カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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温泉と星空の下での約束(下)

 今、俺の目の前にある大きな長机の上には、色とりどりの料理が並べられている。新鮮で彩のよいサラダから始まり、香り豊かなお吸い物。様々な山菜の天ぷらや牛肉のすき焼き。川魚の塩焼きや寿司、湯葉の刺身などもあってどれもとても美味しく、食材にも妥協をしていないのが伺える。そして、極めつけはこの山の幸の味が詰まった混ぜご飯だ。これだけで俺はあと一ヶ月砂漠で戦えるだろう。

 

 夕立達も、出ている料理や果物を思い思いに頬張って堪能しているようだ。新しくハルカの仲間になったナックラーは固めの食べ物や辛い食べ物を好むようで、少し辛めに味付けされたガザミを丸ごと1匹。そう、あの硬い甲羅ごとバリバリと美味しそうに食べていて、味だけでなく甲羅を噛み砕く歯ごたえも堪能しているようだ。俺が風呂に入る前よりも緊張が解けてきたように見える。この数時間で多少状況にも慣れたのかもしれん。

 

 そして一番真剣な表情で食べているのがゴンベだ。本当に無駄に真剣な表情で、最初から切り分けられている肉厚なステーキを食べ、軽く咀嚼した後に飲み込み、口を拭いて赤ワインに油が浮かないようにしてからくいっと仰いでいる。まるで美食家のようだ……以前から思っていたが、コイツはどこでそんな技術を身につけたのか。野生の中で生きるだけではそんな知識身につかないだろうに。

 

「うん美味い! もう1杯かも!」

 

 そんなゆっくりと噛み締めながら食べているゴンベとは対照的に、ハルカは箸が止まらない様で空になったお茶碗に混ぜご飯をよそっている……そして俺の2倍の速度でずっと食べ続けている。これでそこまで下品に見えないのはいったいどんなテクニックを使っているのだろうか? 正直、テレビで早送りを見ているような気分だ。

 

 また、そんな感じで料理が減ってゆくので、最初は普通のコース料理が置かれていたのに最早その原型はほとんど残っていない。様々な料理が追加され、並んでは消えてゆくカオスと化している。しかも、それだけ料理を食べているのに未だに足りていないという現状が恐ろしい。こいつら自重しなくなったら毎日どれだけ食べるのだろう……

 

 そんな状況が少し胃にキタので、箸休めに軽く大賀達を見回してみる。そして、ふと気がついた。いつの間にかロコンもしれっと混ざって一緒に食べているのだ。

 

 さっき料理の追加を持ってきてくれた中居さんと一緒に部屋から出て行ったのは見ていたのだが……いつの間に戻ってきていたんだろう? いや、まぁ後でひと芝居打つために買収しようかなと思っていたから別にかまわないんだがね。それにしても、何故だかロコンの存在感が薄いように感じるのはどうしてなのだろうか? と言うか俺以外に気がついている奴いるのか?

 

 軽く目を離すとまたいつの間にか消えていそうだから、常に視界の端に入れておくようにしておこうと心に決める。ただ、それよりも今はハルカ達の食欲を相手する方が重要だ。

 

「待て。本当にもう少し待って! もう少しで追加のお櫃5つ届くから」

 

 こんな感じで全員いい勢いで食べているから風情も何もありゃしない。既に中居さんに5往復ぐらいさせてしまっているのだが……まだ食べ始めてから30分も経っていないとかどういうことなの?

 

「今宵の厨房は地獄だろうなぁ……」

 

 まぁそう言いながら結局俺も食べるんだがね! 胃の圧迫感もなくなってきたので食事を再開する。これだけ美味いのそうそう食べれんからな。ただ、こういう食べ方は本当に風情がないなと思うが……基本的に手が止まらないんだ。仕方ないね。

 

「あ、ハルカ、ソレよそってくれ、ソレ」

 

 ハルカの近くにあるすき焼き鍋を目線で示す。先ほど追加で入れた牛肉が煮えたようで、グツグツと自己主張している。手を伸ばして取りたいのだが、すき焼き鍋は俺から微妙に届かない場所にあるため、こういう時によそってもらわねばならないのだ。助け合いの精神とはなんと素晴らしきかな。

 

「ん、はい、サラダ。あ、丁度追加したすき焼きのお肉が煮えたみたいね。わたしはこれ食べちゃおうかな」

 

