カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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占いとニュースの続報

 さて、流れでテントの中に入ってしまったものの……どうしようかね。正直占ってもらう内容となると自分についての事ぐらいか? 先の事も気になるっちゃあ気になるが、俺的に優先順位はこっちの方が上だ。その為に旅しているのだし。

 

「では次は君の番だね。そこの椅子にかけてもらえるかな」

 

「あ、はい」

 

 言われるがままに席に座り対面する。ちらりと斜め向かいのネイティオに目をやると、何故だかだいぶ体力を消耗しているように見えた。

 

 なんで肩で呼吸しているんです? 占いってそんなに激しいものなの? ああ、でもイタコとかがトランス状態になる事で神降ろしを行ったり、憑依させる感じの占いとかもあるか。あれも全身が痙攣を起こすような事もあるって聞くし。

 

 でもこれタロットだぞ?

 

「ごめんね、お見苦しいものを見せちゃって。彼女の未来を読もうとしたのだけれども、その為にかなり無茶をしたものでね」

 

 無茶?

 

「普段からそんなに読みにくいものなんですか?」

 

「いいや、かなり珍しいタイプだね。正直、ボクの未来視では何にもわからなかったからほとんどネイティオ任せになってしまって。ただ、その分ネイティオが全力で取り組んだから普段の占いよりも高精度だよ」

 

 それでその分の負担が全てネイティオに向かったと。なるほど。理由はなんだろうか…………ん? ちょっと待て。

 

「イツキさん自身も未来予知のような事が出来るんで?」

 

「出来るよ。とは言え、ポケモン達程しっかりと見える訳でもなければ、自分なんかよりも力の強い人のは読めないけれどね」

 

 それでも十二分に凄いですよ。そんなことを思っているとイツキさんがじっとこちらを見てきた。いったいどうしたのだろうか。

 

「なるほど……そういう事が出来るトレーナーって多いんですか?」

 

 俺の周りのトレーナーで出来る人は居なかったはずだ。俺が知らないだけかもしれないけれど。

 

「そうだね……エスパー使いには結構多いかな。そもそもエスパータイプのポケモンを扱っているトレーナー自体が数少ないから、もしかするとエスパータイプのポケモンに見初められる人は何かしらの理由があるのかもしれない」

 

「それは……面白そうな仮説ですねぇ」

 

 へぇー…………となると何だ。エスパータイプのポケモンに好かれる人は何かしらの不思議な力を持っている可能性があって、最近高練度のエスパータイプのポケモンを扱うトレーナーが何かしらの理由で失踪していると。なんだか変な具合に噛み合ってるんだが、どうすんのこれ。

 

 エスパーポケモンを扱っている人で俺の知り合いとなると、鋼/エスパーのメタグロスを扱うダイゴさんやエスパー単体のラルトスを扱うミツル君ぐらいだな。最初は【とっしん】しか覚えない物理系であるダンバルはともかく、ラルトスは完全にエスパータイプの王道。

 

 これはミツル君に軽く警告メールでも送った方がいいのか? でも高練度のトレーナーって話だし問題ないはず……いや待て。この手のものはフラグになりかねん。多少無駄手間になっても行動しておいた方が吉だな。部屋に戻り次第送っておくか。

 

 ……あれ? 今思い出したが、ミツル君ってラルトスの方から寄ってきたんだよな? それも態々分断することで他が邪魔出来ないような状況を作って。やはりミツル君にも何かしらの力があるのか? 不思議な力……不思議な出来事?

 

 そういえばあの時は何故か全然ポケモンが見つからなかったな。あの場の雰囲気作りの為か、ミツル君の心を読む邪魔になるから色違いのサーナイト達が他のポケモンを追い払った程度に思っていたが、もしかすると違ったのか?

