我をする度に回復力が上がっている。電車内の火傷は【あいいろのたま】に対するグラードンの反撃の可能性高し=【あいいろのたま】でグラードンがダメージを食らった? なら【べにいろのたま】でダメージを受けた俺はなんだ? 属性的に考えてグラードンと同質というよりは、むしろカイオーガに近いのか? カイオーガに【べにいろのたま】を近づけた場合の実際のデータがほしい。これでカイオーガがダメージを受けるのなら……

 

 今までの出来事で、振り返って考えた事がある。過去にここに居るはずのない妖精のようなモノが見えた。アレは本当に存在するのか? また、ハルカにスーパーマンネタを振ってみたところ一切反応がなかった。調べてみてもやはりない。あの時合いの手を入れたのは誰だ? そして隣にいてハイタッチした人は誰だ? そもそも本当に隣に人がいたのか? 何事もないように、()()()()()()()()()()()()()のか? 何故かよくいる審判についてハルカと話してみたが、ジム毎に異なるし女性も混じっていたのにずっと同じ審判だなんてありえないと言われた。フエンジム戦で最後に俺達の試合を担当した審判は()()()()()らしい。

 

 渦潮に飲まれた際、長時間に渡る呼吸停止の影響で意識障害、あるいは統合失調症の可能性アリ。さらに進行中か? 今の俺は現実にいるのか? それとも夢か? 妄想ではないと思いたい。妄想ならこんなわかりにくいズレにならないと思うし、そもそも気がつかないだろう。ならば幻覚か。俺は自分の感覚を信じてもいいのか? あんな高揚感に身を任せていいのだろうか?

 

 軽く眺めたメモ帳を挟み、次にファイルを取り出す。残りはこいつだけだ。

 

 あの事件後の自分の軌跡……昔書いた物を思い出して、なるべく似させるように書いた物。今わかっている情報をほぼ纏めていると言えるはずだ。そのまま指で文を辿りながら再確認をしてゆく。

 

 1月23日に日本海側で巨大な渦潮に巻き込まれる。4日半の不明期間があり。千葉県夜刀浦市の陸地に到着して、発見されたのは1月28日でそのまま緊急入院。入院先は夜刀浦大学附属病院。完全に意識が回復したのは、それから約11日後。意識不明期間中にベッドを叩きつける等の行動を起こしていたようだ。

 

 意識不明期間中に身長が約20センチ伸び、爪や髪が伸び続けていたらしい。肌が異様に黒っぽくなり、髪が体を包む繭のようになっていた写真を後に院長室で発見。

 

 2月は11日に教授の訃報を知る。その後、俺が目を覚ましたのを嗅ぎつけたマスコミがそれについて面白おかしく囃し立てた為、一時的に面会謝絶にしてもらう。

 

 後に家に潜り込もうとした記者や情報を漏らした原因を殺そうと模索するも記者は既に社会的制裁が与えられていた為に断念。そんな社会そのものに悍ましさを感じどうすれば社会を崩壊させられるかを真面目に考え始める。

 

 熱というものに関して異様な反応をみせるようになる。飯、風呂、人肌、目が覚めてすぐの頃は全て触れば火傷を起こした。その状態とは対照に、部屋の温度は暖房をつけているのに下がり続け、ベッドには霜のようなものが確認されている。

 

 3月の始めには既にフルマラソン出来そうな程度には体力が回復。原因不明。体温以外の数値は取っても異常なものは発見出来なかった。精神鑑定では自分がおかしくなっていると自覚していたので、どう答えれば平均的かを判断しながら答え、事なきを得る。その後医師からの勧めもあり6月まで入院生活を続ける事になり、昼夜時間が空いたため、知識を集めるのに費やす。

 

 カルテにはパスワードが必要で拝見できず。今考えると数値に異常は無いと教えられていたが本当にそうだったのか疑問が残る。後に医師そのものが提案した訳でなく、やんわりと院長に押されたことを白状した。

 

 4月には一度目の放火が発生。けが人は出なかったが、自室が半焼。その原因が自分の噂を聞きつけて化け物退治がしたかったなどと言ったバカ野郎だと知り、一度自殺を考える。しかし親父に止められ断念。タイミングよく別の大きな事件が発生したせいか、この日を境に報道がピタリと止む。常に監視が2人付くようになった。