 目の前にとんっとサラダのよそわれた皿が差し出され、俺が食べようと思っていたすき焼きは無常にもハルカの皿へよそわれてそのまま口の中へ……

 

「おいそのすき焼きのことなんだが」

 

「そうなの? ごめーんね。もう食べちゃったから代わりにもう4皿分頼もうよ!」

 

 そう言って注文票に新たに書き込んでゆく。この書き込んだ注文票を、次の料理を持ってきた中居さんに渡すのだ。最初は電話で伝えていたのだが、中居さん3往復目でこのスタイルとなった。そして一緒にもう一度心付けを渡しておこう。どうせこの後も色々とご厄介になるだろうしなぁ……

 

「お、俺のすき焼きェ……」

 

 深い悲しみが俺の心と腹を襲った。一瞬太るぞ? と言おうかとも思ったが、それを言ったら戦争になるだろう。仕方がないので大人の余裕としてこの言葉はおとなしく胃の中に沈めておくことにしよう。決して言おうと思った瞬間のハルカの目力にビビったわけではない。うん。

 

「それはそうと、この後バーに行ったとして、どういう芝居を打つつもりなの?」

 

「んー、とりあえずそこのロコンに協力してもらおうかな程度には考えてる」

 

 そう言うと、ロコンがえ? 自分っスか? みたいな感じの目でこっちを見てきた。まん丸な目がとてもかわいい。

 

「あれ? いつの間に……」

 

 やっぱり気がついていなかったらしい。

 

「少し前に出て行ったのだけれどいつの間にかしれっと混じって飯食ってるから、丁度いいかなぁと思ってな。このロコンならポケモンバトルに挑まれるなんて事もないだろうし。ロコンも手伝ってくれるのなら何かしらの報酬を渡すがどうだろうか?」

 

「報酬って何か渡せるのあるの? いつものアメとかはどうかと思うし……」

 

 まぁその手のものは何入っているか相手視点ではわからないからなぁ。

 

「ここのやつの味と比べられそうだしな。今考えているのは1/6サイズの木彫りのロコン像とかどうだろうか? かっこよくしてくれだとか、かわいくしてくれという注文も受けるぞ」

 

 こんなのどうだろうという案を出してみたが、ロコンから懐疑的な視線を向けられる。まぁ腕前を知っていないとアレだよな。ここは1つ、サンプルとして砂漠の暇な時間に掘り出した物を見せてみようか。

 

「まぁ腕前がお眼鏡に適うかわからないと思うから、サンプルを1つ見せよう。モデルはソコで果汁ジュースを堪能しているテッシードの御神木様だ」

 

 バックパックから1/6スケールの御神木様の彫刻を取り出す。御神木様が【ステルスロック 大石槍】を決めている瞬間をイメージしたもので、個人的にかなり上手く出来たかなと思っている一品だ。中央には躍動的に回転している御神木様を配置し、その周囲には大石槍を突き刺さっているようにした。そして、その刺さっている内の1本を弾き出しているようにすることで、より躍動的に動いているように見せているのだ。

 

「コン!」

 

 食いついてくれたらしい。よかったよかった。御神木様達でもそこまで問題はないのだが、この場においてはあんまり他の客に見せない方がいいだろう。念には念を入れておくべきだ。

 

「なら、食べ終わったら隣の部屋で打ち合わせするか。今は存分に食べてくれ」

 

   ◇  ◇  ◇

 

 夕食後、1時間ほどかけてロコン像の大まかなイメージを打ち合わせした後に、ロコンを肩に乗せて受付までやってきた。合間に一応ロコンに売店がないか聞いて、その売店に行って数日分の新聞を置いていないか聞いてみたが微妙な反応が帰ってきたのだ。だから直接受付に訪ねてみても仕方がないよね。

 

「すみません、少しいいでしょうか?」

 

 女将さんに声をかけると、一瞬肩に乗ったロコンを見た後に視線が合った。

 

「あら、随分とロコンに懐かれたようですね。いかがいたしましたか?」

 

「ここ数日分の新聞などは置いていませんか? 売店を探してみたのですが本日分しか置いていないと言われてしまいまして……」

 

「倉庫番に訪ねてみますので少々お待ちください…………はい、わかりました。7日前までの新聞なら各社残っているそうです」

 