 

 いや、待て。もっとよくあの日の状況を思い出せ。あの時は大賀がミツル君に護衛として付いていたはずだ。ミツル君以外の全てが邪魔で追い払うほどならば、大賀だってその範疇に入るだろう。邪魔できないように排除されるか俺と同じように色違いのサーナイト達の【かなしばり】を食らうはず。でも実際にはされなかった。ミツル君の背中を押す程度には動けていたのだ。

 

 あの時はミツル君の本心が見たいんだろう程度で深く考えなかったが……今思うと不自然な点が多いな。他のポケモン達が姿を現さなかった事はミツル君の心を読む件とは関連性がないと考えるべきか?

 

 ではあれがミツル君の力? でも普通にコイルだとかのポケモンを捕まえているみたいだしなぁ。あの色違いのラルトスが力を導いているとかもありえそう?

 

 まぁそれは後で考えるとして、今はもっと重大な疑問が浮かんでしまっている。

 

 サーナイト達は他のポケモン達を追い払っていないと仮定しよう。じゃあその上で、あのサーナイト達が態々分断して俺に【かなしばり】を行った事は理由はなんだ? 

 

 何故? 単に人だから? 確かにマグマ団やアクア団の事を認識していて人を信じられなかった可能性もあるが、それならばミツル君の前にも出てこないだろうし、後日貢物を持って行った俺の前にも現れないはず。となると俺が邪魔をする、或いは邪魔になる可能性があったって事か?

 

 そういえば体の中を覗くような…………いや、心を覗かれたような感覚があったな。やはり――――あの場において、俺自身が何らかの不安要素だった?

 

 だから動けないようにした……? じゃあ警戒を解いた理由は? 貢ぎ物をしたからとか?

 

 ここまで考えてふと我に返る。顔を上げると仮面越しに不思議そうな顔でイツキさんがこちらを見ていた。

 

「…………大丈夫かい? なにやら深く考えているようだったけれども」

 

「あ、いや、問題ないです。なんか今まで見逃していたものを思い出してしまって」

 

 イツキさんの方へ向き直ると、いつの間にかネイティオの呼吸が整えられていた。それなりに時間が経っていたようだ。

 

「なるほど。ではそろそろ占いの方を始めるとしようか。占う内容は旅の指標としてのこれから先の事でいいのかい?」

 

「…………いえ、俺自身の事を占うことはできますか?」

 

 ここでイツキさんの顔が少し歪んだ。

 

「それは……過去から未来までの?」

 

 会話をしながらタロットカードを切り始める。

 

「はい。俺は自分の体の正体を知るために旅をしていまして」

 

「体の? ……だからか」

 

 ぽつりと言葉を漏らした。

 

「どうにも、君については何も見えないんだよね」

 

 何も見えない? どういうことだ?

 

「と、言いますと?」

 

「占う為の超能力が効かないからなのか、ボクには何も見えない。ネイティオでも酷く曖昧な物しか感じさせて貰えないみたいだね。まるで拒否しているようだって事さ」

 

 その言葉を聞いて、いつの間にか手にはじわりと汗が浮き出していた。そういえばいつもエスパータイプのポケモンに出会った時まじまじと見つめられていた。そういうことなのか?

 

「それこそ失敗したら精神崩壊するレベルで読みとらないと無理だね。ただ、ボクはここでそれを行う気はない。だから能力を使わない本当に曖昧で、誰にでも出来るような事しか占えないよ?」

 

「…………それでも……それでも構いません」

 

 少しでも前へ進めるのならいい。選択肢が得られるだけマシだ。

 

「わかった。ただ、曖昧な占いを出さざるを得ないのはボクの信念に反するから、その分代金も1/4にしておくよ」

 

 イツキさんがシャッフルした山札をこちらへ向ける。俺も混ぜろということだろうか。

 

「気が済むまでシャッフルして、その後テーブルに裏返しのまま広げて混ぜてください」

 

 少し口調が変化した。これが仕事モードというやつだろう。

 

「こう、空中でズババババッってカードをシャッフルさせないんですね?」

 

「そういうのは演出用だからね。それにそうやったほうが気も入ってはっきりとした結果が見やすいんだ」

 

 でも今回のはそういうの必要ないだろう? と言外に問いてきたので頷いておく。確かにそういった理由ならば今は必要ないだろう。

 