 

 5月は特に何事もなく検査の傍らただただ知識を集める事に集中する。一部の新薬の投与についても聞かれた。監視している人間と話をしてみたがどうにも要領を得ない、曖昧な会話しかできないので話すことを諦める。また、この頃から彫刻を再開。なぜ許可されたのか未だに理解できない。

 

 呼び出された院長室にて院長が要件で退室した際に物色。俺の入院当初の様子を書いた先生の手記を発見。盗み見る限りかなり異様だった事が伺える。詳しく内容を聞きたいが、後に精神病院へ搬送されていたため接触できず。退院後に尋ねたところいつの間にか引っ越していた。調査断念。

 

 俺が意識不明時に書いたスケッチブックがあるようだが、現在は一番上のページ以外行方不明。辿ってみたが、どうにも院長が管理していたらしい。しかし、深夜看護師の目を盗んで再び忍び込んだが発見できず。誰かが持っていった? 院長が会っていた人間について調べようとしたが、途中で釘を刺されたため調査断念。

 

 あの時話していた新薬について情報を集めようにも、やはり院長で止まってしまった。いったいなんなんだ? あの院長は。

 

 6月では急に気持ちに変化が生まれた。散々全ての人間を殺そうと思っていた事が急に馬鹿らしくなり、親に対する感謝や奉仕が頭の中を埋め尽くすようになる。また、歪なほどの思考の変化に吐き気を覚えた記憶がある。

 

 退院してすぐに教授の墓が暴かれた事を知る。先輩も4月辺りに行方不明になっていたらしい。大学は休学していたので親に対して奉仕活動に臨み、合間に専門書を使った勉強や自身についての調査を進める。

 

 渦潮事件に合うのと同じようなタイミングで付近の小さな有人島にて集団行方不明事件が発生していた模様。なぜか情報規制がされていた。要調査したが、最初の新聞以外情報が出回らず、現場も封鎖されているようで断念。人口150人前後の島で、数年に一度行方不明者が出るということ以外そこまで特徴らしい特徴がなかった。また、何故か写真に写っている島人は皆若かったが、広報の一貫だろうか? 情報を集めたいが現状不可能。

 

 この頃からようやく1週間に30分ぐらいの割合で眠れるようになった。安めの1DKアパートを借りる。

 

 今までサラサラと進んでいた指が一度止まる。ちらりと壁についている扉を見るが開いた様子はない。ここまでの事で、一部の事はハルカに話していない。また、この先は絶対に知られてはいけないだろう。ペンを握り、続きを書き始める。

 

 7月は勉強内容が変化、応用や専門的なものが中心になる。他人に絡まれにくくなる方法を実行。ようやく睡眠時間が平均的な時間に戻る。8月では警察の見回りをくぐり抜けられて2度目の放火。現場周辺にはタールのようなものが散見されたが、そのまま焼失。目撃者なし。

 

 9月には引っ越した家に到着する前に3度目の放火発生。その後特別に名前の変更が許可される。氏名の変更後、異なる大学へ編入。

 

 行方不明だった先輩と部屋の中で遭遇。同時に黒いタール状のナニかを確認。前大学に侵入し薬品の一部を帳簿を合わせた上で窃盗。

 

 だんだんと荒く、短くなってゆく文を書きながらペン先が震え始めた。いや、視界がブレているのか? 鼓動が早まり、これ以上思い出すなと体が拒絶反応のようなものを起こし始めるが無視する。

 

 悪夢の9月23日――――先輩とナニかを殺した。

 

 その瞬間、バンッ! と音を立てて寝室の部屋が叩き開かれた。その音に、ビクリと飛び跳ねるように反応してファイルを勢いよく閉じ、何事だ! と網代笠や御神木様の視線がハルカに突き刺さる。視界を上げるとかなり焦った表情のハルカが扉を開け放った体勢で頭を下げていた。

 

「ごめん! 寝落ちしてた!!」

 

 時計を見ると、既に03:12だ。確かに交代の時間を2時間以上オーバーしている。

 

「お、おう。別にそのまま寝てても良かったんだぞ?」

 

「いや、それはダメでしょ」

 