 お、結構残っているらしい。ありがたいことだ。これで最近の情報を仕入れられる。ネットの情報だけでは当てにならなかったりするし、地域新聞の情報も馬鹿にできないことが書かれていたりする。特に地元の事件なら地域新聞の方が詳しかったりするほどだし。手元にあって損はないだろう。情報力は力だ。

 

「では7日前までの各社の新聞を一部ずつ頂けませんか?」

 

 そう言うと女将さんは嫌な顔1つせずに了承してくれた。まぁこういう事も含めての心付けなんだけれどね。それでも快諾してくれるのは心情的に嬉しい。

 

「では纏め次第、お部屋に届けさせていただきます。他に何か御用はございますか?」

 

「あ、そうですね。チェスの道具一式があるのなら貸していただきたいのですが」

 

 こっちを忘れるともう一度ここに戻らなければいけなくなってしまう。

 

「ございますよ。では、こちらの用紙に部屋番号と氏名を書き込んでください。また、返却は明日の昼頃まででお願いいたします」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 さらさらっと項目に書き入れてチェス盤などを借り入れる。これで準備は整った。当方に迎撃の用意アリ! だ。まぁ要はチェスでもやりながら会話すればいいんじゃないかなという案だ。既にロコンにはダイゴさんが来たら呼び出してくれと画像を見せながら頼んでいる。他人から見たら対戦相手はロコンに決めてもらう体で今回は推し進めるのだ!

 

 こうやって大まかな事さえ決めてしまえば、あとは流れでなんやかんやすればどうにかなるだろう。きっと。おそらく。たぶん。だといいな。

 

 受付付近に置いてある大きなノッポの振り子時計で現在時刻を確認すると、21:53と示していた。そろそろバーの中で席を取っておくべきだろう。7分ぐらい早くても問題あるまいに。そう思い受付からバーに向かってみた……が! しかし! その時想定外のことが起きた!

 

「……迷った」

 

「……コン」

 

 顔を上げ、部屋名を確認してみると『日…りの間』と書かれている。全体的に古めの表札なのだが、そのせいなのか一部の字がボヤけてしまっている。日? と首を捻っていると、ロコンの尻尾によって背中をぽふんっと叩かれ、意識を現実に戻させられた。

 

 ついでになんだかロコンから凄い哀れな目で見られている……だが俺は諦めない! 残り2分しかないみたいだけれど、必ず時間前に自力でたどり着いてみせる!

 

   ◇  ◇  ◇

 

「方向音痴には勝てなかったよ……」

 

 結局、ロコンの尻尾によるナビゲーションを30分程うけた事によって、ようやくバーを発見することができた。戻るための道中で何故か外に出たりしたのだが、俺はいったいどこに向かっていたのだろうか? 勘で進むと本当にロクなことにならないということが理解できるね。でも懲りない俺。無意識に歩くことを強いられているんだ!

 

「コンッ!」

 

 ロボットのようにロコンの指示通りに歩いていたつもりなのだが、先程よりも強い一撃を背中に受けた。いつの間にかまたトリップしていたようだ。

 

「おお、すまんね。意識が飛んでたわ。さて、これからひと芝居たのむぜよ」

 

「ロコン!」

 

 いい返事である。

 

 バーの外装はぱっと見ではわかりにくい感じになっている。知らなければ通り過ぎてしまうだろう。きっと俺が見つけられなかったのもそのせいだ。それ以外考えられない!

 

 いつまでも入口を塞いでいても仕方がないので、意を決して中に突入する。内部の雰囲気は落ち着いていて、ゆったりとしたJAZZがとてもマッチしている。マスターは女性らしい。個人的に女性マスターというのはあまり見かけないので新鮮だ。カクテルを混ぜる姿は凛としているので俺の想像以上に場数は踏んでいるのだろう。

 

 店内を軽く見回してダイゴさんを探してみると、入口からは見えづらい奥の二人席に荷物を降ろしてゆったりしているようだった。久方ぶりの癒しの空間なのだろう……だがそれも今だけだ。部屋に戻ったら盛大に歓迎してやるからな、と熱い闘志を燃やす。

 

 きちっとした制服を着た店員さんが人数を聞きに来た瞬間に打ち合わせ通りにロコンが動き出し、他の客を軽く見定めてからダイゴさんの元へ走り寄って行った。結構勢いよく走り回ったのだがやはり存在感が薄い。足音もほとんど聞こえて来ず、本当に不思議なロコンである。他のロコンもこんなものなのだろうか?