 シャッフルされた山札の上からから7枚目と14枚目、21枚目が抜き取られ、それぞれで三角形を作るように配置された。

 

「これらは抜き取った順に過去・現在・未来を表しています。次にこの山札の中から一枚タロットを引いてください」

 

 流れるように広げられたカードの中から一枚を選び、抜き取ったカードを伏せたままイツキさんに渡す。

 

「この最後に引いたタロットがキーカードです。では過去から順に読み取って行きましょうか」

 

 そう言いながら7枚目に抜いたカードがひっくり返された。描かれていたのは崩壊する塔とそこから転落する人間。それの正位置。

 

「それがあなたの過去を暗示するカード…………塔の正位置。このタロットカードが示すのは惨劇、トラウマ、崩壊――――災害」

 

 最後に災害という言葉を持ってくる辺り、何かわかったのではないのかと勘ぐってしまいそうになる。

 

「あなたは過去に何か災害、或いは事故に遭われた。それもとても大きなものだ。今までの生活とは一転して悲劇的な物事が繰り返された」

 

 なるほど。過去は読めなくてもカードには現れるものらしい。それともネイティオが頑張っているのか……結果を確認すると次のカードに手が伸びてゆく。返されたカードに描かれていたのは中央に人面の月、上にザリガニと両端に二つの塔、そして上から下に流れる川。それの正位置。

 

「次にあなたの現在の暗示するカード…………月の正位置。迷い、潜在する危険、そして謎を示すカード。あなたは今、過去の流れから示された幾つもの謎に直面している。いや、過去のものだけではない。今もまた新たな謎が増え続けている」

 

 謎……うん。確かに謎だらけだ。減らすために動いているはずなのに片端からひっつき虫のようにいつの間にか引っ付いてきている。次に未来を暗示するカードへと手が向かう。返されて現れたのは人々の魂を刈り取る死神の姿。

 

 ああ――――こいつは……

 

「あなたの未来を暗示するカード…………死神の正位置。意味は決着、風前の灯火――――あなたの死の予兆」

 

   ◇  ◇  ◇

 

 彼の占いが終わり、テントから出て行くのを確認してから椅子に倒れこむように座る。

 

「まったくもって不思議な客だったね」

 

(ほとほと疲れた)

 

「任せっきりになってごめん」

 

 今日は本当に疲れる占いばかりだった。午前中に来た客はまだいい。問題はついさっき来た客達だ。一人目は未来が見えず、二人目に至っては何も見えないときたもんだ。ここまで酷いのは今後ありえないだろう。

 

 彼に未来を暗示するカードを伝えた瞬間、とても見づらかったがマスクの隙間から見えた口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。無表情に近いのに口元だけ笑っている……不気味と称されてもおかしくはない。

 

 そして最後にぽつりと聞こえた『ああ、やっぱり』という言葉が今でも耳に残っている。

 

 軽く息を吐き出しながら机の上に残っているカードに目をやると、あいも変わらずその場で胸を張ったように誇示されていた。塔の正位置から始まり月の正位置を経由して死神の正位置。キーカードは刑死者の正位置ときたものだ。

 

「災害に逢い、謎を示され、それらの試練を乗り越えた先に待ち受けているのが死の予兆……物語にしても出来すぎているね」

 

(微かでもそれが見えたのだから仕方がない)

 

 流れを切るように山札の上から6番目のカードを引く。描かれていたのは天使と棺から蘇った人の姿、審判の正位置。死からの復活、覚醒を意味するカード。

 

 この流れを理解していた? いや、その割には諦めのような印象も受けられる。

 

「本当に出来すぎている」

 

 一言ボソリと呟き、タロットカードを片付けようとすると審判のカードがずるりとズレた。どうやら2枚重なっていたらしい。ネイティオに目をやると我関せずを貫いている。仕込んだ訳ではないと。描かれているのは剣を掴む悪魔と鎖につながれた男女。

 

「これは……悪魔の正位置か」

 

 堕落や破滅。訳のわからないというカードの意味でも使われる。

 