 心からの気持ちなんだがなぁ……

 

「それとも……わたしがいると何か都合の悪い事でもしているの?」

 

 顔を上げたハルカの目がすっと細まり、ほんの一瞬真顔になる。ふむ……どうにも最近ハルカから何か疑いの目が向けられている気がする。だがな、その程度でボロを出すと思うなよ。

 

「いや、単純に寝落ちするぐらいだから疲れているだろうと思ってな。それに誰だってこんな時間に大きな音を出されたら心臓に悪いだろ?」

 

 網代笠と御神木様も頷いている。ナイス援護だ。

 

「…………わたしの勘違いならそれでいいんだけれど」

 

 納得のいっていないご様子。

 

「まぁ体力的に大丈夫なら、このまま交代するか。じゃあ後はよろしく頼む」

 

 さっさとファイルを集めてから網代笠と御神木様を招き、寝室へ入った。寝袋の中に入ってみたものの、やはり睡魔は訪れない。

 

 ……比較的だが短めの夜が始まった。

 

   ◇  ◇  ◇

 

 朝起きて、支度を整えること50分。それから更に2時間ほど歩くと、ようやく目的地にたどり着いた。砂山から見下ろすと、そこには大小様々な遺跡群が砂地から顔を覗かせていた。とても立派なものもあれば、風化が進んでしまって削られてしまっている物がある。中にはどこからどう見ても巨大な岩にしか見えない物も。

 

「おおお!」

 

 わたしにとってここはパラダイスね!

 

「とりあえず、一番近い遺跡から巡っていくかねぇ」

 

 一番近い遺跡……となると、あの入口とその周辺以外はボロボロな遺跡かな? 石造りのソレは地下に部屋があるタイプのようだ。

 

「そろそろ遺跡群に到着だな」

 

「だね!」

 

 出来うるだけテンションを上げて返事をするも、やっぱり別のことを考えてしまう。

 

 どうにも最近のキョウヘイ先生がおかしい。ジム戦を終えた辺りから妙な静けさを感じてしまうのだ。昔みたいなハイテンションのノリどころか、単純なものさえ最近はほとんど行わない。貰ったプレゼントも、マトモというか正道を行き過ぎている。

 

「よし、中は入れるな。先頭は網代笠、後ろにガーディを配置しよう。ロープを使って離れすぎないようにして……入口にも穴抜けの紐を結んでおこう」

 

 何というか……違和感がすごい。このモヤモヤとした気持ち悪さはなんなのだろうか? たぶんあのファイルが関係しているのだろうけれど……普通に聞いたらテストの問題集だって言われてしまったしなぁ。お前はテスト問題を盗み見たいのかと言われてしまったらどうにもできない…………キョウヘイ先生が席を立った時にさらっと見たときは本当にテスト問題だったし。

 

「ぶっちゃけ穴抜けの紐なんて言われているけれど、意外と紐が切られたりすることが多いらしいから信頼しきらないようにしないとな。帰るときは紐と、ガーディの鼻を頼りにしよう」

 

「ガウッ!」

 

 ガーディが任せろと胸を張っている。この子も、変なところで調子に乗らないようになれば、すぐにでもウインディに進化できるのに……わたしもこの子の事は言えないか。炎の石はキョウヘイ先生から既に受け取っている。後は早めにこの子を進化出来るように教育しないと。

 

「……せめて自分の力で何かをやり遂げて見せないとね」

 

 腰にセットした鞭を触りながら決意する。

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 不気味なチェシャ猫のマスクを付けたキョウヘイ先生がぬるりと、懐中電灯を持ってこちらに振り返るが、光と影のコントラストのせいで余計に不気味に見えた。特にヒゲの影のせいで口が裂けたように見える。

 

「ううん。思っていたより涼しいかもって呟いただけ」

 

 防砂コートを緩めていつもの服装に戻る。軽く準備体操をしていると、キョウヘイ先生が壁をペタペタ触り始めた。

 

「強度は……大丈夫そうか。まぁここは常時日陰だからな。スカラベの群れに遭遇しないことを祈りながら進むとしようや」

 

 ……なんでスカラベ?

 

 




ルインズスターとヘビースターがパワーアップアイテム無しで、デスマッチ4で戦うような感じです。

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