 

「1人と1匹です。チェスの相手を探していたのですが、そんな時にこの旅館のロコンがここなら相手がいるのではと案内をしてくれましてね」

 

 そう言いながら軽く奥を見る。相変わらずロコンがダイゴさんに熱視線を送っているようだ。他にも客がいるのだが一切よそ見せずにいた。

 

「少し、席をお借りできないでしょうか? もちろん、ロコンの見つけてくれた相手がOKをしてくれればですが」

 

「少々お待ちください」

 

 店員さんがダイゴさんへ話しかけに行き、2、3言葉を交わしてから戻ってきた。

 

「了承が得られましたので奥の席へどうぞ」

 

 店員について行き、ダイゴさんに軽く挨拶してから前に座る。その間に店員さんがロコン用のテーブルを設置してくれたようだ。これで心置きなくやれるな。ついでに注文もしておこう。ロコンに目を向けると前足でメニューを指しているのでそれと軽く摘めるものだな。

 

「ソルティ・ドッグを1つと……モーモーミルクの焼酎割りを1つ。そちらは何かお飲みになりますか?」

 

 なんだか凄い違和感が有るのは何故だろうか。

 

「いえ、僕はまだグラスに入っているので」

 

 謙虚ですなぁ。でもなんで鳥肌立てているんです? 俺にだって傷つく心があるんだぞ! 一瞬、この場で飲ませて潰すのも面白いかなんて考えたが、それだと何のためにこの場にいるのかがわからなくなる。残念だが実行に移すのは部屋に戻ってからだな。

 

「そうですか、ではあと何か摘めるものをお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 店員がカウンターへ戻っていくのを目で追ってから、トスで先後を決める。ダイゴさんに見えないように右手と左手に白駒と黒駒のポーンを持って、どちらかをダイゴさんに選んでもらう。右手を選んだので開くと黒駒が現れた。となると俺が白駒で先手な訳か。

 

「さて、よろしくお願いします」

 

 とんっとポーンをd4へ進める。

 

「よろしくお願いします……ずっと気になっていたのだけれど、そのマスクは趣味か何かかい?」

 

 ダイゴさんは受けてd5へポーンを進めてきた。そしてそれは素の質問ではなかろうか?

 

「だいたいそんな感じですねぇ……っと。この黒ヤギのマスクを被ると気分が高揚してくる気がするので。そういうあなたは何がご趣味なので?」

 

 定石通り中央に駒を寄せてみるが、うまい具合に攻撃を躱されてしまった。普通に上手いな。あ、やばい。なんか負ける気がしてきた。

 

「僕の趣味は鉱石集めや鋼タイプのポケモンを磨くことかな」

 

 お互い喋りながら、そこまで長考せずに同じようなテンポで駒を動かしてゆく。だいたい10秒ごとぐらいだろうか。

 

「ああ、わかります。布とコンパウンドで体をピカピカになるまで磨くとかなり喜んでくれますし、楽しいですよね」

 

「そう、あの質感! ひんやりと光る体! 鋼タイプならではだよね! 眺めているだけでも胸が熱くなるというか……!」

 

 突然暴走列車のようにフルスロットルで語り始めるダイゴさん。あかん。この人のガチスイッチを入れてしまったかもしれない。なんなの? 俺が来る前に度数高いアルコールでも飲んでたの? 日頃のストレスなの? どんどんとヒートアップしていくダイゴさんを尻目に、助けを求めて横でクラッカーを食べているロコンに視線を送るが、スっと目を逸らされた。なんと薄情な。

 

「あ、チェック」

 

「あ」

 

 テンション上がりすぎてコマの動かし方をミスったらしい。この人本当にダイゴさんか? 大誤算の方じゃない?