「去年はあんなにも穏やかだったのに、どうして今年はこうも忙しないのか」

 

(節目だからであろう。そして来年も続く)

 

 アレが台風の目かもなと言う呟きは聞かなかったことにする。

 

「彼、おそらくだけれどもボクが目立つように旅をしている理由を理解したよね」

 

(情報として知っていたのだろうな)

 

 どこかから漏れ出したかな? 表側の任務だけだから問題ない等とは口が裂けても言えないだろう。他のチームにも連絡を入れておかないと……ただでさえ精神的にクル仕事なのにどうしてこうも負担ばかり増えてゆくのか……

 

 昔みたいな自由な旅がしたい。

 

   ◇  ◇  ◇

 

「続報です! さきほど発見された大型運搬船4隻ですが、海霧の中で氷漬けの状態で発見されました。中にいた従業員の方々は付近に浮かんでいた救助ボートから発見されたようです!」

 

 テレビ画面には全体が氷塊となっている4隻の船が映し出されている。レポーターが上空から必死にその大きさと異様さをアピールしているようだが、一周回って現実感が出ていない。恐らく海霧の原因は夏場の比較的温顔湿潤な空気がこの氷や冷気とぶつかって発生したものだろう。

 

 氷漬けねぇ……どんだけ広範囲を氷漬けにすればそうなるんだよ。しかも4隻纏めてとか……普通は無理だな。【れいとうビーム】を数百発撃ったら出来るか? そもそもそんな時間をかけて態々凍らせる意義がどこにある? 海霧を期待した時間稼ぎ……ないな。それならさっさと逃げた方が賢明だ。

 

 ――――そういえば、もっと簡単な方法で街を凍らせた組織があったな。なるほど、伝説クラスか。ブラック2・ホワイト2の時は炙り出しと見せしめのような意味合いもあったのだろう。見せしめ……

 

 いや、そんなに簡単に伝説のポケモンが手に入る訳がない。キュレムクラスより下でもかなりの難易度だ。そんな余裕があるのなら他のことに手を回すだろう。

 

 それになんでアクア団は大型運搬船を4隻も襲ったんだ? 

 

 食料輸送をしていた船ということだから狙いはおそらく食料。他に何か世間一般には流せないようなものを運搬していた可能性も考えられなくもないが……そこまで言ったら最早陰謀論めいてくる。他に思いつかない以上、今は考えるだけ無駄だ。

 

 そもそも比較的規模が小さいと言われているアクア団とて組織としては優秀な部類だ。何せ基地作成能力が異様に高い。だからその分の補給能力だってあるはずだろう。それなのに、かなりのデメリットを無視してでも大型運搬船襲撃を行った理由はなんだ?

 

 前々から食料が必要だったのなら小さな商船を長期的に襲って蓄えればいい。それができなかったということは突発的に大量の食料が必要になったということか?

 

 となると、突発的に大量の食料が必要になった原因は? ……団員が爆発的に増えたことによる消費の増加? いや、増えたとしたらポケモンか? だがそれにしたって、一度養うために海上の警戒度上げさせて次回からの襲撃をしにくくなる方法を取るなんてことを選択するのは本末転倒だろう。その程度の事も考えられないような組織ならダイゴさんが手を焼くはずがない。だから団員数が爆発的に増えて消費量が増えたということはないはずだ。

 

 他に膨大な食料が必要になる理由…………戦争? いやこの場合は抗争か。それなら大量に必要だから集めることも理解できるが……どうして計画的にではなく急に集めることになる? それに、その場合相手はマグマ団か?

 

 だがマグマ団がそういう風に動いているなんて情報はダイゴさんからは聞いていない。

 

 そもそも、アクア団がマグマ団に強襲を仕掛けるのなら今から襲いますよなんてこんな予告めいた事をするだろうか?

 

 うーん……まったくもってわからない。アクア団の奴らは何をそんなに焦っている?

 

「なんか、いつもよりだらけてるね」

 

 机の上に突っ伏していると、いつの間にかハルカが風呂から帰ってきていたようだ。つい先程まで書き込んでいたファイルを閉じてハルカの方を見ると浴衣姿でペットボトルを持っており、艶のいい髪からほかほかと湯気が立っていた。かれこれ1時間半は温泉に入っていたのか。

 

「おかえり。いやさ、ニュースから現実味というのを感じられなくてな。そっちは落ち着いたか?」

 

「ゆっくりお風呂に入ったからだいぶ元に戻ったと思う。テンション高くなっちゃってごめんね」

 

 それは俺よりも一番被害に遭った板前さん達に言うべき言葉だと思うぞ?

 

「じゃあ、テンションが戻ったついでに恒例のアレやりますか」

 

「アレ?」

 

 思い当たるものがないらしい。まぁ今までよりも送るタイミングが遅いから仕方がないか。事前に机の上に置いておいた技マシンを渡す。

 

「バッジ3つ目おめでとうってね。まずはこれ。技マシン№35【かえんほうしゃ】だ」

 

 これで更に火力アップだな。

 

「キョウヘイ先生ありがとう! これで新しい組み合わせが出来るかも!」

 

「次にいつものランダムプレゼントだ」

 

 その流れでファイルを持って押し入れに向かう。今はバックパックが手元にないから、代わりに押し入れにしまっておいたプレゼント箱を3つ取り出して、そのスペースに今まで書いていたファイルや資料類をしまう。

 

 プレゼントはそれぞれ赤、青、黄色にラッピングされており、外側からは中身は見えないようになっている。大きさも均一だ。中身は軽く固定してあるから振っても音はしないだろう。

 

「…………3つ?」

 

 バッジが増えるたびに難易度は上昇します。

 

「さぁ! この中から1つ選ぶといい」

 

 確率は1/3! キミはまともなプレゼントを手に入れることが出来るか!? 

 

「うーん……いつもの赤。いや、そろそろ赤に罠を仕掛けてきそうだし……黄色とか?」

 

 テーブルの前で腰を下ろしてうんうん唸り始めたハルカを尻目に、物思いにふける。

 

 昼間に予言された事、『今までの謎の先には何かしらの決着があり、そこであなたはどうしようもない死に直面するだろう』か。あの時、その言葉を聞いて、俺はどうしようもないほどに納得していた。生き急ぐように強化されてゆく肉体、Ⅲ度熱傷が1日で治る異様な回復力、昔のようにだんだんと必要なくなってゆく睡眠時間。

 

 何を消費したらこれだけの力が出るのだろうと常日頃から考え続けてきた。そして、その予想は当たっていたということか。要は命という薪を常人よりも多く燃やしていたのだろう。その分出力は上がるが、燃費も悪くなるから必然的にどこかで歪みが出る。

 

 恐らくソレがタイムリミットだ。

 

 ただ、だからといって何もせずに諦めるつもりはない。せめてこの身体の謎は解き明かし、ハルカの今後の為に使えるものを用意する。間に合わないなどとは思わない。誰にも言わせない。必ず間に合わせてみせる――――俺が俺である間に。

 

「クギュル」

 

「え? こっち?」

 

 ふと、予想外の言葉が聞こえたのでぼやけていたピントを合わせると、いつの間にか御神木様がハルカにアドバイスをしていた。

 

「こらこらこら、不正行為ダメ絶対。自力で選びんしゃい」

 

「もう決まったもんねー! この青い箱がいいな!」

 

 言ったもん勝ちとばかりに脱兎のごとくプレゼントを持って部屋の隅に移動するハルカ。その場で青いリボンを解くと、その中にもう2つ小さな箱が詰められているのを発見したらしい。

 

「あれ? 2つ入ってる?」

 

「当たり箱だな。今度からこのイベントを行うときは、御神木様には夕立と遊んでもらう事にしよう」

 

 チート行為はこれっきりです。御神木様はしてやったりという顔をしてから転がって隣の部屋に行ってしまった。偶々通った時にハルカが唸っていたから助言したのだろう。たぶん俺に対するいたずら込みで。

 

「開けていい?」

 

「おう、どうぞ」

 