 

   ◇  ◇  ◇

 

 カチコチと時計の針が自己主張をしている。緊張からか、額からつつぅと汗が流れ落ちていった。圧倒的なプレッシャーを前に、この場から逃げ出してしまいたい……きっと俺達の心は今一つになっている。

 

「それで? こんな時間になるまで打ち合っていたと?」

 

 現在午前1時。傍から見たら、いい感じに顔の赤くなった大の大人二人が少女一人に正座させられているという不思議な光景となっているだろう。

 

「喋り疲れる程度には居座ってガチでチェス打ってました」

 

「最近ストレスが溜まっていたのではっちゃけてました」

 

 自分達でやっておいて何だが、残念な大人達である。たとえ肩書きが偉大でも人間には違いないのだと今夜証明されてしまったのだ。しかしこれにはメリットもある。当分は酒飲みの集まりとしか思われんだろう。ぶっちゃけ嘘ではないのだし問題ないのでは? あ、はい。すみません。睨まないでください。

 

「キョウヘイ先生が色々と理由を考えていたから、てっきり何かあったのかと心配していたのに……内線がかかってきたと思えば酔っ払い二人が微妙に毒を吐きながらチェス打ち続けているとか……」

 

「すみませんでした」

 

「ごめんなさい」

 

 本当にご迷惑をお掛け致しました……マスクを脱いだ状態で土下座をする。

 

「……はぁ。まぁこれで密会の時間を取れるようになったので、今日は、今 日 は 、許します。で、ダイゴさん。この宿に呼んだ理由はなんだったの?」

 

「色々と話すことがありまして……ポケモンセンターでは色々と都合が悪かったんだ」

 

「ならそういう風に手紙に書いてくれれば……」

 

 結構頭捻ったんだぞ?

 

「キョウヘイ、君に振り回される僕の普段の気持ちを御裾分けしただけだよ」

 

 あ、やっぱりそういうこと?

 

「ハイハイやめやめ。もう姿勢崩していいから! で、話すことって何なの?」

 

「主な内容はポケモン協会の近状についてや最近起こっている事件についてだね」

 

「何か変化があったのか?」

 

 まだ新聞読んでいないから最近の情報を仕入れていないんだよ。先ほどの正座で酔いが醒めてきたようで、だんだんと赤みがかった顔が素面に戻ってゆく。

 

「……これから先の街で君たちはあんまりポケモンセンターに寄らないようにした方がいいかもしれない」

 

「ほう?」

 

「どうにもポケモン協会内で特定のトレーナーを探しているようなんだ」

 

 特定のトレーナー? バッジの数とかか? いや、それだと俺達が今隠れる必要性はないな。

 

「何故かはわからないけれど、俺達を探している可能性があると?」

 

「いや、今のところは違うらしいのだけれどもね。これから先、目をつけられる可能性もある。ポケモンセンターで回復装置を扱う場合、どうしてもトレーナーカードを提示しなければならないだろう? その際にそのトレーナーの居場所が中央のデータベースに記録されるんだ。だから、偶に顔を出す程度に留めておくべきだろう。全く行かなくなるというのも怪しく見える」

 

 なるほどねぇ……なんとなく考えていた内容ではあったがね。実際にポケモンセンター縛りとなると……あ、食費が一番まずい。回復は秘密基地でなんとかなるが、飯は秘密基地から湧いてこないし。

 

「そしてこの件には少し続きのようなものがあってね」

 

「と、言うと?」

 

「……直接関わっているのかは分からないけれど、最近、トレーナーの失踪事件が起きているんだ」

 

 失踪とな……そいつは物騒だな。ハルカも怪訝な顔をしている。

 

「それはアクア団やマグマ団に入団したからとかではなく?」

 

「アクア団はわからないが、マグマ団に関してはそんなことを行う必要性がないはずなんだ。僕達が基地に襲撃をかけたのに、未だにアクア団とマグマ団で1:3ぐらいの戦力差があると考えられている。やはりマグマ団のポケモンを道具と見る考え方は、アクア団の海を広げて人を滅ぼそうとする考え方よりも受け入れやすいみたいだし」

 

 はぁ、凄い戦力差だな……ん?

 

「海を広げて……人を滅ぼす? その情報は間違いないのか?」

 

「ああ。キョウヘイは知らなかったのか?」

 

 ダイゴさんに驚いた顔をされたが、それ以上に俺も驚いている。

 

「完全に初耳だな」

 

 あれ? アクア団ってカイオーガの力でポケモンの為に海を広げる! ぐらいしか考えていないグループという認識だったんだが、かなり斜め上に変化しているな。ただ、そういう公約を掲げているとするなら確かに入団する人間は少なそうだ。対してマグマ団は、この間の育て屋を襲撃した女団員が言っていた感じだと、自由に道具としてポケモンの力を扱うというようなものなのかな?

 

 うーん。どういうことだ?

 

「すまん。かなり俺の知っていた情報と異なるみたいだから、もう少し詳細な情報……もとい、両団の公約を教えてくれないか?」

 

「構わないよ。まずマグマ団だが、海の水を干上がらせて陸地を増やし、『人類にとっての理想の世界』を作ることを目的とした過激派集団と言ったところだろう。情報で調べる限りだとかなりの人間至上主義で、全てのポケモンは人間の道具であるべきという考えを持っているようだね」

 

「なるほどねぇ……」

 

 とりあえず最後の『人類にとっての理想の世界』ってのが特にアレだ。干上がらせたところで理想の世界になるとは到底思えんのだがね……そんな公約になっていたとは一切知らなかったぜよ。俺が知っているのはポケモンのために広げるみたいだったと思うんだが。

 

「対するアクア団は地上に大雨を降らし、海を増やすことで『ポケモンにとっての理想郷』を築くことを目的としている過激派集団だね。こっちはかなりのポケモン至上主義で、人間は滅びるか絶定数を減らすべきであり、ポケモンの奉仕者として生きるべきという考えを持っているらしい」

 

 なんだかB級映画によくいる異常な自然愛護集団みたいだな。お前ら海増やした場合、陸にいたポケモンはどうなるんだと問いたい。

 

「やっぱり俺の知っていた情報と少し異なるが、やっぱりどっちもロクなもんじゃないな……いや、それを求めること自体が間違いか」

 

「ちなみに昔、マリンホエルオー号で僕に言っていた内容が君が知っていた公約かい?」

 

「まぁ、だいたいそうだな。付け加えるとすると、一応あの時点では少し違った形のマグマ団の公約も知っていた。まぁ肝心の情報が真逆だから知っていてもあんまり生かせなかっただろうけどな」

 

「ああ、だからあの時微妙な反応をしていたのか」

 

 あれ? 自分では上手く流せたと思っていたのだけれど?

 

「そんな公約を掲げているから、団員や協力者はマグマ団の方が多いんだ。そんな現状で態々マグマ団が拉致してまで団員を増やすとは考えにくい。だから、ありうるとしたらアクア団だが……」

 

「だが?」

 

「どうにも違和感が拭えないんだ。何が違和感なのか僕自身理解していないのだけれども」

 

 ふむ……そういう違和感というのは馬鹿に出来ないからなぁ。マグマ団では考えられず、アクア団では違和感が残る。消去法で怪しい行動をしているポケモン協会って感じなのかね。頭の片隅に留めておこう。

 

「まぁ結論だけ言うと、気をつけてくれということだね」

 

 ハルカ、そのまとめは端的だけれど合間のもの全て落っこちてるぞ。

 

「それは身も蓋もない……まぁいいか。それと、これは僕とオダマキ博士からの依頼なのだけれど、幻影の塔で時たま発見される石版を見つけたら持ってきて欲しいんだ」

 

 幻影の塔か。確か崩れてから少し経つと何故か砂漠に生えるとか言われている塔だな。ゲームだと化石が手に入るんだっけか。

 

「あー……フエンジムのジム戦が終わったら、ハルカと砂漠の遺跡巡りをするつもりなんだ。その後で、幻影の塔が崩れていなければ、という条件になるが構わないか?」

 

「……遺跡を巡るのか」

 

「ロマンだもんね!」

 

 ハルカが胸を張って答える。

 

「そうか……マグマ団が砂漠にある様々な遺跡を荒らしているというデータを基地を襲撃した際に手に入れたんだ。僕個人としては、今はあんまり遺跡を巡って欲しくないのだけれど、巡る際は今まで以上に注意してほしい」

 

 かなり真面目な顔をしている。さっきよりもシリアスな雰囲気だ。

 

「うーん……とは言っても、以前ダイゴさんが言っていたフエン―キンセツ間の砂漠で追撃する予定だったマグマ団員は結局出なかったし……」

 

「そのマグマ団員達やポケモンが死体で発見されたんだ」

 

「……え?」

 

 ハルカが言葉を失った。死体……死体か。本当にロクな状況ではないらしい。

 