 片方の箱から出てくるのは少し値段の張る万年筆とボトルインクのセット。もう片方の箱からはアウトドア用のマルチツールが現れた。

 

「お、おぉぉぉぉおおお!!」

 

「ソレは女の子の出す声じゃあないな」

 

 苦笑しながらもアイテムの説明に入る。

 

「まず万年筆だが、バックパックを送った時にデボンコーポレーションでオススメされたやつでな。最近資料類を書く事も多くなってきたから丁度いいだろう。色は無難な黒にちょっと銀の装飾がついている程度だからそんなに重たくないはずだ」

 

 目を輝かせながら万年筆を見回している。それなり以上に耐久力があるらしいから、多少荒い扱いになってもそんなにすぐには壊れないと聞いている。扱いに馴れるための品としては十二分に働いてくれるはずだ。

 

「試し書きの紙ある?」

 

 メモ用紙を幾つか渡すと、サラサラと何かを書いてすぐに折りたたみ、少し擦ってから再度開いた。

 

「あ、滲んでない……乾くの早いね。線もそんなに太くないしかなり使いやすいかも! ありがとう!」

 

「その分研究所へ送る資料作成頼んだぞ」

 

「はーい」

 

 気前のいい返事だ。これから資料はどんどん増えていくとも知らないで……まぁ後のお楽しみとしておこう。

 

「次はマルチツールの紹介だな。それはこの先で色々な事に使えるだろうが、特にモンスターボールが壊れた時なんかにすぐに取り出せるようにしておくといい」

 

「機能は! これいくつ収納されているの!」

 

 どうやら万年筆よりもこっちの方が食い付きがいいようだ。本当にどこまでも女子っぽくないな。

 

「色はハードウッド、高さ33mm、幅27mm、長さ91mm、重さが約150gで気になる機能数は――――」

 

 テレビ以外の音源がない部屋の中でごくりっと生唾を飲み込む音が妙に艶かしく響いた。

 

「――――その数31だ!」

 

「マジで!? 凄いかも! 高かったでしょ!?」

 

 今日のハルカはどこかテンションが振り切れている気がする。本当にどうしたんだ? カシャカシャとツールを引っ張り出して確認を始める。

 

「後でオダマキ博士にお礼の手紙書いておきなされ。これを態々用意してくれたみたいだから」

 

 かなり質もいいし、たぶん2~3万はくだらないと思うぞ。

 

「お父さんが用意してくれたの?」

 

「みたいだな。まぁ実際、こういうツールがあるだけで旅も楽になるからな。オダマキ博士もフィールドワークが基本だし、何があると楽かをよく考えてくれたんだろう。ありがたいもんだ」

 

 やはり支援者がいてくれるというのはこれほど楽になるのだ。まぁ、いい物品ばかり送ってくれた訳でもないんだけれどもね。

 

 これと一緒に送られてきた手紙にはキンセツシティの近況などもに書かれていた。どうにもムーンライト・サイエンス社がきな臭いのは確定だが、環境視察や検査は自社系列でやっているようでなかなか中に入れないらしい。最近ではマグマ団との関わり合いも噂されているようで近々動くかも知れないようだ。

 

 今のホウエン地方はまるで火薬庫だな。何かあったらボンッ! と爆発してしまうような気配を感じる。何が火種になるのやら。

 

 とりあえず、遺跡を巡っている間に破裂しなけりゃ上出来かね? さて……誰が一番最初に火を放つのか。

 

「……あれ? 当たり箱でこれなんだよね?」

 

 先程まで喜んでいたハルカがピタリと動きを止めて、錆び付いたロボットのようにギギギと首をこちらに向ける。

 

「ああ、そうだけど。どうかしたか?」

 

「外れていたら……どうなっていたの……?」

 

 すっと顔を横に逸らす。気がついてはならんことに気がついてしまったようだな。

 

「なぁに、オダマキ博士に送ってもらった道具はワタシテイタヨ?」

 

「なんで急にカタコトになるのさ!?」

 

 知らぬが仏というものです。

 

 


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