「全員の死因は、異常な力を叩きつけられたことによる内蔵破裂らしい。砂漠で何か心当たりになりそうなものはなかったか?」

 

 一瞬、【黒くへばりついていたタールのような液体】を思い出すがすぐに頭の中から追い出す。

 

「そうだな……道中で出会ったフライゴンが直接トレーナーを攻撃する程度には攻撃的だったが……あのフライゴンが殺したのかはわからんな」

 

「そうか……」

 

「そういう情報を聞くと、遺跡巡りも幻影の塔の攻略にも行きたくなくなるんだが?」

 

「本来の一般人に対する扱いではないことは理解しているし、事件とは遠ざけることが常識だとも思っている。でも僕は、君がただの一般人だとは思えないんだ。君の意思とは別で全ての事件が君に交差するとさえ思っている」

 

「そいつはまた、呪いじみた予言ですな」

 

 ただ、絶対に違うだなんて言えないかもなぁ……手元にあるあの【あいいろのたま】が関わってくるのだとしたら、必然的に俺も全てに巻き込まれることとなるだろう。うわ、自分で考えて欝になってきた。なんだこの疫病神は。

 

「だから僕はこの勘に従って君に協力しているんだ」

 

「それは最初からそう思っていたの?」

 

「いや、そう思い始めたのはシダケタウンの病院で話し合ってからかな。それまではただ単純に注目若手トレーナー程度だった」

 

 あの話をしてからか……

 

「俺がただの狂人だったらどうするんだよ、それ。俺、あの時に自分が話した内容って他人が聞くと、まるで現実解離症候群の人間みたいだなぁなんて思っていたんだぞ!?」

 

「その時は、僕の目が節穴だったってことだね」

 

 変なプレッシャーが降りかかってきたぞぉ!

 

「その結果、被害を被るのはこっちなんだけどなぁ……」

 

「そうは言うけどさ。事件に関係しそうな道具を所持していて、マグマ団の基地をピンポイントで言い当てて、遺跡から壁画を見つけ、スイクンから目をつけられるような奴を一般人と言うのはどうかと思うよ?」

 

 確かにそうだ。しかし、いざこんな状況になると途端に不安になってくる。

 

「それに君たちにはそういうのを外しても、1トレーナーとして期待しているし、信頼しているんだ。だからキョウヘイとハルカ、君達に今回の依頼がしたい。受けてもらえないだろうか?」

 

 今までのついでのようなものではなく、名指しでチャンピオンからの依頼か。何かが動いているのは確定でリスクは高め。だが、経験にも繋がるしメリットはとてつもなく大きいだろう。ハルカの今後を考えるなら受けたほうがいいのかもしれない。

 

「……少し考える時間が欲しいな。温泉に浸かって考えようと思う。日が登りきるまでには返事を決めるつもりだ」

 

「わかった。なら僕はここで待とうかな」

 

「裸の付き合いをしても……いいんだぜ?」

 

「やめろ、君のせいなのかはわからないが、何故か僕にホモ疑惑をかけられているんだ! これ以上変な噂を広げる原因になりそうなことをしないでくれ!」

 

 そいつは残念だ。俺とは入れないそうなので、代わりにネットにあったお風呂屋のクーポン券をすっと差し出し、サムズアップする。

 

「キョウヘイ、君のおかげで地獄への道は善意で舗装されているという言葉を思い出すことができたよ。お礼にこの右拳を受け取ってくれないかい?」

 

 さっさと逃げなきゃ。

 

   ◇  ◇  ◇

 

 満天の星空の下、足を伸ばしてゆっくりと温泉に浸かる。流石にこんな深夜ともなると、他に温泉に入っている客は見当たらない。

 

「どうしたもんかねぇ……」

 

 事が事なだけに、俺だけで決めていいものなのだろうか? ダイゴさんとオダマキ博士からの依頼ということは、オダマキ博士は既に承認していると言っていいだろう。その上で依頼ということは、受けなくても構わないという意味も踏まえているのだと思う。

 

 竹柵に背を預けて完全に力を抜く。ぼうっと星空を眺めていると、ガラガラと扉が開く音がした。ちらりと扉の方に視線を向けるが、こちら側の扉が開いた様子はない。となると扉が開いたのは、十中八九女風呂のほうだろう。こんな時間とは物好きな奴がいたものである。

 

 そんなことをぼんやりと思っていると竹柵の向こうから声が聞こえてきた。

 

「キョウヘイ先生? 今入ってる?」

 

「……ああ、入ってるぞ。ハルカも露天風呂に入りに来たのか」

 

 なんで態々こんな時間に……この言葉は完全にブーメランだな。

 

「せっかくの温泉、しかも露天風呂だしね。しっかり堪能しないと」

 

 丁度、背中のあたりの竹柵から声が聞こえてきている。竹柵を合間に挟んだ状態で雰囲気がしんみりとし始めているので、俺も何も言わずにハルカの言葉を待つ。

 

「今回の依頼、キョウヘイ先生は受けたい?」

 

「ハルカのことを考えるのなら受けるべきだと思っている」

 

 素直に今思っていることを伝えると、すぐに返事が帰ってきた。

 

「わたしの事抜きでさ、キョウヘイ先生はどう思っているの?」

 

「……迷っている。さっきダイゴさんが言っていた『君の意思とは別に全ての事件が君に交差するとさえ思っている』って言葉は結構効いたというか……似たようなことは考えていたからさ」

 

「ふぅん……ねぇ、キョウヘイ先生? ちょっと話は変わるんだけれどいいかな?」

 

「どうした?」

 

「前から疑問に思っていたんだけれどさ。これから先、自分の体について知ったあとはどうするの?」

 

「んー? ……その時の状況に依るかもしれないが、少なくとも仕事はやめないだろうさ。いきなり職無しでお先真っ暗とかになっても困るだろうし」

 

 その頃の俺はいったいどうなっているのかねぇ? 今の悩みから解放されていればいいんだけれど。最悪、悩みだけでなく今の職まで解かれてもなにかしらの仕事に就く方法はあると思うが……そんなことを考えるより先にクビにならない方法を考える方が建設的だろう。

 

 露天風呂から立ち上る湯気を目で追いながら、ぼんやりとそんな事を考えてみる。だが、そんなものはモヤモヤと形を作らないまま、星空に吸い込まれて消えていってしまった。

 

「ふーん、なら……さ」

 

 ハルカの声色が少しだけ変化した。

 

「やることの全てが終わったあとも、わたしに色々な事を教えてくれませんか?」

 

 真面目な案件らしい。どうにも最近、ハルカは色々と思うところが多いようだ。事件も多いしさっきのアレが止めになったか?

 

「……いやに真面目口調だな」

 

「いいじゃない、偶にはさ。ねぇ? ダメ……かな?」

 

 今までは今を生きるために必死だったが、その頃には未来へ目を向ける余裕もあるかもしれない。ただの希望的観測でしかないかもしれないけれど。

 

「そうさなぁ……その頃に教えられる事が残っているかはわからないし、俺に余裕があるかもわからない。そんな曖昧な状態の俺でもいいならお安い御用だ。遠慮なく質問攻めするといいさ」

 

 そして、それぐらいの事を行う猶予は残っていると思いたい。

 

「本当!? しっかりとボイスレコーダーで言質取ったからね! 忘れないでよ?」

 

 そこまでする程のことにようには俺には思えないのですがねぇ!? ……なんかこの娘の将来が心配になってきたな。変に重たくならなければいいのだけれど。

 

「わかった。わかったから。それで、この話がさっきの話とどう繋がるんだ?」

 

「うん。そういう将来の事も考えているのなら、今回は受けるべきだと思うの」

 

「かなり危険だと思うぞ? 無意識かどうかはわからないが、ダイゴさんが自分の口で言うべきだと判断するような内容が混じっているんだ」

 

 いくらポケモン協会が怪しいとは言っても、宿の密会以外の簡単なやり方もあったはずなんだ。

 

「それでも、避けて通れないとも思っていると」

 

「……ああ」

 

 もしかしたらあの『黒いタール状の液体』も関わっているのかもしれないだなんて、脳や脊髄に刻みつけられた恐怖を未だに振り切れないのだから。

 

「なら最初から選択肢なんてないじゃない。男ならこういう時はバシっと決めちゃいなさいよ」

 

「男らしいなぁ、おい」

 

「乙女らしいと言ってください」

 

 ……よし、依頼を受けるか。

 

 




地方の治安が全体的に下がっているようです。

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